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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>




反魂と龍


さて……ここに来てくれたということは、アンタは自分の力に自信があるんだよな?
まぁ別に話を聞いてからでも遅くないが……これは正直、オレも手を焼いているんだ。

調べてもらいたいのは、「反魂の術」についてだ。

通常、死者を蘇らせるなんてのは無茶だが…だが、この無茶をやらかそうって馬鹿がいやがる。
大元の依頼はそいつを止めたいってヤツなんだが、その「反魂の術」の方法がわからなけりゃ、それを阻止する方法だってわからねぇ。
そこでアンタには、「反魂の術」なんてものが実現可能なのか、それはどういった手順を踏まえて行うのか、この二点を調べてもらいたい。
ただ一つだけ言っておく。

-------これは、おそらくとても危険だ。

依頼人が言うからに、術者はもはや正気ではないらしい。
捜査中に襲ってくることだって十分に考えられるし、しかも相手はあの最強と詠われる【龍】だからな……。
無理強いはしない。最悪の場合、怪我だけじゃすまされないかもしれない。
そのぶん報酬は破格だと思ってくれていい。
失敗成功に関わらず、前払いで------そう、これくらいだな(ゼロが並んだ電卓を見せて)
今回の手がかりは【龍】と【反魂】の二つしかない。
殆ど無理を言っているのは百も承知だが、人間であるオレは【龍】なんてものに対抗できる術が無いんだ……。

この依頼、受けてもらえないだろうか?





●――――――――――――――――――――――――――――●




「解決した……?」
 その瞬間、犀刃リノックの額に走った青筋に、草間はあえて気付かないふりをした。
 手元のコーヒーに視線をうつして、一口啜る。徹夜明けの脳味噌に染みわたるカフェインが、なんとも心地よい。
 このまま別の世界へ飛び立てたらなぁ、と現実逃避をしてみて、眼前に座るリノックの刺々しい視線を感じ、断念した。
 昼下がり、馬鹿みたいに天気のいい梅雨時の午後である。空には子供の落書きのような雲が浮かび、わずらわしくなるような大音量でセミが無く。大合唱に不協和音を重ねるのは車が行き交う排気音で、夏、という環境を絵に描いたような中、エアコンが稼働しているのはせめてもの救いだった。たとえそれが、壊れていたとしても。
 額に流れた汗を袖でぬぐって、草間はちらりとリノックを一瞥した。
 この蒸し暑い中、汗一つかいていない。汗だくでへたれている草間とは大違いだ。涼しげな顔を飾る瞳は青く、透き通っている。全てを見透かすような英知をたたえているが、ともすれば少年のように無垢にも見える。とらえどころがない、と表現すれば、一番しっくりくるだろうか。山奥にひっそりとある湖面のように静謐で、鏡のように世界を把握する。
 そんな瞳にひたり、と見据えられては、焦る以外に何ができよう。
(いいや、できまい)
 自分で自分を慰める。
 ちょっとだけ悲しくなった。
「……えーまぁ、つまり。解決したんだが解決してな」
「どういうことですか?」
 にこにこにこにこにこにこ――――
 ――――――――…………
 ああ神さま。
 一瞬本気で神を呪いかける。
「いや、落ち着け。リノック……リノック様っていうか落ち着いてください……」
 リノックの背後に見える、怒りのオーラだか何だかが恐ろしい。
 というのも、少年が怒るのは当然といえるのだ。
 眼前に山を積まれた資料は、反魂に関する事柄だった。過去の事例、新聞記事、文献から洗いざらい。おそらくは膨大な時間がかかったのだろう。少年の生真面目っぷりに脱帽し――――そして命の危機を覚える。
 全部説明してください、という言葉に「説明しないとどうなっても知りませんよ」という、リノックの真意を悟り――――悟りたくなかったが――――うなだれるようにして、草間は話し出した。
 言葉に細心の注意を払いながら。
 腐心してはならない。
 おごってはならない。
 一瞬の油断もならない。
 それは死を招く。
 そんな意味不明の恐怖心が、草間を突き動かしていた。



 事件は数週間前に遡る。
 それは一通のビデオテープだった。
 それを引き金に、存在を"認識"された龍の赤ん坊がゾクゾクと生まれ、それを殺すべく【龍を滅ぼす者(ドラゴンズ・フロウ)】という組織が動き出したのだ。
 それは探偵の間では知る人ぞ知る暗殺集団であり、草間のところには一件の依頼が持ち込まれた。
 龍達を守ってくれ、と。
 それからというもの、数多くの人間(妖怪)の助けを借りて、龍の暗殺を阻止してきた。
 そんな最中、ことの確信を握る人物が、夢でこう言ったというのだ。


