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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


一夜で終わる夢
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□―――草間興信所
探偵は楽しそうだ。
探偵家業を始めてこのかた、怪奇探偵と異名を取るほどに超常な事件ばかり請け負う草間興信所に、とうとう春が来たのだ。「普通の依頼」という名の春である。
三十路に片足を突っ込んだ男が事件を前に表情を輝かせているのもどうかと思うが、まあ今までの苦労と辛抱を思えば同情の余地くらいはあるだろう。
草間に春を持ち込んだ太巻大介は、ソファにだらしなく身体を埋めて煙草の煙を燻らせている。向かい合った綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)の物問いたげな視線も、資料に視線を落としたシュライン・エマの横顔も、はたまた足元の陽だまりで丸くなる猫の藤田エリゴネの存在も、全てはどこ吹く風という顔だ。

「インシュリンの投与自体も、食前の3度と寝る前に1度の計4回でいいのかな」
見ていた資料から顔を上げて、シュラインがボールペンを手の中で回した。先ほどから、シュラインと汐耶は一つの資料を分け合って、そこにかかれた数値とにらみ合っている。
「気になるのは、死亡する前の4倍の血糖値だけど」
指先で口元に触れて、汐耶が呟き、同意を示してシュラインも頷いた。
「使ったインシュリンの種類によって、効き方も効き具合も違うでしょうし、この値が食後のデータだとしたら頷けるけど。……とはいえ、4倍というのは普通じゃないわよね」
怪奇ばかりに明るくて医療に暗い探偵は、二人の女性のやり取りに感心したうなり声を上げた。武彦といい太巻といい、女性陣のほうがよほどしっかりしている。
「もうひとつ気になるのは、死亡した患者に共通している数字だけど」
入院患者のリストに指を置いて、汐耶が顔を上げる。
「2のつく日生まれで、3のつく日に入院」
シュラインも首肯して数字に視線を落とす。
「誕生月日のどちらかに1が入っているのも関係あるのかしら」
1、2、3と、三つの数字は整然と他の文字の間に挟まれて揃っている。一つずつ数字を追って他の入院患者のリストを調べてみたが、これは死亡した三人にだけ見られる特徴だった。
「そしてその数字を持つ患者だけが、約4倍の血糖値を示している」
頭の後ろで指を組んで、ソファに浅く腰掛けたまま太巻が笑った。
「キレイに1234と並んだもんだよな」
太巻の物言いは意味ありげだが、同時に何かを匂わせる以上の協力はしないと態度が語っている。
汐耶とシュラインは互いに顔を見合わせて頭を振った。お互いに、迷惑と面倒を運ぶという太巻の噂が、あながち嘘ではないと知っている身の上である。
「太巻さんは期待できないし。…これだけ数字に共通項が見つかっているんだから、コンピューターを疑ってみるべきかしらね」
シュラインの言葉に、灰色の猫を膝に乗せたままひでえなあと太巻が声を上げたが、これは両名に黙殺された。
「その前に患者たちに何か変わったことがあったかも、調べてみる必要がありそうね」
頼りにならない男連中は放っておいて、二人はてきぱきと話を進める。
「入院してるんだから、行動は限られると思うけど。看護婦か、生前患者が親しくしていた人に話を聞くのが早いか……」
そうね、と頷いてシュラインは立ち上がる。
「あとは、死亡した晩のコンピューターのデータ。ちょっと引っかかるところもあるし、ね」
「行く?」
「行きましょ。遅くなると病院もしまっちゃうし」
資料を片手に、二人はソファを立ち上がった。
「それじゃ、武彦さん。ちょっと行ってくるから、お留守番、お願いするわね」
何もいえない武彦を残して、シュラインと汐耶は興信所を出て行く。
しばらくして、閉まったドアの向こうから太巻が大笑いする声が聞こえてきた。


□―――草間興信所:猫の視点(エリゴネ)
陽だまりはぽかぽかと暖かい。靴の先まで染み付いた太巻のタバコの匂いは少し鼻にきつかったが、うつらうつらとする午睡が心地よくで、エリゴネは眠ったままでいた。
頭上では人間たちが何やら真面目に話し合っている。
K病院という名前を聞いた気がして、エリゴネは耳だけをぴんとそば立てる。話をしているのは、この興信所の主である草間武彦と、アルバイトをしているシュライン。それに彼女とあまり年の変わらない女性…綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)だ。ファイルを捲って、彼女たちは熱心に話をしている。一人ソファで寛いでいる太巻が、今回もまた妙な事件をここに持ち込んできたのだろう。
漏れ聞こえてくる言葉は、死亡だとか警察だとか、とにかく不穏である。話を聞いていると、どうやらK病院に入院していた糖尿病患者の不審死に関する依頼らしかった。
(K病院といえば、老人ホームにもあそこに通院していらっしゃる方が何人かいらっしゃったような……)
エリゴネの目下の住まいである老人ホームのお年寄りたちは、彼女にとって家族と等しい大切な存在だ。エリゴネは気になって顔を上げた。
太巻は相変わらず暇そうに手を頭の後ろで組み合わせている。音もなくエリゴネがソファに飛び乗ると、視線だけを向けて眉を上げた。

