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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■いかれたお茶会■

件名:お茶会のお知らせ   投稿者:3月兎&いかれ帽子屋

初めまして皆様ごきげんよう。
突然ではありますが、この度、わたくしども3月兎といかれ帽子屋でお茶会を催したいと思います。
鬱陶しいこの雨の季節、わたくしどもと、薔薇のお茶と甘い御菓子で楽しくお喋りしませんか?
参加資格はございません。
色々な方のお話をお聞きしたいと思いますので
バラエティー溢れる方々のご出席をお待ちしております。
面白いお話、不思議なお話、怖いお話、悲しいお話、何でもないお話を
わたくしどもに、お聞かせ下さい。
皆さんで盛り上がりましょう。
出席して下さるという方がおられましたら、電子郵便にてご連絡下さいませ。
折り返し、詳しい場所をお知らせ致します。

面白いお話の種をお持ちのあなたの参加をお待ちしております。

■■■

「良いなぁー!私も今の事件追っかけてなかったら絶対行くのにぃー!お茶が飲めて御菓子が食べられる上に不思議なお話が沢山聞けるなんて一石二鳥どころか一石三鳥じゃない!」
雫がそんなことを言っていたっけ。
みそのの代わりに"電子郵便"を打ってくれた彼女はきちんと返信のメールも寄越してくれた。
「はい、これが場所指定みたいよ。私の分までせいぜい楽しんできてね」


