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調査コードネーム:愛煙家の憂鬱 〜お嬢さまシリーズ〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
------<オープニング>--------------------------------------
「ちわー☆」
いつものように元気な声が、事務所に木霊する。
「よう。絵梨佳」
草間武彦が、しゅた、と右手を挙げた。
えらくノリの良い返礼である。
「仕事の話、持ってきたよー☆」
「よし。引き受ける」
「まだなにも言ってないけどー」
「いまは一件でも二件でも数をこなさないといけないんだ」
「‥‥借金でもあるの?」
「いや。煙草が値上げになるからな。今のうちに買いだめておこうとおもって」
「あっきれた。たった二〇円じゃない☆」
「たったとか言うなっ! 死活問題なんだっ!」
「いっそ禁煙するとかー」
「ほっとけ」
「で、仕事なんだけどねー」
絵梨佳が説明を始める。
彼女の先輩が一人、通学電車で痴漢に遭っているらしい。
憎むべき、あるいは軽蔑すべき犯罪だが、べつに珍しいことでもない。
「それを捕まえればいいのか?」
「そう思う?」
「いいや。思わんね」
反問に苦笑を浮かべる怪奇探偵。
捕縛することは、むしろ容易い。
だがそれでは、被害者を傷つけることになる。この種の性犯罪は全部そうだ。
「犯人を特定して、ちっとばかりお灸を据えて、二度としないようにしてくれればおっけーだよー」
「慰謝料は取らなくていいのか?」
「そのへんは任せるって。正直、とにかくもう関わり合いになりたくないみたい」
「ま、そりゃそうだな」
「で、これが被害者のデータ」
「鈴木愛、か。なかなか美少女だな」
「ついでにお金持ちだよー」
「そりゃお前だって同じだろうが」
「んで、依頼料はー」
「タイミングが良かったな。来月から値上げしようかと思ってたんだ」
「‥‥まさか、煙草が値上げになるからって言わないよね?」
「文句があるなら、日本政府とJTに言え」
いっそ見事なまでに言い切る草間。
やや唖然とする絵梨佳に、
「せっかくきたんだから、一杯名人芸を披露していってくれ」
厳かに命じるのだった。
困ったような顔で、空調が涼風を送り出していた。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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愛煙家の憂鬱 〜お嬢さまシリーズ〜
世知辛い世の中だ。
フィルター近くまで吸い尽くしたマルボロを灰皿に押しつけ、草間武彦は溜息をついた。
まるで世界の終わりでもきたかのように。
この七月から、ついに三〇〇円の大台に乗ってしまうのだ。
「‥‥恐怖の大王って、このことだったのか‥‥」
呟き。
ノストラダムスの大予言は、四年の時差を置いて的中したのかもしれない。
「そんなわけないでしょ。めそめそしてないで仕事にかかるわよ」
呆れた顔でシュライン・エマが言った。
煙草の値上げまで予言していたのであれば、ノストラダムスは予言者というより相場師だ。
まあ、インチキ臭いという意味では、たいして変わらないだろうが。
「ねえ? これで全員なの?」
渡された資料から顔を上げて、巫聖羅が訊ねる。
兄と同じ紅い瞳が鋭気と覇気で輝いていた。
「そういえば女性ばっかりですねぇ」
「やはり、事件が事件だからでしょうか?」
海原みなもと草壁さくらも小首をかしげる。
たしかに性犯罪は女性が担当する方がよい。
被害者が同性の場合、親切に対応できるし気持ちだって判るからだ。
とはいえ、男手がないというのには多少の不安もないではない。
事が荒立ったとき、女性だけでは危機的状況に陥る可能性もある。
もちろん集まった四人は、並の男よりずっとずっと強い。
じつは人間ではないさくらとみなも。
反魂屋として、かつて邪神と対峙したこともある聖羅。
超聴覚を有し抜群の思考力と統率力をもつシュライン。
そして、どこまでも凡人な芳川絵梨佳。
最後の一人はともかく、それぞれに特殊技能を持った強者たちなのだ。
だが、それでも、女性であるという一点のみにおいて性犯罪には不利になる。
