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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


人身御供ピックアップ

■オープニング■

 ある日の月刊アトラス編集部内。
「こちらに空五倍子唯継(うつぶし・ただつぐ)って居ない?」
 爽やかな笑顔。天然と思える淡い茶色の髪と深い漆黒の瞳、抜けるような白い肌をした美形。年齢不詳の男。取り敢えずは御指名の空五倍子より多少年上そうには見えるか。少々軟派にも見えるかもしれない。
 この男は部屋に入ってくるなり、迷いもせずまっすぐ編集長のデスクまで来ると、開口一番そう言った。
「…はい?」
 いきなり言われても、麗香としては訊き返すしかない。
 そもそも空五倍子は編集部の人間ではない。正直なところ、売れ筋の…けれど外注先に過ぎない。
 この男の質問はやや見当違いに思われる。
「ダメだったら三下忠雄でもいいや」
「………………はい?」
 その御指名の人材の飛びっぷりはなんだ。
 碇麗香は訝しむ。
「ちょっと俺に、貸して?」
 にっこり。
 男は満面の笑みを麗香に向ける。
「…そもそも、貴方、どちら様かしら?」
 不覚にも笑顔に負けそうになりつつ、麗香はどうにかそれだけ訊いた。
「俺は鬼湖藍灰(くい・ふーらんほい)っての☆ …空五倍子に訊きゃ、誰だかわかるよん」
「鬼…って…ひょっとして貴方、仙人?」
 最近そんな『姓』の仙人が数名この辺りをうろついていた気が。
「三下忠雄もダメだったら他に誰か借りれないかなあ?」
「…何の用だって言うの」
「ちょっと宝貝の実験に付き合って欲しくてね♪ 勿論、記事にしてくれても構わないよ♪」
「…」
 ここらをうろついている鬼家の仙人となれば六百歳前後と仙人にしては基本的に若めだが、能力的にはそれほど低くない上、人界への興味も強く、仙術知識のガードも甘い。即ち秘密主義では無く、ある程度、大っぴらだ。
 …ネタの提供は本当な可能性が高そうである。

