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かさねの神扇―後編―
□オープニング
三下の願いで彼の田舎の神社の神主の娘、三隅夢乃(みすみ・ゆめの)が感じる不審な気配を調査しに来た一行。
神事の練習中に不審な気配を感じていた夢乃だったが、一行が到着した時には扇の紐をなくして父親に叱られている所だった。
一行は分かれて調査を開始するがその結果浮かび上がったものは難解な事情だった。
紐を持ち出して捨てようとした妹真美は父親が神社の祀神である「かさね」の新しい器として夢乃を引き取り、新しい器とする為に神事を行うのだと言っているのを聞いてしまい、彼女なりに神事を
中止させようと考えて紐を持ち出したのだという。
そして、夢乃が練習中に感じていた気配は死霊の気配だった。気配の元である建物に入り込んだ者は体内に二つの魂を感じる女性に出会っていた。それは初老の女性だという。
夢乃が行う神事は「かさね」と呼ばれる祀神が入っている人形を新しい人形に移すためのものだという。しかし、真美が聞いた事も建物の地下にいる女性も、それが人間であると言わんばかりだ。
異聞録は「かさね」の伝説について語る。
彼女は祀られたのではなく、封じられて人形になったのだと。
何をするべきなのか、悩む一行の前に新たな局面が訪れた。
神事を3日後に執り行うと決定したと父親が夢乃に告げたのだ。
残された猶予は少ない――。
■夕闇の帳の向こうで
榊船亜真知(さかきぶね・あまち)がその事件を知ったのは従姉の言葉からだった。彼女は一旦引き受けたものの、突発的な事情により断ったのだという。申し訳ない事をしたという従姉に榊船は一つ頷いて言った。
「名案を思いつきました。わたくし、代わりに行ってきますの」
心配する従姉に安心するように言って、彼女は三下に連絡をとった。現在までのあらかたの情報を受け取ると今その付近にいるから向かいますと告げて電話を切った。そこまで来ているというのは嘘だが、すぐに着くというのは嘘ではない。
準備を整えながらつらつらと情報を考え整理していく。
(『御霊移し』なのかしら?)
人を人形に見立てて行われたとしたら榊船の知識の中にある。しかし、長い時間を封じられていただけに、歪みや澱みという心配もある。
(いずれにせよ、行ってみなければわかりませんの)
自分を納得させるように頷くと、榊船は呼気を調える。術を使う際には息遣いさえも重要なファクターとなる。術と言うのは本来繊細なものだ。そして術は行使される。
――榊船の姿が消えたのはその直後の事だった。
海原みあお(うなばら・)は縁側に座って足を揺らしながら、空を見上げていた。空は今はもう自分の翼と同じ青ではない。沈む太陽に染まった赤。それもやがて暗い色に染まっていくだろう。
海原は勢いをつけると縁側からひょいと飛び降りた。両足をそろえて綺麗に着地すると困ったようにため息を漏らす。それは小学生になったばかりの少女と言うには少し大人びた仕草。しかし同時に中学生である本来の年齢からすれば子供っぽい。
(夢乃も真美も逃げちゃえばいいのに……)
それは海原の本音だったが、同時にそれが実現しない事も知っていた。逃げるつもりがあるのなら、真美はきっと紐を投げ捨てたりはしなかっただろう。だからこそのため息だった。
(因果律が狂ってるのは確かなんだよね。だからちょっとしたきっかけで何とかなる筈だとみあおは思うんだけどな……)
色々とやれそうな事を考えて一つ頷く。結論から言えば、彼女流にやると言う事なのだが、その際の迷惑や騒動についてが主な悩み所だったのだが。
(そーゆーことは大人がやればいいよ。みあおが言ったって子供にしかみられないし)
極シンプルな形で納得した海原に近付いてくる影がある。振り仰ぐと近付いてきたのは友人だった。それも本来はここにいない筈の。
「亜真知! どうしたの?」
幼い友人の声に榊船は笑顔になった。
「みあお様、わたくしも、手伝いにきましたの」
「そうなんだ? 亜真知が来るなんて全然知らなかったよ」
驚きを隠せない海原に、榊船はそうでしょうねと笑いながら言う。
「だって、ついさっき、三下様に連絡したばかりなのですもの」
「三下、何も言ってなかったよ。しかたないねえ。皆の所に行こう」
いずれも年よりも幼く見える二人の少女は明るい声で笑いあいながら三下達の待つ部屋へと歩き出したのだった。ちなみに、連絡が遅いと三下が海原に叱られて頭を下げたのは言うまでもない。
□夜半の会議
