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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


廃墟に消えた少年


■#0 プロローグ

「廃墟オフ……?」
 その日、届いていた一通のメールを読んで、村田和馬は呟いた。
 メールの差出人は、和馬が常連としてBBSに書きこんでいる廃墟探索系サイト、『破滅館紀行』の管理人、YuU。

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 日頃より、当サイトをご覧いただき、真にありがとうございます。
 さてこの度、当サイトでは、取材と日頃ご覧頂いているお客様との親睦とを兼ねて、廃墟オフを開催したいと思っております。
 要は、皆さんと集まって、幽霊の出るといわれている廃墟探索を行おうというものです。
 ふるってご参加下さい。

日時:6月30日 PM7:00
集合場所:S廃病院跡 二号棟入口

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 『破滅館紀行』は、日本各地の荒れ果てた廃墟や、心霊スポットと噂されている場所に潜入し、中の写真を撮影して公開しているサイトだった。
 人の住まなくなった、うち捨てられた廃墟。霊が出る、踏みこめばたたられると言われる呪われた建物。
 その内部がどのようになっているのか――その中をのぞいてみたい、という好奇心は、誰しもあるのではなかろうか。
 和馬の心にも、そんな好奇心はあった。
(ちょっと怖いけど……他の人も一緒に行くんだったら、大丈夫だよね)

 そして約束の日時に合わせて、夕刻、和馬は家を出た。

 しかし、和馬は知らなかった。
 その数時間前に、『破滅館紀行』のトップページが更新され、管理人YuUからのメッセージが書き加えられていたことを。

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【当サイトのお客様へのお知らせ】

 最近、当サイトの管理人を騙る人物からの、悪戯と思われるメールが、当サイトのお客様宛に送られているという報告が多数寄せられております。
 当サイトでは管理人とリアルでの面識がある方でない限り、管理人からメールをお送りすることはありませんので、メールに書かれた内容を鵜呑みにされることのないよう、よろしくお願い申し上げます。

      ……『破滅館紀行』管理人 YuU

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 和馬の両親が、帰ってこない息子の身を案じて、警察に捜索願を出したのは、その二日後のことであった……。


■#1 発端

 7月3日。
 その日の午後、学校から帰宅したセーラー服姿の少女は、自宅の玄関前に立っていた二人の男に呼びとめられ、困惑の表情を浮かべていた。
「藍原……優子さん、だね」
 男たちはいずれも背広姿だった。だが、明かにサラリーマンなどではないことは、その眼の光と、穏やかだが有無を言わせぬ口調から、すぐにわかった。
「はい……」
 少女はおそるおそる、頷く。
 男たちは胸元から黒い手帳を取り出した。まるでドラマなどでよく見るような動作。男たちは刑事で、取り出して見せたものは予想通り警察手帳だった。
「君がインターネット上で運営しているサイトについて、お話を聞かせてもらいたいんだが」
 それを聞いて、少女の表情が不安げに揺れた。
 警察に取り調べられるような悪い事をした覚えはない。だが、あのサイトがもしかして、法的にまずいものだったのだろうか。それにしても、そのことでわざわざ警察が来るなんて――。
 脳裏にいろんな可能性が浮かんでは消え、頭の中が混沌としていくのを感じながら、少女は二人の刑事とともに、家の中に入った。
 藍原優子――彼女が、『破滅館紀行』の管理人である『YuU』であった。

         ※         ※         ※

 その数時間後、インターネットカフェ『ゴーストネットOFF』。
 ようやく自宅での事情聴取を終えた優子は、約束を大幅に遅れて、友人である瀬名雫と合流し、事情を話した。
「……それは災難だったね、YuUちゃん」
 もともと、出会いの最初のきっかけがネット上で知り合ったせいもあってか、雫は優子をハンドルネームでそう呼んだ。
「でも、どうして刑事さんがYuUちゃんのところへ? やっぱり廃墟で無断であれこれ写真を撮ってたのがまずかったのかなあ?」
「ううん。それについては、不法侵入扱いになるし、危険だから廃墟探検なんてだめだよって念は押されたんだけど――それより、うちのサイトの常連だった人が、行方不明になっちゃってて、その行方を調べるために来たみたいなの」
「……行方不明?」
「村田和馬さんって、都内に住んでる高校生みたい。私の……『YuU』のハンドルネームを騙ったメールがその人に届いて、30日にS廃病院跡で廃墟探索オフをやるから参加してほしい、って書いてあったみたいなの」
「そのメール、YuUちゃんには全く覚えはないの?」
「前に、その人の他にも、うちのサイトの常連の何人かに同じ内容のメールが送られてきてたみたいなの。それで、サイトのトップページに、注意書きをつけておいたんだけど……どうやらそれを見る前に、村田さんはそのメールの内容を信じて、その廃病院跡へ行ったらしくて……」
「S廃病院跡……ね」
 最近になって、『絶対何かが出る』とその名をよく聞くようになった心霊スポット。都内郊外にあると言われるその病院は、十年ほど前に廃院となっており、その病院の跡地は今も取り壊されずに廃墟として不気味な姿を晒しているという。
「匂うわね、すっごく……」