 湖藍灰のラストの科白に、麗香は反射的に誰を送り込もうか考えた。


■そして送り込まれる人々■

 と、麗香が考え込んだその時に。
 編集部の前に和服の似合う黒髪の美少女がふと見えた――確かあれは、天薙(あまなぎ)のお嬢さん。
 人身御供その一発見。
 彼女は何も知らず、麗香の前までとことことやってくる。
「こんにちは。碇様」
「良いところに来てくれたわ。撫子(なでしこ)さん」
 彼女が側に来るなり、ぽん、と優しく、それでいて意味ありげに肩に手を置く碇麗香編集長。
「…はい?」
 撫子は当然要領を得ない。
「…取材をお願いしたいのよ」
「わたくしに、ですか?」
「その通り。こちらの仙人さんに宝貝の取材なの。撫子さん興味あるんじゃないかな、と思ってね」
 麗香は湖藍灰を示しつつ撫子に告げる。
「仙人様に宝貝の取材ですか!?」
 言って撫子は麗香に仙人だと紹介された相手こと湖藍灰を見た。
 …取り敢えずふつーの兄さんである。
 かなり美形ではあるが、あまり仙人と言う風体ではない。
「是非」
 にっこり。
 追い打ちを掛けるよう、撫子に笑い掛ける湖藍灰。
「ちょっとした実験のお手伝いをして欲しいんですよ☆ 素敵な大和撫子のお嬢さん♪」
「って話なんだけど、どうかしら?」
「碇様の仰る通り確かにわたくし、宝貝や…仙術関連には興味御座います。面白そうですね。やります!」
「有難う。そう言ってくれると信じていたわ」
 微笑む麗香。
「で、あの…いったいどのような実験を?」
 撫子は小首を傾げ湖藍灰に問う。
「まー、だいたい簡単な動作確認だね。物は結構たくさんあるから、直に見て好きなの選んでくれていーよ。但し結構洒落にならない能力持ってる宝貝もあるから気を付けてね♪ 心配だったら俺に一声掛けて、使ってみる前に物を確認してからにしてくれると間違い無いかな? あんまり女の子に無茶はさせたく無いからね」
「そうですか…。わかりました。それからもうひとつ構いませんか?」
「どーぞ?」
「宝貝と仰いますが…それでわたくしが思い浮かべますのは…封神演義に出てくる『乾坤圏』や『太極図』などになるんですけれど、その類の物と考えて宜しいのでしょうか」
「あ、うん。封神演義に書いてあるものも結構あったと思う。『大極図』みたいな完全屋外用?のだとちょっと上手く実験に使えるだけの広い場所が無いかなとか思うけど。…ま、三十年くらい前に質流れしてた奴を安く買い取ったりもしてるから人界に名前が知られてる物も結構あると思うよ☆ あの辺の物って古いからちゃーんと動くかわからないし、充分実験対象の内だからね?」
「…」
 撫子は俄かに言葉を失う。
 質流れって何。
 …仙界でも質があるのか。
 と。
「また何か楽しいお話ですか?」
 いつの間にそこに居たのか、涼やかな声がすぐ側から掛けられる。
 撫子は声の主を見て驚いた。
「みその様じゃ御座いませんか!」
「お久しぶりです、撫子様」
 静かに微笑んだのは両脇の深いスリットも際どい妖艶な黒のチャイナドレスに身を包んだ海原(うなばら)みその。長い長い髪も、今日は服装に合わせてか綺麗に結い上げておだんごが作ってある。
「あら、みそのちゃんじゃないの! 貴方も良いところに」
「良いところ、なのですか? 碇様?」
 そしてやっぱり撫子同様要領を得ないみその。
 横から湖藍灰がひょっこり顔を出した。
「おお随分そそる格好のお嬢さんですね☆」
「…言っとくけどみそのちゃんは十三歳ですからね」
 下手な事考えるんじゃ無いわよ?
「それは随分確りした発育なさってらっしゃるようで」
「はあ」
 何を話しているのかわからない(本当か?)と言った様子のみその。
「ま、そりゃ良いとして…こちらちょっと不思議な雰囲気のお嬢さんですね。ひょっとして、『この世界とは違う場所』で生きている方ですか?」
 湖藍灰たち仙人が『この世界』を『人界』と呼ぶように、『この世界』の事を『何か別の名称』で呼び慣れて居るような方か、と。
 その問いにみそのはゆっくり頷いた。
 彼女は通常、深海の更に奥底に居る――悠久の時の中で神を封じ、その御魂を慰める為。
「はい。深き淵で巫女をしております。良い御土産話を持ち帰る事が出来れば、と思って良く“陸”に来るのですけれど」
 …それと、妹に会いに。
「だったらこれまたちょうど良いね。どーぞ宝貝の実験にお付き合い下さいな♪」
「宝貝ですか? それはいったいどのような?」
「俺みたいな仙人の持ってる道具の事でね。昔から知られてる物もあれば気紛れで造ったりする事もできるんだ☆ それぞれ違った便利な能力があって、頼みたいのはそれらの動作確認みたいな実験なんだけど」
「貴方様は仙人の方なのですか?」
 みそのはそこで更に興味を示す。
 …仙人の方のお話を聞く事が出来るのは得難い好機。
 彼女の目的は基本的に“神”様へのお土産話、になるから。
「一応ね。仙人の中ではぴちぴちの若い方になるけど☆ 向こうは数千歳とかザラな世界だから☆」
 …どうでも良いが500歳過ぎでぴちぴちは無いだろう湖藍灰。
「ところで実験と仰いましたよね。お手伝いできるようでしたら致しますが…ただ、わたくし運動神経は無いに等しく、一般的な知識はあまりないと自覚しております。いかほどお役に立てるのかは…非常に微妙かと思われますが」
「そりゃ全然構わないよ? やってくれるって言うんなら♪」
「でしたら。喜んで遣らせて頂きますわ」
 ふわりと嬉しそうな顔をするみその。
 これで二人目。
 と。
「…さっきから何賑やかになっとるん」
 湯呑みを持ってそそくさと近付いてきた銀髪に眼鏡の男。
「厄介事やったらめんどいかな思ぉて黙ーって暫く様子見とったんやが…なんや楽しそうな話なんか?」
「あ、忘れてた!」
 麗香は銀髪に眼鏡の男――その大阪弁を操る日系ロシア人な男子高校生を見、びしっと指差して思わず声を上げる。
 三人目…と言うか考えるなら一人目と数えて良かった存在、元々ここに来ていて暇だったので茶を飲んでいた淡兎(あわと)エディヒソイこと愛称、エディー。
「忘れてたってなんやねん編集長。うちはひっそり茶ぁしばいとっただけやないけ」
 ぶつぶつと言うエディーを余所に、麗香は湖藍灰に視線を移す。
「湖藍灰とか言ったわね。こいつも使ってくれて良いわよ☆」
「…はいィ?」
 唐突に見慣れぬ美丈夫に紹介されたエディーは面食らう。
 誰だこれ。
 て言うか『使ってくれて良い』って何。
「あ、そーなの? 何だか面白そうな男の子だよね」
 にこにこと笑いながら湖藍灰はじーっとエディーを観察する。
 そしておもむろに問い掛けた。
「ねえねえ君は何か出来る?」
「…えーと、ちょい狭い範囲ですが重力操れますけど。それと射撃…」
「え? 重力操れるの??」
「はいな」
「そりゃいいねえ。ちょうど打ってつけの宝貝もあるんだ♪」
「…はあ」
「んじゃ君も決定って事で♪」
 ぱん、と両手を合わせ湖藍灰はにこにこにこ。
 だからその笑顔はある意味有害です。
「…で、どうかしら?」
 宝貝の実験とやらにお付き合いするのはこの三人で?
 麗香は湖藍灰に言ってみる。
「う〜ん。もう少し集まらないかなあ?」
「…って貴方、初めは空五倍子ひとりだけ指名してなかった?」
「いや、あいつなら何やらせても良いからさー。それに、三下って奴も結構何でもやらせて大丈夫な奴だって聞いたから」
「…空五倍子が?」
 そう言ってたの?
「いーえぇ。少し前に道端で小耳に挟みまして。で、ここの近場のネットカフェによく居る丁(てぃん)に聞いたらそれはアトラスの三下忠雄の事じゃ? と返答頂きました訳ですよ」
「…はい?」
 変なところで有名人になっている三下忠雄。
 そしてきっと貧乏籤の確率が増加して行く切っ掛けに…正に不幸の申し子。
「ま、それはそれとして、お願いしますって☆」
「仕方ないわねえ…奴にも電話してみるか」
 そして麗香はぴぽぱぽ電話を掛ける。
 るるるるるるる、と呼び出し音の後、相手が出る気配。
「あ、綾和泉(あやいずみ)? ねえねえ今暇じゃない? …勿論用があるから掛けてるのよ。ええ。仙人が宝貝の実験手伝ってくれって話持ち込んできて。私としては取材してきて欲しいんだけどね。実験でやる事は宝貝の動作確認らしいわ。何だかいろんな宝貝があるから選んでいいんですって。それに…もし万が一多少の怪我をしても貴方なら大丈夫でしょ? 助けてくれるわよね? ええ。じゃあ宜しく頼むわ」
 話が付いたと思ったら通話を切る。
「猫被り男呼んでみたわ」
「は?」
「きっと会ったら面白いと思いそうだからね。貴方」
 今ここで湖藍灰が面白いと興味を持った三名を考えるに。
「そうですか。…期待しちゃお♪ で。他にはどうでしょ?」
「…まだ?」
「はい」
「…じゃあもう一件掛けてみる?」
「是非☆」
 そしてまたるるるるるるる。
 相手が出た。
「…アトラスの碇なんだけど。ごめんなさいね雪ノ下(ゆきのした)、忙しいところに。ちょっとお願いしたい事があるんだけど…今出れない?」
 と。
 麗香の科白の途中で湖藍灰の目の色が変わった。
 何やら悪戯っぽく。
 口を挟む。
「…ちょっと待って下さいお嬢さん、今雪ノ下と仰いましたか」
「へ? ええ」
「ほー。電話替わって♪」
 言ってさりげなく麗香から受話器を奪う。
「ちょ、ちょっと? 貴方?」
「…はぁい。お電話替わらせて頂きました鬼湖藍灰と言います以後どーぞ宜しく。そちらさん雪ノ下って言うんだって? って声が若いね? ひょっとしてお孫さん? ねえねえ、おじいちゃんの名前龍海(たつみ)って言わない? 合ってる? やっぱりね。たっちゃんの若い頃と凄く声似てるもん。え? うん。そーそー。その通り♪ て事で連絡付けてもらえない? っていやー、頼もしいねえ♪ ありがと。宜しくねん♪」
 湖藍灰はごきげんのまま受話器を麗香に渡す。
「もしもし? 雪ノ下? え? 爺さん寄越すって? なんで? …いや、構わないけど。話を持ち込んだ当人がそれで良いみたいだから」
 麗香はちらと湖藍灰を見る。
「…って、え? 知り合い? 因縁がある? …はぁ。…何だかよくわからないけど頼んだわね」
「たっちゃんが来るならこれで打ち止めで良いや♪」
 困惑気味な麗香を余所に、にこにこ御機嫌な湖藍灰。
 …て言うか「たっちゃん」て雪ノ下さんとこのお祖父さんの龍海さんの事ですか鬼湖藍灰。

