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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バトル・ノイズ!

□■オープニング■□

 インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
 そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
 そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。


あの……  投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 10:35

 ここで書いていいかわからないんですが、一応。
 友だちに渡そうと思って床に置いたアイテムを、
 知らない人に盗られちゃいました。
 これってサポートの人に言ったら返してもらえるんですか?
 それとも諦めるしかないんでしょうか……。


ルートか  投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 11:28

 このゲーム、トレード機能がないから渡す時どうしても床に
 置かなきゃならないんだよね。
 他のゲームなら置いた奴が悪いなんて言われかねないけど、
 ノイズはなぁ。
 人が大勢いる所でやってたわけじゃないんでしょ?
 誰に盗られたのか言ってみたら?
 そいつが見てたら返してくれるかもよ(笑)。


そうですか 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 12:44

 もちろん、人目につかない所でやってましたよ。
 そしたら急にその人が出てきて持って行っちゃったんです。
 名前は確かエドとかいう人。
 レベル高そうな人でした……。
 見てたら返してくださーい(−人−)
 初めて取ってきた指揮棒なんです……。


ちょい待ち 投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 13:13

 本当にカタカナで2文字の『エド』だったの?
 エドはそんなことする人じゃないんだけどな。
 そもそも指揮棒くらい簡単に自分で取ってこれるレベルの奴
 だよ(笑)。
 見間違いじゃない?


合ってます 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 13:54

 一緒にいた友だちにも確認してみました。
 やっぱりエドさんです。
 返してー(/_;)



□■視点⇒海原・みなも(うなばら・みなも)■□

 その書きこみを見た時、あたしはとても驚いた。
(エドって……あのエドさん?)
 心理テストダンジョンの謎を探っていた時、協力してくれたあのエドさんなんだろうか。
 あたしはエドさんと隼さん――瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)さんの会話を見ていただけだけれど、とてもそんなことをするような人には見えなかった。陽気で明るく、どちらかと言えば正義感の強いタイプの人に見えたんだけど……。
(ちょっと調べてみようかな)
 あたしも『ノイズ』で遊んでいる以上、人事ではない。もしかしたらあたしだって同じ目に遭うかもしれないのだ。調べておいて損はない。
 あたしはまず、理由を考えてみた。BBSを見ると、どうやら"エドさんが盗った"という事実は確実なようだから、"何故"を考えようと思ったのだ。
(考えられる理由は、4つね)
 1つ目は、その指揮棒が他の物とは違う特殊アイテムだったから。
 2つ目は、純一さんの指揮棒だから盗った。
 3つ目は、純一さんが渡そうとした相手に渡したくなかった。
 4つ目は……話題や噂になりたかっただけなので誰のでもよかった。
 それぞれを細かく考えていく。
(まず1に関して)
 あたしは指揮棒というアイテムの存在を知ってはいたけれど、どんな効果なのかは知らない。指揮棒というアイテム自体が特殊なのかは誰かに訊かなければわからないし、それともその指揮棒だけが特殊だったのかも本人に訊いてみなければわからない。
 次は2。
 純一さんの物だから盗ったということは、エドさんが純一さんを個人的に恨んでいるということになる。でも純一さんはエドさんを知らないようだったから……これはエドさん本人に確認してみるしかない。
 次は3。
 純一さんが渡そうとした相手が誰なのかは、BBSに書かれてはいなかった。けれどその相手がエドさんを知っているようにもとれる内容だったから、その相手の方がエドさんに恨まれているという可能性は十分にある。
 最後に4。
 エドさん本人が自覚しているかどうかは知らないけれど、エドさんはもともと有名な人のようだ。わざわざ評判を落とすようなことをしてまでさらに有名になりたいなんて考えるか……というと、可能性は低いように思うけれど……。
(――やっぱり)
 会ってみるしかないかな? できれば両方と。
 心を決めて、あたしはヘッドフォンを装着した。『ノイズ』は既に起動させてある。アカウントとパスワードを打ちこんで――ログイン。



