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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バトル・ノイズ!

□■オープニング■□

 インターネットカフェ・ゴーストネットOFF。
 そこにあるすべてのパソコンに、ゴーストネットオリジナルオンラインゲーム『ノイズ』がインストールされているのをご存知だろうか。
 そこに行かなければプレイできないにも関わらず、常時20人以上がログインしているというそのゲームは、一部のマニアに絶大な人気を誇っている。その秘密は、音のパズルという斬新な戦闘スタイルにあるのかもしれない。


あの……  投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 10:35

 ここで書いていいかわからないんですが、一応。
 友だちに渡そうと思って床に置いたアイテムを、
 知らない人に盗られちゃいました。
 これってサポートの人に言ったら返してもらえるんですか?
 それとも諦めるしかないんでしょうか……。


ルートか  投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 11:28

 このゲーム、トレード機能がないから渡す時どうしても床に
 置かなきゃならないんだよね。
 他のゲームなら置いた奴が悪いなんて言われかねないけど、
 ノイズはなぁ。
 人が大勢いる所でやってたわけじゃないんでしょ?
 誰に盗られたのか言ってみたら?
 そいつが見てたら返してくれるかもよ(笑)。


そうですか 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 12:44

 もちろん、人目につかない所でやってましたよ。
 そしたら急にその人が出てきて持って行っちゃったんです。
 名前は確かエドとかいう人。
 レベル高そうな人でした……。
 見てたら返してくださーい(−人−)
 初めて取ってきた指揮棒なんです……。


ちょい待ち 投稿者:秋成  投稿日:200X.06.04 13:13

 本当にカタカナで2文字の『エド』だったの?
 エドはそんなことする人じゃないんだけどな。
 そもそも指揮棒くらい簡単に自分で取ってこれるレベルの奴
 だよ(笑)。
 見間違いじゃない?


合ってます 投稿者:純一  投稿日:200X.06.04 13:54

 一緒にいた友だちにも確認してみました。
 やっぱりエドさんです。
 返してー(/_;)



□■視点⇒御影・璃瑠花(みかげ・るりか)■□

 あの心理テストを利用したダンジョンをクリアした後、藤堂様のご連絡を待ちながら、わたくしは榊にNファクトリーの方々の履歴と現状を調べさせておりました。
 その結果わかったのは、皆さんそれぞれ異なった分野の大学や専門学校を出ていらっしゃるということです。
 例えばNファクトリー代表の前嶋様は、大学で脳に関する研究をしてらしたようで、卒業してからは独自に音と脳の関係について調べているようでした。
 グラフィッカーの矢渕さんはゲーム系の専門学校のCG科を卒業してからこのチームに入られたようです。音楽担当の3人やプログラム担当の2人は、音大卒でしたり美大卒でしたり、中には看護学校を出た方や教育学部を出た方もいらっしゃって、なんだかずいぶんとバラバラな印象を受けました。
 また、皆さん『ノイズ』の制作・運営は"趣味"ということで、別に本業を持っていらっしゃると思っていたのですが、どうやらそうではないようです。
 ゲームに関することは皆さん独学でここまでのゲームを作り上げたようなのですが、さすがにここに至るまでにはかなりの時間が必要だったらしく、一度就職した会社を辞めていらっしゃる方がほとんどでした。(前嶋様は一度も就職なさっていないようですが)
 滝田様に関しては、戒那様――羽柴・戒那(はしば・かいな)様が仰っていたとおりで、心理学界から追放されてしまったために仕事がこなくなってしまっていたところを、Nファクトリーに拾われたようでした。
 ここまで知ることができても、Nファクトリーのメンバーがどのようにして集められたのか、またどうして"音による感情操作"なんてしようと思ったかなどに関しては、わかりません。また藤堂様に関する情報も、榊には見つけられなかったようです。存在は否定していないけれど、痕跡は残していないということでしょうか。



