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<東京怪談・PCゲームノベル>


哀しい夢
------<オープニング>--------------------------------------

『まだ誰も知らないところへ行こう、とあなたは言うの。
そこへ一緒に行けるんだと思うととても嬉しくて、私はあなたに手を伸ばす。
けれど、そこは誰にも赦されない場所だった。
おねがい、だれか。誰か彼を止めて。一分でも一秒でも早く彼に追いついて。
誰でもいいの。誰か。だれか…………おねがい。』

「……とまあ、こういう感じなんだが」
表示された文字を指で示して、自称「紹介屋」の太巻大介(うずまきだいすけ)は振り返った。
「ネットサーフをしていると、突然画面が切り替わって、スクリーンにこのメッセージが表示されるんだな。スピーカーをオフにしていても、しっかり電源が入って音楽が流れるっつぅスグレモノだ。…で」
太巻が再びエンターキーを叩くと、スクリーンに新しい文章が浮かび上がる。

・貴方の大事なものはなんですか?
・貴方が一番心に残っている思い出は?

質問の下で、答えを待つかのようにカーソルがチカチカと瞬いている。
「コイツが一体なんなのか、確かめて欲しいって依頼だ。こんな簡単なことで小遣いもらえるんだから、ボロい商売だよ。どうだ?受けてくれるんなら、このサイトに辿り着く方法を教えてやるよ。大丈夫、コイツのせいで人が死ぬなんてことはねぇからさ。……たぶん」
最後にぼそりと付け加え、肩肘を突いた銜え煙草で太巻は返答を待っている。

□―――ゴーストネットカフェ
「『そこ』って何処や。『彼』って誰や。言いたいことがあるなら、はっきりいいや」
モニターを前に指を突きつけて宣言したつばさを、ヤクザ顔をした男は感心して眺めた。
「コンピューターに話しかけても答えちゃくれねェが……しかし元気なちびっこだなぁ」
「ちびっこちゃうで。大曽根つばさ(おおそね・つばさ)や」
それに、同年代の間ではつばさは背が高いほうだ。要するに、向かい合っている太巻がでかすぎるのである。彼にかかれば、中学生の女の子など、誰であろうと「ちびっこ」だろう。そんな意味も含めて相手を睨んだが、まったく堪えた様子がなく平和な顔だ。
「よし、キャプテンと呼んでやろう」
そんなんどうでもええわと太巻の言葉を却下して、つばさは腰に手を当てて太巻に向き直った。ヤクザじみたの男を相手に、大した度胸である。
「ほんで、うちは何したらええのん?」
元気溢れる少女を相手に、だらしなく椅子に腰掛けた男は楽しげだ。肘掛けに置いた手をひょいと動かして、モニターに映し出された文字を指差す。
「ここに表示されてる質問に答えて、その先に何があるか見極めてくれたらいい」
つばさはモニターに向かい合って考えるそぶりを見せた。気軽に引き受けてあとで後悔するようなことはしたくないなあ、という顔だ。
「何が起こるかわからへんけど」
「危ないことはねぇって。怖いか?」
「そないなことあらへん。怖ないわ!」
あやすように言われて、唇を突き出した。子ども扱いする太巻の顔を睨んで、頷く。
「うちの能力が役に立つかも知れんし、おっちゃんの頼み引き受けちゃる」
「……おっちゃんかぁ」
流石に中学生相手に否定することも出来なかったらしい。しみじみと太巻がため息を吐いた。
「…そんじゃ、おっちゃんが今からサイトの入り方を教えてやるからな。個室行こ」

