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<東京怪談ノベル(シングル)>


さらに湖の一日

 化け猫など、多くの妖怪が住まう、霊峰八国山。
 ある休日の朝、猫の衣装を着た少女が、山の入り口に佇んでいた。海原みそのである。
 みそのは、山の入り口で目を閉じ、静かに佇んでいる。山を流れる霊気を感じているのだ。
 幾つもの心地良い流れが、彼女の体に伝わる。
 その中に、一際、穏やかで優しい流れがあった。湖から流れてくる流れだった。
 …なるほど、妹が言っていた通りの流れです。
 と、みそのは流れを楽しむ。
 先日、湖のごみ拾いに山を訪れた妹に、彼女はごみ拾いの続きと仕上げを頼まれた。
 …こうして断れずに来てしまうとは、私も、甘いですね。
 妹は私の事を便利なネコ型ロボットか何かと思ってるんじゃ無いだろうかと思いつつも、みそのは山を訪れていた。
 さて、まずは山の方々に挨拶に参りましょう。山に住まう化け猫様達に調子を合わせようと、猫の衣装着て、参りましたしね。
 みそのは、山の住人を探す事にして、八国山に足を踏み入れたが、すぐに足を止めた。
 …このまま歩き回っては、せっかくの猫装束も痛むし、私自身も青痣だらけになってしまいます。それでは、先方にも失礼というもの。
 風の流れに乗って、ゆるりと参りましょう。
 みそのが手をかざすと、彼女の体が音も無く空に浮いた。文字通り、風の流れに乗ったのだ。認識さえ出来れば、あらゆる流れを操る事が出来る、彼女の力である。
 ふわふわと、八国山の空を舞う猫装束のみそのは、すぐに山の妖怪達の知る所になった。
 「おかしな猫の子が、飛んで来たにゃ!」
 山の妖怪達の中でも、特に好奇心旺盛な化け猫達が、木陰から遠巻きにみそのを眺める。
 「あのぅ、長老様にご挨拶に伺いたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」
 集まってきた化け猫達に、みそのは普段と変わらない落ち着いた調子で尋ねた。
 「あ、あっちに居るにゃ。」
 不思議な猫さんがやってきたと驚きながら、八国山の化け猫達は、みそのを長老の所まで案内する。
 彼女が長老猫の所に着くと、長老猫はのんびりと昼寝をしていた。
 …ぼやけておりますが、大きな霊気を感じます。神に準ずる者の霊気ですね。
 「お、お魚さんが、猫の格好で魚を持って来たにゃ!?」
 みそのを見た長老猫は、何やら驚いている。
 …100年生きた猫は力を得て化け猫となる。
 みそのは、聞いた事があった。
 …1000年生きた化け猫は力を得て猫神となる。
 なるほど、長生きなさった化け猫さんのようですね。…ちょっと、ぼけてますけど。
 「初めまして、猫様達。
  わたくし、海原みそのと申します。」
 みそのは、持ってきた生カツオを長老に差し出しながら、妹に頼まれて山にやって来た事などを長老達に説明した。
 「なるほどですにゃ。わざわざありがとうございますですにゃ。」
 長老猫は、丸い背中をさらに丸めて、みそのにお辞儀をした。
 「最近は、住みにくくなりましたにゃー」
 などと言う長老猫達と、みそのは、しばらく雑談をする。昼過ぎ、化け猫達がマタタビ酒を持ち出してカツオで宴会を始めた頃、さすがにそろそろ掃除を始めようと思ったみそのは、湖へ向かう事にする。何匹かの化け猫達が、面白そうに彼女の後を追った。
 そして、やってきた湖。
 …なるほど、ゴミの量が多いみたいですね。
 みそのは湖の水に触れ、流れを感じてみる。ごみの量が大分多いようだった。確かに、妹が一人で潜っても拾える量とは思えなかった。
