コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


一夜で終わる夢
-----------------------------------
「東京都内K病院って知ってるか?」
いつものごとくふらりとやってきた太巻は、草間を前にうまそうにタバコを吹かす。
いや、と草間が首を横に振ると、話の糸口をつかんだとばかりに身を乗り出した。その顔は楽しそうだ。
「この病院には17人の糖尿病患者がいる。先週の木曜日、一晩で三人の糖尿病患者が死んだ。いいか、3人だぞ」
言って太巻はタバコを口の端に咥えながら三本の指を立てる。腕を組んで、草間は眉を潜めた。
「……多いな」
「多いさ。死亡した患者は40代から60代までの男女。いずれも低血糖と呼ばれる症状で死亡している」
低血糖とは、体内のブドウ糖が極端に少なくなる症状である。一般に1dlあたりの血糖値が60〜50くらいまで下がると症状があらわれ、血糖値が10まで下がれば昏睡、その状態が長引けば死亡につながることになる。インシュリンの投与を受けている糖尿病患者などにみられる症状だ。
「警察は?動いてないのか」
どうやら、怪奇がらみの事件ではないらしい。草間の目にも熱が篭りはじめた。探偵が餌に食らいついたのを眺めながら、太巻はことさらにゆっくりとタバコを吹かす。
「これが、動いてねェんだ。表立ってはな。何しろ、これが殺人だという証拠がない。まあいわゆる投薬ミスってヤツだよ」
「しかし、一晩で三人というのは多すぎるだろう」
だから話を持ってきたんじゃねえかと、太巻は笑った。
脇に置いてあったファイルを草間に放る。
そこに書いてあるのは、死亡した患者たちのデータだった。

・根岸則子(47)、1月22日生。2002年5月23日入院。翌日退院予定だった。
・西岡鉄雄(52)、8月12日生。2002年6月3日入院。
・米田仁平(63)、11月2日生。2002年2月13日入院。

細かいデータは割愛するとして、それぞれのファイルには上記のようなデータが記されていた。
「興味が出てきただろう」
ファイルに見入っている草間に、太巻は笑う。
「こんなの調べても金にはならんからな。興味があるなら、お前が調べてみるといい」

その他の情報は、以下の通りである。
・看護婦ならば誰でもインシュリンを扱える立場にあった。
・患者の血糖値の管理は、すべて機械が一括して行っている。昼夜一日4回の血糖値のチェックがあり、看護婦はその結果を元にインシュリンの投与の判断をしていた。
・死亡した三人は、低血糖を起こす直前まで、通常の4倍もの血糖値を示していた。
・インシュリンは二種類の会社から仕入れており、病院のホストコンピューターにつながった回線を使用して注文の発注が可能だった。
・死亡した三人はそれぞれ別の医師が担当している。


しばらくそれを見つめていた草間は、おもむろに手を伸ばして受話器を取り上げた。
この件に興味を持ちそうな人間を探そうと言うのである。

□―――草間興信所にて
探偵は楽しそうだ。
探偵家業を始めてこのかた、怪奇探偵と異名を取るほどに超常な事件ばかり請け負う草間興信所に、とうとう春が来たのだ。「普通の依頼」という名の春である。
三十路に片足を突っ込んだ男が、事件を前に表情を輝かせているのもどうかと思うが、まあ今までの苦労と辛抱を思えば同情の余地くらいはあるだろう。
そんな気持ちで、集められた三人は草間に向き合った。草間に春をもたらした太巻大介は、頭の後ろで指を組んでの銜え煙草。司会進行は草間に任せて涼しい顔だ。