□―――靄の中
辺りは乳白色の靄(もや)に包まれている。そこには上もなく下もなく、不安定になったつばさの足は地面を探して頼りなく揺れる。
一瞬前まで、コンピューターの前に座っていたはずだった。ネットカフェの個室を暗くして、音が入ってこないようにドアを閉め、鈍い光を発するスクリーンに向かいあって文字を追いかけた。
はずだったのだが。
(なんやねんな、もう)
映し出された質問の文字を読んでいたら、指が勝手に動き出した。カタカタとキーボードが音を立てて、質問の答えを打ち出していく。打ち込まれていく答えを見たときには、ぎょっとしてキーボードから手を離した。
「何打っとるん!?」
と自分で打ち込んだ文字にびっくりして、声に出していた。
次の瞬間には、一寸先も見えない靄の中だ。静まり返っていて人の気配はなく、風もないのに取り巻いた煙はゆっくりと移動し続けている。誰も居ない世界。
「どこや、ここ」
どこをどうやって今ここに佇んでいるのかすら、つばさには定かではない。そもそもこんな場所に一人立ち尽くすはめになるなどとは、予想もしていなかった。
足を踏み出しかねて佇んでいる彼女を促すように、ふわりと温い風が吹いた。息苦しいほどに立ち込めている靄が、重たい腰を上げてゆっくりと揺らぐ。つばさが風の吹いてくる先に注目していると、靄は重々しく割れて彼女の前に道を作った。
「前に進めっちゅうことかいな」
立ち止まっていても始まらない。それならば、彼女を導くように靄の退いた先を確かめてみよう、と心を決めた。足の裏が地面につく感覚がないので、漕ぐように足を動かす。周囲に立ち込めた靄がゆらゆらと移動していくので、きっと前に進んでいるのだろう。
風に吹かれて靄が移動したのだろう、風の来し方は他に比べて明るい。明るさはつばさが足を進める時の目印になった。どこまで行っても変わらない景色のせいで、時間の感覚はすぐになくなってしまった。てくてくと歩き続けても変わることがない景色は、自分が前に進んでいないのかと漠然とした不安を掻き立てる。立ち止まって、つばさはふぅと息をついた。
振り返った先はもう濃い靄に閉ざされていて、自分が立っていたところを知ることも出来ない。今から数を数えようと決めて、つばさは再び歩き出した。

歩いていくうちに周囲は少しずつ明るくなり始めた。100まで数えたところで再び足を止めて、つばさは顔を上げる。
相変わらず靄の中に佇んでいたが、辺りはさっきよりもずっと光があった。さっきまで曇り空の色だった世界は、今はクリーム色に色づいて、所々虹色にきらきらしている。少し前に比べたら、ずっと明るい世界だ。
それなのに包むように覆われていた靄が薄くなって、つばさは突然心許無い気分になった。言いようもない不安が胸に飛来する。驚いて理由を探してみるけれど、わけもわからないうちにどんどん息苦しくなる。
心臓がどきどきしている。不安で胸が締め付けられるような感じ。居場所を間違えたような、淋しい疎外感だ。
つばさは身体を強張らせて周囲を見回した。揺れてたゆたう、靄。けれどつばさは知っている。何か、とても不安なもの……見たくないものが近づいてきている。それが何だか想像もつかないのに、どんどん大きくなっていく胸のざわざわが、嫌なことが起こると告げている。
水面のように揺れる靄のなかで、それは突然形を取った。つばさの見ている前で、立ち込めていた靄の一部が不吉な動きを始めたのだ。

「なんやねん……」
靄は吸い込まれるように、一点に集まっていく。その部分だけ色が濃くなり、やがてそこが人の形をとった。はじめは影絵のようにおぼつかなく揺らいでいた人影は、ついにははっきりと形を取り、つばさの前に現れる。
それは、つばさが転校する前に一緒だった、学校のクラスメートたちの姿になった。彼女らは輪になって、つばさに背を向けてこそこそと何か話している。つばさの鼓動は余計に早くなった。
こんな状況を知っている。
みんながつばさを見ないように背を向けて、つばさを無視して言葉を交わす。
(なんでこんなんが見えてくんねん)
腹が立つと同時に、哀しくなった。誰もつばさを見ないこの状況は、数年前と良く似ている。
つばさの能力が知られてしまった時、今まで仲の良かった級友たちが、さぁっと波が引くようにいなくなっていった。彼女らは手を伸ばせば届くところで、けれど決してつばさを仲間には入れようとしないで、彼女らだけで楽しんでいる。
つばさが近づくと変な顔をして、よそよそと場所を移動するのだ。
近づけば近づいただけ、友人たちは離れていく。
(なんでこんなとこで、こんなもの思い出さなきゃあかんの)
「ちょっと、ええか?こんなとこで何してんねん」
気持ちを振り絞って、つばさは彼女達に声を掛けた。今でもまだ覚えている顔ぶれ。つばさの記憶にある表情そのままで、少女たちの視線には異物を見るような光が宿っている。
彼女たちのこの表情は強烈で、今でもつばさは、彼女たちがどんな表情でつばさに声を掛けてきたか思い出すことができないのだ。覚えているのは、つばさに来て欲しくないと明確に意思表示をしていた硬い表情だけ。
つばさに声をかけられてちらりと顔を上げた彼女らも、やっぱり同じ顔をしていた。
「なんでもないよ。うちらは大事な話があるから、つばさ、あっちいっててくれんか?」
「なんでうちがどっか行かなあかんの!」
当時は思っていてもどうしても言えなかった台詞を、腹に力を込めて吐き出した。その声は毅然としているという表現からは程遠い。威勢良く言ったつもりだったが、声は震えていた。
「関係ないやろ。あっち行って」
また、仲の良かった級友の一人が言う。
二度目の文句を言う気分にはなれなかった。
つばさは顔を背ける。
そこに、つばさはもう一人の人を見た。今度こそ、つばさは恐怖で心臓が縮まった。能力が知れた時、手のひらを返したように態度を変えた彼女の級友たちとは違う。
「……なんでここにおるの?」
かろうじて搾り出した自分の声は、まるで他人のもののように弱弱しかった。
そこに居たのは、つばさの能力を知りながらも彼女を支え、慰めてくれた人物だった。
つばさが見ているのは悪い夢だ。
そして、悪い夢がどう終わるかを、つばさは鋭く察知している。
「あっち行け」
その人からだけは、決して聞くはずがないと思っていた言葉は、ブラックホールに吸い込まれるように、つばさの元気を根こそぎ奪い取ってしまった。

