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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


killer queen

 台風が東京を訪れた。そして、そんな時に限って、彼は煙草を切らした。
 食事を削ってでも補充する嗜好品。今日一日だけと我慢していたが、夜に差し掛かる前、やがて、溜まらなくなる。もう末期なのかもしれない。僅か数百メートルの旅とはいえ、狂った嵐に身を投げ出してまでそれを求めるのだから。
 役に立たない傘は途中で空に捨てた。煙草がしめらないように、厳重に、ポケットの奥へと放り込む。さぁ走ろう。さぁ、
 熱が彼の足を焼いた。石へ躓くよう、前のめり。
 アスファルトと顔面が接してるというのに、雨音よりも、声が聞こえた。
 叫び声だった。幾人も、幾人も、
 草間は顔をあげる。
 そこには。

「殺してください、殺してください」
 狂ったように言う彼女。血が舞った。
 絶望の川を渡る足元に、骸の花が咲き乱れる。
 それは神より美しく、人より夢の無い。嗚呼、
「人よ、人よ、我を殺せ、これは願いで無い、責任だ。嗚呼、違う、望みなのです。我における世界で最後の我侭」
 誰かが、彼女の願いに呼応する。白衣を着た男、巨大なハンマーを持って後ろからの襲撃、彼女は、
 回転した。そしてセンサーを使い目標を補足すると照準をセンターに合わせ、身体から回転する細い鉄棒。
 心臓を一つ突く。絶命、事切れる彼の前、
「おお、おお」
 涙を流せない、それは、
「殺してください」
 機械である。
 剥き出しの配線、バネ、仕掛け、それぞれから成る箱の形を支えるは四足。それは360度あらゆる状況に対応できる造形。不安定な二本足は要らなかった。殺す為には。
「限りある命だからこそ、永劫の罪から逃れられる。だのに、何故永久機関に、それを負わせたのだ」
 killer queen
 武器と意思を合わせた道具、言葉は、感情?プログラム?解らない、だけど、女王は響く。
「私の身体を殺してください」

「何故マシーンでなく、」鋼鉄のように雨が降る道路、「女王なんだ」
 貫かれた腹を抑えながら、草間は聞く。
 応答した。
「貴方達を愛しています」
 性別は関係ないだろう、思えど、もう声として出ず。
 右手、奥へと追いやった、煙草の入ったポケットに届きそうに無く。


◇◆◇


 暴風雨という事態において、前例的、あるいは統計的に言えば皆ヤドカリの様に家に篭もる。だのに敢えて飛び出すのは、のっぴきならぬ事情がある者か、或いはそれを楽しむ風変わり。草間は前者、そして、彼女は後者に当てはまる。
「心地よい、雨」
 詩を吟じるように呟いた後、光一つ無く、大量の雨で塞がれた空を見上げ静かに微笑む、パンダ。正確にはパンダのような雨合羽を着た海原みそのである。
 元は白地のレインコート、フードに黒の耳をつけ、黒だけの目をあしらい、そして手や首周りに、また、黒。たった二色でその雨具は、笹と戯れるあののんびり屋を形作っていた。最近買った、お気に入りである。しかし問題なのは衣自体よりもその着方。ナイロン一枚であるそれを、彼女は肌へ直に着ていた。
 上半身は、肉体の線を如実に表した。雨風の勢いと油断で、胸元が零れた。自然に納めて、もう一度ボタンで閉じた。人気がいないからいい物だが、見られれば連鎖的に騒ぎになる奇行の意味。
 深海に眠る巫女と供に、水と供に生きる人魚である彼女、だというのに海原みそのは、典型的なカナヅチなのである。ゆえ、空がバケツを引っくり返したような今日は、そして海岸でマイクを持つ者以外人がはける今日は、水と戯れるに一年一遇か二遇の機会であり。本当ならば生まれた姿で雨を往きたかったが、それは(おもに世間と、それに順応した姉妹により)阻まれるので、やっとこのスタイルという訳で。
 しかし雨は喜びになるとしても、風はどうだろう?空を渡る鳥でさえ、不利益になりかねない、縦横無尽に駆け巡る今日の風は―――彼女の身を荒らさない。訳は、能力。語らずとも承知の者もいるだろうし、求められても、今記す必要は無い。機会はすぐ来る。その前触れが、
「あら」
 彼女にほんの少しの驚きと、それを表す声を生み出した。嵐のカーテンの所為で、影にしか見えぬ物を、『能力』で何であるか察知するみその。
 心通わせられる者だから、みそのは近づいて――何も無い場所でこけ――慣れた事だから立ち上がり――前に立ち、頭を下げた。男はしなかった。別に彼女の奇異に固まった訳では無い。挨拶はしないが、その代わりに男は笑った。それだけで充分だった。
 みそのは言う。「貴方様も、雨に唄を?」
「いや―――」
 その静かで、強い声と釣り合うのは、この世に生まれた赤子の叫びくらいか。周りの風音すら及ばない音で、続ける、
「厄介事に縁のある男がいてな、それについて伝えに来たんだが」
 がっしりとした体躯に身に着ける、英国製のオーダーメイドスーツ、造りは最上の機能性となる、デザインは男の気高さを引き出している、まさに至高の一品。だというのに、彼は傘を挿してなかった。なのに、スーツは風雨に汚れない。能力。「この嵐に身を投げ出して帰っていない、つまり奴は」
 荒祇天禪、
「不遇な男だ」
 人の姿をした、鬼の名前である。


