|
調査コードネーム:開幕のベルが鳴る
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
------<オープニング>--------------------------------------
「こんにちは」
その日、草間興信所に訪れた客は、白金の髪とエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
神々によって造形されたような唇が言葉を紡いだ。
「ミスター・クサマですね?」
「改姓した覚えも、どっかに養子に入った記憶もないから、たぶんそうだろうな」
皮肉な口調で皮肉を吐いく草間武彦。
またの名を怪奇探偵。
目の前にこれほどの美女が立っていても、顔色ひとつ変えない。
美人には免疫ができているし、なにより、美女と旨い話は頭から信用しないことにしている。
「で、なんのようだい?」
「稲積秀明氏をご存じですか?」
反問する美女。
「俺の友達の親父だな。警察庁長官だ」
「はい。その稲積警察庁長官が亡くなりました」
「へぇ‥‥いつだい?」
「二日前です」
初耳だった。
それほどの大物の死なら、とっくに伝わっているはずだ。
怪奇探偵の情報ネットワークは、控えめにいっても優秀なのだから。それに、友人の父親のことである。黙っていても情報が入ってくるはずだ。
「‥‥つまり、普通の死に方じゃないんだな?」
「暗殺‥‥呪殺された可能性があります」
「そいつは厄介だな‥‥」
淡々と呟く草間。
稲積家といえば、この国を守護する家のひとつである。もちろん、表の世界において。
諸外国の圧力、とりわけ、ハンターといわれる組織を操るバチカンは、稲積の名をもって払いのけてきた。
だが、その当主が殺されたとなると‥‥。
「またハンターどもが動き出すのか‥‥」
「それだけではありません。稲積氏の死と前後して、とある組織の長だった男が脱獄しました」
「なんだそりゃ?」
問い返す。
要領の得ない話だ。
「しばらく前、北海道で暴れ回っていた魔術師の一派です」
「‥‥‥‥」
魔術師と聞いて、草間の脳裏に危険な状況が浮かぶ。
「もちろん、ミス・ニイヤマの事ではありません」
くすりと美女が笑う。
食えないヤツだ、と、草間は思った。
事情に詳しすぎる。
「それで、俺に何をしろっていうんだ? しがない探偵だぜ? 俺は」
やや警戒した口調。
「稲積警視正‥‥つまり、ミスター・クサマのご友人の方ですね。このかたをガードしてください」
「‥‥つまり、次に狙われるのは稲積だってことだな」
「お引き受け頂けますか?」
「ああ。友達を見捨てるわけにもいかないんでな」
「ありがとうございます」
「ところで、あんたの名前をまだ聞いてなかったな」
「私はエカチェリーナ・ソーンチェワ。稲積警視正の私設ガードの一人です」
「エカ‥‥?」
「カチューシャとお呼びください」
婉然と笑う美女。
事務所の空気が変わった、ような気が草間にはした。
※新シリーズです。バトルシナリオです。
稲積警視正の護衛です。
推理の要素はないです。
敵は、まだ判っていませんが、過去に草間と稲積が絡んだ件に関係があるかもしれません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
------------------------------------------------------------
開幕のベルが鳴る
人生は、いくつかの選択と、いくつかの偶然によって織りなされる天鵞絨のようなものだ。
そう評したのは誰だったろう。
漠然と考えながら、シュライン・エマは上空に視線を送った。
曇天。
梅雨曇りなのかスモッグなのか判らない。
東京の空は、快晴になることの方が珍しいのだから。
「不安か? シュライン」
「べつに‥‥いつものことよ」
近づいてきた久我直親に微笑を作ってみせる。
この二人が稲積の名をもの共闘するのは、二度目である。