 久々にゴーストネットに足を運んだわたくしは、『ノイズ攻略BBS』の中に、気になる書きこみを見つけました。
(――エド、様……?)
 どこかで聞いたことのあるお名前です。少し考えこんでから、わたくしはハッと気づきました。確か瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)様のお知り合いの方だったと思います。
 そして――
(この方も確か、先のダンジョンをクリアしていらっしゃるんですのよね?)
 わたくしは嫌な予感がしました。
 BBSに書きこんでいらっしゃる秋成様という方は、エド様はそんなことをする方ではないと仰っています。けれど被害者の純一様は確かにエド様だったと仰っているのです。
(この矛盾は……もしかしてっ)
 エド様は既に、実験台にされてしまったのではないでしょうか? だとしたら放ってはおけません!
 わたくしは戒那様に相談してみようと思いました。もしエド様が本当に実験台にされてしまっているのであれば、戒那様の力を借りなければならないからです。
 家に帰ってから、早速電話を入れました。
「――もしもし、戒那様? わたくし、璃瑠花です」
『お姫さんか。どうした?』
「実は……」
 わたくしはエド様のことと、わたくしの考えをお話しました。戒那様も当然あの書きこみのことはご存知だったようで、わたくしの話を聞いてずいぶんと驚いていらっしゃいました。
『俺はただマナー知らずな奴だなとしか思わなかったよ。よく気づいたなお姫さん。確かに可能性はある』
「わたくしたちは、どうしたら良いのでしょう?」
 可能性に気づいても、わたくしにはいい方法が思い浮かびませんでした。戒那様は電話口で『うーん』と唸ってから。
『まずは確認だな。本当にそうなのか。問題は心の在り様に関わることだ。早とちりはできない』
「そうですわね」
 もしこれが実験ゆえの結果でなかったら、Nファクトリー側はまだ動いていないことになるのです。そうしたらわたくしたちにできることは、藤堂様からのご連絡を待つことだけ。こちらから仕掛けることなどできないのですから。
『――そうだな、確認はこちらでやろう。皆にも協力をあおいでみるよ。お姫さんは引き続き藤堂氏からの連絡を待っていてくれ』
「わかりましたわ。よろしくお願い致します、戒那様♪」
『ああ、まかせろ』

     ★

 翌日。できればわたくしもゴーストネットに足を運びたかったのですが、モデルの仕事が入っておりましたので行けませんでした。
 けれどその日のうちに、わたくしは驚きの真実を知ることになります。
 それは昨日とは逆で、戒那様からの電話によりもたらされました。
『――お姫さん。お姫さんの予想は当たっていた。そしてそれ以上の真実が明るみになったよ』
「! それ以上の……ですか?」
 わたくしはまったく予想できませんでした。戒那様の口から伝えられる、真実の言葉を。
『エドは……エドは藤堂の息子だったんだ』
「――えぇ?!」
 するとどういうことになるのでしょう?
(エド様は藤堂様のご子息)
 そしてそのエド様は、今Nファクトリーによって実験台にされているのです。
 藤堂様はご子息が実験台にされる可能性があることをわかっていて、実験しようとしていたのでしょうか?
 それともただの偶然でしょうか。
 考えるわたくしの耳に、さらに届く言葉は。わたくしの想像をはるかに越えたものでした。
『Nファクトリー側は、藤堂を誘い出すためにエドを最初の実験台に選んだようなんだ』
「まぁ! どうしてそこまで藤堂様にこだわるのでしょう?」
『おそらく藤堂がいなければ、実験から先には進めないんだろうさ。滝田が入ったものの、実質的な藤堂の後釜は見つかっていないからな』
「あっ……そういえばそうですわね」
 後釜となる資格を持った羽澄おねーさま――光月・羽澄(こうづき・はずみ)様の情報は、藤堂様の手で消されましたもの。訪問以降もNファクトリーの様子をチェックしておりますが、さらに新メンバーが増えたという情報はありません。
 それから戒那様は、何故か電話の向こうで大きなため息をお吐きになりました。
「――戒那様?」
『ああ、すまない。――藤堂に直接繋がるのがお姫さんである以上、お姫さんには言っておかなければならないことがあるんだ』
「? なんでしょう?」
 もっと凄い事実を聞かせていただけるのでしょうか。わたくしは不謹慎ながら、ワクワクしてしまいました。
『藤堂から聞くまでもなく、Nファクトリーの目的がわかった』
「え?! なっ、何だったんですの?!」
 わたくしはつい大声を張り上げてしまいました。だってそれは、わたくしたちが藤堂様を捜していたいちばんの理由だったのですから。
 戒那様は言葉を選んでいるようで、一文字一文字ゆっくりと説明して下さいました。
『Nファクトリーが最終的に狙っているのは詐欺なんだ。まずターゲットを決めて、本人にはわからないように感情操作を施す。それにより本人はある感情を抑えられなくなり、自分自身に不安を持ち始める。そこへ近づいて、秘密裏に治してあげますよと囁く。そうして感情を元に戻すのと引き換えに、治療費を貰うという寸法さ』
「それは――あまりにも汚いですわ」
 ある意味憎しみの果ての殺人よりも汚い。
 わたくしにはそう感じました。
 何故なら感情がないからです。
(ただお金を、欲しているだけ)
 それだけのために、あんな素敵な音たちを悪用しようとしているのです。
「戒那様っ。わたくし、絶対にとめたいですわ!」
『俺もだ。――だが、皆にはまだ話していない。お姫さんも、藤堂の口から皆にそれが語られるまで、秘密にしておいてくれないか』
(え……)
 どこか変な、戒那様の言葉。
 何故秘密にしておかなければならないのか。
 何故戒那様はこのことを知ることができたのか。
 知りたいことはありましたが、戒那様にはきっと深いお考えがあるのでしょう。
 そう思って、わたくしは口を噤むことにしました。
「わかりましたわ。その代わり……エド様のこと、よろしくお願いしますね」
 エド様が本当に実験台にされているとわかった以上、元に戻すことができるのはやった当人たちと、おそらく戒那様だけなのです。
『それはもちろん、心得ているよ。――ああ、羽澄が藤堂にエドのことでメールを送ったらしいから、明日あたり本当に藤堂から連絡がくるかもしれない』
「わかりました。いつもより気合を入れてクマさんを放しませんわ!」
 わたくしが意気ごんで告げると、戒那様は笑いながら電話をお切りになりました。
(どこか変な戒那様……)
 少しでもお元気になって下さればいいのですが……。
 それからわたくしは、明日が待ち遠しくなって。少し早めに就寝することにしました。早寝早起きは健康のもとでもありますから!



