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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


箱の中の蛙


■序■

 茨城県より、月刊アトラス編集部へ投書あり。

『ふしぎなカエルをつかまえました みにきてください』

 差出人は9歳の少年であった。
 同封されていたのは、確かに、麗香も三下も見たこともない蛙の写真である。
 ……ただし、リチャード・レイは見たことがあるらしかった。彼は偶然なのかはたまたこれから起きる惨劇を予知でもしたのか、日本に来ていたのである。
 レイは即座に動き、差出人である少年とコンタクトを取った。
 少年は――袴田水彦は、海沿いの町に住む祖母の古い家でその蛙を捕まえたのだそうだ。祖母が死に、家は取り壊されることになった。袴田家は一家総出で、祖母の家の片付けに向かったのだ。蛙は閉めきられた部屋の中で、のろのろと床を這っていたのだという。
 レイはあろうことか、少年にその蛙を殺すよう命じた。
「……結果、どうも、ミズヒコくんに嫌われてしまったようです」
 当たり前ではないか。
「しかし、彼がみつけた蛙は危険です。何とか彼を説得して――いや、無理にでも――この蛙を殺して下さい。取り返しがつかなくなる前に」

 レイの行動は迅速なものだったが、向こうの動きはさらに早かった。
 袴田家からは蝿が消え、
 ハムスターが消え、
 カナヘビが消え、
 台所に置いてあった豚ヒレ肉300グラムが消えていた。


■蛙■

 リチャード・レイは、3人の顔ぶれを見て安心したようであった。
 海原みそのと天薙撫子はすでに会っているし(そして『ティンダロスの猟犬』を相手にして無事に帰ってきたわけでもある)、桐生アンリの風貌は思慮深いものだったからだ。
 実はもうひとり依頼を受けた男が居たのだが――名を星間信人という――その男は、レイと麗香への挨拶もそこそこに、さっさと茨城へ向かってしまったのである。説明など不要とでもいうように。或いは、顔を合わせたくない人間でも居たかのように。
「レイさんがこの依頼に関わられているということは、『あちら側』の存在が絡んでいるのですね」
「あちら側?」
 撫子が言うと、レイは頷き、ヘンリー(桐生アンリの希望する愛称である。「アンリなんて勘弁ですね。私が淑女に見えますか?」と、本人は自己紹介がてらに嘯いた)は目をすがめて首を傾げた。
「人知を超えた存在が棲みつく世界の住人だということです、ヘンリーさん。――まあ、今回の『蛙』は、殺せる相手であるからして可愛いものだと言えますが」
「やあ、それは参った」
 言葉のわりにはあまり困った様子でもないヘンリーは、うっすらと笑いながらうなじを掻いていた。
「私は蛙の域を出ないものだと思っていましたよ」
「わたしの説明が良くなかったようですね。では、お話ししましょう」
 レイは鞄から資料を取り出すとき、ちらりとみそのの顔を見た。みそのは相変わらず微笑み、首を傾げただけだ。
 レイはひとまず袴田水彦が送ってきた写真を机に置いた。ヘンリーと撫子が興味深げに覗きこむ。――確かに、見たこともない蛙だった。青のような緑のような身体、黒い大きな目、水かきのついた手足……それはあらゆる蛙に見られる特徴である。だがそれは間違いなく蛙ではなかった。手足には鋭い爪が生え、ぱっくりと開かれた口にはずらりと牙が並び、ぬめぬめと光る身体には鱗が生えていたのである。この目の大きさを見る限りでは、トカゲでもなさそうであった。尾は無く、身体は妙にずんぐりとしているのだ。
 視力をほとんど失っているみそのは、写真を見ることが出来ない。しかし、写真を見た撫子とヘンリーの思考の流れを読み取って――息を呑んだ。
「……わたくしの眷属」
「わたしたち研究家はこう呼んでおります。『深きもの』と」
 ヘンリーと撫子は、揃って写真からレイに目を移し、それからみそのに目をやった。
 みそのはどこか呆然とした様子で黙りこんでいた。それまで顔に浮かんでいた大人びた微笑みがすっかり消えてしまっていた。彼女は音もなく席を立ち、しずしずと部屋を出ていった。
「みそのさん?」
 追おうとした撫子を、レイが制止した。
「後でわたしが話しておきます。彼女には少し関わりが深いものですから」
「……その、深きものという存在についてお聞かせ願えますか」
 ヘンリーは冷静だった。撫子も入口を気にしつつも態度を改め、レイに向き直る。
 灰色の髪、灰色の目のレイは、次いで古い写真を取り出した――。