「私もこの調査に加えていただきたいのですが」
「んん……」
シュラインと汐耶が出て行ってからエリゴネがそう持ち出すと、唸ったのか生返事かよくわからない答えを返して、太巻はエリゴネを見た。太巻は、エリゴネが猫の姿のまま人語で話しかけることのできる数少ない人物の一人である。
「気になるのか」
猫が喋ったことにぎょっとしている怪奇探偵をよそに、太巻は短くなったタバコを抓んで煙を吐き出した。
「お世話になっている方が何人か、通院しているようですので」
あぁそう、と気のない返事を返し、太巻は大儀そうに立ち上がった。煮え切らないのは返事だけで、足は出て行った二人を引き止めるべく、戸口に向かっている。
「病院は動物禁止だろ。その姿じゃまずいぜ」
言いながら草間興信所の扉を開けて声を上げ、シュラインと汐耶を引き止めた。
「もう一人、この件に興味のあるやつがいるんだ。連れてってやってくんねぇかな」
外に向かって太巻が喋っている。
促されて、人化したエリゴネが廊下に出ると、向かい合った二人の女性がそろって怪訝そうな顔をした。太巻に促されて出てきたのは、上品そうな婦人である。太巻が興信所のソファに寝そべっていても無視されるかもしれないが、彼女が草間興信所に居たら、目立つことこの上ない。草間興信所は、「上品」とは縁遠い場所である。一体どこから出てきたのか……彼女らの顔にはそう書いてあったが、敢えて尋ねる者もいない。
「藤田と申します」
太巻と自分を見比べる二人に、エリゴネは丁寧に頭を下げた。
「病院まで、ご一緒させていただくだけで結構ですので」

□―――病院:綾和泉汐耶&シュライン・エマ
病院の待合室で藤田エリゴネと別れ、二人は見舞い客を装って病室へと向かった。太巻の資料は患者たちの交友関係までは明記されていなかったので、目指すは看護婦である。
「こないだの晩亡くなった患者さんですか?」
廊下でシュラインと汐耶が引き止めた看護婦は、甘ったるい声を発しながらもはきはきと答えて目を見開いた。丸顔で、表情もころころよく変わる。
「そう。ちょっと話を聞きたいんだけど」
汐耶が言うと、指で唇に触れ、声を潜めて周りを伺った。
「何かまずいことでもあるの?」
「いえ。勤務時間内だから、サボってるのがばれると怒られちゃうんです」
これまた快活に彼女は言い、二人を促して人目につかない廊下の角まで導いた。
生来人好きのする性格らしく、なんでしょう?と首をかしげる姿はリスかハムスターを彷彿とさせる。
「一晩で、糖尿病の患者さんが3人も亡くなっているわよね」
ああ、と納得したように看護婦は頷く。
「低血糖ですね。こないだ刑事さんもおんなじこと聞きにいらっしゃいましたよ」
「でも、低血糖で死亡する直前、患者の血糖値は四倍に跳ね上がっているわ。これって尋常じゃないような気がするんだけど、誰も不審に思わなかったの?」
汐耶が訊いても、看護婦は嫌な顔ひとつ見せない。
「思いませんよぉ。ドーナツ一個食べただけだって、血糖値って跳ね上がるんです。糖尿病の患者さんは食事に制限があるでしょ。甘いもの好きの患者さんが、夜中にこっそりおかしを食べることも結構あるんですよ。酷い人だと10倍くらいの血糖値になっちゃったりね」
看護婦たちにとっては、そういったことは日常なのだろう。自分の健康に関わることなんだから気をつけるのが普通だろうと思いがちだが、どうやら人間、そう単純にはできていないらしい。
「死因だけど、インシュリンの過剰投与の可能性はなかったの?」
胸の前で腕を組んで聞いたのはシュラインだ。看護婦はくりくりとした黒い目を彼女に向けた。
「可能性はありますよ。刑事さんにも聞かれたんですけど」
一度同じ質問を刑事にされているせいか、その言葉は流暢だ。
「でも、いろんな可能性が考えられますよ。インシュリンの過剰投与もそうだし、インシュリンが汚染されていたのかもしれない」
汚染に関しては問題は出なかったですけどね、と付け加えて看護婦は笑う。
「確か、患者の血糖値のチェックを行う機械があったわよね?」
看護婦の話を脇で聞いていた汐耶がおもむろに口を挟んだ。シュラインと汐耶を見比べて、看護婦はこっくりと頷く。
「翌日退院できるはずだった、根岸さんのことだけど。退院が近いなら、自分で血糖値を測る訓練をしているはずよね」
看護婦はすぐに、何を聞かれたのか思い当たったような顔をした。
シュラインと汐耶が気にしていたのは、患者が自分で測定した血糖値と、機械によって測定された血糖値のデータの誤差である。
日常生活で支障なく活動するために、糖尿病患者は定期的に自分の血糖値を測る。病院では、日に3回、患者自身が血糖値を測っていたはずだった。患者自身が測定した数値と機械の数値が違っていたら、疑って然るべきだと、シュラインは言っているのだ。
「機械のデータが常に正しいとは限らないでしょう?」
小首を傾げ、看護婦は頬っぺたに手を当てて表情を翳らせた。痛いところを突かれたというよりは、亡くなってしまった患者を悼むような表情だ。
「確かに、患者さんのデータで血糖値はあんまり高くなかったかもしれません」
考え考え、看護婦は話す。
「先ほども言いましたけど、患者さんが夜中におかしを食べることとか、あるんです。その場合は就寝前のデータに異常がなくても血糖値は上がってしまいます。夜中に看護婦が測った時点での血糖値のデータが、やっぱり一番信頼できる、ということになるんです」
難しい顔をしてシュラインは黙り、汐耶も眉を寄せた。
看護婦がその場でデータを取っているのだ。確かにそれは最新の情報だろうし、機械自体が壊れているとでも思わない限り、誰もその数値を疑わないに違いない。
「死亡した晩の亡くなった患者さんたちに、何か変わったことはあった?」
特になかったと思いますと、汐耶の問いにも看護婦は首を振るだけである。
ありがとう、と礼を言って看護婦を解放し、二人は顔を見合わせた。
「やっぱりコンピューター……」
「ということになるかしらね」
消毒液の匂いがする病院の廊下はどこまでも清潔で、悪いことなど何もないかのように静まり返っている。


