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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街―鳴動
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岡部ヒロト、21歳。私立S高校卒業。現在都内私立K大経済学部所属。
成績は中の上、深く付き合っている友人や恋人の存在は見当たらない。授業を欠席することも多く、ネットカフェや漫画喫茶、ゲームセンターなどに足を運んでいる。所属するサークルは特になし。現住所は東京都○区XX町4丁目コーポ大西。賃貸の支払い及び生活費は神奈川の実家が出している。
「……尚、19XX年同氏は14才の時クラスメイトの少女の自宅に侵入し、乱暴行為を働いている。被害にあった家の希望もあり、双方の両親が同意の上で警察には届けなかった。この時、被害にあった少女は岡部ヒロトが突然部屋に現れたと証言しており、一階に居た彼女の両親も、岡部ヒロトが玄関から侵入した気配はなかったと言っている……」
宮小路皇騎が持参したファイルを読み終えて、シュライン・エマは顔を上げた。
「よく調べたわね、こんなことまで」
シュラインの言葉に、美形の青年は頭を掻く。
「ええ、まあ。先達て追っていた能力者が消息を絶っているとのことだったので、準備は怠らないほうがいいかと思いまして」
一体どんなコネを使ったのか。黒髪の陰陽師の情報収集力に舌を巻きながら、シュラインは集まった面々を見回した。
太巻の依頼に答えて草間興信所にやってきたのは、男性一人に、女性が二人だ。陰陽師にして某財閥の御曹司である宮小路皇騎(みやこうじ・こうき)に、学校で保健医をしているという南條慧(なんじょう・けい)。それに怪奇探偵の下でボランティア的アルバイトをするシュライン・エマである。今、三人はバネのきかなくなったソファに腰を下ろし、岡部ヒロトに関する情報を交換しているところだった。
「突然部屋に現れたっていうこの証言は興味深いわね」
ファイルに視線を落としながら、慧が呟く。それにはシュラインも同意を示した。
「一連の事件で目撃者がいないのは、犯人が姿を消せる、もしくは空間を渡れる能力があるから。……そういう可能性はないかしら」
ありえる話だ。警察の必死の捜査にも関わらず、犯人に関する目撃証言は頓挫している。それも、犯人に常識を超える力が備わっているとすれば説明はつくのだ。
理屈としてはそれでいいが、確証が足りない。
「超能力者の間で、岡部ヒロトのことが噂になってないか調べてみたんだけれど。他超能力者との交流は殆どなかったようね。ただ、かなり危ない男だという噂はあったみたい。能力については、手を使わずに相手を攻撃するのを見た人が居たわ」
テレポートなどの能力についての情報はなし、だ。幾つか確認したいんだけど、とシュラインは太巻に向き直った。
「被害者の切り跡から利き腕等は分かっていない?26センチという靴のサイズは屋内のものよね?それと、行方不明になった人たちの能力も聞いておきたいんだけれど」
頭の後ろで手を組んで、目を閉じていた太巻が薄目を開けた。ゆっくりとソファの上に座りなおして、話を纏めるように頬を掻く。
「……まず、被害者の切り跡から犯人は左利きだということが分かっている。ちなみに岡部ヒロトも左利き。ヒロトの靴跡は屋内で発見されたものだ。たまに左足の踵で床を擦るような歩き方をしている。消えちまったヤツらは、一人は霊を操ることが出来た霊能力者。もう一人は式神を使う…お前の同業者だよ」