そういうものだ。
肉体的な強さ云々という話ではない。
「痴漢なんて、みんな死刑にしてしまえばいいのよっ」
聖羅の言葉は過激だが、女性の意見としてはべつに珍しくもないだろう。
と同時に、恐怖を表明したものだ。
好きでもない男に体を触られるなど、屈辱以外のなにものでもない。
それに、ほとんどの女性は抵抗などできないのだ。
体がすくむ、というやつである。
本能的な恐怖と嫌悪であり、こればかりはトレーニングや修行でどうなるものでもない。
手を払いのけられる者は少数だし、司法警察に訴え出ることのできる女性はさらに少数だ。
痴漢でも強姦でもそうだが、ほとんどのケースは泣き寝入りである。
性犯罪とは告発罪だから、被害者の訴えがなければ警察は手出しできない。
殺人や強盗に発展した場合は別であるが。
いずれにしても、被害者が訴えることはごく稀である。
理由は、ダブルレイプとも呼ばれる事情聴取などだ。
実際に受けてみれば判るが、「はて? 自分は被害者だったはずだが?」という疑問を抱いてしまうほどのものなのだ。
「こんな服装をして、誘っていたんじゃないのか?」
「抵抗しなかったのは、望んでたんじゃないのか?」
「危機管理がなってない」
とまあ、こんな具合だ。
この国の警察は、主体と客体を取り違える事が多い。
服装は個人の自由である。だが、だからといって触れて良いことにはならない。
抵抗しなかったからといって、抵抗の意志がなかったわけではない。
危機意識のないからといって、犯罪に巻き込まれなくては「ならない」という理由にはならない。
悪いのは犯罪者であって、被害者ではない。
絶対に。
「でも、盗むのはドロボウだが盗まれるのはベラボウだ。なんて言葉もあるのよね」
青い瞳に苦笑を浮かべるシュライン。
日本人ではないクセに、妙な言葉を知っている。
ようするに、盗まれる方だって悪いという意味だ。
じつにこの国らしい考え方だといえる。
「‥‥それはどうでしょうか‥‥」
控えめに、みなもが反論した。
「中国の歴史書にあります。太宗李世民の時代‥‥西暦六四五年ころですね。民家は夜に戸締まりをする必要もなく、旅人は平気で野宿ができた、と」
「へぇ」
聖羅が感嘆の声をあげた。
提出された情報というより、青味がかった髪の少女の知識量に驚いたのであろう。
中学生とは思えないほどだった。
「ちなみにその時代は、年号をとって『貞観の治』と呼ばれております。歴代の中国の名君の中でも、李世民は五指に入る人物でしょう」
捕捉したのはさくらだ。
なかなかに奥の深い仲間たちである。
「ふぁ‥‥」
退屈そうにしているのは、いうまでもなく絵梨佳だ。
どちらかといえば、いまどきの中学生としてはこちらの方が普通の反応だろう。
仲間たちの造詣が深すぎるのだ。
「結局、なんの話なのぉ?」
「昔から、平和で治安の良いときに犯罪なんて起きないって話よ」
軽く笑ったシュラインが絵梨佳の髪を撫でる。
くすぐったそうに笑う少女。
一三歳のみなもより子供っぽい。
困ったものではあるが、それが絵梨佳の絵梨佳たる所以である。
「ま、どこにでも、いつの時代でも、クズはいるもんだけどねー」
辛辣なことを言って、コーヒーカップを手に取る聖羅。
一口啜る。
「ん。相変わらず最高☆」
絵梨佳の得意技である。コーヒー道楽の父親の影響で、いつの間にか名人級の淹れ方ができるようになった。
「喫茶店より上だからな。絵梨佳のコーヒーは」
とは、怪奇探偵の言い分である。
「それで、このメンバーでやるんですか?」
同様にカップを持ったみなもが訊ねる。
絵梨佳は事務所で留守番をさせておくとしても、さくらにシュラインに聖羅、そして自分だ。
べつに男性陣を入れなくても大丈夫そうな面子ではある。
「いいや? そのあたりは手抜かりないぜ」
人の悪そうな笑顔で応える草間。
やれやれ、と、蒼眸の事務員が肩をすくめた。
彼女は知っていたのだ。この悪戯者の恋人がある情報を流したということを。
大きな音を立てて開く扉。
「絵梨佳! 絵梨佳は無事かっ!!」
響き渡る声。
中島文彦というサラリーマンを自称する男だ。
「あ。文彦さん☆」
駆け寄る少女。
抱きしめる青年。
「良かったぜ‥‥絵梨佳が痴漢に遭ったって聞いて、すっ飛んできたんだ」
「あ、ありがと‥‥でも」
私じゃないよ、と、続けようとした絵梨佳だったが、