「もう、一年以上も前になるんだな」
黒い瞳に懐旧の靄をたゆたわせる青年。
「そうね‥‥」
シュラインも同様の表情をした。
春の富士演習場。
平和なはずの国に現出した戦場。
次々に倒れてゆく自衛隊員たち。
日本を塗り替えようとした陰陽師軍団。
七条。
まったく、よく生き延びられたものだ。
後方の指揮車に乗っていたシュラインはともかくとして、最初から最後まで最前線にいた久我などは、幾度死を覚悟したか判らない。
それほどの激戦であり、それほどの難敵であった。
「で、その七条が復活したのか?」
「ちょっと微妙ね。復活というより残党が蠢動してるだけのような気がするんだけど‥‥」
「残党に稲積の父親を殺すだけのチカラがあるかね」
「それなのよね。やっぱり、白ロシア魔術師が一枚噛んでるかも」
「なんだそれは?」
「怪僧ラスプーチンの一派よ。灰慈が詳しいわ」
「巫か。そういえばどこいったんだ? あいつは」
「カチューシャさんと打ち合わせよ。防御戦の。他のみんなと一緒に」
「で、シュラインはサボっているわけか」
にやりと笑う久我。
「気分転換よ。気分転換。たってあそこ灰色空間なんだもん」
蒼眸の美女が肩をすくめる。
愛煙家だらけの会議室は、空気清浄機の必死の交戦も虚しく、ケムリ一族の野望に支配されている。
煙草を吸わない那神化楽や露樹故などは、よく我慢しているといっていいだろう。
唯一の未成年である守崎啓斗は、そもそも煙草を吸ってはいけない。
「どっちにしても、稲積のダンナはこの屋敷からでねぇでくれ」
巫灰慈がいう。
黒い髪と紅い瞳をもったこの男は、シュラインと同程度に稲積との付き合いが長い。
したがって、護衛すべきターゲットの為人も、よく知っていた。
極端に容儀が軽く、普通に登庁しかねない。
愛車のピンクポルシェを駆って。
あんな目立つ車で街中を走り回ったりしたら、狙ってください、と言っているようなものである。
「警視庁に行かないと、仕事ができないんですけどねぇ」
「参事官ってのは、そんなに忙しいのか?」
稲積の言葉に啓斗が訊ね返した。
高校生の彼は、さすがに警察組織について詳しくない。
「仕事に、楽なものなどないですよ」
那神が笑った。
それなりに名の知れた絵本作家である。
本来なら机にかじりついて執筆中なのだ。〆切前なのだ。
にもかかわらず、こんな厄介そうな依頼を引き受けてしまった。
我が事ながら意味不明である。
もっとも、判らないのは彼一人で、たとえばシュラインや巫はちゃんと理由を知っている。
那神の中にあるもう一つの人格「那神ベータ」が干渉をおこなった結果だということを。
「稲積さんと草間さんの関係っていうと、例の怪盗ペガサスくらいしか思いつきませんけどね」
露樹が言った。
「そっちは関係ないと思うぜ」
巫が応える。
普通に考えれば、七条の残党と白ロシア魔術師どもが手を結んだ、というところだろう。
あるいは、ハンターどももなんらかの形で関与しているかもしれない。
七条家とバチカンの一部狂信者にとって、稲積は共通の敵である。
目指すものは大きく異なるが、功利的な理由で野合する可能性は充分にあるだろう。
「じゃあ、その脱獄した魔術師ってのは、どういう位置づけになるんだ?」
啓斗が訊ねる。
弟よりも慎重で、思慮深い。
まあ、長男とはそういうものだ。
「それが微妙ですね‥‥話を聞く限り、七条という組織と魔術師の間に接点はないように思えますし」
那神が美髭を触りながら考え込む。
こと頭脳労働に関しては、絵本作家と事務員が担当することになっている。
草間や稲積に勝るとも劣らない思考力の持ち主だからだ。
ただし、那神の場合は人格が交代してしまうと一変して肉体派になるが。
「微妙なんだが、繋がりはあると思うぜ」
説明を始める紅い瞳の青年。
かつて、草間興信所はある依頼を受けた。
アメリカの大統領候補を警護するという依頼だ。
このとき敵として立ち塞がったのが、七条家の陰陽師と白ロシア魔術師だった。
そして、影にいたのがバチカンである。