深海を泳ぐ素敵な黒鶫様へ

初めましてこんにちわ。お茶会参加ありがとうございます。
つきましては所定の会場まで、今宵、満月真夜中の三時においで下さい。

真夜中通り真夜中町真夜中番地路地裏奥の「アリスの棺」

素敵なお話が聞ける事を楽しみにしております。

三月兎より


何て端的な文章、何てよく分からない文章。
水鳥は深海を泳ぐのだろうか。
今までにも沢山こんなよく分からない経験をしているから、特に思うところはないものの、やっぱり奇妙だなぁと思わずにはいられない。
「黒鶫ですって」
英語にすればブラックバード。常に黒衣、黒髪のみそのにはぴったりの例えだ。
黒鶫という鳥もさして悪くない風貌をしているし――。
だがこの住所はどういうことだろう。
真夜中通り真夜中町の…真夜中番地?「アリスの棺」なんていう場所も聞いたことがない。
何処だろう。
風の流れでもしかしたらそれらしい路地裏を発見できるかもしれない。
近くまで行けば誰か同じような参加者が声をかけてくれるかもしれない。
どっちにしても「近くまで行くこと」が大切だ。
「そんなことなさらなくても、私がお連れ致しますよ」
唐突に目の前から声が上がった。
兎だった。
ふわりと香る上等な香水。
夕暮れの、時間にして5時。
とある繁華街で、黒衣の少女が向き合うのは、大きな兎。
しかも喋っている。
それどころかシルクハットを被り上等なスーツを着ている。
片手には蝙蝠傘を一本。
しかも二本足で立っている。
みそのの顔二つ分位ある兎の顔は、茶色の毛で覆われており、赤い目がぎょろりとこちらを見ている。
まるで着ぐるみ人形。
顔の後ろ側から映える大きな長い耳が、ぱた、と動いた。
「驚きましたね?そう、人生はいつも驚きと冒険に満ち溢れているもの。さあこんなところでは人目につきますぞ。会場へ参りましょう」
「素敵な兎さんですこと」
みそのは微笑んで、右手を、相手が掴みやすいように差し出した。
「これは光栄。下等な物の怪がしばしあなたのようなお嬢様に失礼仕ることをお許し下さいませ」
兎はそう言うと、みそのの右手を取り、ハンドキスをする。
大きな赤い目を細めて笑った。
「素敵な黒のお召し物だ。まるでアリスの様。しかし、かの有名なアリス殿も兎に抱えられたことはそうあるまい」
「えっ…まぁ!」
兎は言った後間髪おかずに、みそのの背中と膝裏をすくい上げ、片手で抱え込んだ。あっという間にみそのは兎の肩に座る形になる。
「さあさあさあ、時間が来ますぞ!会場へ」
言いながら兎は大きな後ろ足をばたんばたんと運んで道を歩き始めた。
そのスピードが段々速くなり、周りの景色は遠のいていく。
繁華街がどんどん後ろに遠ざかっていく。
すれ違う人にはまるで二人の姿が見えていないよう。
子連れの親子、女子高生、犬を連れた老人、みんなみんな、凄い速さで後ろに消えていく。
横断歩道の信号が体よく青になる。
まるで兎が意図して信号を操作している感じ。街の中を、大きな兎が駆け抜ける。その残像のようにみそのの長い髪が尾を引いた。
どんどん、どんどん…。
スピードはもはや車より早い。
兎は片方の手でで長い耳の間にちょこんと乗っかるシルクハットを飛ばないように押さえている。
ふと周りを見渡すと人の通りが減っていて、辺りは夕闇に。まだ五時のはずなのに。
「ようし、今度は傘を持ってきているぞ!」
兎は言うと、シルクハットをぐしゃりと懐に仕舞い込み、蝙蝠傘を開いた。
「何ですの?」
既に辺りは真っ暗で、開いている店は殆ど無い。日は完全に落ちている。
「八時になった!雨が来ますぞ!」
言うと同時に、ざあっとバケツを返したような水が、みそのと兎を襲った。
二人を守る蝙蝠傘はその水を容易くはね除けて、バタバタと雨音を作った。
「素敵!」
「ほう、随分風情がおありのようだ!確かに雨は情緒があって素晴らしい!」
こうもり傘を畳んだ兎はみそのを抱えなおしながら片目でウィンクした。
時を駆ける二人のスピードは最高潮に達する。
「今何時でございましょう?」
肩の上からみそのが言った。
「丁度一二時になります!あの光が見えますか?あそこです」
それからすぐに、二人は目的地に着いた。
どこをどう走ったのか、薄暗い路地裏に、石造りの小さな洋館風の喫茶店があった。
看板には、返信メールの通り「アリスの棺」と、木の板にゴシック字体で書かれている。
木製の扉が両隣の石の壁に挟まれて窮屈そうに構えている。
その上には丁寧な装飾が施された青銅の傘を持つランプがぼんやりと辺りを照らしている。
「さあ、三時に着きました。どうぞ」
文法が普通からすればおかしいのも気にならない。
