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白いホテルへようこそ。
〜オープニング〜
「これを見て頂戴」
と言われて見た写真は薄暗い室内を撮ったものだった。
使われていないのだろうか、古い家具は随分くたびれた様子で、中央のソファーは破れている。
「何ですか」
と尋ねる三下に、錠は白い紙を差し出す。
地図だ。
「幽霊ホテル。取材に行って頂戴」
「ええっ！？」
思わず写真を放りだして、三下は声を上げる。
「もう随分前に潰れたラブホテルなの。自殺者が出て以来、心霊現象が起きてるらしいわ。その写真の部屋がそうなんだけどね」
錠が指す写真を仕方なく拾い上げ、三下はもう一度見る。
「右端に、テレビがあるでしょ？」
と言われて、中央から視線を移すと、あった。
古いテレビだ。
「え？」
ふと、三下は首を傾げる。
「これって、」
「心霊写真、らしいわ」
古い、やや丸っこい画面。
その画面には、何故かクッキリと映像が映し出されている。
「因みに、潰れてからもう１０年以上過ぎてるらしいわよ。だから、当然電気も通ってないわね」
つまり、テレビが付く訳がないのだ。
「物好きな輩が結構見物に行くらしいわ。で、その度に何かしら恐い思いをして帰ってくるのよね」
そんな曰く付きのホテルに。
「今度特集しようと思って」
何が起こるか分からないホテルに。
「夜間の方が出やすいっていうから、夜が良いわね、やっぱり」
よもや行けと言うのだろうか。
「しっかり取材して来て頂戴ね」
行けと言うのか………。
「うううううう…………」
笑顔で下される命令。
ヘルプミー………、と心の底で叫んだのか、叫ばなかったのか定かではないが。
兎に角三下は幽霊ホテル取材を命令されてしまった。
「うううううう…………」
寂しく怖々と写真を握る三下に、救いの手は果たしてあるのか。
：：：：：
ヴィヴィアン・マッカランが猫を抱いて三下を訊ねて編集部にやって来た時、ちょうど一人の少女が編集部を飛び出し、三下がそれに虚しく宙に手を伸ばした処だった。
「こんにちはっ」
人形のように可愛らしい顔に笑みを浮かべるヴィヴィアンに、三下は伸ばした手を引っ込めて暗い顔で言った。
「やぁ……、こんにちは……」
そして、少し視線をずらしてヴィヴィアンの胸元を見る。
「エリゴネさんも、こんにちは……」
「にゃ〜ん」
猫が応えるように鳴いた。
「え。この猫、知ってるの？」
「ん？うん、藤田エリゴネさんだよ」
ヴィヴィアンは階下で猫がエレベーターに乗りたそうに自分を見上げたので、三下を訊ねるついでに乗せてやり、更に足元にすり寄って来たので抱き上げて、そのまま連れて来ただけなのだ。
「ふーん、エリゴネって言うんだ。アタシはヴィヴィアンだよ。よろしくね」
猫は了解したように喉を鳴らす。
「どうしたの？何だか冴えない顔だけど……」
三下は溜息を付いて自分に下された幽霊ホテルの取材についてヴィヴィアンに話した。
「さっき、女の子が出て行っただろう？あの子が一緒に行くって言うんだ。海原みあおちゃんて言うんだけど……、」
幽霊ホテルと言うだけで気が重いのに、年端もいかない少女が一緒に来るとなっては、下手したら変質者と間違われてしまう。
「二人きりで行く訳にはいかなし、でももう準備に行ってしまったし……」
「ふーん……」
頷きながら、怖いもの見たさに行って怖い思いをして帰ってくるって当たり前じゃない？と、ヴィヴィアンは思う。
幽霊だって見せ物じゃない。追い返すのも当然と言って良い。もし自分が見られる立場になったらと思うと、気分が悪い。
「バンシーって幽霊に近いっちゃ近いんだもん」
「え？」
思わず口に出した言葉に三下が首を傾げる。
「何でもない。変質者に間違われたらかわいそうだから、あたし付いていってあげるよ。大急ぎで準備してくるね。」
にっこりと笑ってヴィヴィアンは三下の椅子にエリゴネを下ろす。
「あ、あの……」
三下の虚しい呼び声は、ヴィヴィアンの耳には届かなかった。
：：：：：
「えっと、全員揃いましたよねぇ？」
と言う三下の前には、６人の男女が立っている。
そして、
「はーい！揃ったよ！」
と応える少女の腕の中に、灰色の猫が１匹。
メンバーを簡単に紹介しておくと、
後学の為に参加した海原みあお。
