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「Denial」
〜 謎のバナー 〜
ある日、よく行く怪奇情報系サイトの一つで、雫は妙なバナーを見かけた。
「Denial」
その単語が、書体を変えながら、何度も、何度もつづられ続ける。
「Denial……って、確か、『否定』とか、『拒絶』とかいう意味の単語だよね」
確認するようにそう呟いて、雫はそのバナーをクリックしてみた。
しかし、表示されたのは、何ともつまらない、ただのエラーメッセージだった。
「403 Access Denied」
してみると、この「Denial」というのは、アクセスを「拒絶」するという意味だったのだろうか?
それならそれで意味が通らないでもないが、今度はこのバナーの意味が分からない。
アクセスを拒絶するのなら、何もわざわざ宣伝する必要などないからだ。
「ここのサイト管理者さんの、一発ネタだったのかなぁ?」
雫はそう結論づけると、それ以上そのバナーのことについて考えるのはやめにした。
こんなつまらないバナーよりも、雫の興味を引く話題は山ほどあったからだ。
次の日。
その日は、雫にとっては憂鬱な一日になるはずだった。
昨日の授業の終わりに、数学の先生が「明日小テストをやる」と言っていたし、給食のメニューまで、意図的にそうしたかのように雫の苦手なものばかりが揃っていたからだ。
ところが。
四時間目の数学の授業では、小テストなど行われなかった。
もちろん先生に聞くような愚は犯さなかったが、一緒に先生の話を聞いていたはずのクラスメイトも、全員が「そんな話は聞いていない」と言っていた。
給食のメニューも、雫が思っていたものとは違っていた。
気になって献立表を確認してみたが、やはり、雫の記憶とは異なっていた。
(……まさか?)
不審に思う雫の記憶に、昨日見かけたバナーのことが蘇ってきた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 ピーマンって何だっけ? 〜
その翌日。
海原みあお(うなばら・みあお)は、噂を聞いてゴーストネットにやってきていた。
「雫、その話本当なの?」
「ホントだってば。テストもなかったし、給食も私の大好物だったし」
「いいなぁ。みあおも見てみたいなぁ」
うらやましがるみあおに、雫が不思議そうに尋ねる。
「みあおちゃんは、何か『否定』したいものってあるの?」
「『改造されてなければ』って思うことはよくあるけど、それはそれ。
どっちかっていうと、そのバナー自体に興味があるかな。
誰がなんのために、とか、なぜバナーなんだろうな、って」
みあおがそう答えると、雫は納得したようにうなずいた。
「そっか。じゃ、一緒に探してみようよ」
とはいえ、ただ「探す」といっても、何の手がかりもなしに広いインターネットの中を探しまわるのは得策ではない。
それに、そもそも雫の身に起こった出来事と問題のバナーが本当に関係あるのかどうかも疑わしいと言えば疑わしい。
そう考えた二人は、まずはこのバナーについての情報を集めてみることにした。
「この人も、雫と同じで『テストがなくなった』って書いてあるよ」
掲示板で見つけた書き込みの一つを見て、みあおが言う。
すると、雫も別の書き込みを見ながら、不思議そうにこう聞いてきた。
「この人は……『ピーマンがなくなった』って書いてあるけど……ピーマンって、何だっけ?」
ピーマン。
確かに、聞いたことがあるような気はする。
だが、それが何を、あるいはどんなことをさす言葉なのか、みあおにはなぜか思い出せなかった。
「ピーマン……聞いたことあるような気がするけど、みあおも思い出せないや」
みあおが正直に答えると、雫はさらに次の書き込みを指して続ける。
「それに、ほら、この『宿題』ってのも、よくわからないよね」
「うーん……どこかで聞いたことある気はするんだけどなぁ」
ピーマンも、宿題も、確かに聞いたことはあるし、知っている気もするのだが、どうしても思い出せない。
みあおが懸命に思い出そうとしていると、先に思い出すことを放棄したのか、雫が困ったような笑みを浮かべてこう言った。
「まぁなんにせよ、やっぱりあのバナーは効果があるみたいね」
それを聞いて、みあおも一旦考えるのをやめて、先にバナーを探してみることに決めた。
「それで、雫はそのバナーをどこで見たの?」
ピーマンと宿題のことをふっ切りながら、みあおが質問する。
ところが、雫の口から、ハッキリした答えは聞かれなかった。
「それはね……あれ? えっと……」
「ねぇ、もったいぶらいないでよぉ」
「違うの。もったいぶってるんじゃなくて……忘れちゃったの」
困ったように言う雫。
さすがに、ここまでいろんなことを立て続けに忘れると言うのは、何かがおかしい気がする。
だが、なんにせよ、まずはそのバナーを見てみないことには話が先に進まない。
そう考えて、今度はみあおが苦笑した。
「もう、しょうがないなぁ。でも、雫のよく行くサイトで見つけたんでしょ?」
「うん、そうだったと思ったけど」
「なら、ブックマークをしらみつぶしにあたってみよっ」
