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<東京怪談・PCゲームノベル>


殺虫衝動『孵化』


■序■

 かさこそ。
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804:  :03/04/11 01:23
  おいおまえら、漏れムシを見たましたよ。
805:匿名:03/04/11 01:26
  おちけつ。日本語が崩壊してるぞ。
  どこで見たって?
806:匿名:03/04/11 01:30
  どうした?
807:匿名:03/04/11 01:38
  おーい
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 かさこそ
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13:  :03/4/13 0:06
  ムシ見た
14:  :03/4/13 0:08
  マジで
15:匿名:03/4/13 0:09
  詳細キボンヌ
16:  :03/4/13 0:13
  13来ないな。ムシにあぼーんされたか。
17:匿名:03/4/13 0:15
  >>16
冗談にゃきついぞ
  やめれ
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 かさこそ……


■消えた十数人目■

 三下ほどひどい仕打ちを受けているわけでもないが――
 彼は頭痛持ちではなかった。医者によれば、ストレスによるものらしい。
 月刊アトラス編集部所属、御国将40歳は最近しつこい頭痛に悩まされている。忘れられるのは寝ているとき、趣味で帆船模型を組み立てているとき、好物の寿司を食っているときだけだ。
 いや、もしかすると、毎日のように瀬名雫の運営するBBS群の書き込みをチェックしているせいかもしれない。これは別に将の趣味ではない。雫のBBSの書き込みをまとめるのが、将の担当している仕事だった。
 この担当を外してもらえたら、頭痛の原因がストレスなのかはたまた電磁波によるものなのかはっきりするところだろう。
 しかし――
「ひぃぃぃいいッ! わわ、わかりましたぁああッ!」
 ……麗香に早退届を出そうとした三下は、どうやら今日中の取材を命じられたようだ。
 そんな様子を目の当たりにしてしまっては……。
 将は溜息をついてディスプレイに目を戻した。
 カサ。
 ――モニタ画面を、うじゃうじゃと脚を持ったムカデのような蟲が横切った――ように見えた。

 ……ムシを、見た。

 その書き込みを、将はBBSで何度も目にしていた。
 まさか自分がその書き込みをすることになろうとは。

 そしてその書き込みをした翌日、将は初めて無断欠勤をした。たとえ1分の遅刻であろうとも許さない麗香であるから、勿論将と連絡を取ろうとしたのだが――
 将には家族がいる。だが昨夜、その家にも戻らなかったらしい。
 御国将は忽然と姿を消してしまったのだ。

 家族が警察へ捜索願を出すと同時に、碇麗香もまた探索の手を伸ばした。彼女の勘が彼女の本能に語りかけたからだ。
 この件は、ともすれば記事になるかもしれない。
 そして――今、編集部は人手が足りないのだ。御国将を失うのは、そこそこの痛手だった。麗香は「そこそこ」という部分を、いやに強調していた。



■愛読者、動く■

 古びた木の匂いに囲まれながら、彼は月刊アトラスを開いている。
 神谷虎太郎という男だ。

 ●戦慄! 杉沢村の真実(パート3)
 ●呪いの心霊写真 ※掲載している写真は全てお祓い済みです
 ●如何にして『予言書』旧約聖書は解読されたか
 ●ネットで広がる『ムシ』の謎
 ●神秘ストーン・ヘンジの歴史

 虎太郎の好奇心をくすぐるものは専らその手の記事であり、彼は『ムー』と『アトラス』を定期購読している。どうも無意識にこの趣味には引け目のようなものを感じているようで、彼は客が(たまに)来ると即座に愛読書を閉じ、木製のカウンターの引き出しに放り込んでいた。
 彼は骨董品屋『逸品堂』の店主であった。
 同時に、名も無き何でも屋の店主でもある。
 愛読している本と肩を並べるほどに、胡散臭い商売と言えた。同じ穴の狢だと思いつつも、どこかで彼はそれを認めたくないのかもしれない。
 『予言書』の記事を、心中で「なるほど」「面白い解釈だ」と相槌を打ちつつ読み終えた。次の特集は――と、ページに指をかけたところで、店の古めかしいドアベルが鳴った。風が吹き込み、江戸時代の風鈴が涼しげに歌い、張り子の虎がかたかたと吼える。めずらしい黄色の招き猫は黙ったままだ。
 ともあれ、虎太郎は月刊アトラスを素早く閉じると、カウンターの引き出しに放り込んだ。
「いらっしゃいませ」
 微笑みながらその客に声をかけたが、虎太郎はすぐに腹をくくった。
 この客は(女だった。歳は虎太郎と同じくらいだろう)、憔悴している。ある種の悩みや痛みをもって、虎太郎に救いを求めにやってきた。『逸品堂』ではなく、何でも屋に来た客なのだ。
「……人探しをしてくれるって聞いたんですけど……」
 化粧もそこそこな女性客は、消え入りそうな声でそう言ってきた。
 虎太郎は心持ち強く頷く。
「ええ。何でもやりますよ」
 そうして彼は、いつものようにその手の依頼を受けたのだった。