友達に誘われたものの肝心の友達が来られなくなった志神みかね。
三下に同情して参加したヴィヴィアン・マッカラン。
幽霊ホテルに興味を持ったらしいヴィヴィアンに抱かれた猫、藤田エリゴネ。
三下虐めを生き甲斐とする事はこっそり隠して、人の良い笑みで手伝いを申し出たケーナズ・ルクセンブルク。
実は自分が興味を持っているのだが、生徒の勉強に身が入らないと言って噂の真偽を確かめに来た綾和泉匡乃。
時刻は午後９時。幽霊ホテル入口前。
「えーっと、これがホテルの見取り図ですー」
と、三下はコピーした地図を全員に配った。と言ってもエリゴネの手では持てないので、ヴィヴィアンが２枚受け取る。
６人と１匹の頭上には、半分破れた看板が掛かっており、そこには「WHITE HOTEL」と書かれている。
営業していた頃はそのに描かれた百合に灯りが点ったらしい。
「幽霊が出ると言うのは、４０４号室ですが……、その内部の何処に出るのかは、分かりません」
渡された見取り図には、ホテル全体と各部屋の部屋の間取りが記されている。
「部屋の何処で自殺したの？」
と、訊ねたのはみあお。
背中に大きなリュックを背負っている。中身はおやつらしい。
「それが、定かじゃないんだ。自殺者がいると言う噂はあるけど、それが本当に４０４号室かどうかも分からなくてね」
「自殺ではなく、殺人と言う噂も聞いたのですが？」
匡乃が口を開く。彼が予備校の生徒から聞いた話しには、自殺者と殺人と言う２種類があったらしい。
「え、そうですか？それは知らなかったなぁ……でも、殺人なら新聞なんかにも取り上げられる筈ですよねぇ？」
はて、取材前の下調べでそんな話しは出て来なかったのだが……。三下は少し首を傾げた。
「ホテルの周りとか、他の部屋も調査した方が良いんじゃないかな？」
「そ、そうかな……でも、一応調査をするように言われたのは４０４号室なんだけど……」
出来る限り、余計な事はしたくない三下である。
「では、二手に分かれますか？」
と提案したのはケーナズ。
「４０４号室内部と、建物周辺及び他の部屋、と」
ざっと参加者を見回すと、別に反対する者はいないようだ。
「賛成！みあおはー、どっちにしようかなー。どっちも気になるんだけど、やっぱ周りも見ておいた方が良いよね。建物周辺及び他の部屋！」
「あたしは三下さんと一緒の方が良いな。って言うか、その為に来たんだし」
「にゃ〜」
エリゴネがヴィヴィアンの腕の中で鳴く。
ヴィヴィアンに同意、と言う意味だろう。
「それじゃ、僕はあなたと一緒に行きましょう」
匡乃はみあおの横に立った。
「みかねはどうするの？」
と問われて、みかねは瞬時に頭の中で考えた。
果たして、どちらに付いて行くのがより安全で恐くないか、と。
「え、えっと……」
幽霊が出ると言う４０４号室、出るかどうかは分からないがもしかしたら出るかも知れないホテル周辺と他の部屋。
「あ、じゃあ……、みあおさん達と一緒に……」
出ないかも知れない方を選ぶ。
「ケーナズさんはどうされます？」
この時点で、４０４号室男１人に女１人と猫１匹。ホテル周辺が男１人に女２人。
「私は、三下君達と行きましょう」
「にゃ〜ん」
決まりですね、と言ったかどうか定かではないが、エリゴネが鳴いた。
「それでは、調査開始と言う事で」
言って、ケーナズが時計を見る。
「１１時にここへ集合、と言う事で構いませんか？」
全員が頷き、調査が始まった。
：：：：：
何の変哲もない、朽ちた部屋だ。
「あの、一応危険ですから、皆さん勝手に外に出ないで下さいね。この部屋の中に居てください。出る時は、出来る限り全員揃って、バラバラになってしまったら、外の看板の下に集合と言う事で、お願いします……」
懐中電灯を出来る限り足元に向けて、三下が言った。
「はーいっ！」
と逆さまにした懐中電灯を自分の顔に当てて応えるヴィヴィアン。
「お、驚かさないでくれないかな……」
昼間会った時は銀色だった髪を、今は何故か黒く染めて真っ白のドレスに身を包んだヴィヴィアンが闇の中に浮かび上がってとても恐い。
「あはは。大丈夫だよ三下さん、あたしが付いてるんだしぃ。さぁさぁ、取材取材！写真撮るの？」
ヴィヴィアンは三下の手を握ってどんどん足を進める。
「ま、待って、ちょっとっ！ヒッ」
何かが顔に当たった。
懐中電灯で照らすと、蜘蛛の巣だ。