結局全員が揃ったのは夜遅くになってからだった。瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)が乗り継ぎに手間取った事が一番の原因である。当の本人はつくなり。
「遅くなった。悪ぃ」
の一言で謝罪と挨拶を済ませていた。彼の相棒とも言うべき同居人朧月桜夜(おぼろつき・さくや)の返答が「思ったより早かったのネ」と言うものだったのは、二人と既知の仲であるシュライン・エマと九尾桐伯(きゅうび・とうはく)にとっては微笑ましく映った。朧月が彼を待っていたのは一目瞭然だったからだ。
「大人って、素直じゃないよね」
「まあ、でも、遠方よりご苦労様でした」
非常に端的に評したのは最年少の海原みあお(うなばら・)であり、労ったのは同じく後から合流した榊船亜真知(さかきぶね・あまち)だった。
「これで今回の件にあたる全員が揃ったと言う訳ですか」
「瀬水月くん、これ、資料ね」
エマに差し出された資料を受け取って瀬水月はそのまま朧月に手渡した。
「何よぉ? 読めってワケ?」
「話してないトコだけ選べよ」
あっさりとそう言って瀬水月は持ってきた機材――ノートパソコンとその周辺機器――を広げだした。少年のスキルを知っているエマがその様子を見て訊ねる。
「何を調べてきたの?」
「まあ、色々。夢乃のデータと30年前の神事の付近での行方不明者情報とか、その辺」
「すごい! そんなのどうやって探すのかみあおわかんないよ」
「まあ、蛇の道は蛇ってこったな」
感心した海原の言葉に極簡単に答えて、瀬水月はメーラーを呼び出していた。
(言えねーよな。こっち来る時間の短縮の為に発注かけたなんて)
アンダーグラウンドの情報ならば、それなりのツテがあれば購入できるものだ。もっとも常ならば自分で情報収集したほうが効率も金銭も割に合うのだが、今回は合流する事を最優先とした為だ。
九尾が早速情報収集の成果を尋ねる。
「30年前に、行方不明者はいたんですか?」
「ああ。今の神主の妹だがな」
「ちょっと待って。みあおちゃんが見たの初老なんだよネ。その人今いくつ?」
「50歳。ちなみに30年前に行方不明届けは出ているが、死亡はしてない」
50歳では初老と言うには早すぎる気がすると朧月は腕を組んだ。ふけて見える人ならばありえない話ではないにしろ、決め付けるのは早計だろうか。
「30年も行方不明なのに鬼籍に入ってないって言うのね……」
「きせきって何?」
「死んだ人の籍の事ですのよ、みあお様」
エマの言葉に首を傾げた海原に、榊船が笑顔で説明を付け加える。
「通常、行方不明後ある程度の期間が経てば死亡届は出せますが……、出していないという事は」
「ホントに行方不明で諦めきれないか、或いは生きてるかもしれないってワケね」
九尾の言葉を朧月が引き取って続け、最後に瀬水月が「そういうこったな」と締めくくるように口を挟んだ。そして軽く肩を竦めて問い掛ける。
「とりあえず、どう動くか、だな?」
■さ迷う人
瀬水月、朧月、海原の三人は他の三人が神主を説得して気をひいている間にかさねが閉じ込められていた部屋に忍び込む事にした。
「ンー、アタシ一人なら色々やって何とかするンだケド……」
例えば式神とか、などと朧月はこっそりと思う。
「大丈夫。きっと幸運が味方してくれるよ」
「いや、運は別に味方しねーだろ?」
幼い海原の無邪気とも取れる発言に瀬水月が苦笑してつっこんだ。しかし、海原にとって幸運は味方してくれるものなのだから、無邪気ではなく、単なる事実である。
懐中電灯片手にこそこそ言い合いながら神社の闇を進むというシチュエーションはまるで肝試しのようだったが、誰もその点には気がついていないようだった。
「ここだよ」
「あら……ココって、昼間に人が入ってった所だわ」
昼間、夢乃に付き添った時の事を思い出して朧月が言う。
「あ、鍵が閉まってないみたいだよ」
海原が扉を指し示す。確かに南京錠が中途半端に閉じている。
「何つーかサァ? 無用心?」
「ま、ラッキーじゃあるがな」
そうねとあっさりと朧月も納得する。中へ入り込むと床や壁を照らしてみるが、どこから階下にいけるのか判らない。
「みあおちゃんはドコから入ったの?」
「軒下から。桜夜と隼じゃあ、大きくて入れないよ」
成程。海原と自分達では体格が違いすぎる、と二人は納得したが、実際には海原は小鳥になって入り込んだのだから更にサイズが違う。真面目には入口を探し始めた三人だったが、やがて朧月がその場所に気がついた。
「なんか、ここ、押せそうじゃない?」
「ちょっと退いてろ」