■#2 依頼

「廃墟の探検だぁ?」
 携帯を手に、ごつい熊のような風体の男が、呆れ声で言った。
「ガキがくだらない遊びしてっから、そんな目に遭うんだよ」
 ふん、と鼻を鳴らして、男は首に巻いたタオルで額の汗をぬぐった。
 男の名は武田隆之といった。そのごつい容貌とセンスのかけらもないラフな服装、筋肉の塊のような大柄な体躯から滲み出る粗野な印象からは想像もつかないが、ファッションカメラマンとしての冴えた腕を持っている。
 また、彼自身は霊感のようなものは全く持っていないにも関わらず、何故か心霊写真を撮ってしまうことが頻繁にあり、その能力が災いしてか、この世ならぬ事件に巻き込まれることも多い男だった。
 電話の相手は、以前彼女の運営するサイトに心霊写真を持ち込んだことから知り合いとなった少女、瀬名雫である。雫から行方不明になった少年の話を聞かされて、隆之はぼりぼりと頭を掻いた。
「わかったわかった、そのガキを見つけて説教してやればいいんだろ?」
 そう言って首からぶら下げた愛用のカメラの感触を指で確かめる。
(ついでだ、廃墟の写真を撮りまくって、何か映ったらアトラスにでも売り込んでやれ。何も写ってなくても、廃墟写真集とか最近流行ってるらしいからな)

         ※         ※         ※

「廃病院の幽霊騒動と失踪ですか……」
 唐突に、瀬名雫からかかってきた調査依頼の電話。
 海を思わせる青い髪と、青い瞳の少女が、雫の話を聞いて、少し困ったような表情を浮かべる。
 少女の名は海原みなも。南洋系列の人魚の末裔であり、現在は人に化身して平凡な女子中学生として、人間社会で生活している。しかし、人魚の一族として受け継いだ血と能力故にか、怪異事件に遭遇することが多く、またそういった事件を調査・解決していくうちに、気がつくと現在ではそういった人脈も増えていた。そして雫もまた、彼女に怪異事件の調査をよく依頼してくる人物の一人であった。
「本当はそういうのは、妹の方が得意なんですが、ね……」
 そう言ってちらりと、妹の部屋を覗く。妹のみあおは数日前から、夏風邪をひいてしまったらしく、ベッドの中で寝こんでいる。薬が効いてきたようで、もう熱はだいぶ下がってきたのだが、まだ出歩かせるのは無理だ。
「とにかく、その和馬さんという方を助けないといけませんね。あたしでお役に立てるかどうかはわかりませんが、その廃病院の探索、参りましょう」

         ※         ※         ※

 その頃、黎迅胤(くろづち・しん)は、依頼を受けて村田家を訪れていた。
 長身をダークグレーのスーツに身を包み、右腕と右足にそれぞれ義手義足を着けた黎に、彼を呼び出した和馬の両親も最初は驚いたものの、その洗練された立ち振る舞いと、物静かで重みのある口調に、彼についての話が事実であることを悟ったようだった。
「……わざわざお呼びたてして申し訳ない、黎さん」
 父親の言葉に、黎は穏やかな笑みを浮かべた。
「俺は便利屋だ。依頼があればどこにでも出向く。お役に立てるなら、出来る限りのことはさせていただこう」
「そう言っていただけると心強い。実は、息子の和馬が、三日前から行方知れずなのです」
 そして両親は、心配と憔悴の入り混じった重い表情で、警察で話したことをそのまま、黎に説明する。
「昨日、警察に捜索願を出しましたが、一向に何の連絡も来ない。捜査はしてくれているのかもしれませんが、息子の身に何かあったらと思うと、不安でならないのです。そんな折、うちの社長から黎さんの話を聞かされ、こうして息子の捜索をお願いすることにしたのです」
 和馬の父親が勤めている港区の貿易会社。その会社と社長の名前を聞いて、黎は以前受けた依頼のことを思い出した。……三十年間、若い姿で眠り続けていた姉と、彼女を誰よりも愛していたその弟。あの二人が現在、幸福に暮らしているのかは、黎にもわからないが。
「了解した。そのお話、引き受けよう」
 冴えた光を湛えている丸眼鏡の奥の瞳が、静かに揺れていた。

