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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■いかれたお茶会■

件名:お茶会のお知らせ   投稿者:3月兎&いかれ帽子屋

初めまして皆様ごきげんよう。
突然ではありますが、この度、わたくしども3月兎といかれ帽子屋でお茶会を催したいと思います。
鬱陶しいこの雨の季節、わたくしどもと、薔薇のお茶と甘い御菓子で楽しくお喋りしませんか?
参加資格はございません。
色々な方のお話をお聞きしたいと思いますので
バラエティー溢れる方々のご出席をお待ちしております。
面白いお話、不思議なお話、怖いお話、悲しいお話、何でもないお話を
わたくしどもに、お聞かせ下さい。
皆さんで盛り上がりましょう。
出席して下さるという方がおられましたら、電子郵便にてご連絡下さいませ。
折り返し、詳しい場所をお知らせ致します。

面白いお話の種をお持ちのあなたの参加をお待ちしております。

■■■

偶然見付けたイベント宣伝掲示板。
カラオケ大会だの同じ趣味を持ったもの同士のオフ会だのの、賑やかな宣伝に紛れて書き込まれていた「お茶会のお知らせ」。投稿者は兎と帽子屋。
最近読んだ物語にそっくりな雰囲気が感じ取れるその書き込みに、パソコン前に座る榊船亜真知は早速、書き込みの指示通り"電子郵便"を打つことにした。
話の種をいくつか用意してみたけれど、やっぱり自らのことを話すより、他の人の話が聞きたい。
聞役に徹して世情を知りながら茶をすすって菓子を摘まむのが良い。そんなことを考えながら、送信ボタンをクリックすると、直ぐにメール受信の知らせがあった。
奇妙に早い返信に戸惑いながら、受信ボックスを開く。

