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<東京怪談ノベル(シングル)>


bugout

『おのれ……者共、出合え、出合えぇぃぃッ!』
フロアソファに俯せになって、ミリア・SはTV画面に見入っていた。
 放送するモンも乏しいし、視聴率稼げるかわかんねーから、ちょっぴりお茶でも濁しとく?な平日の日中の再放送…内容は時代劇である。
 ほんの40分前、ミリアは父と仰ぐ…彼女を構成するデータの母胎となったウィルスプログラムを組み上げたプログラマーからお留守番を言いつけられて駄々をこねていた。
「ヤーッ!ミリアもパパと一緒に行くッたラ、絶対に行くノーッ!(o-w-)o」
どうしても一緒に買い物に行くと主張し、玄関先で首っ玉にしがみついたミリアに、盛大な溜息をついて見せた若干15にして一児の父、は取り出した最新の携帯をおもむろにリビングへと向けた。
 すれば廊下の向こうから『パカラッ、パカラッ』と独特なリズムをBGMに『時は三代将軍……』と流れてきたお決まりのナレーションにミリアがピクピクッと反応する。
『ア、若様の時間ダーッ♪』
ピョン、とまさしく飛び跳ねるようにして、リビングへ向かうミリアの背に、最近はリモコン機能まで搭載した携帯をしまい込みながら、買い物へ向かう父は声をかけた。
「ちゃんと留守番してろよ。知らないヤツが来ても戸を開けるなよ」
「ハーイ☆行っテらッしゃーイ(^^ /""」
あっさりとテレビを取ったミリアは、かろうじて手だけで父を送り出し、画面に集中していた。
 視覚からのみ与えられる二次元的な情報は、電子生命体のミリアにとって、常に身を置く電脳世界で存在全てで感知する情報量に比べたら些細な代物だが、それは彼女を魅了して止まない要素を含んでいた。
 人の思考の概念に当て嵌めれば、『わくわく』するのである。
 昔の日本だという舞台背景、木や紙で出来た家、乗り物も服も風俗も言葉も、何もかもがあらゆる意味でおかしい。
「ホントかナ♪ホントかな♪ホントにホントのホントかナッ♪」
生まれてまだ一年のミリアには、そんな絵空事のような世界が、嘗てのこの国であったのだとは信じられない。
 そして画面の中でばったばたと、切り伏せられていく侍達の中心で見得を切る『若様』に「オぉ〜ッ♪」と手を打つ。
「かンぜンちょーアく、くぁっこイィッ(><)b」
善悪が小気味良いまでにはっきりしている倫理感が、まだ知識に経験の追いつかずシンプルな価値判断の彼女にとって何よりも分かり易い。
 犯罪者の人権までも尊重してしまう、法治国家の今の日本では、誰もしていけないのが返す返すも残念だ。
「パパがやったラ、とっテもカッコイイのにィ(−η−)」
父を犯罪者に貶める気か。
 画面の中では、大義の下に悪の郎党を駆逐した翌日とは思えない程の爽やかさで、大団円に登場人物が笑っている…これぞ時代劇の王道か。
 ミリアはその場に正座し、パチパチとTVに向かって拍手を送り…ふと気付く。
 じんわりとした気配があった。
 エンディングに紛れた上から、微かな気配と音が。
 ミリアは静かに手近な長物…はないので机上の灰皿を両手で掴んだ。
「曲者ォッ☆」
そのまま、頭上に投げ上げられた硝子の灰皿はゴベン、と間抜けな音で天井板にぶちあたり、バウンドした灰皿がカーペットに落ちる…と、もう一つ、ぽたりと軽く黒いモノが、テーブルの上に降って来た。
 黒くてらてらと独特のぬめるような翅に楕円の体を覆って平べったく、警戒するように互い違いに動く細い触覚は統制感がない。
 何日か前から青白い顔をしたままのパパに「どうカしたノか?」と聞いてみれば、「黒くて油っぽいヤツのせいでな……」と言い差して以降、口を閉ざした。
 獲物を狙う猫の如く、身を丸めて揃えた両手拳の上に顎を乗せたミリアは、予断なくテーブルの上の黒いモノ…文明の恩恵に寄り添って繁栄を続ける衛生害虫、ゴキブリをそれと知らずに見つめた。
 初めて見る虫だが、ミリアの思考に恐れはない。