「同じ医者としては見過ごせないわね」
ぴらぴら、と手にした資料を振って瀬水月蘭(せみづき・らん)は皮肉な笑みを見せる。あらあら、無様ねえ…との素直な感想は心中で呟くだけに留めた。草間と殆ど変わらない年齢だが、かたや「怪奇」が肩書きの探偵、一方彼女はゴッドハンドの異名を取る優秀な女医である。
「疑うべくは人間か機械かだけど、怪しいのは制御範囲の多い機械の方かしらね」
意見を求めるように隣に腰掛けた少年を見る。
「血糖値計測データ、インシュリンの発注履歴と投与履歴が狂ってんなら、そら大量投与の危険性も出てくるだろ。見てはみるけど、バグとか起こしてんじゃねえの?」
配られたデータから顔を上げて、彼女の義弟である瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)は口を開いた。高校生にしてコンピュータープログラムやパーツの違法売買で生計を立てているつわものだ。
「まあ、今すぐコンピューターのバグだと決め付けてしまうのは早計かもしれないが」
医療に関する知識ならば蘭には叶わないし、コンピューターに関しては百歩も隼に道を譲る怪奇探偵は、それでも生き生きと資料に視線を落とした。
「お話をお聞きする限り、投薬ミスとかいうより機械の不調とかではないでしょうか」
考え深げに、三人目の人物…海原みなも(うなばら・みなも)が口を開く。彼女は隼より二つ年下の13歳。大人びた口調が板についているが、れっきとした中学生である。「本職でもありませんし、なにも出来ないとは思います。でもあたしも何かできるなら、手伝いたいです」とは、草間の依頼に応じた彼女の言だ。
「あたしはつてがあるわけでもありませんから、お見舞い客を装って待合所で情報を集めますね。能動的に行動して警戒されたくないので、あくまで受動的に」
「それなら、あなたは私と一緒に来るといいわ。他の患者さんが心配だから、こっそり問診をしようと思っているの」
と蘭はみなもに優しい視線を向けた。
こんなところまで来て客引きかよ…と呟いた隼には、見えないところで容赦ない肘鉄が入ったようである。ぐう、と可哀想な義弟が呻く。
「じゃ、みなもちゃんと蘭さんは聞き込み。隼くんはコンピューターのチェック…という役割分担でいいかな」
草間がそれぞれに確認し、彼らの行動は決まったのである。