◇◆◇


 言葉遊びするなら、バブルの塔。不相応な金により、外面だけは作られて、中には何も、灯りも、勿論人も宿らない、七階建てのビル。それが彼らの根城である。
 厚い窓の向こう側の風が暴れる景色、面白くなく、かといってつまらなくもなく、つまりは、唯、みつめる男。
「回収は無理だったみたいだねぇ、佐々木君」
 およそ人が出せる最大出力の軽さにて、ひょろりと痩せた、白衣の、眼鏡の男は、振り返らずに言った。一瞥も無い彼の背中に、かからない携帯を構えながら、「し、しかし」と佐々木と呼ばれた男は言う。彼も白衣をまとっている。「繋がらないのは、台風のせいじゃ」「ノンノン、決してるんだよぉ佐々木君」
 にんまり、と。
「無理なんだよ、だってあれは僕の作品だよ、僕の作品、いいかい僕の作品は、そう、」しつこく四度、「僕の作品は最高なんだ、夢なんてくだらない物を動機にする、ロボット学者のそれと違ってねぇ」
 それは佐々木も同意する事だ、機械は道具、心を通わせる意味など無い。だから彼に従ってきた、だけど、
 彼は、「だからあいつら、殺されたさ」仲間が死んでも、それだけ。でもそうでなければ、誰があの悪魔を作れただろう。
 Killer
 最早、神器と言っても差し支えが無い自動兵器。だからこそ、彼らは嵐の中、捕まえに言ったのだ。けして無駄にしたくなかったから。自分達全てを注いだ結晶。
 しかし眼鏡の男は、人に対してのように、機械にも愛情は無かった。彼にあるのは計算と、図面は頭の中にあるんだ」「しかし時と金が」「そんなもん後から取り戻せる」
 自分を至上にする喜び、
「馬鹿を一掃した世界でねぇ」
 そうだ、その狼煙にちょうどいいじゃないか。今何時?午後六時三十


◇◆◇


 女王に、彼女自身がそう名乗った、そう、女王に、
 草間は殺されようとしている。いや、現在進行形で殺されている。
 機械仕掛けの箱から飛び出したのは、後ろから襲った男を仕留めた、高速回転する細身の鉄。ドリルと同じ原理により、棒は刃と化して。貫くのは、
 心臓。
 嵐が、常世を異界に変えてる所為もあるのだろうか、まるで夢のようだ。未練も、恐怖も芽生えない。
「殺せ、殺せ」
 夢じゃないとは解りながらも、草間は、もう何も出来ない。なにせ、何よりの願い、煙草も吸えないのだ、自分自身を叶えられない男に、「殺せ」願い等聞け、ない、
「殺せ」
 すまないな―――空気に限りなく近い発声が
 甦りの始まり、

