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納涼? 女装コンテスト
●オープング
ある日の午後のことだった。
買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『納涼! 女装コンテスト!
某月某日。午前11時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。優勝者にはなんと、家族でハワイ旅行が当たる! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
出場者は当日午前9時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、なんだこりゃ? まさか、俺にこれに出ろって言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感に襲われて、草間はチラシから顔を上げ、零に問うた。
「私、一度ハワイに行ってみたいです」
こっくりとうなずいて、零は無邪気に答える。それは、俺だって行きたいが……と小さく呟き、草間は眉間にしわを寄せた。いくらハワイ旅行をゲットするためとはいえ、好んで女装など、したいわけもない。
だが、顔を上げると期待に満ちてこちらを見詰める零の目にぶつかった。彼は、小さく溜息をついた。
「わかったよ。出場して、優勝してくりゃいいんだろ……」
ぼやくように呟きながら、胸の中ではもう一つの決心を固めていた。
(俺1人だけで、こんな恥ずかしいことができるか。他の奴らも巻き込んでやる……!)
そして彼は、心当たりの男たちに、かたっぱしから電話をかけ始めた。
●商店街振興組合会館前
女装コンテスト当日の朝だった。
シュライン・エマは、草間と零、それに今日のための女装道具一式を入れたバッグを乗せた車を運転して、あやかし町商店街振興組合会館前へとやって来た。まだ指定された9時にはわずかに早い時間だというのに、すでに会館前の駐車場は半分ほどが埋まっており、入り口の受付には短い列が出来ていた。
彼女たちが駐車場に車を入れて、受付へ戻って来ると、後ろの方に並んでいた一際目立つ一団がこちらをふり返った。
「草間様、零様、シュライン様、こちらです」
微笑みながら最初に声をかけて来たのは、海原みそのだ。
「ごめんなさい。途中の道路が混んでて……」
シュラインは、言いながらその一団へと駆け寄る。その後に零と草間が続く。
そこにいたのは、みそのと3人の男たちだった。が、同じように受付に並んでいる男たちが、幾分不審げな目を向けているのは、彼らがいずれもその風体からは男女の区別がつきにくいせいだった。
結局、草間が声をかけて集まったのは、この3人――護堂霜月と神薙春日、宮小路皇騎だった。
霜月は真言宗の僧侶だが、今日はそのことは隠して参加するつもりらしく、いつもの袈裟姿からは想像もできないTシャツとGパンというラフなかっこうで、そり上げた頭にはベースボールキャップをかぶっている。小柄で整った顔立ちのせいで、見ようによってはボーイッシュな女性とも見えた。手にはやや大きめのカバンと共に、錦の袋に入った楽器とも見えるものをさげている。
一方、春日は現役高校生だが、さすがに休日の今日は私服だった。が、体の線の細さと整った顔立ちのせいで、これまたボーイッシュな少女とも見える。そして極めつけは皇騎だった。背こそ3人の中で一番高いが、長く伸ばした髪と優しげな顔立ちのせいで、どこからどう見ても女性に見えた。2人も大きめのカバンを手にしていた。
シュラインは、そんな3人を見やって、思わず内心に苦笑した。なんとなく、勝敗は最初から見えているような気がしたのだ。
(でも、まだわからないわよね。男の人って、普段しないだけに、化粧すると極端に変わってしまう人もいるから……)
自分を戒めるように胸に呟き、彼女は草間の方を見やる。あの3人に較べればやや落ちるとはいえ、顔の造作自体は、彼もけして整っていなくはないのだ。
(元がどうでも、私とみそのちゃんの腕次第では、大丈夫。誰より美人に仕上げてみせるわ)
胸の中で1人ガッツポーズを決めて、彼女は大きくうなずく。
もっとも、やる気満々なのは彼女だけではない。霜月も春日も、参加するからにはむろん、優勝を狙っているのだろう。ただ皇騎だけは元気がない。彼だけが、草間にほとんど強制的に参加させられたのだ。