 センターに現れたあたしのキャラは、あたしの名前と同じみなもだ。中央から少し移動した位置にとまり、オプション画面を開く。プロフィール欄を書き換えるためだ。
(隼さんの方法を借りちゃお)
 あたしもキャラを見かけるとポイントしてしまう癖があるから、その効果はよくわかっている。プロフィール欄にそれを書いておくと、ある意味歩く広告塔となるのだ。
『純一さんとエドさんを捜しています。見かけた方は情報下さい』
 いつもの挨拶を消して、そう打ちこんだ。それから人の多そうな宿屋や酒場へ行ってみる。
(本当は)
 パーソナルチャットで話しかけるのがいちばん早いのだということをあたしは知っている。相手がログインしてさえいれば、すぐに連絡が取れるのだから。
 ただ……
(いきなりパソチャっていうのも、マナー違反のような気がするんだよね)
 初めて会う人に、突然デートを申しこむようなものだ。少なくとも、あたしにはできない。それはメールとて同じことだ。
 プロフィール欄を変えたまましばらくウロウロしていると、やがて宿屋で女性キャラに声をかけられた。
『こんにちは。純一なら俺の知り合いだよ。呼んであげようか?』
 和己というそのキャラの言葉に、1も2もなくあたしは飛びつく。
『こんにちは! ぜひお願いできますか?』
『OK。じゃあセンターで』
『はいっ』
 あたしが返事をすると、そのキャラは目の前でログアウトした。少しの距離でも移動が面倒な人はログアウトでセンターへ移動するのだ。
 あたしは逆にログアウトの方が面倒なタイプなので、急いでセンターへと走った。実際さほど遠くない。
 当然和己さんは先に着いていて、『おかえり』と打ってきた。礼儀として『ただいま』と返す。
『純一とエドを捜してるってことは、あのBBSの内容のこと?』
 純一さんを待つ間、そんなふうに和己さんが話しかけてきた。あたしは正直に答える。
『ええ、そうです。ちょっと気になって……』
『エドと知り合いなの?』
『いえ、知り合いというわけじゃないです』
 あたしはエドさんを知っているけれど、向こうはあたしを知らないだろう。だから知り"合い"ではない。
 すると和己さんが、意外なことを言った。
『なら言うけど、あれは本当にエドだったよ。俺は見たの2度目だったからわかるし、プロフィール欄もちゃんと確認してた』
『! もしかして――純一さんが指揮棒を渡そうとしていた相手って……』
『そ。俺のこと』
 そこまで話し終わったところで、キャラ登場エフェクトと共に純一さんが現れた。純一さんもすぐにこちらに気づいて、近寄ってくる。
『お待たせです〜』
 あたしは挨拶で返した。
『こんにちは。初めましてなのにいきなり呼び出してしまってすみません(>_<)』
『いえいえ、全然いいですよ。あのことに興味を持ってもらえるのは私も嬉しいですし^^』
 純一さんの話し方に違和感を覚えたあたしは、その理由にすぐ気づいた。
(話し方が逆なんだわ)
 女性キャラの和己さんと男性キャラの純一さん。もしかしたらリアルの性別は逆なのかもしれない。
『で、何を話しましょうか?』
 純一さんの振りに、あたしより先に和己さんのログが流れた。あたしの手がとまる。
『盗ったのは確かに"エド"だったってのは、もう話したよ』
 あたしは途中まで打ちこんでいた言葉を消して、最初から打ち直した。
『ええ。あたしもそれは疑っていません。だからその理由を探しているんです』