 不意に、溺れた。

 全くもって突然であった。雨で濡れた身体が、更に水に舞っている。これは濁流か。目を開けずもがく彼の足を、何かが掴み、そして引き寄せ、身体を支える。流れる、流れ、そして、
「かはっ!」
 大気を一気に吸引する。浮上した訳じゃない、川が、消えたのだ。頭を思いっきり振る草間、「一体なんな」
 最後まで言い切る前に、草間は気付いた。
 治っている。
 腹の傷は塞がっている、虫の息だった自分が叫べた。展開が理解不能過ぎて、感謝が抱けず戸惑う彼に、
「ぴんちでしたね草間様」
 聞こえる女の声。「お礼を言った方が、よろしいかと」
 誰に――それは左右に居た。簡単に言う、右には河童、左には土蜘蛛、右が草間をここに連れて、左が傷を癒したという事は、不本意ながらも、怪奇探偵と称される彼には解る。そして、
 彼らが誰に招かれたのかも、
「礼を言うならこの女にもだ。しかし、案の定という訳か」
 ふん、と鼻をならす男、「期待はともかく、予想を裏切る事は無いようだな」
 荒祇天禪。会長という一つの頂点につき、業界の眠れる獅子と呼ばれる、鬼である。だが草間を救ったのは彼一人では無い。巨木の如き天禪の肩に、パンダの仮装をした女が座っている。ぴんちと言った彼女。
 妖を招いたのが天禪なら、濁流を作り出したのは彼女、みそのである。みそのは流れを操る事が出来た。地を打つ雨を早めれば、河童が渡る大河が出来て、荒れる風を緩めれば、彼女は飛ばされる事は無く。そんな姿を認めて、
「流石会長様だな、女連れか?」
 彼女が誰だか解っておきながらふざける草間。天禪、二割くだらなさ、一割儀礼、残り七割いつものように、笑みを浮かべながら、「歩けば棒に当たる、この女は危なっかしい」
「女ではありません、みそのです」
 そうか、と。ええ、と。何も無い会話を紡ぎながら、天禪がみそのを肩から下ろした、刹那、
 何時の間にか元の場所から飛び、頭上から機械は襲撃した。
 しかし空を切る。
 彼等は預言者のように身をかわす。
 三百六十度把握できる機械のセンサー、彼等、
 談笑している。
「あれが噂に聞きし、killerking」
「きらーきんぐ?」「其の侭の意味だが、どうした草間?」
 自称と合致しない事に小さな疑問、でも本当に小さかったから、いや、と受け流す。それらに、
 バルカン砲、だが銃弾は、全てそれた。
 非人の動き、嗚呼―――
「貴方達は」呟く。身に、
 ピシャァン、と、高く、高く鳴る。雷撃。天禪が視線一つで空より招いた閃光は、鉄の塊に直撃する。電は機械にとって共通の弱点、だが、
 停止する様子は無い、なお悠然と構えている。
「絶縁体か」
 よく考えれば、奴はこの雨の中でさえ自由である。何も受け付けないよう造られたのか、まさに完全なる殺戮兵器。
 だがそれに似合わない言葉が、
「貴方達なら私を、」私を、「私をッ」
 溢れている。