 神谷虎太郎は、本当に何でもやる男である。
 例えば、疲れきった女から引き受けた今日のこの人捜しだ。人を探してほしいときは、普通ひとまず警察に行く。もしくは、タウンページに広告を出しているような探偵事務所を訪れる。
 虎太郎のような、警察とも公共の宣伝広告とも縁がない何でも屋を頼るのは、最終手段である。

「探してほしいのは、尾張成司という29歳の男性です」
「はい……オワリ・セイジ、29歳……と」
「1週間前から連絡がつかなくなりました。最近、すごくイライラしている感じでした。わたしに暴力を振るうことも……でも……」
「……」
「心配なんです……一昨日、電話が来ました。携帯を持ってるはずなのに、公衆電話からかけてきたんです。凄く動揺しているみたいで、泣いてるのか笑ってるのかわからなかった。あのひとのあんな声、初めて聞きました」
「差し支えなければ、どんな用件だったか聞かせてもらえませんか」
「――人を殺した、と」

 なるほど、警察に行けないはずだ。犯罪はさすがにごめんだが、犯罪者を探し出すのは何ら違法行為ではない。
 報酬も納得のいく額であったため、虎太郎は二つ返事で依頼を引き受けた。無事に見つかった後、ふたりでゆっくり話をつけるといい。警察に行くも、フィリピンに逃げるもご自由にどうぞ。事後処理は今回の虎太郎の仕事ではない。無論、追加で依頼があれば引き受けるまでだが。
 ともあれ、こういった仕事はお手のもの――
 ことに最近は、同業者にも似たような依頼がよく舞い込んでくるらしい。
「世も末ですね。本当に、近いうち世界は滅びるのかも」
 聖書に隠されていたという暗号の記事を思い出し、虎太郎はひとり苦笑するのだった。



■世界の終わり■

 尾張成司という男は、温和なたちであったらしい。悪い噂など聞かなかったし、事実、彼の友人知人は一様にして、その身を案じている始末だった。虎太郎は、成司が殺人事件と関わっている可能性があることを触れずに聞きこみにまわっていた。
 しかし虎太郎が思っていたよりも今回の件は深刻なようだった。新しい情報が入ってくるたびに、それを思い知らされる。始めは好奇心から微笑さえ浮かべていた虎太郎の顔も、次第に厳しいものになっていった。今では、店の奥にしまいこんでいた非売品の古い太刀を帯びている。勿論今は江戸時代ではないから、そのまま帯刀など出来ない。剣道の竹刀入れに収めて持ち歩いていた。
 虎太郎はそのうち、個人的に興味深く、且つ衝撃的な情報を得ることとなった。
 月刊アトラスで先月から『ネットで広がる「ムシ」』の特集を担当している記者が消えたらしい。編集長の碇麗香は、その記者の行方を探しているのだそうだ。
 この東京で行方をくらます人間など、年間でどれくらいいることか。
 だが、ここのところの行方不明事件の頻発ぶりは無視できない。虎太郎が捜索依頼を受けたのはこれが始めてではなかった――

 あれは4日前に解決した依頼。
 解決と言えるのかどうかはわからない。
 ごく普通のサラリーマンの行方を追ったのだ。……彼は、或る公園の茂みで息を引き取っていた。朝のジョギングを欠かさない男だったという。その公園は、彼が毎朝訪れ、ベンチでスポーツドリンクを飲み、束の間の休息を取っていた安らぎの場所だった。
 しかし思い出すのも苦痛な、あの死に様。
 散乱した肉片と臓物。蝿。群がる蟲ども。しかし、異様なほどに安らかな顔だった。まさに、朝の爽やかな空気を吸っている最中のような――
 忘れられない。忘れるべきではない。