共同作戦をおこなったことがあるのだ。ということは、なんらかの協商関係にあると考えるのが無難ではないだろうか。
「でも、思想も目的も違う組織がまとまるには、生きた接着剤が必要になると思いますね。このあたりはどうです?」
露樹の言葉は、直截的ではないが事態の本質を突いた。
七条家の当主たる七条鷹尋は行方不明。白ロシア魔術師のリーダーだったバウディア・ラスプーチンは投獄されており、脱走したのは稲積警察庁長官が殺された当日だ。
ハンターのトップという存在は未だ明らかになっていないから、これが有力だろうか。
だが、ハンターが主導権を握っているのだとしたら、バウディアを救出する理由がわからない。
「裏取引があったとか? お前たちのリーダーを助けてやるから呪殺に協力しろって‥‥あ、だめか」
自分の発想に落第点を付ける啓斗。
呪殺を依頼するなら、白ロシア魔術師ではなく七条に対してだろう。
「それに、ハンターが特殊能力者と手を結ぶとは、ちょっと考えにくいですね」
那神が頭を振った。
人外のものやオカルトや特殊能力を否定するのが、ハンターだからだ。
超能力部隊などという立派に非科学的な部署をもっているくせに。
「もっとも、やつらがなにを考えようと関係ねぇがな。俺はぶっ叩くだけだ。徹底的に」
同一人物とは思えぬほど、迫力のある声が漏れる。
「あれ? 俺、またなにか言いました?」
「なんでもねぇよ」
巫が笑う。
美髭の絵本作家の中にもう一つの人格が内包されていること、そしてその人格がハンターの仇敵であることを、彼は知っていた。
白ロシア魔術師や七条が、ハンターと手を結ぶ可能性は低い。
だが、前者ふたつは、容易に野合するだろう。
動機も共通するのだから。
日本征服の北海道制圧。
「馬鹿馬鹿しく壮大な話ですね」
「そんなことできるわけないのにな」
露樹と啓斗が嘲笑した。
ごく普通の反応である。
かつておこなわれた壮絶な戦いを知らなければ。
「できるできないというより、できると信じる人がいるという方が問題なんですけどね」
那神の笑顔は、やや複雑である。
幾度か戦火を交えた経験から学んだことだ。
彼らの忠誠心、あるいは信仰心は特筆に値する。
しかし、強固な信念は視野を狭くし、偏見のフィルターをつける。
そういうものだ。
見果てぬ夢を追い、結果、多くの人を道連れにする。
ひとつの理想は、一個軍団の吸血鬼より多くの血を必要とするのだ。
その理想に賛同するものと反対するもの、双方の血を。
「稲積の存在を邪魔に思う人間? そんなの一山いくらで売れるほどいるぜ」
怪奇探偵が言った。
深夜。
稲積家のリビングである。
結局、稲積には数日登庁を控えてもらい、ここで待ちかまえることになったのだ。
理由はいくつかあった。
相手が術師などの場合、下手に動き回った方が危険だということ。
それに、こちらの戦力は一カ所に集中した方が効率が良い。力とは集中してこその力なのだ。
路上で攻撃されたら、それこそ目も当てられない。
敵は公衆の面前で特殊能力を使うわけにはいかないだろうが、それはこちらの陣営だって同じことだ。
だとしたら、広大な稲積邸で迎え撃った方が良い。
地の利はこちらにある。
陣容も、怪奇探偵の仲間の他に私設ガードがおり充実している。
警察組織の支援がないのは痛いが、これはしかたがないだろう。いたところで、たいした戦力にもならないのだし。
「そりゃそうでしょうけど。とくに名前を挙げるとしたら?」
ふたたび問うシュライン。
いまさらのようにも思えるが、加害者を特定する作業だ。
「極めつけは七条だろうけどな」
久我が言う。
「あとは、ちんけな犯罪者とか?」
啓斗も口を挟んだ。
稲積の職業は警察官だ。しかも、刑事部参事官という顕職にあり、階級は警視正である。
犯罪者や犯罪組織から恨みを買うのは、むしろ当然であろう。
「ふと思ったんですが、草間さんと稲積さんがやっつけたなかで、一番の大物というのは誰なんですか?」
那神の言葉。
「ふむ‥‥」
