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とらぶる☆デ〜ト?
初夏のとある休日、吉祥寺駅・北口ロータリー。
待ち合わせをした12時を過ぎても姿を見せない親友のことを思い浮かべて、篁雛は不安げにため息をついた。
「遅い、なぁ……」
何度目になるかわからない、小さな小さな呟き。
待ち合わせの時間に遅れてくること自体は別に構わない。
責める気など全くなかった。
だけど、彼女が連絡もなしに遅れるなどあり得ない。
(もしかしたら、事故とか、なにか事件に巻き込まれたのかも――)
息を飲んで、雛は折りたたみ式の携帯電話を開いた。
電話帳から彼女の名前を選んで、コールする――が、機械的なメッセージが流れてくるだけだった。
これも、さっきから何度聞いたか、もう覚えていない。
ついでに、何回か送ったメールへの返信も、ひとつもなかった。
(どうしよう……)
今日は相談できる『お節介な兄』を家に『置いてきて』しまったため、俯いた雛の思案は同じ所でグルグルと回り続けている。
――と。
マナーモードにしてある携帯が、着信を知らせてブルブルと震えた。
「もしもし!?」
きっと親友からだと勝手に判断して、表示されている名前も確かめずに、雛は電話をとる。
だが。
『あ――ひにゃん?』
聞こえてきた声に、雛の思考は一旦停止した。
予想外の男の声――だけどそれは良く知っている声で。
なぜならば、雛のことを『ひにゃん』と呼ぶのは、一人しかいないからだ。
「け、珪さん?どうして……」
その彼の名は九夏珪という。
ひょんな事から知り合い、それ以来親しくしている。共通の友人も多い。
実は互いに淡い恋心を抱いていたりするのだが――気付かぬは本人達のみ也、である。
しかし、なぜこのタイミングで彼から電話がかかってくるのか……軽くパニックしながら、雛は尋ねた。
『実は、さっき急に連絡もらってさ。ひにゃん、今、待ち合わせ中なんだって?』
こくこくと、電話口ではわからないのに力一杯うなずくと、それをわかっているかのように珪は続ける。
『でね、急用ができて行けなくなったから、俺が一緒におつかいするように頼まれたんだけど――それでも平気?』
ごめんね、俺なんかじゃ代わりにならないよね、と電話の向こうで申し訳なさそうにしている珪を想像し、雛は慌てて否定する。
「ぜんぜん平気です!それより、珪さんこそ私なんかに付き合って、迷惑じゃ……?」
『そんなことないよー。じゃあ……俺いま渋谷なんだ。悪いけど、もう少し待っててね』
「はい、待ってます!」
そうして電話を切り、ふぅ、と先程までとは違う種類のため息をつく。
親友も都合が悪くなっただけで何かあったわけではないようだし、久しぶりに珪にも会える。
どうして親友が、珪だけに連絡をして雛には連絡をくれなかったのだろう?とか、実はまったく進展しない雛と珪の仲を心配――というか、少し引っかき回してやろう、という親友の意図があることには全く思い至らず、雛はニコニコと珪の到着を待った。
◇
井の頭線・渋谷駅のホームで電車が出発するのを待ちながら、珪はひたすら時間を気にしていた。
(もー、あいつが連絡してくるのが遅いから……ひにゃん待たせっぱなしじゃないか)
たまたますぐに出掛けられる体勢で家にいたから良いものの、突然電話してきて代理で買い物に付き合えと指示してきた少女を思いだし、珪はため息をつく。
待ち合わせへの遅刻は珪のせいではないが、それでも胸は痛む。
ようやく時間になって列車が出発し、珪はドアにもたれて窓の外を眺めた。
――当然だが、彼も裏で操られていることには気付いていない。
本当に見事なまでに鈍いふたりで、どう見てもお互い好きなのは周囲には明白なのに、ただの友達からステップアップしないでいる……。
電車が吉祥寺駅に着くやいなや、珪は周りの人にぶつからないよう気をつけながら、ホームを駆け出した。
流れるような身のこなしで改札を通る――と、
「うわぁぁぁーん!!」
男の子の泣き声が耳に飛び込んで、ハタと足を止めた。
珪以外は誰も足など止めず、ただ小さな男の子の脇を通り過ぎていくだけ――いてもたってもいられず、珪は少年に歩み寄った。
事情を聞けば、休日の人混みで母親とはぐれてしまったらしい。連絡をとる手段もないようだ。
(うーん、どうするかなー……)
母親を捜してあげたいのはやまやまだが、雛が待っている。
だが雛ならきっと、一緒に捜してくれるに違いない。というより、もしこの少年を放って会いに行っても、雛なら『戻って一緒に捜してあげましょう』と言いそうな気がした。
「よし、お兄ちゃんが一緒に捜してやるからな。ちょっと待ってろよ」
ひとまず、北口ロータリーで待っているはずの雛に電話する――が。
何コールしても雛は出ない。
(おかしいな……)
しばらくそのまま待つが、雛が応答しそうな気配はなかった。
一瞬どうするべきか迷ったが、着信に気付けばコールバックがあるだろうし、なければ此方からまた連絡すればいい。
そう判断して電話を切ると、珪は迷子の手をとって、母親の捜索をはじめた。
◇
珪の到着を待ちわびる北口ロータリー。