「――花様! 璃瑠花様っ!」
 早朝。榊がわたくしを呼ぶ声で目を覚ましました。その後ろに、どこか聞き覚えのある曲が流れています。
「……ん、なぁに? 榊……」
「よろしいのですか? お電話が鳴っておりますよ」
「――!」
 瞬間、本当の意味で目が覚めました。
「よろしくな〜〜〜いッ」
 聞いたことがあるはずです。わたくしのクマさんPHSの着信音だったのですから。
 枕もとに置いてあったぬいぐるみに手を伸ばして、相手の方の電話番号を確認します。
(! 知らない方の番号だわ……)
 かなり期待して、わたくしは通話ボタンを押しました。
「はい。御影・璃瑠花ですが……」
 普段はフルネームで名乗ったりはしませんが(大抵わたくしだと思ってかけてきますから必要ないのです)、今日はあえて名乗ってみました。
 ――と。
『まぁ璃瑠花ちゃんっていうの。きゃわいい名前ね。どぉ? オジサンとお茶し』
  ――プツ
 思わず途中で切ってしまいました。
(なんて紛らわしいんですの!)
 普段なら知らない方の番号なんて出たりしません。今日は特別なのです。
「? どうかなさいました? 璃瑠花様」
 ボスンとベッドに身体を預けたわたくしに、榊が問いました。
「何でもないですわっ」
 わたくしは答えながら、先ほどの番号を着信拒否に設定しておきます。
「……!」
「おや」
 そのわたくしの手元で、またクマさんが鳴り始めました。先ほどとは違う番号です。
(んもう〜〜〜っ)
 こんな電話で大事な方からの連絡を逃すのは我慢できません。わたくしは通話ボタンを押してから、思い切り大きな声で言いました。
「お茶なんてしませんわ!!」
「………………」
 すると電話の向こうから返ってきたのは無言です。
(――あら?)
 先ほどとは何か違いますわね。
「璃、璃瑠花様……?」
 突然大声を張り上げたわたくしを、不思議そうな目で榊が見ています。そのわたくしは、不思議そうな目で手元のクマさんを見ておりました。
 ――やがて。
『あ、あの……この番号は、御影・璃瑠花さんで合っているのでしょうか……?』
 とてもとても控え目な声が返ってきました。しかもわたくしの名前を知っているということは、わたくしに用事があってかけてきたということです。
 わたくしはとても凄くかなりこれでもかというくらい嫌な予感がしました。
「も、もしかして――藤堂様でいらっしゃいますか……?」
 問いかけるわたくしの声も、お相手以上に控え目にならざるをえませんでした。
『あ、よかった……では合っているんですね』
 もちろん、わたくしの顔は真っ青です。
「大丈夫ですか? 璃瑠花様……」
 わたくしの百面相を楽しんでいる榊の言葉など耳に入りません。
「っ申し訳ありません!! 藤堂様っ。大変失礼なことを口走ってしまって……わ、わたくし……」
 ベッドの上に正座して、思わず何度も頭を下げてしまいました。すると藤堂様は。
『ははは。いえこちらこそ、こんなに朝早くに電話してしまいまして申し訳ありません。それと、羽澄さんという方からは何度もメールをいただいたのに、お返事できなくて……』
 とても紳士的な方のようで、わたくしは安心しました。
「そうでしたわ。お電話いただけたということは、昨日送られたメールをご覧になったのですわよね?」
(羽澄おねーさまが)
 昨日藤堂様に送ったというメール。それにはもちろん、エド様のことが書いてあったのでしょう。
『読みました。ですからこうして、お話する決心がついたのです』
「――会って、いただけますね?」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