「――――私はクレシアです。赤龍族の長の娘。そして私の弟の名前はクレア。龍を滅ぼす者の構成するのはただひとり、弟のクレアだけ。私の弟が……龍を生み出し、殺そうとしている張本人です」
「クレアは病み、狂っています。私はあの子を守れませんでした。いえ…私はクレアをかばって死にましたが、それがあの子を傷つけてしまった。知っていたのに……あの子が身内の死を畏れていることを、私は知っていたのに。あの子を死なせたくないという私のエゴが、あの子を死よりも深い暗闇へ置き去りにしてしまった」
「新しい"認識"で龍を生み出しているのは、力のない龍のほうが殺しやすいから…なぜ私の姿を語ってビデオをばらまいたのか、私にはわかりません」
「あの子が同種殺しという大罪を犯せば犯すほどに、私はこの世界に囚われます。罪の鎖が私の身体を蝕み、世界に浮かぶ私の魂は色濃くなっていく。それは生き返るのではなく、むしろ逆――――それなのに、あの子は勘違いをしている」
「私が罪に縛られれば縛られる程、あの子は罪を犯していく。そうすれば、私が生き返ると信じているから」
「それでも、死者は生き返ることができないのに。あの子が犯した罪の鎖は、私だけではなく他の死者も縛ってしまう。死者はやがてあの子に災いとなって降りかかる……なのに、なのに…私は何もできずに見てるしかできないなんて……」
「こんなことを言う資格、私には無いけれど。どうか、どうかお願い……あの子を助けてください」
「同種殺しという罪は消えないけれど、私はもう消えてしまうけれど、それでも私はあの子を助けたい。命なんて、私という意識なんていらない、ただあの子が生きてくれれば、私はそれだけでいい!」

「クレアを助けて――――――-」


 たったこれだけのことを言うために、魂を神へ捧げたのだと言う。
 それは魂の束縛を意味し、輪廻転生からはずれることを意味する。永久に縛られたまま、還ることすらできないのだ。神の御許で、ただ在り続けるだけの魂。
 ゆえに、誰もがこの夢を疑わなかった。
 クレアと呼ばれた【ドラゴンズ・フロウ】のトップは龍のもとへと現れ、姉の伝言を聞くや否や、意気消沈したように去っていったという。

「と、いうわけだ――――です」
 いまいち自信の持てない敬語だったが、話の道筋はだいたいこんなもんだろう。
 リノックは何かを考えるようにして腕を組むと、
「敬語がへんです、20点減点」
「うぐっ」
 ――――どこまでも辛辣であった。



●――――――――――――――――――――――――――――●



 草間興信所を出る頃には、空は既にどんよりと曇っていた。
 といっても重圧を感じさせる類のものではなく、薄い雲の向こうに太陽の輝きを感じさせるような、そういった類の曇り空である。雨が降り出しそうだが、そうでもないような、中途半端な空だが悪くは無い。閉塞感を感じ無い空の下を歩きながら、リノックはふと、眼前に怪しい動きをする人物を見かけた。
 怪しい動き、といっても警察に職務質問されそうな類ではない。
 殺気があるのだ。
 それを隠そうとすらしていない。ただわき起こる激情に身を任せているが、冷静なようでもある。強いて言うなら、人を殺す前の暗殺者のようだった。冷静に獲物を分析しながら、その瞬間を待ち続ける。それにしては、殺気を隠す素振りも見せない。故に、暗殺者では無いと断定した。
 それは少年だった。青い髪は怒りのせいか波打つように揺らめき、瞳は灼熱の炎を思わせる真紅。小柄な身体を黒い衣服で包んだその姿は異様だが、誰も目にとめていなかった。それどころか、まるで少年を居ない者のように扱っている。
(……何だろう)
 少年は誰かの後をつけているようだった。尾行に不慣れなのだろう。つけられている人物は背の高い青年で、気付いた様子も無いが、その隣に黄金の龍を従えていた。
(やれやれ…まったく)
 どうしようかと一瞬躊躇するも。
「暇ですしね」
 という理由から、リノックは尾行を開始した。




 やがてほどなくして、二人(リノックのぞく)は見晴らしの良い、土手へと来ていた。
 傍に国道が走っているが、車の音は無い。鳥も、虫ですらも、何かに怯えるようにその存在を隠している。本能的なのか、それとも霊的なものが作用しているのか。ただひたすら感じる冷たい霊気に、リノックはぺろりと唇を舐めた。
(あれが――あの黄金龍が草間さんの言っていた”龍”だとしたら)
 あの少年はおそらく、クレアという赤龍族の生き残りであり、龍殺しなどというふざけた名前の首領位であろう。そして、あの背の高い青年が、龍を生み出す現場に居合わせたという当事者なのだとしたら。
(彼らが戦ってるのも納得いきますね)
 派手に闘りあう二人+一匹を冷静に観察しながら、リノックは分析を開始した。


