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<東京怪談・PCゲームノベル>


褌よさらば

 草間は頭を抱えていた。
「え? なになに〜? なゆ判んなーい」
「よくわかんないけど、ゆ〜れ〜? 任せてっ! 必ずおもしろいからっ!」
 来客用の応接セットの上で鬼頭・なゆ(きとう・なゆ:当年5歳外見5歳、職業幼稚園生独身彼氏なし)と、海原・みあお(うなばら・みあお:当年13歳外見6歳、職業小学校児童独身彼氏なし)が、零に出してもらったケーキとミルクティーを前にきゃわきゃわと騒いでいる。
 なゆはまだしもみあおは実年齢は立派にもの心がついている年頃なのだが、見た目が幼児だと中身も退行するのかなゆとじゃれている所に全く違和感がない。
「零……」
 コトリと自分の前にもコーヒーを置いてくれた零に、草間は溜息交じりに問い掛けた。
「いつからうちは託児所になった……?」
 答えなどない問いかけである。案の定零は曖昧に笑っただけでそれに答えることはしなかった。
 草間は熱いコーヒーに口をつけ、漸く一息吐いた。
 消え去る。行き成り男性の下半身に巻き付いてくるのだ。そして次の瞬間本当に消え去る。被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、という。
 思えば、思えばである。事態が余りにも馬鹿馬鹿しいのだ。
 ならばこの目の前の幼児の暇つぶしには調度いいかもしれないと無理やり気を取り直す。
「それで? 行ってくれるのか?」
 というか寧ろ行ってくれという願いを込めて草間は切り出した。
 愛らしい幼児が二人。これが公園の砂場であればほのぼのとしたいい光景なのであろうが如何せんここは興信所事務所である。事務所のイメージも、興信所のイメージも見事にぶち壊してくれているこの存在はありがたくない。(単体ならまだしも今回は二重である)
「うーん。何か探してるのね? じゃ、なゆも一緒に探してあげるね!」
「おっけー! だって面白そうだしっ!」
 見事に同調して安請け合いした二人である。
 だが二人が立ち上がったのは零が出したケーキと紅茶を残さず綺麗に平らげた、その後の事だった。
「……まあ、大丈夫だろう」
 草間は脱力しきって煙草に火を付けた。幼児が室内にいるとあっては遠慮せざるをえなかったのだ。
 消え去る。行き成り男性の下半身に巻き付いてくるのだ。そして次の瞬間本当に消え去る。被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、という。
 ――褌の幽霊。
 その相手であれば。
 無理やり己を納得させ、草間は深く煙を吸い込んだ。

「うーわなんか貧乏くじですか貧乏だけど!」
 げしげしと足もとの植え込みに八つ当たりをかましつつ、冴木・紫(さえき・ゆかり)は口の中でそう呟いた。
 とりあえず周辺で聞き込みに当たるという、つまり行き成り褌には遭遇したくないという連れとは途中で分かれていた。その際にからかい倒す事を忘れなかった罰でも当たったというのだろうか。麗香は草間興信所にもこの話を持ち込んだらしい。ならばご同輩のおこぼれにでも預かって楽に一稼ぎ、等と思ったのも敗因かもしれない。
「どうしたの紫お姉ちゃん? おなか痛いの?」
「なーにー、ノリが悪いなあこんな面白い話なのにっ♪」
 右手に五歳児、左手に六歳児(外見)。
 連れと別れ、草間興信所へと入ろうとした途端にこの二人がきゃわきゃわと笑いながら現れた。その目的とする所は同じで、ならばと同行する事になったが――
「……つまり子守」
 子供は兄と貧乏の次に苦手な紫である。ありがたかろう筈がない。
 二人と連れ立って電車に揺られて居る時も頭痛がひっきりなしだった。
 何しろこの子供二人は何と言うか、目立つ。
 どちらも愛らしい外見で、子供好きのおっちゃんおばちゃんは無論のこと、妙な趣味のあるおにーちゃんなどの目にも止まりまくりなのだ。
『あらあら若いお母さんねえ』等とおばちゃんに声をかけられること7回。なゆとみあおが妙なのに声をかけられること二人あわせて5回。
「…………寧ろ用心棒?」
 己の境遇を思い知り深く嘆息する紫を余所に、小悪魔天使達は実に楽しげに件のマンションをうろついていた。
 なゆは面白そうに虚空を見上げては思いついたようにぱっと駆け出す。
 みあおは行き成り空中に向けて話し掛け出したと思ったら行き成り笑い出す。
 紫はそれを追いかけるだけで既に疲労の極みにあった。子供のパワーというものはもの凄まじいものがある。
 なゆとみあおは連れ立ってマンションを練り歩きつつ情報収集に(それでも)余念がなかった。
 なゆがテレパスで関知した場所へとみあおを引っ張っていき、そこに居るものとみあおが話し込むという具合である。
 みあおがけたたましい笑い声を立て出したのはその幾度めかの事だった。紫はもう既に色々投げていて使い物にならなくなっている。
「えーそうなのお! きゃはははははは!」
 みあおは虚空の霊に話し掛けている訳で、なゆもその存在を感知出来るからいいとして、紫には何がなにやらさっぱりわからない。
「なんなのよ?」
「うーん、これは必見だね。褌さんには悪いけど、もうカメラしかないよね!」
「だからなんだってば!」
「記念撮影記念撮影〜♪」
 みあおはビシッと懐から取り出したカメラを虚空にかざして見せる。
 つまり聞いちゃいねえ。
 紫は疲れた顔でなゆを振返った。
「だからなに?」
「んーなゆわかんない。でもみあおちゃん楽しそうだし、きっと楽しい事なの。ね?」
 ほんわりと天使のように微笑まれて、紫はがっくりと肩を落とした。