 そうしてわたくしたちは、わたくしの登校前に一度落ち合う約束をしました。
(何故なら)
 藤堂様の気持ちが、よくわかったからです。
 何故こんなに朝早くに電話を下さったのか。常識人であればまずしないでしょう。それを破ってでも、藤堂様は早く知りたかったのです。大事なエド様のことを……。
(藤堂様はエド様が実験台になる可能性をわかっていて、実験しようとしていたのかしら?)
 なんてチラリとでも考えた自分が恥ずかしくなりました。
 わたくしはすぐにお風呂に入ると、登校にはかなり早いですが出かける準備をします。
(藤堂様は)
 わたくしを見たら驚いて下さるかな?
 不謹慎にも、その反応がとても楽しみなわたくしでした。
「――榊、そろそろ行きますわ。リムジンでお願いね」
「かしこまりました」
 恭しく頭を下げた榊は、わたくしのあとに続いて部屋を出ました。そしてホールからエントランスに抜けると、既に用意されているリムジンが見えます。
 わたくしは満足して、それに乗りこみました。
 待ち合わせ場所は、わたくしの通う小学校の最寄駅です。
 時間より少し早くつくと、既に駅の看板の下に見たことのある顔の男性が立っていました。――そう、わたくしたちが『偽りの草原』で見たNPCの顔とまったく一緒なのです。
(でも……本物の方が、とても若く見えますわ)
 そんなことを思いながら、わたくしは車を降りました。そしてゆっくりと、藤堂様に近づいていきます。
 藤堂様もわたくしに気づきましたが、まさかわたくしが"御影・璃瑠花"だとは思っていないようで、小さく微笑みかけてきただけでした。
 わたくしはさらに近づいて。
「おはようございます、藤堂様」
 目を見てはっきりと告げました。疑いようのないように。
「?! ――まさか君が……璃瑠花さんかい?」
 予想以上の反応に、わたくしはにっこりと微笑んで答えます。
「そうですわ。ご連絡下さって、本当にありがとうございました。御影・璃瑠花と申します。よろしくお願い致しますね」
 深々と頭を下げると。
「こちらこそよろしくお願いします。私は藤堂・芳文(とうどう・よしふみ)という者です。――『ノイズ』を、作っておりました」
 藤堂様も丁寧に挨拶を返して下さいました。
(やっぱり藤堂様は、素晴らしいお方です)
 わたくしの知る限りでは、大人には3種類あるのです。
 わたくしを見ても、態度のまったく変わらない方。
 わたくしが子供だと知って、急に態度を変えてしまう方。
 そして最後に、態度は変わらなくとも明らかに見くびった発言をなさる方です。
 藤堂様はやはりわたくしに驚いてはおりましたが、態度を変えたりなさらなければ、発言も変えられませんでした。
(ですからわたくしは、信じられます)
 わたくしは藤堂様を、リムジンの中へ案内しました。車の中ならば安全ですし、わたくしは学校へ向かいながらお話をすることができます。幸いこのリムジンの中には、ちょっとした喫茶店並みの設備はありますから。
「どうぞおくつろぎ下さい」
 わたくしが告げると、ちょうどいいタイミングで榊が飲み物を出してくれました。
「ありがとうございます」
 藤堂様は微笑んで小さく頭をお下げになります。……けれどやはり、落ち着かないようです。
「――璃瑠花さん」
「はい」
「これまでのいきさつを、聞いても構いませんか?」
「ええ、もちろんです。それにわたくしは、藤堂様に訊くべきことを既に知ってしまっておりますから……」
「え?」
「Nファクトリーの、本当の目的、です」
「ああ――そうですか。人々に夢を与えるはずの、ゲームを作る者たちが……幻滅したでしょう?」