■海が見える部屋で■

 星間信人はすでに、袴田旧家に来ていた。

 彼の行動の早さはまさに風のようであった。いつもはゆったりとした、ともすれば無風であるかのような彼のたたずまいからは想像もつかない迅速さである。信人のその疾風の如き速さは、きまって、天薙撫子が言う『あちら側』絡みの事件が起きたときに限って露わになった。
 信人は袴田家を訪れると、いつもの人畜無害な皮を被り、幼い水彦に近づいたのだった。ついでに、休日で家に居た少年の両親とも会った。アトラスから来た記者だと名乗ると、警戒心の薄い家庭なのか、信人が望んでいたことをぺらぺらと喋った。
 だが残念なことに(そして、「常識的に考えれば」悪いことに)、
「カエル、いま友だちのいえにあずけてるんだ。その友だちのお父さんがいきものにくわしいから」
 とのことだった。袴田家に蛙は今居ない。
 だが、信人は水彦の祖母について、興味深い話を聞いていた。それだけで充分だった。蛙の始末は、他の者に任せるつもりだ。
 特にこの手の話ならば――彼が今のところ一方的に敵視している、水の巫女が関わってくるに違いないと踏んでいたからである。汚らわしい水生生物など、汚らわしい水の手先に相応しい。

 そういったわけで、信人はすでに取り壊しが決まった廃屋に来ていた。
 感心してしまうほど古い家だ。木造二階建てで、信人にその権利があったならば、即座に歴史的建造物として認定しているところである。ただ単に古いだけではなく、手入れが行き届いており、埃まみれのガラス窓はひとつも破れてはいなかった。引き戸も比較的スムーズに開く。中は整理が途中であるらしく、玄関に入った信人を、段ボール箱やまとめられた古紙などが無言で出迎えた。
 すん、と家の匂いを嗅いで、信人は露骨に顔をしかめる。
(……水)
 そう、水の臭いだ。常人にわかるかどうかは定かではない。何しろこの家は海沿いのひなびた町にある。信人にとっては忌まわしい、潮と水の匂いが満ちている。
 だが、この家に充満しているこの水の臭いは――魚臭く、冷たく、狂気を孕み、捻じ曲がっていた。
『母は、くも膜下出血で亡くなりました』
 水彦の父はどこにでもいる男で、信人の関心は引かなかった。
『蛙を飼っていたという話は聞いていません。世話好きではありましたが、最近は家に篭もりがちで外に出ていなかったようなんです。もう80を過ぎていましたので、僕らと暮らすことを薦めていたんですが、どうも気が乗らなかったみたいで……あの家は母が小さい頃からずっと住んでいたものですから、離れたくなかったのかもしれませんね』
 凡愚め。
 信人は袴田の話を思い出し、そしてかすかなこの異臭に機嫌を損ねつつ、水彦が蛙をみつけたという2階の部屋に向かった。
 廃屋は、ひっそりと鎮まりかえっている。傾いた陽、遠いカモメの鳴き声が哀愁と薄気味悪さを誘う。
『その部屋は、僕がその家で暮らしていた頃は物置でした。それが先日掃除に行ったら、外側から目張りがされていましてね。僕の部屋が物置になってました、ハハハ。昔にしては部屋数の多い家でした。祖母ひとりになってから、必要なくなったんでしょうね』
 知らずにいることは罪ではない。哀れなだけだ。
 信人は開かずの間に入った。
 入るなり、彼は鼻を押さえ、一度大きく咳払いをした。不浄の臭いが部屋に充満していたのだ。
 しかも、

  ちちよ ちちよ いましめおやぶりたまへ

  ふんぐルい むぐるウなふ くするう るるいえ うがふなグる ふタぐん

  そはとこしへによこたはり――

「汚らわしい! 何たることでしょうか!」
 信人は思わず一喝すると、部屋を飛び出してびしゃりと戸を閉めた。
 蛙がいたというその部屋の中は、呪文や祈祷文が書き殴られていたのだ。とは言っても、それを文字として認識するには、その知識が必要であった。常人が見てもただの落書きか、壁のしみにしか見えないだろう。文字は信人が見た限りひどく稚拙で、彼が読むのに少し時間をかけなければならないほどだった。
 しかし、時間をかけてまで全てを読もうという気にはならなかった。
 こんな忌まわしいものが元凶だったとは――。あの男、レイという男はもっと何か知っていたかもしれない。話を聞いておくべきだったか。この自分の心の平和のためにも。
 信人は思わず身震いをすると、袴田旧家を出た。
 ばっ、と出し抜けに彼は振り返り、珍しく不機嫌な顔で、その白手袋を嵌めた手を古い家に向けた。
 それからすぐに前に向き直り、振り返りもせずに歩き出す――

