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人物鑑定依頼〜依頼料、幾ら?
珍しくあるじ以外に人の居ない昼下がりの草間興信所。
曰く、かの妹君は御友人とお買い物と言う話。
結果、あるじの探偵と依頼人の一対一、と言う場面が出来ていた。
…今は時計をよくよく見れば…大抵のお仕事で『昼休み』に当たる時間帯だろうか。
来客用ソファに座って、依頼人である中性的な容貌の女性がゆったりと珈琲を啜っている。
「…要申請特別閲覧図書の申請者の人物鑑定?」
「はい。こちらには色々な方々が集まられるじゃないですか。その多種多様な皆さんを見て来た草間さんなら、人物眼には信用が置けると思ったんですが」
依頼人の女性――都立図書館司書の綾和泉汐耶はそう告げる。
「まあ、依頼と言うのなら受けるが…」
あまり持ち込まれない性質の依頼に少々困惑しつつも、いつもの如く『ばっちり怪奇現象ド真ん中』では無いので一応マシな類の依頼だとは思っている探偵一匹。
依頼人に話をよくよく聞けば…「それはまだ『紹介状』――要申請特別閲覧図書の中でも最重要の図書は紹介状まで必要な物があったりするのだ――までは必要としていない本」だが、「初めての申請だと言うのに『呪い・禁術』関係の危なげな本ばかり数冊選んで」さくっと閲覧許可の申請が出されていたらしい。
そんなノリの申請者が数名。
…だそうだ。
警戒したくなるのもわからないでもない。
昨今の魔界染みて来ている東京を思えば余計。
何やらオカルト系テロリストも東京を狙っていると言う噂さえある。
けれどそこで草間武彦に白羽の矢が立つとは…やはり『怪奇探偵』の名はそうそう消せる物ではないのだろうか…。
「…経費は掛かった分だけ別に頂くとして…報酬は――依頼料はどのくらい出せる?」
「ま、それなりに出せますよ。それ程法外な値段でなければ」
…って探偵さんの相場を知りませんので、どのくらいで高価いのか安価いのかよくわかりませんが。
口には出さず汐耶は胸の内で続ける。
草間はちょっと考えた。
「…具体的な前例が無いからな。そうだな、何人か、って話だったら…一人頭五万くらいが適当か」
「そう…ですか」
「出せないか?」
「いえ。大丈夫ですけれど」
と、言いつつ顔を曇らせる依頼人。
「…四万五千」
「…」
「四万」
「…探偵さんのお仕事って大変なんですね」
「………………三万」
草間の提示する金額を聞き、依頼人は意味ありげに溜め息。
「………………に、してくれ」
探偵も今にも溜め息をつきそうな顔で。
「…了解しました」
「良いんだな?」
「はい。全然」
「…に、しても…要申請特別閲覧図書の申請者人物鑑定と言っても、それでよく都立図書館の方から金が出るな」
初めての申請で曰く『危ない本』を閲覧したいと言うにしろ、『きちんと申請してはいる』のだから、システムの面から考えれば問題ないだろう。危ない人だったら申請書類から追跡可能だろうし。
それをわざわざ外部の探偵に頼むとは、図書館側としては随分な念の入れようだ。
と、草間は思ったのだが…。
「いえ。図書館側から出ているものじゃありませんよ? こちらへの依頼料は私のポケットマネーです」
「…何?」
「私が司書である以前に大の本好きと言う事は御存知でしたよね? いろんな本を手に入れるのに結構お金が必要なんですよ。古書って高価なものもありますし…実は少々株とマネーゲームの方に手を出しておりまして、それで資金作りなどをしています。心配しないで下さいね? ちゃんと即金で出せますから」
沈黙する草間。
…実は小金持ちな依頼人。
て言うか、だったらさっきの思わせぶりな態度は何?
逼迫する都の財政事情からして渡されている予算が少ないのか? と遠慮していればこう来るか?
「特別閲覧図書はすべて私の管轄ですからね。もし下手な相手に渡して危ない使用法をされたらとても困ります」
「まあ…もしそうなったら間接的にだが手伝った事にもなってしまうか。確かに後味は悪いな」
「わかって頂けますか」
「うちにも似たような依頼が入る事があるよ。受けて良いものか悪いものか判別し辛いような、な」
「探偵さんの方がそう言う事はよくありそうですね?」
「かもな。…それにしても」
じろりと恨みがましく汐耶を見る草間。
「…随分値切ってくれたな?」
「あら、草間さんが自分から安価くして下さったんじゃないですか。私は必要とあらば気前よく財布開けますよ?」
…その代わり、本当に必要にならないと『絶対』開けませんけどね。
交渉で一円でも安価くして下さるのだったら、無論その方がいいですし。
と、艶やかに微笑む汐耶。
「………………じゃあ訊くが、上限どのくらいで考えてたんだ?」
「一人頭十万です。私はどうもこう言った相場がよくわかりませんので…高価くともそのくらい出しておけば受けてくれるだろう、と大雑把にですが予め計算してきたんです」
「…そう、か」
がくりと項垂れる草間。
…だったら初めの値段で押し通せば…否、もっと吹っ掛けてやれば良かった…。
【了】
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