コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


探偵さんはコスプレがお好き?
●時の流れは意外と早く
「ねえ、零ちゃん。この道で合ってるのよね?」
「前に聞いた住所はこの通りでしたけれど」
「そりゃまあ、住所は間違ってないみたいなんだけど。さっき看板があったものね」
 都内某所の下町に、何かを探しながら歩いている女性2人の姿があった。うち1人のリボンをつけた女性――いや、少女か――は、手に菓子折を持っていた。包装紙に書かれていた店名は、よくテレビや雑誌などで取り上げられている有名処であった。
 下町は道が入り組んでいることが多く、慣れないと道を間違えやすいのだが、この2人もそうなのだろうか?
「だけど前に来た時と、道が変わってないかしら? 何だか新しい道が出来てたり、道がなくなってたりしてるような気がするんだけど」
 女性の1人――シュライン・エマはふと足を止めて、辺りを見回した。そして過去の記憶と突き合わせてみる。
 すると、以前この辺りを訪れた時にはなかったはずの、新築の家が何軒か見受けられた。その反対に、あったはずの家や店がなくなっていたりもする。
「言われてみれば……」
 菓子折を持つ少女、草間零もシュラインの言葉を受けて、辺りをきょろきょろと見回した。
「確か、ここに道が1本ありましたよね」
 そう言って零は、近くの新築の家を指差した。そこに道があったという痕跡は、影も形もなかった。
「きっと私道だったのね。変わらない時はずっと変わらないけれど、変わる時はあっという間よねえ……」
 振り返り、来た道をしげしげと見つめるシュライン。下町とはいえ、変化の波とは無縁でいられないようである。
 さて、2人が何故こんな所に居るのか。それはしばらく前の出来事が発端となる。草間興信所の所長・草間武彦が失踪するという事件が起こった時のことだ。
 その当時、草間の居場所を探し出そうとしていたシュラインと零の元に、情報通の探偵が居るという噂が飛び込んできたのだ。その探偵が居ると言われていたのが、今2人が歩いている辺りである。
 その時の結果を言うと、探偵に会うことは出来たが、得られた情報は残念ながら特別有益な物という訳ではなかった。
 その後、紆余曲折はあったものの無事に草間を探し出すことに成功し、それに関連した事件もひとまずは決着した。
 そうして落ち着きを取り戻してしばらくして、シュラインは探偵に草間が見付かったという報告をしようと思い立ったのである。零が持っている菓子折は、お礼の印でもあった。
 ちなみに草間も誘ったのだが……何だかんだと理由を付けられて、逃げられてしまった。
「むー……怪しい」
 草間が逃げた直後、シュラインはそうつぶやいていた。
「あ、シュラインさん。あのラーメン屋さんがありますよ」
 零が角にあった1軒のラーメン屋を指差した。以前探偵の居場所を尋ねるために訪れた、そして探偵に連れられてラーメンを奢ってもらった店である。ラーメン屋は以前と何ら変わることなく、その場にあった。
「よかった。道は間違ってなかったのね」
 ほっとするシュライン。ラーメン屋が見付かったら、探偵の住むマンションはもう近い。ここからもう少し先に行けばいいだけのことだ。
「急ぎましょ、零ちゃん」
「はい。でも……」
「どうしたの?」
「マンション、行ったらなくなってたりしませんよね?」
「あー……ありえるかも。その時は、あのラーメン屋さんに戻りましょ」
 なくなってたら、その時はその時だ。少々の不安を抱えつつ、2人は目的のマンションへ急いだ。

●変わらぬマンション、変わらぬ反応
 ラーメン屋を通り過ぎしばらく歩くと、すぐ近くに4階建ての古びたマンションがあった。
「残ってましたね、シュラインさん」
「そうね。あとは引っ越してないことを祈るだけかしら」
 くすっと笑うシュライン。零が入口付近にある郵便ポストの1つに視線を向けた。
「今もここに住んでるみたいですよ。変わってませんから」
 零が見ていたのは201号室のポストだった。名前の所には『観月冬菜』と、以前と何ら変わることなく書かれていた。
「そう。んっと、2階の一番奥の部屋だったわよね……」
 階段の方へ歩き出すシュライン。零がその後に続く。そして静かに階段を昇ると、2階の狭い通路を一番奥まで歩いていった。
 一番奥の部屋、201号室には『観月冬菜』と表札が出ていた。これも以前と全く変わっていなかった。
「居るといいけど」
 ぼそっとつぶやき、呼び鈴を押すシュライン。ピンポーンと音が鳴り、ややあって室内からバタバタと足音が聞こえてきた。
「居るんですね」
「……そのようだわ」
 零のつぶやきに、シュラインが苦笑して答えた。以前と全く同じ展開だったからだ。
(ここまで同じでなくてもいいのに)
 そうシュラインが思っていると、扉のノブ部分から鍵を開ける音が聞こえ、ガチャッと扉が開かれた。
「はいっ、どなたっ!?」
 扉から見覚えのある三つ編み銀髪の女性――観月冬菜が勢いよく顔を出した。
「……あれっ? 確か前に?」
 冬菜は意外そうな表情を浮かべ、2人の顔を交互に見た。どうやら顔を覚えていたようだ。
「こんにちは、観月さん。お久し振り」
 笑みを浮かべ、冬菜に話しかけるシュライン。零もぺこりと頭を下げた。
「ええっと……クライン・エマさんだっけ?」
「……シュライン・エマです」
 いや、惜しい。1文字違いだった。
「そうそう、シュラインさんだ、シュラインさん。そのシュラインさんは、今日は何の用? またあたしから情報を聞きたいの?」
 冬菜が2人を交互に見ながら尋ねた。
「あの、今日はそうじゃないんです」
 先に答えたのは零だった。そして菓子折を冬菜へと差し出す。
「何これ? お中元……にしては、ちょっと早いし」
「今日はこの間の報告と、お礼にやってきたの。時間があれば嬉しいんだけど」
 零の後を受けて、シュラインが説明した。
「あー、じゃあ探してた人、無事に見付かったんだ? それは本当によかったわよねー。立ち話もあれだし、上がってもらえる?」
 冬菜は嬉しそうな表情を浮かべると、2人を部屋へと招き入れた。