■■■

 暫し後。
「よぉ」
 唐突にそこに居た筈の誰とも違う声がした。
 あ、と目を輝かせて湖藍灰が外に面した窓を見る。
 それにつられて皆の視線もそちらに向いた。
 と。
 …そこに。
 何処となく孫のオカルト作家に似た雰囲気を持つ銀髪の老人が窓枠を掴み、現れていた。
「お嬢さんよ、孫から話は聞かせてもらったぜ。…このベテラン道士に任せときな」
 その老人――龍海は麗香を見、にやりと笑う。
 …いや、ちょっと待って下さいここ何階でしたっけ? 窓から来ますか御老体?
「うわぁホントにたっちゃんだ〜☆」
 足取りも軽く窓際に近付く湖藍灰。
 そちらの仙人にも龍海はふ、とハードボイルドに笑ってみせる。
「…五十年ぶりだな鬼仙人、大陸での借りを返しに来たぜ」
「本っ当ご無沙汰☆ 元気してた?」
「おう。あんたも小憎らしいほど元気なようだな」
 言いながら龍海はすらりと長剣を抜いたかと思うと、鋭く湖藍灰に向け横薙ぎに振るう。一方湖藍灰は当然のようにひょいと飛び跳ねその剣を避けると、その身はあろう事か剣身の上にあった。片足の爪先をそっと乗せて、興味深げに龍海の様子を覗き込んでいる。重さは全く感じさせない、軽功の技。
「う〜ん。まだまだ身体のキレがイイねえ。素敵だよ、たっちゃん♪」
 剣が向けられたと言うのに湖藍灰は嬉しそう。
 しかも横で見ている身にすれば、龍海の剣撃、結構本気に見えたんだが…。
 …いやそもそもなんで今長剣を持って来ている雪ノ下龍海道士。
 それは剣は道家の祭礼に良く使う道具ではありますが今は別に妖怪退治しろとも儀礼を執り行えとも何とも…。
「ふ、まだまだ若い者には負けんさ。無論、あんたにもな、鬼仙人」
 そして挑戦的に湖藍灰を見遣った。
 湖藍灰は剣身からひょいと飛び退く。
 確認してから龍海は長剣を鞘に仕舞った。
「んじゃ今回も五十年ぶりに宜しくね♪」
 …とん、と着地して振り向いた湖藍灰のその顔はやっぱり何やら嬉しそう。
 と。
「何やらアクロバティックな余興を見せて頂き有難う御座います。期待しちゃいますよこれは」
 ぱちぱちと拍手をしながらこちらは普通に編集部に入ってくる、長身の中性的な容貌の男がひとり。
「こんにちは。碇女史。…どうも初めましての方が多いですね。名乗っておきましょう。僕は綾和泉匡乃(きょうの)と申します。予備校の講師をしている者なんですが、以後お見知り置きを」
 言ってぺこりと軽く会釈。
「ふぅん…確かに編集長の言う通り面白そーなお兄さんだね☆」
 じーっと観察しつつ湖藍灰。
「実験、宜しく?」
「僕でお役に立てるのでしたら」
 にっこり。
 …このふたり笑顔が似てませんか何となく。
 そんな似た笑顔の匡乃をじっくり観察してから、湖藍灰はぽん、と手を合わせる。
「さて改めまして。たっちゃんと編集長以外にゃ俺が何者かはっきりわからないでしょうから今更名乗りますが俺の名は鬼湖藍灰って言います。ちなみに付け加えるとこちらでお世話になってます空五倍子唯継は俺の弟子♪」
「え゛?」
 嫌そうな麗香の声。
「そうなのですか?」
「まぁ。仙人様のお弟子さんだったんですかあの方?」
 素直に驚く撫子とみそのの声。
 …空五倍子は弟子、発言に何やらいきなり身近になった気がする正体不明の仙人一匹。
「あ、吃驚した? ま、本当に基本的なトコしか教えて無いけどね。…あいつの書いてる記事ちょっと読ませてもらったけど、あそこまでやってるんじゃ半分以上独学だね。う〜ん。面白い弟子を持った」
 うんうんと満足そうに頷く湖藍灰。
「じゃ、改めまして皆さん、宜しくお願いしますね〜♪」