         ※         ※         ※

 その日の仕事を片付けて、自室であるワンルームマンションへと戻ってきた長身の青年。
 濃紺のスーツに身を包んだ予備校講師、綾和泉匡乃(あやいずみ・きょうの)は、ふう、と溜息をついた。
 中性的な美貌、優しく柔らかで紳士的な物腰。勤め先である予備校では、生徒達の間でもファンの多い講師で通っている。だが、本来の気分屋で気まぐれな性質を隠して、職場でそうした鉄壁の猫被りを続けることが、たまに精神的に負担な時もある。
 スーツを無造作に脱ぎ捨ててラフな格好になると、匡乃はふとここ数日の忙しさで放置したままにしていたパソコンを立ち上げた。
 仕事とプライベートでそれぞれ複数アドレスを持っているメールボックスをチェックする。予想通り、未読メールがだいぶ溜まっていた。
 そして、一度だけとあるサイトに書きこんだ時に使った、フリーメールのアドレスを開いて、そのメールを見つけた。

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 日頃より、当サイトをご覧いただき、真にありがとうございます。
 さてこの度、当サイトでは、取材と日頃ご覧頂いているお客様との親睦とを兼ねて、廃墟オフを開催したいと思っております。
 要は、皆さんと集まって、幽霊の出るといわれている廃墟探索を行おうというものです。
 ふるってご参加下さい。

日時:6月30日 PM7:00
集合場所:S廃病院跡 二号棟入口

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 メールの着信時刻は28日深夜。記された日時ももはや過ぎている。
「『破滅館紀行』……YuU、か」
 匡乃は一度、偶然にそのサイトを見つけて、『竟(きょう)』というハンドルネームでBBSにこう書きこんだことがあった。
『死者の棲む場所に無遠慮に立ち入り、面白半分で侵すことは、その場所に棲んでいる霊たちを冒涜する行為です。場合によっては霊たちの怒りをかうことにもなり大変危険ですし、法的にも建造物不法侵入等、犯罪行為として処罰される可能性も充分にあります。
 こちらのサイトに掲載されている写真の中にも、危険な霊が映っているものがいくつか見受けられましたので、今後このような廃墟探索は慎まれたほうがいいかと思います』
 こんな説教じみたことを書くのは、管理人にしてみれば興冷めだろうが。それ以後特にこのサイトにアクセスはしていなかったのだが、まさかそこから、しかもこんな誘いのメールが来るとは。
 ふと送信元のメールアドレスを見て、匡乃の表情が曇った。
 ぐちゃぐちゃに文字化けしている。通常のメールアドレスに比べて、フリーメールでは本文の文字化けが起こりやすいことは匡乃も知っていたが、アドレスそのものが化けるなんて、今まで見たことがなかった。
 言い知れぬ胸騒ぎを感じて、匡乃は『破滅館紀行』にアクセスした。
 そして、管理人・YuUの書いた注意書きを見つける。
「S廃病院、ニ号棟、か。……何かがあるのか、そこに……?」


■#3 合流

 S廃病院跡。
 都心部を離れた、人気のない郊外の土地に建っている巨大な廃墟である。
 夜の闇の中にぼんやりと浮かぶ、風雨に晒され荒れ果てた不気味なその姿は、まさしくこの世ならぬ者の棲み家のようであった。
 相当昔に建てられたと思しき赤レンガ作りの壁はところどころ割れて崩れかけ、どす黒い染みが広がっている。そして異様に繁茂した蔦がその表面をびっしりと覆って、まるで生あるものの進入を拒むかのようだ。
 雫の依頼を受けた隆之とみなもが乗る車が、内部の様子を伺うように、その敷地の周囲を回っていた。
「こんな夜中に、こんな気色悪いとこに入ろうってのか……正気の沙汰じゃねえな」
 タオルで汗をぬぐいながら、隆之は不安そうに呟いた。ハンドルをにぎるその太い腕も、やはり汗ばんでいる。
「でも、この中に和馬さんがいるとしたら――早く助けてあげないと」
 助手席に座っているみなもも、緊張した面持ちでそう告げた。これまでにも幾度も怪異事件に遭遇してきた彼女でさえ、目の前に広がっているその廃墟の不気味な様相には、言い知れぬ不安と恐怖を抑えきれないようだった。
(いざとなったら、この水を使って……)
 みなもは足元に置いてあるビニール袋の中の、三本のペットボトルに目をやった。一見何の変哲もない一リットル入りのペットボトルだが、中に入っているのはただの水ではない。
「……その水が、何かの役に立つってのかい?」
「ええ。八国山の湖から分けていただいた霊水です」
「霊水……ねぇ……」
 怪訝そうな表情を浮かべると、ぼりぼりと頭を掻いて、隆之は呟いた。
 基本的に、霊的なものの介在について、彼は否定的だった。もちろん、これまでの経験から、この世ならぬものの存在について否定しているわけではない。ただ、わからないこと、常識では説明のつかないことを全て霊の仕業、と考えるのがどうにも気に入らないのだ。そんなスタンス故に、霊に関わるものについてはとりあえず疑ってみることにしている。
「武田さん」
 不意にみなもが緊迫した声で、病院の敷地内を指差した。
「今、何か動きませんでした!?」
 ぎょっとしてそちらに目をやる隆之。しかし、一面どんよりとした闇に覆われたその場所を、ここからよく確認するのは難しい。
「よし、こうなったら覚悟を決めるしかねえな。降りて敷地の中に入ってみようぜ」

