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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バトル・ノイズ!

□■オープニング■□

 インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
 そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
 そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。


あの……  投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 10:35

 ここで書いていいかわからないんですが、一応。
 友だちに渡そうと思って床に置いたアイテムを、
 知らない人に盗られちゃいました。
 これってサポートの人に言ったら返してもらえるんですか?
 それとも諦めるしかないんでしょうか……。


ルートか  投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 11:28

 このゲーム、トレード機能がないから渡す時どうしても床に
 置かなきゃならないんだよね。
 他のゲームなら置いた奴が悪いなんて言われかねないけど、
 ノイズはなぁ。
 人が大勢いる所でやってたわけじゃないんでしょ?
 誰に盗られたのか言ってみたら?
 そいつが見てたら返してくれるかもよ(笑)。


そうですか 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 12:44

 もちろん、人目につかない所でやってましたよ。
 そしたら急にその人が出てきて持って行っちゃったんです。
 名前は確かエドとかいう人。
 レベル高そうな人でした……。
 見てたら返してくださーい(−人−)
 初めて取ってきた指揮棒なんです……。


ちょい待ち 投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 13:13

 本当にカタカナで2文字の『エド』だったの?
 エドはそんなことする人じゃないんだけどな。
 そもそも指揮棒くらい簡単に自分で取ってこれるレベルの奴
 だよ(笑)。
 見間違いじゃない?


合ってます 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 13:54

 一緒にいた友だちにも確認してみました。
 やっぱりエドさんです。
 返してー(/_;)



□■視点⇒羽柴・戒那(はしば・かいな)■□

 いつものように開いた『ノイズ攻略BBS』で、俺はそのことを知った。
(エド……)
 聞いたことがある。確か瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)が口にしていた名前だ。
(しっかし)
 マナー知らずなやつだな。
 BBSを読んでいくと、このエドという奴は結構高レベルのプレイヤーだということがわかる。だとしたらノイズのシステムくらいわかっているだろうに。
(もっとも)
 トレード機能がないシステム自体が問題なのかもしれないが……。
(ダメ元で要望メールでも出してみるか)
 まだ藤堂からの連絡もなく、Nファクトリー側が何かを仕掛けてきているわけでもないので、つまり俺は(この件に関しては)暇をしているのだった。
 簡単に要望だけを書いて送信。これを前回作業場で会ったうちの誰が読むのか、考えるだけで少し暇が潰れる。
 それ以外のスレッドにも目を通し、特に動きがないことを確認してから、今日はこれで帰ることにした。
(動くのはいつだ?)
 Nファクトリーが。
 そして藤堂が。



