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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バトル・ノイズ!

□■オープニング■□

 インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
 そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
 そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。


あの……  投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 10:35

 ここで書いていいかわからないんですが、一応。
 友だちに渡そうと思って床に置いたアイテムを、
 知らない人に盗られちゃいました。
 これってサポートの人に言ったら返してもらえるんですか?
 それとも諦めるしかないんでしょうか……。


ルートか  投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 11:28

 このゲーム、トレード機能がないから渡す時どうしても床に
 置かなきゃならないんだよね。
 他のゲームなら置いた奴が悪いなんて言われかねないけど、
 ノイズはなぁ。
 人が大勢いる所でやってたわけじゃないんでしょ?
 誰に盗られたのか言ってみたら?
 そいつが見てたら返してくれるかもよ(笑)。


そうですか 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 12:44

 もちろん、人目につかない所でやってましたよ。
 そしたら急にその人が出てきて持って行っちゃったんです。
 名前は確かエドとかいう人。
 レベル高そうな人でした……。
 見てたら返してくださーい(−人−)
 初めて取ってきた指揮棒なんです……。


ちょい待ち 投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 13:13

 本当にカタカナで2文字の『エド』だったの?
 エドはそんなことする人じゃないんだけどな。
 そもそも指揮棒くらい簡単に自分で取ってこれるレベルの奴
 だよ(笑)。
 見間違いじゃない?


合ってます 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 13:54

 一緒にいた友だちにも確認してみました。
 やっぱりエドさんです。
 返してー(/_;)



□■視点⇒光月・羽澄(こうづき・はずみ)■□

(やっぱり)
 私がそのスレッドを最初に見た時、思った言葉がそれだった。
(やっぱり手癖悪いのが出てきたわね)
 オンラインゲームというものは、オフラインゲーム以上に"そういう"危険性を孕んでいる。
(ルートにチートにマクロ)
 何が問題かというと、オンラインであるがゆえに、他のプレイヤーに被害が及ぶことがあるという点だ。
(……まぁでも)
 ルートなんて可愛い方よね。だからと言って許せることではないけれど。
 そのままレスを見ていった。その目が途中でとまる。
(――エド?)
 どこかで耳にしたことのある名前だ。少し考えて、思い出した。
(そうだ)
 瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)が口にしていた名前だ。
 隼の知り合いであり、この秋成という人の書き方から見て、エドもずいぶんと高レベルなPCであるに違いない。
(それが何でまた、アイテムドロボー?)
 低レベルなPCをからかって遊んでいるのだろうか。だとしたらサイテーだわ。
 こういう問題はサポートに言ったところで、相手に注意をしてくれるかもしれないがアイテムを取り戻したりはしてくれない。遊ぶ人数がとんでもなく多い大規模なMMOになると、そういう苦情が多すぎて対応しきれていないのが現状だ。
 そういう意味で、小規模な『ノイズ』はまだマシと言えるけれど、実際サポートの人がどれくらい動いてくれるのかはわからない。何故ならこれまでにそういうことが問題になったことがないからだ。
(すぐバレるものね)
 誰が盗ったのかなんて、簡単にわかってしまう。しかもリアルまで。その時間ここにいた人物しかありえないからだ。
(わざわざ『ノイズ』でそんなことするなんて)
 自虐行為としか思えない。そして自虐行為なら1人でやればいい。誰にも迷惑をかけずにね。
(注意してやろうかしら)
 サポートはあてにならないし。
 私はそう考えた。
 でもメールで注意なんて大した効果ないと思うから、どうせならその現場を抑えてプレイヤーに直接注意したい。それならばさすがに考えを改めるだろう。
(ケンカは良くないけど)
 必要ならば仕方ない。
 さっそく『ノイズ』にログインしようと、ヘッドフォンをつけた私。だが『ノイズ』を起動させる前に、ポケットのケイタイがブルブルと震えた。
「!」
 ゴーストネットにいる時は大抵マナーモードにしてある。例外は個室に入っている時だけだ。
 開くと、電話ではなくメールだった。それも『胡弓堂』店長からの。
"急ぎの仕事が入った。すぐ帰れ"
(まるで電報みたい)
 父危篤、スグ帰レのノリだ。きっと打った店長も急いでいたんだろう。
 私はヘッドフォンを元の位置に戻して、パソコンの電源を切った。こっちはまだ急がない。明日またこよう。
 ――しかし。
 『胡弓堂』へと戻り一仕事終えた私にかかってきた電話は、否応なしに私たちを急かせることとなった。
『すまないが羽澄、『ノイズ』の例のメンバーに、エドを捜すよう知らせてくれないか』
 電話の主は戒那ちゃん――羽柴・戒那(はしば・かいな)だ。
「エドを?」
 戒那ちゃんもエドに興味を持っていたことに驚いた。
「ルート騒ぎと何か関係があるの? 私も捜して注意してやろうと思ってたけど……」
『実はな……』
 そうして戒那ちゃんから聞いたことは、私にとって目からウロコのような推理だった。
 エドが変わったのも盗んだのも、本当のエドの意思ではなく、感情操作された結果なのではないかと。
 そしてそれに気づいたのが璃瑠花――御影・璃瑠花(みかげ・るりか)であるということで、二重に驚いた。
「言われてみれば、おかしいわね……。わかったわ。皆にメール送っとく。特に隼くんには、エドのリアルのこと何か知らないか訊いてみるわ」
 もともとエドと接点があるのは、今のところ隼だけのはずだ。隼が知らなければ、私たちがなんとかするしかない。
『ああ、頼んだ。お互い接触できたら連絡するようにしよう』
「OK。じゃあまたね」
 通話終了。そして"ゲーム"の始まり。
(本当にNファクトリーは動き出したの?)
 だとしたら私たちの中の誰かにも、いずれそれが訪れるかもしれない。ここからは気を引きしめて進まなければ、私たちですら。
(実験材料にされてしまう)
 それだけはごめんだわ。
 ケイタイに充電器を差してから、私はベッドにダイブした。
(明日ゴーストネットに行ったら)
 まずは『ノイズ』にログインして、メールを打とう。それから――
 そうして明日の予定をあれこれと考えながら、私はゆっくりと眠りの海に落ちていった。

