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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


黒い電話

【オープニング】
  「編集長〜☆」
 三下は編集部の扉を開けるなり、妙なテンションで碇を呼んだ。
 「ネタ仕入れてきました!」
 碇がそちらを振り向くと、そこには得意顔の三下と、スーツを着て黒縁眼鏡を掛けた茶髪の若者が立っている。彼は何となく状況を理解していないような顔で編集部を見回していた。
 「あら珍しい。ところで彼は?」
 碇が三下と若者に近付きながら問うと、三下は胸を張って答えた。
 「彼、浅野龍平さんは、宇宙人なのです!」
 碇は品定めをするように龍平を眺める。龍平は相変わらずキョトンとしているだけだ。
 「…没」
 呟くように言って、石化した三下を置き去りに去っていく後ろ姿を引き止めたのは龍平の声だった。
 「僕の知人のケータイに、最近妙な電話がかかってくるんです。気味が悪いからって、預かってきたんですけど…。なんでも、<黒電話>と名乗る男が『携帯電話を捨てろ』って脅迫まがいに毎日。何故か履歴は残らないし、天井から足音がするとかで相当参ってましたよ」
 碇はサッと振り向いて、笑顔を作った。
 「三下くん、調査」
 有無を言わせぬ口調と、自分の勘違いとで三下は少々混乱しながら頷いた。それを見て碇は付け加える。
 「浅野くん、でいのかしら?もちろん、あなたは宇宙人ではないわよね?」
 三下は少しだけ顔色を悪くさせながら龍平の答えを待つ。
 「いや、宇宙人っていうのは、ホントですけど…」
 まっすぐ前を見たまま、言い放った。
 「…。とりあえず、調査がんばってね」
 碇は聞こえない振りをしつつ自分のデスクに戻った。