『理由?』『理由?』
 同時にログが流れた。
『かぶった(/o\*)』『かぶったね』
 また同時。
 どうやらとことん気が合う2人のようだ。
『(笑)』
 あたしはそう笑ってから。
『エドさんが一方的に純一さんや和己さんを恨んでいるとか、考えたんですけど』
『他の人からも訊かれましたが、私エドさんと会ったのはあれが初めてでしたからね……。恨まれる憶えがないんですよ』
 と純一さん。
『俺も、見たのは2回目と言っても、前回見たのは闘技場でチラって感じだったからな。会話をしたワケじゃないし……もし本当に恨まれてるとしたら、その理由がわからない』
『そうですか……』
 期待していたわけではないけど、やはり少しがっかりした。
(理由なんてないのかな?)
 だったらなおさら悪質だけれど。
 無言の空間を埋めるように、和己さんのログが流れる。
『それにしてもあの人、指揮棒なんか盗ってどうするつもりなんだろうな』
『まったくです。初心者くらいしか使わないのに……』
『! そうなんですか?』
 2人の会話を聞いて、あたしはまだ指揮棒について訊いていないことを思い出した。
『指揮棒は曲の速さを調節するアイテムですからね。初心者が最初にあの戦闘に慣れるまで、テンポをめちゃめちゃ遅くして練習するんですよ』
『廃人たちはあれでわざと曲のテンポを上げて、誰がいちばん最後まで残るか競ったりするらしいけどね』
 でもきっと、そんな人たちならなおさら簡単に指揮棒を手に入れることができるんだろう。盗んでまで手に入れる必要はないはずだ。
(じゃあ……)
 あたしは最後の可能性を質問する。
『純一さんが取ってきた指揮棒が、他の指揮棒と違っていたという可能性はありませんか?』
『うーん……どうでしょうね。どちらかと言えば、あれはハズレの指揮棒でしたよ。耐久が最初から半分減ってましたからね(笑)』
『まぁ拾ってみなければそれはわからないわけだけど。付加価値のある指揮棒なんて聞いたことないからなぁ』
 どうやら最後の可能性も否定されたようだ。
(あとは……本人に訊いてみるしかないみたいね)
『――わかりました。お話を聞かせて下さって、ありがとうございました_(_^_)_』
『いえいえこちらこそ。もし何かわかったら、教えて下さいね。パソチャでもメールでも構いませんから^^』
『了解です!』
『じゃあ私先に失礼します〜。またです♪』
 純一さんが宿屋の方へ向かって走っていった。残った和己さんも。
『俺も行くよ。またな』
 と少し走り出してから、何故かまた戻ってくる。
『――もしエドに会いたいなら、闘技場に行ってみるといい。何かわかったら、俺にも教えてくれよ』
『! はいっ、ありがとうございます(>_<)』
『じゃあまた』
 今度こそ純一さんと同じ方向へ走っていった。
(闘技場かぁ)
 そういえばエドさんは、デュエルが好きなようだった。なにせ隼さんとの交換条件にデュエル大会への参加を挙げていたくらいだし……。
(明日行ってみようかな)
 残念ながら、今日はそろそろ帰らなければならない時間だった。とりあえず純一さんと和己さんに会えただけでもよしとしよう。
 『ノイズ』を落として、ヘッドフォンを外した。パソコンの電源を落として、今日のゴーストネットをあとにする。
(明日には)
 違う世界が待っている。
 そんなふうに感じたあたしは――間違っていなかった。

