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<東京怪談・PCゲームノベル>


褌よさらば

 ドアを開けた先に羽織にジーンズおまけに目隠しという出で立ちの男が居る事に、佐藤麻衣はすっかり慣れていた。
「で? 今度は何?」
 近頃は用がなくとも尋ねてくることの多くなっている男だが(というか居ついているとも言う)それでもまずそう尋ねる事を麻衣は忘れない。
 男は哀しげな様子で佇んでいる。麻衣はとりあえず男を居間へと誘った。
 紅茶を出してやり、もう一度訪ねる。
「だから今度はなんなの?」
 男は出された紅茶に一口口をつけてから、おずおずと手にしていた本をテーブルの上へと置いた。
「魔物を図鑑から探してほしい……種類は……褌だ……」
「………………………………………………………………………………………はい?」
 長い沈黙の後に、麻衣は聞き返した。
 なにやらロクデモナイコトを聞いた気がするのは気のせいだろうか?
 しかしその麻衣の戸惑いにも構わず、男は哀しげに繰り返した。
「だから、この本から褌を探して欲しい」
「…………」
 麻衣は沈黙した。
 それは麻衣がこの男の前で見せた沈黙の内で最も長く、そして重いものだった。
「……麻衣?」
 その問い返しが、更に麻衣の神経を逆撫でしたことなど言うまでもない。麻衣は低く言った。
「帰れ」
「麻衣?」
「いーからなんかあの世とか精神病院とかそういう居るべき場所へ帰れーーーーー!!!!!」
 鉄拳を奮う事に些かの迷いもなかった。

 退魔剣士とは言え生活はしなければならない。
 最近ではすっかり佐藤家の居候に近い状態になっている志堂・霞(しどう・かすみ)だったが、であるからこそ前にも増して細細とした仕事を取るようになっていた。
 いくらなんでも食費もなにも払わずに佐藤家に居座れるほど恥知らずではない霞である。
 だから草間が持ちかけてきたその話に、霞は素直に飛びついた。
 消え去る。行き成り男性の下半身に巻き付いてくるのだ。そして次の瞬間本当に消え去る。被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、という。
「まあありがちな幽霊話だな」
 状況は兎も角。そう言いおいて草間は深く嘆息した。
 なにやら酷く疲れている様子だったが、霞はそれには構わなかった。
「つまりその幽霊を成仏させてやるか退治すればいいのか?」
 成仏という選択肢が増えただけでも進歩だな。内心そう思った草間だがそれは口に出さずにこくりと頷いた。
「まあそういう事だ」
「ふむ」
 霞は沈思した。
 まあ何というかここのところ結構幸せかなー色々大変なんだけどなーという生活を送っている。今尚戦いは続いているし、何時なにがしかけてきてもおかしくない状況ではあるのだが、その微妙に幸せな気分も否定出来ない霞である。
 そしてそれを継続させるためには食費や光熱費という、何というか浪漫もへったくれもないが現実の力が必要だった。
「……受けるに死苦はないが……」
「が?」
「その『それ』とは一体なんだ? 男を襲ってどうする?」
「……いやまあ襲ってるというのは少し違う気もするんだが」
 草間は口篭もった。なんと説明すれば誤解しないか。一瞬思考を巡らせようとしたが直ぐに諦めた。
 無理だ。
 努力もせずに言う言葉ではないが、その努力をするだけの気力は残念な事に今の草間には残っては居ない。
「まあ男性用の下着だな。褌と言うんだが」
「褌?」
 問い返してくる霞に、草間はひらひらと手を振った。
「まあ頑張ってくれ」
 つまり草間は投げたのだった。