 その夜。自分の部屋で仕事の資料の目を通していると、お姫さん――御影・璃瑠花(みかげ・るりか)から電話が入った。その内容に、俺は驚きを隠せない。
「え……? エドが実験台にされたのかもしれないだって?」
『ええ。あくまでわたくしの予想ですけれど……。エド様も確か、あのダンジョンをクリアされた方なのでしたよね?』
「そういえば瀬水月くんがクリアできなかった時、エドと同じルートを選んで、『クリアルートと同じに選んだのに』って言ってたな」
 それはつまり、エドがクリアしているということだ。
『BBSの内容を読むと、エドさんの人柄が急に変わったように取れますわよね。ですからわたくしピンときたんです。エド様は既に感情操作されてしまったのではないかと』
(確かに)
 それはありうることだ。
(何てこった……)
 Nファクトリーはまだ動いていないと思っていたが、本当は俺たちが気づいていないだけだったのか?
 気づいたお姫さんの鋭さに感心しながら、俺は自分を笑った。
「俺はただマナー知らずな奴だなとしか思わなかったよ。よく気づいたなお姫さん。確かに可能性はある」
『わたくしたちは、どうしたら良いのでしょう?』
 返ってきたお姫さんの言葉は、次の行動を決めかねているものだった。もし本当にエドが実験台にされた後なら、どうにかしてその暗示を解いてやりたい。お姫さんが俺に連絡してきたのは、そう思っているからだろう。
「まずは確認だな。本当にそうなのか。問題は心の在り様に関わることだ。早とちりはできない」
 まだ操作されていない心を元に戻そうとして、間違いたくはない。
『そうですわね』
 俺の心情をわかっているかのように、お姫さんの言葉には心からの肯定が含まれていた。
(相変わらず)
 子供らしくない子供だな。
 笑いながら考える。
「――そうだな、確認はこちらでやろう。皆にも協力をあおいでみるよ。お姫さんは引き続き藤堂氏からの連絡を待っていてくれ」
『わかりましたわ。よろしくお願い致します、戒那様♪』
「ああ、まかせろ」
 そうしてお姫さんとの電話をすませてから、俺はすぐに羽澄――光月・羽澄(こうづき・はずみ)と連絡を取った。
『はいはーい。どうしたの? 戒那ちゃん』
「すまないが羽澄、『ノイズ』の例のメンバーに、エドを捜すよう知らせてくれないか」
『エドを?』
 怪訝な声をあげる羽澄だが、すぐにあのスレッドのことを思い出したようだ。
『ルート騒ぎと何か関係があるの? 私も捜して注意してやろうと思ってたけど……』
「実はな……」
 と、俺はお姫さんから聞いた話を羽澄に聞かせた。羽澄もそこまでは考えていなかったようで、素直に驚いている。
『言われてみれば、おかしいわね……。わかったわ。皆にメール送っとく。特に隼くんには、エドのリアルのこと何か知らないか訊いてみるわ』
「ああ、頼んだ。お互い接触できたら連絡するようにしよう」
『OK。じゃあまたね』
 通話終了。
 しばらくは待つだけだった日常が、大急ぎで回り始めた気がする。だがこんなのも。
(悪くない)
 微妙な感情の高ぶりを感じながら、俺はまた資料へと戻った。