■実験開始♪/海原みその&雪ノ下龍海&淡兎エディヒソイ■

 更にまた暫し後。
「あの…ここは」
「…空気の流れが変わりましたわね? 随分と清浄な…」
 あの場で湖藍灰に突如古めかしい巻き絵物を広げられたかと思うと「ここが入り口〜」と素っ頓狂な事を言われ、言われるまま皆でそこに入って来たは良いのだが…。
 ここはどこ。
 きょろきょろと辺りを見回す一同。
 それでもいまいち判別が付かない。納得が行ったように頷いている龍海と元々知っているらしい空五倍子――結局あの後編集長に呼び出され連れて来られている――を除いて。
 程よい湿り気のある優しい環境の土壁と地面。何やら怪しげな中国風のアイテム――多分、全部宝貝――がそこかしこに転がり、散乱しているのは御愛嬌か。
「…師父――湖藍灰の洞府です。居付いてる弟子も居ない上主人が年中留守してるので殆どいつも無人ですが」
 取り敢えず空五倍子が説明する。
「の、割には埃とかありませんね?」
 不思議そうに撫子。
「まぁ一応、普通の場所じゃないですから…そのせいでしょうか。埃が溜まらないのは」
「結局僕も連れて来られてしまうんですね…」
 ぼそりと三下。
 彼もまた空五倍子同様依頼人御指名故に編集長の命令で結局。
「ま、来たからには覚悟を決めた方が無難だと思いますよ」
「ねえ空五倍子くん湖藍灰さんってどういう人…?」
「物っ凄く変な人。それも宝貝の実験って言い出したなら…本っ当に何やるかわからない」
「…」
 真っ青になる三下。
 そこにまあまあと匡乃が宥めに来る。
「そうやって不幸の申し子みたいな顔していると本当に不幸を呼びますよ。もっと気楽に」
 聞いて納得するエディー。
「そーか三下はんの不幸の原因はそこか。その態度やな。うん」
「そそそそんな事言ったって…」
 三下は結局いつもの如く挙動不審モードに突入。
「ごめんねえ。散らかってて。ま、あんまり気にしないで♪」
 そんな一同の様子を余所に湖藍灰はどんどんと奥へ。
 やがて広いホール染みた場所に出た。
 …それでもやっぱり色々道具が転がっている。凄い量。見ていて整理整頓したくなってくるような――山。
 湖藍灰はそこで一同を振り返る。
「さて到着。えーと、ここは『宝貝実験室兼秘密修行場』とでも呼びましょーか♪」
「…何ですかそのネーミング」
「ネーミングも何もそのまま言ってるだけだけどね♪ 宝貝の実験と修行に使ってるところだからさ」
「とー、なると…空五倍子の兄ちゃんもここで?」
 ふと空五倍子を見てエディーがぽつり。
 確か彼はこの仙人の弟子だと言っていた。
「そーだよーん」
 湖藍灰はまたもにっこり。
「…まぁ…選んだ師匠が悪かった、と言う事で…」
 ふ、と遠い目になる空五倍子。
 どうやらあまり思い出したくないらしい。