 戦いははじまるのも唐突であれば、終わるのも唐突である。
 血だらけになって失神している二人を見下ろして、リノックは溜息をついた。
 手助けをしても良かったが、なぜがする気になれなかった。部外者の立ち入る隙が無いと思ったからではない。
 では、なぜ。
 答えなど考えるべくも無いことに気が付き、リノックは苦笑した。
 この少年は死にたがっていた。
 それだけだと、そう割り切るほど大人な自分がいる。手助けをしたほうが良かったのだろうか、正しいことと悪いこと、その区別を付けるのは誰なのだろうか。
 そういった諸々の葛藤を振り切るようにして、リノックは少年の傍へかがんだ。
 酷い出血である。あと数分もあれば、死ねるだろう。
 ――――少年の望み通り。
「…………」
 リノックは右手を少年の額へ軽く押しつけると、何事かを呟いた。
 物体の状態を変化させるという術の、応用である。死んだ細胞を”死ぬ前の状態”へと変化させるのだ。傷は塞がり、出血は止まるだろう。
 淡い燐光が少年の身体を包み込んでいく――――
「……ぅ」
 その時、少年がうめき声をあげた。
 うっすらとその瞳が開かれ、リノックを見据える。覚醒時に意識がもうろうとしていないのは凄いものだ、と簡単しながらも、リノックは微笑しながら言った。
「死ねなくて残念でしたね」
「………………」
 少年は何も答えない。
 答えたくないのか、答えられないのか。瞳の中に宿る色はただ空虚で、リノックに読み取ることは出来なかった。その瞳は感情の波が無いと咄嗟に理解できてしまうほど、静かな光をたたえている。
「お好きにどうぞ」
 言葉が届かないと悟り、リノックは背を向けた。
 後ろからザックリいかれるかもしれないという危惧が脳裏を掠めたが、無視する。
「…………」
 少年の時と同じように青年の額に右手を押しつけ―――――
 治癒を追え後ろを振り返ってみれば、少年の姿はどこにも無かった。
「やれやれ、まったく」
 どこか嬉しそうに微笑みながら、リノックは救急車を呼ぶべく携帯電話に手をかけた。



●――――――――――――――――――――――――――――●



 救急車に付き添いとして乗り込み、草間に電話をかける。
 草間の証言で彼が淡兎エディヒソイと身元が証明され、入院の話はトントン拍子に進んだ。体力の著しい低下に出血が多かったこと、そしてなぜか傷跡が見つからないという不可解な現象から、精密検査のため全知二週間と告知された。
 そんなこんなで青年――――淡兎エディヒソイが目覚めたのは、夜の八時頃であった。
「草まぐのびぎゃば!!!!」
 開口一番に叫び、痛みで悶絶するエディヒソイ。
「ああ、起きたか。あんまり急に動くと傷が開くぞ」
 草間がのんびりと言った。
 どうやら、こういうことには慣れているらしい。
「大丈夫ですか?僕のチカラじゃ内臓まで治癒できないので」
「ど、どういうこっちゃ…」
「つまり、だ。あの後、一部始終を見守っていたこいつ-----」
「犀刃リノックです」
「そうそう。サイファ・リノック氏がエディの傷を塞いで、病院まで運んでいってくれたというわけだ」
 となると、あの少年はどうなったのだろうか。
 エディヒソイのその問いに、リノックは微笑んで首を振った。言う必要は無いと、そう思ったのだ。
 彼はそれ以上聞かなかった。
 聞く気力が無かったのか、それとも――――
 そして、唐突に叫んだ。
「そうや…うち、明日期末試験なんや!」
「全治二週間ですよ」
 と、これは素晴らしい笑顔でリノック。
「草間…うち期末試験……」
「リノック、明日は晴れそうだなぁ」
「そうですね。きっと良い天気です」
「だから…明日期末試験……」
「明後日も晴れるだろうな」
「天気予報では雨と言っていましたよ」
「だから期末……」
「そうか、それは残念だ。洗濯物が乾かないのは困るものだぞ」
「そうですね。やはり清潔な服を着たいですし」
「だから…………」
「零が困るだろうなぁ」
「零というと、あの綺麗な妹さんですか?」
「…うぅ…………」
「やらないぞ?」
「わかってますよ」

 しくしくと泣き出したエディヒソイを、リュウノスケは優しく慰めた。



 その後、ドラゴンズ・フロウの名前が話題に出ることは、一度として無い--------
 


 

END or To be COMTINUED?
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【1565】犀刃・リノック
 男/18歳/ 魔導学生

 【1207】淡兎・エディヒソイ
 男/17歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ。大鷹カズイです。
納品が遅れてしまい大変ご迷惑おかけいたしました。
申し訳ありません。
二度とこのようなことが無いよう、お金をいただいているという自覚を持って取り組んでいきます。

リノックさんはとても書きやすいキャラでした。
たとえが悪いですが、言うなれば「不思議キャラ〜笑顔で人を脅す〜」というイメージがありますw
能力のほうもバリエーション豊かで、色々と想像(妄想)しやすかったです。
この度はまことにありがとうございました。

またいつか、お会いできることを願って。


   大鷹カズイ 拝