*ファーストコンタクト*

 編集部の一角に、来客を迎えたり編集者達が仮眠をとったりする場所がある。そこの低いテーブルを挟んだソファには5人の男女が座っていた。
 「えーと、では協力者の皆さんに浅野さんから説明して下さい」
 「えっ!?コレ、コレってもしかして今業界で話題の?!」
 三下が例のケータイに付いて詳しく訊こうと龍平の方を向いたが、彼はテーブルの上に置かれた缶に夢中だった。
 「えぇ、よく御存じですね。お茶、好きなんですか?」
 その茶葉の入った缶を持ってきた黒髪の女性、天薙撫子は予想外の反応に少し嬉しそうに言った。龍平は首肯して続ける。
 「そりゃぁもう。あ、でも緑茶が一番ですね。この前喫茶店に行ったら緑茶がなくって。ホント困ります。茶と言っておきながら緑茶を出さないなんて…。緑茶は本当においしいですよね!」
 微妙に脈絡のない話し方に少し戸惑った撫子だったが、お茶好きとして素直に頷いた。
 「そうですね。わたくしは色々なお茶が好きですけど、緑茶の中では今これがかなりおいしいと思いますよ」
 「飲んでみたかったんですよー。あぁ来てよかったー」
 龍平は嬉しそうにお茶の缶を眺めていて、テーブルの上に置かれたケータイには目もくれない。
 「ちょっと!ちゃんと説明してよー。気になってるんだからね!」
 そのケータイを掴んで立ち上がったのは、銀の髪に銀の目を持った小柄な少女、海原みあおだった。遅々として進まない話に少し苛立った様子である。
 「そうよ。詳しい話を聞かないと協力しようがないわ」
 今まで苦笑いをしながら龍平を見ていた、切れ長の瞳を持つ女性、シュライン・エマもみあおに同意した。放っておけばいつまでもお茶トークを繰り広げそうな雰囲気があったからだ。
 「あー、じゃぁまずコレの持ち主の事から話したらいいですか?」
 「そうね」
 みあおからケータイを受け取って言った龍平に、シュラインは首肯した。龍平は話し始める。
 「…彼は一年前にコレを買いました。本人が『愛機』と呼ぶ程ですから、相当使い込んでると思います。でも10日前に地下鉄の中に忘れてしまったそうです。中に個人情報を入れていたからか2日後には運良く手元に帰ってきたそうなんですが、その日からケータイに<黒電話>と名乗る男からの脅迫が入り始めた、と」
 「『愛機』ですか…壊さないように調査しなければなりませんね」
 撫子が確認するように言って、龍平が「そうしてもらえると助かります」と答えた。
 「手元になかった2日間が怪しいですね!」
 三下は自信ありげに言ったが、それはこの場にいる全員が理解している事のようにも思えた。
 「うん、みあおもそう思うよ。っていうか、<黒電話>ってなに?」
 みあおは三下の意見に関心もせずさらりと流し、素朴な質問をした。シュラインが驚く。
 「あぁ、みあおちゃんは知らないのねぇ。若いから」
 「今のようにボタンを押すタイプではなくて、ダイヤルを回すタイプの電話ですよ。わたくしの家にも小さい頃あったんです。黒くてつやつやしていて、妙に存在感があったのを覚えています」
 撫子はそう説明し、みあおは「テレビで見た事あるかも」と納得していた。
 「その<黒電話>の話も、彼はイタズラだと思って放っておいたんです。確かに履歴が残らないのはかなり奇妙ですが、こちらに<黒電話>に従う理由はありませんから。でも3日前くらいから夜中に天井裏を歩くような音が聞こえ始めて、さすがに気味が悪いと僕の所に持ってきたんですね」
 「よーし!まずはケータイ自体を調査しよう」
 「お願いしまーす」
 説明が終るとみあおは目を輝かせ、龍平は他人事だからなのか、気軽そうに言った。
 「その前に!」
 しかしそれをシュラインが止める。切れ長の目が、いつもより幾分か鋭くなっていた。龍平が驚いてそちらを向くと、彼女は言った。
 「この前の依頼のお金、振り込んでないでしょう?私はワザとじゃないと信じてるけど、武彦さん困ってたわよ。もう…。一応住所と電話番号を教えてくれない?」
 シュラインが言い終わるか言い終わらないかという時、龍平の持っているケータイが光りながら着信を告げた。ちなみに着メロは今流行りの曲だった。
 「着信の電話番号が出ない!きっと<黒電話>からですよ。出ますか?」
 龍平はシュラインの発言には何も答えずにそう言った。一同は少し焦って、結局はその電話に出るように示す。龍平は何のためらいもなく通話ボタンを押した。
 「もしもし?」
 『私は<黒電話>だ』
 あらかじめ音量を大きく設定していたのか、電話の相手の声があまり大きくはないがはっきりと聞こえる。<黒電話>と名乗る低い声を聞いて、その場に緊張が走った。
 『電話の持ち主が変わった所で私の行動が変わる訳ではない。私の、いや我々の主張がくつがえる事は考えられない。理解できるか?』 
 「いえ、全く」
 男の静かな言葉に、龍平はにべもなく答える。不用意な言葉に彼以外の4人が少し緊張した。
 しかし男は、電話の向こうで小さく笑ったようだった。
 『素直なのはいい事だ。この電話の前の持ち主よりは話を聞く気がありそうだな。あの男ときたら、私が話している途中でいつも電話を切るのだから…』
 「目的は何ですか」
 龍平は言いつつもだんだんと後ろを向いていく。彼の後ろの編集者達の机の上には煎れられたばかりのお茶がふるまわれている所だった。
 <黒電話>は何事か話し始めた。その時。
 「あー!!!」
 「あ」
 ガン!龍平の手からケータイが滑り落ちてテーブルにぶつかった。みあおが慌ててそれを拾うが、当たりどころが悪かったのか通話は途絶えていた。
 「なにやってんのよ」
 「なにしてんですか!」
 「あーあー」
 シュラインと三下とみあおに責められて、龍平はすまなそうな顔をする。
 「だって後ろから良質の緑茶の香りが…」
 「あれはさっきわたくしが編集部の皆様に持ってきた、これと同じ緑茶です…。浅野様、本当にお茶が好きなんですね…」
 撫子は苦笑しながらも、目だけで「好きにも限度があります」と言っていた。電話はそれからしばらく、来る事はなかった。