■■■

「で? その実験の宝貝ってどれやねん??」
「えーっとね。その山の中の物ならどれでも良いよ♪」
「何?」
「実験の内容としてはさっき撫子さんに言った通り――綾和泉さんも編集長から聞いてましたっけ。ま、とにかく簡単な動作確認と言う事になりますのでその辺にある物適当に選んじゃって下さい」
「適当にって」
「あ、触るだけで危ない物とかもあるから気を付けてね〜痘の類とか♪」
 痘。
 …それはぶっちゃけると細菌兵器。
「そゆ危なっかしいもんは予め分けとけそこの仙人っ!」
 びしっ、とエディーが突っ込む。
 が、湖藍灰には効いた風無し。
「あ、キミには特に頼みたい事があるからそこから選ばないでちょっと待っててくれる☆」
「ってこっちの話聞いとんのかアンタ!?」
「ではでは皆さん宜しくお願いしますね〜、あ、空五倍子は取り敢えず適当に手伝ってあげてくれる? 何なら編集長のお嬢さんが言ってた通り皆さんの実験から記事のネタ拾ってても良いし」
 にこにこにこ。
 エディーの突っ込みにも見事に動じない。
 …暖簾に腕押しとはこの事か。
 と。
 そんな中、よし、と宝貝の山の中から当然のように探り出し龍海が手に取ったのは教鞭のような宝貝。
「…爺になって孫も居るが俺は日本一の道士だ、実験は成功させてやるさ」
 言って、一振り。
 南京玉簾の如くずざっと伸びたその宝貝はなんと釣り竿に。
 …て言うか何で使用法知ってたんですか龍海道士。
「ふっ、名付けるなら太公竿か、一本釣りをとくと見ろ」
 宣言して、何処へともなく針の無いその糸を垂らし、唐突に太公望を決め込む龍海。
「大物期待してるからね〜♪」
 その背にぶんぶんと手を振りながら声援を掛け、湖藍灰はエディーに向き直る。
「さてと淡兎くんだったね。あ、エディーくんって呼んだ方が良いのかな♪」
「お、エディーて呼んでくれはりまっか」
「んじゃ改めてエディーくん。ちょいこっちこっち」
「?」
「掘り出し物があるんだよね〜」
「なんですか」
 問われるなり、じゃん、と取り出される鞭一本。
「これさ! 禁鞭!! その昔、かの有名な封神演義にも登場した聞忠と歴戦を共にした強力な宝貝♪ 色々使えるらしいけど特に今エディーくんの話聞いて重力を操れる――って機能が気になってきちゃってね♪ いやぁ、中古品を整理してたら見つけてさぁ、ちゃんと動くかどうか、実験してみたくなっちゃったんだ☆ あ、見た通り古いし、俺、コレ使った事ないから多分手加減できないから♪ まぁ、精々君の重力で抵抗してよ?」
「…はいィ!?」
 重力で抵抗せよってなんですか。
「んじゃ、行っくよぉ!」
 そして嬉々として振り上げられる鞭。
 …しかも使った事ないと言いつつ何やら扱いに手馴れているように見えるのは気のせいですか湖藍灰。
「ちょい待ってや鬼の兄ちゃんっ!」
 突然の状況に俄かに慌てる重力使い・エディー。

■■■

 軽やかに二匹の蛟――禁鞭が舞い踊る。
 べしべしべしべしべし、べしいっ
 まるで絨毯爆撃の如く。
「だああああぁぁあああっ!!」
 モグラ叩きかワニ○ニパニックの如く意地でその激しい攻撃を反重力で弾き飛ばすエディー。
 が、ひとつ、逃がした。
 直撃。
「――痛ったぁぁああああぁぁああっ!! 良くも遣りおったなあ〜」
「かもぉん♪ 黄巾力士☆」
 何故か英語?を使いつつ命ずる湖藍灰。…『黄巾力士』、彼に命じて能力を発動する宝貝は案外多い…。
 禁鞭でエディーを指し湖藍灰が言った直後。
 どしんと山のような重みだけがエディーに圧し掛かる。
「っ…く」
 耐え切れずがくりとひざまづくエディー。
 だがその眼光は力を失ってはいない。
 …じろり、と湖藍灰を睨め上げ、
「うぉりゃああああぁぁっ!!!」
 気合い一発。
 エディーの半径五メートル内にまだ散らばっていたそこらの宝貝が浮き上がる。
「おお!?」
 そして彼に襲い掛かっていた筈の山のような重力はあっさり無効化され、更に湖藍灰の持っていた鞭まで手から弾き飛ばされて、五メートルの境界ギリギリ内側の辺りに届くなりがくんと急に落下する。
 湖藍灰はそれを取り上げようと動くが――さて取り上げようとしても肝心の鞭が持ち上がらない。
 これはすべてエディーの技か。
「…すっごおおおおおい! エディーくんてばやるぅ♪」
「ふ、この淡兎エディヒソイ舐めたらあきまへんで…」
 顎に伝う汗を拭いつつエディーは、ふっ、と挑戦的に笑う。

■■■

「何やら向こうは賑やかで御座いますわね」
 のほほんと佇んだままで居たみそのが、エディーVS湖藍灰(禁鞭)を眺めつつぽつりと呟く。
 何やら置いてけぼりを食ってしまった。
 みそのは小首を傾げつつ考え込む。
「さて。果たして何かわたくしに使えそうな物はあるのでしょうか…」
「…無理に実験とやらのお手伝いをなさらなくても結構ですよ。…あの師父の事ですしどうせ突発的に思い付いたただの余興だと思いますから」
「あら、空五倍子様」
「いつぞやはお世話になりました。…そして今回もお世話になってます」
「いえ。こちらこそ。面白そうなお話が聞けそうだと思いまして、今回皆様と参りました次第ですから」
「…だったら何かお話させた方が良いですか。師父に――って今は嬉々として淡兎くんと遊んでますね。…ま、あの人の事が知りたいんだったらある程度は俺でもわかりますけど」
「そう言えば弟子だと仰ってましたわよね?」
「ええまあ一応。俺がまだガキの頃…小学校に入る前くらいだったでしょうか。帰宅の途中、道端で突然会いまして。で、道に迷っちゃったんで教えてくれない? と今時誘拐犯でも言わないような声の掛け方してきまして」
「で、教えて差し上げたんですか?」
「いや、逃げた」
「はあ」
「一応その程度の分別は持ち合わせたガキでしたから。見知らぬ大人のひとに付いてったら危険、なんて何処ででも言い聞かされてましたし。…ただね、その時ばかりは相手が悪かったんですよ。あの師父だった訳ですから。…家に着いたところでいきなり仙界に掻っ攫われました」
「と、仰いますと」
「有態に言っちゃうと本当に誘拐された訳ですね。しかもそこから約九年帰らせてもらえなくて」
「…まあ酷い」
「いや、そうじゃなかったんですよ。後になってわかった事なんですがね。帰らせてもらえなかったのは…親類縁者が皆居なくなっていたから、だったんですよ。ある程度堪えられる年齢になったと判断してから、帰る事を許可してくれたみたいで」
「え?」
「俺が師父に掻っ攫われたその時、家の中では俺の両親と言うか家族何者かに皆殺しにされてたらしいんですよ。で、どんな気紛れか知りませんが、師父が何も言わずに俺を引き取って育ててくれてたようなもんなんです。騒ぎにならないように人界の柵取っ払って――周囲の人間から俺の記憶や公的な記録を消して――仙界に連れてった、と」
「…」
「まぁそれからは…なしくずしですね。色々と教えてもらいました。…まあ…今淡兎くんがやられてるような事もちょくちょくやられてましたけど師父としては全然悪気は無くて…」
 と。
「――…だぁあああっも少し手加減せんかいこの仙人っ!!」
「だーかーらー、無理♪」
「嘘や嘘やずぅぇったい嘘や何なんやその満面の笑みに鋭い鞭捌きはっ!!」
 そんな話をしている側から聞こえて来る声。
「…悪気は無い筈です。たぶん」
 ちょっと自信が無いかもしれない。
「まぁ何にしろそう言う訳でして」
 空五倍子はふ、と遠くを見遣る。
「ああ見えても恩人と言える人なんですよ。俺にとっては」
「はあ…」
「悪い人じゃない筈なんですけど…やっぱりそうとも言い切れないような…行動が読めないと言うか…間違い無く変な人ではありますけどね…それだけは確実でしょう」
 空五倍子の視線の先、そこには。
 …相変わらずエディーと暴れている湖藍灰の姿があった。
 いい加減やめんか。