「にゃ〜ん」
もしかしたら呆れたのかも知れない。エリゴネがヴィヴィアンの腕の中で鳴いた。
軽く蜘蛛の巣を手で払って、２歩分ほどの廊下を進むと、すぐに写真で見た通りの内部が広がる。
くたびれた家具に、破れたソファー。そして、何故か映像を映しだしていた古いテレビ。
一つ一つ懐中電灯で照らし、確認するが、今の処別段変わった点はないようだ。
「あ、エリゴネ？どうしたの？」
不意にエリゴネがヴィヴィアンの腕から飛び降りる。
直接目を照らさないようエリゴネが着地したと思われる床を照らすと、青い目が３人を見上げている。
「にゃぅん」
誘うようにふわりと尻尾を振って、エリゴネは老猫とは思えないほっそりとしなやかな足を進める。
「ささ、エリゴネも行こうって言ってるみたいだしぃ、早く、三下さん」
すぐ後ろにケーナズが居る事など、全く眼中にないかのようにヴィヴィアンは三下にぺったりとくっついて内部へ進んだ。
：：：：：
エリゴネの目には、普通の人には見えないものが見える。
猫故に、多少の暗闇でも平気なのは言うまでもないが、暗視は彼女の得意とするところ。
そして、実は霊視もお手の物。
今、彼女が足を止めた巨大なベッドの上には、何やら黒いものが渦巻いている。
人型を留めていないが、元々は人間だったのだろう。
ここで死んだのか、或いは別の場所で死んだのか、エリゴネには分からない。
分かる事と言えば、このベッドを写真に収めればもれなくその黒い渦巻きも映ると言う事。
「みゃ〜」
ここを写真にお撮りなさい、と鳴いたのが伝わったのか伝わっていないのか、三下はノロノロとカメラを取り出す。
「わぁ、これって回転ベッドだしぃ！三下さん、早く写真撮って撮って！ベッドって、曰くありげだよね。何か映るかも！」
急かされてアタフタとベッドに近付く三下。
「ギャッ！」
「キャッ！」
三下の悲鳴に釣られて、ヴィヴィアンも悲鳴を上げる。
「わぁ、吃驚した。どうしたの？」
悲鳴を上げて床に倒れた三下。
「い、今、誰かが足を……」
「誰が？」
怯えた様子で懐中電灯で背後を照らす三下。
しかし、彼の背後に人などいない。
ヴィヴィアンは三下の正面、エリゴネはベッドの前。
そして、涼しい顔をしたケーナズはベッドから少し離れた空きっ放しの窓の前。
「あ、あれ……？でも、確かに誰かが……」
足元を照らしても、何もない。
「やだな、三下さん。焦って足がもつれちゃっただけだよ」
「そうかな……」
情けなくもヴィヴィアンに手を借りて立ち上がった三下。
溜息を付いて気を取り直しカメラを構える。
その横で、ヴィヴィアンが視線をケーナズに投げかけた事など知る由もない。
「にゃぁ」
エリゴネも、そっと視線をケーナズに向ける。
あまりおいたをしてはいけませんよ、と言う思いが伝わっただろうか、ケーナズはにやりと笑ってトイレへ向かった。
「みゃぁ〜ん」
エリゴネはヴィヴィアンの足にそっと触れて注意を促した。
「ん？どうしたのエリゴネ？」
相手が７３歳と知ってか知らずか、子供と話すような優しい声で応えるヴィヴィアン。
エリゴネは黙って視線を彷徨わせた。
「探検するの？気を付けてね」
軽く頭を撫でて、ヴィヴィアンはひょいひょいと軽やかに部屋を移動するエリゴネを見送った。
：：：：：
「三下さん、これって、あのテレビだよね？」
ベッドを取り終えた三下に、ヴィヴィアンは声を掛ける。
あのテレビ、とは三下が麗香から受け取った写真に写っていたテレビの事だ。
「電源、入らないよ」
ヴィヴィアンは何度かスイッチを押してみてから言った。
「部屋の灯りもつかないし、電気は通ってないんだよね。だったら、何であの写真ではテレビが映ってたんだろう？」
「うーん、何でだろう……」
三下はしゃがんでテレビの裏から伸びるコードを探した。
が、それは壁に繋がる事なく途中で切れている。
黒いコードを手にして、それが間違いなくテレビのコードである事を確かめる。
床にしゃがんだままの三下を暫く見つめていたヴィヴィアンは、不意に眩しさを感じて顔を上げた。
「え？」
一瞬、テレビの画面が白く映し出されて、消えた。
慌てて三下の持つコードを懐中電灯で照らす。
確かに、切れている。
どう言うこと……？コードと画面を見比べていると、また一瞬画面が白く瞬いた。
その白い画面に映し出された、女性。