□―――4.123倍
廊下が騒がしい。コンピューター室へと向かいかけていた汐耶とシュラインは、何事かと足を止めた。
「猫がいるぞ」
と誰かが言っている。
「どこかから入り込んだのかしら?」
「さあ……」
どちらにせよ、騒ぎになっている部屋の前を通らないとコンピューター室には行かれない。何気なく通り過ぎかけて、思わずシュラインの方が足を止めた。
「あら、エリゴネじゃない」
「え?」
部屋の前を通り過ぎかけていた汐耶も足を止め、部屋の中を覗き込む。確かに、ベッドの脇に備え付けられた機械の上に、灰色の猫が乗っていた。きれいな毛並み。確かに、草間興信所で太巻の膝の上で眠っていたはずの猫がいる。
「どうしたの、一体……」
「あなたの猫ですか!?院内は動物の持ち込みは禁止ですよ」
突然の事態を収拾しかねた看護婦の甲高い声が、咎めるようにシュラインに向けられる。
ニャアニャアと鳴いて、エリゴネはしきりに機械を前足で掻いている。
「…あれ、血糖値の計測器じゃない?」
汐耶がはっとしたように呟き、それを合図にシュラインが部屋へと足を向ける。シュラインに気づいたのか、エリゴネがニャーと鳴いて、また機械の表面を爪で引っかく仕草をした。機械の上でうろうろと歩き回り、前足で何度も機械のディスプレイに触れる。
シュラインは腰を屈めて、計測器のディスプレイをチェックした。数字が羅列されている。
483.42。
本来あるべき人間の血糖値の、4倍はある。後から追いついた汐耶も、それを見て表情を引き締めた。ぐるりと周囲を見渡し、看護婦の白い制服を見つけて声をかける。
「患者さんに、まだインシュリンの投与はしていませんね?」
「猫が…、猫が入ってきたので騒ぎになってしまったんです。早くその猫を追い出してください!」
汐耶とシュラインの尋常でない態度に圧されて、しどろもどろに看護婦が文句を言った。
少なくとも、まだ患者にインシュリンは投与されていないのだ。
一瞬安堵に緩んだ表情を再び引き締めて、シュラインは機械の上に載っていたエリゴネを抱いて顔を上げる。
「自分で血糖値が計測できる一般向けの計測器がありますよね?それでもう一度、彼の血糖値を測りなおしてみてください」
「な、何を言ってるんですか!一体…」
「いいから早く!」
凛とした二人の女性の声に喝を入れられ、震える手つきで看護婦は小さな計測器を取り出した。おたつきながらも、それでも流石の手つきで、唖然としている患者の血糖値を測る。
息を詰めて、シュラインと汐耶はそこに表示される数値を見つめた。117……正常値である。
吐息を吐き出す音が、やけに大きく部屋に響いた。
「どうやら…本当に問題があるのは、機械の方だったみたいね」
483.42。相変わらず、やや大掛かりな機械は、本来の4倍の数値をディスプレイに映し出していた。