何故って、今みそのと兎は時間を走ってきたのだから。
兎は恭しくみそのにお辞儀してから、木製の扉を開けた。
中はとても奥行きのある縦長の部屋が一室。
それに沿うように長いテーブルが一つ、ずどんと置かれている。
大きなテーブルなのに置かれている椅子はたったの五脚。
部屋に入ってすぐの所から真っ直ぐ奥に延びるテーブル。
ずっと奥の方に、今立っている場所と物凄く距離をおいた「向かい合せの席」に一脚。
その椅子を囲むように、テーブルを挟んで二脚ずつ、四つの椅子が置かれている。
そのうちの一脚には既に先客がいるようで、誰か一人女性らしき人が座っている。
テーブルの上には沢山の食器と花、そして甘い芳香漂うお菓子が沢山。
果物、ケーキ、ゼリー、パイ…。
様子を冷静に観察しているみそののそばに陰が立った。
「なるほど、君が深海を泳ぐ黒鶫君か」
今度は人だ。
人、なのだが、やはり顔が大きい。
まるでミュージカルに出てくるような着ぐるみ人形。
大きな鷲鼻の下にはハマキをくわえた大きな口。
右目にはギラリと光るモノクルが填っている。
その大きな頭に乗るにふさわしい帽子には何やら紙切れが挟んである。
「おい帽子屋、"君"ではないよ。見ろよこの艶やかな黒髪と素敵な衣装、そして何よりこの美しい容姿!どう見たって素敵な女性じゃないか」
兎が言う。
「なるほど、確かに。それどころか黒鶫なんて言ってすまなかったね。さあ、君が最後のお客だよ。ああ、私は帽子屋。帽子屋と呼び捨てて構わない」
「海原みそのと申します」
言いながら三人(二人+一匹?)は奧へ奧へ、一人の女性が座る場所へと歩いた。
主催者が座るような上座の席の椅子の後ろには縦に四角い窓がある。そこから満月が丁度良い具合いに覗いていた。
みそのが座ったのは一人の女性の向かいの席で、入り口から見て右側手前の椅子。
向かいの席に座る女性はとても美しい。
みそのと同じ黒髪に金色の目。どこか人外を思わせる雰囲気だが、それを隠している風は見えない。
もしかしたらそこまで思わせられるほどの力を何か持っているのかも。
そして上座のよく見れば一番上等な席には誰も座っていない。
みそのの隣には帽子屋が座り、相手の女性の隣には兎が座った。
「ようこそ、三人のお客方。ここは丁度三時。いよいよお茶会を開きたいと思います。わたくしは三月兎、こちらの鷲鼻はいかれ帽子屋。どうぞお見知りおきを」
向かいの女性の隣で兎が立ち上がり、盛大にお辞儀をすれば、みそのの隣に座る帽子屋がパチパチと拍手する。
「あの…」
金色の目の女性はおずと肩まで手を挙げて意見のポーズを取った。
「なんだい」
帽子屋。
「3人とはどういう事です?お客は私達二人だけでしょう?」
「これはこれはとんだ失礼をば。なにせ…まあ…その、自己紹介、そう、自己紹介を」
歯切れの悪い兎の返事は強制的にみそのともう一人の女性を自己紹介させた。
「榊船亜真知です。」
「おいおい、住んでるところを言いたまえ。それくらい礼儀だろう」
「帽子屋、勝手なことをお言いでないよ」
「住んでいる場所は神社でございます」
兎と帽子屋の茶化しを気にした様子もなく女性は立ってお辞儀して、座った。
みそのは次が自分の番だと感じ、椅子から立った。
「初めましてこんにちわ。海原みそのと申します。」
帽子屋は今度は何も言わなかった。
「いやあ、お二方とも素敵な方だ。さて、最後に、一番最初のお客、ミエナイキャクさんの紹介はわたくしが致しましょう。ここに座っておられるミエナイキャクさんは御覧の通り男の方でございます。職業は普通のサラリーマン。灰色のスーツがとってもお似合いでしょう?」
兎は上座のよく見れば一番上等な椅子を指してペラペラと喋った。
しかし。
みそのには何も見えない。
椅子は相変わらずの空っぽで、何の"流れ"も感じない。
榊船亜真知は見えているのだろうか。
とりあえず言われて、みそのは、ええ、本当にお似合いですわ、と笑った。
すると隣に座っていた帽子屋がぐいろ身を乗り出して亜真知に何か囁いた。
それはしっかりとみそのの耳にも聞こえた。
「おまえさん、あの椅子が空白に見えるだろう?それが正しいんだ。兎の奴ァいかれちまってるから、あの席には誰か居るように見えるのさ」
なるほど。
アリスのお茶会でも「いかれている」ことがキーワードだ。
だとしたら、この「いかれ」帽子屋の言うことも信じられるのかも。
でもそもそも、帽子屋自体もいかれているのだから、結局の所どっちを信じればいいのやら。
それならそれで何だか面白い。
みそのはとにかく空席の椅子にはミエナイキャクがいるように振る舞うことにした。