         ※         ※         ※

 龍の模様が刻まれた銀の杖が、床に当たってこつんという冷たい音を立てた。
「ふむ……確かに尋常ではない場所だ」
 眼前に広がるその荒れ果てた光景を見渡しながら、黎はひとり、あくまでも穏やかな口調で呟く。
 S廃病院跡――ここに来る前に、黎はネットを通じて情報を集め、その情報の全てを自分の中に記録していた。『神の頭脳』――ありとあらゆる機械関連の情報を思念で瞬時に把握し、自分の中に永久保存できる、黎の能力である。
 この病院は昭和12年に建築され、当初は政府軍部機関の施設として使われていた。その後、空襲により一度爆撃を受けて崩壊した後、終戦を迎えて改築され、病院として使われるようになった。
 ずさんな医療体制と放漫経営が災いして、昭和の終わりとともに廃院となり、取り壊される予定であったが、土地の持ち主が次々と代わったり、取り壊しに入った作業員が怪我や事故、原因不明の病気などに相次いでみまわれたため、呪われているとの不気味な噂が立ち、それ以来現在まで未だ放置されたまま、荒れ果てた無惨な姿を風雨に晒している。
 建物は北と南にそれぞれ一号棟、ニ号棟があり、それを渡り廊下が繋ぐ形になっている。その二号棟入口が、村田和馬に届いていたメールで指定された場所だった。
「……やはり、この奥に入ったのか……?」
 その時。
 背後に人の気配を感じて、黎は驚くべき身のこなしで振り向くと、身構えた。
「――驚きましたね。先客がいるとは」
 そう言ったのは、濃紺のスーツに長身を包んだ男だった。送られてきたメールを見てこの廃墟へとやってきた、綾和泉匡乃である。
「あなたも、あのメールを見てここへ来たのですか? それとも……あのメールの送り主さん……かな」
 黎の出方を伺うように、しげしげと見つめる匡乃。
「メール……。そうか、あんたもあのメールを受け取ったのか」
 黎の、人並み外れた勘をもってしても、眼前の匡乃には危険なものを感じない。黎は警戒を解いて、自分の身分を明かした。
「俺は黎迅胤。便利屋をやってる。30日の夜、ここに呼び出されて行方不明になった少年の行方を探しに来た」
「行方不明……」
 匡乃は腕組みして、夜闇の中に黒々とそびえたつ巨大な廃墟を見上げた。
 建物のみならず、この敷地そのものに、どんよりとした重苦しく肌を刺すような禍禍しい空気が渦を巻いてたちこめている。まるで生ある者を拒絶するように――そして同時に、内に広がるこの世ならぬ場所へと、誘おうとするように。
「もう三日間、帰っていないというわけですか」
 心配も憐れみも感じさせない、ただ事実を平然と述べるような声で、匡乃は告げた。
「もし、この中に入りこんでいたとしたら――その子、もう生きていないかもしれませんね」