     ★

 翌日。
 入っていた講義を終えた俺は、ゴーストネットへは行かず自分の資料室に篭もっていた。
 昨日の時点では俺もゴーストネットへ行こうと思っていたのだが、自分のやれるベストのことをやった方がいいのではないかと考え直したのだ。
 ゴーストネットには多分、羽澄に瀬水月、そして海原・みなも(うなばら・みなも)がいるだろう。あの3人なら、きっとエドを見つけてくれるはずだ。
(俺は――その後のことを考える)
 もしエドが実験のせいでおかしくなったわけじゃないにしても、いずれはそういう人が出てくる可能性がある。もちろん俺たちの中にだって。
(できるだけ資料を集めておこう)
 感情操作のやり方、解除の仕方。
 心に残った穴の埋め方、それを自覚させる方法。
 昔から人は、催眠術や暗示といったものに興味を持っていた。
"それで人が殺せるか?"
 実験が成功すれば必ず死人が出るため、確かめられたことはない。
 今回のことも、程度は低いがそれと同じようなものだった。植え付ける感情によっては、本人だけではなく周囲にも危険を及ぼす。
(音による感情操作……)
 Nファクトリーはそれで、何をしようとしているのだろう?
 例えば、病人に『嬉しい・楽しい』といった正の感情を植え付けて、マリジナント・ノルアドレナリンなどの『苦痛・落胆』といった負の感情を引き起こす物質の放出を抑制させるというのであれば、俺たちがとめる必要はまだない。
(けれど)
 今エドに起こっていることは確実に、それとは逆のことだ。病人に『絶望』を植え付けて自殺に追いこむことと、何ら変わりはしない。
(訊きたい)
 何を考えているのか。
「――羽柴さーん、いらっしゃいませんか?」
(!)
 不意に隣の部屋から誰かの声がした。
 俺に限らず教授・助教授は、部屋の中にいる時は大抵鍵をかけない。声の主はだからこそ入ってきて、俺がいるかもしれないと声をかけたのだろう。ちなみに資料室ではちょっとやそっとのノックでは聞こえないのだ。
「はいはい、こっちにいるよ」
 言いながら部屋に戻った俺は、その人物を視界に捉えるなり固まった。
「――滝、田……」
「おや、憶えていて下さいましたか。恐縮です」
 胡散臭い顔で微笑む。学界から追放された心理士・滝田。
「何故、ここに?」
 乾いた声で問う。
 俺は冷静を装うのに苦労した。さすがの俺でも、滝田の来訪なんて100%予想できなかった。
「あの時、あなたは私が何者であるか、気づいていたんでしょう? ――実は私もなんです」
「?!」
「一度お見かけしたことがあるんですよ。学会参加者の集合写真でね。あれだけスーツの似合う女性なんて、滅多にいませんから」
 笑顔のまま続ける。
 滝田のその予想は、きっと俺の”最後の問い”で確実なものとなったのだろう。あの時俺はカマをかけるように口にした。
『実は、Nファクトリーが感情操作の実験を行っているという噂があるのですが……』
 俺がそれを調べるために社員の振りをして乗りこんだことが、実はバレていたのだ。
(まさか、他のメンバーも気づいているのか?)
 だとしたら今後もう2度と、御影からの取材は了承されないだろう。
(お姫さんに、謝らなきゃな)
 俺のそんな考えを悟ったかのように、滝田は言葉を繋ぐ。
「ふふ。心配しなくとも、他のNファクトリーのメンバーには言っていませんよ。ご存知かと思いますが、私があのグループに入ったのは最近でしてね。まだメンバーを完全には信用しておりませんから」
「……信用すらせずに手を組んだのか?」
「実験内容が面白そうでしたのでね。それに大学にいたのでは、永遠に実験されることのない内容でしょう? 楽しみじゃありませんか」
「楽しみなもんか!」
 思わず俺が叫ぶと、滝田はまたクスクスと笑った。
「何がおかしい?」
「予想どおりの方で、嬉しいんですよ」
 いちいち鼻につく奴だ。
「――一体何をしに来たんだ?」
 大学にまで押しかけてくるなんて、よほどの用事があるとしか思えない。そうでなかったらただのストーカーだ。
 すると滝田は不意に表情をなくし、冷めた声で言い放った。
「ちょっとお話がしたいと思いましてね。大事なお話です。――外へ出ませんか?」
「ここじゃダメなのか?」
「色気がないでしょう?」
「…………」
(そんなものなくていいが)
 いつ学生が来るともわからないのも確かだ。
「……いいだろう」
「では、喫茶ガルデニアでお待ちしておりますよ。近くですからご存知ですよね?」
「ああ。――すぐに行く」
「では」
 物腰だけは柔らかく、滝田は部屋を出て行った。
(何なんだ、一体……)
 何をしに来た?
 目的がわからない。
 けれどその態度は、何故か果てしなく気に入らない。
 俺は資料室に戻ると、わざと時間をかけて広げていた資料を棚に戻した。
(少し怖い)
 のかもしれない。話を聞くことが。
 同じ心理士と、面と向かって言葉を交わすことが。
(読むと同時に、読まれている)
 そんな感覚は、居心地が悪い。
(けれど――)
 これはチャンスでもあった。Nファクトリーが何をしようとしているのか。
 幸いなことに、滝田はまだNファクトリーの面々を完全に信じきってはいない。内部に関する口は軽いだろう。
(口が軽いからこそ)
 学界を追い出されたんだしな。
 俺はやっと戦闘準備を終えて、自分の部屋を出る。鍵をかけてから、ドアにかけてある札を『外出中』に変えた。あとは学生に紛れて――大学をあとにした。