実は、彼女に電話で今回のことを知らせて来たのは、皇騎だった。本当は、彼女に草間と掛け合って、自分の参加を止めさせてほしかったようだ。が、彼女からすれば、こんな面白いことを止める理由はない。ましてや、零をハワイに連れて行くためとあっては、協力は惜しまないつもりだ。草間が1人で出場するのは嫌だというなら、皇騎も巻き込むしかないではないか。
舞台裏も気になるしで結局、後から同じく皇騎に話を聞いて事務所へやって来たみそのと共に、彼女はメイクスタッフとしても登録し、草間の付き添いとしてやって来たのだ。
出場者の列は人数のわりには早く動いて行き、やがて彼らの順番が来た。
受付に用意された名簿に名前を書き入れ、デジカメで素顔の写真を撮られた後、更衣室の番号札と出場の際に胸につける番号札の二つをもらい、彼らは中に入った。
更衣室は、大きな部屋を更に中で区切っているのか、もらった札には、「A−15」とか「D−23」などと書かれている。ここの建物は、元はフィットネスクラブだったものを、移転の際に振興組合に寄付されたものだとかで、5階建てで中はかなり広いのだ。
建物の壁に、紙にマジックで書いた更衣室の案内表示が出ている。それによれば、草間が割り当てられたA更衣室は1階だった。霜月と春日、皇騎は2階にある更衣室らしい。彼らは軽く手をふって、階段を昇って行く。
それを見送り、シュラインたちも更衣室へと向かった。
●更衣室にて
広い更衣室の中は、思ったとおり、薄いベニヤ板とカーテンでいくつかのブースに区切られていた。その一つ一つに番号がふられている。「15」と書かれた札の下がったブースに彼女たちは入った。
ブースの中は等身大の鏡が壁際にセットされ、壁にはハンガーがいくつか掛けられていた。部屋の中央にはスツールと、小さな丸テーブルが置かれている。
道具の詰まったカバンを床に置き、周囲を見回して、まあまあね、とシュラインはうなずく。
「さ、武彦さん。始めましょ。私とみそのちゃんは、9時半までには、ここのスタッフ用の会議室へ行かないといけないの。だから、急がないとね」
「ああ」
彼女に言われて、草間は思い切りよく服を脱ぎ出す。それでも小さく吐息をついているのは、昨日の事務所での騒ぎを思い出してのことだろう。昨日、シュラインとみその、零の3人は、どんな女装にするか決めると称して、草間を着せ替え人形よろしく、さんざん服をとっかえひっかえして大騒ぎをしたのだ。
彼の衣装については当初、シュラインはモデルや舞台関係の知人から大きめの衣類を借りることを考えていた。が、みそのが加わったことで、その必要はなくなった。彼女がその能力を使って亜空間の流れを操り、自分の衣装部屋と事務所をつなげたおかげで、ありとあらゆる衣装が手に入ったのだ。彼女の衣装は多彩だった。メイド、ナース、スッチー各種他、ゴスロリやらピンクハウスやらといった定番のものから、耳付き、着ぐるみ、ウエディングドレスに浴衣、アラビアンナイトに幼稚園児、赤ん坊、はてはボンテージと、それこそ貸衣装屋ができそうなほどだ。むろん、衣装だけでなく、ウイッグや靴、小物も全てそろっている。
これだけあれば、後は選ぶだけだ。
そうやって、昨日半日かけて彼女たちが決めたのは、「納涼」と銘打ったコンテストにふさわしい浴衣姿だった。着物ならば、少々ごつくてもそれなりにさまになる。涼しげな、紺地に薄い青の朝顔を描いた浴衣に水色の帯をしめ、同じく水色の鼻緒の下駄をはく。足の指には、昨日のうちにシュラインが爪を整え薄いピンクのベディギュアを施してあった。
メイクは当然ながら、昨日と同じくみそのと2人でやった。零がそれを手伝う。
草間は、こう見えて意外と肌のきめが細かい。化粧ののりも悪くはないので、ナチュラルメイクよりやや濃いめに、しかし厚化粧には見えない微妙なバランスに仕上げる。最後に、顎から首にかけて髪がかかる形の、ストレートのウイッグをかぶせて出来上がりだ。
「できた」
「できましたね」
「できました」
シュラインとみその、零の3人は、小さく吐息をついて呟くと、少し離れて全体のバランスを眺める。
そこには、やや線のごつい感じはするものの、いかにも上品そうな1人の美女が出現していた。知らずに会えば、これがあの草間とは誰も思うまい。
「素敵ですわ」
みそのが、感嘆の吐息を漏らす。
「そ、そうか?」
「はい。とっても素敵です」
やや引きつった顔で尋ねる草間に、零が大きくうなずいた。シュラインもうなずく。
「ええ。ほら、鏡で見てごらんなさいな」
言われて、草間は立ち上がり、鏡の前に移動する。その目が軽く見張られた。