■■■

 また少し経った頃。
 どうやらひと段落着いたと思しきエディーVS湖藍灰(禁鞭)の元にみそのは近付いていた。
 大丈夫ですか? とエディーに声を掛けつつ、御機嫌な湖藍灰にもついでに訊いてみる。
「…仙術?」
「ええ。何か基本的な術を…良かったら御教え願えませんでしょうか」
「聞きたい?」
「是非」
「…ま、色々あるけど取り敢えずは禹歩が基本だね」
 快く言って湖藍灰は足を揃えて立ち、不思議な動きでその足を滑らせ始める。
 左足を半歩前に出し、次に右足を一歩分前に出し、左足を合わせる。そんな風に歩いて行って――『柄杓』…北斗七星の形をなぞり、踏む。
「取り敢えずはこんな感じで、何の術を使うにしても儀礼――こんな形と手順を踏む訳。それで色々術を発動するのね。言わばマジカルステップかな。この足運び自体に呪術的な意味や効果もある。結局、基礎の基礎みたいな物になるね。ま、ある程度は省略の方法もあるけどそこは口伝。弟子以外には秘密だからそっちはごめんね?」
「そうですか。では他に何か…今わたくしが訊いて宜しいようなものは、ありますでしょうか?」
「うーん。じゃあねー。そうだねー、房中術とか――…」
 べし。
 皆まで言わぬ内に湖藍灰の頭に裏拳炸裂。
「…余所さんのお嬢さんに無闇に手を出さないで下さい師父」
 その裏拳の手の主は空五倍子――つまり弟子。
 何故なら。
 ――房中術。それはぶっちゃけ性や性技に関する内丹の秘術。
 まあ何にしろ詳しく書き出すと赤面モノな十八禁になるのは間違いない類の話。
 …そんなもの十三歳のお嬢さんに教えようとしないで下さい。
「冗ー談だってば。もー。師父に手ぇ上げないの♪ めっ。…彼女、深淵の巫女さんでしょ。元々俺が横から手を出せる領域にいる人じゃないって。でもこのスタイルを見ちゃったら無視するのも失礼かなーってさ〜♪」
「あの…その術って? 虫除けですか?」
 …防虫、とか。
 何の話だかわからないので取り敢えず空五倍子に問うみその。
「…いえ。聞かなかった事にしてやって下さい」
「何故ですの?」
「…貴方に対しても貴方の“神”様に対しても凄く失礼な事になりそうな気がするので」
「はあ」
 みそのは困惑気味に首を傾げた。
 と。
 そこに。
「みその様〜、淡兎様〜、空五倍子様〜、湖藍灰様〜」
 少し離れた場所から撫子の声が響いた。
「皆様、一緒にこちらでお茶でも致しませんか〜?」
 撫子のその側には、匡乃と三下、そして釣り竿から糸を垂らしている龍海がまったりと座っている。