     ★

 翌日。
 学校を終えた私は予定どおりゴーストネットへ直行した。
 『ノイズ』を起動させ、ヘッドフォンをつけるのも忘れてメールを書き始める。
 内容はもちろん、エドのルートがNファクトリーによる実験の結果であるという可能性を伝えるもの。そして隼宛てのメールには、エドのリアルに関して何か知らないかという一文をそえて送った。
 するとすぐに、メール受信ランプが点灯する。そこで私はヘッドフォンを忘れていることに気づいた。音がしなかったからだ。
 メールを開くと、海原・みなも(うなばら・みなも)からだった。どうやらみなもは先に来ていたらしい。
『こんにちは羽澄さん。エドさんの話、凄く驚いてます。でも確かにそう考えると、辻褄が合いますよね。あたし今闘技場にいるんですけど、よかったらこっちに来てくれませんか?』
 その内容に『すぐ行く』と返信して、私は闘技場の方へとlirvaを走らせた。
(……と)
 途中銀行に寄って、もし対戦を申しこまれてもいいように準備だけはして行く。
 闘技場に着くと、入り口のすぐ脇にみなものキャラが見えた。きっと見つけやすいようにそこにいてくれたのだろう。闘技場は画面の4倍くらいの広さがあるので、奥にいると捜すのが大変なのだ。
『こんにちは』
『こんにちはです^^』
 改めて挨拶を交わしてから、私はみなもにパーティーの申請をした。闘技場にはもちろん他のキャラもたくさんいる。そして同じ画面内にいるキャラ全員にログが流れてしまうのだ。
 こんな時内緒話をするためには、パーティーを組んでしまうのがいちばんだ。当然みなももそれを心得ているようで、すぐに了承してくれた。
 パーティーチャットに切り替えてから、話し始める。
『みなもちゃんも、闘技場なんて来るんだ?』
 あまりデュエルが好きそうには見えなかったので、私はそう訊いてみた。
 すると。
『色んな曲が聴けますから、見学には来ますけど……自分でやるのは苦手ですね』
 みなもはそう答えてから。
『実はあたし、昨日純一さんに会ってみたんです』
『純一? ――ああ、"被害者"の方ね』
『ええ。エドさんがああいうことするような人には見えなかったから、気になって』
 その発言が、私は気になる。
『あら、みなもちゃんもエドと会ったことがあるの?』
『いえ、エドさんと隼さんの会話を見ていたんです。凄くひょうきんで、根は善い人のように思えました』
『なるほどね』
 理解した私は、先を促した。
『それで?』
『指揮棒を盗ったキャラがエドさんであることは、あのスレッドを見る限りでは疑えませんよね? だから"理由"に心当たりがないか訊いてみたんです』
(エドが純一の指揮棒を盗った理由……)
 実験のことを考えなければ、例えばエドが純一に恨みを持っていたとかそれくらいしか考えられない。
 私が口を挟まないことを察して、みなもが続けた。
『純一さんも、純一さんがアイテムを渡そうとした相手の和己さんも、エドさんと全然接したことがなくって。もし本当に恨まれているとしたら、その理由はわからないって言っていました。そしてその和己さんが、あたしに教えてくれたんです。エドさんに会いたいなら闘技場に行ってみればいいって。エドさん、よくここに来るみたいなんですよ』
 隼さんともデュエルの約束してましたから、とみなもは最後につけ加えた。
(エドはデュエル好き、というわけね)
 だからこそ私のメールを見たみなもは、私をここに呼んだのだ。エドに会う必要が、さらに増したから。
 ――と。
 不意にピコンという音が割りこんできた。だがこれは、メール受信音ではない。パーソナルチャットで誰かが話しかけてきた時の音だ。
 チャットウィンドウをパソチャに切り替えてみる。隼だった。
『おーい』
 パソチャは相手がログインしていないと送れないため、試しに1行送ってみたのだろう。