金の目を持つ素敵な黒猫様へ

初めましてこんにちわ。お茶会参加ありがとうございます。
つきましては所定の会場まで、今宵、満月真夜中の三時においで下さい。

真夜中通り真夜中町真夜中番地路地裏奥の「アリスの棺」

素敵なお話が聞ける事を楽しみにしております。

三月兎より


これだけだった。
宛名が最初に気になった。
亜真知は確に金の目をしているし、髪も黒いから金の目の黒猫と言えなくもない。でもなぜそんなことを知っているんだろう?
そして、こんな住所聞いたこともない。
暫くあれやこれやと考え込んだ末、ただの悪戯か、と亜真知はパソコンの電源を切った。
時間にして夕方五時。
そろそろ夕食。今日のメニューは何だろう?
思いながら、ぱたぱたカフェからの道を神社に向かう。
あのお茶会が本当だったら、お菓子のメニューは何だろう。
狂った帽子屋のことだから、もしかしたらとんでもないお菓子が出てくるのだろうか。
それとも素晴らしく美味しくて、綺麗で…いやいや、案外いつも食べているような和菓子かも。
もし本当にお茶会があったら、どんな話が聞けただろう。
もし本当に…
「本当ですとも。はじめまして、金の目の黒猫様」
唐突だ。
物凄く唐突だ。
目の前に兎がいる。
しかも喋っている。
それどころかシルクハットを被り上等なスーツを着ている。
しかも二本足で立っている。
背丈にして亜真知より大きい。
亜真知の顔二つ分位ある兎の顔は、茶色の毛で覆われており、赤い目がぎょろりとこちらを見ている。
今日の兎は服を着て喋るのか、等と幾分ズレた事を考えていると兎は勝手に喋り出す。
「驚きましたね?そう、人生はいつも驚きと冒険に満ち溢れているもの。さあこんなところでは人目につきますぞ。会場へ参りましょう」
あぁ、たしかにこんな夕暮れ時の繁華街で、こんな兎がいたら目立つよな…
「でなくて、あなたは一体…」
「さあさあさあ、時間が来る!こっちこっち!」
兎はぐいぐい亜真知の腕を引っ張って歩いていく。
「あのお茶会は本当だったのですか?それにしてもまだ夕方でしょう?夜中の三時にはかなり時間が…」
「言ったでしょう?人生は驚きと冒険に満ち溢れていると」
言いながら兎はどんどんスピードをあげていく。
亜真知の足は不思議なことにそれについていけている。繁華街がどんどん後ろに遠ざかっていく。
すれ違う人にはまるで二人の姿が見えていないよう。
子連れの親子、女子高生、犬を連れた老人、みんなみんな、凄い速さで後ろに消えていく。
横断歩道の信号が体よく青になる。
まるで兎が意図して信号を操作している感じ。
どんどん、どんどん…。
兎の言った意味も分からず、ただ着いていくだけ。スピードはもはや車より早い。
ごうごうと耳に響く風音を聞いているうちに不思議と心が落ち着いてきた。
前を行く兎は、亜真知の腕を掴んでいない方の手で長い耳の間にちょこんと乗っかるシルクハットを飛ばないように押さえている。
走りながらふと周りを見渡すと人の通りが減っていて、辺りは夕闇に。まだ五時のはずなのに。
「しまった!傘を忘れた!」
兎が前方から叫んだ。
え、と聞き返す時は既に辺りは真っ暗だ。
冬でもないのにもう日は完全に落ち、通りすぎる店は皆閉店の準備をしている。
「八時になった!雨が来ますぞ!」
兎が言うと同時に、ざあっとバケツを返したような水が二人を襲った。
それでも兎は止まらない。
「今は何時なのでしょう?」
亜真知は既に理解していた。
今、自分達は時間を駆けているのだ。
「今丁度十二時です!服も乾いているでしょう。あの光が見えますか?あそこです」
それからすぐに、二人は目的地に着いた。
どこをどう走ったのか、薄暗い路地裏に、石造りの小さな洋館風の喫茶店があった。
看板には、返信メールの通り「アリスの棺」と、木の板にゴシック字体で書かれている。
木製の扉が両隣の石の壁に挟まれて窮屈そうに構えている。
その上には丁寧な装飾が施された青銅の傘を持つランプがぼんやりと辺りを照らしている。
「さあ、三時に着きました。どうぞ」
文法が普通からすればおかしいのも気にならない。
何故って、今亜真知と兎は時間を走ってきたのだから。
兎は恭しく亜真知にお辞儀してから、木製の扉を開けた。
中はとても奥行きのある縦長の部屋が一室。
それに沿うように長いテーブルが一つ、ずどんと置かれている。
大きなテーブルなのに置かれている椅子はたったの五脚。
部屋に入ってすぐの所から真っ直ぐ奥に延びるテーブル。
ずっと奥の方に、今立っている場所と物凄く距離をおいた「向かい合せの席」に一脚。
その椅子を囲むように、テーブルを挟んで二脚ずつ、四つの椅子が置かれている。
テーブルの上には沢山の食器と花、そして甘い芳香漂うお菓子が沢山。
見たことのない果物、ケーキ、ゼリー、パイ…。
様子を冷静に観察している亜真知のそばに陰が立った。
「なるほど、君が金の目の黒猫君か」
今度は人だ。
人、なのだが、やはり顔が大きい。
まるでミュージカルに出てくるような着ぐるみ人形。
大きな鷲鼻の下にはハマキをくわえた大きな口。
右目にはギラリと光るモノクルが填っている。
その大きな頭に乗るにふさわしい帽子には何やら紙切れが挟んである。
「おい帽子屋、"君"ではないよ。見ろよこの艶やかな黒髪と金色の目、そして何よりこの美しい容姿!どう見たって素敵な女性じゃないか」
兎が言う。
「なるほど、確かに。それどころか黒猫なんて言ってすまなかったね。さあ、君が二番目のお客だよ。ああ、私は帽子屋。帽子屋と呼び捨てて構わない」
「榊船 亜真知」
亜真知は名乗りながら、自分より先に来た客の姿を探したのだが、それらしい人影は見当たらない。
「さあさあ、あと一人来られますから、それまでのんびりしていて下さい」
兎は亜真知を長いテーブルの向こう側に置いてある椅子のうち入り口か見て左側手前の椅子に座らせた。
やはり一番の客の姿は見えない。
主催者が座るような上座の席の椅子の後ろには縦に四角い窓がある。そこから満月が丁度良い具合いに覗いていた。
満月はいつの時代も変わらないのだな、などと思う。
例えば千年の時を経ても。
「月がお好きなようですね。」
兎が言った。
「えぇまあ、何時の時代も変わらぬ美しさというものがあるように思えます」
「まるでどの時代の月も見たことがあるような言い方をされますね。好きですよ、そういうミステリアスな女性は」
紳士な兎は赤い目を細めて笑ってみせた。
いかれ帽子屋は何やらばたばたと食器を並べ直したりお菓子の配置を変えたりと動き回っている。
「やれやれ、いかれちまってるから、落ち着くことができないんだ」
兎は言って、亜真知の隣に座った。
ふさふさした顔と深紅の瞳が近くなる。
立派な髭は針金のよう。
亜真知は今日、掲示板の書き込みを見てからここに至るまでを振り返った。
振り返りながら髭を繕っている隣の大きな兎を見た。
すると、視線に気付いた兎は、またしても実に紳士的な笑みを向けてくれた。
満月には何が起こっても不思議じゃないとでも言うような、そんな雰囲気。
すると突然兎は立ち上がり、大きな後ろ足をばたんばたんと運んで遥か向こうの戸口に立った。
「今から最後の客を連れてきますから、亜真知殿は暫しお待ち下さい。くれぐれも先にお茶を飲んだりお菓子を食べたりしないように。…おっと、今度は傘を忘れちゃイカンな」
そう言うと、黒いコウモリ傘を片手に、兎は出ていってしまった。
座ってはいるが所在ない亜真知は、まだ動き回るいかれ帽子屋に声をかけた。
「あの、少しは落ち着きになったら?さっきから同じ食器をあっちこっちに動かして…」
そこまで言うといかれ帽子屋は持っていた食器をがちゃん、と乱暴に置いて、凄い勢いで走ってきた。
「何を言う!いいかね、こうしている間にも我々の細胞は衰え、死に近付いていってるんだぞ!細胞が元気なときに、少しでも我々は動くのだ!君は無駄な動きだと言うかも知れないが、一見無駄に見える動きこそ真実大切なものなのだ!分かったら君は黙っていてくれ!」
…さすがいかれているだけあってまったく筋が通っていない。
亜真知は諦めて背もたれに身を預けた。