     ★

 翌日。
 学校を終えたあたしはゴーストネットに直行して、『ノイズ』の闘技場へと足を運んでいた。
(エドさん来るかなぁ)
 闘技場に入ってくる人がわかるように、入り口近くに陣取る。ただ待っているだけでは暇なので、知らない人のデュエルを観戦したりしていた。
 ――と。ゲーム内のメール受信音が鳴る。lirva(リルバ)――光月・羽澄(こうづき・はずみ)さんからだった。
『こんにちは。突然だけど、BBSのエドというキャラのルート騒ぎは知ってる? 璃瑠花ちゃんが、それはエドが実験台にされたせいじゃないかと言ってるわ。言われてみると確かに怪しいのよ。それでエドに会って確かめたいと思っているから、エドを見かけたら連絡をちょうだいね』
(――え?!)
 その内容に、あたしはただただ驚く。けれどどうしようもないほど納得もできた。
(理由がないはずだわ)
 それはエドさんの意思ではなかったのだから。
 純一さんと和己さんの話を聞いているあたしには、余計そう思えた。
 すぐに返信する。
『こんにちは羽澄さん。エドさんの話、凄く驚いてます。でも確かにそう考えると、辻褄が合いますよね。あたし今闘技場にいるんですけど、よかったらこっちに来てくれませんか?』
 数分と経たず、『すぐ行く』というメールが返ってきた。
 あたしはそのまま入り口の近くで羽澄さんを待つ。するとメールどおり、羽澄さんはすぐに現れた。闘技場自体タウンの中にあるのだから、当然といえば当然なのだけれど。
『こんにちは』
『こんにちはです^^』
 改めて挨拶を交わすと、羽澄さんからパーティーの申請が来た。あたしはすぐに『OK』をクリックする。
 闘技場にはもちろん他のキャラもたくさんいる。そして同じ画面内にいるキャラ全員にログが流れてしまうため、ノーマルチャットでは内緒話なんかできない。こんな時は、パーティーを組んでパーティーチャットを使うのが一般的なのだ。
『みなもちゃんも、闘技場なんて来るんだ?』
 羽澄さんの問いに、あたしもパーティーチャットに切り替えてから答えた。
『色んな曲が聴けますから、見学には来ますけど……自分でやるのは苦手ですね』
 それから昨日の出来事を切り出す。
(あたしが闘技場にいる本当の理由)
『実はあたし、昨日純一さんに会ってみたんです』
『純一? ――ああ、"被害者"の方ね』
『ええ。エドさんがああいうことするような人には見えなかったから、気になって』
『あら、みなもちゃんもエドと会ったことがあるの?』
『いえ、エドさんと隼さんの会話を見ていたんです。凄くひょうきんで、根は善い人のように思えました』
『なるほどね』
 羽澄さんは一度切ってから。
『それで?』
『指揮棒を盗ったキャラがエドさんであることは、あのスレッドを見る限りでは疑えませんよね? だから"理由"に心当たりがないか訊いてみたんです』
 「理由?」と問われることを覚悟して間をおいたけれど、羽澄さんはしっかりと理解してくれたようだ。
 安心して、あたしは先を続ける。
『純一さんも、純一さんがアイテムを渡そうとした相手の和己さんも、エドさんと全然接したことがなくって。もし本当に恨まれているとしたら、その理由はわからないって言っていました。そしてその和己さんが、あたしに教えてくれたんです。エドさんに会いたいなら闘技場に行ってみればいいって。エドさん、よくここに来るみたいなんですよ。隼さんともデュエルの約束してましたから』
 だからあたしは羽澄さんをここに呼んだ。ここにいればきっと、エドさんに会える確率が高いから。
 羽澄さんは納得したように沈黙した。
 そして次に羽澄さんが発言したのは。
『隼くんからパソチャが来たわ』
 おそらく隼さんにも同じ内容のメールを送っていたんだろう。
 間もなく闘技場へやってきた隼さんは、すぐにあたしたちに気づいて近寄ってきた。そして当たり前のようにパーティーに入る。
『エドならそのうち来るぞ。俺昨日エドから話聞いたんだ』
 隼さんの第一声(第一ログ?)は、あたしたちを驚かせるには十分な内容だった。
『ここで待ち合わせをしているんですか?』
『BBSのことで何か言ってた?』
 同時に流れたログに、画面の前の隼さんはきっと苦笑していることだろう。
『待ち合わせはしていない。――エドはNファクトリー内部に知り合いがいるらしくてな。高レベルなキャラが闘技場に現れると、その情報がエドに行くようになってるんだとさ』
『! それでエドが現れるって……?』
『現に昨日ここで会った。Nファクトリーの知り合いについては、詳しく訊き出す前に落ちちまったがな』
『Nファクトリー内に知り合い……それって、璃瑠花さんの予想が正しいことを証明してるみたいですね……』
 あたしはそう打ちこんだ。
(何故エドさんがいち早く実験台にされたのか)
 少なくともあたしたちにはまだ、何の変化もないのに。