 彼が歩き出したその直後、その古い家は尋常ならざる暴風を受け、たちまち崩れ去ってしまった。木材、ガラス、段ボールのすべてが風に侵食され、ぼろぼろと滅び去っていく。風に弄ばれる家だけが、持っている時間を早送りにされていた。
 信人は水の存在を認めることが出来なかったのである。

 袴田家は、家の取り壊しを業者に依頼せずにすんだ。
 すべての思い出と罪もまた、跡形もなくこの時間から消え去ったのである。


■けものは消えている■

 桐生アンリ(ヘンリー)、天薙撫子、海原みそのが袴田家を訪れたのは、午後3時を過ぎた頃だった。
 袴田家には一家が全員揃っていた。休日らしい。アトラスから来た記者だと名乗ると、袴田家の両親は少し驚いたような、可笑しげな顔をした。
「どうかなさいましたか?」
 撫子が尋ねると、水彦の父が戸惑いながらも微笑んだ。
「いえ、午前中に、男の方がひとりいらっしゃいましてね。アトラスの方です」
「星間様ですわ」
 みそのがヘンリーと撫子に耳打ちした。この依頼を受けたのは4人であることを、とりあえず3人は知っている。ああ、と納得し、
「すみません、アトラスはフリーランスの記者をよく雇うのです。私たちもそうです。単独の取材も、こうして協力し合うのも自由だということです。その記者は、私たちよりせっかちだったようだ」
 ヘンリーは肩をすくめて、すらすらと事実を話した。
「まあ、我々が遅れをとったとも、のんびり過ぎたとも言えますかね」
 その場はからからとした和やかな笑いに包まれた。
 みそのだけが、どこかぎこちない微笑みを浮かべていた。


 袴田家は動物が多かった。
 ラブラドール・レトリーバー1頭、雑種の猫2匹、アカミミガメ3匹、季節外れのノコギリクワガタ3匹。
 それに、件の蛙1匹と――つい3日前までは、カナヘビが3匹に、ハムスター1匹を飼っていたらしい。
「動物が好きなのね」
「うん。しょうらいはじゅういさんになるんだ」
 黒い大型犬に早速なつかれながら、撫子は水彦に話しかけた。水彦は朗らかな少年で、人見知りすることもなかった。ヘンリーが水彦の父と話している間、ずっと撫子やみそのとお喋りをしていた。
「蛙、見せてくれる?」
 犬(パットと云うらしい)を撫でながら本題に入ると、水彦は少し困った顔をした。
「お昼にきたおじさんにもはなしたけど、友だちにあずけてるんだ」
 それを聞き、撫子は思わずみそのと顔を合わせた。
 あまり、よろしくない状況ですわ――
 みそのは黙っているが、その表情はそう言っている。
「父さんが、めずらしいから見てもらえってゆうから。それに、『アトラスのひとたちはうんがよくないとこないよ』って」
「その友だちは蛙に詳しいの?」
「友だちの父さんがね。だいがくのきょうじゅなんだって。ヘンリーさんとおなじ」
「そう、一足遅かったのね」
「そのお友達のお家を教えていただけますか」
 ようやくみそのが微笑み、口を開いた。水彦は快諾した。
 水彦から蛙の居場所を聞いている間に、ヘンリーが話を終えて子供部屋に入ってきた。どうやら、同じような内容の話を聞いたようだ。表情は張り詰めていた。一刻の猶予も許されない、といった風情で、焦りを押し殺している。
 蛙が預けられた家は、近所にあった。3人は挨拶を済ませて、袴田家を後にすることにした――
「ミロ? ミロ、ごはんよぅ」
 水彦の母親が猫を呼んでいる。
「変ねぇ、いつも真っ先に来るのに……ミロー!」
「昨日の夜、散歩から帰ってきたっけ?」
「あ」
 猫も消えた。