最後の言葉は皇騎に向けられたものである。その言葉を聞いて、彼は整った眉宇を顰めた。
「陰陽師か」
おざなりに頷いて、太巻は燃え尽きた煙草を灰皿に落とした。男に対して愛想がないのはお互い様であるらしい。
「さて。そんじゃ、ミッション・インポッシブルの時間だぜ。健闘を祈る」
太巻の言葉に、草間興信所に集まった面々は微妙な顔だ。テレビ版「スパイ大作戦」を知らない若者たちが首をかしげている。
「……ちょっと古すぎるわね、それは」
一瞬興信所を支配した沈黙の後に、呆れて慧が呟いた。


□―――宮小路皇騎:ネットカフェ
ネットカフェは、昼だというのに雑然としていた。高速回線がウリで、スピード感溢れるバーチャルシューティングゲームを体験…とは、店の外に張り出されていた広告である。大半はそれが目的で昼から入り浸っているのだろう。
三人はそれぞれ離れた位置に座り、ヒロトがやってくるのを待つ。
ネットカフェに入る前に、それぞれに尾行の準備は済ませてきた。皇騎が用意した探査用の式神パペットたちは、店の外で命を吹き込まれるのを待っているはずだ。
店の扉が開いて、また一人、客が入ってきた。横目でちらりと視線を向けると、その顔が太巻に見せられた岡部ヒロトのものと一致する。
(あれか……)
皇騎と、他の二人が向けただろう視線に気づいた様子もなく、ヒロトは店の入り口で立ち止まると、空いた席を探して首をめぐらせた。それからゆっくりと、空いている台に足を運ぶ。
モニターに向かい合い、しばらく画面を見つめてから、ヒロトはウィンドウを開き出した。
カチカチと機械的に見える動きで、ページを表示させては閉じる。
ヒロトを横目に、皇騎も動きを開始した。試みるのは、ヒロトが使用しているコンピューターへのハッキングである。通常のハッカーと違い、皇騎は精神感応を利用してネットワークへ意識を飛ばし、ハッキングと同じ作業を行うことが出来るのだ。指先に意識を集中し、コンピューターの出す微弱なパルスを捕らえる。
するりとネットワークに入り込み、皇騎はやがてヒロトの使っているコンピューターを発見した。
精神感応によるハッキングが始まった途端、ヒロトが動きを止めたことを皇騎はまだ知らない。
皇騎がヒロトの表示している画面を眺め始めた頃には、ヒロトは先ほどと変わらず、動きを再開していた。
窓は幾つか開いている。検索エンジンにネットオークション。ゲーム。行きつけらしい掲示板と、新聞。新聞の紙面は相変わらず、連続猟奇殺人事件がトップを飾っている。掲示板は日常の愚痴から始まって、コンピューターに関する専門知識まで多岐に渡った。そのどれにも、ヒロトは「CANCER」というハンドルネームで書き込みをしている。
ヒロトはパソコンの扱いに慣れているのか、ざっとページを流し読みしては窓を閉じたり、リンクに飛んだりする。文字を追いかけるのは難しかったが、どうやら事件に関する手がかりになりそうなものは出てこない。
(敢えて挙げるとすれば、オンラインニュースか…)
一面を連続殺人事件の記事が飾った記事である。さっきから、ヒロトはその窓を最大にして、常にバックグラウンドに記事が表示されるようにしているのだ。時折、マウスをクリックして記事を読み直したりしている。
そろそろハッキングを止めるか、と皇騎が思い始めたころ、ヒロトのマウスが今までと違う動きをした。スタートボタンに行って、メモ帳を開く。
(何をする気だ?)