 なゆとみあお、そして紫の三人はマンションの前の植え込みに腰掛け、みあお持参のおやつセットを広げていた。
 なゆとみあおには人目を気にする必要も分別もまだありはなしないし、紫は人目より最低摂取カロリーを気にしなければならない立場である。
 通りを行く人の奇異の目も何のそのだ。
「やーなかなか気が利くわねー幼女!」
 すっかり紫が復活している辺り流石に貧乏神と年間契約を交わしているだけのことはある。
「幼女じゃなくってみあお!」
「うんうんみあおでもなゆでも!」
 わしわしとみあおの頭をかき回し、なゆを膝に乗せた紫はかなりご満悦である。
 この三人が何故こうして仲良くおやつを広げているのかといえば、この三人では件の幽霊にコンタクトを取る術がないからだ。
 つまるところ来るはずの紫の元連れを、獲物を待っているのである。
 そしてその獲物は背の高い女に引きずられて程なくやってきた。
「あらあらおそろい?」
 片手で真名神・慶悟(まながみ・けいご)を引きずりながらやってきたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、三人を見咎めて軽く笑んだ。それになゆがにこっと笑って紫の膝から飛び下りる。
「うん。紫お姉ちゃんが『待ってれば必ず来るわよエサが』っていうから皆で待ってたの」
 ほんわりと笑いつつ立派にロクデモナイコトを言ってくれたなゆに、慶悟の顔色がまた変わる。
「ちょっと待て、だから待て! 子供になにを吹き込んだんだあんたは!」
 噛み付かれた紫はといえば手についたクッキーのクズを丁寧に舐め取ってから立ち上がった。実に悠然とした態度である。
「何をもなにも事実」
「しかたないよーおにいちゃん。みあおたちじゃ出てきてくれないんだもん。聞いたらマンションの人たちはもうみーんな確かめられちゃった後で、新しい人じゃなきゃどうしようもない見たいだし」
 ねーと三人は声をあわせて小首を傾げてみせる。実に微笑ましいが慶悟には悪魔が三匹居るとしか思えなかった。
 囮という事はつまりである。
 つまり公衆の面前で行き成り褌姿を(衣服の上からなのだろうが)披露せねばならないと言うことなのだ。
 そりゃー考えるまでもなく嫌に決まっている感覚が普通の男なら。
 シュラインはふっと気の毒そうに慶悟を見やったが勿論その手は離さない。
「じゃあいきましょうか。調度良く日もくれてきた事だしね」
 慶悟を除いた四人のおー! という掛声が唱和した。