「どこのどいつだ。そんなことしやがったのは。生きたまま寸刻みに解体して、東京湾の魚の餌に‥‥」
えらく不穏なことを言っている中島に、思わず沈黙してしまった。
表情そのものに変化はないが、黒い瞳がまったく笑っていない。
当然であろう。
青年はジョークなど一グラムも口にしていないのだから。
一言の遺漏なく実行してやるつもりだった。
なかなか過激な若者である。
「俺の女に手を出すな、ってやつ?」
「そんなに愛されて、絵梨佳さまは幸せですね☆」
シュラインとさくらがからかう。
「まー 相手がいるだけでも羨ましいけどねー」
「そうですね」
聖羅とみなもも微笑する。
トドメといっても良い。
なんだか林檎みたいに赤くなっている絵梨佳。
「ぐっは‥‥」
謎の呻きを発する中島。
そして、にやにや笑う怪奇探偵。
ようするに、虚報を流した犯人だ。
一瞬、中島は悪友を撃ち殺してやろうかとも思ったが、まあさすがにここで殺人はまずい。
「もう少ししたら、那神もくるはずだ」
命の危険に晒されていたとも知らず、草間が告げる。
「ちなみに、そっちにはどんな情報をリークしたの?」
「玉ちゃんが痴漢に遭った、と」
「あっきれた‥‥じゃあ最初からベータじゃないの」
言葉の通り、シュラインがあきれ顔をする。
男というのはオロカなイキモノかもしれない。
大切な人に何かあったと聞くと、矢も楯もたまらずに駆けてくるのだから。
なんと踊らされやすいことだろう。
もっとも、女性陣だってたいして変わらない。
たとえば、シュラインなら怪奇探偵、さくらなら調停者の身に何かあったと知れば、すべてをかなぐり捨てて救出に向かうだろう。
「あたしの兄貴もねー☆」
聖羅が笑う。
まあ、恋とは往々にしてそういうものだ。
ばたん、と、大きな音を立てて扉が開く。
「姫っ!! 姫はいずこ!!!!」
轟き渡る声。
目を血走らせ、息を切らせた美髭の青年が転がり込んでくる。
那神化楽だ。
「こんにちは。那神さん」
なぜかデジャヴュを感じながら、みなもが丁寧に頭をさげた。
「‥‥なあ」
「どしたの? 文彦さん」
「もしかして俺もあんな感じだったのか?」
「ん☆ だいたいおんなじだよー」
「そうか‥‥」
がっくりと肩を落とす中島。
「姫〜! 姫〜〜!!」
金瞳の男の声が響く。
だれか説明したらいかがですか?
困ったような顔のさくらが仲間たちを見回す。
むろん、一顧だにされなかった。
さて、事務所に草間と絵梨佳を残した六人は、痴漢の出るという電車に乗り込んでいた。
ターゲットの行動予定は、すでに入手してある。
あとは加害者の割り出しと「お仕置き」だけだ。
荒事に発展する可能性が高いので、必然的に絵梨佳は留守番。
草間はそのお守りである。
天下の怪奇探偵がこんな役回りしかできないのは哀しいものがあるが、まあ、絵梨佳を野放しにしておくのは、怪獣の子供を街に放すくらい危険だ。
そのうち成獣になって、東京の街は壊滅するかもしれない。
ここ東京は、雪と怪獣には弱いことになっているのだ。昔から。
「ホント。絵梨佳ちゃんは元気よねぇ」
「みなもちゃんと対照的だよねー」
「えっと‥‥それは褒め言葉ですか?」
なんだか不本意そうなみなも。
「もちろんですとも。お淑やかで理知的で、将来が楽しみです」
「きっと姫みたいキレイになるぜ」
さくらと那神ベータが言った。きっとフォローのつもりだろう。
「玉ちゃんみたいになったら、それはそれで問題な気がするけど」
シュラインが笑った。
玉ちゃんとは、アゴヒゲアザラシのことではない。念のため。
「絵梨佳だって女らしくなったぜ」
照れくさそうな、怒ったような表情で中島が言う。
微妙なお年頃である。
からかってやろうと口を開きかけた聖羅だったが、
「ターゲットが現れたわよ」
シュラインが制する。
「へぇ‥‥」
「ほぉ‥‥」
男性陣が感嘆の声を上げた。
写真で見るよりずっと美人である。
わずかに茶味がかったロングヘア。白磁のような肌。黒目がちな二重の瞳。高く通った鼻梁。
「典型的な深窓の令嬢って感じですね」
「実際お金持ちよ。絵梨佳ちゃんちと同じくらい」
「富豪なのに電車通学なんだねー」
「庶民的なのですねぇ」
皮肉でもなくさくらが言った。
べつにこれといった意味ある発言ではない。
思ったことを口に出しただけだ。
だが、それが仲間たちに与えた衝撃は、小さくなかった。