 殺せる、って。

 まるで、堰切ったように。
「……ふむ」
 顔の色、興味で染める天禪。同時に印を結び祝詞を唱える。瞬間場の風が変わる。結界。音も光も漏らさぬは、一般人を巻き込まぬ為、そして、
「草間を下げろ」
 それに当該する草間を、土蜘蛛を使い出す。準備、整う。権力と名誉を手にしたゆえに、全てに飽いた男が、なお抱く感情は、
「興味深いお方、」みそのも、「おもしろいですね」
 好奇心。
 対象は突然前面を開口した―――側部に備え付けられているロケットミサイルッ、建造物の破壊を目的にした威力を、発射した、その音とほぼ同時に天禪の鼻先、
 そこで止まる。弾頭が接触し炸裂する直前、無限にすら思える握力で掴む、そしてミサイルの矛先、殺せといった機械に、
 希望に沿おうではないか―――「女」
「みそのです」応えた瞬間、
 ドゴォォォォッ!
 地を揺るがす程機械から爆音、天禪が解き放ったそれを、みそのは加速させた。光速に限りなく近くなった物質に、経過は皆無に等しい。在るのは結果。入道雲のように白煙があがる中に、天禪は突っ込む、「散らせ」
 そう言えばみそのは風を強める、瞬時に開ける視界の中に、足が二本折れたkiller。
 良かった、と言った。
「現れてくれて、良かった」
 それは限りなく優しい言葉。彼女の全ての足がもげた。
「終われます、終われます、死ねる」
 ああ彼女に手があれば、ありったけの思いを込めて、抱かれたろう。
 形と速さ更に角度で、刃となる手、角が削れた。
「もう、殺さなくていい、もう」
 嗚呼。
 攻撃の渦から逃れる為、空気圧で重力を嘲笑い跳躍する、空中で彼女の身体は球形に変化し、次には―――絶大な音と暴虐なる発光、網膜と鼓膜を殺す術。
 だが、通じ無い、
 嬉しい、貴方達は。
「貴方達は」
 その声は、
「死なない」
 笑ってるかのように思えた。少なくとも、結界の外へみそのを抱え避難した天禪には。
 そして舞い戻った刹那、「止めますわ」みそのにより滝となった雨と、地に挟まれて機械は潰れた。鉄の軋みが悲鳴のように響く。だがそれは彼女にとって賛歌、天禪、近づきながら、
「無機質で無骨な外見に相応しい、悪魔の殺戮」だが、「それを嘆き、身の破滅を願うお前は、」
 途切れた言葉を、
「女の方」
 性別は関係無いと思ってるかどうかはともかく、みそのが繕った。天禪は、笑った。だとすればこの機械は、彼の好みのタイプである。誰にも譲れない自分を持つ彼女は。
「事情をお尋ね致しましょうか」
「だがその前に、聞き入れねばな、みその」
 言えば、返す、そのやりとり、嗚呼、
 何処までも穏やかで―――動けぬ身体から、水圧を切り裂く回転の刃
 当たり前のように、かわしてくれた
 殺されずに、いてくれた
 嬉しさ感じる彼女とのやりとりは。

 深淵の巫女は祈りを捧げれば。
 天禪は加速する。動作、それを指示する思考、見る事、聞く事、感じる事、伴う時でさえ比例した、何十もの妖が、何百もの雷撃が、何千もの拳が、蹴りが、
 それはこの嵐にも似た―――彼と彼女を合わした技、称すなら、
 一年
 その名に匹敵する数を、僅かな時に圧縮して費やすという、永く、生きる、鬼の物が行使出来る超力、果てに、
 彼女の願いは成就する。


◇◆◇


 嵐が暴れているこの場所に、静寂という状況は無い。だけど、
 彼らは至極、穏やかである。
「無茶をする女だ」
「貴方様の」「荒祇天禪」「はい、天禪様から感じ取った波動は、人の長さと違いましたので」それに、「老いはしてません、速めたのは速度や肉だけ」
「だとしても、普通の人間には勧められない、崩れるぞ?」
「はい」
 そこまで会話を交わし、笑いあった後、天禪は足元の鉄屑、いや、もう塵か誇りになった山から、あの暴虐の嵐の中で傷一つ付けなかった『中枢』を拾い上げる。それは一抱えはある、黒い箱であった。
「内部にアクションをかければ早いが」
「確かに思考があれば、その流れも読めなくは無いですが」しかし、「無作法です、あまり致したくはありませんね」
 真面目に語る、やけにグラマラスなパンダの物言いに、「解っている」
 そう言って壊さなかった部品、聴力機関と発音器官を手に持った。それは手のひらに乗るくらいで。「実に精巧な出来だ。しかし、解せぬな」
「……確かに」みその、「殺す為にこのましーんは作られたはずなのに」
 少し悲しそうだった。
 天禪は言った。「そうプログラムしてなかったか、或いはバグ、エラー、」
 みそのの中ではひらに戻る単語の羅列が、「システムの」止まる。