 喫茶ガルデニアは、大学から徒歩5分の位置にある。近いけれど、学生はあまり足を運ばない。老夫婦がひっそりとやっている、本当に小さなお店だからだ。騒ぎたい盛りの若者たちには向かないだろう。
 入り口は自動ドアではない。ノブを回して入ると、カウンターのおじさんと目が合った。
「いらっしゃいませ」
「コーヒーを」
「かしこまりました」
 それから狭い店内を見回すと、捜すまでもなく視界に滝田の姿を捉えた。
 滝田が特に「遅かったですね」などと言わなかったので、俺も「お待たせ」とは言わないことにする。
「――で、何の話なんだ?」
 木の椅子を引いて座った俺は、前置きもなく訊ねた。滝田の前にあるチョコレートパフェを少しだけ気にしながら。
「簡単な話ですよ」
 クスリと笑って。
「邪魔をしないでいただきたい」
「邪魔?」
 おじさんがコーヒーを運んできたので、俺はそこで言葉を切った。軽く頭を下げる。
 それから俺は一息で告げた。
「どちらが邪魔をしている? 自分の感情を自由に表現する権利を邪魔しているのは、そっちの方じゃないのか?」
 鋭く睨むけれど、滝田はまったく意に介さないようにスプーンを動かした。クリームをすくって、口に運ぶ。
「何が目的なんだ?」
 その手がとまった。
「……それは、私のですか? それともNファクトリーの?」
 問い返された言葉は、どこか変だ。
「キミとNファクトリーの目的が、違うというのか?」
(同じだったからこそ)
 Nファクトリーの一員となることを選んだのではないのか?
 再び滝田のスプーンが動き出す。
「あなたもパフェなんかどうですか? ここのパフェは意外と美味しいんですよ」
「あいにく今はそんな気分じゃないんだ。さっさと話す気がないなら戻るぞ」
「どうぞご自由に。困るのはあなたも同じでしょう?」
「……っ」
 だが読まれているのはお互い様だ。
(俺"も"同じと言った)
 それはつまり、滝田とて俺に話を聞いてもらう必要があるということ。
  ――ギシっ
 俺は椅子に座り直した。古い木の椅子が軋む。
「そう焦ることもありませんよ。私のパフェはまだこんなにもあるのですから」
(食べ終わるまで喋る気か)
 つっこみそうになる自分を何とか抑えた。
 少し冷めたコーヒーを口に運ぶ。
「――通過点は、同じなんです」
 間を埋めるように滝田が口を開いた。
「私もNファクトリーも、感情操作の実験がしたい。それも音によって、間接的に、ね」
「じゃあ何が違うんだ?」
「目指している場所ですよ。Nファクトリーがやろうとしているのは、それを使った詐欺だ」
「詐欺?」
 意外だった。俺はもっと直接的な犯罪だと思っていたから。例えばやはり、それを利用した殺人――など。
「例えば1人のターゲットを決めます。そしてその人に気づかれないように、感情操作し不安定にする。その人は特定の感情を抑えられなくなって不安になる。そこにつけこんで、こっそり治療してあげますよと近づく。あとは――」
「治療した振りをして元に戻し、治療費を騙し取るというわけか」
 俺は呆れて続けた。
(あくまで金のため、というわけか)
「そのあとはもちろん、それをネタに脅すらしいですけどね、ククク」
 さらに付け足した滝田は楽しそうに笑う。
「それだけのために、あんなゲームを作って実験しようとしているんです。馬鹿馬鹿しいでしょう? 音という間接的なものならバレないと思っている。もっとも、世間の人々は音で感情操作ができるなんて信じないでしょうから、その選択は正しいのかもしれませんけどね」
「…………」
(何だ……?)
 滝田からは、Nファクトリーに対する悪意が感じられる。とても共に実験を進めているとは思えないほどの。それは、前に会った時には微塵も感じられなかったものだ。
(隠していた?)
 サイコメトリーでも覗けない場所に?
(そしてまだ)
 隠している――?
「――じゃあ、キミの目指す場所はどこだ?」
「失われた心を、取り戻したいのです」
「誰の?」
「名も知らぬ少女の」
「何……?」