真っ白なその画面は、ヒロトが手をとめている間、カーソルだけがちかちかと点滅していた。
やがて、カタ、カタと文字が打ち込まれていく。

YOU'LL NEVER GONNA GET ME YOU NUMB HEAD.|

掴まるわけがない、と。
どう考えても、誰か…ヒロトを尾行している誰かに向けられた言葉である。ヒロトはそれに名前をつけて保存した。ファイル名は「USUAL SUSPECT」。犯罪が起こった時、真っ先に疑われる前科者たちのことを示す英単語だ。
そこまで確認して、皇騎はヒロトのネットから意識を逃した。ネットワークを辿って戻り、ハッキングを終える。バレたかも知れない今となっては、これ以上続ける事はリスクが大きい。
身体に意識が戻ってきて、皇騎はキーボードから手を離した。顔を上げると、ヒロトは席を立ったところだ。
一瞬迷ったが、皇騎は手近にあった紙を引き寄せて、そこに仲間に向けてメモを残した。
ヒロトが書き記した英語に、メッセージを添える。「尾行がばれたかもしれない」と。
尾行に気づかれた可能性があるため、直接の接触は危険だ。
ヒロトを追いかけて立ち上がりながら、手にしたメモを通りがけにシュラインの膝に落とす。シュラインの肩が僅かに震えたが、彼女はすぐにメモを拾うようなことはしなかった。皇騎が通り過ぎ、ヒロトが出口へと向かうのを待っている。
ヒロトが店を出て行く。背後で、シュラインがメモを開く気配がした。シュラインとは前にも顔をあわせたことがあるが、彼女は敏い。今回も、メモを読んだ上で慧と相談し、適切な行動を取ってくれるだろう。
ヒロトを追いかけながら、皇騎は外で待機している式神たちに、行動開始の命を出すのだった。

□―――喫茶店:その後
喫茶店でヒロトが食事を取る間、特に変わったことは起こらなかった。皇騎は式神たちに店を見張らせ、頭上を仰いで大梟の「御隠居」と「和尚」が後をついてきているのを確かめる。
岡部ヒロトは危険な存在だ。既に彼を尾行した二人の能力者が姿を消しているという。
「備えあれば憂いなし、だな」
二羽は皇騎の四十倍もの時間を生きてきた化け梟で、雷や風を操る大事な上位式神でもある。まさかそんな危険な目に逢うとも思えないが、いざという時は、二匹にヒロトを襲わせるつもりだった。相手が女性なら兎も角、男性に遠慮は必要ないというのが、皇騎の持論である。
喫茶店には、上着を変えてシュラインだけが入っていった。感づかれたかもしれない皇騎は、予定を変更して外で待機組だ。幽体離脱が出来るという慧は、喫茶店を見渡せる路上に止めた車で、ヒロトが出てくるのを待ち構えている。
やがて食事を終えて、ヒロトが店を出てきた。物陰に身を潜めて、皇騎は女性の安全を確認する。
ヒロトから少し距離を置いてテーブルを立ったシュラインに異常はない。路上駐車の車の中では、慧が身体から魂だけを抜き出すべく、シートに凭れて目を閉じているところだった。
ヒロトが店から足を踏み出す。慧の霊体が身体から抜けたのを、皇騎は視界の端で捕らえた。
もう一度ヒロトを確かめて、皇騎はぎょっとする。
ヒロトは、鋭い瞳で慧の身体が眠っている車を見つめているのだ。
(気づいたのか!?)
それとも、尾行を警戒しているだけなのか。皇騎には判別がつかない。
身体を抜け出した慧の魂は、まだすぐ近くにいるはずだったが、彼女の姿も見当たらない。張り詰めた空気に、皇騎は息を呑んだ。
今の慧は無防備だ。ここでヒロトに襲われたらひとたまりも無い。いざとなったら式神と梟を使って慧の救出に向かうつもりで、皇騎は固唾を呑んでヒロトの行動を待った。
やがて、ヒロトは視線をするりと車から退かした。そのまま、車が止まっているのとは反対方向へと、ゆっくりした足取りで歩いていく。
その歩調に、追われているものの不安はない。
(やっぱり、気づかなかったのか)
釈然としないながらも、慧が襲われなかった事に安心して、皇騎はヒロトを追いかけるべく足を踏み出した。
式神パペットたちが何体もヒロトを追っているので、皇騎はかなりヒロトから距離をとることが出来る。ヒロトの様子は、式神たちが逐一知らせてくれていた。
尾行には気づかれなかったのだ…ようやく皇騎が思い始めた時、それは起こった。
式神たちから、皇騎に報告が入ったのである。
(消えた?どういうことだ)
消えてしまいました、と式神は繰り返している。
皇騎はシュラインの言葉を思い出した。
思わず舌打ちしてから、指示を待っている式神に命令を下す。
(探せ。移動したんだ。別の場所に現れていないか、確かめろ)
式神はすぐに皇騎の行動に従って四方へ散っていく。
やがてそのうちの一体が、ヒロトが居たと報告してきた。
(一人か?)
(お仲間の南條様の霊体がご一緒です)
肉体に縛られることなく身軽な慧は、式神が見つけるより早くヒロトを見つけたらしい。
(どうしてる?)
