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人形の絵
●オープニング
「お願いです。あの人形を‥‥あの絵の人形を探してください」
突如、草間興信所を訪れた長い黒髪の女性はそう言った後、倒れてしまった。
いつもらしかぬ様子で、草間は慌てて女性をソファに横たわらせ――無論、きちんと掃除してからだ――介抱する。
何せ、楚々とした美人だ。無下に扱う必要はどこにもない。男ならば誰もが思うはずだ。
「あ‥‥すみません」
意識を取り戻した女性は草間に礼を言うと、自分の名を名乗った。
「私、神城真理絵（カミシロ・マリエ）と言います」
そう言うと、ここに、草間興信所に来た目的を話し始めた。
「私の家に一枚の絵が、人形を描いた絵があるのです。その絵の人形を探して頂きたいのです」
「依頼についてはわかった。だが、そのような事なら、人形を扱ってる専門店や骨董屋、そういうのに詳しい人間に聞いた方が早いのでは？」
草間の疑問ももっともだろう。しかし、真理絵は哀しげな表情で首を横に振る。
「それでは駄目なのです。絵の人形を見てもらおうと、私の家に来てもらうと、いつの間にかその人の姿が消えているのです」
そして、気づけば、その人の姿が人形として絵の中に飾られていた。
「霊媒師の方にも相談しました。でも、その方も絵の中に‥‥あの絵に取り込まれたのです。そうとしか思えません」
哀しそうな、そして恐怖に脅えているような様子で、真理絵は自分の身体を抱きしめるように両腕を抱えた。
「その絵の写真はありますか？」
草間の問いに、彼女はいいえ、と首を横に振る。
一度写真を撮ろうとはしたのだが、何も映らなかった。いや、絵は映れども、描かれたある人形が映らなかったのだ。
「わかりました。その依頼、お引き受けましょう。後ほど、こちらから人員を向かわせますので、お宅の場所、教えて頂けますか？」
営業用の顔で微笑み、草間は真理絵から必要な事のみ尋ねると、彼女を送り出した。
そして、真理絵が去ったのを確認すると、電話の受話器を取り、この依頼に適していると思われる者に片っ端からダイアルする。
「――草間だ。ちょっと胡散臭い話なんだが‥‥‥‥‥‥‥‥あぁ、それと、依頼人には気をつけろよ」
●大人と子供
「人形の絵が消える。こいつは取材内容としてはおもしろいじゃないか」
草間からの電話を切った後、花房翠は愉快そうに一人笑った。
ジャーナリストとしての血が騒ぐ。真相を突き止めてやろう。
早速とこの蒸し暑い中、依頼人の自宅を訪ねようと近くに行くと、一人の少年がその家の前で、興味深そうに見ていた。
黒に赤のストライプメッシュの髪。腹を剥き出しにした黒い服に、ぴったりとしたズボン。首には、金色に光る牙が５個連なったペンダントをしている。
自分よりも幾分か若い。多分、中学生ぐらいだろう。
「何だ、おっさん。この家に用があるのかよ？」
何だか小馬鹿にしたような口調で、少年は翠に話しかけてきた。
おっさん。
俺はまだ２０だ、という叫びを心の中でしつつも、まぁ子供からしたら２０超えれば、と自分で自分を説得する、翠。こめかみがピクピクするのを感じながら、その少年に尋ねる。
「あぁ。草間から頼まれて調査に来たんだ、坊主」
「誰が坊主なんだよっ！」
「年上に対しておっさん呼ばわりするような奴には坊主で充分だ。俺にはちゃんと花房翠という名前がある」
ふてくされた顔をして、少年は「オレは龍、黒澄龍だ」と、名乗った。
どうやら話を聞くと、同じように草間から調査を頼まれたらしい。
どうせなら、と、二人して依頼人のところに行く事にした。
●絵
洋館の玄関の扉を叩くと、白いワンピースの美人が出てきた。
長い黒髪の女性。草間に聞いた通りの、中々の美女だ。
口笛を吹きたくなるのをおさえて、翠は興信所より派遣された者だと説明する。龍は一瞬見とれてた様子であったが、慌てて自分も自己紹介する。
翠が自己紹介ついでに握手をするが、きょとん、とした表情になる。
神城真理絵に案内され中に入った時に龍が尋ねる。
「どうしたんだよ」
「いや‥‥彼女、彼女から記憶を読み取ったんだが、普通なんだ」
「へ？」
密かに真理絵を隠し撮りしつつ、龍は「馬鹿じゃねぇの？」という表情で翠を見る。
サイコメトリー。