「よいこは早く寝なきゃダメなの。だから早く出てきてね?」
 なゆが虚空に向けて小首を傾げればみあおもまた、
「はーい補導って言うかみあおのばあい保護になると思うけどされたくないのでちゃっちゃといきましょー!」
 やたらと元気に拳を振り上げる。
「……つまり誰も俺の身の上に付いては考慮のうちじゃないんだな?」
 低く吐き出した慶悟は、右腕をシュラインに、左腕を紫にがっちりと捕獲されていた。何というかアレである、重傷参考人を逃走させないようにする時の手段と言うか何というか。ノリはそれだ。
「あー大丈夫大丈夫。害はないから」
「そうねえ、ここのマンションの男性皆同じ目にあってても死傷者は一切出てないんだし問題はないわよ」
「俺の心の傷はどうなる!?」
 怒鳴った慶悟から視線を逸らし、紫はふっと意味ありげに微笑んだ。
「……男はそうやって大人になっていくのよ」
「……そうね。いい男になって頂戴真名神くん」
 シュラインまでもが調子を合わせる。
「……あんたらそうやってもっともらしいこと言ってるが絶対顔笑ってるだろう?」
 慶悟がジト目で呟いた、その時だった。
 あっとなゆが叫ぶ。その視線の先を追ったみあおがそれを指差した。

 何時の間にかそれはふわふわと視界の端を漂う。
 真っ白なものが視界を掠めて去る瞬間、去られた者もまた真っ白になる。
 拒否するのだ――脳が色々。

 それは素早く飛んだ。逃げる暇も避ける暇もありはしなかった。
 そして――
 沈黙。
 真っ赤なスーツに、その白は真に良く映えた。(冴木紫のルポより抜粋)

『……しくしく、これも違うのぅ』
 少女のような少年のような声が、その沈黙を打ち破った。
 はっとしたシュラインが鋭く叫ぶ。
「今よ真名神くん呪縛して!」
「この状態でか!?」
 ばっちり絞まっている状態です念のため。
 勿論というように、女二人と幼女二人はこっくりと頷く。躊躇するよりも本能的な恐怖が慶悟を動かした。
 ――古今東西女の集団ほど敵に回して厄介なモノはないのである。
 破れかぶれの慶悟の呪縛が、褌の自由を奪った。

 しくしくという鳴声は慶悟から響き続けている。慶悟の何処から響いているのかは描写しないでおこう。
「そんなに泣かないで、ね? なゆがお話聞いてあげるから」
『でもでもぉ、違うんですぅ。もっとぉ、垂れててしわしわなんですぅ」
「……何がだ」
 遠い目をする慶悟に誰も構いつけない。
 しくしくという声は更に言い募った。
『幸せだったんですぅ。でもなくなっちゃったんですぅ。僕をほんとにほんとに大事にしてくれたのにい』
「垂れててしわしわで褌を大事にしてくれるって言う事は……」
 ふむと考え込んだ紫に、シュラインが大きく頷いた。
「ええ、近所で聞き込んできたんだけど――愛褌会っていう愛好会所属のおじいちゃんだったそうよ。享年89歳。大往生だったんですって」
「……頼むからあんたら平然と話を進めるな」
 妙齢の女性二人から視線を外しつつも慶悟が突っ込む。
 しかし立派に黙殺される。紫など俯いたまま顔も上げない。悲しんでいるのでも哀れんでいるのでもない事は、肩が小刻みに震えている事からも明白だった。
 みおあはそっかあと頷き、褌を撫でようとして流石に手を引っ込めた。
「残念だったねえ。でも大丈夫、みあおに会ったんだから運はいいって。これからまた大事にしてくれる誰かにも出会えるよ?」
 優しく微笑むみあおに、褌はふと泣く事をやめた。
『そう、かなあ?』
「うん、なゆもそう思うの」
 純真な子供二人の説得は、時に大人の詭弁より効果的だ。純白だった褌は目に見えて薄くなり、その下にある赤を映し出してピンク色になっていく。
『うん、そうだね。また垂れててしわしわな人を一生懸命探すのぅ』
 瞬間、辺りに光が満ちた。
 そして褌は慶悟から跡形もなく消え去ったのだった。

 紫はこそこそとみあおの肩を抱いた。抱かれたみあおの手にはしっかりと箱状のものが握られている。
「で、どうよ?」
「うん! バッチリ☆」
「よーし焼き増ししてね。お題は出世払いってことで」
 インスタントカメラを手に、幼女と女はにったりと微笑む。
 かくして(慶悟の)悪夢は終わらない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0969 / 鬼頭・なゆ  / 女 / 5 / 幼稚園生】
【1415 / 海原・みあお  / 女 / 13 / 小学生】
【0086 / シュライン・エマ  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫  / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 始めまして里子です。今回は発注ありがとうございました。

 作中に登場した愛褌会は実在します。
 中々濃いサイトですので、どうぞ一度ご覧になってください。私のココロのバイブルです。<待ちなさい

 今回はありがとうございました。ご意見などありましたら聞かせていただけると嬉しいです。
 機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。