 鬼頭・なゆ(きとう・なゆ)と海原・みあお(うなばら・みあお)、そして冴木・紫(さえき・ゆかり)の三人はマンションの前の植え込みに腰掛け、みあお持参のおやつセットを広げていた。
 なゆとみあおには人目を気にする必要も分別もまだありはなしないし、紫は人目より最低摂取カロリーを気にしなければならない立場である。
 通りを行く人の奇異の目も何のそのだ。
「やーなかなか気が利くわねー幼女!」
 すっかり紫が復活している辺り流石に貧乏神と年間契約を交わしているだけのことはある。
「幼女じゃなくってみあお!」
「うんうんみあおでもなゆでも!」
 わしわしとみあおの頭をかき回し、なゆを膝に乗せた紫はかなりご満悦である。
 この三人が何故こうして仲良くおやつを広げているのかといえば、この三人では件の幽霊にコンタクトを取る術がないからだ。
 つまるところ来るはずの紫の元連れを、獲物を待っているのである。
 そしてその獲物は背の高い女に引きずられて程なくやってきた。
「あらあらおそろい?」
 片手で真名神・慶悟(まながみ・けいご)を引きずりながらやってきたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、三人を見咎めて軽く笑んだ。それになゆがにこっと笑って紫の膝から飛び下りる。
「うん。紫お姉ちゃんが『待ってれば必ず来るわよエサが』っていうから皆で待ってたの」
 ほんわりと笑いつつ立派にロクデモナイコトを言ってくれたなゆに、慶悟の顔色がまた変わる。
「ちょっと待て、だから待て! 子供になにを吹き込んだんだあんたは!」
 噛み付かれた紫はといえば手についたクッキーのクズを丁寧に舐め取ってから立ち上がった。実に悠然とした態度である。
「何をもなにも事実」
「しかたないよーおにいちゃん。みあおたちじゃ出てきてくれないんだもん。聞いたらマンションの人たちはもうみーんな確かめられちゃった後で、新しい人じゃなきゃどうしようもない見たいだし」
 ねーと三人は声をあわせて小首を傾げてみせる。実に微笑ましいが慶悟には悪魔が三匹居るとしか思えなかった。
 囮という事はつまりである。
 つまり公衆の面前で行き成り褌姿を(衣服の上からなのだろうが)披露せねばならないと言うことなのだ。
 そりゃー考えるまでもなく嫌に決まっている感覚が普通の男なら。
 シュラインはふっと気の毒そうに慶悟を見やったが勿論その手は離さない。
「じゃあいきましょうか。調度良く日もくれてきた事だしね」
 慶悟を除いた四人のおー! という掛声が唱和した。

「褌……褌の怪物か」
 先に幽霊という説明を受けたんじゃなかったんですかあんたは。
 すっかり毎度の如く色々脱線した霞は、しかし真剣に作戦を立てていた。
 視覚を封じた超感覚と時空間を操る超絶先読み能力を利用し、結界を張って感知した瞬間、捕獲。
 ある意味では完璧な計画だったが、残念な事に大本のところで問題があった。
「……褌とはなんだ?」
 である。
 大元過ぎて突っ込む気にもなれない。
 こういう時にこそ世話になっている所の佐藤麻衣を頼るべきなのはわかっているのだがそれもする気にはなれなかった。
 毎度毎度頼ってばかりでは男が廃るというものだからだ。
 いやまあ廃るというか、そもそも霞に現代常識がないことは骨身にしみて理解している麻衣であるから今更廃るも何もないのだがそんなことは勿論霞の意識にはない。
「麻衣……」
 呟くと気持ちが暖かくなる。
 その麻衣にどうせなら褒めて欲しいだとか喜んで欲しいだとか、そう言う欲求があるのだ。
 一言聞けば解決するかも知れないことを躊躇っているのは、それが原因でもあった。
 というわけで必死で未来から持ち込んだ魔物大辞典をひっくり返している霞だったが、一つこれもまたもの凄まじく大本のところで問題があった。
「……読めない」
 霞は視覚を封印していたのである。
 あほーと鳴きながら、鴉が夕暮れ空を横切っていった。かくして事態は冒頭へと続くのである。

「よいこは早く寝なきゃダメなの。だから早く出てきてね?」
 なゆが虚空に向けて小首を傾げればみあおもまた、
「はーい補導って言うかみあおのばあい保護になると思うけどされたくないのでちゃっちゃといきましょー!」
 やたらと元気に拳を振り上げる。
「……つまり誰も俺の身の上に付いては考慮のうちじゃないんだな?」
 低く吐き出した慶悟は、右腕をシュラインに、左腕を紫にがっちりと捕獲されていた。何というかアレである、重傷参考人を逃走させないようにする時の手段と言うか何というか。ノリはそれだ。
「あー大丈夫大丈夫。害はないから」
「そうねえ、ここのマンションの男性皆同じ目にあってても死傷者は一切出てないんだし問題はないわよ」
「俺の心の傷はどうなる!?」
 怒鳴った慶悟から視線を逸らし、紫はふっと意味ありげに微笑んだ。
「……男はそうやって大人になっていくのよ」
「……そうね。いい男になって頂戴真名神くん」
 シュラインまでもが調子を合わせる。
「……あんたらそうやってもっともらしいこと言ってるが絶対顔笑ってるだろう?」
 慶悟がジト目で呟いた、その時だった。
 あっとなゆが叫ぶ。その視線の先を追ったみあおがそれを指差した。