□―――一夜で終わる夢
突然押しかけた部外者に、ホストコンピューターに詰めていた技師はメガネの向こうで面食らった顔をした。
シュラインと汐耶が事情を説明すると、釈然としない表情ながらも、コンピューターに向き直る。
「バグの可能性ですか?先週の患者さんたちに関することなら、異常がないのを確認したばっかりなんですけどねえ」
手馴れた仕草で機械を操り、青年は画面を流れる文字を追いかけている。やがてキーを打つ手が止まり、画面を見つめる二人と一匹には理解不能な記号の羅列を示す。
「この台ですよね」
この台だと言うのだからくだんの異常を示した台はこれなのだろう。
「試しに数値を入力することは出来ますか?」
「出来ますけど……」
本当はこういうことはだめなんですよ、と苦い顔をしながら、青年は画面に向き直る。シュラインも汐耶も、機械の不調を発見して薬の過剰投与を防いだということで、あまり強く突っぱねることもできないのだろう。
「何て入力すればいいんです?」
「そうねぇ…、10月2日生まれ、3月5日入院にしてみてくれる?血糖値は、100にして」
カシャカシャと言われたとおりに、青年が文字を打ち込む。シュラインと汐耶は数字が打ち込まれていく画面を食い入るほどに見つめた。シュラインの腕の中で、エリゴネが声も立てずにじっと視線を凝らしている。
指先で、技師はエンターキーをヒットした。チカチカと黒字に白の文字が流れて、新しいラインがつぎつぎと浮かび上がる。

BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:100
...
...

一瞬、画面がぶれたような気がした。と思うと、並んでいた文字を上書きするかのように、ぱっと文字が入れ替わった。
...
... BIRTH DATE:10/02......HOSPITALIZED IN:03/05/2003......BLOOD SUGAR RATE:412.3

「やっぱり!」
血糖値はほぼ4倍。
「馬鹿な……システムチェックをした時は何の異常も認められなかったのに」
唖然として青年が呟く。
汐耶が画面を覗き込みながら相手に問いただす。
「ここのホストコンピューターは、外部とはつながってないの?つながっていないとしたら、内部の犯行の可能性が高いけど」
にゃあ、と同意を示すようにエリゴネが鳴いた。顎を手で撫でて、青年は頭を振る。
「取引先とつながってますよ。専用のネットワーク回線でね」
とすると、外部からのハッキングも可能、ということだ。
互いに意思を確認し合い、シュラインと汐耶が声を揃える。
「先週の木曜日。何か不審なファイルがアップされてないか、確かめてくれる?」

果たして、確かに先週の木曜午前0時3分に、病院の通常のデータとは関係ないファイルが確認された。容量は26キロバイト。他に転送されたファイルに比べて、大分小さい。
「これが、ウィルス?」
「そのようです」
青年は難しい顔をしてそのデータを前に考え込んでいる。
「何か問題があるの?」
「問題というか……、まあ、見ててください」
なんとも歯切れ悪くシュラインに答えて、青年はキーを打った。先ほどと同じ生年月日を入力し、エンターキーをヒットする。一瞬画面が歪んで、血糖値の部分の数字だけが置き換わる。
そのまま、何もせずに技師は腕を組んで画面とにらみ合っている。
「どうしたの?」
怪訝に思って尋ねた汐耶の耳に、コンピューターの静かな起動音が聞こえてきた。
チカチカと、何かを起動させているかのように白黒のコンピューターの画面は時折揺れる。画面が揺れるたびに、エリゴネのひげがぴくぴくと動いた。
「……何?」
「これ、数値を変えるバグを起こした後に、自分でデバグしてるんですよ。…つまり、ウィルスそのものが、自己解体するためのプログラムを含んでいるんです」
「……つまり、データの書き換えだけしておいて、あとは自分でウィルスを駆除しちゃうの?」
「まあ、そういうことです。だからシステムチェックをした時にも何もひっかからなかった」
計器にバグを起こし、データを変えた後は、ウィルスに感染したファイルを勝手に元通りに直してしまうというのである。不審に思ってウィルスチェックをしても、既にシステムは訂正された後なので何も出てこない。
「でも、今だって数値は変わってるんでしょう?」
「特定の数字の並びに反応して、再びウィルスが作動するんだと思います」
勿論、思い当たることはあった。「キレイに1234と並んだもんだよな」と、太巻の言葉が蘇る。
と、エリゴネがシュラインの腕の中で鳴き声を上げた。突然何事かと視線を向けると、彼女は画面を指し示すように前足を伸ばしている。
釣られてコンピューターのモニターに目を向けたシュラインと汐耶は、そこに映し出されたものに愕然とした。
システムの修復も終えて通常どおりに作動し始めた画面に、文字が並んでいる。