『お、よかった。まだいたか』
 私が見ている前で、もう1行増えた。
 私は一度パーティーチャットに戻し、みなもに隼が来たことを伝えてから、隼に言葉を返す。
『こんにちは。今みなもちゃんと闘技場にいるの。こっちに来てくれない?』
『わかった。俺も話したいことあるしな。今行く』
 短いチャットを終えて、またパーティーチャットに戻した。
 闘技場全体でも、徐々に人が増えてきていた。ちょうど学校が終わる時間帯だからだろうか。だとしたら、今いるメンバーはほとんどが学生ということになる。
(今エドが現れるとしたらエドも?)
 考えてみると、それはありえる話かもしれない。エドと隼は知り合いだった。そして隼は高校生だ。その隼とゴーストネットでの活動時間が合うということは、同じ学生である可能性は十分にある。
 間もなく闘技場へやってきた隼は、すぐに私たちに気づいて近寄ってきた。パーティー申請を出した瞬間に了承される。さすがに早い。
『エドならそのうち来るぞ。俺昨日エドから話聞いたんだ』
 隼の第一声(第一ログ?)は、私たちを驚かせるには十分な内容だった。
『ここで待ち合わせをしているんですか?』
『BBSのことで何か言ってた?』
 同時に流れたログに、画面の前の隼はきっと苦笑していることだろう。
『待ち合わせはしていない。――エドはNファクトリー内部に知り合いがいるらしくてな。高レベルなキャラが闘技場に現れると、その情報がエドに行くようになってるんだとさ』
『! それでエドが現れるって……?』
『現に昨日ここで会った。Nファクトリーの知り合いについては、詳しく訊き出す前に落ちちまったがな』
『Nファクトリー内に知り合い……それって、璃瑠花さんの予想が正しいことを証明してるみたいですね……』
(確かに)
 と、思わず画面に向かって頷いてしまった。
(何故エドがいち早く実験台にされたのか)
 少なくとも私たちにはまだ、何の変化もないのに。
 その理由が内部に知り合いがいるからだとすれば、納得できる。つまり100%他人を相手にするより、少しでも知っている人物を相手にした方が、変化がわかり易いからだ。
『さらにもう1つ、証明できるモンがあるぞ』
 隼の発言に、ドキリとする。
『エドは盗んだ憶えはないと言っていた。だがエドのアイテム欄には確かに、"手に入れた憶えのない指揮棒"が存在していたらしい』
『?!』
 それはまるで同じだった。
(あの心理テストのダンジョンの時)
 手にしたアイテムはその場で使う消耗品だったから、手元には何も残らなかったけれど。今回は違うのだ。
(エドが何も憶えていなくても、その指揮棒がどうしようもなく真実を示している)
『エドさん……大丈夫かしら』
 心配そうなみなものログが流れた。続いて隼。
『一時的な憎しみでも、植え付けられたのかねぇ』
 これがゲームの中だからまだいい。もしリアルでそんなことをされたら……エドがどんな行動を取るのか、想像するのも怖い。
『――お、来たぜ』
 私たちの間に緊張が走った。今日は3人で個室にいるわけじゃないけれど、それでも空気は伝わってくる。
 痛いほど張りつめた――
『あれ? またファルクか。お前が2日連続でここ来るなんてどうしたんだぁ? そんなにオレとデートしたいのか?w』
 その張りつめた空気は、一瞬にして消え去ってしまった。私は画面に頭をぶつけそうになる。
(エドって……こういうキャラなわけ?)
『しかも両手に花ときたもんだ(笑)。1人オレの方入って、パーティーデュエルでもするか?』
 闘技場にいるのだから、デュエルをしに来ていると思われて当然だった。デュエルを断って話だけ訊くのもどうかと思ったので、私はチャットをノーマルチャットに切り替えてから打ちこむ。
『OK。私がそっちに行くわ』
 一度パーティーを解散させると、すぐにエドから申請がきた。了承の『OK』をクリックする。