 何時の間にかそれはふわふわと視界の端を漂う。
 真っ白なものが視界を掠めて去る瞬間、去られた者もまた真っ白になる。
 拒否するのだ――脳が色々。

 それは素早く飛んだ。逃げる暇も避ける暇もありはしなかった。
 そして――
 沈黙。
 真っ赤なスーツに、その白は真に良く映えた。(冴木紫のルポより抜粋)

『……しくしく、これも違うのぅ』
 少女のような少年のような声が、その沈黙を打ち破った。
 はっとしたシュラインが鋭く叫ぶ。
「今よ真名神くん呪縛して!」
「この状態でか!?」
 ばっちり絞まっている状態です念のため。
 勿論というように、女二人と幼女二人はこっくりと頷く。躊躇するよりも本能的な恐怖が慶悟を動かした。
 ――古今東西女の集団ほど敵に回して厄介なモノはないのである。
 破れかぶれの慶悟の呪縛が、褌の自由を奪った。

 しくしくという鳴声は慶悟から響き続けている。慶悟の何処から響いているのかは描写しないでおこう。
「そんなに泣かないで、ね? なゆがお話聞いてあげるから」
『でもでもぉ、違うんですぅ。もっとぉ、垂れててしわしわなんですぅ」
「……何がだ」
 遠い目をする慶悟に誰も構いつけない。
 しくしくという声は更に言い募った。
『幸せだったんですぅ。でもなくなっちゃったんですぅ。僕をほんとにほんとに大事にしてくれたのにい』
「垂れててしわしわで褌を大事にしてくれるって言う事は……」
 ふむと考え込んだ紫に、シュラインが大きく頷いた。
「ええ、近所で聞き込んできたんだけど――愛褌会っていう愛好会所属のおじいちゃんだったそうよ。享年89歳。大往生だったんですって」
「……頼むからあんたら平然と話を進めるな」
 妙齢の女性二人から視線を外しつつも慶悟が突っ込む。
 しかし立派に黙殺される。紫など俯いたまま顔も上げない。悲しんでいるのでも哀れんでいるのでもない事は、肩が小刻みに震えている事からも明白だった。
 みおあはそっかあと頷き、褌を撫でようとして流石に手を引っ込めた。
「残念だったねえ。でも大丈夫、みあおに会ったんだから運はいいって。これからまた大事にしてくれる誰かにも出会えるよ?」
 優しく微笑むみあおに、褌はふと泣く事をやめた。
『そう、かなあ?』
「うん、なゆもそう思うの」
 純真な子供二人の説得は、時に大人の詭弁より効果的だ。純白だった褌は目に見えて薄くなり、その下にある赤を映し出してピンク色になっていく。
『うん、そうだね。また垂れててしわしわな人を一生懸命探すのぅ』
 瞬間、辺りに光が満ちた。
 そして褌は慶悟から跡形もなく消え去ったのだった。

 さて、麻衣に力の限りの鉄拳を奮われてしょげ返った霞は、それでも仕事だとばかりに件のマンションを訪れていた。
 その場所から同じくらいしょげ返った男が出てきたのは、一体どんな偶然だったのだろう。
 男、慶悟は霞の顔を見るなり顔色を変えた。
「……今更、何をしに来た?」
「仕事を果たしに来た」
「そうか、ふ、ふふふふふふ」
 慶悟は不気味に含み笑った。
 こいつさえ、こいつさえもう少し早く現れていれば!
「……ちょっと死んでくれ」
「……何か良く分からないが敵か?」
 知己ではあるが戦闘態勢に入られた以上見逃す気はない。というか見逃してやれる気分でもない。
 華麗な八つ当たり合戦の火蓋が気って落とされようとしていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0969 / 鬼頭・なゆ  / 女 / 5 / 幼稚園生】
【1415 / 海原・みあお  / 女 / 13 / 小学生】
【0086 / シュライン・エマ  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0935 / 志堂・霞  / 男 / 19 / 時空跳躍者】
【1021 / 冴木・紫  / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 再度の発注ありがとうございました。里子です。
 そしてお久しぶりになります。

 作中に登場した愛褌会は実在します。
 中々濃いサイトですので、どうぞ一度ご覧になってください。私のココロのバイブルです。<待ちなさい

 今回はありがとうございました。ご意見などありましたら聞かせていただけると嬉しいです。
 機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。