「さあ、兎や、もう前口上は良いだろう。お茶を、お茶を飲もうじゃないか」
帽子屋はティーポットを掲げて大きな声で言った。
天井からつり下がる、レトロなシャンデリアにそれが反射して、キラリと光った。
「もちろんだよ帽子屋。さあ何か面白い話をしようじゃないか。皆さん話の種は持ってこられたかな?」
「そうだ、話の種だ!今日はその種にお茶という水をあげて華を咲かせようじゃないか」
賑やかに喋りまくる二人はお互い隣に座る人の肩を抱いてティーカップをぶんぶん揺らしている。
「まずは誰が話してくれる?え?ようし、おまえさんからいこうじゃないか」
帽子屋は隣に座る海原みそのを指して、右目のモノクルでじとりと見た。
「そうだ、黒鶫殿…あいやいや、みその殿からどうぞ。何か面白いお話の種はお持ちですか?」
兎は相変わらずの紳士顔で笑う。





海原みそのはとても綺麗な少女だ。
久しく現代では使われない「美少女」というやつだ。
では私のお話は、と少し姿勢を揺らせば長い黒髪が、ふわりとゆたう。
常に浮かべられた笑みはどこか、私の中には立ち入り禁止の区域があるのよ、と言っているようだ。
黒で纏めたシックなドレスは彼女の雰囲気と体型によく合っていて、不思議な感じ。
まさに「不思議の国のアリス」そのもの――。
「では、私のお話は、昔話に致しましょう。」
「ほう、昔話!良いね、私は大好きだ!」
「静かにしなさい帽子屋。さあ、みその殿、話して下さい」
「はい。私は海神に仕える巫女でございます」
「ワダツミ?なんだいそれは?御菓子の一種かね?」
「静かにしなさい帽子屋。ワダツミとは海の神様のことだよ。さあ、みその殿、続けて」
「はい。私のお役目の一つに海神様の見る夢の中での夜伽役というものがございます。」
そこでまた帽子屋が口を出そうとしたが今度は兎が先にそれを遮って、彼の口の中に御菓子を放り込んだので帽子屋は喋ることができなくなった。
亜真知はくつくつと笑いながら、兎の代わりに、それで?と先を促した。


ある晩、私はいつものように海神様の夢へと参りました。奇しくも満月の晩だったと記憶しております。海神様は夢の中で静かに語られました。
『おまえ、唄を知っているかね?おまえ、唄を知っているかね?』
そこで私はいくつかお歌い申しあげたのです。
ところが海神様はそうではないと仰いました。
『違う違う、もっと艶やかに、優美に、この世界の美しさを、華麗に唄うてみよ』
私にはさっぱり意味が分からず、かといって海神様が申されたことを聞き返すのも憚られます。
黙りこくってしまった私に、海神様は溜息を吐かれました。


「霊を入れろというお話ではないかしら?」
突然亜真知が口を出した。
「玉?どこに玉を入れるんだ?」
「静かにしなさい帽子屋。ボールの玉ではなくて、その…その………なんだって?」


ええ、亜真知様の仰る通り、海神様は唄に霊、つまり魂を入れろと仰いました。
しかし水の流れがゆらゆら揺れて、水面からの光は殆ど通らないこの深淵では殆ど命あるものはございません。
ああ、勿論、深海の生き物は沢山おりますわ。でも、そうではなくて…何と言うのかしら。
とにかく、霊をこめて唄えるものなど、何処にもございません。
それでも海神様は仰るのです。
唄うてみよ、唄うてみよ……。


「何て無茶を言う神様だ!」
「静かにしなさい帽子屋。神様だから無茶を言っても良いんだよ。それに神様の言うことは絶対なんだから」


その通り、海神様の言うことは絶対でございます。
ですが、海神様はそれ以上私に何も仰られませんでした。
代わりにお話を聞かせて下さいました。
『この深淵に座する大陸にも昔は唄というものがあった。楽に合わせて歌うのではなく、自然の美しさを、この世の尊さを、決められた法則に従って唄うのだ。魂を込めて、心の底から唄う。そんな風習がほんの少し前はあった。しかし今はすっかりそれは忘れ去られ、人は唄わなくなった。お前もそれを知らぬのか』