「私の家の隣には孤児院がありましてね。いつもそこから私を見つめている少女がいました。それも無表情で。学校へ行く時帰ってくる時もそうでしたから、さすがに気になるでしょう? 私はこっそりと面倒を見ているおばさんに訊きました。あの子はどうしていつも無表情なのかと」
 喋りながらも、スプーンは動いている。
「おばさんは答えました。あの子には昔から感情というものがない。泣いたところも笑ったところも見たことがないと」
「!」
「そんな人間がいるでしょうか? 生まれながら感情を持たない人間が。そんなはずはありません。彼女を取り巻く環境が、彼女をそうさせてしまったに違いないのです」
「だから……心理学の道に?」
「ええ。ならば私が返してあげようと、子供心に思っていました。そうしてこの道に入った私ですが――馬鹿なことにやりすぎてしまった。人の内側を知りすぎて、有頂天になっていたんですね」
「…………」
 驚いたことに、滝田はあのことを後悔していたようだった。
(――いや、それもそうか)
 滝田はあの事件で、家族も名誉も仕事もすべてを失ったのだ。それで後悔できなければ、それこそどうかしている。
「でも私はまだ、"ここ"から離れるわけにはいかない。目的を果たしていないから」
「だから果たすために、Nファクトリーの実験に協力している、というわけか?」
「そうです。だから邪魔をしないでいただきたい」
「…………」
 俺は言葉に詰まった。
 滝田があの実験を悪用したいわけではないことはわかる。けれど実験の成功は同時にNファクトリー側の悪用を招いてしまうのだ。
 2つがバラバラにできない以上、俺はとめるしかない。
(それに――)
「その子が本当に、"感情"を望んでいると思うのか?」
「え?」
「自分の意思で感情を閉じこめたなら、無理やり戻したって辛いだけなんじゃないのか?」
 滝田はスプーンを加えたまま、考えるように目の前のパフェを見つめた。大きなグラスから突き出ていたクリームの山はとうになくなっていて、中に溶けかけたアイスだけが残っている。
「……もしそうなら、また消せばいい。実験が成功すればそれも可能なはずだ」
「滝田! キミも心理学者の端くれなら、心がいかにデリケートなものかくらい知っているだろう?!」
 俺はつい、声を荒げてしまった。入れたり消したり、言葉で簡単に言えるほど楽なものではない。そして予想される負担も――
「でもそれ以外に方法がないんだ。私に残されたものは彼女だけ。せめて彼女だけは……」
 助けたいんだと、口が動いた。
 俺は文字どおり頭を抱える。
(知らない方がよかったのか?)
 滝田がただの"悪"ではないと。
 Nファクトリーは憎むべき存在なのだと、思いこんでいれば幸せだったのか?
(滝田の気持ちはわからなくもない)
 けれどその前に、実験台として確実に犠牲にされる誰かがいることを忘れてはならないのだ。
(そして彼女の気持ちも)
「――滝」
「もう一度言います。邪魔をしないで下さい。あなたがあの時作業場を訪ねたのは、私たちの様子を見るためだったのでしょう? おそらく逃げ出したという前メンバーである藤堂氏から話を聞いて」
 俺の言葉を遮って告げた。滝田は続ける。
「こちらには既に人質がいます。あなた――あなた方が邪魔をするというなら、私たちは"彼"に何をするかわかりませんよ」
「?! な……っ」
 誰のことを言っているのか、一瞬わからなかった。けれどすぐに、お姫さんの言葉を思い出す。
「彼――エドか」
「やはり気づいていたようですね。エドくんは人質であり藤堂氏を誘い出すためのエサなのです。彼に余計なことをさせたくなければ、『ノイズ』から手を引いていただきたい」
(――え……?)
「何故エドが、藤堂を誘い出すエサになるんだ」
「おや、そこまではご存知ありませんでしたか。いいでしょう、教えて差し上げますよ」
 滝田の瞳がキラリと光った。気がした。
「エドくんは藤堂氏の息子です。戸籍上はもうずっと昔に他人になってしまいましたがね。夫婦仲はともかく、父子仲は良好のようでしたよ」
「?!」