「ええ、そうですわね。けれど藤堂様の決断は、正しかったと思いますわ」
 きっぱりと告げたわたくしに、藤堂様は苦笑して見せました。
"興味"
 それこそ藤堂様が、最初に『ノイズ』を手がけた理由です。けれどその先に待っていた悪魔の誘いを、藤堂様は振り切って逃亡しました。
(同じ逃げるということでも)
 正義に逃げることと犯罪に逃げることでは、天と地の差があります。正義に逃げることを、わたくしは罪とは思いません。やはり藤堂様の決断は、正しかったのです。
 それからわたくしは、これまでの出来事をすべて、藤堂様に伝えました。
 さすがにゴーストネットには出入りできなかった藤堂様にとって、わたくしの話は知らなかったことも多いようで、何度も頷きながら聞いていらっしゃいました。
 そしてすべてを聞いた後、藤堂様はゆっくりと口を開きました。
「――その羽柴さんという方が、息子を元に戻して下さるんですね?」
「ええ。早速今日、手配しておきたいと思いますわ。でも申し訳ありませんが、わたくしの学校が終わるのを待っていただきたいのです」
「それはもちろん構いません。息子が感情操作されるのはやはり『ノイズ』をやっている最中でしょうから、息子が学校に行っている時間ならば私も安心なのです」
「まさか学校に乗りこんでいくわけにもいきませんしね」
「確かに」
 わたくしたちは笑い合いました。
(お互いに)
 やっと安心できたのです。
 会うべき方に会えて。知るべきことを知れて。
 そしてわたくしにはもう1つ、藤堂様に言うべきことがありました。
「――藤堂様、わたくしが学校へ行っている間に、会ってほしい方がいるのですが」
「え……?」
「わたくしが御影トイズの会長をしていることは、もうお話しましたでしょう? 藤堂様さえよろしければ、わたくしの会社の採用試験を受けてみませんか?」
「え?! いや……でも、しかし……」
 わたくしの言葉がよほど意外だったようで、藤堂様はこれまででいちばん動揺した様子を見せました。
 わたくしはクスクスと笑ってから。
「社長には、既に許可を取ってありますわ。試験の手はずも整えてあります。ついでに身の安全も、保障いたしますわ」
「ですが、そこまでしていただくなんて……」
 藤堂様は困ったような表情をなさいました。
(そう)
 ここで「はい! 喜んで」という方なら、わたくしはこれほどまで"勿体無い"とは思わないのでしょう。
(藤堂様は)
 自分のいるべき場所をきちんと選択できるお方。
 それがわかっているから、こうしてお誘いしているのです。
「優秀な才能に投資することは、当たり前のことですわ。わたくしは藤堂様に、『ノイズ』のような素晴らしい"音のゲーム"を作ってほしいのです。『ノイズ』のテレビゲーム化は、残念ながら断られてしまいましたから」
 苦笑したわたくしに、藤堂様も苦笑を返して下さいました。
 それからしばらく考えるようにご自分の手元を見つめて。
「……そうですね。いつまでも逃げ回っていても、何も変わりません。巻きこみたくないと離れた息子をも、結局は巻きこんでしまいましたし……。そもそも彼らは私を殺そうとしているわけではない。それなのに私は何をそんなに怖がっていたのか――情けない話です。あなた方のように、『ノイズ』を愛して頑張って下さっている人たちもいるというのに」
「ええ。もちろん今後も、『ノイズ』を守るために実験を阻止していくつもりです。その時藤堂様がこちら側にいて下さったら心強い――そういう気持ちも当然ありますの」
 わたくしが言葉を終えると、藤堂様はまっすぐにわたくしを見据えて、頷かれました。
「ぜひ、試験を受けさせて下さい」