*セカンドコンタクト*

 電話が来るのをただ編集部で待つと言うのも無駄だと思い、5人はこのケータイが忘れられたと言う地下鉄の駅に来ていた。ここで降りる時に座席に置き忘れてしまったらしい。
 地下鉄が通過したばかりなのだろうか。薄暗いプラットホームに人はまばらだった。時間的な問題かもしれない。時折、地下鉄独特の不思議な音が反響して聞こえてくる。淀んでいるのかひんやりしているのか微妙な風が吹いていた。
 「何か無気味な感じがするね」
 「薄暗いし…日常とは少し違う音がするわよね」
 みあおが線路を見下ろしながら言い、 シュラインが同意する。
 「霊的な感覚で言えば、少し嫌な感じが…」
 「やめて下さいよー…人身事故だって結構起きてるんですから」
 巫女でもある撫子の言葉に、三下が逃げ腰になる。
 「宇宙人的感覚ではどうなの、浅野くん?」
 「え、僕?」
 シュラインに急に話を振られて龍平は少し戸惑う。
 「そぉだ!浅野宇宙人だもんね。みなもお姉さんに聞いたよ」
 みあおは楽しそうに言うが、信じているのかいないのか、その口調からはわからない。
 「宇宙人?」
 訝しげな声を上げたのは撫子だ。そんな彼女に、龍平は何故かネクタイを直して言った。
 「はい。僕は宇宙人です。比喩ではないです」
 「はぁ…。お茶好きの、宇宙人…」
 愛想良く笑った龍平に、撫子は戸惑って呟く。
 「ヘンな奴ー。世の中にはホント、色々な人がいるね」
 みあおは感心したような馬鹿にしたような、微妙なニュアンスで言ってシュラインを苦笑させた。そのとき龍平のポケットの中から、さっき聞いたのと同じ流行歌の着メロが鳴り出す。
 龍平はポケットから光りながら着信を告げているケータイを取り出して開いた。その画面にはやはり、相手の電話番号が表示されていない。
 「もしもし」
 龍平は先程と同じように躊躇なく電話に出た。
 『俺は<携帯電子ペット>だ!俺の栄光の時代を返せ!何でもかんでもすぐに忘れやがって、都合のいい作りしてるな、オマエらの頭は!』
 ぶつっ。ツーツーツー…。
 「えっと…切れました…」
 若い男の声はまくしたてるように一方的に怒り、一方的に通信を絶った。龍平は困ったようにケータイの画面を見、会話が聞こえていた面々は首をひねる。
 「<携帯電子ペット>…?」
 三下が一同の疑問を代弁するように呟き、そこで助け舟を出したのは<黒電話>のときと同様、撫子だった。
 「もしかして<たま●っち>とか、あれ系のことではないでしょうか」
 「なるほど。そうね。それで<黒電話>が<私達>と言っていた理由がわかったわ。この二つの共通点…」
 シュラインが納得したように言って、その後を龍平が引き継ぐ。
 「地球産の商品、ですか」
 「今は使われてないけど、昔流行ったり、普及してた物だね!」
 「きっとそうよ、みあおちゃん!」
 龍平の自信に満ちた言葉は簡単に無視された。まぁ当然だが。
 「じゃぁ、アレですか。トイレのスッポンとか…」
 「例えが微妙ですけれど…わたくしもそんな感じだと思います」
 三下が頷きながら言って、撫子も曖昧ながら首肯する。
 「さっきの<携帯電子ペット>と言う方の話を聞くと、わたくし達に忘れられるのが嫌だったみたいですね」
 「と、考えると<黒電話>達の目的は私達に自分達の存在を誇示する事かしら」
 「わかんないよ?今普及してる物をぜーんぶ壊して自分達が戻ってくる気かも!」
 「それは怖い!」
 「それは怖いですね〜」
 撫子とシュラインの考えから出たみなもの憶測に三下は恐がり、龍平は相変わらず他人事のような物言いだった。
 「相手が危険な思想を持っていたときの為に、ケータイ自体に結界を張っておきましょう。今まで平気であっても、これからどうなるかわかりませんから」
 撫子はそう言って龍平からケータイを受け取り、手慣れた様子で結界を張り始めた。
 