 その理由が内部に知り合いがいるからだとすれば、納得できる。つまり100%他人を相手にするより、少しでも知っている人物を相手にした方が、変化がわかり易いからだ。
『さらにもう1つ、証明できるモンがあるぞ』
 隼さんの発言に、ドキリとする。
『エドは盗んだ憶えはないと言っていた。だがエドのアイテム欄には確かに、"手に入れた憶えのない指揮棒"が存在していたらしい』
『?!』
 それはまるで同じだった。
(あの心理テストのダンジョンの時)
 手にしたアイテムはその場で使う消耗品だったから、手元には何も残らなかったけれど。今回は違うのだ。
(エドさんが何も憶えていなくても、その指揮棒がどうしようもなく真実を示している)
『エドさん……大丈夫かしら』
 どんなふうにそれが行われたのか想像できなくて、あたしは心配になった。
『一時的な憎しみでも、植え付けられたのかねぇ』
 隼さんが予想する。
(もしそうだとしたら……)
 ゲームの中だからまだいいんだ。これがリアルだったらどうなる? エドさんがどんな行動を取るのか……考えたくもない。
『――お、来たぜ』
 あたしたちの間に緊張が走った。今日は3人で個室にいるわけじゃないけれど、それでも空気は伝わってくる。
 痛いほど張りつめた――
『あれ? またファルクか。お前が2日連続でここ来るなんてどうしたんだぁ? そんなにオレとデートしたいのか?w』
 その張りつめた空気は、一瞬にして消え去ってしまった。エドさんがあまりにも"相変わらず"だったから。
『しかも両手に花ときたもんだ(笑)。1人オレの方入って、パーティーデュエルでもするか?』
 エドが誘う。闘技場にいるのだから、デュエルをしに来ていると思われて当然だった。
(どうするのかな?)
 と2人のキャラを見るけれど、これはゲームだ。表情なんてわかるはずがない。
『OK。私がそっちに行くわ』
 どうやらやるようで、羽澄さんは一度パーティーを解散させた。今度は隼さんから申請がくる。あたしはすぐに『OK』をクリック。
『デュエルなんてするつもりなかったろ。大丈夫か?』
 隼さんがパーティーチャットで話しかけてきた。私もパーティーチャットで返す。
『ええ、でも、1対1じゃなければ結構楽しそうだなって思いますから。ちょっと待って下さいね、一応持ってる中でいい装備に変更しますから』
『ああ』
 告げたことは本心だった。
 1対1では力がすべてだけれど、パーティーデュエルはチームワークの要素が加わる。パーティーで戦術なんかを話し合いながら戦うのは、面白そうだなーと素直に思うのだ。
『準備できました!』
『OK。エドは呪術師経由の魔道士だ。だが正直攻撃音階より呪術音階の方が怖い。それさえ防げれば力は俺の方が上なはずだ』
『ふむふむ』
『あんたは収集士だったな。使えそうなノイズはあるか?』
『種類の多さには自信がありますけど……』
 何せ気に入ったノイズを片っ端から捕まえているのだ。ただ"使えそう"かどうかは、あたしには判断できない。
『転調士と呪術師のコンビはある意味最強だ。勝つにはかなりの運が要求される。俺が合図したら、ノイズを放てるだけ放ってくれ』
『わかりました』
 こっちの作戦は決まった。
 急かすように、隼さんが声をかける。
『準備いいか? さっさとやろうぜ』
 エドさんがそれに応え。
『おうよ。行くぞ』
 ――デュエルが始まった。
 デュエルでは、創曲士がいない場合は自動で曲が選択されて流れるらしい。あたしは観戦専門なので詳しくは知らない。
 今回流れてきた曲は、メトロノーム150くらいの比較的早いテンポの曲だった。
(うーん、隼さんの合図にタイミングが取りづらそうだなぁ……)
 とりあえずはいつもの戦闘と同じように、和音を重ねてノイズを消してゆく。
『いつ勝負にくる?』
 時を読むように、隼さんのログが流れる。もちろんパーティーチャットだ。
(――!)
 やがて唐突に転調した。羽澄さんが転調音階を奏でたのだ。
『準備!』
 鋭く声をかけられた気になって、あたしはノイズを放つ準備をする。できるだけ多く。
『! しまった』
 だけどそれを放つことは叶わなかった。いえ、放とうとはしているけれど、キャラが混乱しているためにうまくいかないのだ。
『深読みしすぎたな……。てっきり転調後のこっちの一発を待ってから来ると思ったのに』
 他の職なら、たまにデュエル観戦に来ているあたしなりの戦略を立てられただろう。でも呪術を持っているキャラには滅多にお目にかかれないのだ。だから隼さんがどういうふうに裏をかかれたのかも、よくわからない。
『混乱きついですね(>_<)』
 当然あたしにも、どうすることもできなかった。Mポイントはどんどん減っていき、最後には画面がブラックアウトする。そして元の画面に戻り、デュエルポイントが引かれたことを知らせるウィンドウが開いた。