         ※         ※         ※

 それぞれ用意してきた荷物を持ち、車を降りた隆之とみなも。
 隆之は愛用のカメラを手に、肩から下げた小さなバッグには撮影用のフィルムや、汗かきの体質である彼には欠かせない、ミネラルウォーターのボトルとタオルが無造作に詰めこまれている。
 一方のみなもは、先ほどの霊水のペットボトルの袋と、妹・みあおからもらってきた冒険セット――お菓子と桃のジュース、それに懐中電灯などが入ったリュックを背負っている。
「それ、貸しな」
 みなもが三本もペットボトルの入った袋を重そうに両手で持っているのを見て、隆之が丸太のような腕を延ばした。遠慮がちな少女からその袋を受け取ると、軽々と片手で持つ。
「すみません、武田さん」
「いいってことよ。でも、懐中電灯で照らす役、頼むぜ」
「はい」
 にっこりと笑ってみなもが頷く。
 有刺鉄線で覆われた柵を越えて、二人はおそるおそる敷地内へと足を踏み入れた。
 雑草が生い茂った地面は踏みしめると、ぬるっとぬかるんだ不快な感触がする。
 歩を進めるたびに、建物から感じられる威圧感がより強くなるようだった。
「まずどこから見たもんかな」
「……村田さんに送られてきたメールには、集合場所にニ号棟入り口って書いてありました。まずはそちらから見てみたほうがいいのではないでしょうか?」
「で、二号棟ってのはどっちだ?」
「一応、ここに来るまでにネットや新聞記事で調べてみたんですけど……おそらく、北側の正門に遠い南側の棟が二号棟なんじゃないでしょうか」
「見取り図でもありゃ手っとり早いんだけどな。……ま、とりあえずそっちへ行ってみるとするか」

         ※         ※         ※

 不意に、匡乃の表情が厳しいものに変ったことに気付いて、黎も表情を強張らせた。
 そして、匡乃の視線が見つめている方向を振り向く。
 遠くまで広がる薄闇の中に、仄かな光が蠢いていた。
(懐中電灯……誰だ?)
 霊体ではないことは明らかだった。だが、こんな時間に、こんな場所に来る人間となると、なまじ霊よりも危険な相手の可能性もある。
 匡乃とともに、黎は用心しながら近づいてくる光を待ち構えた。
「薄気味悪いぜ……」
「足元、気をつけてくださいね」
 ぬかるんだ地面を踏みしめる足音とともに聞こえてきた声は、男と女のものだった。
 声の様子からして、彼らに他者への害意を向ける気配はない。
 そう踏んだ黎は、こちらから声をかけることにした。
「――おい」
 闇の中から聞こえてきた声にどきりとして、懐中電灯を手にした二人が立ち止まる。
「……だ、誰だっ!?」
「それはこちらの台詞だ。――何者だ?」
 懐中電灯の光を向けられて、不快そうな表情を浮かべる黎と匡乃。
 その姿を認めて、二人のうちの一人――小柄な長い髪の少女が、驚きの声を上げた。
「黎さん……綾和泉さんも! どうして、こんなところにいるんですか!?」


■#4 探索

「……まさか、お二人もここへ来てたなんて」
「僕も驚きましたよ。しかも海原さんが黎さんともお知り合いだったとはね」
 先ほどまでの不安と緊張が知人に会えたことで緩んだのか、嬉しそうに言葉を交わすみなもと匡乃。
 お互いの事情を説明し、それぞれが持っている情報を交換しあった後、四人は共同で探索を進めることにした。
 ここへ来たきっかけは違えど、四人はいずれもこの廃病院に何かがあると睨んでいる。そしてその何かが、『破滅館紀行』の関係者に偽のメールを送り、村田和馬を誘い出したのだ。

 二号棟の入口から、廃墟内部へと踏みこむ四人。
 建物の中は、埃っぽい澱んだ空気が充満していた。
 どんよりと肌にまとわりつくような漆黒の闇と、息苦しさを感じさせるほどの、途方もない静寂。それを追い払うように、みなもと匡乃がそれぞれ手にした懐中電灯で周囲を照らす。
 凄まじい荒れ様だった。床には廃材やゴミなどが散乱し、埃が積もっている。足を取られないよう気を付けながら、歩を進めていく。
 ところどころ崩れ、どす黒い染みになっている内壁には、けばけばしい色で何か落書きが描かれている。足元に散らばったゴミといい、この荒らされ方といい、どうやら興味本位でこの建物にやってきた侵入者も結構いるようだった。もっとも、やってくるのは日中だけだろうが。
 四人の足音が空間を震わせるように、甲高い音を立てて響きわたる。
「電気や水道って、まだ使えるんでしょうか?」
 みなもの問いに、隆之が笑って答える。
「そいつぁ無理ってもんだ。ここが使われなくなってもう十五年にもなるんだぜ」
 その時、給湯室と思しき小さな部屋を見つけて、みなもがその中に歩を進める。
「ちょっと、見てきます」
 みなもの後をついていく三人。
 ガラスの割れた引き戸をどうにか開けて、狭い部屋の中に入る。
 室内には廊下以上に埃っぽく、それでいてむっとした嫌な匂いがたちこめていた。
 懐中電灯で照らしながら室内を見まわす匡乃。
 みなもは入口のすぐそばにあった流し台の蛇口をひねってみた。蛇口は堅く、回すのにはかなりの力が要る。
 渾身の力を手のひらに込めて蛇口を回すと、どぼっという嫌な音がして、蛇口からべとついた液体が流れ落ちた。びちゃり、という汚らしい音を立てて、乾ききっていた流し台に液体が飛び散る。
「――血!?」
 みなもが驚きの声を上げる。
 懐中電灯で照らし出されたそれは、赤黒い鮮血に見えた。
「いや」
 黎の声はあくまで冷静だった。
 どぼどぼどぼ、としばらく蛇口からしたたり落ちると、液体はそれきりもう出なくなった。
「錆の浮いたただの水だ。水道が切られてからも、わずかに残っていたんだろう」
「びっくりしたぁ……」
 安堵するみなも。
「水道も電気も、予想通り完全に通じていないようですね」
 壁際のスイッチを触りながら匡乃が告げた。