「本人が庶民的なのはいいとしてだ。絵梨佳だってそうだからな。でも、それを家のモンが許すかねぇ」
中島が下顎に右手を当てて考え込む。
どこぞの骨董屋のような仕草だった。
「さっさと乗り込むぜ」
仲間の恰好つけを意に介することなく、金瞳の男が電車のドアをくぐり‥‥。
「暑い‥‥混んでる‥‥」
呟いた。
すでにげっそりしていた。
けっして人間好きではない「彼」にとっては、殺人的な混み具合である。
もっとも、人間好きのさくらとシュラインも、充分に辟易していたが。
「まあ、通学時間帯だからねー」
「こんなものですよ」
学生組のふたりは涼しい顔だ。
このあたりは、慣れの問題ともいえる。
ラッシュと無縁の生活を送っている絵本作家や骨董品店の店員、興信所事務員が、慣れているはずがないのだ。
「‥‥人が多すぎるんだよ、この街は‥‥」
サラリーマンな中島は、かろうじて長身を人波に泳がせていた。
ただ、
「五〇〇万人ばかりぶっ殺したら、少しはすっきりするかね‥‥」
言っていることは、この上なく物騒である。
サラリーマンにはサラリーマンの悲哀があるのだ。
きっと。
「こんな状態だと、たしかに痴漢とかあるかもね」
「あるよー 埼京線なんてすごいらしいよー」
「痴漢電車なんて言われてますからね。あそこ」
「世も末ですねぇ」
「まったくだぜ。ちゃんとあぷろーちってやつをして付き合えばいいんだ」
金瞳の言い分はもっともだが、そんなことのできる男がそもそも痴漢などしないという噂もある。
「‥‥ベータくん。よくアプローチなんて言葉知ってたわね」
妙なことで感心するシュライン。
「おう。べんきょーしたからな」
えっへんと胸を反らす那神ベータ。
まあ、どうでもいい話ではある。
「女の身体が触りたいなら、水商売なり風俗に行けばいいのさ。コールガールを買うって手もあるな」
えらく不道徳的なことを中島がのたまう。
とはいえ、発想としては大きく間違ってはいない。
その手の職業の女性は、職業として男性と接触する。つまり、金銭で割り切っているというわけだ。
コールガールはともかく、べつに法に触れる行為ではないのだから、パートナーのいない男性は、そうやって性欲を発散するのが効率的だ。
痴漢だのに走るよりも、ずっと健全でもある。
「ところが、世の中はそんな単純にできてないわけよね」
事務員が苦笑を浮かべた。
商売女に興味がない、という男はけっこういるらしい。
ようするに、義務として接されるのが気にくわないのだろう。あるいは、嫌がる女をどうこうするから愉しいのかもしれない。
「どっちにしても、クズよ。クズ」
「ですね」
憤慨している年少組。
単純だが納得できる怒りだ。
犯罪行為を楽しむ、というのではクズのレッテルを貼られても文句は言えない。
「お。動いたようだぜ」
注意深くターゲットを観察していた金瞳の男が言った。
より正確にいえば、ターゲットたる鈴木愛を見ているものを、彼は観察していたのである。
「じゃ、俺らも動くとするか」
不敵に笑った中島が人波を縫ってターゲットに接近を開始する。
「OK」
他のメンバーも動き出した。
被害者と加害者を取り囲むように。
ラッシュアワーの満員電車の中。
作戦は静かに始まった。
まただ‥‥。
愛は唇を噛んだ。
うなじに息がかかる。
気持ち悪い。
どうして、こんな事になったのだろう。
高校生になり、自立の第一歩として始めた電車通学。
毎日のようにこんな目に遭ってしまうとは。
やはり両親の言う通り、送り迎えしてもらうべきだったのだろうか。
でも、こんな事で負けたくない。
毅然とした態度で拒絶すれば、きっと大丈夫だ。
じつのところ、愛がそう考えてからもう二ヶ月が過ぎようとしている。
「やめてください。大声をだしますよ」
たったその一言が、彼女には言えなかった。
むろん、言ったとしてどの程度の効果があるのかは甚だ疑問ではある。
だがこうして身をすくめているよりは、ずっと建設的だろう。
髪と首筋に男の息が触れる。
息遣いを感じる。
怖い。
男の手が、制服のスカートに包まれた臀部に伸びる。
胸にも。
手口はエスカレートする一方だった。
「ぁ‥‥やだょぅ‥‥」
羞恥に頬が染まり。
悔し涙が零れる。
何故、自分がこんな目に‥‥。
「大丈夫よ」
「ぇ‥‥?」
耳元で声が聞こえた。