*ラストコンタクト*
 
 『我々が憎んでいるのはこの空虚な時代の流れと、その流れに身を任せ続ける人間だ。長い間連れ添おうが、爆発的な人気を得ようが、それに代わる物が現れたら最期。時代の片隅に取り残されてしまう。わかるか、この悲しみが』
 電話越しに、<黒電話>はそんな風に言った。
 『我々は忘れ去られた物の意志、そのものなのだ。だから、今最も普及している携帯電話を通して話している。こいつは有害な電波を出すそうじゃないか。地下鉄に乗るときは電源を入れる事すら規制されている…。人間はいつも、副産物を生み出してしまうのだな。しかしそれすらもいつか、忘れ去られる』
 「そりゃ、そうですよ。人は忘れないと生きていけないんです。お気持ちは察しますがね」
 龍平は淡々と言った。
 「悪いけどその通りなのよ<黒電話>さん。<忘れられる>という事については、私達もあなた達も条件は同じだと思うけど」
 「そっか、いつかはみあおの事を誰も知らない時代だって来るんだね…」
 「なるほど、確かに」
 シュラインの言葉に、みあおと三下が納得してそう言った。
 『だからといって…!』
 <黒電話>にこちらの会話は全て聞こえているようで、彼は反論しようとした。
 「理解して下さい。あなたがこれ以上誰かに迷惑をかけたり、不毛な問答を続ける気ならば、わたくしは不本意な行動を取らなければならなくなります」
 撫子が少し切なそうな顔で言う。龍平は『通信中』と書かれた画面をとくに何の感情も表わさずに眺め、
 「だ、そうですよ」
 とだけ言った。<黒電話>はしばらく沈黙する。
 『…わかった。理解しよう。我々とて、時代の流れに逆らえない事はわかっていた。時の流れを止められないのと同じ事だ。しかしな、抵抗をしてみたかったのだよ。…迷惑をかけてすまなかった。あなた方は、我々のような存在がある事を忘れないで欲しい。ささやかな頼みだ』
 「わかりました。大丈夫ですよ」
 龍平がそう言うと同時に、通信が途絶え、それと同時にケータイから白い靄のような物が一瞬だけ上がった。その途端。
 バキッ!
 「…え?」
 5人が呆然とそれを眺める。真っ二つになった、携帯電話を。
 「多分、<黒電話>様達の霊の重さに耐えられなかったんでしょうね…」
 撫子が言い、龍平は地面に落ちたそれを拾い上げる。
 「お…怒られるぅー!!!」
 龍平の悲痛な叫びが、そろそろ人の増えてきた地下鉄のプラットホームに響き渡った。
 
*事後処理*

 「物にも意志って宿るものなのねぇ…」
 薄暗い地下鉄から出て歩いているとき、シュラインが感慨深げに呟いた。
 「そうですねぇ…」
 その呟きに龍平が応える。
 「これからは物を大切にしなきゃいけないわね」
 シュラインが笑顔で言うと、龍平は苦笑した。
 「そうですね。ケータイは壊れましたがね…」
 「……」
 微妙な沈黙。
 「あれ、そう言えば壊れたケータイどこにやったの?」
 「世の中には忘れちゃいけない事があるんですね」
 半ば強引に話を変えられた気がしたが、シュラインは今日の事件の事を思い出して頷いていた。
 「うん。忘れないようにしなきゃね。…忘れない…?」
 シュラインはどこか引っ掛かるモノを感じて繰り返した。
 「そうだ!前回の支払い!!」
 思い出して龍平に指を突き付ける。
 「げっ…あー忘れてました!」
 「今『げっ』って言わなかった?…まぁいいわ。ちゃんと払っておいてね。振り込み方わかる?」
 シュラインは龍平に少し(かなり)不信感を抱きつつそう訊いた。
 「失礼ですね。大丈夫ですよー。…多分」
  憤慨したように言った龍平の、最後のごく小さな呟きを耳にしてシュラインはちゃんと教えようとして彼に向き直る。しかし。
 「あれ…?」
 そこにはもう龍平の姿はなく、シュラインは彼が無事に支払を済ませてくれる事を祈るばかりだった。
 
オワリ

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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1415/海原・みあお/女/13/小学生
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

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■         ライター通信            ■
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 何かと不可解な事の多い、佐々木洋燈です(どんな。 シュラインさん2回目!すごく嬉しいですー。かなり好きなんで!!何となく前回の続きを引っ張ってきました。これからもそういう感じで行こうと思ってます。あと、草間サンが可哀相なのであまり滞納しないように言っておきます(笑。
 龍平は私自身まだ掴めてないキャラなんで、これからどうなるか楽しみです(ぇ。 これに懲りず、また会いに来ていただければ幸いです。ではまたどこかで〜☆