 ・目の前のコレは黒くて油っぽい。
 ・黒くて油っぽいのでパパが困ってた。

イコールによって、導き出される答えは一つ。
「アレは悪い奴!(−ε−」
ビシィッ!と指を突きつけられて、一瞬動きを止めたゴキブリは、次の瞬間凄まじい勢いでテーブルを反対側に走る。
 が、ミリアはソファの背を蹴り、ふわりと軽く空を跳躍するとその行く手を阻む形で降り立つが、敵は直角に近い動きで方向を変えると、テレビ台の下に逃げ込んだ。
「アーッ、逃げルとハ、卑怯なリッ!イザ、じんじょーに勝負、勝負ッ!」
言ってみた所で自己保全の本能のみしかない昆虫に通じて出てくる筈もない。
 ミリアは愛らしい口許を尖らせて、憤懣も顕わに腕を組んだ。
「ぬゥ……こうなれバ仕方ナイ(-"- 」
重々しい口調で続ける。
「スケさん、カクさんッ!やっておしまいなサいッ( ̄∇ ̄)σ!」
しかし、ミリアの声に答える第三者の姿は、今ここにはない。
 その為か、ミリアは大きく自分で挙手した。
「はーイッ☆」
言うや否や、ポポポポンッ!と小さく愛らしい音と白い煙を立ててミリアは……分裂した。
「控え、控えぃッ♪」
「コの紋ドコロが目に入らヌかァッ\(`へ')」
佐々木助三郎、渥美格之進…スケさん、カクさんの愛称でお茶の間に親しい役柄に扮したと思しき三頭身なミリアがテレビボードの下に入り込んで行くのをフォッフォッと笑って見送る水戸光圀公になりきっつもりで笑う三頭身ミリア…貫禄に欠ける為か、赤と銀色に最近はコロコロと色を変える某巨大ヒーローの永遠なライヴァルな常にピースサインも陽気な巨大怪獣を思わせはするが。
「親分!ヤツはこんナ所に潜んでやがりましたゼ(-_☆)」
「よくやったハチ公!よしテメェら踏み込むゾッε=ε=(/><)/」
こちらはどうやら物影に新たな敵影を見つけたらしい十手持ちとその子分な三頭身ミリア。
「この遠山桜が全てをお見通しヨゥッ<(`^´)> 」
片肌脱いだつもりに見得を切る、某不良奉行な三頭身ミリア。
「吉良上野介、覚悟しローッε=ε=ε=ε=ε=(o- -)o」
押入付近で大人数に発見された一匹を追い詰めているのは、どうやら主君への忠義に充ち満ちるあまりに暴徒と化した47人のお侍さんのつもりらしい三頭身ミリア。
「ひと〜つ人ン家の生ゴミを啜り☆」
「ふた〜つ不埒な悪食ザンマイ(∇ ̄ )」
「みっつ醜い浮世のムシを…(  ̄ ∇)」
「月に変わって退治しちゃうゾ〜♪」
微妙なアレンジを加えた末に桃太郎から月の使者と化した三頭身ミリア。
「てめエらみてえな、悪党生かしておいチャお天道様に申し訳がたたねェんでえい!」
複数形だが相手は一人だ。
「ヨの顔を見忘れたカτ(^^ )!」
いや、忘れようにもさほどみちゃ居ないだろう相手に無体な問いをする三頭身ミリア。
「お命……チョウダイ致す( ・◇・)」
ざくりとかぶすりとかベベンッ!とか擬音な効果音に、闇(物影)に紛れて何かやっているらしい三頭身ミリア。
 冷蔵庫の裏から戸棚の中、天井裏まで。
 これぞまささしく人海戦術に、あらゆる物影を網羅して、入り込み、追い詰め、追い出し、電撃で止めを差す…なかなか、凄惨な風景を醸し出している、勧善懲悪の時代劇を模して悪人…ならぬ虫に敢然と挑む三頭身ミリア、その総数実に101人。
 善なる心の赴くまま、彼女(達)は悪を裁き続けた。


「ア♪パパだーッ(*^o^*)オ(*^O^*)カ(*^e^*)エ(*^ー^*)リーー!」
薄く開いた扉に、暗い玄関口を薄い陽が差し込むのに、ミリアは多重音声でパパを迎えた。
「ただい……」
帰宅の挨拶は、だが最期まで紡がれる事はなかった。
 床の上をちょろちょろと動き回る三頭身ミリア達が洩れなく見上げた…パパの手から、スーパーのビニール袋がどさりと落ちた。
 中から、忌避剤や殺虫剤、吸引剤あらゆる退治用品がこぼれ落ちる。
「見テ見て、パパッ(⌒▽⌒)σ」
「ワル者は退治したのダッ(^ー^) 」
「コレでパパも枕ヲ高くして眠るのダッ( ̄^ ̄)」
そう口々に得意げに、玄関先に積み上げられた代物には…声を、失うしかない。
「どしたの、隼。つかえてないで早く中……」
その後ろからかかる声も途中で止まり、変わって放たれた絶叫がパパの鼓膜を麻痺させたのまで思い及ばず、ミリア達は胸を張った。
「頑張ッたのダ☆(>▽<)ノ」
 玄関先に戦果の如く積み上げられ小山と化した黒い昆虫を取り囲んだ101重音声が自慢げに空気を震わせた。
「これにテ一件落着ゥ〜ふォフぉふォv」

 その後、それを片付けた者に因るとその総数は、29匹であった…この犠牲の数は人類の築いた歴史にありがちに、記憶の裏側に放り込まれ、陽の目を見る事は以後、なかったという。