場所を変え、瀬水月が力をこめるとあっさりと扉は開いた。少年が先頭になってそのまま入り込む。階下へ続く階段を下りると引き戸がある。その向こうから聞こえてくるのはわらべ歌だろうか。
そっと引き戸を開くとそこには一人の女性がいた。初老とみあおが評した通り、白髪混じりの女性だ。しかし、朧月の目にはそれが初老と言うよりは疲れ果てて早めに老いてしまった女性のようにも見えた。
「あなたがかさね様?」
歌声が止まった。誰何の声に三人は口々に名乗った。かさねは鷹揚に頷く。
「そう。あの可哀想な子のお友達」
「可哀想な子って夢乃の事?」
「ええ。でも、この子も解放してあげなくちゃ」
かさねは優しく水晶球を撫でた。
「神様はどうしたいの? ずっとここにいたい?」
「私はここを離れられないの。でも、依り代がないと正常ではいられない」
「正常ではいられないってな、どういう事だ?」
海原の質問に答えた言葉尻を捕えて瀬水月が問い掛ける。
「悪意に染まり、悪しき霊威となるでしょう……。私の中にいくつもの恨みがあります。人に封じられた悲しみ、そして依り巫し達の嘆き、それらが私を駆り立てる事でしょう」
「では、依り代を変えてみては? これまでの歪みを浄化し人以外のものに宿れば、より正しい状態になるンじゃありませんか?」
「この社を護る一族にはそんな力はないのです。私が宿る事ではじめて巫女としての力を得る者もいる位に。ですが」
朧月の言葉に軽く首を振ったかさねはひたと三人を見つめた。
「力ある人達……貴方方ならこの連鎖をとめる事ができるのかもしれない」
□かさねの神扇
あれやこれやと準備をするうちにいつの間にやら夜が明けていた。海原は途中でダウンして本殿の隅で丸くなっていた。主に打ち合わせるのは榊船と朧月で、力仕事担当が男性である九尾と瀬水月。エマは細細とした事を打ち合わせる二人に訊ねながらセッティングしていく。
起きだした夢乃と真美が三下と共に騒がしい本殿に気が付いて覗きに来た時には随分と準備が整っていた。
「あの……皆さん、何やってるんですか?」
「儀式の準備だよ。あ、夢乃も真美も今日は学校お休みしてね」
蹲っていた海原が目を擦りながらそう言った。真美が悲鳴のように反問する。
「儀式って!? だからやっちゃダメだって」
「その儀式じゃないのよ。夢乃さん、真美ちゃん、扇を持ってきてくれる?」
「え、ええ。わかりました」
エマの言葉に素直に頷いた夢乃が踵を返して取りに戻ったのを見て、三下が慌てて付き添う。納得しきれない真美に向かって声をかけたのは彼女の父親だった。事情を説明すると言う神主の言葉に娘は頷き、姉の元へと二人で向かう。それと入れ違いに神主の妻が本殿に入ってきた。
「一度休んでくださいな、朝御飯出来てますよ」
榊船と朧月がたてた儀式のプランはかさねの御霊を昇華し、澱みと歪みを消す事と新たな依り代を用意し、それにかさねを移す事という大きく分ければ二つの要素から成り立っている。儀式の形式は途中までは通常の神事と同じであり、かさねが今の依り代から離れた所から変化していく。よどみを消し、霊を昇華させるのは榊船が、新しい依り代への導きを朧月が担当する。
新しい依り代は扇となった。紐にかさねの力が宿っている事が一つ。そして、かさね自身が朧月の提案を是とした為だ。
一同が仮眠を取った後、夕闇が近付く頃にそれは始まった。本殿に現れたかさねを挟むようにして右に榊船、左に朧月が座っている。かさねの正面で舞を舞うのは夢乃。その舞にあわせて祝詞を上げる神主とその後ろにエマ。海原は不安げな真美に付き添って手を握っていた。
「やっぱり、かさねは『重ね』だったんだな」
その様子を見守りながらぽつりと瀬水月が言った。本殿の周りに鋼糸を巡らせて人が出入りできないようにしている九尾は軽く眉を上げた。
「おや。貴方もそう思っていましたか」
「……あんたもか。まあ、かさねは他の名前覚えてないって言うケドよ」
「名は体を現す、と言う事ですか。……始まったようですよ」
祭具を携え、榊船が立ち上がった。夢乃の舞に合わせて、右へ左へと祭具を振る。その度に清浄な鈴の音が響き渡った。かさねの肩ががくりと落ちる。海原はその時水晶から出た何かがかさねだった人の体に入っていくのを見たと思った。
(そうか。場所が足りなかったからあそこに生きてる人が少しだけ避難してたんだ)
榊船の持つ祭具の鈴が響くたび、辺りに満ちた気が清められていく。音色にあわせるように榊船の唇から旋律が生まれる。ア音を基調にしたそれは古くから伝わる魔術でもある。歌と言うものはそもそも儀式から生まれたのだから。