 学校が終わった後、わたくしは藤堂様と一緒にゴーストネットへと向かいました。戒那様には既に連絡してありますし、羽澄おねーさまにも連絡したところ、おそらく皆さん今日もここに来るだろう、ということでしたから。
 藤堂様はゴーストネットへ行くことに多少不安があるようでしたが。
「でも藤堂様、Nファクトリーの皆さんも、まさか藤堂様がゴーストネットに来るとは思っていないのでは? だとしたら逆に見張っていないんじゃないかと思うんです」
 わたくしがそう告げると、納得したように頷いて下さいました。
 藤堂様にゴーストネットへ来ていただきたかったのは、皆さんに紹介するためはもちろんのこと、エド様を捜していただくため、という理由もありました。
 わたくしたちはエド様のリアルを知りませんから、それがいちばん手っ取り早かったのです。
 藤堂様と一緒にゴーストネットへ入ったわたくしは、カウンターの店員さんに会員カードを差し出しました。当然藤堂様もお持ちのようで、すぐに差し出します。
 一応席を指定されましたが、わたくしたちはネットをしに来たわけではないのでそこへは向かいません。パソコンに向かって夢中になっている方々の顔をチェックするために、部屋の中を1周回ってみることにしました。
 その効果は、思ったよりもずっと早く、表れたのです。
「――! 親父?!」
 ガタンと椅子が倒れる音がして、1人の少年が立ち上がりました。中学生くらいの男の子です。
 ゴーストネット内は一瞬騒然となりますが、皆さんすぐに自分のパソコン画面へと戻っていきます。そうでないのは、その男の子とわたくしたち。そして先に来ていた、羽澄おねーさまや隼様、海原・みなも(うなばら・みなも)様に戒那様でした。
「文和(ふみかず)!」
 藤堂様はゆっくりと近づいていくと、最後にはその男の子――文和様を抱きしめました。
「本当に親父なのか……? 今までどこに行ってたんだよ?! 会社の秘密ぬす――うぐっ」
 こんな公共の場で、真実ではないにしても物騒なことを言わせるわけにはいきません。いちばん近くにいた隼様が、後ろから文和様の口を抑えました。
「その話はこっちで!」
 そしてそのまま奥の個室へと引きずっていきます。当然藤堂様も引きずられることとなり(!)、わたくしたちは笑いながらそのあとについていきました。
 いつもの個室に入り、思い思いの席につきます。わたくしは戒那様と羽澄おねーさまの間に座りました。
 隼様が文和様の口から手を外すと。
「うぐぐぐ……ぷは〜〜〜。あー苦しかった。何なんだよあんた! いきなりオレの口塞ぎやがって!」
「文和! 言葉遣いが悪いぞ」
「うぐっ」
 さすがに父親には頭が上がらないようです。
「だって……ホントにどこ行ってたんだよぉ。オレ心配してたんだからなぁー。母さんは放っておけなんて言うし、Nファクトリーの人たちは親父のこと犯罪者扱いだし……」
「文和……」
 もう一度、抱きしめました。
(それでも文和様は、信じていたんですね)
 そうでなければ、『ノイズ』なんてもうやめてしまっていたでしょう。こうして『ノイズ』を続けて藤堂様の帰りを待っていたことが、すべてを証明しているのです。
「――ホントにこいつがエドなのか?」
 その感動の父子再開を目の前にして、隼様がそう呟きました。
「あたしもちょっと……信じられないです」
 続いてみなも様が。
「何だよあんたたち。オレを知ってるのか?」
「あー知ってるとも。お前がこの2人をナンパするところ、しっかりと見てたからな」
 と、隼様はみなも様と羽澄おねーさまを指差しました。
「え? ……え?!」
「ナンパだと……? 文和、お前そんな歳で何を考えているんだ」
「知らないよオレ! 言いがかりだ〜」
 そんなお2人の父子らしいやり取りに、皆さんはクスクスと笑っています。もちろんわたくしも。
「おいお前! でたらめなこと言うなっ」
 キッと隼様を睨み上げる文和様に、隼様は。
「エドは意外と頭のいいヤツだったがなぁ。いい加減気づけ! 俺はファルクだ」
「あたしはみなもです」
「私はlirva」
 既に『ノイズ』内で会っているらしいみなも様と羽澄おねーさまも、キャラ名で自己紹介をしました。
「ファルク?! ファルクってあのファルクか? パーティーデュエルでオレに負け――いてっ」
「1対1じゃ負ねーよっ」
「何すんだよ〜」