 これだけ殺人と蒸発が増加しているのだから、そろそろ警察も重い腰を上げるだろう。依頼人は警察に頼らず虎太郎のもとに来た。警察の手に渡る前に、尾張成司を見つけなければ。
 虎太郎は都内の地図に、これまでに起きた惨殺事件の現場を書きこんでいった。
 残念ながら、如何なる共通点も見出せなかった。
 焦りは禁物だ。とりあえず、原点に戻るしかない。基本的なところから洗ってみるとしよう――基本的過ぎて、笑ってしまうようなところから。虎太郎は店の電話を取った。懐かしき、黒いダイヤル式の電話である。
「成司さんは、何がご趣味でしたか? よく行くような場所は?」
 忘れられない、あの死体にすがる思いだった。
『港……』
 依頼人は、呆然としたような口ぶりだった。
『お金を貯めて船を買いたいって……』

 かさこそ。



■1匹見たら、近くに居るのは20匹■

 尾張成司の自宅から、車で20分。近いとは言えないが、週末に足を伸ばす程度ならばちょうどいい距離だろう。
 今はとっぷりと陽も沈み、空は藍色に変わろうとしている。人気はなく、汽笛も聞こえない。ただ、じゃぶじゃぶと寄せては返す波の呟きだけが聞こえる。静かだった。
 虎太郎が歩くと、かさこそと足元を虫が走り回り、逃げていく。錆びたコンテナやボートの陰にたちまち逃げこみ、もう姿を現すことはない。
 しかし、虎太郎のするどい感覚は波とともに囁くのだ――ここには、誰か居る。
「尾張成司さん」
 とりあえず、虎太郎は呼びかけた。
「尾張成司さん、いらっしゃいますか」
 返事はなかった。
 だが、物音がした。
 竹刀入れを引き寄せて、虎太郎は眉を寄せ、足音を立てず、風のようにしなやかに動いた。だが、抜刀するまでもなかった。錆びたコンテナにぐったりもたれているのは、よれたスーツを着た中年の男だったのだ。1週間ほど野宿しているような、ひどい身なりだった。
「……当てが外れたか?」
 男は疲れきったような声で言ってきた。ろれつから察するに、酔っ払いではないようだ。
 虎太郎は身構えたまま問う。
「あなたは?」
「尾張成司と同じ、パッと消えた連中のひとりだよ」
 それを聞いて、虎太郎は思わず身を乗り出した。
「尾張さんをご存知ですか」
「よくここに来る。話もした。――『ムシ』の話だ」
 あんた、聞いたことがあるか? 男の目は、そう尋ねてきていた。
「雑誌で記事を読んだくらいです。ネットにはそれほど詳しくないもので」
「月刊アトラスか」
 虎太郎は少しばかりぎくりとしたが、苦笑で肯定した。男もまた、力ない苦笑を返してくる。だがすぐに、その笑みは憔悴の中に消えた。
「気をつけろ。ムシに関わるとろくなことにならない。俺や、尾張みたいに――」
 かさっ、
 物音がした。
 男と虎太郎はサッと同時に顔を上げた。
 ずるずると足を引きずりながら――
 危なっかしい足取りで――
 時には、何も躓くものがないアスファルトに躓きながら――
 頭を抱え、唸りつつ――
 尾張成司が、やってきた。
 虎太郎が依頼人から受け取った写真とは、様相が変わっていた。今虎太郎の目の前に居る男同様、くたびれてやつれ果てていたのだ。しかし、尾張成司であることは間違いない。
 任務完了だ。あとは、尾張をあの女に会わせるだけ。尾張がどんな精神状態にあろうが、虎太郎の知ったことではない。無理矢理にでもあの手を引いて、女のもとに連れて行けばいい。
 ……それだけのことが、適うかどうかも怪しいが。
 虎太郎は茫漠と覚悟しながらも、歩み寄ってくる尾張に向かって一歩踏み出した。
 しかし――
「まずい」
 中年の男が呟いた。
「あんた、逃げろ!」

 あ、あ、あが、あがぁああああああああッ!!
 その狂気じみた絶叫は、港を包む夜の帳を引き裂いた。
 虎太郎は反射的に、竹刀入れから古刀を抜き放つ。『逸品堂』自慢の一品(非売品)、備前兼光!
 ジャッと闇を切り裂いたその白刃は、ひたと止まった。
 港の灯かりは3人の男に影を落とす。
 もちろん、尾張成司の足元にも、影が――
 その影が、蠢いている。
「うう、うぐ、あ、頭が痛いんだ……あが、あ、ぎ、あが――」
 かさこそ……
 尾張成司の黒い影は、わらっとささくれた。べりべりとコンクリートのつめたい地面から剥がれて、膨らみ始める。
「……出てきちまった」
 虎太郎の後ろで、中年の男が、疲れきっている姿のわりには張り詰めた声を上げた。