雛が、なにげなくバスの到着や出発を見送っていると、先程からずっとウロウロしている初老の女性がいることに気がついた。
明らかに何かを探している様子だが、誰も声をかけて手伝おうとはしない。
この東京の街では、そんな人の方が珍しいが――雛は、そちら側の人種だった。
おそるおそる声をかけると、老婦人は、孫から誕生日にもらった大切なハンカチをなくしてしまったのだと語った。
「あの……良かったら、私にもお手伝いさせて下さいませんか?」
雛が申し出ると、老婦人はとんでもないと首を振る。
だが、何度か問答を繰り返して、雛は老婦人と一緒にハンカチを探しはじめた。
今日行ったところを逆に辿るのがいちばんの早道だと考えて、一緒にそちらへ向かう。
雛が協力した甲斐あってか、1時間ほどで無事にハンカチは見つかった。
お礼を言って去っていく老婦人を見送って、雛はカバンを探る。
逆に、すっかり待たせてしまっているに違いない珪と連絡をとるため、携帯を――
「あ、あれ?」
カバンの中をどう探しても、携帯は見つからない。
さっき珪からの電話を受けたあと、カバンにしまった――かどうかも、よく考えたら定かではなかった。
「やだ、どうしよう……」
眉根を寄せて、雛は俯いた。
しかし、どうしようと言っているだけでは、どうにもならない。
(今来た道を、逆に駅まで戻ろう)
ぎゅっと拳を握りしめて、とぼとぼと歩き出す。
◇
珪が無事に迷子の母親を見つけたのは、午後2時を回ったあたりだった。
お礼を言いながら去っていく親子を見送り、ホッと安堵の息をもらす。
しかし、携帯を手にして珪は顔をしかめた。
(何かあったのかな、ひにゃん……)
あれから何度連絡しても、雛は電話に出なかった。
念のため、待ち合わせ場所だと聞いていた北口ロータリーにも顔を出してみたが、それらしい人物は待っていなかった。
(もしかして俺が遅いから、もう帰っちゃった、とか……?)
珍しく怒った雛を想像して、珪はぷるぷると頭を振った。
そして、とりあえずもう一度だけ連絡してみよう――と携帯を鳴らしてみる。
すると。
珪の足元で、マナーモードに設定された携帯電話が鳴った。
(なんで!?)
ぎょっとしてよく見れば、狐のマスコットがついた折り畳みの携帯が落ちている。
そのマスコットは、以前に珪が『ひにゃんの使役してる管狐に似てるから』という理由で買ったものだった。
つまり、雛はここに携帯を落としたまま、どこかに行ってしまったということで。
「嘘だろぉ〜……?」
それならば、電話に出られなくても当然だった。
しかし、こうなると雛と連絡をとることは、かなり難しくなってくる。
携帯を落としたことに気付いた雛が、ここに戻ってくるのを待つしかないわけだが……
「よっこらしょ、っと」
オジサンみたいなかけ声で、珪は手近のベンチに腰掛ける。
(ひにゃんが戻ってくるのに賭けて、待ちますか)
微苦笑を浮かべ、珪は目の前を歩く人の流れに目をやった。
◇
時刻は既に夕方だった。
(珪さん……きっともう、愛想つかして帰っちゃったんだろうなぁ……)
深々とため息をついて、雛は肩を落とした。
まだ携帯は見つからないし、散々な一日だった。
雛は今、重い足取りで始めにいたところ――駅へと戻っている。そこで見つからなければ、もう誰かに拾われて、今頃電話やインターネットのし放題になっているかもしれない。
駅の前の交差点で、暗い気持ちで人混みに紛れて信号待ちをしていると、遠くで手を振っている人物が目に入った。
それは、長身痩躯で茶色い髪、人好きのする笑みを浮かべた――
(……珪さん!!)
驚きと喜びで、自然に笑みが浮かぶ。
小さく手を振りかえして、信号が変わるやいなや、雛は駆けだした。
「やっと会えて良かったよ、ひにゃんー」
「ごめんなさい、珪さんっ!」
珪の前に辿り着くと、雛は深々と頭を下げる。
対する珪もペコリと一礼すると、
「俺のほうこそ、遅れてごめんね。もう少し早く着いてたら、こんなにすれ違わず済んだかもなのに」
そして、お互いに顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
それから、珪がポケットから狐のマスコット付きの携帯電話を取り出して渡すと、雛は目を丸くした。
「そうそう……ひにゃんさ、ケータイ落としたろ?」
「あっ!それ、どこで……?」
散々探していたのに、いちばん始めの地点に落ちているなんて――情けないやら、無事に見つかってよかったやらで、雛の目にうっすらと涙が浮かぶ。
それを見て慌てたのは、もちろん珪だ。
「ひ、ひにゃん?」
「良かったぁ……珪さんにも無事に会えて、本当に嬉しいです」
珪の顔を見上げながらにこっと微笑み、そこで雛は我に返った。
もしかして、今、ものすごく恥ずかしいセリフを口に出したのではないだろうか――?
赤くなる雛に、珪もまた妙に照れくさい気分になる。
「さ、さてと。遅くなっちゃったけど、ご飯くらいは食べてから帰ろうか?」
恥ずかしさをうち消すように提案すると、雛も笑顔でコクンと頷いた。
そして、ふたりの姿は吉祥寺の街に、ほんの少しだけ距離を縮めて消えていった――。
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