●衣装部屋再び
「増えてる……」
 物珍しそうに冬菜の部屋を見回していた零がぼそっとつぶやいた。
「増えてるわねえ……」
 シュラインも零と同じようにつぶやいた。以前は零の行動をやんわりと窘めたシュラインだったが、さすがに今回はそうはしなかった……というか、出来なかった。
 2人が言っているように、増えてるのだ。室内の至る所にかけられた衣服の数が。もちろん、どう見ても普通の衣服とは思えない物が。
 看護婦の白衣に始まり、メイド服、パイが売りの某ファミレスの制服、チャイナドレス、巫女さんが履く緋袴、某航空会社のスチュワーデスの制服、某鉄道会社の車掌の制服、企業名の入ったレースクイーンの水着、セーラー服、有名デザイナーのデザインによる某お嬢様学校の制服……エトセトラエトセトラ。以前より格段にパワーアップしていた。
「気になる?」
 2人の様子を察し、冬菜が話しかけてきた。
「そ、そりゃまあ……ねえ。でもこれだけあれば、探偵の仕事には役立つと思うんだけど……本当にどこから入手してるの? 問題なければ、ルート教えてほしい所だけど」
 衣服に目を向けたまま、シュラインが言った。興信所の依頼によっては制服が必要になる場合もある。その時これだけの種類の制服が入手出来れば、大助かりだ。
「それは企業秘密よ」
 冬菜はにんまりと笑みを浮かべて答えた。迷った素振りはない、ほぼ即答だった。
「この間みたいに、勝負して教えてもらうのは? 例えば、零ちゃんが相手とか……」
 ちらっと零を見るシュライン。前回、情報を教えてもらうために冬菜と勝負をした。そのことがあるから、今回も勝負して勝てば教えてもらえるのではないかと思ったのだが……冬菜は首を横に振った。
「だーめ。教えてあげられない」
「どうしても?」
「うん。守秘義務も結構あるしね」
 苦笑いを浮かべる冬菜。この言葉からすると、仕事絡みで手に入れた物も結構ありそうだ。もっとも、スチュワーデスの制服が手に入る仕事とは、いったい何なのかという疑問もなくはないけれど。
「そう。仕方ないかしら、それも」
 やっぱりといった口調で言うシュライン。何となく予想は出来た答えだった。
(まあ……武彦さんも詳しいでしょうから、その辺は。うふ……うふふふ……ふう……)
「シュラインさん、大丈夫ですか?」
 遠い目をしていたシュラインの顔を、零が心配そうに覗き込んでいた。
「……大丈夫、ちょっと考え事してただけ」
 シュラインはそう力なく微笑んで答えた。

●奢り奢られ
 と、制服についてのやり取りがあった後、シュラインと零は事件の顛末を冬菜に報告し、何度も礼を言った。
「いいのかなあ。結局役立つ情報じゃなかったのに、こんなのもらっちゃって」
 困惑した表情を見せる冬菜は、受け取った菓子折の上でのの字を書いていた。
「ほんの気持ちだから、受け取ってほしいの」
「ぜひ受け取ってください」
 シュラインと零が口々に言った。
「うーん……じゃあ、ありがたくいただきます」
 ぺこんと頭を下げる冬菜。それからはっとしたように顔を上げた。
「そうだっ。菓子折のお礼に、またラーメン食べに行かない? 奢るから」
「あら、今度はこっちが奢る番だわ?」
「ううん、あたしが奢る」
「こっちに奢らせてほしいわ」
「奢るってば!」
 と――しばし、冬菜とシュラインの間で、奢る奢らないのやり取りが続いた。で、結局――。
「あたしと勝負して、勝ったら奢られてあげるわ」
 そんな結論に落ち着いたのだった。
「分かったわ。じゃあ……零ちゃんと、お掃除勝負なんてどう? 大丈夫よね、零ちゃん?」
「はい、お掃除は大好きですから」
 こくんと頷き答える零。シュラインは冬菜の方に向き直った。
「観月さんもそれで構わないわよね?」
「構わないわ。そうと決まったら、着替えないとっ」
 冬菜はそう言ったかと思うとすくっと立ち上がり、近くにあったメイド服を引っつかんで着替え始めた。2人の目など気にする様子もなく。
 それから零と冬菜の間で掃除勝負が行われ、見事に零が勝利した。かくして冬菜は奢られることとなり、3人は連れ立って例のラーメン屋に向かったのだった――。

【了】