「海神の手にまきもたる玉ゆゑに 石の浦みにかづきするかも…」
亜真知の声に、みそのがふと笑う。
「そう、そのような唄を、私は海神様から恐れ多くも聞かせて頂いたのです」
「萬葉集 七譬喩歌、でございますわね」
亜真知は静かに答えた。
テーブルの上の御菓子は帽子屋がすっかり食べてしまった。
兎は、ほう、と目を丸くして二人に見入る。
「やあやあ、お二方とも博識でいらっしゃる。ええ、私どもは所詮"ばか"の類でございますから、今のお話の意味は分かりかねますが、それでも、心に染みいるよいお話。なあ、そうは思わんかね、帽子屋?」
「ふん、私はお前さんのように気障じゃないんだ。意味なんてさっぱり分からなかったね」
帽子屋の素っ気ない態度に兎は目で、申し訳ございません、と二人に謝った。
みそのも亜真知も、いいえ、と苦笑した。
確かにこの英国風の紳士(?)達には和歌の話など通じないかもしれない。
ましてどちらもいかれているなら当然のこと。
皆一口茶を啜り息を吐く。
またしても口を開いたのは兎だった。
「さぁ、次はどなたのお話かな?神社にお住まいの亜真知殿、あなたはどのようなお話をお持ちですか?」
話題を振られた亜真知はかちゃんとカップを置いて、兎の赤い目に言った。
「私のお話はただ一言。とても不思議な巫女のお話。ですがそれは知らぬが華というもの。これだけですわ」
一瞬場が静まりかえった。
「失礼ですが、それではお話になりません。亜真知様、何か…」
「おもしろい!!」
今度は帽子屋が兎の台詞を遮った。
「兎、何を言う、これほど面白い話はないぞ。実に芸術的だ!たった一言のお話、それだけで我々の想像が広がるというものではないか!素晴らしい!"ばか"な兎は想像力がないからな、この芸術的な話が分からないのも無理はない。」
帽子屋は亜真知に御菓子を差し出した。
リンゴのタルトを一切れ。
「私はみその殿のお話の方が興味深いですね。海の神様のお話。しかし何時までもそのお話を聞いているわけにも参りません。さて、最後にミエナイキャク殿のお話をお聞きしましょう」
兎は言った。




「ミエナイキャク殿のお話は私が代弁致しましょう」
「やいやい、兎、お前ばかりするいぞ。私だってこの方の代弁をしたいぞ」
無駄に張り合うようにも見えるがミエナイキャクとはかくも高貴なる方なのか。
だとしたら意図的にその気配を消しているのか。
みそのは微笑ましい兎と帽子屋のやりとりを聞いていた。
かじったアールグレイのクッキーが美味しかった。
結局覇権を握ったのは兎で、帽子屋は不満そうにみそのの隣にどすんと座った。
「えー、このミエナイキャク殿はつい先日会社をリストラされたそうです。妻も子もなく寂しい独身生活でしたがそれ故、特にリストラされたからといって生活に困ることもないのです。ですがとても寂しいそうです。ですのでこの場を借りてお二方、亜真知殿とみその殿どちらかのお家までついて行かせて頂いて、お友達になりたいそうです」
兎は得意満面に語った。
「亜真知殿?お聞きになりましたか?」
兎はふと何か考え込んでいる風な榊船亜真知に声をかけた。
「もうしわけありません。何でしたでしょうか」
榊船亜真知は謝り、もう一度事の次第を聞いた。
兎はやれやれ、といった表情で。
「ですから、こちらのミエナイキャク様が、このお茶会が終わった後、あなたとみその殿のどちらかに着いていきたいと申しておられるのです」
「え?何故」
「もちろん、あなた方との出会いをフイにしたくないのですよ。どちらの方について行かれるかはご本人様次第ですけどね」
その会話を聞きながらみそのは少し考え込んだ。
本当に、この空席の椅子にはミエナイキャクという人がいるのだろうか?
普通のサラリーマンだったら、そりゃ勿論普通の人間のハズだし、だったら多少なりとも、みそのには、その人物の起こす仕種からなる風の動きや、今みたいに隣で帽子屋が注ぐポットからカップへの紅茶の水流だって、ミエナイキャクが飲むときに分かるはずだ。
と、言うことは本当にいないのだろうか。
しかし、だとしたら榊船亜真知はどうしてこんな風に振る舞っているのだろう?
まるで見えているように。
元々視力の弱いみそのは「見る」ことは出来ないが、感じることは出来る。
だがしかし本当に何も感じないのだ。
確かにこの場を借りて、榊船亜真知とは仲良くなれると思う。
さっきだって海神の和歌の話で盛り上がりそうだった。
それに、「言わぬが華」という彼女の独特の雰囲気もみそのの趣味に合う。
しかしミエナイキャクは、どちらにしても不気味な事この上ない。
金色の目を持つ榊船亜真知とはきっとまた会う機会があるはずだ。
早く帰るにこしたことはない。
ミエナイキャクは兎と帽子屋がそこにいるように振る舞っているからこそ、その存在を感じられるだけであって、二人がいなければ、何もいないのと同じ。
「ああ、3人でこの後二次会、なんてのも素敵ですね」
呑気に兎が言う。
帽子屋も、やっぱり御菓子を頬張りながらケラケラ笑っている。
「あ、それは申し訳ありませんが辞退させて頂きますわ。私は帰りませんと…」
みそのはとりあえずそれは断っておいた。
「それは残念。では、そろそろお開きにしましょうか。ミエナイキャク様はどちらについて行かれますか?…………ふんふん…わかりました」
兎は鼻をひくつかせて、長い耳を空っぽの椅子に向けて、話を聞く素振りをした。
「どちらに着いていくかは内緒だってさ」
帽子屋が言う。
内緒?一瞬耳を疑った。この不気味さが主の元に帰るまで続くなんて。
着いてこられているか否か、分からない。そんな不気味さが。
片づけを始める帽子屋と兎に倣ってみそのも席を立った。やがて亜真知も席を立つ。