「…………」
ヴィヴィアンはまだコードとテレビの裏を探っている三下を見下ろした。
全く、気付いていないようだ。
三下さん、鈍くて良かったね……と、ヴィヴィアンは思わず苦笑を漏らす。
霊現象かどうか、ヴィヴィアンには分からない。
しかし、肝試しにやってきて、突然電源の入っていない筈のテレビが瞬いたら、それは驚く事だろう。
「霊現象でも、別に構わないと思うなぁ……」
「え？」
ふと、三下が顔を上げる。
「何でもない」
慌てて首を振って、ヴィヴィアンは安心感を与える笑みを浮かべて見せる。
肝試しなんてものは、恐い思いをすることを前提としてするものだ。
幽霊ホテルと噂のある場所にくるからには、それなりに覚悟は出来ていなければならない。
面白半分でやって来て部屋を荒らして行ったのでは、霊だって怒る。
「三下さん、もうテレビは良いんじゃないかな？あの写真だって、もしかしたら偽物かも知れないんだしぃ」
「あ、うん。そうだね、他の処も取材しなくちゃ……」
立ち上がる三下に手を貸して、ヴィヴィアンは灰色の何も映し出さないブラウン管に笑いかける。
「ごめんね、面白半分で来たんじゃないんだよ」
と言う思いを込めて。
取り敢えずのところ、三下に危害さえ及ばなければ良い。
：：：：：
１１時。
６人の男女と１匹の猫が、再びホテル敷地内の入口に立っている。
「全員、揃ってますよね……？」
何故か疲れ切った様子の三下が見回す。
「はーい！揃ってまーす！」
と、持参した棒付きキャンディーを食べる御機嫌のみあお。
「全員無事なようですね」
溜息を付きつつ応えるのは、三下虐めに満足がゆかず少々不服なケーナズ。
「にゃぁん」
「ちょっと疲れちゃったなぁ」
大きく口を開いて欠伸をするエリゴネにつられて、自分も眠たげに欠伸をするヴィヴィアン。
「はぁ……、大丈夫です……」
まだ怖々と近場の人に寄り添いつつ、声を震わせているみかね。
「結果報告は明日と言う事にしましょうか……写真も、この時間だと現像出来ませんから……」
取り敢えず取材をしたと言う証拠に最もらしい写真が撮れている事を願って三下が言い、５人と１匹が頷く。
「それじゃ、帰りますか？」
どこか飄々とした顔で帰り道を照らす匡乃。
それぞれに何かしら噂の真相を目の当たりにしたらしいが、午後１１時と言う時間。
交通機関の事も考えて、明日の約束をしつつ、来た道を戻る。
ぞろぞろと歩き出す６人と１匹の背後で、ホテル全体の窓が一瞬チカチカと瞬いたが、それに気付く者はいなかった。
end
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1402 ／ ヴィヴィアン・マッカラン ／ 女 ／ 120 ／ 留学生
1415 ／ 海原・みあお ／ 女 ／ 13 ／ 小学生
0249 ／ 志神・みかね ／ 女 ／ 15 ／ 学生
1481 ／ ケーナズ・ルクセンブルグ ／ 男 ／ 25 ／ 製薬会社研究員（諜報員）
1537 ／ 綾和泉・匡乃 ／ 男 ／ 27 ／ 予備校講師
1493 ／ 藤田・エリゴネ ／ 女 ／ 73 ／ 無職
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■ ライター通信 ■
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体調不良でヘロヘロな佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
最近生まれて初めて世界名作劇場の「あらいぐまラスカル」を見ました。
世界名作劇場を子供の頃に見た記憶がイマイチ薄く、ハッキリ見たと覚えているのは
「小公女」「小公子」「ピーターパン」くらいです。
今から全部ビデオを見てみようかな……などと考えておりますが、利用しているレンタル
ショップにあるのは総集編ばかり。
ラスカルも総集編で、内容が飛び飛びで寂しい思いをしています。
その内、ビデオ（DVD？）を買いました！なんて言っても後ろ指指さないで頂けると嬉し
かったり致します。
とか言う訳で。
また何時か、お目に掛かれたら幸いです。
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