言うが早いか、みあおは早速ブックマークのてっぺんにあったサイトを選択する。
「まずはここから……っと」
画面に、雫がよく見にいっている、怪奇情報系の大手サイトの一つが表示される。
みあおが早速問題のバナーを探そうとしたとき、不意に雫が大声を上げた。
「あっ!」
その声に驚きながら、みあおも雫の視線の先に目をやる。
そこには、「Denial」と言う単語が、何度も何度も綴られているバナーがあった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 いらないもの 〜
「うーん……」
問題のバナーを前に、みあおは悩んでいた。
「みあおちゃん、どうしたの?」
その様子を不思議に思ってか、雫が怪訝そうな顔をする。
「みあお、悩んでるんだ。このバナーをクリックしてみるかどうか」
そう答えておいて、みあおは再びモニタに視線を移した。
バナーの文字が、誘うように明滅する。
その文字と、その向こう側に見える「あの時改造されなかった自分」の姿を見つめながら、みあおは自分自身に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
「確かに『改造されなければ幸せだったのかな』とは思うけど、今も幸せなのかもしれないし、なかったことになっても幸せかなんてわかんないし」
「そっかぁ、そうだよね。その事件がなければ、海原家にはいなかったかもしれないし、ひょっとしたら私とも会っていなかったかもしれないもんね」
その雫の何気ない一言が、みあおの心を揺さぶる。
もし、「あの時改造されなかった自分」を選んだら、それは「今の自分」を否定することになるのではないだろうか?
今の自分自身はもちろん、今の自分の知人・友人関係など、そういったものを全て含めた「今の自分」を。
「そしたら、みんなみあおのこと忘れちゃうのかな……?」
不安にかられて、みあおがそう問いかけてみた。
「そうかも、ね。私が『否定した』テストのことも、誰も覚えてないみたいだったし」
「そっか。じゃ、みあお、そんなのイヤだなぁ」
雫の返事に、みあおは少しがっかりしながら、バナーの表示されているウィンドウを閉じようとした。
森里しのぶがゴーストネットに到着したのは、ちょうどその時だった。
ひどい頭痛に耐えているのか、頭を抱えるようにしており、顔色もかなり悪い。
「あれ……しのぶちゃん!? どうしたの!?」
心配そうな顔で尋ねる雫に、しのぶは涙を流しながら答えた。
「想司くんが……想司くんが、消えちゃったの……!」
人が消えてしまうとは、これは、ただごとではない。
しかし、しのぶの言う「想司くん」というのが誰なのか、みあおにはさっぱり思い出せなかった。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ。その『想司くん』って、いったい誰なの?」
雫も同じらしく、慌てた様子でそう聞き返している。
だが、その質問は、さらにしのぶを混乱させる結果につながったようだった。
「まさか……思い出せないの……!?」
必死な様子で、代わる代わる二人の顔を見上げるしのぶ。
みあおもなんとか思い出してあげたいと思うのだが、先ほどのピーマンや宿題同様、いくら考えても思い出せない。
「……みあおちゃん、思い出した?」
「ううん、全然思い出せない」
顔を見合わせるみあおと雫。
そうこうしている間にも、しのぶの頭痛はどんどん悪化しているらしく、冷や汗が何滴も床に落ちている。
「しのぶちゃん、とにかく今は一度休んだら?」
雫がそう言った時、しのぶの口から思わぬ言葉が発せられた。
「多分、バナーのせいで、みんなの、記憶からも……。
私も、気を抜いたら、想司くんのこと、忘れてしまいそうで……!!」
「バナーって……まさか!?」
「うん……きっと、あのバナーだよね」
みあおの言葉に、雫も首を縦に振る。
「お願い……なんとか、想司くんを助けて……!!」
しのぶの、その祈るような声を聞いて、みあおは意を決した。
「みあお、このバナー、クリックするね」
「えっ?」
驚いたように、みあおの方を見つめる雫。
みあおはそんな彼女に微笑みかけると、きっぱりとこう言った。
「でも、否定したいのは、『改造されたこと』じゃないよ。
みあおが否定したいのは、このバナーそのもの……こんなもの、ない方がいいよね」
心の中で「あの時改造されなかった自分」に別れを告げながら、みあおはそっとマウスのボタンを押した。
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〜 愛と勇気で大復活!? 〜
水野想司(みずの・そうじ)は、どことも知れない空間の中を漂っていた。
テストやピーマン、宿題などの『否定されたもの』が、辺り一面に漂っている。
(ここ、どこだろ?)
そんなことを考えながら、想司は出口を探してあちこちを眺め回した。
けれども、見えるのは『否定されたもの』たちの姿と、後はただ虚無のみ。
出口のようなものは、どこにも見あたらなかった。
(まさか、ここから出られないなんてことはないよね?)