■■■

「痛たたたたっ。あー、痣になっとる…」
 腕を持ち上げエディーは重力で反発し損ね鞭打たれた部分を目で確認する。…ばっちり痣だ。しかも結構嫌な色。見るからに痛い。
 それを見て匡乃はぼそりと呟いた。
「…そう言えば碇女史に頼まれてましたっけ…」
 はぁ、と溜め息を吐きつつエディーに歩み寄る匡乃。
 …面倒臭いし無視しても良いけど、もし万が一バレた時にまた更に面倒だったりするからね…。
「なんや綾和泉の兄ちゃん?」
「ちょっと見せてくれますか」
「は?」
「怪我。素直に見せてくれると嬉しいんですが?」
 ――素直に見せてくれると嬉しいんですが=素直に見せなかったら面倒だから無視するからね♪
 言葉に隠された意味にも気付かず、エディーは言葉通り素直に痣を見せる。
 と、そこに匡乃の手が翳された。
 瞬間、痣が消えている。
「…おお! 治癒の力でっか! 兄ちゃんもやりますな!」
「…も? ああ」
 確かこの少年、先程重力を操って暴れていた。
「あんまり無茶はしない方が良いよ」
「…それ湖藍灰の兄ちゃんの方に言ったって下さい。って凄いわー、もう全然痛うない♪」
「大丈夫ですか淡兎様?」
「おー♪ 兄ちゃんのおかげでキレーに治ったわ☆」
「なら宜しいのですけれど。では…こちらなどおひとつ如何ですか? 疲れた後には甘いものなど」
 撫子が差し出したのはどうやら月餅の入った盆。
「どないしたんやこれ」
「この子に出してもらったんですよ」
 エディーの疑問の答えは匡乃から。
 匡乃が指し示したのは、先程匡乃が実験にと選んだチャイナドール。
 ややきつくも愛嬌のある顔立ちが妙に表情豊かに、匡乃をむ、と睨み上げた。
 …但し、なんか不機嫌そう。
「兄ちゃん何したん?」
「どうもこの『宝貝』は――『会話』をしていて『彼女』のお眼鏡に適うとお茶と茶菓子を出してくれるようでして。つまりこれら、宝貝の能力で出て来たものなんですよ。さっきは御機嫌を損ねたのか変な物も出して来ましたが、ちょっと話題を変えましたら結構良い物をたくさん出してくれまして。…『彼女』としてはどうやら不本意そうですが」
 つまりはここに大量にある茶と茶菓子、匡乃が実験に選んだチャイナドールが何処からか持って来た物らしい。
「で、ひとりで片付けるのも何ですし、取り敢えずは毒でもなさそうですから…皆さんをお呼びしてみた訳なんですよ」
 少し顔色の悪い気がする三下を無視し、匡乃はエディーにさりげなく黒い湯呑みを手渡した。
「ほー。そりゃ何か得した気分やな♪」
 エディーは匡乃に渡された黒い湯呑みに特に何も考えず口を付ける。
「…って珈琲なんぞあるんかい」
 ぶ、と不覚にも一瞬吹きそうになりつつ叫ぶエディー。
 …渡された湯呑みにはブラックの珈琲が入っていた。
 場所が仙界の上、他ならぬ湯呑みに珈琲が入っているとはあまり思うまい。
「…ちなみにこっちはプーアル茶で、こっちは烏龍茶みたいですよ。湯呑みの柄や色でわかるようになっているみたいです」
 素焼きの湯呑みと青磁の湯呑みを両手にそれぞれ持った三下が教える。
「ちなみにこちらはチョコレートケーキに杏仁豆腐、ミートパイになりますね」
 ひょいひょい、と古めかしい皿や盆に載った菓子類を撫子は取り上げて示して見せる。
「…これココナッツミルクでしょうかね。それからこれはプリン…ですか? …で、これは、甘納豆?」
 撫子に続き、空五倍子もそこらにあるものを確かめる。
 …即ち、お茶にお茶菓子とひとことで言っても中身は和洋折衷何でもありのよう。
「ってなんか滅茶苦茶やな…」
「お好みのものが探せて宜しいんじゃ御座いませんこと?」
 エディーが思わず吹きそうになった黒い湯呑みと同じ色形の湯呑みから珈琲を啜りつつ、みそのが微笑む。
「ま、チャイナドレスのお嬢さんが言うような目的で造った宝貝みたいだけどね。コレ。確か製作者が人界下りてから作った物だったと思うから…出すものは東京で覚えた物を無節操に選んでたらしい。でも時々、って言うか大抵の場合具現化失敗で変に混ざって食べられたもんじゃないような物出てきちゃうんだよね。…綾和泉さんは大丈夫だった?」
 抹茶の入った湯呑みを取り上げつつ小首を傾げ、湖藍灰。
「…」
 紅茶を傾けつつ黙る匡乃。
 水羊羹を突付きつつ彼をじろりと見る三下。
 そちらを見返し匡乃は無言でにっこりと威圧。
 …受けて豪快に溜め息を吐く三下。
 匡乃は湖藍灰に笑い掛けた。
「ええ。大丈夫でしたよ」
「なら良かったんですがね」
 言いながら湖藍灰はよっこらしょと胡座をかき座り込む。
 と。
「む」
 黙って撫子から渡された煎茶を啜っていた龍海がふと声を漏らした。
「雪ノ下様?」
「来た」
 龍海が短く言うなり釣り糸が虚空を斜めに走る。即座に煎茶の湯呑みを脇に置き、龍海は竿に集中した。ずざざざ、とジグザグに走りまわり、竿を握る龍海の手にも力がこもる。
 そのまま正体不明の何者かとやりあって、数分。
 額に汗が浮いている。
「…やるな。だが負けんぞ!」
 ずざざざざざ。
 ざざざざざ。
 刹那。
 頃合を。
「とりゃぁぁあああああっ!!!」
 …見計らい気合を掛け、豪快に竿を振り上げる。
 と。
 何処となく鹿に似た、だが鹿では有り得ない様々な動物が混じった四つ足の獣――釣り糸の先には麒麟が釣り上げられていた。
 それを見た龍海は、ふ、とニヒルに笑う。
「…どうやら特ダネを釣り上げちまったな、後は好きにしな」
 麒麟。
 陸に上がった魚の如くじたばたとのた打ち回る、動物の中で第一にあり、中央を司り土の属性にある――細かい草さえ踏まずに歩く慈愛溢れる仁獣…の筈。
 見た目は…強いて言うなら某キ○ンビールのラベルに描いてあるような姿。

 …いったいこれをどうしろと。
 記事を書くにしたって…『そのもの』がでん、と出されちゃあある意味幻想博物学入りませんかこれ。

 怪奇記事ライター泣かせなオチに空五倍子は疲れたように項垂れる。
「………………師父?」
「すっごぉぉぉい♪ たっちゃんさっすがぁ☆」
「おおおおおお。爺さんかっこええ〜☆」
 湖藍灰はぱちぱちと手を叩きつつ喜んでいる。
 何やらエディーも似たような喜び方。
 ふたりの惜しみ無い声援を受けて龍海は何処か得意そうな様子。
 それらを見て空五倍子は額を押さえた。
「…相っ変わらずワケわかりませんね」