そうして暫くすると遥か向こうの入り口が開き、兎と共に一人誰かが入ってきた。
最後の客らしい。
帽子屋はまたしても乱暴に食器を置いて、入り口に走っていった。
暫く何か話した後、三人は亜真知のいる椅子が並べられた場所へと歩いてきた。
最後の客は亜真知の向かいに座った。
閉じた長い睫、自分と同じ長い黒髪、そして黒を基調にしたエプロンドレスの少女は物語の主人公を思い出させた。
亜真知の隣には兎が、彼女の隣には帽子屋が座った。すると窓の前にある上座の席が空く。
不思議に思ったがその時兎が口を開いた。
「ようこそ、三人のお客方。ここは丁度三時。いよいよお茶会を開きたいと思います。わたくしは三月兎、こちらの鷲鼻はいかれ帽子屋。どうぞお見知りおきを」
亜真知の隣で兎が盛大にお辞儀して、帽子屋が一人ぱちぱちと拍手した。
「あの…」
亜真知はおずと肩まで手を挙げて意見のポーズを取った。
「なんだい」
帽子屋。
「3人とはどういう事です?お客は私達二人だけでしょう?」
「これはこれはとんだ失礼をば。なにせ…まあ…その、自己紹介、そう、自己紹介を」
歯切れの悪い兎の返事は強制的に亜真知ともう一人の少女を自己紹介させた。
「榊船亜真知です。」
「おいおい、住んでるところを言いたまえ。それくらい礼儀だろう」
「帽子屋、勝手なことをお言いでないよ」
「住んでいる場所は神社でございます」
兎と帽子屋の茶化しを気にした様子もなく亜真知は立ってお辞儀して、座った。
すると次に立ったのは真向かいに座る黒づくめの少女。
「初めましてこんにちわ。海原みそのと申します。」
帽子屋は今度は何も言わなかった。
「いやあ、お二方とも素敵な方だ。さて、最後に、一番最初のお客、ミエナイキャクさんの紹介はわたくしが致しましょう。ここに座っておられるミエナイキャクさんは御覧の通り男の方でございます。職業は普通のサラリーマン。灰色のスーツがとってもお似合いでしょう?」
兎は上座のよく見れば一番上等な椅子を指してペラペラと喋った。
が、何もいない。椅子は相変わらずの空白で、誰も座っていない。
「ええ、本当にお似合いですわ」
海原みその。
見えているのだろうか?亜真知は何度もよくよく目をこらしてみたけれど、やっぱり何も見えない。僅かな生命の波動さえ感じられない。ただの、椅子。
するといかれ帽子屋が思いっきり身を乗り出して反対側から亜真知に囁いた。
「おまえさん、あの椅子が空白に見えるだろう?それが正しいんだ。兎の奴ァいかれちまってるから、あの席には誰か居るように見えるのさ」
「はあ…」
しかし、最初に自分を「二番目の客」と言ったのは、このいかれ帽子屋ではなかったか。
もしかしたら口裏合わせでもしていたのかな、と考える。
ともかく、亜真知は努めて空白の席には誰か居るように振る舞うことにした。
目の前の海原みそのを見習いつつ。