一瞬の沈黙があり、式神がヒロトと慧のやり取りをそのまま皇騎に送ってきた。
・・・・
「いいことを教えてやろうか?」
からかうようなヒロトの声がする。相手の反応が楽しいのか、ヒロトは喉の奥でくつくつと音を立てる。
「俺だよ、俺。カップル殺したのも、OL殺ったのも、ガキを切り刻んだのも、みぃんな、お・れ・が・やっ・た・の!」
けたたましくヒロトが笑った。声だけ聞いていると、その異様さは際立って聞こえる。
「あなた、自分が何したかわかってるの!?」
凛とした声は慧のものだ。ヒロトはまだ笑っている。
「わかってる、わかってるよ。人殺しだって言うんだろ?けど、逢った事もないやつらのために、何を怒ってんのさ?」
「あなたみたいな馬鹿には、わからないみたいね」
ぴたりと笑い声が途切れる。
「馬鹿って誰のことだよ!?」
ヒステリックにヒロトが声を荒げ、反対に冷えた慧の声が冷たくヒロトの怒りを突き放した。
「あなた以外に誰がいるの?」
「俺が、……」
ギリリ、と歯軋りをして、ヒロトは荒く息をついた。三回呼吸する間を空けて、ようやく薄く笑う。
「……あんたさぁ、車の中に居た女だな。これから行って、本体を殺してやるよ」
・・・・
会話が途切れた瞬間、皇騎は押し寄せる圧力に襲われてたたらを踏んだ。
ヒロトと慧が対峙していた場所は、角を曲がればすぐのところだ。
「くッ……衝撃波か…!」
顔を腕で覆って衝撃をやり過ごし、皇騎は現場に急いだ。そこは衝撃波の余韻を残すだけで、人の姿は見えない。
「南條さん!?」
呼びかけてみたが、さっきまで確かにそこにいたはずの霊体は見当たらない。
(今の衝撃で吹き飛ばされたのか……!?)
遠くからでも、衝撃波はかなり勢いがあった。いくら霊体で受けた攻撃とはいえ、あまりに強い衝撃は本体に害を及ぼすかもしれない。
「岡部はどうした!?」
(消えてしまいました)
式神が答える。
(先ほどの店の前に現れました)
他の場所を探らせていた式神からの報告が入った。
先ほどの店……
「さっきの喫茶店か!」
皇騎は呻く。喫茶店の前には、魂が抜けた慧の身体が置き去りにされている。
ヒロトの声が蘇る。
……あんたさぁ、車の中に居た女だな。これから行って、本体を殺してやるよ。
「…しまった」
思わず舌打ちしながら、皇騎は踵を返して駆け出していた。
(時間を稼げ)
式神に命じる。探査用だからあまり期待は出来ないが、ないよりはマシだろう。
御意、と忠実な式神たちは次々にヒロトの元へと屋根を伝って飛んでいく。

「宮小路君?」
まさに喫茶店の通りへ足を踏み出そうとしていたシュラインと鉢合わせして、皇騎は咄嗟にシュラインの腕を引いた。
遠目にも、フロントガラス越しに見える慧の唇から、一筋の血が伝っている。やはり衝撃波の影響が本体にまで及んだのだ。
ヒロトは、ゆっくりと慧の顎を伝っていく赤をじっと眺めている。
ふ、と天を仰いだ。皇騎に命じられた式神たちが、ヒロトに襲い掛かってくる。ぶわり、とさっきと同じように空気が揺れる。慧の霊体を吹き飛ばしたのと同じように、ヒロトの周りから衝撃波が伝って、人形たちを吹き飛ばした。
ヒロトは肩を震わせ、ゆっくりと車を振り返る。その左手を車内の慧に向けて翳した。
「操り人形にはご主人様がいるんだろう?出て来いよ」
明らかに、言葉は皇騎に向けられている。慧に向けられた手は脅しだ。出てこなければ、このまま彼女を吹き飛ばしてやる、と皇騎を挑発する。
「私のことも誘い出すつもりらしい」
「行くつもり?あんたまで行って一網打尽になったら、元も子もないわよ」
言って、シュラインは責めるような声を出す。皇騎は苦笑した。
「女性を見捨てるわけにはいかないでしょう」
男性なら兎も角、と嘯いて空を見上げた。大梟が、皇騎の指示を待って旋回している。
