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人面魚とお茶を。
◆オープニング
いつものように瀬名雫が掲示板の書き込みをチェックしていると、妙なタイトルの書き込みが目に入った。
[人面魚とお茶を。 投稿者:匿名希望]
庭の池にて人面魚を育てております。
人面魚に興味のある方、家に遊びに来ませんか?
お茶とお菓子を用意してお待ちしております。
人面魚を見ながら楽しくお話し致しましょう。
連絡を下されば折り返し住所をお教えします。
「今時人面魚ねぇ……」
書き込み内容は確かに魅力的だ。だが、それだけに怪しい。
人面魚ブームなど随分と昔に過ぎ去ってしまっている上に、本当に人面を持った魚が居たという話はついぞ聞いたことがない。
調査にいきたいのはやまやまだが、あいにくと週末の予定は既に埋まってしまっていた。
「ま、お茶菓子付きっていうんなら誰か行ってくれるでしょ。募集かけとこっと☆」
◆調査開始
雫のホームページで書き込みを見つけたみあおは、すぐに相手先に連絡を取った。
訪問を決めたのは単純に面白そうだったからだ。
「でも、何で今頃こんな書き込みをしたのかなぁ……?」
今時笑い話にもならない人面魚のネタを持ち出して屋敷に人を呼び寄せて、何かメリットがあるだろうか。
「ま、確認もなにも人面魚見て、お茶飲んで、色々お話して、帰ってくるだけだよね」
やばそうだったら逃げ帰ればいっか、と心の内でつぶやくと、みあおは週末に出掛ける為の準備を始めた。
当日、みあおは電車やバスを乗り継ぎ、三時間近くをかけてやっと目的地にたどり着いた。
大きな日本家屋だ。かなりのお金持ちなのだろう。細かい細工の施された瓦や、白塗りの塀越しに見える大きな松を見ると、家の価値など良くわからないみあおにも、ここが立派な家なのだと言うことはわかった。
しかし家の造り自体は立派でも、こう都心から離れているとなるとさすがに羨ましいとは思えない。
「お姉さんの焼いたクッキー、割れてないと良いんだけど……」
みあおは片手に提げた包みを掲げ、不安そうに見やった。
人の家を訪れる時は手土産を持っていくのが礼儀だと、姉のみなもに持たされたのである。
「けっこーこういうのにうるさいんだよね、お姉さん」
反対の手には使い捨てカメラがあった。もし本物の人面魚が居たら、写真を撮ってきてくれと瀬名雫に渡されたのだ。
「ま、居たら居た、居なかったら居なかったってことで……」
大きな門の前に立ち、呼び鈴を押す。
少しして家の方から現れたのは、橙の着物を着たポニーテールの少女だった。
年の頃はみあおと同じくらいだろうか。恥ずかしそうにお辞儀をすると、門を開けて中へと導き入れてくれた。
少女は消え入りそうな声で「こっち」と言うと、屋敷へは行かず庭を進んでいく。
「ね、あなたが人面魚の書き込みをしたの?」
沈黙に耐えきれずに横に並んで問いかけるが、少女は黙ったまま首を振る。
そうしてふいにパタパタと駆け出すと、先ほどとはうってかわって大きな声を出した。
「白姫、紅緒! お客様だよ!」
その声に、視線の先にある池のほとりに佇んでいた女が二人、振り返った。
どちらも二十半ばくらいだろうか。出迎えた少女と同じように着物を着ている。
「ご苦労様、蘭……」
白い着物の女が、出迎えた少女――蘭の頭を撫でた。
「いらっしゃい、海原みあおさん」
赤い着物の女が、みあおに向かって微笑む。
「こんにちは! えっと、おまねきありがとうございます」
みあおは姉に言われたように挨拶を述べ、ぺこりとお辞儀をする。
「これ、どーぞ♪」
顔を上げ、持っていたクッキーを差し出した。
白い着物の女が微笑んで包みを受け取る。
「まぁ洋菓子。せっかくだから一緒に頂きましょう……」
「今丁度、お茶の用意をしていたところなのよ」
言われて傍らに視線を移すと、いつのまに現れたのかテーブルと椅子が並んでいた。
蘭がティーカップにお茶を注いでいる。
「さ、遠慮しないで……」
「こちらにお座りなさいな」
二人の女に微笑まれ、みあおはお茶に招かれることにした。
「私が、姉の白姫(しらひめ)で……」
「私が、妹の紅緒(べにお)」
「この子は蘭(らん)……」
「三人でこの屋敷に住んでいるのよ」
白と赤の姉妹が交互に喋る。雰囲気は違うものの、二人並んでいると双子のように見える。実際双子なのかもしれないが。
蘭は口を挟もうとはせず、にこにことみあおを見つめている。
「三人では寂しいから、たまにこうやってお客様を招いたりするの……」
みあおは出されたお茶に口を付けながら姉妹の話を聞いていた。
「うん。掲示板にも書いてあったよね、人面魚がいるから、それを見ながら一緒にお話ししようって。この池で飼ってるの?」
みあおはテーブルの脇にある大きな池を見た。鯉が何匹も泳いでいるが、動き回るので人面魚かどうかは判別できない。
空になったカップを見て、蘭がおかわりのお茶を注ぐ。お礼の代わりに笑いかけると、蘭は嬉しそうにはにかんだ。
「そうそう。人面魚……」
「蘭、みあおさんに鯉をお見せして差し上げて」
ティーポットを置いた蘭が、池のほとりに座り込んでみあおを手招きする。
みあおは姉妹と顔を見合わせると、椅子から立ち上がって蘭の傍から池を覗き込んだ。