「あまり無茶はしないようにして下さいよ」
「心得ております」
「ご心配なく」
 水彦の友人、直弥――菅直弥の家は、いやにひっそりと静まりかえっていた。
 3人とも場数を踏んでいるか、特殊な『目』を持っている。悪い予感もするし、冷え冷えとした空気も感じ取れる。
 しかも、この、臭い。
 水揚げされた魚の臭い。澱む海水。弾けて、また生まれ出でる狂気。
 菅家を見上げて、ヘンリーは撫子とみそのにとりあえず忠告をした。自分には物騒な力などない。ひょっとすると、いちばん無茶をするべきではないのは自分なのか。そんな考えに行きついて、ヘンリーは心中で苦笑した。
「居りますわ、このお家に」
「そのようですね」
 撫子とみそのは感じ取っている。蛙の気の流れは、異質すぎた。平和な住宅街には相応しくない歪みだ。
 ヘンリーはチャイムを押し、ついでにノックもしてみた。
 反応なし。
 鍵もかかっている。
「んんん、どうしたものかな。窓を蹴破るのはどうも――」
「ここに」
 みそのが微笑みながら、菅家の鍵を持っていた。
「おいおい、それをどこで?」
「ここに留まる『流れ』を読みましたわ。お子さんのために、ご両親はそこの置物の下に鍵を」
 確かに、玄関ドアのそばには女神像型の洒落たプランターがあった。
 ヘンリーは面食らうのもそこそこに鍵を受け取り、菅家のドアを開け――
「Putain!」
 ちくしょう。


■蛙殺し■

 ふんぐルい むぐるウなふ くするう るるいえ うがふなグる ふタぐん

 いあ!
 イア!
 シュブ=にグラす!
 ふんぐルい むぐるウなふ くするう るるい――
 ぎるるるるる……
 ぶるるる、ぶしゅるるる、
 くするううう!

 人間のものではない唸り声がする。
 壁一面に付着した、生臭い臭いの水と血。
 ところどころ、文字のような紋様のような、ねじくれた彩りが添えられている。ヘンリーには読めなかった。撫子にもだ。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥルフ ルルイエ ウガフナグル フタグン」
 みそのが汚れた壁を見つめながら、心ここにあらずといった面持ちでそらんじる。
「……それは?」
「ここに書かれている通りです。『ルルイエの館にて死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり』。お祈りのことばです」
「それは、みそのさんが仕えていらっしゃる神様への……?」
 控えめな撫子の問いに、みそのはふるふるとかぶりを振った。
 だが、力なかった。
「……どうか、どうか……お願いです、あまり苦しまずに……」
「……」

 あぁ! はぁ! ふんぐルい むぐるウなふ くするう るるいえ うがふなグる ふタぐん―― ちちよ! ちちよ!

 耳障りな声は近づいていた。
 びちゃびちゃという足音もともに近づいてきている。
 撫子は袖口から鈍色に光る糸を取り出し、さっと音もなく動いた。
 階段だ。蛙は階段を降りてきている。
 ぴうっ、と鋭い音が臭いの中を走り――
 ぎらぎらと光る漆黒の瞳、びっしりと生えた牙、鋭い爪、人間の男ひとりほどの大きさ、水かき、ぬめる肌、鱗、海水、血、
 蛙、
 否、深きもの。

 がぁ! はぁ!
 くするう! くするううう!
 ちちよ! ちちよ、だごん! ちちよ! はあぁ!

 蛙は妖を断ち、封じこめる糸の中でもがいた。ぬらぬらと光る緑色の鱗が、糸で傷つく。蛙は神に救いを求めていた。
 みそのが顔を手で覆い、崩れ落ちる――ヘンリーが寸でのところで抱きとめた。
 蛙の牙は血と筋でべっとりと赤く染まっていた。滴る涎も、赤を帯びている。鼻が曲がりそうな臭いの中で、撫子はぴゅるりと糸を繰り出し、蛙の脇を走り、一息に階段を駆け上がった。

 ちち、よ――

 しゅるり、びぃん!