 蟲だ。虎太郎が知らない異形の生物。だが大抵の人間は虎太郎同様、その蟲を知らないにちがいない。ただ、例えるべき不快害虫を知っている――ムカデ、ヤスデ、ゲジゲジだ。
 かさこそ、
 それは脚と脚がぶつかりあいながら地面を這いずる音だった。多足の蟲は尾張の影そのもの。埠頭の明かりが照らしているというのに、尾張の下から影が消え失せていた。尾張はがくりと膝をつき、頭を抱えて呻き続ける。
 巨大な蟲は、その尾張にまとわりついた。脚がわらわらとその身体を撫ぜ、尾張がぞっとしたように身体を強張らせる。途端に何故か、蟲の身体は一回りも大きくなった。それまで冷蔵庫ほどの大きさだったが、今や蟲はセダンほどにまで膨れ上がっている。恐らくこうして、尾張成司が世間から行方をくらませた日から、蟲は成長し続けているに違いない。
 蟲は虎太郎の姿をその複眼にとらえて、大口を開けた。この世の虫のあぎとではなかった。口の中にはびっしりと牙が植わっていた。卵塊を思わせる整然さだった。吐き気をもよおすほどの統一性だ。
「――尾張さん、あなたを探しているひとがいます。女性です」
 蟲の複眼を見据えながら、虎太郎はうずくまる尾張に声をかけた。
 ぴくり、と彼の身体が反応した。
「……り、り、理沙……」
「そういうお名前だったような気がします。とにかく、あなたを心配しています――私は、あなたの捜索を頼まれました。あのひとは、あなたを待っています」
「だ、だ、だめだ……おれは……おれは……」
 蟲は尾張の身体から離れて、かさこそと虎太郎ににじり寄り始めた。
 虎太郎は腰を落とし、古刀を握る手に力を込める。
「おれはもう、だめなんだァ!」
 べりべりと不快な音を立て、巨大な蟲の背が割れた。背から、糸を引く羽根が生まれ出た。空飛ぶムカデなど聞いたこともないが、とにかく――蟲は、上空から虎太郎に襲いかかってきたのである。

 びっしりと並んだ牙を持つあぎとは、虎太郎の肩に食い込もうとした。
 その一瞬前に、虎太郎は古刀を振るう。
 しゅリん、
 細い爪月が夜の帳を走った。
 蟲のいびつで巨大な首は鮮やかに飛び、ぼちん、と海の中に落ちた。
 胴体から噴き出す異様な色の汁が(血液とは呼びたくなかった)、虎太郎の顔や腕に降り注ぐ。それでも剣客は、この世のものとも思えないその躰がどうとアスファルトに倒れ込むのを見届けた。
 同時に、左のふくらはぎに鋭い痛みを感じて振り返った。
 ――私としたことが!
 不覚!
 蟲はなんと、もう一匹居た。
 気配を感じなかった。いや、別の気配は感じていたが、それはあの中年の男のものだった。男が危害を加えそうにはなかったので、虎太郎は敵の頭数には入れていなかった。だから、あくまで、蟲はそれまで一匹だったのだ。
 ふくらはぎに咬みついている蟲は、尾張の影が変化したものに似ていた。いやに大きいあぎと、紅い複眼、無数の蠢く脚――背に羽根はないが、かわりに、背びれのようなものが生えている。
 視界の片隅に、尾張と同じくうずくまっている中年の男の姿がうつった。

 ああ今日も残業だこのパソコン処理遅いなムシだまた信号赤だよ朝から晩までまたネットかああ海行きたいなああの店品揃えが悪くなった編集長もまた厳しいもんだ三下よりはまとな扱いしてくれるけどムシだくそフリーズしたムシだまずいラーメン食っちまったうわ戦艦『あかつき』の壁紙だけないじゃないかムシだヤバい服に接着剤ついたムシだムシだムシだ!
 理沙好きだよでもどうしてそんなに綺麗好きなんだよ毎日掃除なんてめんどくさくてムシだ許してくれよ好きなんだから掃除しなくたっていいだろムシだたまにはカレー以外のもの作ってくれたっていいのになもいい加減飽きちまったどれだけおれがカレー好きだからってムシだ理沙好きなんだよ何で結婚のこと言ったらそんな顔すんだよおまえが好きなんだよ愛してるんだよムシだヤバいあいつおれとは結婚なんて考えてないんだムシだムシだムシだムシだ!