「生死を問わずということなら、国家公安委員長の槙村でしょうね」
草間が考え込み、稲積が応えた。
この二人がコンビを組んだ初めての事件だけに、記憶に残っているのかもしれない。
「槙村って、三年前の火事で死んだ槙村?」
訊ねる露樹。
「そんな事件にまで噛んでたんだねぇ」
なんだかしきりに啓斗が感心している。
「あー あのニュームーンミッシングの事件ね。報告書には被疑者の生死は不明ってなってるやつ」
紅一点のシュラインが記憶を探った。
たしかあの事件は、被疑者が大臣でしかも人外であったため、闇から闇へと処理されたのだ。
「なるほどねぇ‥‥」
巫が呟き、
「やっと思い出してくれたか」
彼らのものでない声が、屋敷に木霊した。
無言で稲積の周囲を固める探偵たち。
行動の速さはさすがである。
やがて、彼らの目前に闇が広がり、わだかまり、人間の姿をとった。
「ばかな‥‥」
久我がうめく。
稲積邸には、防御結界が幾重にも張り巡らされている。
優秀なガードたちだって哨戒しているのだ。
誰にも見つからずにリビングに侵入することなど、できるはずがない。
そう。
普通の人間には。
「久しぶりだな。稲積の小せがれ。それにおまけの探偵」
「‥‥槙村‥‥生きていたのか‥‥」
草間の呟きは、ひび割れていた。
「生きていたとも。感謝して欲しいものだな。貴様らの活躍をずっと見てきてやったのだから」
「寝言は‥‥」
「寝ていえ!!」
巫と啓斗が同時に仕掛けた。
剽悍さと瞬発力では甲乙つけがたい二人である。
拳が元大臣の身体を貫き、そして、突き抜けた。
『なにぃ!?』
声まで揃えて振り返る浄化屋と忍者。
まったく手応えがなかった。
信じられない身のこなしで、二人の攻撃を回避したのだ。
まさに、紙一重の見切りである。
「ふふふ‥‥」
不気味に笑う槙村。
「それならっ」
「これでどうだっ!」
露樹のカードと久我の符が宙を舞い、
「無駄だ」
槙村に触れる直前、消し炭と化して落ちた。
「貴様らの技で我は倒せぬ」
傲然と言い放つ。
「どうでしょうか?」
「まえはこれが効いたぜ」
抜く手も見せぬ速射で、稲積と草間の拳銃が火を吹く。
が、それも壁に穴を穿っただけだった。
「まったく進歩してないと思われるのは不本意の極みだな。貴様らが銃の達人だということを失念しているとでも思ったか?」
天井。
シャンデリアから降り注ぐ声。
とてつもない跳躍力で、舞い上がったのだ。
「アンタ‥‥なにものなのよ‥‥」
恋人と同じように拳銃を構え、かすれた声を絞り出すシュライン。
「ヴァンパイアさ‥‥」
本人ではなく、草間が応えた。
「この国じゃ、吸血鬼が大臣になれるのかよっ!!」
背後から、啓斗がクナイを投げつける。
卑怯だとかなんだとか言っていられる相手ではないことを、少年は本能的に悟っていた。
「良い判断だが、まだ甘いな」
危険な刃物は、刺さる寸前にすべて受け止められる。
「貧乏探偵よ。我に対する呼称は、残念ながら間違っておる」
すっと床に降り立つ槙村。
稲積の周囲を固めつつ、なすすべもなく見守る仲間たち。
「我はヴァンパイアではない。ヴァンパイアロードだ」
「ロード‥‥」
シュラインの背中を、氷塊が滑り落ちた。
古来、吸血鬼の一族の長は、一人しか存在しない。
「そんな‥‥だってあれは架空の話‥‥」
「だと思うか? 美しき娘よ」
薄い微笑を浮かべる槙村‥‥否、吸血鬼ドラキュラ。
「笑わせるなっ! たかが吸血鬼風情がっ!!」
激昂したかのように、突き進む露樹。
右手から、魔術の槍が伸びる。
トリックではない。正真正銘の魔力攻撃だ。
たとえ吸血鬼が相手でも充分に効果を発揮するはずだ。
「闇の眷属同士で争うもりか? 愚かなことを」
ドラキャラの声。
そして、風にぶつかって相殺する魔力の槍。
「嘘だろ‥‥」
「そんな‥‥」
「ばかな‥‥」
巫、シュライン、久我が目を見張る。
彼らは知っていた。どのような手段で吸血鬼が魔術を防いだのかを。
物理魔法。
それは、ある魔術師が得意とする技能だ。
どうして吸血鬼が使える!?