「へえ。……そう悪くないじゃないか」
気を良くしたように呟き、鏡の前でくるりと回ってみる。ウイッグが自然な感じで揺れた。
「今のいいです!」
途端、みそのが声を上げる。シュラインもうなずいた。
「うん、悪くないわ。今の、日傘さして、会場でもやったら、審査員を悩殺できるかも」
「悩殺って……」
絶句する草間に、シュラインは駄目押しのように言った。
「零ちゃんをハワイに連れて行くんでしょ? いい? 武彦さん。審査員やギャラリーは旅行券の束だと思えばいいわ。そしたら、上がらないわよ」
「がんばって下さいね」
零が傍から声援を送る。草間は、小さな吐息と共に、引きつった笑顔でうなずいた。
それを見やって、シュラインはちらと腕時計を見やった。そろそろ9時半だ。
「いけない。そろそろ行かなきゃ」
「わたくしは、写真を撮って、着替えてから参ります」
「着替え?」
みそのの言葉に、シュラインは思わず問い返す。写真は、妹たちからカメラを預かって来たとかで、昨日もさんざん撮っていたのでわかるとして、着替えというのはなんのことだろうか。
「はい。わたくしも、イベントにふさわしい衣装を持って来ております。ですから、どうぞ、先に行っていて下さい」
笑顔でうなずかれて、シュラインは、また首をかしげた。だが、ここで問答していてもしかたがない。
「わかった。じゃ、先に行くわね」
言って、彼女は更衣室を後にした。
●メイクのお仕事
メイクスタッフは、すでに昨日のうちにミーティングで今日の手順を教えられている。会議室では、簡単な注意事項の伝達の後、各人にメイクの必要な出場者のいる更衣室の番号札が渡された。シュラインが割り当てられたのは、3階のF更衣室の中の3人だ。一向に姿を現さないみそのを気にしながらも、彼女は渡されたメイクボックスを手に、3階のF更衣室へと向かった。
その彼女がメイクを担当することになった最初の男性は、意外な人物だった。月刊アトラス編集部の編集部員、三下忠雄だったのだ。もっとも、さすがの彼女も最初、後ろ姿を見た時には、彼とは気づかなかった。すでに服の方は着替えていたのだが、それが、フリルだらけのフレアーミニスカートとブラウス、その上からケープをまとい、足には白いオーバーニーソックスとショートブーツというなりだったのだ。色は夏ということを考慮してか、淡いベージュと白で統一されている。
声をかけてカーテンを開けた彼女の気配に、小さく吐息をついてふり返った顔を見て、シュラインは初めてそれが誰なのかに気づいた。
「三下さん……?」
「シ、シュラインさん?」
こちらも、妙な所で知人に出会ってすっかり慌てた様子だ。顔を真っ赤にして、逃げ場を探すかのように、周囲を見回す。だが、逃げ場などあるはずもない。
「意外な所で会うわね」
「そ、そうですね……」
三下は慌ててうなずいた。
聞けば、彼は編集長の碇麗香の命令で、ハワイ旅行をゲットすべく、参加したのだという。しかし、当の麗香は、用があるとかで、姿を見せていないようだ。さっきまで、着替えを手伝っていた同僚も、その麗香に呼ばれて編集部に戻ってしまったらしい。
(相変わらず、災難が束になってやって来るような人ね……)
シュラインは、内心に小さく呟いて、手にしていたメイクボックスを傍のテーブルの上に置いた。身を屈め、小さな子供と話をする時のように、視線の位置を合わせて、微笑みかける。
「三下さん、そんなに恥ずかしがることないわ。お祭と思って、楽しんでやってみて」
「は、はあ……」
わずかに顔を紅潮させて、三下はうなずく。
「とにかく、じゃあ、メイクを始めるわね」
言って、シュラインはメイクボックスを開けると、テーブルの上に中身を広げ、さっそく彼のメイクを始めた。
驚いたことに、彼の肌はまるで少女のようにきめが細かく、化粧ののりがいい。涼しげな雰囲気になるようにシュラインが施したメイクは、信じられないほど冴えない青年を変貌させた。
メイクが終わった彼の顔をまじまじと見詰め、シュラインは小さく吐息を漏らす。
(人間、一つぐらいはとりえがあるものね)
聞きようによっては、ひどい言葉を胸に落として、同時にしかし、彼女はまずいと直感した。どう見ても、草間より美人なのだ。
「どうか、しましたか?」
無意識に、眉間にしわを寄せて考え込んでしまっていたのだろう。三下が、おどおどとした様子で尋ねて来る。が、この姿でそれをやられると、女性であるはずのシュラインでさえ、奇妙な保護欲が湧いた。
(マズイ。絶対にマズイわよ、これは……!)