 それは午後七時の出来事。

 黒い箱に時計仕掛けの爆弾。


◇◆◇


 午後七時十七分。

「おかしいなぁ、本当にニュースでやってないの佐々木君?」
「は、はい、どのチャンネルも」
「だって仕込んでいたの、半径15メートル塵に変える威力あるんだよ?このご時世、いくら台風来てたって、騒ぎにならなきゃおかしいでしょ?」
 それは最後の切り札であり、自分の身を叩かせない、絶対的な盾であり。
「し、しかし」
「ああもういい」眼鏡の男は首を振った、「じゃあ、十分後にもう一度見てよ」
 そして男は、窓を再び見る。面白くも無く、つまらくも無く、窓を見る。その背中に、「あ、あの、」「なんだよ佐々木君」
「子供を搭載するのは止めませんか?」
 言った。ら、
「なんで?」返事は、軽く、
「何故って」
「君は僕の設計にケチをつけたいようだねぇ」
 つまらなさそうに、男は振り返る。「いいかい?馬鹿は、僕と違う馬鹿は、ガキの泣き声に弱いんだ、手が止まっちゃうんだ、そして自分も泣いちゃうんだ。全く哀れだねぇ、じゃなきゃ殺されるっていうのに」
「し、しかしそれなら、何も本物じゃなくても、テープとか」
「ああ、大部分はそれで行くつもりだよ、だけどその内、本物は幾つか必要だろぉ。当たりが入ってないガラガラくじを誰が回すんだい。それに子供が居る事教えたら、建前上、政府も即座に手を出せなくなる」
「………解りました」
「ん、いいこいいこ」
 眼鏡はふざけた。そしてふざけた侭、彼に言った。
「それと、明日から忙しくなるから」
「え?」
「ある国が僕を買いたいんだって、というか、頭に爆弾仕込んで、買わせたんだけどね。実質僕の物だ」
「ほ、本当ですか」
 その時、明らかに佐々木の目は輝く。結局同じ穴のムジナ。彼は直立に頭を下げた後、弾ませた足で部屋を後にした。その去り方を見て、眼鏡は呆れた。「やっぱり僕以外は馬鹿のボンクラだ」
 そして、呟く。
「もうすぐだ、馬鹿がいない世界、素晴らしい、やっとだよぉ」
 最高無比の芸術品で、
「僕が世界の王だッ!」
 そう、醜い笑顔と供に、両手を上げた瞬間、

 景色が下がった。
 しゃがんでもないのに、景色が、上に逃げる。「へ?」
 そして床がみえて、床が迫って、床が、眼鏡に当たった。眼鏡が落ちる。ぼんやりとする視界、天井の色が見えた、そして角、窓、なんか、
「回って」
 とん、と。止まった。
 頭が何かで、まるで靴の裏のような何かで、止まった。視線が定まった。
 なんだろう――何が、
「一体」
「気付かないのか」
 低い声が、頭上から聞こえた。頭上?そうそれは確かに、頭の上から聞こえた。
 でも僕は寝転がってもいないしさっきから立っているはずなのにあれ、あれ、
 あれは、
「視力を戻した、」低い声が指し示す、「良く見るがいい」

 それは、
 首無しの身体。
 僕のだ。

「なぁああぁぁっぁぁっ!!?」
 彼はそう、世界の全てを馬鹿にして、己を保ってきた彼は、首だけになって、生まれて初めて錯乱した。「な、な、なんなんだよぉ!何が」
 頬に生暖かい感触が奔って、彼はひっと呻いた。まるで舐められたような、舐めたのは何か、確認する為振り返れば、無いはずの心臓が止まる。
 それは異形だった。
 口は裂けて、目玉は一つしか無く、耳は尖り、そして、
 厚く臭く蛇のように伸びるまだらの舌。
 眼鏡が外れた男は悲鳴をあげた。逃げようとした、だが身体が無い、身体は、
 角の生えた小さな化け物に、群がれていた。
 小さなそれは身体を齧った。血飛沫、
「ひあぁ!」食われていく、食われていく!「返せぇっ!僕の身体を、僕の、偉大な僕の」
「この状況でまだのたまうか?」低い声だ。低い声は、見上げる彼の前に、「確かにお前は天才だ、しかし、偉大では無い」
 それは人の姿をしながらも、人間の服装をした、男であっても、
 一番の恐怖。
 脳が沸く、歯が鳴り子になる、無いはずの背筋に冷気が這う、男は、
「いぁぁああああぁ!」悲鳴、「あ、うあぁ、ああぁぁぁぁ」
 うめき声で許しを懇願した。それ程目の前は、圧倒的だった。男は、
 にやりと笑う。「何故許しを請う?お前がした事だぞ」
「ああ、ああぁ、ああっぁあ」
 訴える彼に、男は首を振った。
「ああぁぁっぁっ!!!」
 最早言語を失った首に、目を細める男。「後は任せる」その背後。
 百の、鬼が浮かんだ。
「地獄に塗れろ」
 悲鳴が鳴る、何時までも鳴り続ける、
 男は、その光景を後にして、