「さあ、この扉を出たら元来た道を戻って下さい。そうすれば時間はさかのぼり、帰る場所へ出ることが出来ましょう。大丈夫、道は一本まっすぐ続いているのです」
「せいぜい、迷わないことだな」
帽子屋と兎は口々に言って、扉を開けると、3人を外に出す仕種をした。
それに従ってみそのも外に出る。
目の前には、一本道があった。遠くの方に、さっきとは違った場所、みそのが帰るべき場所が見える。
「あら、本当にすぐ帰れますのね」
思わず漏らした言葉は本心から。すると、
「…」
何かが背後で呟いた気がした。
もしかしたらミエナイキャクが何か言ったのかもしれない。
もしかしたら亜真知が何か呟いたのかも?
そんなことを考えるうちに、後ろの扉はバタンと閉じられた。
「GOOD LUCK!」
扉の向こうからそんな声。

とにかくこの場を後にしようと、みそのは亜真知より先に歩き始めた。
道に沿って続く空は戻るに連れて深夜の群青から夕暮れのオレンジのグラデーションを描いている。
途中煙っている場所はきっと、夜八時の場所。
雨が降っている。
後ろに亜真知一人を残して、みそのは歩いた。
いや、もしかしたら、二人残しているのかも。
いや、もしかしたら一人亜真知が残っていて、後ろにはミエナイキャクが着いてきているのかも。
見えない客が――。
歩きながら、「アリスの棺」を振り返ろうとしたがどうしても出来なかった。
石造りの喫茶店。
木製の扉と青銅のランプ。
店名の通り、棺のような長いテーブル。
どうしても、背後を振り返ることが出来ない。

後ろに、いるかもしれない。見えない客が。

早く、主の元へ帰ろう。





良いお茶会だった

ああ、実に良いお茶会だった

いい話も聞けたよ

ああ、実に良い話も聞けた

どうかね帽子屋?

どうかね兎?

いかれたお茶会だった

ああ、実にいかれていた

長いテーブルの上に、大きな兎の首と、鷲鼻の帽子屋の首が置かれた。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999 / 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!? 】
【1388/ 海原・みその/ 女 / 13 / 深淵の巫女 】

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■         ライター通信          ■
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初めましてこんにちわ。相田命と申します。
いかれたお茶会に参加頂きありがとうございました。
全くの新米ライターで、四苦八苦しながら書かせて頂きました。
至らぬ部分もあるかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。
大元の設定や雰囲気が「アリスのお茶会」という事にしておりましたので、多くの矛盾を残しております。
「不思議の国のアリス」の原作も多くの矛盾が含まれているので、それに倣ってのことなのですが…いかがなものでしょうか。
それでも兎と帽子屋の独特の雰囲気は出せたかと思います。
「ミエナイキャク」を、向かい合わせに座ったお客様がどう感じているのかは、そちらのお話を読んで頂ければ分かるかと。
ではでは、ご利用ありがとうございました。
また彼らが次回「お茶会」を開くようでしたら、是非お目にかかりたく思います。