(もう、大丈夫。かさね様の心は癒され永きに渡る歪みも解消されたの)
榊船は自身の術の成果に微笑んで朧月を見た。朧月がしっかりと頷くのを見てその場を離れ、元の場所に座る。
朧月は呪を唱え始める。韻を踏み、音楽的にさえ聞こえる荘厳なそれが辺りを満たす。彼女の差し出した手に夢乃の手から扇が渡された。崩れ落ちたかさねからエマが水晶を受け取りやはり朧月に差し出す。そして朧月の視線に応えてエマは歌いだす。それは、かさねが口ずさんだわらべ歌だった。
朧月は扇に水晶をのせ、幾度か複雑な印を切った。水晶が砕け、その破片が扇に染み込むようにして消えた。いつの間にやらそこには大きな枝垂れ桜の絵が浮んでいた。
静まり返った本殿で最初に口を開いたのは神主だった。
「成功したのですか?」
榊船と朧月が深く頷く。瀬水月は朧月に近寄ると肩を叩いた。エマと九尾は笑みを浮かべて視線を交し、儀式を主軸担った二人に声をかける。そして海原は何度も頷きながら澄ました顔で言った。
「知らないの? 良い事をする人には≪幸運≫が味方してくれるんだよ!」
成程、と思い、その場にいた面々から笑いが生まれた。
□エピローグ
アトラス編集部に六人が呼び出されたのはそれからしばらくたってからの事だった。
夢乃と真美の姉妹が来たのだと聞いて向かってみると、おみやげ物を手に微笑んでいる二人はいかにも仲の良い姉妹であの頃の影は一つもなかった。
「その節は本当にありがとうございました」
「いいえ。元気そうで良かったわ」
エマの言葉に九尾も頷く。
「あれから、どうなんですか?」
「伯母さんは最近は境内を良くお散歩してるんだ。大分元気になってきました」
「良かった。無理をされないようにお伝えくださいませね」
榊船の言葉に真美がうん、と大きく頷いた。
「お父さんとは平気なの? みあお、ちょっと心配してたんだ」
「えへへ、今度、皆で家族旅行に行くんだよ!」
「楽しみよね」
ねぇと顔を見合わせる姉妹の様子に悪戯っぽくウィンクしたのは朧月だ。
「あらァ、仲良くて楽しそうねェ、うーんと今までの分も甘えるのよ?」
「まあ、程々にな。でないと桜夜みたいになる」
「ちょっと!? 隼、それどういう意味!?」
食って掛かる朧月に困ったように視線を反らす瀬水月。その様子に笑い出したのは誰が最初だったのか。アトラスの応接室に明るい笑い声が満たされていた。
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1415/海原・みあお(うなばら・)/女性/13/小学生
0072/瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)
/男性/15/高校生(陰でデジタルジャンク屋)
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
/女性/999/超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
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■ ライター通信 ■
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依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
小夜曲と申します。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。
海原さま、二回目のご参加ありがとうございます。
今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
逃げちゃえばいいよ、と言いつつ色々手をうつ海原さまがとても素敵でした。
マイペースなようでいて、皆の意見を聞いていくというイメージが出ればな、と思っています。
青い天使の能力は今回使いませんでした。少し残念です。
興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
では、今後の海原さまの活躍を期待しております。
いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。
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