「てめぇ‥‥綾になにしやがった‥‥」
不意に不安に駆られ、固く拳を握り問いつめる巫。
「良い女だったな。小僧の恋人だったのか?」
吸血鬼が過去形を使う。
「ふ‥‥ざけんなっ!!!」
浄化屋の両手から炎が伸びた。
詠唱なしで、炎の物理魔法を発動させたのだ。
暴走である。
「ちっ 落ち着きやがれ」
呟いた久我もまた符を飛ばす。火神符だ。
物理魔法と陰陽術がミックスされたとき、それは、凄まじいまでの相乗効果を発揮する。
ドラキュラの魔法で、これは防げまい。
「破っ!」
「今度こそ!!」
啓斗のクナイと、露樹の魔術も加わる。
直撃すれば、いかなヴァンパイアロードとて滅んでいただろう。
だが、
「伯爵。そろそろお時間です」
「お戯れも‥‥ほどほどに‥‥」
激戦の靄を突いて現れたふたつの影が立ち塞がり、なんらかの術でドラキュラを守る。
「バウディア・ラスプーチン‥‥」
シュラインがうめいた。
ふたりのうちの一方、少年の顔に見覚えがあったのだ。
「ふふ‥‥バウディアと面識があるものがいるらしいな。せっかくの機会だ、そなたも名乗るがよい」
吸血鬼が、もう一方‥‥少女を促す。
「七条‥‥燕‥‥」
感情を持ち合わせていないかのような無機質な声が告げた。
「‥‥ロシア魔術師も七条の残党も、アンタが抱き込んだってわけね」
「そういうことだ」
「‥‥茶番は、そのぐらいにしやがれっ!!」
会話に割り込むように、ドラキュラの背後に現れる影。
吸血鬼の反射神経を持ってしても回避できない瞬発力で、引き倒す。
那神だった。
むろん、ベータの方だ。
この瞬間のために、機会を伺っていたのだ。
ソファーの影にじっと身を潜めて。
「ナイスだ! ベータ!」
巫を戦闘にして、一斉に襲いかかる探偵たち。
乱戦になった。
したたかな打撃を受けた啓斗が、壁に叩きつけられる。
同時に、バウディアの肩に深々と小太刀が突き刺さる。
那神を振りほどこうと、ドラキュラが暴れる。
狙いすました巫の蹴りが吸血鬼の腹に入り、肋骨の折れる音が響く。
久我の陰陽術と露樹の魔術が燕の服を焦がすが、同時に放たれた数十の符が青年二人に絡みつき小爆発を連鎖させる。
そして、シュラインも草間も稲積も、拳銃を構えたまま援護射撃すらできなかった。
撃てば味方に当たってしまう。
「もうっ! どうしろってのよっ!」
シュラインがいらいらと舌打ちした。
乱闘は数分に渡って続き、唐突に終了する。
いくつもの傷を負った侵入者三人が、一斉に戸口へと逃走を図ったのだ。
不意を突かれ、一瞬、対応が遅れる探偵たち。
だが、その一瞬で充分だった。
燕がなにかを投げつけ、強烈な光が室内を満たす。
スタングレネードと呼ばれる閃光弾である。
空白の後。
侵入者たちはまんまと逃げおおせてしまっていた。
「ちっ」
舌打ちし、やや慌てて携帯電話を取り出す浄化屋。ダイアルする先は、むろん恋人のところだ。
だが、電話は機械的な音声で「電波の届かないところにいるか、電源が入っていません」と繰り返すのみだった。
「‥‥でも、あんまり本格的な攻撃じゃなかったよね」
身を起こした啓斗がいった。
「挨拶ってところじゃないですか?」
「あれ? 俺はいったい‥‥?」
肩をすくめる露樹と、我に返る那神。
「しかし‥‥わざわざ挨拶にきてどうするんだろうな」
久我が首をかしげる。
「そうよね‥‥陽動とか‥‥」
シュラインの声も苦い。
だが、苦さを噛みしめるのはまだはやかっただろう。
内線電話で屋敷の被害状況を調べていた稲積が振り返る。
「ガードが全滅しました。一五名、全員死亡です」
暗澹たる声。
「そうか‥‥カチューシャも惜しいことをしたな‥‥良い女だったのに」
偽悪的な台詞を残し、草間が煙草を取り出す。
「なんで繋がらねぇんだっ!!」
巫が、罪もない携帯電話を床にたたきつけた。
むろん、仲間たちに答えの持ち合わせなどなかった。
窓の外。
月が炯々たる光で地上を照らしていた。
開幕を告げる無音のベルのように。
つづく
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0374/ 那神・化楽 /男 / 34 / 絵本作家
(ながみ・けらく)
0604/ 露樹・故 /男 /819 / マジシャン
(つゆき・ゆえ)
0095/ 久我・直親 /男 / 27 / 陰陽師
(くが・なおちか)
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お待たせいたしました。
「開幕のベルが鳴る」お届けいたします。
敵の陣営が、少しだけ明らかになりました。
でも、それに伴って、謎も深まったりします。
それと、綾はどうなったんでしょうねぇ。
北の地には、彼女と同程度の術者がいますし、そういえば那須高原にもひとりいますね。
彼女たちの安否も気にかかるところです。
とりあえず、このシリーズは始まったばかりですがー
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
|
|
|