THIS IS NOT THE END, BUT JUST THE BEGINNING. A.

□―――後日談:シュライン・エマ
再び戻ってきた草間興信所では、太巻が買って来たキャットフードを皿に開けて、エリゴネに食べさせている。
なんとも後味の悪い余韻を残して、今回の仕事は終了した。
これで終わりではない、始まりだ、と無機質に映し出された文字は、今でもチカチカと白くシュラインの頭の片隅に残っている。
そして文末に残されたA.という単語。
(アキラのイニシャル……なんて考えるのは、早計すぎるかしらねえ)
太巻の依頼を受けて巻き込まれた不思議な靄の世界は、まだシュラインの記憶に新しい。
「アキラ」という青年が作ったその世界では、誰もが哀しい夢を見てしまうのだ。アキラを止めてください、とシュラインに懇願した少女の必死な眼差しが瞼の裏に蘇る。。
それにこの後味の悪さは、靄の中で草間武彦に対面した後の数日間とよく似ている。まだ夢から冷め切れていないのではないかという、寝覚めの悪い心地。
(コンピューターという共通項もあることだし……)
結局、ウィルスを病院のホストコンピューターに送りつけた相手の特定は出来なかった。ホストコンピューターを預かっていた青年は長いこと躍起になってキーを叩いていたが、とうとう音を上げた。何故かそれに付き合うハメになった二人と一匹は、青年が諦めてくれてむしろほっとしたほどである。気がつけば既に日は傾いていた。
汐耶もさすがに疲れた様子で、ソファに身体を預けている。
久々の「探偵らしい事件」を前に留守番を喰らった武彦は鬱陶しいほどに暗く、元気なのは部屋を少しずつ掃除している草間零と、そんな彼女の苦労を他所に、早いペースで部屋を汚している太巻大介くらいのものである。
アキラという名の青年のことを、病院で見たA.というイニシャルのことを、太巻に問いただしてやろうかと思ったが結局止めた。
言わないと決めたら、あの男はてこでも言わないだろう。
その代わり、シュラインは猫缶を開けている背中に言ってやる。
「太巻さん。エリゴネちゃんにご褒美があるなら、私たちにも是非欲しいわね」
「寿司なんかいいな」
と汐耶が話に乗ってきた。何でおれだよ!と部屋の奥から文句が聞こえて、ようやく戻ってきたのだという実感が沸いた。
改めて、シュラインは雑然とした室内を見渡し、少しくつろいだ気分でソファに座りなおす。
「…ただいま」
お帰り、と武彦が答え、ねぎらうように、お帰りなさいと零が言った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 ・1449/綾和泉汐耶/あやいずみ・せきや/女/23/司書
 ・1493/藤田エリゴネ/ふじた・えりごね/女/73/無職
NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  見かけによらずグルメ…と自負するも雑食。自負だからあてにならない。

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■         ライター通信          ■
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オヤジ狩り(される方)から戻ってきましたよ!(嘘です行ってませんので!!)
よくやるんですが週末越しのお届けですいません!計画性のなさと曜日感覚のなさがバッチリ浮き彫りです。そして今回も遊んでいただいてありがとうございました!楽しかったです。
一人でこんなに楽しめるあたり結構な幸せ者です!
病院の描写とか妥当なツッコミとか、自分がバカなものでどこでボロが出るかとヒヤヒヤものですよ!涼しくなって夏にはとても良い傾向です(…)
依頼を受けて下さる理由は色々あると思うのですが、UPされた話を読んで頂いて、面白そうだと参加してくださるのも、書き手としてはとっても嬉しいです!
そんなわけでどうもありがとうございました!
これからも気が向いたら相手をしてやってください!
ではでは!お待たせしました。楽しんで頂けたら幸せハッピーです!

在原飛鳥