彼女は、何か手はないかと、周囲を見回す。そしてふと、テーブルの隅に置かれたメガネに気づいた。
「三下さん、メガネがないと不便じゃない?」
「え……はい。でも、出場する時には、絶対にメガネはするなと編集長に厳命されてまして……」
三下の答えに、やはりそうかと彼女は内心にうなずく。メガネをファッションとして捉える傾向もあるとはいえ、やはり一般的にはそれは美を損なう負のイメージが強い。
シュラインは、小さく首をかしげて言った。
「でも、メガネがある方が、可愛いと私は思うけど。それに、舞台の上でもし、ころんだりしたら、優勝どころじゃないんじゃないかしら」
「あ……それもそうですよね」
三下は、簡単に彼女の言葉に納得し、テーブルの上のメガネをかける。黒縁の、もともとやぼったい彼のメガネは、このファッションの中ではひどく浮いて見えた。
「おかしくないですか?」
「全然。むしろ、可愛いわ」
「そ、そうですか?」
可愛いと言われて、三下は照れている。
それを見やって、シュラインは胸の中で手を合わせた。
(三下さん、ごめんなさい。でも、零ちゃんをハワイに連れて行くためなの。勘弁してね)
そして、道具をかたずけると、彼女はそこを後にした。
●コンテスト開始
午前11時。会館の近くにある「買い物広場」と名付けられたこの商店街の広場の特設舞台でコンテストは始まった。
10時半にはメイクスタッフとしての仕事も終わり、解放されたシュラインは、みそのと零の2人とも無事合流して、共に客席で舞台を見詰めていた。みそのは、イベントに通例の姿だと教えられたとかで、バニーガールのかっこうをしていた。一緒に歩くのはちょっと恥ずかしかったが、零が面白がっていることもあって、シュラインは気にしないことにする。
舞台上は、コンテストというより、さながらファッションショーだった。出場者たちは、司会者がエントリーナンバーと名前を読み上げると、しなを作りながら舞台の上に現われる。誰も皆、それなりに凝った扮装をしていた。むろん、あまりにも似合わないので笑うしかない者もかなりの数いた。中には、歌や踊りを披露する者もいる。
舞台上はけっこう広く、後ろのシルクスクリーンには、受付の際に撮られた出場者の素顔のデジカメ写真が1人1人映し出されるようになっていた。会場の客たちにも、その変身の差を楽しんでもらおうという趣向だろう。
受付が早かったせいか、草間と霜月、春日、皇騎の4人は、比較的最初の方だった。
霜月は、和服姿だった。紺地の絽に、水浅葱に露草を描いた帯を締め、長い黒髪のウイッグをかぶっている。涼しげな目元を強調するメイクは、これが男とは信じられないような大和撫子ぶりだった。彼は持参の琵琶を弾きながら、その喉を披露した。
春日は、ノースリーブのワンピースに、長袖の上着、これまた長い黒髪のウイッグをつけて、清楚なお嬢様風だ。本来、きつい目元を、メイクと優しげな笑顔で見事にカバーしている。客席からは、ざわめきと低い吐息がいくつも漏れていた。
皇騎は、シックな中にも華やかさのあるチャイナドレス姿だった。髪はウイッグではなく地毛だろう。つややかな黒髪をアップにして一部を後ろに垂らし、かんざしにも見えるアクセサリーをつけていた。やや抑えた感のあるメイクはしかし、彼の本来の美貌を見事に引き立てている。
「皇騎様のメイクは、わたくしが担当しました」
みそのが、それを見やって小声で言った。
「あら。さすがね。とても上手にできてるわ」
「ありがとうございます」
シュラインの言葉に、みそのはうれしそうに礼を言った。
草間は、皇騎の次だった。彼の姿もこうして客席で見ると、更衣室で見た以上に美人に見えた。涼しげな日傘をさして、しゃなりしゃなりと舞台上に現われ、ゆっくりと回って見せる。ウイッグと浴衣の裾がゆるやかに揺れ、なんともなまめかしい。何より、背筋を真っ直ぐ伸ばした、堂々とした態度や仕草の中に、上品なものが感じられる。客席の反応も悪くなかった。