 勝てば増え、負ければ減るデュエルポイントは、デュエルランキングに関係している。
『あ〜〜くそっ。うまくやられたなぁ』
 隼さんが悔しそうにログを流した。今度はノーマルチャットでだ。
『あ、あたし混乱なんてしたの初めてですっ。こんなふうになっちゃうんですねー』
 続いてあたしも感想を述べる。
 混乱攻撃をすると言われる敵と何度か戦ったことはあるけれど、実際に混乱させられたことはなかったのだった。
『ふっふっふ。チームワークの勝利だな』
 対照的に、エドさんの嬉しそうなログが流れる。と、エドさんがパーティーを解散させたことを悟った隼さんが、早速新しい申請を出したようだ。
『お? 何だ?』
『いいから入れ』
 不思議そうな様子のエドさんを無理やりパーティーに入れ、当然羽澄さんも入って、あたしたちは少しその場から離れた。デュエルをやっている最中に、観戦しようと人が集まってきていたからだ(観戦したいキャラに近づいて観戦ボタンをクリックすると観戦できる仕組みになっている)。
『何だよ? いきなり付き合って下さいなんて言うんじゃないだろうな?w』
 明らかに内緒話をしようという雰囲気のあたしたちに、エドさんがそんなことを言った。どうしてもシリアスにはなれないようだ。
『違うから安心しろw』
 さすがに隼さんはそんなエドさんの扱いに慣れている。
『――失礼を承知で訊くわ。キミはNファクトリーの人たちとどういう繋がりがあるの?』
 ログを流したのは、しかし隼さんではなく羽澄さんだった。
『! ……ファルクが喋ったのか?』
『悪ぃな。俺たちは同じことを調べているんだ。情報を共有しなきゃ効率が悪ぃんだよ』
『もしかして幽霊騒ぎとか前のダンジョンの時も、このギャルたちと協力してたんかい?w』
(ギャル……)
 まさか自分がそんなふうに表現される日がくるとは思わなかった。羽澄さんもきっと苦笑していることだろう。
『まぁな』
『くぅ〜〜ずりぃなぁ。オレも仲間に入れてくれよ。何調べてるかしらねぇけど』
『どうして仲間に入りたいんですか?』
(何をしているかもわからずに)
 仲間に入りたがるなんて変だわ。
 そう思ったあたしは直球を投げた。そのボールは微妙な場所に打ち返される。
『そりゃあだって、ファルクはネカマが嫌いそうだからな(笑)』
『――は?!』
『たとえリアルで会わなくても、一緒に行動するならキャラだけじゃなく中身もギャルの方が華やかじゃないか! プレイヤーはやっぱり断然男の方が多いしな』
『…………』
『…………』
『…………』
 予想以上に不純な理由だった。
『あ〜なんだよ3人してw 感じ悪いなぁ。仲間に入れてくれたら何でも喋るって言ってるだろーがっ』
『! 本当か?』
『オレが今まで嘘ついたことあるのかよ?(ニヤソ)』
 隼さんは少し間をおいてから。
『――……不本意ながら、ないな』
『だろー? しかもファルクたちが闘技場でわざわざオレを待ってたんなら、訊かずには帰れないよな?』
(! 気づいてたんだ……)
 あたしたちが待っていたこと。
 おそらくリアルで一緒にいたなら、皆と顔を見合わせていた場面だろう。けれど答えは話し合わずとも決まっていた。
(エドさん本人以外に)
 繋がるものは何もないのだ。ここは仲間に引き入れてでも、頼るしかない。
 代表して、羽澄さんが打ちこむ。
『――OK、エド。あとからすべて話すわ。だから先に聞かせてちょうだい。あなたはNファクトリーとどんな関係にあるの?』
『ふっふっふ。聞いて驚くな。なんとオレの親父がNファクトリーのメンバーなんだ』
『え?!』
『何……?』
『ホントですか?!』
 一度にログが流れた。
(まさか……自分の子供まで実験台に?!)
 信じられない……。
 けれどエドさんの言葉は、まだ終わっていなかった。
『そんなに驚いてくれて嬉しいが、実は"元"がつくんだよなぁw』
『元メンバー?』
(それって……!)
『――エド。どうしても嫌なら答えなくてもいいが……お前のリアル苗字って?』
『なんだよ、そこまで訊くのか?(笑) 別にかまわねぇけどさ。遠藤だよ、遠藤! だから略して"エド"ってわけ』
(違う……)
 偶然はそこまで重ならない。
 きっとエドさんは、藤堂さんよりもずっと以前に辞めた人の息子なのだろう。
 ――しかし。
『実は"元"がつくものは、もう1つあるんだぜ』
『え?』
 偶然の矢は放たれた。
『そいつオレの"元"親父。オレがまだ小さい頃に別れたのさ。その頃のオレの苗字は藤堂だった』
 逆の方向へ放たれ、反射して戻ってきた。
("運命"という2文字に反射して?)
『オレは藤の字から離れられないらしいなw』
 そんなエドさんのログなど、目に入らない。
(エドさんが藤堂さんの子供……)
 そして次に浮かぶ疑問。
(これは本当に、偶然なの――?)