     ★

 その後のことは、あまり記憶がない。
 パフェを食べ終えた滝田は、何かを告げて喫茶店を後にした。中には、俺とおじさん、として冷めたコーヒーだけが残った。
 多分一度、大学の自分の部屋へと戻ったと思う。改めて戸締りをしてから、バイクでマンションへと向かった。
 夕日が照らしていた。痛いほど照らしていた。それだけは、憶えている。
(どうすればいいんだ、俺は……)
 バイクを走らせながら考えるけれど、本当は答えなど最初から出ていた。滝田の話を聞く前と何ら変わらない。
 『ノイズ』を守る。
 実験はさせない。
 けれどそこに、少しの罪悪感が混じるようになってしまったのは、"彼女"の話を聞いてしまったからかもしれない。
(どうにかできないだろうか……)
 その子さえ何とかなれば、滝田は『ノイズ』から手を引くだろう。そうしたら、何のためらいもなく実験を阻止できるのに。
(――羽澄に)
 その子の居場所を調べてもらおうか。
 その考えに行き着いた頃。
 バイクも無事にマンション前へと到着した。



 翌日俺は予定されていた講義を休みにして、例の孤児院へとバイクを飛ばした。
 羽澄に電話をしたのは昨日の夜だったが、その日のうちに住所の書かれたメールが送られてきたのだった。
(さすが羽澄、仕事が早い)
 ついた孤児院は、こう言っては何だが今にも潰れそうな佇まいをしていた。かなり古い建物のようだ。
 チラリと窓の方に目をやると、早速誰かと目が合った。20歳前後の女の子のようだ。
(あの娘のことか?)
 確かに、こちらを見る目に表情はない。
「――あの、うちの孤児院に何かご用でしょうか?」
「ああ、すみません」
 見つめ合ったまましばらく立っていると、玄関から出てきた女性に声をかけられた。
「何気なく覗いたら、あの娘と目が合ったものですから、何だかそらせなくて」
 俺がそう告げると、女性は笑って。
「まぁまぁ。あの娘はね、ああして一日中外を眺めているんですよ。本当はいい歳ですから、どこかに仕事させに出したいんですけどね。無愛想なものですぐに返されてくるんです。それで結局またああして……」
(外を眺める、というわけか)
 実際の話、無愛想でも仕事ができれば問題ないだろう。彼女がすぐに返されてくるのは、多分無愛想だからではなく"感情がない"からだ。無愛想なだけなら相手の痛みも知ることはできるし、それなりに仕事も頑張れるだろう。
(でも無感情は違う)
 相手の痛みだって当然わからない。何をしても嬉しくもないから、仕事だってやる気がしないだろう。限度がわからないから、自分自身どうにもできないのだ。叱られたところでなんとも思わないのだろうし。
(滝田の心配も頷ける)
 このままでは彼女は――
「今度ゆっくりと、彼女と遊びに来てもいいですか?」
 俺がそう告げると、女性は心の底から驚いたように目を見開いた。けれどその顔は、やがて満面の笑みへと変わる。
「ええ、ぜひお願いします。あの娘もああしているだけじゃ退屈でしょうし。もっとたくさんの方と触れ合えたら、笑えるようになるかもしれないから」
 それから俺はその女性に別れを告げ、次はゴーストネットへとバイクを走らせた。
 朝にお姫さんから電話が来ていたのだ。
 お姫さんはとうとう藤堂と会うことができたらしく、ゴーストネットにつれてくるという。そこで俺にエドの感情操作を解いてほしいということだった。
 皆の学校が終わる時間よりは早く着いたので、『ノイズ』をやりながら時間を潰していた。
 ――と、時間を潰すだけのはずが、ついつい熱中してしまっていた。
「――! 親父?!」
 ヘッドフォンの外から聞こえたその言葉で、俺はやっと"そのこと"を思い出す。
 ヘッドフォンを外して声のした方を見ると、1人の少年が立ち上がっていた。その視線の先には、背の高い男性とお姫さんがいる。
(あれが藤堂か)
 周りを見渡してみると、羽澄や瀬水月、みなもの姿も見えた。
「文和(ふみかず)!」
 藤堂は文和(エドの本名らしい)にゆっくりと近づいていくと、最後には抱きしめる。
「本当に親父なのか……? 今までどこに行ってたんだよ?! 会社の秘密ぬす――うぐっ」
 こんな公共の場で、真実ではないにしても物騒なことを言わせるわけにはいかない。いちばん近くにいた瀬水月が、後ろから文和の口を抑えた。
「その話はこっちで!」
 そしてそのまま奥の個室へと引きずっていく。当然藤堂も引きずられることとなり(!)、俺は苦笑しながらそのあとを追った。皆もついてくる。
 個室に入ってから思い思いの席に着くと、瀬水月はやっと文和の口から手を外した。
「うぐぐぐ……ぷは〜〜〜。あー苦しかった。何なんだよあんた! いきなりオレの口塞ぎやがって!」
「文和! 言葉遣いが悪いぞ」
「うぐっ」
 さすがに父親には頭が上がらないようだ。
「だって……ホントにどこ行ってたんだよぉ。オレ心配してたんだからなぁー。母さんは放っておけなんて言うし、Nファクトリーの人たちは親父のこと犯罪者扱いだし……」
「文和……」
 藤堂はもう一度、文和を抱きしめた。
「――ホントにこいつがエドなのか?」
 その感動の父子再開を目の前にして、瀬水月は呟く。よほど信じられないらしい。
「あたしもちょっと……信じられないです」
 それに同意したのはみなもだった。
「何だよあんたたち。オレを知ってるのか?」
「あー知ってるとも。お前がこの2人をナンパするところ、しっかりと見てたからな」
 と、瀬水月はみなもと羽澄を指差す。
「え? ……え?!」
「ナンパだと……? 文和、お前そんな歳で何を考えているんだ」