「さあ、兎や、もう前口上は良いだろう。お茶を、お茶を飲もうじゃないか」
帽子屋はティーポットを掲げて大きな声で言った。
天井からつり下がる、レトロなシャンデリアにそれが反射して、キラリと光った。
「もちろんだよ帽子屋。さあ何か面白い話をしようじゃないか。皆さん話の種は持ってこられたかな?」
「そうだ、話の種だ!今日はその種にお茶という水をあげて華を咲かせようじゃないか」
賑やかに喋りまくる二人はお互い隣に座る人の肩を抱いてティーカップをぶんぶん揺らしている。
「まずは誰が話してくれる?え?ようし、おまえさんからいこうじゃないか」
帽子屋は隣に座る海原みそのを指して、右目のモノクルでじとりと見た。
「そうだ、黒鶫殿…あいやいや、みその殿からどうぞ。何か面白いお話の種はお持ちですか?」
兎は相変わらずの紳士顔で笑う。




海原みそのはとても綺麗な少女だ。
久しく現代では使われない「美少女」というやつだ。
では私のお話は、と少し姿勢を揺らせば長い黒髪が、ふわりとゆたう。
常に浮かべられた笑みはどこか、私の中には立ち入り禁止の区域があるのよ、と言っているようだ。
黒で纏めたシックなドレスは彼女の雰囲気と体型によく合っていて、不思議な感じ。
まさに「不思議の国のアリス」そのもの――。
「では、私のお話は、昔話に致しましょう。」
「ほう、昔話!良いね、私は大好きだ!」
「静かにしなさい帽子屋。さあ、みその殿、話して下さい」
「はい。私は海神に仕える巫女でございます」
「ワダツミ?なんだいそれは?御菓子の一種かね?」
「静かにしなさい帽子屋。ワダツミとは海の神様のことだよ。さあ、みその殿、続けて」
「はい。私のお役目の一つに海神様の見る夢の中での夜伽役というものがございます。」
そこでまた帽子屋が口を出そうとしたが今度は兎が先にそれを遮って、彼の口の中に御菓子を放り込んだので帽子屋は喋ることができなくなった。
亜真知はくつくつと笑いながら、兎の代わりに、それで?と先を促した。


ある晩、私はいつものように海神様の夢へと参りました。奇しくも満月の晩だったと記憶しております。海神様は夢の中で静かに語られました。
『おまえ、唄を知っているかね?おまえ、唄を知っているかね?』
そこで私はいくつかお歌い申しあげたのです。
ところが海神様はそうではないと仰いました。
『違う違う、もっと艶やかに、優美に、この世界の美しさを、華麗に唄うてみよ』
私にはさっぱり意味が分からず、かといって海神様が申されたことを聞き返すのも憚られます。
黙りこくってしまった私に、海神様は溜息を吐かれました。


「霊を入れろというお話ではないかしら?」
突然亜真知が口を出した。
「玉?どこに玉を入れるんだ?」
「静かにしなさい帽子屋。ボールの玉ではなくて、その…その………なんだって?」


ええ、亜真知様の仰る通り、海神様は唄に霊、つまり魂を入れろと仰いました。
しかし水の流れがゆらゆら揺れて、水面からの光は殆ど通らないこの深淵では殆ど命あるものはございません。
ああ、勿論、深海の生き物は沢山おりますわ。でも、そうではなくて…何と言うのかしら。
とにかく、霊をこめて唄えるものなど、何処にもございません。
それでも海神様は仰るのです。
唄うてみよ、唄うてみよ……。


「何て無茶を言う神様だ!」
「静かにしなさい帽子屋。神様だから無茶を言っても良いんだよ。それに神様の言うことは絶対なんだから」


その通り、海神様の言うことは絶対でございます。
ですが、海神様はそれ以上私に何も仰られませんでした。
代わりにお話を聞かせて下さいました。
『この深淵に座する大陸にも昔は唄というものがあった。楽に合わせて歌うのではなく、自然の美しさを、この世の尊さを、決められた法則に従って唄うのだ。魂を込めて、心の底から唄う。そんな風習がほんの少し前はあった。しかし今はすっかりそれは忘れ去られ、人は唄わなくなった。お前もそれを知らぬのか』