 当然エドさんには本当のことなど話せず、あたしたちはなんとかごまかしてログアウトした。
 その翌日。
 事態はさらなる急展開を見せることになる。
「――! 親父?!」
 その声がした時、あたしはちょうど『ノイズ』を始めようとしていた時で、まだヘッドフォンをつけていなかった。
 声と同時にガタンと椅子の倒れる音がして、あたしはそちらに顔を向けた。見ると、同じ歳くらいの男の子が立ち上がっている。
 そしてその視線の先にあった顔に、あたしは釘付けとなった。
(?! 藤堂……さん?)
 隣には御影・璃瑠花(みかげ・るりか)さんがいる。間違いないようだ。しかも辺りを見渡すと、隼さんや羽澄さん、羽柴・戒那(はしば・かいな)さんも立ち上がってそちらを見ていた。
「文和(ふみかず)!」
 藤堂さんはゆっくりと文和さん(エドさんの本名だ)に近づいていくと、最後には文和さんを抱きしめる。
「本当に親父なのか……? 今までどこに行ってたんだよ?! 会社の秘密ぬす――うぐっ」
 こんな公共の場で、真実ではないにしても物騒なことを言わせるわけにはいかない。文和さんの近くにいた隼さんが、後ろから文和さんの口を抑えた。
「その話はこっちで!」
 そしてそのまま奥の個室へと引きずっていく。当然藤堂さんも引きずられることとなり(!)、あたしたちは笑いながらそのあとについていった。
 いつもの個室に入り、思い思いの席につく。
 隼さんが文和さんの口から手を外すと。
「うぐぐぐ……ぷは〜〜〜。あー苦しかった。何なんだよあんた! いきなりオレの口塞ぎやがって!」
「文和! 言葉遣いが悪いぞ」
「うぐっ」
 さすがに父親には頭が上がらないようだ。
「だって……ホントにどこ行ってたんだよぉ。オレ心配してたんだからなぁー。母さんは放っておけなんて言うし、Nファクトリーの人たちは親父のこと犯罪者扱いだし……」
「文和……」
 藤堂さんはもう一度、文和さんを抱きしめた。
(それでも文和さんは、信じていたんだわ)
 そうでなければ、『ノイズ』なんてとっくにやめていただろう。こうして『ノイズ』を続けて藤堂さんの帰りを待っていたことが、すべてを証明している。
「――ホントにこいつがエドなのか?」
 その感動の父子再開を目の前にして、隼さんがそう呟いた。それにはあたしもまったく同意で。
「あたしもちょっと……信じられないです」
 そう続ける。
(エドさんとのギャップが凄すぎるわ)
 イメージ的には確実に高校生以上だったのに。
「何だよあんたたち。オレを知ってるのか?」
「あー知ってるとも。お前がこの2人をナンパするところ、しっかりと見てたからな」
 からかうように、隼さんはあたしと羽澄さんを指差して言った。当然文和さんは驚く。
「え? ……え?!」
「ナンパだと……? 文和、お前そんな歳で何を考えているんだ」
「知らないよオレ! 言いがかりだ〜」
 そんな2人の父子らしいやり取りに、あたしたちは笑っていた。
「おいお前! でたらめなこと言うなっ」
 キッと隼さんを睨み上げる懲りない文和さんに、隼さんも笑って。
「エドは意外と頭のいいヤツだったがなぁ。いい加減気づけ! 俺はファルクだ」
「あたしはみなもです」
「私はlirva」
 あたしたちも、ついでにキャラ紹介をした。
「ファルク?! ファルクってあのファルクか? パーティーデュエルでオレに負け――いてっ」
「1対1じゃ負ねーよっ」
「何すんだよ〜」
 軽く頭を叩かれた文和さんが、隼さんに仕返しをしようと飛びかかっている。けれど身長の関係上それはとても無理なようだった。
 今度はまるで兄弟のような2人の姿に、再び笑いがこみあげてくる。
(男の子同士の兄弟もいいなぁ)
 女同士とは違う楽しさがありそうで。
 ふと、そんな和んだ空気の中を。
「はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ大事な――儀式の時間だ」
 鋭い戒那さんの声がすり抜けた。一瞬にして部屋が静まり返る。
(それが)
 文和さんを元に戻すための、"儀式"の始まりだった。