『職業は?』
 するとすぐにパーティーチャットで訊かれた。真剣勝負する気満々のようだ。
『転調士よ』
『オレは呪術士経由の魔道士だ。うまく転調してもらったところでオレの呪術が決まれば、さすがのファルクもすぐにはガードできまい』
 確かに、同じ音で相殺しなければ防げない呪術だから、それは有効な方法だろう。けれどエドの言葉には、他につっこむべきところがあった。
『待って。呪術士って確か、なるだけでも相当大変だったわよね? よりによってそれを"経由"しちゃったわけ?』
(勿体無い)
 それ以外の言葉は出ない。
 するとエドは豪快に笑って。
『わっはっは。だってなー、呪術だけじゃ攻撃力が足らないんだなこれが。呪術って何気にデュエル向きだし、そうなると通常の冒険で物足りなくなるわけよ』
 なるほどエドのキャラは、冒険もデュエルも最大限に楽しみたいというところから生まれたキャラなのだ。
『準備いいか? さっさとやろうぜ』
 隼の発言に、エドはノーマルチャットに戻して応える。
『おうよ。行くぞ』
 ――デュエルが始まった。
 デュエルでは、創曲士がいない場合は自動で曲が選択されて流れる。同じ曲が流れることはないそうで、デュエルマニアの間ではデュエル専用の自動作曲ソフトがあるのではないかという説が有力なようだった。
 今回流れてきた曲は、メトロノーム150くらいの比較的速いテンポの曲だ。エドの言った作戦には、ピッタリの速さ。
『カウントをとるぞ』
 デュエルの最中はもちろんパーティーチャットで、互いの意思の疎通をはかる。戦闘の腕だけでなく、その度合いも大きく勝敗に影響するのだ。
『3』
 向こうの攻撃音階を拾いながら、心の準備を作る。
『2』
 エドがカウントしながらとは思えないスピードで、私の分も返してくれる。
『1』
 おかげで私は余裕をもって転調の準備をすることができた。
『GO!』
 転調スキル発動! 同時にエドの呪術が向こうの2人に襲いかかる。
 そして受けとめきれずに、2人とも混乱に陥った。
『成功だ』
 キャラが混乱してしまうと、たとえ正確にキーを打っていてもそのとおり反映されるとは限らない。結果半分くらいは音を取り落としてしまうことになるのだ。
 隼は必死にキュアを唱えようとしているようだけれど、混乱のせいでうまくいかないようだった。
 相手のMポイントがどのくらい残っているのかは見えないけれど、徐々に減っているのは確かなようで。やがて画面はブラックアウトして戦闘画面から抜けた。デュエルポイントが加算されたことを知らせるウィンドウが開いている。
 ――そう、このゲーム、音楽以外の部分はとことん地味にできているのだった。まぁ戦っている本人たちには勝敗なんて丸わかりなのだから、『You Win』なんて表示する必要はないのだけれど……地味なものは地味だ。
(音楽以外の部分にも力を入れてもらえれば)
 もっとプレイヤーが増えるのになぁ。そんなふうに思ってしまう。
『あ〜〜くそっ。うまくやられたなぁ』
 悔しそうな隼のログが流れた。
『あ、あたし混乱なんてしたの初めてですっ。こんなふうになっちゃうんですねー』
 混乱攻撃をしてくる敵はある程度上級のダンジョンに行かなければ出てこない。また上級者と行くと敵がそれを使う前に倒してしまうので、こちらが混乱するということは少ないのだった。
(実は私も混乱したことないのよね……)
 じゃあ試してみる? と言われそうなので言わないけれど。
『ふっふっふ。チームワークの勝利だな』
 エドは嬉しそうに、パーティーを解除させた。するとすぐに隼がパーティー申請をしてくる。エドにも出したようで。
『お? 何だ?』
『いいから入れ』
 全員が1つのパーティーに入ったあとは、少しその場から離れた。私たちがデュエルをやっている最中に、観戦しようと人が集まってきていたからだ(観戦したいキャラに近づいて観戦ボタンをクリックすると観戦できる仕組みになっている)。