 牙と血が教えてくれた。
 この動く影の正体を。
 自分を食らおうとしている蟲の本質を。
 だがとりあえず、
 じゃキん、シゅぴん、ざバっ、びシ、どしゅッ!
「――斬り捨てて、おきましょう」
 蟲の躰はいくつにも分断され、ぼたぼたと虎太郎の足元に落ちた。そしてたちまち黒い影になり、ざわざわと中年の男の足元に戻っていく。
 刀を打ち振り、サっと虎太郎は尾張の方へ向き直った。首を失った蟲の姿はなく、尾張の身体の下には影が戻っていた。
 ちいん――
 音高く、鍔鳴り。虎太郎は備前兼光を鞘におさめた。


「あの『蟲』はあなたたちの負の心。あなたたちが普段、抑えつけ続けていた衝動です。何かがきっかけになって、実体化したのでしょう――抑えこむのは逆効果ということです。逆にいすれ、あなたがたを押し潰す」
「……まさか……そんな……あいつは……」
 虎太郎が得た答えを聞いて、中年の男は呆然と呟く。
「俺たちの、……ストレスだってことか?」
 彼の口の端からは、細く血の筋が流れ出していた。同じく、尾張成司の首筋からも。虎太郎の『荒療治』によるものだろう。あの蟲は尾張たちの一部であり、彼らを一時的に支配していたものなのだ。
 ともあれ、今、彼らの生命と身体の主導権はもとの持ち主の手に戻っている。
 だが、……虎太郎が目を向けると、その影はゆらりと不自然に揺らめいた。


■この国の行く末■

 蟲は完全に消えたわけではないようだ。
 それどころか、疫病のように広がっている。
 ひとりの男をひとりの女に会わせるという、虎太郎の仕事は無事に終わった。だが異変そのものは何も解決していない。
 あの日港に居た中年の男は、虎太郎に礼を言ったあと、ふらりとどこかに姿を消した。疲れてはいるようだったが、どこか晴れやかな顔をしていた気がする。
 頭痛が治った、とあのふたりは言っていた。
 ――ストレスが原因だとわかったのだから、時には発散するといい。
 今日もあまり客が来ない『逸品堂』のカウンターで、神谷虎太郎はぐんと伸びをした。月刊アトラスの今月号は、『ムシ』の記事を中心に、もう10回は読み返してしまった。早くも来月号が待ち遠しい。
 そう言えば、碇麗香が方々に依頼していた失踪事件も解決したようだ。その記者は、昨日ふらりと編集部に戻ってきたらしい。
 とりあえず、めでたし、なのだろうか。尾張成司が「人を殺した」と言っていたのも気にかかるが。虎太郎は溜息混じりに、汚れた床に目を落とす。
「……ん」
 かさこそ、
 床を蟲が這っていく。
 虎太郎は古き良き蝿叩きを握りしめ、殺気も露わにカウンターを乗り越えた。

 だが、蟲の姿はすでになかった。

 虎太郎は思わず、自分の影を確かめた。


(了)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1511/神谷・虎太郎/男/27/骨董品屋】

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■         ライター通信          ■
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 モロクっちです。この度はゲームノベル『殺虫衝動』にご参加頂き、有難うございました。このゲームノベルは、完全個別となっております。神谷様、はじめまして!
 今回はご依頼通り、別の件からムシに関わることとなりました。そのため、過去の作品とはかなり様相が違うものとなっております。OMCならではといったところかと思います。
 しかしながら神谷様と御国将との関係は若干薄いものとなっております。無論、港で出会った中年が将です(笑)。顔は合わせていますが、お互い名前は知らないかたちになります。

 神谷様の剣豪としての描写、何でも屋としての描写、骨董品屋としての描写、いかがでしたでしょうか。ご満足いただけたのならば幸いです。

 第2話である『影の擬態』にもご参加いただけるととても嬉しいです。この『殺虫衝動』シリーズ、1ヶ月ごとに新シナリオを追加していく予定です。
 それでは、この辺で。