(私の言った言葉が効いたのかしら)
シュラインは、胸に安堵の息をついて呟く。
「草間様、きれいですわね」
「まるで、本当の女性みたいです」
傍で、みそのと零が囁き合っているのが聞こえる。
草間の後の出場者の中には、さほど群を抜いて美女といえるような者はいなかった。出場者自身も、笑いを取るのが目的と思われる者も多く、シュラインは思わず吐息をついた。結局、草間が誘った者たちとの争いになるかもしれないと感じたのだ。
出場者が多かったせいだろう、時刻はそろそろ12時半になろうとしていた。
「さて、いよいよ最後の出場者です。エントリーナンバー30! 三下忠雄さん」
司会者が、マイクに向かって叫ぶ。
(あら、そういえば、三下さんはまだだったのね)
シュラインは呟いて舞台に目をやった。ちょうど、三下がおずおずとした足取りで舞台に出て来るところだった。
シュラインがメイクに行った時にはしていなかったが、今は金褐色のゆるい巻き毛のウイッグをつけ、その上に、淡いベージュのヘッドドレスを飾っている。そして、彼女が言ったとおり、メガネをかけていた。だが、彼の女装姿は可愛かった。そう、可愛いのだ。メガネとウイッグがない時は、「美女」風だった彼は、いまやそのゴスロリの衣装にぴったりな、可愛らしい美少女と化していた。やぼったい黒縁メガネは、むしろチャームポイントに変じている。
会場から、どよめきが上がった。声の主のほとんどは、妻や子供、恋人らに無理矢理連れて来られたらしい男性客たちだ。いや、審査員たちのいる主催者側の席からもどよめきが上がっている。
(こ、これは……)
シュラインは、激しく嫌な予感に襲われた。
(まさか……)
胸の動悸を抑えて、彼女は舞台上を見守った。
●審査結果発表
審査結果はその後、10分ほどで発表された。
シュラインの嫌な予感は的中し、優勝は三下にさらわれた。準優勝は春日で、草間は3位だった。結果発表の際には、主催者代表の振興組合長から簡単に審査基準の説明などがあった。それによれば、女装前と後のギャップの大きさも考慮されたという。むろん、女装姿の美女・美少女ぶりが評価の第一だったのは言うまでもないだろうが。
続く表彰式の後、すっかり女装を解いた全員が商店街の中にある喫茶店で顔を合わせて、思わず溜息をつく。
「まさか、三下に優勝を持って行かれるとはなあ……」
全員の思いを代表するように、草間が呟いた。
「たしかに可愛かったですからね」
うなずく皇騎に、思わずというように春日がわめく。
「俺は認めねぇぞ! あいつの方が、俺よりきれいで可愛いなんて!」
彼は、シュラインたちと顔を合わせてから、ずっと暗い顔で黙り込んでいたのだ。三下に優勝を持っていかれたのが、よほどショックだったらしい。
「きっと、審査員の中に『メガネっ子萌え』の奴がいたんだ。でなけりゃ、アトラス編集部から何かもらってるに違いない!」
座った目をして、そんなことをわめく。
「おいおい。『メガネっ子萌え』はともかく、いくらなんでも麗香がそんなことするわけないだろう」
草間が、なだめるように言った。
「『メガネっ子萌え』ってなんですか?」
零が、きょとんとしてその草間に問う。
「え……ああ……と。その、メガネかけた可愛い女の子が好きな男のこと……だな」
草間は幾分困った様子で、当り障りのない答えを返す。
だが、零は何を思ったのか、納得したようにうなずいた。
「それでだったんですね。以前私、メガネがファッションだと聞いて、『伊達メガネ』というものをしてこの商店街に買い物に来たことがあったんです。そしたら、八百屋さんとお肉屋さんが、とてもたくさんおまけしてくれたことがありました」
それを聞いて、全員が顔を見合わせる。たしか、今日の審査員長だった振興組合長は八百屋だったはずだ。そして、肉屋は副組合長である。
(じゃあ、なんなの? 私が三下さんに言ったことって……単に敵に塩を贈っただけってこと?)