『何だよ? いきなり付き合って下さいなんて言うんじゃないだろうな?w』
 明らかに内緒話をしようという雰囲気の私たちに、エドがそんなことを言った。どうしてもシリアスにはなれないらしい。
『違うから安心しろw』
 さすがに隼はそんなエドの扱いに慣れているようだ。でもだからと言って、隼だけに任せておくわけにはいかない。
『――失礼を承知で訊くわ。キミはNファクトリーの人たちとどういう繋がりがあるの?』
『! ……ファルクが喋ったのか?』
『悪ぃな。俺たちは同じことを調べているんだ。情報を共有しなきゃ効率が悪ぃんだよ』
『もしかして幽霊騒ぎとか前のダンジョンの時も、このギャルたちと協力してたんかい?w』
(ギャル……)
 まさか自分がそんなふうに表現される日がくるとは思わなかった。みなももきっと苦笑していることだろう。
『まぁな』
『くぅ〜〜ずりぃなぁ。オレも仲間に入れてくれよ。何調べてるかしらねぇけど』
(何を調べているかもわからずに)
 どうして仲間に入りたがるのかしら?
 なんだかエドはいちいちつっこみ所が多い気がする……。
『どうして仲間に入りたいんですか?』
(偉いみなもちゃん!)
 率直に問ったみなもに、私は拍手を送りたくなった。ちなみに私にはそれを問う気力がなかったのだ。
『そりゃあだって、ファルクはネカマが嫌いそうだからな(笑)』
『――は?!』
『たとえリアルで会わなくても、一緒に行動するならキャラだけじゃなく中身もギャルの方が華やかじゃないか! プレイヤーはやっぱり断然男の方が多いしな』
『…………』
『…………』
『…………』
 予想以上に不純な理由だった。
『あ〜なんだよ3人してw 感じ悪いなぁ。仲間に入れてくれたら何でも喋るって言ってるだろーがっ』
『! 本当か?』
『オレが今まで嘘ついたことあるのかよ?(ニヤソ)』
 隼は少し間をおいてから。
『――……不本意ながら、ないな』
『だろー? しかもファルクたちが闘技場でわざわざオレを待ってたんなら、訊かずには帰れないよな?』
(おまけにまんざら馬鹿でもないらしい)
 おそらくリアルで一緒にいたなら、皆と顔を見合わせていた場面だろう。けれど答えは話し合わずとも決まっていた。
(エド本人以外に)
 繋がるものは何もないのだ。ここは仲間に引き入れてでも、頼るしかない。
『――OK、エド。あとからすべて話すわ。だから先に聞かせてちょうだい。あなたはNファクトリーとどんな関係にあるの?』
『ふっふっふ。聞いて驚くな。なんとオレの親父がNファクトリーのメンバーなんだ』
『え?!』
『何……?』
『ホントですか?!』
 一度にログが流れた。
(まさか……自分の息子まで実験台にしてるの?!)
 信じられない……。
 けれどエドの言葉は、まだ終わっていなかった。
『そんなに驚いてくれて嬉しいが、実は"元"がつくんだよなぁw』
『元メンバー?』
(それって……!)
『――エド。どうしても嫌なら答えなくてもいいが……お前のリアル苗字って?』
『なんだよ、そこまで訊くのか?(笑) 別にかまわねぇけどさ。遠藤だよ、遠藤! だから略して"エド"ってわけ』
(違った……)
 偶然はそこまで重ならない。
 きっとエドは、藤堂よりもずっと以前に辞めた人の息子なのだろう。
 ――しかし。
『実は"元"がつくものは、もう1つあるんだぜ』
『え?』
 偶然の矢は放たれた。
『そいつオレの"元"親父。オレがまだ小さい頃に別れたのさ。その頃のオレの苗字は藤堂だった』
 逆の方向へ放たれ、反射して戻ってきた。
("運命"という2文字に反射して?)
『オレは藤の字から離れられないらしいなw』
 そんなエドのログなど、目に入らない。
(エドが藤堂の子供……)
 そして次に浮かぶ疑問。
(これは本当に、偶然なの――?)