■―――瀬水月隼
義姉とみなもを待つ間、隼は非常に暇を持て余していた。太巻から持ち込まれた依頼は、水戸黄門の印籠のような警察の捜査令状とは違う。違う以上、大手を振って病院のコンピューターを弄ることは出来ないのだ。
仕方なく、隼は蘭に命じられたとおり、素直にナースステーションの前で、休憩を取るナースを捕まえた。
「あの、ちょっと話を訊きたいんだけど」
こういう役目は物凄く苦手だ。元々、人を寄せ付けないようにして生きてきた隼である。初対面の相手と打ち解けて話を聞きだすなど、アリに曲芸を教えるよりも大変なことなのだ。
「はい?」
怪訝そうに、通り過ぎかけた看護婦が振り返る。隼は「やっぱいい」と言いたくなるのを何とか堪えて視線をさまよわせた。姉の命令である。従わなければ後が怖い。
「あー…ええと、糖尿病患者に対するこの病院の対処法を教えて欲しいんだ」
看護婦はすぐに胡散臭そうな顔をする。
「どうって、特に変わった治療はしていませんが」
言い方がつんけんしているのは、隼に不審を抱いているからか、一晩にして三人もの死者を出して警戒しているのか、定かではない。自分の口の重さにうんざりしながら、隼は手を振った。
「し、親戚が糖尿病なんだ。そんで、入院先を探してて……」
姉から教え込まされた台詞をしどろもどろに喋る。棒読みになってはいないかと冷や冷やしたが、看護婦はははあ、と納得したような声を出した。
「そういうこと。本当はちゃんと先生から話を聞いたほうがいいんだけど……、これから休憩だからね。ちょっとだけなら、いいわよ。話をきいたげる」
隼とともに食堂に移動した看護婦は、隼の前に座って改めて首をかしげた。
「どんなことが知りたいの?」
「血糖値の測定はどれくらいの頻度でやってるのかとか…あと、どの会社からインシュリンを取ってるのかと。夜間の患者たちの面倒は誰が見ていたのかとか」
聞いておくように言われたことを、一つ一つ指折り数える。看護婦は少し怪訝そうにしてから、その質問に丁寧に答え始めた。
「まず、血糖値の測定だけど。これは機械がやってくれるの。大体数時間に一回、患者さんに異常がないか確認するわ。夜間は当直の先生以外は帰っちゃうから、見回りとかは看護婦よね。インシュリンの仕入先はO社とN社だけど…」
「それで、もし夜中に患者の血糖値が上がったら医者を呼ぶのか?」
隼が聞くと、看護婦は笑って首を振った。
「それくらいじゃ先生は呼ばないわよ。血糖値が上がっていたら、看護婦が注射を打つの。そのための看護婦だからね。インシュリンって知ってるわよね?」
曖昧に頷いてから、隼は水を向ける。
「血糖値を下げる薬だよな。それもデータに残るのか」
「残るわよ」
「投与する量ってのも、看護婦が決めんの?」
「そう、血糖値の量に応じて、必要なだけね。どれだけの量を投与すればいいか、ちゃんと機械で計算されているから、看護婦はそれを元に患者に注射をするの」
食事を口に運びながら、看護婦ははきはきと隼の質問に答えてくれる。ふぅん、と感心さを装って返事を返しながら、隼は頭を巡らせた。
「看護婦にも、担当医みたいなのはいるのか?」
いないわよ、と看護婦が答える。
(とすると、当直の看護婦なら誰にでもインシュリンを大量投与するチャンスはあったわけか)
一人の看護婦が担当した患者が相次いで死亡しているというのなら、流石に警察も動き出すはずである。実際には、患者にインシュリンを投与した看護婦はそれぞれ別の名前だった。
だとしたら、やはり怪しいのは機械である。
もういいかしら?と看護婦が立ち上がるそぶりを見せるので、隼は我に返って彼女を引き止めた。
「もう一つだけ。血糖値って、そんな急激に上下するものなのか?4倍になったり、10倍になったりさ…」
死亡した患者たちは、低血糖の症状が発見される数時間前、通常の4倍ちかくの血糖値を記録していたのである。食べ終わった皿をトレイに載せて立ち上がりながら、看護婦は肩を竦めた。
「珍しいことじゃないわよ。患者さんが隠れてドーナツ一個食べただけでも、血糖値は跳ね上がるんだから」
今度こそ立ち去る気配を見せた看護婦に礼を言って見送ってから、隼は椅子の上で背中を伸ばした。
慣れないことをしたせいで、体中が凝っている。
首を回して、隼はため息を吐いた。
「ったく……慣れないことを俺に押し付けないでほしいよな」
時計はそろそろ1時を指している。隼は立ち上がった。
看護婦は誰でもインシュリンを持ち出せる立場に居た。が、この問題が人為的なものだとしたら、インシュリンの投与をした看護婦は一人でなくてはならない。
看護婦がデータに従って適切な処置をしたのだと仮定して、
(やっぱり、問題は機械っぽいよなあ)
姉に指定された待ち合わせ場所に向かいながら、隼は一人考え込んだ。