男の手の感触は、いつの間にかなくなっていた。
「草間興信所の者です。芳川絵梨佳さんの紹介で、あなたを助けにきました」
「安心してくださいましね」
「痴漢魔は、あたしたちで「処理」するからねー」
愛を守るように立った四人の女性が、小声で告げる。
「ありがとう‥‥ございます‥‥」
ふたたび、愛の瞳に涙が溢れた。
それは、安堵と感謝の涙。
「何日か、このままガードするから。痴漢が単数でなかったときのために」
一番年長そうな、蒼い目の女性が言う。
戸惑いつつも頷く愛。
このとき、電車がホームに滑り込み大勢の乗客を吐き出した。
その中に三人の男性が混じっていたことをとくに疑問に思った者はいない。
まして、金色の瞳の男と茶色い髪の男に挟まれ、まるで連行でもされるようにうなだれている中年男性の姿など、目に止めたものもいなかった。
大都会東京は、いつもと変わらない朝の喧噪に包まれている。
エピローグ
「はい。依頼料」
「うむ」
「なんかえらそうだね。草間さん」
「あのなぁ絵梨佳。俺は所長だぞ? 実際にえらいんだ」
「なーんにもしなかったクセにー」
「そう思うか?」
苦笑を浮かべる草間。
べつに彼は、少女のお守りだけしていたわけではない。
まあ、それでも充分な重労働ような気もするが、それはきっと気のせいである。
ともかく、怪奇探偵の今回の仕事は事前調査と事後処理だった。
とくに事後処理は、心を砕いて当たらねばならなかったのだ。
ターゲットに痴漢行為を働いていた男は、総数で一四名。
それらすべてに、実働部隊は「お灸を据えた」のである。
ちなみに、長期の入院を余儀なくされた犯人が一四名。
一四マイナス一四イコール〇。
なかなかきついお灸だ。
犯人に同情してやる理由はないが、刑事告発されると厄介である。
そのため、草間は知人を通じて警視庁に手を回し、仲間たちと依頼人に累が及ばないように取りはからったのだ。
派手さはないが、重要な仕事だった。
絵梨佳は気づいていないようだが、
「俺たちの仕事なんて、ダーティーなものさ」
嘯く。
正義派を気取るだけでは、救えないものがある。
ときには悪以上に辛辣な悪を演じなくてはならない。
言外に言って煙草をくわえた。
紫煙が、ゆらゆらと立ち上ってゆく。
結局、どうやっても後味など良くないのだ。
そして、後味の良くない部分にこそ、怪奇探偵の手腕は発揮されるべきものである。
シニカルな笑い。
「それにしても‥‥」
「どしたの? 草間さん」
「連中の取り分を減らして、その分をタバコ代に回したら、怒られると思うか?」
「さあねー やってみたらー?」
くすくすと絵梨佳が笑う。
出会ったころに比べたら、随分と大人びた表情だった。
だが、
「お香典は、三〇〇円くらいでいいよね♪ 草間さんだし☆」
「そりゃ酷い。せめて四桁にしてくれ」
「じゃあ一〇〇〇円☆」
「ケチだな‥‥金持ちのくせに」
「たくさんもらっても使えないよ。死んだ後だと☆」
「ま、そりゃそうだな」
笑って少女の髪を掻き回す怪奇探偵。
事務所に陽光が差し込んでいる。
本格的な夏が、目の前に近づいていた。
「今年は、みんなで海いこーね☆」
絵梨佳が笑った。
まるで向日葵のように。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
1087/ 巫・聖羅 /女 / 17 / 高校生 反魂屋
(かんなぎ・せいら)
0134/ 草壁・さくら /女 /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
(くさかべ・さくら)
1252/ 海原・みなも /女 / 13 / 中学生
(うなばら・みなも)
0213/ 張・暁文 /男 / 24 / サラリーマン(自称)
(ちゃん・しゃおうぇん)
0374/ 那神・化楽 /男 / 34 / 絵本作家
(ながみ・けらく)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「愛煙家の憂鬱」お届けいたします。
あんなり本編と関係のないタイトルですよねぇ。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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