 当然エドには、本当のことなど話せなかった。ごまかしにごまかしを重ねて何とか納得させると。
『今度パーティー組んでダンジョン行く時は、絶対オレを誘えよ!』
 そんな言葉を残して去っていった。
(何だかなぁ)
 『胡弓堂』内にある私の仕事部屋。3つのディスプレイを順に睨みながら、私はそんなエドのことを思い返していた。
(エドは何も知らない)
 けれど藤堂はどうなのだろうか。
 最初からエドを実験対象とするつもりだったのか、それとも偶然の産物か。
 前者だったら、あまりにもエドが可哀相だ。
(それとも――)
 まさかNファクトリーが藤堂をおびき寄せるために、エドを最初の実験台に選んだのだろうか?
 ありえないことではない。エドにあの心理テストダンジョンの解き方を教えればいいのだ。
(エドがそれを知ることを嫌がるなら)
 深層心理に教えこめばいい。それが最初の実験になる。
「――どれが本当なの……?」
 1人きりの部屋で、呟いた。
 返事の来ないアドレスにメールを書く。
(仲のいい父子なんでしょ?)
 戸籍上は他人でも。
(別れてからもエドとは、仲良くやっていたのよね?)
 そうでなければ、エドがNファクトリーの面々と親しいはずがない。
「それなら出てきて守らなきゃ」
 守れる時に守らないと、きっと後悔する。会えるうちに会わないと、きっと後悔する。
(明日もあさってもずっと)
 生きている保証なんて、どこにもないんだから。
 両親のことを、思い出した。
 出てきてほしいから、私の気持ちをありのままに綴る。そのメールは、けれどとても短い。
(言葉を尽くさなくても)
 きっとわかってくれる。
 彼が"父親"ならば――
 ゆっくりと、送信ボタンをクリックした。
(私たちは)
 藤堂に会えるだろうか?
  ――♪〜♪♪♪〜♪〜 ♪〜……
 不意に鳴り出したケイタイに、ビクリとしてから手を伸ばした。――戒那ちゃんからだ。
(ちょうどいいや)
 今日わかったことを報告しちゃおう。
 そう思って電話に出るが。
『羽澄、すまないが1つ、頼まれごとをしてくれないか?』
「え? なぁに、突然。もちろん構わないけど……」
 挨拶もなしに用件なんて、戒那ちゃんらしくない。
(何かあったの?)
 訊きたかったけれど、それ以上に。戒那ちゃんの言う"頼まれごと"が気になった。
『Nファクトリーの中に、滝田という元心理士の奴がいると話しただろう? そいつの家を調べてほしいんだ』
「へ?」
 あまりにも唐突な内容に、私は言葉を失った。
(どうして滝田さんの家なんか……)
「まさか――今日滝田さんに会った?」
『ああ。向こうから会いに来た』
「?!」
 思いつきで言った言葉が肯定されてしまった。私には、繋げる言葉がない。
『大した用事じゃなかったがな。エドが本当に実験台にされていることと、エドが藤堂の息子であることがわかった』
 さらに驚く。戒那ちゃんも私たちと同じ場所にたどり着いていたのだ。
「――こっちも、それを確認したの。だから私、藤堂さんにメールを書いたわ」
『そうか。それがいいだろう。……あとは、彼の反応を待つだけだな』
「そうね。滝田さんの家のことは、調べておくよ」
『ああ、頼む。じゃあ』