蘭が気ままに泳ぎ回る鯉に向かって手招きすると、その意を介したのか周囲に鯉が寄ってきた。そのまま大人しく二人を見上げている。
「うわーっ。すごい!」
鯉を手懐かせる蘭の芸当にも驚いたが、みあおは何より鯉に見入っていた。
さすがに人面を持った鯉はいなかったが、池を泳ぐ鯉の体にはどこかしら人の顔のような模様が入っている。
驚くみあおをよそに、蘭は一匹一匹指をさしながら説明する。
「あれは交通事故で死んだ女の子、あっちは老衰で死んだおじいちゃん。あそこに居るのは雨に日に滑って転んで死んじゃった男の人」
「ここの鯉、全部誰かの魂が入ってるの?」
問いかけるみあおに、椅子に座ったままの姉妹が答える。
「彷徨って悪霊となるよりも……」
「こうして静かに暮らすことを望んだ魂なのよ」
「だから育てているというのには少し語弊があるけれど……」
「私たちにとっては同じ家に棲む家族のようなものなの」
静かに微笑む二人を見上げ、みあおはこくりと首を捻った。
「……おねーさん達、人間?」
二人はそれには答えずに、ただにこにことお菓子を差し出した。
「さぁ、せっかく遠方から来て頂いたんですから……」
「もっと楽しいお話しを致しましょう」
それから四人はクッキーの話に始まりインターネット、怪談に至るまで色々な話をしてひとときを過ごした。
そろそろ日も暮れようかという頃、みあおは姉妹に礼を言って家に帰ることにした。
思わず話が弾んで長居してしまったが、都心へ戻るまで三時間かかるのだ。早く家を出なければ帰宅が遅くなってしまう。
「今度は一緒に買い物とか行こうね!」
大きく手を振って屋敷を離れる。
白姫、紅緒、蘭の三人は、去っていくみあおの姿が見えなくなるまで屋敷の前に佇んでいた。
「良かったわね、蘭。一緒に遊んで貰って……」
白姫の声に、蘭が嬉しそうに笑い返す。
「もう少し人が多ければピンハネも考えたけれど」
「ああも可愛いお嬢さんでは邪気も失せるというものね……」
「生気の補充はできなかったけれど」
「楽しかったから良しと致しましょう……」
「次は他の妖魔も呼んで宴会を開きましょう」
「ではまた、ケイジバンに書き込んでおかなければね……」
姉妹はくすくすと笑い合うと、そのまま池へ向かって姿を消した。
寸分後。池から水しぶきが上がり、白と赤の鯉が悠々と水草に姿を消した。少ししてぽちょんと控えめな水音が聞こえ、紅白の鯉に続くようにして、小さな金魚が泳いでいった。
◆調査完了
学校帰りに写真屋へ寄り、先日屋敷で撮った写真を受け取ると、みあおはその足でゴーストネットへ向かった。
案の定、不思議大好き娘は今日も元気に活動している。
「雫〜! 調査完了したよ♪」
みあおに手渡された写真に目を通しながら、雫は「やっぱりね〜」と言って深く嘆息した。
「本当に人間の顔をした魚は、未知の存在なのよね……」
みあおが撮ってきた写真には、古めかしい日本家屋と顔のように見える模様を持った鯉、家主であるという若い姉妹と小さな少女の姿しか映っていなかった。
「うん。でもお茶もお菓子もおいしかったし、いっぱいお話しもしてきたから、みあおは凄い楽しかったよ!」
そんなみあおの様子を見、突然雫がシャキッと姿勢を正した。
「そうよね。何事もポジティブシンキング! 調査対象はまだまだたくさんあるんだから、落ち込んでる暇なんてないわ!」
雫はそう言って自己完結すると、持っていた写真をみあおに押しつけた。
「写真はみあおちゃんにあげるね。調査協力ありがとう! 今度何か奢るよ☆」
そのまま盛大に手を振って去っていく。きっと次の調査へ向かうのだろう。
遠ざかる雫に手を振り返しながら、渡された写真をめくる。
その中の一枚を見て微笑む。あの日最後に撮った写真には、白姫と紅緒、蘭の三人が一緒になって写っていた。
「さ。早く家に帰ってみあおお姉さんに見せてあげよう!」
みあおは元気よく店を飛び出すと、銀の髪をなびかせて街へと消えた。
End.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
1415 / 海原・みあお / 女 / 13 / 小学生
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。この度はご依頼ありがとうございました。
西荻悠(にしおぎ・ゆう)と申します。
早くにご依頼を頂いたにも関わらず、お届けがギリギリになってしまい大変申し訳ありませんでした。
色々展開を考えた末、このようにまとめてみましたがいかがでしたでしょうか?
少しでもご満足頂ければ幸いです。
依頼を受けてから、みあおちゃんのデータを何度も読み込ませて頂きました。
みあおちゃんの人柄に触れたら、幽霊も妖怪も一緒になって微笑んでしまいそうですね。
描かせて頂いている私自身もかなり和ませて頂きました。
イメージからかけ離れた行動をしていないと良いのですが……。
ではでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
今宵も貴方の傍に素敵な闇が訪れますように。
西荻悠 拝
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