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<東京怪談ノベル(シングル)>


何に使う?

「――最近、下着泥棒が出るんです」
 いつものように、何か仕事がないかと恵美のもとを訪れた俺に、恵美はそんなことを言い出した。
「下着泥棒?」
「そう。このアパート、若い女の子が多いから……それで皆すごく怒ってて」
 確かに若い女は多い。しかし若さにも限度というものがあるだろう。中にはどう見ても幼児――は言い過ぎかもしれないが、小さな子供までいる。
(それに……)
「一つ訊いていいか?」
「はい?」
「そんな布切れなんか盗んで、そいつは何に使うんだ?」
 まさか自分で着けるんだろうか……そんなことを考えながら問うと、何故か恵美の顔が赤くなってゆく。そして今度はわなわなと震えだした。
「〜〜〜っそんなこと、私は知りません! とにかく頼みましたからねっ。捕まえて下さいよ!」
「――何を怒っているんだ?」
「怒ってなんかいません!」
 どう見ても怒っている口調で、恵美は告げた。

  ――ビーーーーッ

 恵美の部屋の中からブザーのような音が聞こえる。
「あ、ちょうど洗濯が終わりました。これから干しますから、見張ってて下さいね」
「わかった」
 なんだか腑に落ちない点はたくさんあるのだが、恵美に直接頼まれては断るわけにはいかない。
 俺は玄関から回りこんで外へ出た。
 建物のかげに身を隠したまま庭の様子を窺うと、縁側から登場した恵美が物干しに洗濯物を掛けだした。
 普通下着は見えないように内側に干す(らしい)のだが、今日はわざと外側に干しているようだ。
 干し終わると、警戒した様子を見せながらまた縁側から中へと戻ってゆく。
(それにしても……)
 何故あんなものを欲しがるのか、やはり俺には理解できない。そして何故、洗濯物を盗まれたくらいであそこまで大騒ぎするのかも。
(たかが布切れ)
 ――されど布切れ、ということか?
 しばらく見張っていると、やがて"いかにも"な風貌をした男が茂みのかげから顔を出した。
(あいつか?)
 男はキョロキョロと辺りを見回し、誰もいないのを確かめると、盗っ人ステップで洗濯物へと近づいてくる。
(妙に鼻の下が長い奴だな……)
 俺はそんなことを思いながら、男が何かを手にするのを待っていた。
 こういう泥棒の類いは、盗む前に捕まえてはダメなのだ。何故なら開き直られる可能性があるから。捕まえるなら、言い逃れできない証拠を本人が用意してからだ。
 手を伸ばせば届く位置にやってきた男は、洗濯物をしげしげと眺めている。何やら嬉しそうだ。
(そんなにのんびりしていたら危ないんじゃないのか?)
 いらない心配をしてしまう。
 そしてついに、男の手が伸びた。いちばん外側にあった真っ赤なパンティを洗濯バサミから外し……
「――そこまでだ」
「わぁ?!」
 俺は素早く飛び出すと、その手の状態を保ったまま捕獲した。暴れないように、腹辺りに一発いれておく。
 うつ伏せになった男の手を抑えて馬乗りになっていると、颯爽と恵美が登場。
「さすが時雨さん! もう捕まえたのね」
「こいつはどうする?」
「皆がお仕置きしたいって言ってるから、中に連れて行くわ」
 "お仕置き"という言葉にやけに力を入れて、恵美は告げた。すでにボロボロになっている男を引き渡すと、引きずっていく。
 ――と、その時男の手から、例の物が落ちた。
「あっ」
 声を出した恵美の代わりに、地面に落ちたそれを拾う。
(うーん――小さい)
「こんな小さな物が実用になるのか?」
 せめてもう少し大きい方が……と横に引っ張りながら問うと、これに負けず劣らず真っ赤な顔をした恵美が、男を引きずったままツカツカと近づいてきて。

  ――バシ〜〜〜ンッ

 思い切りよく頬を殴られた。だが俺は、何故殴られたのかわからない。
(……まさか)
「そいつはこうやって使うつもりだったのか?」
 だから俺が"お仕置き"を受けるはめに?!
「違いますよっ」
 恵美が俺の手元からそれを奪う。
「では何に使うんだ? かぶるのか?」
 俺の発言はことごとく恵美の怒スイッチを押しているらしく、再び恵美が今度はぶるぶると震えだした。
「し〜ぐ〜れ〜さ〜ん〜……それ以上言ったら出て行ってもらいますよ!!」
「わ、わかった」
(それは困る)
 と口を噤む。
 そんな俺に満足したのか、恵美は今度こそ男を引きずってあやかし荘の中へと消えた。
 俺はその様子を見送りながら。
(――わからないな)
 お仕置きが終わった後にでも、あの男に訊いてみるか。
(また怒られそうだが……)



 その後三日三晩。
 あやかし荘に男の呻き声が響いていたことは、言うまでもない。







(了)