 一階、二階、と探索を続けていくうちに、自然と廃墟の空気にも慣れ、不思議と恐怖感も薄れてゆく。
 注意深く周囲の様子を伺い、和馬の行方を示す手がかりがないかと目をこらす黎。
 建物の中に時折蠢く嫌な妖気を感じつつ、周囲に危険がないか、神経を張り巡らせている匡乃とみなも。
 そして霊などおかまいなしといった様子で、カメラを構え、いろいろなアングルからの写真を撮っている隆之。
「……どうにも、わからねえな」
 不意にカメラのファインダーに目を当てたまま、隆之が口を開いた。
「送られてきたメールのことだ。……誰が、何の為に? 何故、『破滅館紀行』の常連に送られてきた? 何故、この場所を指定してきた? ただの悪戯とも思えるが、それにしてたって腑に落ちねえことが多すぎる」
「あたしも……。もしメールの送り主がこの廃病院跡に棲みついてる幽霊で、ネットで人を呼び出したのなら、ネットできる環境がここにあるということですよね。でも実際には、電気すらここには通っていない」
「……実はここに来る前に、『破滅館紀行』の常連客と、村田和馬の交友関係を洗ってみた。すると、一つ興味ぶかい情報が見つかってな」
「興味ぶかい情報……ですか?」
「『破滅館紀行』の管理人、YuU――藍原優子と、村田和馬には直接それほど親しい面識はない。だが、この二人には、共通の友人がいる」
「それって――」
 そうみなもが言いかけた時、奥の部屋に懐中電灯の光を向けた匡乃が、感情を抑えたような、低い声で呟いた。
「……どうやら、見たくないものを、見つけてしまったようですね」
 その声に、振り向いた三人が目にしたものは。
 病室と思しき狭い部屋の中で、天井からぶら下がった、小柄な少年の姿だった。

「……マジかよ……これ……」
 呆然と、呟く隆之。
 ぞっとするような死臭が漂う部屋の中――首を吊ったまま、少年は既に息絶えている。素人目に見ても、おそらく死後数日は経っているものと思われた。
 あまりにもショッキングな光景のために、みなもを一人部屋の外に残して、三人だけが部屋に入り、少年の亡骸の様子を調べる。
「やはり、助けられませんでしたか……」
「いや」
 匡乃の呟きに、少年の亡骸を見ていた黎が静かに答えた。
「両親から聞いた特徴とは違う。この少年は、村田和馬ではない」
「それじゃ、この子は一体――」
 そう匡乃が問いかけたその時、部屋の外でみなもの声が響いた。
『……誰!?』
 慌ててみなもの方へと戻る三人。
 廊下の奥――眼前の闇の中に、いくつもの異形の影が浮かんでいた。


■#5 真相

 滅びをそのまま具現化したような、闇の世界の中で。
 闇よりさらにどす黒く、禍禍しい気配を孕んだその異形の影は、明確な形をとらずに、蜃気楼のごとくゆらめいていた。
 形がなくても、そこにそれが『いる』ということはありありと伝わってくる気配――。
 それはまさしく、邪気、と呼ぶに相応しいものだった。
「お、おい……なんなんだ、こいつら!」
「どうやら囲まれたようだな」
 ふとみると、背後にも、おびただしい数の影が蠢いている。
 慌てるばかりの隆之と、対照的に驚くほど冷静な黎。

