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<東京怪談ノベル(シングル)>


箱庭玩具


 箱庭セラピーというものを、昨夜、テレビで見た。
 小さな―――そう、箱に砂を敷き詰め、その上にミニチュアの庭園を造るというものだ。人形遊びのようで可愛らしく、なかなか面白そうだった。

 ―――そう、ちょっと、遊んでみたかったのだ。

 掌に載せた大都市を眺め、エリス・シュナイダーは、くすりと笑みを漏らした。
 可愛らしい。トイショップの棚にある、プラスティック・キットのようだ。そう、それはプラスティックのおもちゃではない。本物の、都市だ。彼女が自身の能力で縮めた、高層ビルの立ち並ぶ大都市。もちろん、そこにいた人間ごとである。数は、さあ―――とりあえず彼女は、ひとすくいの砂の粒を正確に数えられる人間のことを、尊敬する。
 その砂粒は、わらわらと右往左往している。それがなんだか面白くて、エリスはまた笑った。青い瞳を爛々と輝かせ、言い放つ。
「みんな、私のおもちゃです」




 何、何―――何なのよ、これ!
 その少女は、ただ怯えて、その、破格的に大きい―――女? を見上げていた。
 何が起きているのか、判らない。周囲は混乱して、阿鼻叫喚の様相を呈している。ときおり地面が激しく揺れて、絶叫が響く。ビルが崩れて、悲鳴が広がる。ものすごい強風が起きて、瓦礫と、人間が吹き飛ぶ。
 ―――何なのよ!
 涙目で、辛うじて立っている電柱にしがみつく。判らない。本当に、何が起きているのか、全く判らない。ただ気が狂いそうなほど怖くて、そして大きな女は、とても楽しそうだ。
「こわいよ」
 泣き声でそう呟いたのは、少女ではなかった。同じ電柱にかき付いている、幼い子供である。お母さん、お母さんと繰り返し、ぼろぼろと涙を流している。この狂乱の中、はぐれてしまったのだろう。
 それどころではなかったのだが、しかし放っておけず、少女はその子供へと声を掛けた。
「大丈夫よ」
 何の根拠もなかったが、しかし、そう言うしかなかった。子供が、涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。
 少女は、気丈に微笑んで見せた。
「大丈夫よ、これは悪い夢なの。すぐに覚めるわ」
 そう、夢だ。すぐ側で聞こえる、耳をつんざくばかりの悲鳴も、轟音をあげて崩れるビルの瓦礫も、頭上をかすめて吹き飛ぶ人間も、全て、悪い夢の産物なのだ。いつか覚める。きっと覚める。
「頑張るのよ」
 子供は、泣きながらだが、頷いた。少女も頷き返す。そう、―――大丈夫。
 近くで、ひときわ大きな叫び声が上がった。ぎくりとして、そちらを見る。自分たちと同じように、それぞれ何かにしがみついている人々は、一様に空を見上げていた。
 ぞっと、嫌な予感が身体を駆けた。背中に冷たいものが流れる。
 がくがくと震えながら、少女も、空をあおいだ。そして―――
「……ひ……っ!」
 ひきつった声が、喉元で絡まる。子供がこちらを見て、不思議そうな顔をした。気付いていないのだ、頭上のそれに。
 ゆっくりとこちらへ迫ってくる、大女の指に。
 その狙いは判らない。隣のマンションか、後ろの公民館か、それともこの電柱か。いずれにしろ、ひとたまりもないであろうことに変わりはない。
 子供がようやく異変に気付いたように、ゆっくりと顔を上げた。大きな目が、さらに見開かれる。
 その喉から幼い悲鳴が迸るより早く、電柱を中心としたその一帯は、埃のように簡単に、綺麗に吹き飛んだ。




 エリスが軽く触れただけで、面白いように箱庭は崩れていく。舞い上がる埃に息を吹きかければ、たちまちあっさりと片付く。もちろん、吹き飛んだのは埃だけではないだろう。いずれにしろ、綺麗になるのはいいことだ。
 ―――これは、面白い。
 この箱庭、気に入った。しばらくは退屈せずに遊べそうである。しかし、ただ壊すだけではつまらない。次は、建物の位置を置き換えたりしてみようか。ビル群の中央に、砂漠を作ったりしてみるのも面白いかもしれない。
 飽きたら、―――そう、更地にして、新しい庭を造ろうか。そうして、一から町並みを作るのだ。きっと、部屋の模様替えのようで面白いだろう。
 ―――しかし、まだ。
 エリスは目を細める。まだ、飽きるには早い。この箱庭は、まだまだ遊べる。

 ―――さて、次は何をしようか?