     ★

「このまま、少し寝かせてあげた方がいい。少々睡眠不足のようにも見える。よほどあなたのことが心配だったのかもしれないな」
 文和さんの感情操作をゼロに戻し終えた戒那さんは、そう告げると藤堂さんを見た。
「文和は……?」
「もう大丈夫。けれど今後のことを考えるなら、"エド"はもう使わない方がいい」
「そうね。内側に入りこんでフラグを消したとしても、すでにNファクトリーの人たちと面識のある文和君では、何の意味もないわ」
 羽澄さんが付け足す。
「そうですか……わかりました。本当にありがとうございました」
 藤堂さんは戒那さんに深く頭を下げると、あたしたちの方も向いて。
「皆さん方も、ありがとうございました。おかげでこうして、息子を助けることができました」
 もう一度、頭を下げた。
 隼さんは少し照れたように。
「『ノイズ』を安全に遊ぶためだ。それにエドと、デュエル大会に出る約束してるしな」
 あたしは頷いて続ける。
「楽しみですね!」
(本当に)
 隼さんにはぜひ、リベンジしてもらわなくっちゃ。
「……ありがとう」
 あたしたちの言葉に、藤堂さんは笑顔で返した。とても、嬉しそうに。
 その後あたしたちは、藤堂さんの口からNファクトリーの本当の目的を知った。
 Nファクトリーはどうやら、大掛かりな詐欺をしようとしているらしい。
 その詐欺に必要なのが"音による感情操作"で、そのための実験を『ノイズ』内で行おうとしているようだ。
(そんなの……許せないわ)
 もともとそのために生まれた『ノイズ』とはいえ、そんな目的で使われることはやっぱり許せない。その先にあるものが犯罪だとわかればなおさらだ。
(絶対に、阻止してやるんだから!)
 藤堂さんがこちらの味方についた今。
 本当の戦いは、これからなのかもしれない。



 後日。
 隼さんと文和さんの2人は、約束どおりデュエル大会へと参加した。結果隼さんが見事にリベンジを成功させ、文和さんはそのデュエルを最後に"エド"というキャラを捨てることになる。
(それもすべて)
 これからも『ノイズ』で遊ぶためだ。
(今度レベル上げ連れて行ってあげようかな)
 こんなに『ノイズ』が好きな者同士だもの。きっともっと、仲良くなれるはずだよね?










                            (了)

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号/   PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 /  中学生   】
【 0072 / 瀬水月・隼  / 男  / 15 /
                高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 0121 / 羽柴・戒那  / 女  / 35 / 大学助教授  】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女  / 11 / お嬢様・モデル】



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          ライター通信          
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ご参加ありがとうございました_(._.)_ 『ノイズ』3作目のお届けです。
 今回はついに、藤堂さんの登場とあいなりました。大変お待たせいたしました(笑)。
 書き始める前は「これで終わるのかな?」と思ってこのタイトルにしたのですが、どうやらもう1本続きそうです。よろしければまたお付き合いくださいませ^^
 毎度のことながら、各視点により詳しい部分が違っていますので、あわせてお楽しみいただければさいわいです。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