□―――海原みなも・瀬水月蘭・瀬水月隼
「機械には問題なかったって?本当かよ」
情報交換の為に集まった待合室で、隼は不信の声を上げた。
「人のセンが消えたんなら、機械に問題があるってことじゃねえの?」
「院長先生は、機械はチェックしたと仰ってましたけど」
みなもは眉を寄せる。問題が見つからない以上、三人の糖尿病患者が一晩にして死亡したことは単なる偶然として片付けるしかない。だが、やっぱり何もなかったんだと、簡単に納得しかねている様子だ。
「草間さんには可哀想だけど、やっぱりただの偶然かしらね」
蘭がため息をつき、三人はしばらく黙り込んだ。
「……でも」
ふと思い出したように声を上げたのは、患者たちのデータに視線を落としていた蘭である。
「患者の生年月日…、これ、偶然かしら」
・根岸則子(47)、1月22日生。2002年5月23日入院。
・西岡鉄雄(52)、8月12日生。2002年6月3日入院。
・米田仁平(63)、11月2日生。2002年2月13日入院。
蘭が開いて見せたページには、死亡した三人の情報が記載されている。
隼とみなもがそこへ視線を落とした。
誕生日は、1月22日、8月12日、11月2日。
「あ、これ……」
「そう、誕生日には1、2という数字が含まれている。…これ、他の糖尿病の患者さんにはない符号なのよね」
「三人とも、入院の日付に3という数字が含まれていますね」
「そ。生年月日と入院の日付に、必ず1、2、3という数字が入っているの」
蘭とみなもは、示し合わせたように隼に視線を向けた。コンピューターと数字は、隼の専門分野である。
いつになく難しい顔で数字を睨んでいた隼は、蘭が焦れて一言言いかけた頃にようやく重い口を開いた。
「特定の数字の羅列があったときだけ作動するプログラムが、あるかどうか知りたいんだろ?」
「できるんですか?」
出来るよ、と難しい顔のまま隼は答えた。
「けど、だとしたら内部の犯行ってことになるんじゃねえか。ネットワークに繋がっていない限り、病院にウィルスを送りつけるなんて不可能だぜ」
「できますよ」
はっとしてみなもが声を上げた。
「この病院は、製薬会社との間に専用の回線を持っているんだと、院長先生が仰ってました」
その言葉に、隼はまた黙って眉を寄せる。今度はすぐに蘭が聞き返した。
「その回線を通して、ウィルスを送りつけることは可能なの?」
「……可能だ」
隼の答えに、蘭とみなもは顔を見合わせる。
しばらく考えた末に、蘭が言った。
「院長先生に掛け合って、ちょっとデータを見せてもらおうかしら」

□―――一夜で終わる夢
少し時間がかかったが、蘭は院長からデータ閲覧の許可を取り付けて戻ってきた。かなり渋られたようだが、最終的には彼女の医者としての評価がものを言ったようである。
病院のコンピューター室では、蘭に引き連れられてどやどやとやってきた少年と少女に、驚きを隠しきれない様子だった。
「ファイルのアップロードとダウンロードの一覧を見せてくれ」
真っ直ぐにコンピューターの前に向かうなり、隼はシステムエンジニアらしい男に声をかける。
「調べましたが、システムに異常はなかったと…」
「いいから調べろ!先週の木曜日だよ」
隼の気迫に負けて、男は仕方なくキーを叩く。モニターにずらりと文字が並んだ。病院がやりとりしたデータの一覧である。
「これは定期的にアップロードされるファイル…、これも違うし」
「これは?」
男よりも素早く文字を追いかけていた隼が一つのファイルを指差した。容量にして26キロバイト。送信日時は、木曜日の午前0時3分。
「定期的にアップされているファイルじゃないですね」
「これ?隼」
「たぶんな」
突然のことに目を白黒させている職員たちを前に、三人は深刻な顔で黙り込んだ。