気が付くとつばさの身体は震えていて、目の裏がかっかと熱かった。自分は泣きそうなのだと気づいて、慌てて服の袖で目を擦る。つばさを遠巻きにしていた級友たちはもう見当たらず、つばさはまた一人、靄の中に立っていた。
か細い旋律が聞こえたのは、そんな折である。途切れ途切れだが、誰かの歌声が音楽と一緒に流れてくる。哀しげな調べは、太巻が見せたモニターの上に並んでいた言葉を歌っている。
「アキラを止めて。……おねがい」
泣きそうな歌声が祈っている。擦った拍子に濡れた目をもう一度ごしごし擦る。拳を固めて、つばさは声のするほうへ足を踏み出した。
靄を掻き分けるようにして、一歩一歩進む。時折涙声になる歌に、気ばかり焦って足を早めた。靄がさぁっと引いていく。
靄に慣れたつばさの視界が、突然広くなった。靄が晴れたその先に、一人の少女が座り込んでいる。年は高校生くらいだろうか。彼女の白いワンピースから覗く肩は、細くて痛々しいほどだった。
いつの間にか歌も音楽も止んでいた。声を掛けるタイミングを逸して、つばさはそこで頭を垂れた少女を見つめる。視線に気づいて顔を上げた彼女は、涙に濡れた目を驚きに見開いた。
「あなたは……?」
「…そっちこそ誰や」
少女は黒い瞳でじっとつばさを見つめ、震える声でかろうじて「ナミ」と呟く。それからはらりと涙を零した。
涙が落ちてふわりと立ち込めた靄を揺らすと、つばさの胸はきゅっと痛む。
「泣くことないやろ。なんで泣くねん。誰かにひどいことされよったんか」
もう一粒涙を零して、少女は小枝のような指で涙を拭った。
「ここにいると、誰もが哀しい夢を見続けてしまうの」
涙に濡れた瞳を瞬かせて、ナミはつばさを振り仰ぐ。白い頬を新しい涙が濡らしたので、つばさはしゃがみ込んでナミの顔を見た。どう見ても年上だというのに、彼女はとても頼りない。
「訊きたいことがあったんや」
「はい」
「『そこ』ってどこや。『彼』って誰や。あんたがハッキリ言わんからわけわからんわ」
つばさの口調に驚いたように瞬きをしてから、ナミはゆっくりと口を開いた。
「人が、足を踏み入れてはいけない場所です。アキラが研究していたことは、人が手を出してはいけない領域だったの」
「だからアキラって誰やねん、『彼』か?手を出したらあかんことっちゅうのはなんのことや」
ぽんぽん飛び出すつばさの言葉を受け止めるのにちょっとの時間を要してから、ナミは頷いてか細い声で答えた。
「アキラは……、アキラは人を操る方法を研究していました。そうすれば人は神になれるんだって言って……。でもそんなことは意味がないんだって、誰かに彼を止めてもらいたくて、私はずっと呼びかけていたの」
「人を操るんか。そらあかんわ」
ナミの言うことは抽象的すぎたが、とにかく人を操ろうとしているのだということはつばさにも理解できた。
「操るってのはアレか。変な夢も見せたりするんか」
痩せて尖った顎を頷かせて、少女は目を伏せた。ぽろりと睫を濡らして涙が頬を伝う。一滴では止まらずに、涙は何度も零れては落ちた。
ごめんなさい、とまるで自分のことのようにナミは謝る。
悪い夢を見せてごめんなさい、と。
「私は、この場所を離れられないの。だから、お願いです。もしもどこかでアキラを見つけたら、彼を止めてくれますか?」
つばさが見た夢は、アキラが見せた幻だったのだ。
ナミの言葉を聞きながら、つばさはほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。今まで見た級友たちも、「あっち行け」とつばさを追い払ったあの声も、みんな悪い夢だったのだ。
どっと身体から力が抜けて、つばさは安堵のため息を吐く。
痩せこけた少女の肩に手を置いて、つばさは安心させるように頷いた。
「うちは、おてんと様に顔向けできんようなことはしたない。そういうことするやつも嫌いや。だからそのアキラっちゅうのがそういうことしとるのを見たら、うちがぎゃふんと言わせたるわ」
「……はい」
「うちが力を貸したるわ」
ほんの少し口元をほころばせて、少女は微笑む。瞳は哀しい色を湛えたままだったが、つばさが始めて見たナミの笑顔だった。
つばさの言葉に、ゆっくりと頷くナミの顔が靄に霞んで次第に見えなくなる。