「知らないよオレ! 言いがかりだ〜」
 そんな2人の父子らしいやり取りに、俺たちは笑った。
「おいお前! でたらめなこと言うなっ」
 キッと瀬水月を睨み上げる懲りない文和に、瀬水月は。
「エドは意外と頭のいいヤツだったがなぁ。いい加減気づけ! 俺はファルクだ」
「あたしはみなもです」
「私はlirva」
 既に『ノイズ』内で会っているらしいみなもと羽澄も、キャラ名で自己紹介をした。
「ファルク?! ファルクってあのファルクか? パーティーデュエルでオレに負け――いてっ」
「1対1じゃ負ねーよっ」
「何すんだよ〜」
 軽く頭を叩かれた文和が、瀬水月に仕返しをしようと飛びかかっていく。けれど身長の関係上それはとても無理なようだった。
 今度はまるで兄弟のような2人。
(きょうだい、か……)
 俺も男同士の兄弟であったなら。
 今の俺は、一体どんなふうになっていたのだろう?
(今よりも幸せだったかな)
 ずっと仲良く、やっていけたかな。
(男の俺でも)
 悠也は傍にいてくれたのだろうか?
 そんなろくでもないことを考えていた俺は。
「戒那様……」
 お姫さんの呼びかけで、我に返った。
(何を考えてるんだ俺は……)
「はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ大事な――儀式の時間だ」
 一瞬にして、部屋が静まり返る。
「お? お? 何だ? 儀式って」
 何も知らない文和だけが違った。
「璃瑠花さん、その方が……?」
 藤堂がお姫さんに訊ねた。お姫さんは俺と目を合わせて頷くと。
「羽柴・戒那様ですわ」
 俺を紹介してくれた。
 すると藤堂は深く頭を下げて。
「どうか、よろしくお願い致します」
 俺は頷き返す。
「何? 何がはじまんの?」
「少しはじっとしてろ!」
 落ちつきのない文和の、頭を瀬水月が小突いた。
「――文和、こっちに来なさい」
 やっと場の雰囲気を飲んだのか、おとなしくなった文和は藤堂のもとへと歩いていく。俺も立ち上がってそっちの方へ行った。
 椅子を2つ並べて、文和と向かい合って座る。
「……オレに、何かするの?」
 心配そうな声を出した文和を、安心させるように笑ってみる。
「主役だからね」
「え? オレが主役?」
 今度は嬉しそうな声に変わった。
「手を出して」
「うんっ」
 文和が出した両手を、俺はゆっくりと包みこんだ。両手に神経を集中させながら。目を閉じる。
 ――サイコメトリー。
 まず見えたのは『ノイズ』の画面だ。確かにエドを操っている。
 ――いや、まずというのは間違いだ。ほぼ100%『ノイズ』の画面しか見えない。それだけ文和が『ノイズ』で遊んでいるということだろう。
(映像におかしな所はない)
 だとしたらやはり"音"か。
 俺は意識の中で耳を澄ました。
 確かに時折奇妙な音が混じる。
 ちょうどエドがルートを行った時の場面も見ることができたが、その時も普段ではありえない音が流れていた。
(曲といえるほどハッキリしたものじゃない)
 かといって単音でもない。ちゃんとした音の繋がり――
 俺がゆっくりと目を開けると、見つめる文和の視線とぶつかった。長い息を吐きながら、その手を放す。
「――やはりノイズ内の音が原因のようだ。例のフラグが立ったことで、キャラ自体にレアイベントのような扱いの"音"がくっついている」
「!」
 文和以外の全員が、息を呑んだ。
「? 何の話だ?」
 首を傾げる文和に、答えられる者はいない。
(まずはこの文和を)
 擬似的にでも催眠状態にもっていかないとな。
「羽澄」
「ん?」
「リラックスできるような音を出せるか?」
「歌でいいの?」
「もちろん」
 羽澄にそれを頼んでから、文和には。
「キミはじっと俺の指先を見ていて」
 文和の顔の前まで右手を上げて、そこに意識を集中させるようにした。
「羽澄、頼む」
 頷いた羽澄は、大きく息を吸いこむ。
  ♪Waldung, sie schwankt heran,……
 酷く澄んだ声が、空間を満たしていった。心地よい声。ここまでの声は、きっと羽澄にしか出せないだろう。
 羽澄ならきっと、1/fのゆらぎすら完璧に再現してしまう。
 やがてその心地よさにつられて、文和が眠るように背もたれに身体を預けた。それを確認してから、俺は文和の耳元へと移動する。
(ここから先は、やはり聞かない方がいい)
 俺は文和の耳元で、彼をゼロに戻すべく言葉を囁き続けた。それは昨日調べていた方法だった。
 10分ほどかけてそれを終えると、文和はまだ目を瞑ったままです椅子に凭れていた。
「このまま、少し寝かせてあげた方がいい。少々睡眠不足のようにも見える。よほどあなたが心配だったのかもしれないな」
 俺は藤堂を見つめた。
「文和は……?」
「もう大丈夫。けれど今後のことを考えるなら、"エド"はもう使わない方がいい」
「そうね。内側に入りこんでフラグを消したとしても、すでにNファクトリーの人たちと面識のある文和君では、何の意味もないわ」
 俺の言葉に羽澄が付け足す。
「そうですか……わかりました。本当にありがとうございました」
 藤堂は俺に深く頭を下げると、今度は皆の方を向いて。
「皆さん方も、ありがとうございました。おかげでこうして、息子を助けることができました」
 もう一度、頭を下げた。
 瀬水月は少し照れたように。
「『ノイズ』を安全に遊ぶためだ。それにエドと、デュエル大会に出る約束してるしな」
「楽しみですね!」
 みなもも応えた。
「……ありがとう」
 笑った藤堂が、とても嬉しそうに見えた。