 胴体との境目は見当たらないが、蛙の首はぼとりと落ちた。撫子の『妖斬鋼糸』で締め上げられたのである。
 撫子はみそのとの約束を守った。おそらくその死は、速やかに訪れたはずだ。
「お赦し下さい」
 みそのは祈っていた。
 壁に書き殴られた祈祷文こそ読み上げなかったが、彼女はヘンリーの腕の中で確かに祈りを捧げていた。蛙のために、神のために、自分のために。

 ヘンリーもまた、神に祈った。
 壁に塗りたくられた血は人間のものだ。この家は、あの唸り声を除けば、鎮まり返っていた。
 階段の上に行く気にならない。
「まったく、神よ」
 水彦はどんな顔をするだろう。
 水彦は、何と言うだろう。


■単刀直入に■

「『深きもの』とは、海底で眠る邪神を崇める種族です。風貌はこの写真にある通り」
「半魚人、ですね」
 ヘンリーは我が目を疑いながら、その写真を睨んでいた。古今東西世界中を旅して回り、前人未到の地でも生き延びる術を心得ているヘンリーでも、自分の知識と目を疑うことも稀にある。彼の脳髄は柔軟だ。証拠があれば即座に事実を受け入れる。
 ぼろぼろの白黒写真だが、確かにそこには、どこかの海辺と、数匹の歩く蛙――或いは、歩く魚を写していた。大きさはどうも、人間くらいありそうだ。これが、深きもの。
「彼らには寿命がありません。肉食で力も強く危険です。ですが、殺せば死にます。或いは、食事を与えずに閉じ込めておけば……」
 蛙は、閉ざされた部屋に居た。
「どういう身体の構造なのかはわかりませんが、食事を摂らずにいると、深きものの身体は縮んでいきます。蛙ほどの大きさにまで縮むという記録が残っています。しかし、再び食事を始めたら、またもとの大きさに戻ってしまうのです。段々と獲物は大きくなるのです、蝿から鼠へ、鼠から豚肉の塊へと」
「では、水彦くんが捕まえた蛙は――」
「おそらく、おばあさんは身体が縮むということに気がついたのでしょう。踏み潰せるほどに小さくするつもりで、部屋の中に閉じ込めたのかもしれません。同じようなケースが過去にもあります」
 蛙の正体はわかった。
 こうして、3人は編集部を出たのである。
 しかし……
「どうして茨城のお年寄りの家に、そんな『蛙』が?」
 ヘンリーの最後の問いに、レイは残念そうな顔でかぶりを振るばかりだった。
 外は晴れていたのに、それぞれの心中は暗礁にあり、今にも雨を呼び起こしそうだった。

 嵐が来る。


 みそのはひとり、アトラス編集部前の廊下に佇む。
 彼女は最後まで、行くべきか否か迷っていた。彼女は人魚であり、使徒だ。深きものと何ら変わらない存在だ。異なるのは容姿のみ――しかし目も見えぬ彼女にとって、姿かたちの違いなどが何の気休めになるだろう。
「巫女よ」
 レイと名乗る灰色の男が、静かにその背に声をかけた。
「気が咎むか」
 みそのは振り返った。
 レイの瞳に宿った紫の光は、彼女に届かない。
「風の信徒も関わっておる。無理強いはせぬ。よもやお主がこの話に乗るとは思わなんだ。儂が浅はかであった」
「……いいえ、そんな、そのような」
 みそのは微笑む。
「あの御方――御神とは、昨夜もお会い致しました。現在と過去と未来を知るはずのあのお方が、わたくしに何も仰らなかった。あの方は、わたくしが今日この場に行くことをお赦しになられたのです」
「……そうか」
 灰の男は短く溜息をついた。
「それで気が休むのならば」
「お手伝いをしてきますね」
 みそのはもう一度微笑むと、灰の男とすれ違った。
 彼女は一度も振り返らなかった。


(了)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)】
【0377/星間・信人/男/32/私立第三須賀杜爾区大学の図書館司書】
【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】
【1439/桐生・アンリ/男/42/大学教授】

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■         ライター通信          ■
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モロクっちです。『箱の中の蛙』をお届けします。
今回は受注を始めて3時間で定員が埋まってしまいました。感激です、有難うございます。
それにしても、今回は「深きもの」だったのですが、予想されている方がいなかったのが意外です。「食べなければ縮む」「半魚人というより、いつも『蛙っぽい』と書かれる」という「深きもの」の特徴、自分の中ではかなり大きなものだったのですが……意外とマイナーな情報だったようですね(汗)。
今回の作品は分割されておりません。4人共通となっております。

ええと、ここからは連絡です。
リチャード・レイをNPCとして登録致しました。番号は1578です。人物相関登録等ご自由にどうぞ。

それでは、お楽しみいただけたのならば幸いです。
またご縁があればお会い致しましょう。イアイア。