「こんなプログラム見たことねえよ」
カタカタと持参のラップトップのキーを叩きながら、隼は信じられない面持ちで声を上げた。
「何、わかったの?ちゃんと分かるように説明しなさい」
さっきから蘭とみなもは隼の肩越しにコンピューターを覗き込んでいるが、そこに表示される羅列は何がなんだかわけがわからない。隼のモニターは、グラフィック・ユーザー・フレンドリーから程遠いところにいるのだ。プログラムの知識がなければ、うつっているのはただの文字と数字の羅列である。
優秀極まりないこの義姉にものを教えるのは、一生で一体何回だろうと思いながら、隼は椅子を回転させて姉とみなもに向き直った。
姉にものを教える。そんな状況は恐らく、一生のうち片手で余るほどだろう。
「れっきとしたウィルスだよ、これは。ある特定の条件が揃ったときにのみ発動し、データを改竄して…」
「回りくどいことは後でいいから、まずは簡単に説明しなさい」
ぴしゃりと姉が遮った。教えてもらう立場だろうが、姉は強い。
「……わかったよ。見てろよ?」
カシャカシャとキーを叩いて、隼はモニターに文字を打ち込む。
『BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:』
「通常の人間の血糖値は?」
「80から180くらい」
即座に返ってきた姉の返答に頷いて、隼は「血糖値」の欄に100と記入する。
「見てろよ。これが本来コンピューターで表示されるはずのデータ」
隼が指差したモニターには、下記のような文字が記入されている。生年月日に、入院日、それに血糖値。
BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:100
「このウィルスに感染しているコンピューターがこの情報を受け取ると」
とエンターキーを押す。チカチカと黒字に白の文字が流れて、新しいラインがつぎつぎと浮かび上がった。

BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:100
...
...
...
...
BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:412.3

「これが、改竄された後のデータ」
みなもと蘭の視線が横文字を追いかけていく。生年月日、入院日…すべて変わりがないように見えた、が。
血糖値の数値が、変わっていた。
「血糖値が……」
「…四倍近くに跳ね上がった?」
「正確には4.123倍だ。生年月日と入院日に1、2、3の組み合わせが含まれていると、自動的にコンピューターのデータを書き換えるんだ」
そう説明して、相変わらず隼は難しい顔をしている。何度見ても四倍に跳ね上がっている血糖値の数字を見つめていた蘭は、弟を振り返った。
「あなた、このウィルスを駆除できる?」
「だから、そこがこのウィルスの変なとこなんだよ」
チカチカとカーソルが瞬いている画面を気味悪げに見て、隼は頭を掻いた。
「自己解体プログラムが含まれてるんだ。例えば、木曜日にデータを改竄するだろ?そうすると、コンピューターのデータが書き換えられたのを確かめたウィルスは、別の動きを始める」
言いながら、隼はラップトップの液晶画面を眺めている。隼が触れているわけでもないのに、文字が流れていた。
「なんで勝手に動いてるの?」
「ウィルスが、バグったデータを修復してるんだよ」
「…どういうことですか?」
みなもの問いかけに、隼は足を組み替えてコンピューターに向き直った。
「自分で破壊しておいて、目的を達成したらバグった部分を修復しちまうんだ。つまり、一度バグを起こしてデータを改竄したら、システムを元通りの正常な状態に直すのな。だから、後から誰かがシステムをチェックしても、異常は見当たらない」
犯罪をおかした後に、指紋や遺留品を綺麗に片付けていく犯罪者みたいなもんだよ、と隼は説明した。
「侵入経路もまたすげえぜ。まずは幾つかのウィルスをコンピューターに送りつける。このウィルスがシステムにバグを起こして、新しいバグを作り出す。新しいバグは、それぞれにデータの書き換え、使われなくなったウィルスの除去、侵入経路の隠蔽を行い、最後には自動消去プログラムで、ドロン。後にはまったく異常のないシステムが残される」
「そんな話は聞いたことないわよ?」
まるで生物の細胞の話でも聞いているかのようだ。眉を寄せた蘭に、隼は肩を竦めて見せた。
「だから、言ったじゃねえか。こんなプログラム見たことねえよって」
カラカラ、と隼のノートパソコンが小さな音を立てて三人の注意を引いた。
「何?」
「バグの修復が終わったんだろ……」
「まって。見てください、画面」
黒いスクリーンに、ちかちかとカーソルが点滅している。
みなもに言われて視線を向けた蘭と隼にも、それは確かに見えた。
チカ、チカと一文字ずつ、文字がスクリーンに表示されていく。


THIS IS NOT THE END, BUT JUST THE BEGINNING. A.