     ★

 俺は結局、羽澄に"こちら側"のすべてを話した。それはもちろん、協力を仰ぐためだった。
(俺のやり方では)
 俺だけの力では。
 結果的に、滝田がやろうとしていたことと同じことしかできないだろう。
(それでは意味がないから)
 羽澄をあの孤児院へと連れて行き、彼女の前で歌わせた。
 その様子を、遠くで滝田が見つめていた。
 歌う羽澄を、彼女も見つめていた。
(けれど彼女は……)
 結局最後まで、笑顔を取り戻さなかった。
「諦めない――」
 諦めるわけにはいかない。
(諦めたら、終わりだから)
 俺たちはあの実験を阻止する。阻止することによる犠牲だけは、死んでもごめんだ。
(滝田)
 キミも考え直した方がいい。
 直接言っても無駄なことは十分わかっていた。もうエドという人質はいないけれど。滝田にとって本当は、それはどうでもいいことなのだろう。
 それ以来俺と羽澄は、たまにその孤児院に顔を出すようになった。
(少女の笑顔を求めて)
 そして滝田が、悟るのを待ちながら――。










                            (了)

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号/   PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 /  中学生   】
【 0072 / 瀬水月・隼  / 男  / 15 /
                高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 0121 / 羽柴・戒那  / 女  / 35 / 大学助教授  】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女  / 11 / お嬢様・モデル】



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          ライター通信          
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ご参加ありがとうございました_(._.)_ 『ノイズ』3作目のお届けです。
 今回はついに、藤堂さんの登場とあいなりました。大変お待たせいたしました(笑)。
 書き始める前は「これで終わるのかな?」と思ってこのタイトルにしたのですが、どうやらもう1本続きそうです。よろしければまたお付き合いくださいませ^^
 毎度のことながら、各視点により詳しい部分が違っていますので、あわせてお楽しみいただければさいわいです。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