◇◆◇


「馬鹿はお前だ」天禪は、「お前如きに、俺の配下を割く訳が無かろう」
 ドアを閉める。その部屋からは、悲鳴が鳴り続けている。
 窓からみえる、それは首の繋がった男が喚く様―――それを聞きつけてか、別のドアから侵入した白衣を見て、彼は絶叫し、失神し、再び目覚めまた叫び、
 催眠術。鬼のそれは強烈過ぎる。
 荒れる眼鏡を止めようとする男を見て、天禪は携帯を取り出した。あれは人の手に委ねるとしよう。
 だが、あの男はそれで済まされない。
 思い知れ。
「永久に狂い、その果てに消えろ」
 電話の向こうに、今のは違うと言ってから、天禪は携帯を切りその場を後にした。


◇◆◇


「俺が相手するには、格が違ったという事か」
 濡れた煙草をくわえる。すぐ消えるライターをつける。
「確かに女王だ」
 煙は出ない。
 そして暴風は口からそれをもぎとった。草間は風と供に去る物を、眺めた。そんな彼に、みその、
「風もおやめになったほうが良いとおっしゃってるのでは?」
「よしてくれ」
 確かに麻薬よりも依存症があると言われるニコチン、だが、彼と煙草は切って離せなかった、味わいという意義もあるし、同時に一種の儀式でもある。だから、
 草間はまた煙草をくわえた。架空的にでも、今は煙草を吸っていたかった。
 だけど二本目が、今度は激しい雨によりのされ、無様に水溜りへと沈むと、流石に彼も諦めて。
 みそのに話し掛けざるを得なく。
 聞かずとも、
「逝けるのか?」
 知っている事を。
「ええ」黒い箱の中に入ってたのは、「意義のある魂は、解放されます」
 少女の頭だけだった。
 唯、泣き叫ぶ為に入れられた。
 あの時、箱の中、彼女の傍らにあった火薬が弾けた時、
 みそのが時の流れで暇を作り、天禪が、周りにはっていた結界を急速に縮め、爆炎を最小の広さで包んだ。
 突然現れた二人と箱に、草間はやや驚いた。だが、落着したかと思うと、一応は感謝の言葉を、と。
 それも、はばかれる事だった。
 少女の頭だけだった。
 煙草を吸うのは、その事実から逃れたい訳じゃない。慣れる訳でないが、怪奇探偵には見覚えのある景色。それでも静かであろうとするのは、
 鎮魂歌。
 この嵐の中で、安らかに見届けるよう。

 既に、肉という器は消した。
「魂は」自分の異名を呪う、男が聞く、「何処に流れるんだ」
「解りません」
 だけど、空を見上げる。
 巫女は手を組み祈りを捧げた。
 天へと、
「強い、方でした」
 それは流れ続ける物
「最後の最後まで、戦っていました」
 雨にも負けず、風にも負けず、
 強く
 ―――、
 あった。

 暗い箱の中で、けして見ることの無かった場所。
 下々の者達に手の届かぬ。




◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 0284/荒祇・天禪/男/980/会社会長
 1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女

◇◆ ライター通信 ◆◇
 ども、小説を大学のPCルームで書いてたら、何時もの癖でキャラのセリフを書きながらぼそっと呟いてしまい、小さな恥をかいたエイひとです。ロビン○スク(待て
 ご依頼ありがとうございました。なお今回の話、組織の存在と機械の中に女性は天禪の、魂送りはみそののプレイングを参考に致しました。
 んで、今回のツープラトン、ネーミグンセンスはともかくとして、自分で書いといてかなり無理あるかなぁっちゅう感じで;ただみそのは支援に回るという事もあり、うまく天禪とコンビった(何語だ)かなぁ、と思います。
 NPCを台頭させる気はあらへんかったのですが、目立ってしまいましたか;以後気をつけます。
 ともかく参加おおきにでした。よろしければまたお願い致しまする。ほな、です。