「海神の手にまきもたる玉ゆゑに 石の浦みにかづきするかも…」
亜真知の声に、みそのがふと笑う。
「そう、そのような唄を、私は海神様から恐れ多くも聞かせて頂いたのです」
「萬葉集 七譬喩歌、でございますわね」
亜真知は静かに答えた。
テーブルの上の御菓子は帽子屋がすっかり食べてしまった。
兎は、ほう、と目を丸くして二人に見入る。
「やあやあ、お二方とも博識でいらっしゃる。ええ、私どもは所詮"ばか"の類でございますから、今のお話の意味は分かりかねますが、それでも、心に染みいるよいお話。なあ、そうは思わんかね、帽子屋?」
「ふん、私はお前さんのように気障じゃないんだ。意味なんてさっぱり分からなかったね」
帽子屋の素っ気ない態度に兎は目で、申し訳ございません、と二人に謝った。
みそのも亜真知も、いいえ、と苦笑した。
確かにこの英国風の紳士(?)達には和歌の話など通じないかもしれない。
ましてどちらもいかれているなら当然のこと。
皆一口茶を啜り息を吐く。
またしても口を開いたのは兎だった。
「さぁ、次はどなたのお話かな?神社にお住まいの亜真知殿、あなたはどのようなお話をお持ちですか?」
話題を振られた亜真知はかちゃんとカップを置いて、兎の赤い目に言った。
「私のお話はただ一言。とても不思議な巫女のお話。ですがそれは言わぬが華というもの。これだけですわ」
一瞬場が静まりかえった。
「失礼ですが、それではお話になりません。亜真知様、何か…」
「おもしろい!!」
今度は帽子屋が兎の台詞を遮った。
「兎、何を言う、これほど面白い話はないぞ。実に芸術的だ!たった一言のお話、それだけで我々の想像が広がるというものではないか!素晴らしい!"ばか"な兎は想像力がないからな、この芸術的な話が分からないのも無理はない。」
帽子屋は亜真知に御菓子を差し出した。
リンゴのタルトを一切れ。
「私はみその殿のお話の方が興味深いですね。海の神様のお話。しかし何時までもそのお話を聞いているわけにも参りません。さて、最後にミエナイキャク殿のお話をお聞きしましょう」
兎は言った。





亜真知はやっぱりミエナイキャクという人が見えない。
どう見ても椅子は空っぽだし、置いてある茶も減ってない。
一番上等な席はずっと空いたまま。
昨今のお茶会では透明人間なる者も来るのかと思ってもみたけれど、それにしたって全くの気配がない。
まさかこんな所で人外の力を発揮してその有無を確かめるわけにもいかないので、結局分からないまま。
すると兎が言いだした。
「ミエナイキャク殿のお話は私が代弁致しましょう」
「やいやい、兎、お前ばかりするいぞ。私だってこの方の代弁をしたいぞ」
無駄に張り合うようにも見えるがミエナイキャクとはかくも高貴なる方なのか。
だとしたら意図的にその気配を消しているのか。
向かいの席に座る海原みそのは見えているのか、いや、彼女もまた目が見えないのだから…いやいや、目が見えない代わりに自分と同じように特別な力を持っていて…。
千年もの眠りから覚めれば世の中は変わっていて当然だな、と亜真知は思う。
その変わった世界を知るために、今回のお茶会にも参加した。
いかれた着ぐるみ兎と着ぐるみ帽子屋が主催するお茶会。
目の前に座る黒衣の美しい少女とどう見ても空っぽの椅子に座っているらしいミエナイキャクという人物。