皇騎の答えを聞いてそれ以上は何も言わず、シュラインは厳しい顔でため息をついた。本当は、シュラインも皇騎も知っているのだ。人を見殺しになど、できるはずがない。
「ヒロトがどういう理屈で私たちに気づいたのか知らないが、エマさんは彼に気づかれていない。隠れたままでいてください」
「出てこないんだったら、しょうがないなあ」
ヒロトが楽しげに声を弾ませる。
「そこに居て」
シュラインに言い置いて、皇騎は路地を飛び出した。その気配に、用意していたようにヒロトが振り返る。ぶわり、と今度は皇騎を目指して空気が揺れた。
ヒロトは頭上にいる二羽の鳥には気づいていない。ゴロッ、と雨雲もないのに空が鳴った。梟たちが操る雷の音だ。
衝撃が押し寄せる。
ヒロトに落ちるはずだった雷の行方を確かめる前に、皇騎は衝撃波に吹き飛ばされた。背中がコンクリートの壁に叩きつけられて息が詰まる。
一瞬の間を置き、ドン!と空気を震わせて雷が落ちた。

ゴロゴロゴロゴロ……と雷の名残が空気を駆け抜ける。
ヒロトの繰り出した衝撃波で壁に叩きつけられた皇騎は、倒れたまま身動きをしない。衝撃波の煽りを受けたのか二匹の梟の姿はなく、ヒロトだけが、雷の余韻から冷め切れずに立ち尽くしている。
ヒロトを狙った雷は、わずかの差で狙いを外し、その足元に焼け焦げた跡を作っていた。
煙が立ち昇っているそこに、ヒロトは視線を落とす。遠目からでも、震えているのが分かる右手を改めて見る。
それをしでかした相手を確かめるために、彼はゆっくりと視線を皇騎に向けた。
落雷の影響を足取りに残して、ヒロトはふらふらと倒れている皇騎に歩み寄る。
「驚かせやがって……ちくしょう!」
左手で右手を押さえ、ヒロトはぐったりとして動かない皇騎を蹴り付ける。
散々蹴って気が済んだのか、ヒロトは荒い息を吐きながら皇騎を見下ろした。
おもむろに左手を伸ばして、その襟首を捕まえて引きずる。長身の皇騎はヒロトの手には余るらしく、身体が少し浮いただけだった。
「ちょっとあんた!何するつもり!?」
堪えきれずに、シュラインが路地裏を飛び出す。余程雷が効いたのか、緩慢な動作でヒロトはシュラインを振り返った。
「こいつらの仲間か」
「手を離しなさい」
シュラインの言葉を、ヒロトは歪んだ笑いを浮かべて聞き流した。
「こいつには世話になったからね。いっそ殺してくれって泣き叫ぶまで、いたぶり尽くして殺してやるよ。なんなら、臓器一つずつあんたに送りつけてやろうか?」
「狂ってるわね…!」
はっ、と鼻で笑ってヒロトはもう一度皇騎の襟首を掴みなおした。
「こいつが終わったら、次はあの女だ。それからおまえ。俺を尾けようとする奴がどうなるか、しっかり教えてやる」
にやにやと笑いながら、皇騎を引きずったヒロトの姿がふつりと消える。皇騎を連れて、どこかへ移動したのだ。
なすすべも無くその場に一人立ち尽くして、シュラインは唇を噛み締めた。

□―――宮小路皇騎:廃ビルの中
身体に鈍く走る痛みで、皇騎は目を覚ました。埃の匂いと、冷たいコンクリートの感触。
動こうとして、後ろ手に縛られていることに気が付いた。
「お目覚めかよ?」
笑みを含んだ声が降ってきて、皇騎は視線を上げる。そこには、岡部ヒロトが居た。むき出しのコンクリートの部屋にひっそりと置かれた木の椅子に、ヒロトは足を組んで座っていた。落雷で服の一部が焼け焦げ煤が付着していたが、顔だけはどこかで洗ったのかさっぱりしている。
「面白い術を使ってくれたじゃないか。陰陽術っていうんだろ?」
自分の優位を確信しているためか、その口調は余裕に満ちていた。
「妙な術を使う鳥にはビビったな。さすがにぎょっとしたよ」
でも、手を縛られていたら何もできないよな、とヒロトは嘲笑い、芝居じみた動作で椅子に座りなおした。
「助けてくれるボディガードもいないぜ。残念だったな。おまえは、歯向かったことを後悔させながら殺してやる」