     ★

 戒那ちゃんに頼まれた滝田の家の住所は、昨日のうちにメールで送っておいた。だから朝ケイタイがなった時、てっきり戒那ちゃんだと思って名前を見ずに出たのだが。
『おはようございます、羽澄おねーさま』
「あら璃瑠花ちゃん? おはよ」
 予想に反して、電話の主は璃瑠花だった。しかも璃瑠花は今藤堂と一緒で、放課後には藤堂をゴーストネットに連れて行く予定だという。
『羽澄おねーさま、皆さんを集めていただけますか? 戒那様にはわたくしの方から既に連絡を入れてありますから』
 私は笑って。
「心配しなくても、きっと皆来るよ。来ずにはいられないと思う」
(続きが気になって仕方のない漫画みたいに)
 あんな真実を聞いてしまったら、足を運んでしまうだろう。
 そして放課後のゴーストネット。
 私の予想は見事に当たっていた。
「――! 親父?!」
 突然響き渡った声に、皆が一度立ち上がった少年の方を見た。けれど大抵の人はまたすぐに、自分のパソコンの画面に戻ってしまう。
 戻らなかったのは、私とみなも、少年のいちばん近くにいる隼、戒那ちゃんと。少年の視線の先にいる――藤堂。隣に立つ璃瑠花だけだった。
「文和(ふみかず)!」
 藤堂はゆっくりと文和(エドの本名のようだ)に近づいていくと、最後には抱きしめる。
「本当に親父なのか……? 今までどこに行ってたんだよ?! 会社の秘密ぬす――うぐっ」
 こんな公共の場で、真実ではないにしても物騒なことを言わせるわけにはいかない。隼が後ろから文和の口を抑えつけた。
「その話はこっちで!」
 そしてそのまま奥の個室へと引きずっていく。当然藤堂も引きずられることとなり(!)、私たちは笑いながらその後をついていった。
 いつもの個室に入り、思い思いの席につく。
 隼が文和の口から手を外すと。
「うぐぐぐ……ぷは〜〜〜。あー苦しかった。何なんだよあんた! いきなりオレの口塞ぎやがって!」
「文和! 言葉遣いが悪いぞ」
「うぐっ」
 さすがに父親には頭が上がらないようだ。
「だって……ホントにどこ行ってたんだよぉ。オレ心配してたんだからなぁー。母さんは放っておけなんて言うし、Nファクトリーの人たちは親父のこと犯罪者扱いだし……」
「文和……」
 藤堂はもう一度、文和を抱きしめた。
「――ホントにこいつがエドなのか?」
 その感動の父子再開を目の前にして、隼はそう呟く。それにみなもが続けた。
「あたしもちょっと……信じられないです」
(実は私もだ)
 文和はどう見ても、中一くらいにしか見えない。エドの言動はどう見ても高校生以上に思えただけに、ギャップは大きい。
「何だよあんたたち。オレを知ってるのか?」
「あー知ってるとも。お前がこの2人をナンパするところ、しっかりと見てたからな」
 もちろんからかい目的で、隼は私とみなもを指差しながら言った。
「え? ……え?!」
「ナンパだと……? 文和、お前そんな歳で何を考えているんだ」
「知らないよオレ! 言いがかりだ〜」
 そんな2人の父子らしいやり取りに、つい笑いがこぼれる。
(本当に、よかった……)
 私はこんな2人を見たかったの。
 "父子"の愛情を、見たかったの。
「おいお前! でたらめなこと言うなっ」
 キッと隼を睨み上げる懲りない文和に、隼も笑いながら。
「エドは意外と頭のいいヤツだったがなぁ。いい加減気づけ! 俺はファルクだ」
「あたしはみなもです」
「私はlirva」
 ついでに私もキャラ紹介をした。
「ファルク?! ファルクってあのファルクか? パーティーデュエルでオレに負け――いてっ」
「1対1じゃ負ねーよっ」
「何すんだよ〜」
 軽く頭を叩かれた文和が、隼に仕返しをしようと飛びかかっている。けれど身長の関係上それはとても無理なようだ。
 今度はまるで、兄弟のような2人。
「はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ大事な――儀式の時間だ」
 そんな戒那ちゃんの一言で、和んだ空気は一蹴される。けれどそれは、確かに必要なことだった。
 戒那ちゃんは文和を自分の前に座らせ、まずはサイコメトリーをした。どのように感情操作をされたのか、探るためだろう。
 それから私に"リラックスできるような音"をリクエストしてきたので、私は得意の歌を歌った。
  ♪Waldung, sie schwankt heran,……
 かの有名なゲーテのファウストに、曲をつけたものだ。
 その私の音の中で、戒那ちゃんは囁いた。文和だけに聞こえるように。誰にも、影響しないように――。