「A?このプログラムを作った人のイニシャルかしら」
怪訝そうに蘭が首を傾げる中、隼とみなもは難しい顔で考え込んでいた。
A、というアルファベットで連想された名前があったのである。
アキラ、という名前だ。
アキラを止めてくださいと懇願していた少女の声を、みなもと隼は覚えている。
隼は苛立ちまぎれに、その文字が表示されたウィンドウを閉じた。
(まさか……な)
みなもも眉を寄せて考え込んでいる。
蘭だけが怪訝な顔で、そんな二人を眺めているのだった。


□―――後日談:瀬水月隼
コンピューターはたった二つの数字で成り立っている。日本語ならばひらがな48字、英語ならばローマ字26文字。それだけの文字がないと表せない色々な言葉が、コンピューターではたった2つだ。
例えば人間をDNAレベルにまで分析すると、4つの種類で表される。いつかその塩基配列も見直されて、たったの2種類になる可能性だってあるかもしれない。
とすると、全ての物質はみなたった二つのもので表される可能性も出てくるわけだ。
コンピューターの中に何かが生じたとしても、そう考えれば不思議はない。
モニターを前に、机に足を乗せて椅子を揺らしながら隼は考える。
「概念上は可能でも、今のところ不可能だっつの」
あるのは概念だけで、理論すらないのだ。アホくさ、と思って首を振ってみるが、中々物思いから抜け出せない。
「隼、いつまでそうしてるつもり?」
「うるせえなあ」
考え事を邪魔されて、不機嫌に隼は振り返る。女の子相手なら必要以上に効果を発揮しただろう睨み目も、義姉には通じなかった。年季が違いすぎる。
「そろそろ帰るよ」
手にしたポーチでぼすっと弟の頭をはたいて、蘭はさっさと歩き出した。
「男の子がいつまでもうじうじしてるんじゃないの」
「うじうじなんてしてねえだろ!」
まったく一々癪に障る。愚痴を垂れながら、隼は椅子を蹴って蘭の背中を追いかけた。
先に行ってしまうのかと思いきや、姉はネットカフェの入り口で隼を待っている。
「モニターとにらめっこして、何考えてたの?」
「コンピューターの可能性について」
あなたが機械のことばかり考えてるのはいつもじゃないと、蘭はあきれている。そうじゃなくてさ、と隼は言った。
「いくらコンピューターが俺たちより性能が良くて、この先すげえことまで出来たりしてもよ。機械は機械だよな。人間がそれを作った以上、機械は人を超えられない」
何故かほっとしたような顔をして、蘭はそうね、と言った。
「忘れてるやつは多いけどな」
呟いて、隼はネットカフェに背を向けて歩き出す。
そう言う自分だって忘れかけていた。病院で見たあのウィルスがまるで生きているように見えた瞬間、もしかしたら機械は人を超えているのではないかと畏れたのだ。
無理に考えを頭から追い出して、隼は空を見上げた。
夏が近い。
白い日差しは、いまや中天に差し掛かり、ぎらぎらとアスファルトを照らしている。




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0072 / 瀬水月・隼 / 男 / 高校生(陰でデジタルジャンク屋)
 ・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
 ・1534 / 瀬水月・蘭 / 女 / 29 /医者

NPC
・1583 / 太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋 
 タバコだけ吸って帰っていった男。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お久しぶりですこんにちは!
めちゃくちゃ楽しんで書いていて、気がついたら一桁文字数違ってました!アオダイショウがアナコンダに変化した気分です。
ワードカウントした時の数値にさすがにビビってちょっと削ったのですが…それでも長いです。
おいおいこのワードカウント壊れてるよ!と思って三度もチェックしたのは私です。
しかし壊れていたのは私の脳みそだった模様。コンピューターのほうが優秀ですね!
何はともあれ、ちょっと時間がかかってしまって申し訳ないですがようやくお届けです!
一人で色々楽しく書かせていただきました。
またしても独りよがりだと申し訳ないので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
では!

在原飛鳥