《痛イ》
《苦シイ》
《寂シイ》
《助ケテ》
《憎イ》

 この世のものとは思えない怨嗟のうめきを上げて、緩慢な動作で四人に向けて距離を狭めてくる、影の群れ。
「この人たちが……この病院内に巣くう、霊たち……?」
「油断していましたね。いつの間にこんなに……」
 匡乃が右手をかざして、退魔の術の構えに入る。
 瞳を閉じて、浄化の念を集中する。その身体の内側から、熱い力が湧き上がり、かざした腕へとまとわりついてくる感覚。
(――邪なる者達よ、我らが前より去れッ!)
 そして、その力を一気に解き放ち、眼前の霊たちを薙ぎ払う。
 またたくまにその力を受けて、消滅していく霊たち。
 しかしその背後には、まだおびただしい数の霊たちが蠢いている。
 本来、匡乃が有している強力な退魔の力をもってすれば、まとめて一度に消し去ることも可能なはずであった。
(こんなことなら、汐耶から封印を解いてもらっておくべきだったな……)
 匡乃は心の中でそう呟いて、唇を噛んだ。

「――武田さん、霊水を!」
 みなもが凛とした声が響いた。
 驚きと恐怖に我を忘れていた隆之が、その声に打たれたように正気に戻る。
 そして大慌てで、地面に取り落としていた袋からペットボトルを取り出し。みなもに渡す。
 みなもはそれを受け取ると、蓋を開けて、眼前の影目掛けてその中身をぶちまけた!
(水よ……あたしたちを護って!)
 清らかな水を浴びて、邪悪な霊たちがこの世ならぬ叫びとともに震えて、消え去る。
 その背後に蠢く霊たちの動きも、思わぬ反撃に怯んだ様子だった。
「流石ですね、海原さん」
 背後の霊たちと対峙しながら、匡乃が言った。
「こちら側は、僕が術で抑えます! その水で退路を作ってください!」

         ※         ※         ※

 S廃病院跡より、そのほど近くにあるマンションの一室。
 少年は、ぼんやりとテレビを見ながら、その部屋の主である、友人の帰りを待っていた。
 部屋の片隅には、彼が家を出るときに持ってきた旅行用のバッグが転がっている。その中には、以前から用意していた、家出のための着替えなどが詰めこまれていた。
 ……それにしても、と少年は時計を見ながら呟いた。
 もう深夜の二時を回っている。また彼は、僕をこの部屋に残したまま、今夜も帰ってこないのだろうか。
 三日前の夜に、廃病院前で合流して、この部屋に案内されて――少年に家出のための隠れ家を貸してくれた友人は、それからすぐに、『少し出てくる』、と一言だけ残して、それ以来この部屋に戻ってこなかった。
(これじゃ、帰りたくたって、帰れないよ……)
 不安げに心の中でそう呟いて、少年は立てた両膝の上に顔を伏せた。
 その時、玄関の外でチャイムが鳴った。
(――帰ってきた!?)
 嬉々として玄関へと走り、扉を開ける少年。
 扉の向こうに立っていたのは、期待した友人の姿ではなかった。
「村田……和馬君、ですね」
 そう言ったのは、正面に立つ濃紺のスーツの男。その背後に、まだ若い少女、熊のような大柄の男、そしてダークグレーのスーツに身を纏った丸眼鏡の男が立っている。
「あ……あなたたちは……?」
「君の行方を探していた者だ」
 ダークグレーのスーツの男が、静かな口調で言った。

「……まったく、親に余計な心配かけさせるんじゃねえよ!」
 隆之にそう叱咤されて、少年――村田和馬は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません! すみませんっ!」
「……どうして家出なんて?」
 部屋の隅に転がっているバッグに目をやりながら、みなもが尋ねる。
「両親が……いつもいつも、勉強しろって口うるさくて……だから、廃墟オフのメールが来た時、好都合だって思いました。少し心配させてやろうって。でも、ずっと家出するつもりなんてなかったんです。数日したら、帰るつもりで……」
「でも、君をかくまってくれたこの部屋の持ち主が、いつまでたっても帰ってこなかった、というわけか」
 黎の言葉に頷く和馬。
 そして次の瞬間、黎から告げられた非情な言葉に、和馬は言葉を失った。
「残念だが、彼はもう二度と、ここには戻ってこない」
 水城正孝。それがこの部屋の主の名。
 和馬の友人であり、藍原優子とつい最近まで交際していた少年の名。
 そして、あの廃病院の一室で、ひっそりと孤独に息絶えていた少年の名だった。
「そんな……そんな、どうして……」
 信じられない、と言った表情の和馬に、匡乃が沈痛な面持ちで告げた。
「彼が命を絶った詳しい事情はわかりません。ですから、これはあくまで想像ですが――付き合っていた藍原優子さんとの交際がだめになって、正孝さんは相当悔しかったのではないでしょうか? そこで彼女の名を騙って、彼女が運営していたサイトの常連たちにメールを送り――そして彼女へのあてつけに、あの場所で自殺してみせた。破れた恋にそうやって、身をもって復讐したのかもしれません」