翠の能力は人や物体から念を読み取る事。
真理絵から読み取れたものは、ただ普通の人間と同じように、日常生活ばかりであった。
時折、様々な人物がこの館を歩き回っているシーンが見れたが、それは真理絵が人形の絵を探す為に招き寄せた骨董屋や霊媒師なのだろう。肝心の絵は見れなかったが。
中を案内される間、館のものに手を触れてみるが、これも変わらない。
もしかしたら‥‥と思ったのだが。
「依頼人が人を屋敷に呼び込んで、霊的な存在に差し出す、というか何か‥‥。もしくは何かに操られているのか‥‥？ だとふんだんだが」
苦笑し、翠は呟いた。
「おもしろい展開になればいいがそうもいかないか」
「当たり前だろ。漫画や小説じゃねぇんだからよ」
「それよりもさっきからこそこそしてるが‥‥」
目ざといな、と龍は口の中で呟く。
「現像して何か妙な事があれば、あたりだろ」
「いや、それはいいんだが、いつ現像するんだ？」
うっ、と、口ごもる龍。
無論、館を出てから現像するつもりなのだが、依頼の内容を思い出すと、この館を訪れて絵を調べたものは取り込まれてしまうらしい。無事この館を出れる保証はない。
「さぁ、これですわ」
真理絵の声が二人にかけられる。二人がこそこそ話している間に、問題の絵が飾られている部屋に辿り着いたようだ。
絵は、数多の人形が描かれてあった。真ん中の少女の姿をした人形を取り囲むように。
一見、家族が団欒しているように見える。
「この人形を探せばいいんだろ」
龍が真理絵に確認するかのように尋ねた。
「えぇ」と、短く真理絵は答える。
覗きこむかのように、龍が絵に近づくと、目を伏せた。
何やってんだ、と、翠が訝しんでいると、瞬時に龍の姿が掻き消えてしまった。
慌てて絵の方を見ると――人形が一体増えていた。服装からするに――龍。
「おっ、おぃっ！」
駆け寄り、絵に向かって叫ぶが、何の変化もない。
「これはどういう事なんだ！」
真理絵に問い詰めるが、ただ、妖しげな笑みを浮かべるのみ。そして、ゆっくりと口を開く。
「言ったでしょ。人が絵に取り込まれる、と」
そして、ゆっくりと翠の肩を押す、真理絵。
意識が暗転し、気づくと薄闇の中にいた。
「ここは‥‥？」
辺りを見回すと、多くの人がいた。その内の一人――龍が翠に言葉をかける。
「翠も取り込まれたのか。あーあっ、オレの能力が仇になるとはよ！」
吐き捨てるように言うと、龍は調度品の椅子を蹴飛ばした。
「その中でおとなしくしていなさい。寂しくないでしょ？ 多くの仲間がいるのだから」
真理絵の言葉が絵の中で響いた。
●絵の中
絵の中の世界は一体どんな感じなのだろう。
子供心にそう思った時もあった。
実際に入ってみると、そう面白いものではない事がわかった。
「龍、何ボーっとしてるんだ」
他の者から話を聞いていた翠が、声をかけた。
「だってよ、ここから抜け出れそうにもないじゃん。だったらボーっとするしかする事ないだろ」
具現化の能力でハンマーやドリルを出してみたが、物理的な力だと無理なのか、びくともしない。外に自分自身を投影しようともしたが、何らかの力が働いているのか、具現化できなかった。
その間、翠は前から取り込まれている人々、そして、少女から話を聞いていた。
「あの‥‥すみません」
少女は、龍に謝る。
人形のように愛くるしい少女。
「別にかまわねぇよっ」と龍はその少女に対して応えた。
少女の名は、神城真理絵。
この館の主であった男の娘。その娘の魂。
今までの経緯を尋ねると、表情を翳らせながら、真理絵は話してくれた。
少女が生きている間、父親が少女の為に人形の絵を描いてくれた。母親も姉妹もおらず、妹ができたみたいで、少女は喜んだ。
だが、絵の人形は触りもできないし、言葉も発さない。
寂しいな、と思いはしたが、この絵に毎日の事、夢や憧れを話す毎日であった。
そして、死の床についた時、人形の絵は語りかけた。
このまま死んで、寂しくないか、と。
少女は寂しい、と答えた。
「そうしたら、この絵の中に取り込まれちまったわけかよ」
「えぇ」
龍の呟きに、少女は短く答えた。
「人形は、私が寂しくないように、と、最近になって人を集めだしたのです」
恐らく、他の者を絵に取り込めるような力をつけたのだろう。このような悪霊の類は、時を経るごとに力をつけるものが多い。