「亜真知殿?お聞きになりましたか?」
兎の声で我に返った。
目の前には針金のような立派なヒゲの、兎。
「もうしわけありません。何でしたでしょうか」
しまった。すっかり物思いに耽っていて、兎が代弁するミエナイキャクの話を聞いていなかった。
兎はそれに気付いたのか、やれやれ、と残念そうな顔をして(そもそも兎の顔に表情があるというのも変な話だ)立派なヒゲを一ひねりすると目を瞬いた。
「ですから、こちらのミエナイキャク様が、このお茶会が終わった後、あなたとみその殿のどちらかに着いていきたいと申しておられるのです」
「え?何故」
「もちろん、あなた方との出会いをフイにしたくないのですよ。どちらの方について行かれるかはご本人様次第ですけどね」
そりゃあ、こんな偶然の場で出会った人物には運を感じないこともない。できればこの場を借りて、今後も親しくなれたらと思う。
特に海原みそのとは話も合いそうだし、さっきだって和歌の話で盛り上がりそうだった。
だが。
このミエナイキャクというのはどうだ。
姿形がない。それどころか生命の波動もありはしない。
兎と帽子屋がそこにいるように振る舞っているからこそ、その存在を感じられるだけであって、二人がいなければ、何もいないのと同じ。
着いてこられたらどうしよう。
「ああ、3人でこの後二次会、なんてのも素敵ですね」
呑気に兎が言う。
帽子屋も、やっぱり御菓子を頬張りながらケラケラ笑っている。
「あ、それは申し訳ありませんが辞退させて頂きますわ。私は帰りませんと…」
みそのが言う。
「それは残念。では、そろそろお開きにしましょうか。ミエナイキャク様はどちらについて行かれますか?…………ふんふん…わかりました」
兎は鼻をひくつかせて、長い耳を空っぽの椅子に向けて、話を聞く素振りをした。
「どちらに着いていくかは内緒だってさ」
帽子屋が言う。
そんな。
もし着いてこられているか否かさえ分かれば、神社に戻って家人に視てもらえるのに。
千年の眠りのうちに、自分の力の及ばない生命体が出来ているかもしれなかったら――。
そんなはず無い。そんなはず無い。でも。
そんな亜真知をよそに、みそのも帰り支度を始めた。
兎と帽子屋はせっせと食器を片づけている。

「さあ、この扉を出たら元来た道を戻って下さい。そうすれば時間はさかのぼり、帰る場所へ出ることが出来ましょう。大丈夫、道は一本まっすぐ続いているのです」
「せいぜい、迷わないことだな」
帽子屋と兎は口々に言って、扉を開けると、3人を外に出す仕種をした。
それに従って亜真知も外に出る。
目の前には、一本道があった。遠くの方にさっき通った繁華街が見える。
「あら、本当にすぐ帰れますのね」
みそのが言う。
「…」
何かが背後で呟いた気がした。
もしかしたらミエナイキャクが何か言ったのかもしれない。
そんなことを考えるうちに、後ろの扉はバタンと閉じられた。
「GOOD LUCK!」
扉の向こうからそんな声。
先に歩き始めたみそのを追うように、亜真知は歩き始めたのだけど、すぐに前を歩く彼女は見えなくなった。
道に沿って続く空は戻るに連れて深夜の群青から夕暮れのオレンジのグラデーションを描いている。
途中煙っている場所はきっと、夜8時の場所。
雨が降っている。
みそのはもう見えない。
あっという間に一人。
いや、もしかしたら、二人。
亜真知の背後に、着いてきているかもしれない。
見えない客が――。
歩きながら、「アリスの棺」を振り返ろうとしたがどうしても出来なかった。
石造りの喫茶店。
木製の扉と青銅のランプ。
店名の通り、棺のような長いテーブル。
どうしても、背後を振り返ることが出来ない。

後ろに、いるかもしれない。見えない客が。

早く、天薙家に帰ろう。





良いお茶会だった

ああ、実に良いお茶会だった

いい話も聞けたよ

ああ、実に良い話も聞けた

どうかね帽子屋?

どうかね兎?

いかれたお茶会だった

ああ、実にいかれていた

長いテーブルの上に、大きな兎の首と、鷲鼻の帽子屋の首が置かれた。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999 / 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!? 】
【1388/ 海原・みその/ 女 / 13 / 深淵の巫女 】

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■         ライター通信          ■
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初めましてこんにちわ。相田命と申します。
いかれたお茶会に参加頂きありがとうございました。
全くの新米ライターで、四苦八苦しながら書かせて頂きました。
至らぬ部分もあるかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。
大元の設定や雰囲気が「アリスのお茶会」という事にしておりましたので、多くの矛盾を残しております。
「不思議の国のアリス」の原作も多くの矛盾が含まれているので、それに倣ってのことなのですが…いかがなものでしょうか。
それでも兎と帽子屋の独特の雰囲気は出せたかと思います。
「ミエナイキャク」を、向かい合わせに座ったお客様がどう感じているのかは、そちらのお話を読んで頂ければ分かるかと。
ではでは、ご利用ありがとうございました。
また彼らが次回「お茶会」を開くようでしたら、是非お目にかかりたく思います。