■祭の後/薄ら物騒な仙人一匹■

 各種お茶やら菓子が粗方片付いた頃。
 ぱん、とまた嬉しそうに湖藍灰が手を叩いた。
 …その音はさてそろそろお開きにしましょうか、とでも言いたげなタイミングで鳴らされる。
「皆さんありがとー御座いました♪ 楽しかった〜」
「って楽しかった、でええんかい」
「うん☆」
「…あー、そう」
「実はね、今回東京行ったのって本当は久し振りに空五倍子に会う為だけだったんだ〜♪」
 にこにこにこと笑いつつ湖藍灰はあっさり言う。
 空五倍子は思わずがっくり項垂れた。
「…それだけの為にアトラスの編集部に顔出してあまつさえ実験がどうのって余計な話引っ張り出しますか」
「だってさー。お前ってば居場所教えてくれないんだもん。でね、通りすがりの書店で見かけた雑誌に空五倍子唯継の名前があったからさ、その雑誌の編集やってる出版社に来てみたってのは自然な成り行きでしょー? こんな辛気臭い名字、他で聞いた事無いしー」
「辛気臭いって貴方ね」
「昔は喪服に使われてた色名なんて辛気臭いだろ。まぁお前には似合いかな?」
「…いや何でも良いんですけどね」
「それにね。宝貝の実験だって嘘じゃないし。時々は動作確認しないと錆び付くからね、いつかやっとかなきゃならない事だから良い機会だと思って☆ 怪奇雑誌の編集部だったら面白い人材居るかなとも思って頼んでみたワケなんだよん♪ 最近この東京ってある意味魔界化してるしね。面白い異能者のヒトだって少なくないでしょ?」
 にこにこにこ。
「ったってですねぇ、こんなに人様巻き込まなくったって…」
 空五倍子がぼやく。
「気になさらなくても構いませんわ。こちらとしても楽しませて頂きましたし。楽しい時間をどうも有難う御座います」
 ふわりと笑い、撫子。
「まさかお茶をさせて頂けるなんて思ってもみませんでしたもの」
「ま、僕としても楽しかった事は楽しかったですね。妹への土産話になりそうです」
 苦笑しながら匡乃。
「わたくしも面白いお話を聞かせて頂きましたわ。色々と」
 口許に手を当て、微笑みながら、みその。
「…そう言って頂けるんだったらまだ良いんですけどね」
 はあ、と溜め息を吐きつつ空五倍子。
 …この師匠に付いて修行してたんじゃあ、それは気苦労が多かったろう。
 と。
「う〜ん。少し考えちゃうな〜。たっちゃんまでいつの間にか居るし、他にもエディーくんとかー、こんな面白い人たちが居るところ破壊に走るのってちょっとイヤかもしれないなぁ♪」
 ――破壊に走る。
 さりげなく言われた物騒な科白に一同はちょっと引っ掛かる。
 けれど湖藍灰はそんな事を言ったのは嘘のようにあっけらかんと笑っていた。
「…何ぞまた騒ぎを起こす気か鬼仙人」
 鋭い声で龍海。
 それでも湖藍灰の笑顔は変わらない。
「…さぁね。ま、その時はその時で。ひょっとすると皆さんにゃまた会うかもしれないからその時はどーぞ宜しく?」
 にっこり。
 やはり湖藍灰の嬉しそうな胡散臭い笑顔は最後まで変わらない。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1537■綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの)■
 男/27歳/予備校講師

 ■0328■天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)■
 女/18歳/大学生(巫女)

 ■1388■海原・みその(うなばら・みその)■
 女/13歳/深淵の巫女

 ■0819■雪ノ下・龍海(ゆきのした・たつみ)■
 男/71歳/道教の道士兼拳法家

 ■1207■淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)■
 男/17歳/高校生

 ※表記は発注の順番になってます

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■         ライター通信          ■
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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■依頼人■鬼・湖藍灰(くい・ふーらんほい)■
 男/576歳/一応表の顔はテロリストな筈の気紛れおちゃらけ仙人(え)

 ■その弟子だったらしい人■空五倍子・唯継(うつぶし・ただつぐ)■
 男/20歳/大学生兼マスコミメディア対応陰陽師兼霊能ライター

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 さてさて。
 深海残月です。
 綾和泉の御兄様には初めまして。…妹様にはいつも御世話になっております。
 雪ノ下の御祖父様にも初めまして。…いつぞやは御孫様にも御世話になりました。
 そして天薙様、海原様、淡兎様には毎度お世話になっております。
 このたびは御参加有難う御座いました。

 相変わらずライター通信になんだかんだと書きたい事(言い訳?)はあったんですが本文が爆発的に長くなったので今回はその辺りは殆ど省略と言う方向でお願いします(て言うか元々そんなに書かなくて良いから)
 …苦情御意見御感想テラコンレター(と言うのか?)でお待ちしてます。
 何と言うか…今回特に突っ込みどころ多いんじゃないかと思うので…。
 すみません白状すると収集付かなくなりかけました(自分で広げた風呂敷くらい責任持ちなさい自分/滅)

 あ、ちなみに今回の個別部分は、海原様、雪ノ下様、淡兎様が共通で、他、綾和泉様と天薙様は共通とそうでないところが混じっている形になっております。

 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 長々と失礼致しました。

 深海残月 拝