□―――ネットカフェ:個室
はっと気が付くと、つばさはモニターに向かったまま椅子に座り込んでいた。暗い部屋、青白い光を発して明るいコンピューターディスプレイ。周りを取り囲んでいた靄はどこにもないし、ナミという名の少女も居なかった。モニターの中には、チカチカと動画広告が切り替わる何の変哲もない検索サイトが表示されている。
ぼうっとしているつばさの頭上で、ぱちんと蛍光灯に光がともった。薄く開いた扉から、ヤクザのような風体の男が部屋を覗き込んでいる。
「ちびっこ起きてる?」
「ちびっこちゃうがな」
長くて哀しい夢を見ていたレディに対してその台詞はいかがなものか。文句を言って振り返ると、つばさの様子を窺っていた太巻がにっと笑った。
「オカエリ。大丈夫だったか?」
つばさが返事を返したことで大丈夫だったと判断したのだろう。彼女の返事を聞く前に、太巻は部屋の出入り口で彼女を手招きする。
「もう遅いからな。ちゃんとうちまで送っていってやるよ」
「え?何言うとるん、まだ空あかいで……あれっ?」
思わず廊下から外の景色を確かめると、外はすっかり暗かった。
つばさが太巻に連れられて個室に入ったのは夕方だった。あれから、何分も経っていないように思える。
「十時半」
腕時計を確かめて、太巻が時間を読み上げる。いつもなら、お風呂に入って、そろそろベッドに行こうかという時間である。
「おうちの人に電話して、心配すんなっつっとけ。今から家まで送っていってやるから」
「おっちゃん、案外ええ人やん」
おっちゃんはヤメロと、携帯電話を渡してくれながら渦巻きが文句を言った。

こんな時間まで何をしてたんだと、電話口の声はどこか優しく聞こえる。こってり絞られてから、つばさは太巻とネットカフェを後にした。ネオンライトが賑やかな夜の道を、妙な二人は並んで歩く。
「おまわりさんに呼び止められへんかな?」
「おれがいるから平気だろ」
「おっちゃんが職務質問されないか心配してんねん。エンコーや」
しばらく悩んだ末に、「娘ですって言うからいい」と太巻は言った。
つばさに歩調を合わせて歩きながら、太巻は煙草を銜える。しばらくお互い黙って歩いていると、煙草くさい手が伸びてきて、つばさの頭をぽんぽんと叩いた。
「なにしよるん?」
「お前、ずっとそのまま胸を張って生きろよ」
怪訝に思って見上げた太巻は笑っている。
つばさの視線に気づくと、彼はすぐにからかうような表情を浮かべて付け足した。
「……胸がでかくなるから」
即座に繰り出されたつばさの肘鉄がわき腹に見事に決まって、いてえ!と太巻が喚いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1411 / 大曽根・つばさ / 女 / 13 / 中学生、退魔師

NPC
 ・1583 / 太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋
  小さいものには優しいかもしれない。

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■         ライター通信          ■
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お、お、お、お待たせしました!
あっ、その前に遊んでくださってありがとうございます。会話のテンポとか、書いてて楽しかったです。
つばさちゃんの能力を使う機会がなかったのが我ながら残念でした。なんでないの!と思っていたらすいません!!
口調……どこの者とも知れぬ方言になっていませんように!(神頼み)
「これだけは赦せん!」とか、あったらお気軽におっしゃってください。こっそり直しますので。
太巻が言ってた「キャプテン」ネタが古かったらすいません。オヤジのたわ言だと思って聞き流してしまってオールオーケー!問題ナッスィングです。
ハイパーなテンションで申し訳ないですが、楽しんでいただけたら幸いです。
また気が向いたらどこかで遊んでやってください!ではではー

在原飛鳥