 軽く頭を叩かれた文和様が、隼様に仕返しをしようと飛びかかっています。けれど身長の関係上それはとても無理なようでした。
 今度はまるで兄弟のようなお2人の姿に皆さん笑っています。
 ――と。
 戒那様だけは、真面目な顔をしていらっしゃいました。
「戒那様……」
 わたくしが声をかけると、ハッと我に返ったように。
「はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ大事な――儀式の時間だ」
 一瞬にして、部屋が静まり返りました。
「お? お? 何だ? 儀式って」
 何も知らない文和様だけが違います。
「璃瑠花さん、その方が……?」
 振ってきた藤堂様の声に、わたくしは頷きました。
「羽柴・戒那様ですわ」
 すると藤堂様は深く頭を下げて。
「どうか、よろしくお願い致します」
 戒那様は軽く頷きます。
「何? 何がはじまんの?」
「少しはじっとしてろ!」
 落ちつきのない文和様の、頭を隼様が小突きました。
「――文和、こっちに来なさい」
 やっと場の雰囲気を飲んだのか、おとなしくなった文和様は藤堂様のもとへと歩いていきます。戒那様も立ち上がってそちらの方へ行きました。
 椅子を2つ並べて、文和様と戒那様が向かい合って座ります。
「……オレに、何かするの?」
 心配そうな声を出した文和様に、戒那様は笑って。
「主役だからね」
「え? オレが主役?」
 今度は嬉しそうな声に変わりました。
「手を出して」
「うんっ」
 文和様が出した両手を、ゆっくりと戒那様の両手が包みこみます。
 ――サイコメトリー、しているのでしょう。
 目を閉じて自分の手を握り続ける戒那様を、不思議そうな顔で文和様は見ていました。
 そのまま、少しの時が過ぎました。
 やがてゆっくりと目を開いた戒那様は、長い息とともにその手を放しました。
「――やはりノイズ内の音が原因のようだ。例のフラグが立ったことで、キャラ自体にレアイベントのような扱いの"音"がくっついている」
「!」
 文和様以外の全員が、息を呑みました。
「? 何の話だ?」
 首を傾げる文和様に、誰も答えられる方はいません。
「羽澄」
「ん?」
「リラックスできるような音を出せるか?」
「歌でいいの?」
「もちろん」
 戒那様はそんな短い会話を羽澄おねーさまと交わしてから。
「キミはじっと俺の指先を見ていて」
 文和様の顔の前まで右手を上げて、意識を集中させました。
「羽澄、頼む」
 頷いた羽澄おねーさまは、大きく息を吸います。
  ♪Waldung, sie schwankt heran,……
 酷く澄んだ声が、空間を満たしていきました。リラックスしすぎて眠くなるような、そんな心地よい声なのです。
(さすが羽澄おねーさまですわ)
 きっと1/fのゆらぎですら、完璧に再現してしまうのでしょう。
 やがてその心地よさにつられて、文和様が眠るように背もたれに身体を預けました。それを見た戒那様は、文和様の耳元へと移動します。
 戒那様はわたくしたちにはあまり聞こえないように、気を遣って文和様に何かを囁いていらっしゃるようでした。それはきっと、あの時画面を見るなと仰った意味と同じだと思うので、わたくしたちはおとなしく終わるのを待ちます。
 10分ほどかけて、その儀式は終わりました。文和様はまだ目を瞑ったままです。
「このまま、少し寝かせてあげた方がいい。少々睡眠不足のようにも見える。よほどあなたのことが心配だったのかもしれないな」
 戒那様はそう告げると、藤堂様を見ました。
「文和は……?」
「もう大丈夫。けれど今後のことを考えるなら、"エド"はもう使わない方がいい」
「そうね。内側に入りこんでフラグを消したとしても、すでにNファクトリーの人たちと面識のある文和君では、何の意味もないわ」
 羽澄おねーさまが付け足しました。
「そうですか……わかりました。本当にありがとうございました」
 藤堂様は戒那様に深く頭を下げると、わたくしたちの方も向いて。
「皆さん方も、ありがとうございました。おかげでこうして、息子を助けることができました」
 もう一度、頭を下げました。
 隼様は少し照れたように。
「『ノイズ』を安全に遊ぶためだ。それにエドと、デュエル大会に出る約束してるしな」
「楽しみですね!」
 みなも様も声をあげます。
「……ありがとう」
 笑った藤堂様が、とても嬉しそうに見えました。