そう、悪霊。
いつしか、絵の人形に魂が――悪霊が取り憑いていたのだ。
「まったく。いい話なのか悪い話なのか」
「悪い事に決まってるだろ！ オレ達をここに閉じ込めてるんだからな！」
翠のぼやきに、龍は大声を上げた。
「あ‥‥」
真理絵が何かに気づいたらしく、外の世界に指を向ける。
「あれは‥‥シュラインじゃないか」
見知った顔を見つけ、翠は額縁に駆け寄る。
「来るんじゃないっ。あんたらも取り込まれてしまうぞ！」
声を張り上げるが、届かない。
「手がねぇのかよ‥‥」
龍の呟きは、薄闇の中に消えた。
●絵と人形
みなもが聖水が入った瓶を取り出し、蓋を開ける。
水はまるで生きているかのように、瓶から躍り出ると、絵に向けて飛んだ。
みなもの能力は触れている水や海水――聖水も同じく――ある程度なら、自由に操れる事。
狙い違わず、聖水は絵全体を覆うかのようにかかった。
パリーンッ。
何か割れるような音がしたかと思えば、絵から人々が放り出された。先程の音は結界が崩れた音だったのだろうか。
「ぎゃぁっ！」
涼が放り出された龍のポケットから聖水の瓶が飛び出たのを見て、咄嗟に拾い、真理絵にかけたのだ。
苦しそうにもがく、真理絵。
真理絵の姿をした、悪霊。
次第に本性らしき人形の姿をとる。
そして、絵の中に逃げ込んだ。
「今のうちねっ」
出かけるときに、「武彦さんのライター借りていくわね」と、持ち出したライターの火を絵につける、シュライン。
炎は一瞬にして絵を覆いつくし、舐めるように炎が揺らぐ。
煌く炎の中、少女が――真理絵の霊が皆に向けて頭を下げたような気がした。
炎は即座におさまり、あとに残ったのは焦げ付いた額縁だけ。炎が広まらずに済んだのは幸いだった。
「まぁ‥‥ともかく出ようか」
翠の言葉に、皆は頷いた。既に、絵の中に囚われていた人々は一目散に逃げていた。
●エピローグ
「そう言う事だったの」
翠に誘われ、喫茶店――洒落っ気を出して、オープンテラスだ――で話を交わす、シュラインと、みなも。
絵の中の出来事を教えられ、納得する。
「結局、絵の中の人形さんが本物の真理絵さんだったんですね」
アイスティーのストローから唇を離し、みなもは言った。
「そういう事。しかし、こんなの記事になるかなぁ」
はぁっ、と溜息をつく、翠。
まぁ、面白そうな話だが、これを記事にすると、死者に対して色々と書きたててしまう事になりそうだ。自分は何でもかんでもお構いなしで売り込むような、悪徳記者ではないので、そんな事はしない。
パソコンのパーツを買い換えたいのに、どうやって工面しようか、と、ぼやく。
「まぁ、これで武彦さんに報告できるわ。ごちそうさま」
「翠さん、奢ってくれてありがとうございました。アイスティーもケーキも美味しかったです」
そう言って、二人の女はさっさと席を立って去って行った。
「お、おぃっ！ ‥‥女って奴は‥‥」
テーブルの上に残された注文書が、風に揺らいだ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【0381 ／ 村上・涼（むらかみ・りょう） ／ 女 ／ 22 ／ 学生】
【0523 ／ 花房・翠（はなぶさ・すい） ／ 男 ／ 20 ／ フリージャーナリスト】
【1252 ／ 海原・みなも（うなばら・みなも） ／ 女 ／ 13 ／ 中学生】
【1535 ／ 黒澄・龍（くずみ・りゅう） ／ 男 ／ 14 ／ 中学生＆シマのリーダー】
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■ ライター通信 ■
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皆様、はじめまして。月海歩人です。
私の初の東京怪談、ご参加頂き、ありがとうございました。また、遅くなりまして大変申し訳ありませんでした。
尚、この調査依頼はオープニング・エピローグを除き、１１シーンで構成されています。他の依頼参加者の調査依頼を見る事によって、更に楽しめるかと思います。
さてさて短いですが、これにて。
またのご参加、お待ちしております。
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