シュラインは、思わずショックを受けて、胸に呟いた。
「どうかされました?」
隣に座していたみそのが、怪訝な顔で声をかけて来る。彼女も、他の者に言われてバニーガールの扮装を解いていた。
「う、ううん。なんでもないの……」
慌ててかぶりをふりつつも、シュラインは、このことは誰にも言えないとひそかに思った。
その彼女の目の前で、草間が零に頭を下げる。
「零、ハワイ旅行、駄目になっちまって、すまない」
「ううん。いいんです。私、代わりにきれいな人や面白い人がたくさん見れましたから。それに、商品券が2万円分ももらえましたから、当分はこの商店街でなら、タダで買い物ができますし。もちろん、お酒もタバコも」
小さくかぶりをふり、笑顔を浮かべて言う零に、一同は少しほろりとさせられた。
「草間殿、いい妹さんではありませんか。これからも、よりいっそう大事にされることです」
霜月に言われて、草間も神妙にうなずいた。
それを見やって、シュラインはわずかに胸が痛むのを覚える。
(三下さんの優勝は、私のせいばかりではないけれど……かといって、私にまったく責任がないとも言えないわよね?)
胸に呟き、彼女は他の者に聞こえないよう、ひそかに深い溜息をついた。
●エンディング
シュラインの元に、零から電話があったのは、コンテストから半月ばかりが過ぎた日のことだった。
彼女の方は、ここしばらく翻訳の仕事が入ったこともあり、草間の事務所には行っていない。いつもなら、本業の方が忙しくとも、息抜き代わりに顔を出すのだが、コンテストの結果について良心の呵責を覚えたままの彼女は、どうにも行き辛く、疎遠になっていた。
だが、零からの電話は、朗報を伝えるものだった。出発を明後日にひかえて、三下他、アトラス編集部の面々が食中毒にかかり、行けなくなったというのだ。出発の日にちをずらすといっても、1週間以上先にするのは無理ということで、結局、辞退となったらしい。
あやかし町商店街振興組合では、それを受けて準優勝の春日にハワイ旅行を譲ろうとしたのだが、彼も辞退し、結局3位だった草間の元にそれがころがり込んで来たということだった。振興組合の方では、「これは特別のことなのだから、あまり人には口外しないでほしい」と念押しして、ハワイ旅行の旅券を置いて行ったということだ。
「よかったわね、零ちゃん。じゃあ、明後日からハワイ旅行なのね?」
『はい。シュラインさんには、とってもお世話になりましたから、伝えておかなくちゃと思いまして』
答える電話の向こうの零の声は、弾んでいた。
「きっと、零ちゃんがいい子だから、神様がご褒美をくれたのよ。楽しんでいらっしゃい」
シュラインは言って、電話を切った。
当初の目的は達成され、どうやら零の望みはかなったようだ。自分自身の良心の呵責からも解放され、シュラインは小さく吐息を漏らす。
(本当に、よかった。……にしても、やっぱり三下さんって、災難に見舞われるようにできているのね……)
しばし、アトラス編集部の面々の上にも思いを馳せたが、彼女は小さく肩をすくめると、再び仕事に戻った。憂いの去った彼女の指先は、かろやかにキーボードの上を舞い踊る。モニターに綴られる文字を目で追いながら、夕方にでも一度、草間興信所に顔を出そうと考えている彼女だった――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト】
【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【0867/神薙春日/男/17歳/高校生・予見者】
【0461/宮小路皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】
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■ ライター通信 ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
なんとも見目麗しい方々ばかりで、大変楽しく書かせていただきました。
参加いただいたみなさんにも、楽しんでいただければ幸いです。
なお、神薙春日さまが3位になりましたのは、単に、審査員を構成しておりました、
振興組合員の好みによるところです(笑)。他意はございませんので、ご了承下さい。
●シュライン・エマさま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
今回は、草間の他に三下のメイクも担当していただきました。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの参加をお待ちしています。
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