想司が、珍しくそう弱気になりかけた時だった。
不意に、誰かが想司を呼んでいる声が聞こえてきた。
まだ声はかすかで、誰の声かも、何を言っているのかもわからない。
だが、その声が想司を呼んでいると言うことだけは、本能的にわかった。
(……誰?)
想司が声のした方を振り向いてみると、そちら側に、微かながら光のようなものが見えた。
その光に向かって、想司はゆっくりと進んでいく。
光が近づくにつれて、声もより大きく、はっきりと聞こえてきた。
「想司くん……想司くん!」
聞き覚えのある声……そう、しのぶの声だ。
(しのぶが呼んでる……行かなくちゃ♪)
徐々にスピードを上げて、想司はその光の中へと飛び込んでいく。
そして、想司の身体が完全にその光に包まれた時、不意にその光が弾けた。
そのあまりのまぶしさに、想司は思わず目をつぶった。
気がつくと、想司はゴーストネットにいた。
目の前では、みあおと雫、それにしのぶが驚愕の表情を浮かべて固まっている。
(なんだかよくわからないけど……ま、いっか☆)
想司はそうスパッと割り切ると、なぜか手の中にあった釘バットを真上にかざし、いつもどおりに決めポーズをとった。
「ニュー魔法少女『マジカル☆ソージーα』! 虚無の中から大復活ですっ♪」
しかし、飛んできたのは、拍手喝采ではなく、しのぶのハリセンの一撃だった。
「バカぁっ!」
いきなりわけもわからずひっぱたかれては、想司も唖然とするより他にない。
「何が大復活よ! 急に消えたりなんかしてっ!
私がどれだけ心配したと思ってるのよ……っ!!」
しのぶはというと、いきなり怒ったかと思えば、今度は涙を流している。
想司がどう反応していいかわからずに困っていると、みあおは雫と顔を見合わせて苦笑した。
「なんか、みあおたちお邪魔みたいだから、向こうに行ってるねー」
そう言って、ゴーストネットの入り口の方に向き直った二人の動きが、その場で凍り付く。
「ん?」
それに気づいて、想司がそちらの方を見ると、そこにはなんとブルマをかぶった男の姿があった。
「へ、変態っ!!」
「きゃああああぁぁっ!!」
こういう手合いはやはり生理的にダメなのか、みあおと雫が悲鳴を上げる。
「ここは、『マジカル☆ソージーα』におまかせだよっ☆」
想司はそう豪語すると、さっそく釘バットでその変態を殴りつけようとして……ギリギリのところでバットを止めると、その変態の顔を覗き込んだ。
「……三下さん? 何やってんのっ?」
そう。
ブルマをかぶった男の正体は、三下だったのである。
「……つまり、ご近所の皆様に多大なるご迷惑をおかけしている要っちを止めようとして、返り討ちにあったあげくにブルマをかぶせられた、ってわけだねっ☆」
三下の話を聞き終えて、想司は三下にこう確認した。
「そうです、そうなんですううぅぅ。
今思えば、なんでわざわざ止めに入るようなムチャをしたのか……」
涙ながらにそう答えながら、自分の勇敢だが無謀な行動を後悔しまくる三下。
けれども、それは想司にとってはいい知らせであった。
「三下さんがそんな勇気を出すなんてっ☆ これは、三下さんの覚醒が近づいた印なのかもねっ♪」
「か、覚醒って……」
この上さらに想司に襲撃されると思ったのか、三下の顔色がさっと青ざめる。
だが、想司には、それ以前にまずやるべきことがあった。
「萌えの多様性を認めず……一党独裁を企む要っちはチェキしなきゃっ☆」
そう宣言すると、想司は全速力でゴーストネットを飛び出していったのであった。
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〜 その後 〜
その夜、みあおは夢を見た。
夢の中で、みあおは中学生だった。
海原家ではない家に住み、海原家とは違った両親がいた。
いっぱい、友達がいた。皆、現実のみあおは知らないはずの人だった。
ちょっと気になる相手もいた。たまたま席が隣になった、明るくて元気なクラスのムードメーカー。
これはこれで、結構楽しかった。
そして、学校からの帰り道。
偶然、みあおは雫に出会った。
「あ、雫! 今帰るの?」
みあおはそう声をかけたが、雫は彼女の方を振り返ると、不思議そうにこう言った。
「……あなた、誰?」
そこで、みあおは目を覚ました。
(やっぱり、みあおは今のまんまがいいな)
しみじみとそう感じて、みあおは一つ大きく息をついた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1415 / 海原・みあお / 女性 / 13 / 小学生
0759 / 海塚・要 / 男性 / 999 / 魔王
0424 / 水野・想司 / 男性 / 14 / 吸血鬼ハンター
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。
・このノベルの構成について
このノベルは五つもしくは六つのパートに分かれております。
そのうちオープニング以外のパートについてはPCによって内容が異なっておりますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(海原みあお様)
二度目のご参加ありがとうございます。
バナーの方、「(自分の目的では)クリックしない」という決断とさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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