 数日後。
 廃病院で人知れず命を絶っていた少年のニュースは、テレビにも取り上げられ、しばらくの間世間の話題となった。
 無論、その少年と親しかった二人の少年と少女のことについては、報道で伏せられてはいたが、少年の自殺の動機については、その後の調べで匡乃が推理した通りだったことがほぼ判明した。
 だが、不可解なことは、まだひとつ残っていた。
 司法解剖の結果、水城正孝の死亡推定時刻は28日の深夜未明。すなわち、YuUの名を騙って、『破滅館紀行』の常連たちにメールを送っていたその後には、死亡していたことになる。
 ……だとすれば、30日の夜、村田和馬を自室へと匿った『水城正孝』は誰だったのか。

 全ては、荒れ果てた敷地の中に今も不気味な姿を晒す廃病院跡の、昏く禍禍しい闇の中に眠るばかりであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号/  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業
 1466 / 武田・隆之  / 男性 / 35 / カメラマン
 1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生
 1561 / 黎・迅胤   / 男性 / 31 / 危険便利屋
 1537 / 綾和泉・匡乃 / 男性 / 27 / 予備校講師

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■         ライター通信          ■
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 たおです、この度はご発注真にありがとうございました!(≧∇≦)/
 そして、長いことお待たせしてしまいまして申し訳ありません(><。
 本当に何度書いても納得のいく形にならなくて苦しかったです。
 水準以上のクオリティの作品を、ちゃんと決められた期限内に書き上げてこそのプロなんですが……(耳の痛い言葉……)本当に、反省、反省です(><。
 それでは、各参加キャラクターさん達のプレイングについてのコメントを。

■武田・隆之 様

 この度はたおの調査依頼にご参加くださいまして、ありがとうございました^^
 僕は筋肉むきむきの豪快な兄貴(おじさん含む)キャラが三度の飯よりも大好きなので(笑)、楽しんで書かせていただきました。
 『東京怪談』には珍しく、結構普通な(?)人なので、活躍させる機会がなかなか作りづらかったのが残念です。本当はカメラですぐに心霊写真を写してしまう、って能力をもう少し活かしたシチュエーションを出したかったのですが……(><。

■海原・みなも 様

 前回から引き続いてのご参加、ありがとうございます^^
 たおの調査依頼には、ほとんど必ず海原家の三姉妹の誰かが参加してくださってるような感じですね。本当に感謝感謝です(≧∇≦)/
 今回のみなもちゃんは結構物語の牽引役としても、後半の霊とのバトルにしても、かなり重要な役割を担っていただいたような感じがします。霊水のペットボトルが切れてしまい、代わりに隆之アニキの持っていたミネラルウォーターを代用に使う……というようなシーンも考えていたのですが、そこまで書ききれず。残念(><。←こんなんばっかりですな。

■黎・迅胤 様

 名前を変換するのが凄く難しい黎さんですが(笑)、キャラ的にすっごい好きですよ! 今回のメンバーの中では、最も理知的で、しっかり者のリーダー的存在だったのではないでしょうか。ストーリーの牽引役として重要な役割を担っていただきました。
 全てのデータを自分に記録してしまう『神の頭脳』という能力、すごく便利ですよねー。書き手としても説明役として重宝させていただきました(笑)。

■綾和泉・匡乃 様

 綾和泉さんは最初、藍原優子が通ってる予備校の講師という設定で深くNPCと絡んでるはずだったんですけど、それだと書いていただいたプレイングに反して、事情を深く知りすぎちゃうことになるので、なくなくリテイクして現在の形になりました。
 退魔能力の描写に関しては、かなり悩みながら書いたのですが、どうだったでしょうか? ちょっとあっさり目すぎたかなあ、と反省したりして。
 表面上は鉄壁の猫かぶりだけど、親しい人の前ではかなりの気まぐれ屋、という面とか、もっと活かしてあげたかったですね。そこは次の機会に是非!(笑)


 今後も、より一層頑張りますので、どうかよろしくお願いします(≧∇≦)/
 ご意見、ご要望、ご不満などありましたら、是非聞かせてやってくださいね。
 またのご参加をお待ちしております!ヾ(≧∀≦)〃