     ★

 それから藤堂様の口から語られたすべては、昨日わたくしが戒那様から聞いたものとほとんど同じものでした。
 皆さん様々な反応をなさっていましたが、わたくしが気になったのはやはり戒那様の反応でした。
(藤堂様が口にするまで)
 口にしないようにと仰っていた戒那様。
 藤堂様がすべてを話してしまわれた今――戒那様はとても複雑な表情をしていました。
 けれどわたくしはその理由を聞けないまま……いえ、聞かない方がいいと思ったのです。聞かなくてもいいことだからこそ、戒那様は言わないのでしょう。
(わたくしは信じています)
 戒那様を。皆さんを。
 信じているからこそ、口を噤む優しさも存在するのです。
 それは文和様に対しても、同じことが言えました。
 藤堂様は、Nファクトリーとのゴタゴタが解決するまでは、それを文和様には話さないとお決めになったのです。
 それに対するわたくしたちの意見は賛否両論でしたが、文和様をいちばん愛していらっしゃる藤堂様がお決めになったことですから、結局は皆でそれに協力することになりました。
 そうして少しずつ少しずつ『ノイズ』を変えていき、Nファクトリーを変えていき……いつの日にか笑って話せることを、わたくしたちは信じています。
(信じて頑張るのです!)




 後日。
 藤堂様は無事にわたくしの会社に就職が決まりました。
 そして隼様と文和様は、そろって週末のデュエル大会へと参加なさいました。
 結果は、優勝が隼様のファルク、準優勝が文和様のエドということで、隼様のリベンジは見事に成功したわけです。
 文和様はその大会を最後に、エドというキャラをデリートすることに決めました。藤堂様に、『ノイズ』をやめるかエドを消すかという究極の選択を迫られたようです(笑)。
 結局文和様がデリートの方を選んだのは、やはり藤堂様と同じくらいに『ノイズ』を愛しているからでしょう。
(絶対)
 守らなければいけませんね!










                            (了)

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号/   PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
【 1252 / 海原・みなも / 女  / 13 /  中学生   】
【 0072 / 瀬水月・隼  / 男  / 15 /
                高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【 1282 / 光月・羽澄  / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 0121 / 羽柴・戒那  / 女  / 35 / 大学助教授  】
【 1316 / 御影・瑠璃花 / 女  / 11 / お嬢様・モデル】



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          ライター通信          
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 ご参加ありがとうございました_(._.)_ 『ノイズ』3作目のお届けです。
 今回はついに、藤堂さんの登場とあいなりました。大変お待たせいたしました(笑)。
 書き始める前は「これで終わるのかな?」と思ってこのタイトルにしたのですが、どうやらもう1本続きそうです。よろしければまたお付き合いくださいませ^^
 毎度のことながら、各視点により詳しい部分が違っていますので、あわせてお楽しみいただければさいわいです。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