 「なんか、手伝うにゃ?」
 化け猫の手でよければ貸すにゃ。と、化け猫は言うが、
 「いえ、そんなに難しい事をするわけではありませんから、大丈夫です。
  でも…そうですね、流れをより強く感じる為に湖に潜りますので、このロープを持っていて下さい。わたくし、泳げませんので、念の為にお願いします。」
 みそのは、持っていたロープを化け猫達に渡しながら言った。
 「みそのさん、一体、どうするんですか?」
 興味深そうに尋ねる化け猫の少年の問いに、
 「特に難しい事は致しません。ゴミを亜空間に流し、電子の流れを止めて塵芥と化し、大地のマグマの流れに任せて燃やすだけです。」
 と、みそのは答えた。
 「不思議な猫さんだと思ってたけど、外国の猫さんだったにゃ…
  日本語を話して無いにゃ…」
 「いや、日本語だよ…」
 化け猫達はひそひそと話していたが、みそのは気にせずに湖へ飛び込む。こんな事もあろうかと、猫の衣装も耐水性の特製品を用意しておいたのだ。
 水の流れに乗り、湖底へと着いたみそのは、さっそく、ごみを亜空間へと流し始める。
 …ごみとそうで無い物を間違えないように、注意しないといけませんね。
 みそのは時間をかけて、ごみとその他の物を注意深く選別しながら亜空間へと送り、絶対零度の塵芥と化していく。
 …思ったより、大変ですね。
 湖の中、額に汗を浮かべて作業を続ける、みその。
 それは、地味で気が遠くなるような作業だったが、彼女は黙々と湖底での作業を続ける。
 それでも、根気強い彼女は、夕方までには湖の目立つごみをほとんど亜空間へと流す事が出来た。
 後の作業は、大地のマグマに塵芥を送って燃やすだけである。派手ではあるが一瞬で終わる作業だった。
 そうして全ての作業を終えたみそのは、ふう、と、湖底でため息をつく。
 分子レベルの微細な流れを半日近く追い続け、操り続けるのは、難易度はともかく、疲れる作業だった。
 …このまま、少しお昼寝しましょうか?
 穏やかな湖の流れが、心地良く感じる。
 やがて、みそのは湖の流れに身を任せて、目を閉じた…
 その頃、湖畔では、なかなか湖から上がってこない彼女を心配して、山の妖怪達が集まってきていた。
 「不思議な猫さん、浮かんで来ないにゃ…
  ぼ、僕、ちょっと見てくるにゃ!」
 泳ぎが得意な化け猫が1匹、我慢出来ずに湖に潜った。
 すぐに、湖底で、すやすやと眠っている、みそのを発見する。
 「た、大変にゃ!
  不思議な猫さんが死んじゃったにゃ!」
 あわてて、みそのの体に繋がってるロープを引き上げる山の妖怪達。
 …な、何事です!?
 驚いたのは、みそのである。
 急に引き上げられた彼女は、目を覚ました。
 人魚が湖の底で寝たからといって、どうなるものでも無いのだが、ほとんどの妖怪達は事情がよくわからず、おろおろとしていた。
 「み、皆さん、どうなされたのですか?」
 地上に上がったみそのが口を開くと、不思議な猫さんが元気で良かったと、山の妖怪達は喜ぶのだった。
 ともかく、掃除が終わった事は確かである。湖底のゴミは、きれいに片付いた。
 夕暮れ、みそのは簡単に後片付けをして、山を離れようとする。
 「不思議な猫さん、ありがとにゃー」
 山の妖怪達が、去っていく彼女を見送っている。
 …何だか、すっかり化け猫の仲間と勘違いされてしまったようですね。どちらかと言うと、わたくし、人魚なのですが…
 多少、釈然としない。だが、地元の妖怪達の見送りからは、暖かい流れを確かに感じた。
 …まあ、良しとしましょう。
 そして、深遠の巫女は深海へと帰っていく…

 (完)