南條慧とシュライン・エマは無事なのかと、出掛かった台詞を寸前で飲み下した。これ以上ヒロトをいい気にさせてやることもない。腹立ちを抑えて、皇騎は敢えて笑みを浮かべてみせた。
「私たちに目をつけられたのは失敗だったな」
緩く握った拳を口元に宛てて、ヒロトが皇騎を見る。
「お前のしている事が知れた以上、子どもじみた茶番ももう終わりだ」
空気が揺れて、ヒロトが気分を害したのが分かった。怒鳴り返さず、ため息一つで気持ちを落ち着けたのは、皇騎が何もできないと知っているからだ。
「そう思うか?」
と、ヒロトは言った。
「……おまえらなんかが束になってかかってきても、俺には叶わないんだよ。今回でよくわかったろ?俺は他のやつらとは違うんだ。俺を相手に、お前らは何も出来ないんだよ。俺に関わってこなければ、お前ももうちょっと長生きできたのにな?」
へらへら笑って、ヒロトは皇騎を眺めている。
「可哀想な被害者の知り合いってわけでもないんだろ?何をそんなに必死になるんだよ。奴らには運がなかったのさ。俺に殺される運命だったんだ。やつらだって喜んでるよ。普通に生きてたら、テレビになんか一生出られないもんな。それが今じゃあんなに騒がれてるんだ。テレビに出られてきっと喜んでるよ。そんなにムキになることないだろぉ?」
「バカにつける薬はないな」
冷ややかな皇騎の台詞に、ヒロトは口を噤んだ。皇騎を黙らせようかと、迷うように足を組みかえる。
結局、何もせずにヒロトは立ち上がった。
「今から、人を殺しにいってくる。本当はそんな予定はなかったんだけど、お前らが俺の機嫌を損ねたからな。かわいそうに、お前らのせいでまた一人人が死ぬんだ」
椅子の背に掛けてあったジャケットを羽織って、ヒロトはドアに向かった。
「帰ってきたら、お前のことを殺してやる。それから、俺をバカにしたあの女だ。楽しみにしてろよ。……それから、変な小細工はしないほうがいい。妙な術を使ったら、俺はすぐに分かるからな」
歪んだ笑みを残して、ヒロトの姿が扉の向こうに消える。
皇騎は、一人むき出しのコンクリートの部屋に残された……。



→獣の棲む街―悪意に続く
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 ・1549 / 南條・慧 / 女 / 26 / 保健医
 ・0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 ・1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職
NPC
 ・1583 / 太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋 
  男に愛想は振りまかない。男同士だからそれでいいだろうと思っている。
 ・岡部ヒロト / 男 / 大学生
  連続猟奇殺人事件の犯人。能力者の能力発動時に、その存在を感知することができる。
  衝撃波を使って攻撃を行う。

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!そして依頼受理ありがとうございます。
性格のひね曲がった犯罪者相手に、最後まで読んでくださってすいません!書いている方は楽しかったですが、岡部ヒロト22歳、根性腐ってます。気分の悪いやつですいません…(楽しかったです…)。でも腹を立てたりムカついたりしていただけるのは、作家冥利です!
こっからどうなったん!?という方は、他参加者の方の作品を読んでいただけると、ちょっとはわかりやすいかもしれません。面倒くさくてごめんなさい!
続編は来週の頭にはシナリオをアップする予定ですが、もしまた遊んでやるかという気になっていただけたら付き合ってやってください。
お付き合いどうもありがとうございました!

在原飛鳥