     ★

 その後藤堂から聞いた、Nファクトリーの真実。
(そしてもう1つ)
 戒那ちゃんが抱えていた、滝田の真実。
 Nファクトリーと滝田は、"音による感情操作"という実験のためだけに手を組んでいたのだという。その目指す場所は、まったく違っていたのだと。
 Nファクトリーはそれを、大規模な詐欺のために使おうとしていた。それはもちろんとめなければならないものだ。
(けれど、滝田は――)
 1人の少女のために、その実験を成功させようとしていたのだという。そしてそれがとめるべきことなのか、本当は誰にもわからないと。
(少女以外の誰にも)
 わかるはずがない。
 戒那ちゃんは悩んでいたのだ。
 そして自分の目で確かめるために、私に少女の居場所を探らせた。
 少女のいる孤児院は――滝田の家の隣だった。
 戒那ちゃんはそこに、私を連れて行った。私を歌わせるために。
(私に)
 感情を揺さぶる歌を、歌わせるために。
(感情操作なんかじゃなくて)
 自然のままの感情を取り戻して。
 私は必死に呼びかけた。
 表情のない彼女に。
 必死に歌で、音で、震動で。
(語りかけたけれど……)
 結局最後まで、その瞳に生気が宿ることはなかった。笑顔も見られない。
「諦めない――」
 戒那ちゃんの口がそう、小さく動いた。
(諦めたら、終わりだもの)
 あの実験を何の躊躇もなく100%とめるために。
 私もどうにかしてあげたかった。
 それからというもの、私と戒那ちゃんは、たまにその孤児院に顔を出すようになった。
(きっと)
 彼女の笑顔を、見られるその日まで――。










                            (了)

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号/   PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 /  中学生   】
【 0072 / 瀬水月・隼  / 男  / 15 /
                高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 0121 / 羽柴・戒那  / 女  / 35 / 大学助教授  】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女  / 11 / お嬢様・モデル】



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          ライター通信          
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ご参加ありがとうございました_(._.)_ 『ノイズ』3作目のお届けです。
 今回はついに、藤堂さんの登場とあいなりました。大変お待たせいたしました(笑)。
 書き始める前は「これで終わるのかな?」と思ってこのタイトルにしたのですが、どうやらもう1本続きそうです。よろしければまたお付き合いくださいませ^^
 毎度のことながら、各視点により詳しい部分が違っていますので、あわせてお楽しみいただければさいわいです。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