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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:『あお』のカプリッチオ
執筆ライター  :戌野足往(あゆきいぬ)
調査組織名   :草間興信所
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00.草間興信所
「誰か‥‥‥受ける者がいるか?」
 そう、草間の口から発せられた瞬間だった。
 一人の少女が物凄い勢いで席を立った。
「いい加減にして下さいっ!」
 そして、ツカツカとソファに座る遥人の所まで歩いて行くと、ずいっ
と顔を近づけて、睨みつける。
「あたしは認めませんからっ。人でない者が人と恋愛出来ないなんて。
貴方がなんと言おうと、私が必ずこの恋成就させますから。依頼? 
ええ、関係ありませんとも。あたしが勝手にするんです。どんな障害
も乗り越えられるって証明して見せます。絶対に!!」
 乙女にこの形容は随分と申し訳ないのだが、この鼻息の荒い(!)
少女は海原みなも。
 遥人のあおとは別の青を纏った少女は、自分のカラーでもある青が
凶悪であるように言われ、しかも自分の将来とだぶる問題で、すっか
り頭に血が昇ってしまっているようだ。
「‥‥‥草間さん」
「これは仕事だ。悪いが‥‥‥そう言うことなら帰ってくれ」
 困り果てた様子の遥人が草間に助け舟を求めると、それを受けてみ
なもにそう告げる。
「あたしは絶対に認めませんからっ!!」

 バタンっ。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥タタタタタタ。

 そう言って走り去っていくみなも。
 しかし、よりによって何故今日の日を依頼の日に遥人は選んだのか。
 後に残されているのは、溜息一杯の草間と、疲れ果てた様子の遥人。
 そして、苦笑を浮かべる女子高生と醒めた目で走り去るみなもを見
つめていたスーツの女。
 そう。
 今日は草間と遥人以外に男はいない日だったのである。
 いつもなら野朗の面子もたむろっているのであるのだが‥‥‥。
「‥‥‥はあ(深い溜息)。で、お前等はどうするんだ?」
「要するにアレでしょ? 貴方のこと嫌いにすればいいんだよね。そ
れなら簡単だよ。あ、私は久喜坂咲。よろしくね」
「えっ? あ、はいよろしくお願いします」
 咲の言葉に息を飲んで彼女の顔を見つめる遥人。
「私が恋人役したげるよ。それで、実は付き合ってる人がいるって言
えばそれで終わるんじゃない?」
「‥‥‥‥‥‥そう‥‥‥‥‥‥ですね。やはりそれ位はしないとい
けないですよね」
 遥人は何か想像したのか、苦痛そうな表情を浮かべる。
「中途半端な優しさは、一番残酷」
 その表情から何かを読み取ったのか、醒めた言葉をスーツの女は投
げ掛けて来た。
 なんと答えていいのか、遥人は言葉に詰まっている。
「そんな事はまあ、あまり興味無いです。そちらの依頼は私は別に。
ただ、キミの事殺して欲しいって依頼は受けてもいいですよ、けれど
‥‥‥ね?」
 殺してもいいと言う女に、一同の視線が集中する。
「後一つ、選択肢を加えません? 出来うるのであれば、キミの力を
封印する。もし、それが出来るのであれば総ての問題は解決するって
ところですし‥‥‥それには何はともあれ、キミの能力について詳し
く教えてくれません?」
 何とか希望の持てる選択肢が示された事で、遥人の表情が少し明る
くなるが、自分のことを問われてまた元の暗い表情に戻る。
「判らないんです。大体‥‥‥10年から5年ぐらい前の間の事かと
思うんですが、ある時から私は歳を取らなくなったんです。と、言い
ますけれど、自分が日々老けて行く様って、自分で判別できますか?
 私は良く判らなくて‥‥‥モンゴルの墳墓調査、シベリアのマンモ
スの発掘、ペルーのマピュピチュ、中国の楼蘭遺跡調査、エジプトの
ピラミッド発掘、と5年の間に行ったのですが、この何処かで力を受
けたのだと思うんですが」
 職業柄彼が行く所は、怪しいといえば全部怪しい所ではある。
 この中であおの色彩を彼に付したのはどこであれ‥‥‥相当な力
を持っていてもおかしくはない。
「と、なると‥‥‥その知人って人は何か知ってるのかな?」
「恐らくは。先に色彩を纏った人ですから」
 色彩を纏う、と言うのは何か特別な事なのか?
 この興信所に出入りする人間は結構、普通の人間では無い色の髪と
か瞳の色であったりするのであるが。
「参考までに。それは何色なの?」
「みどり、でした。その人のことはあまり良く知っている訳ではない
のですが、ここに出入りしている人の友達みたいです」
 と、言われた物の草間としてもそれだけでは誰がどうその人物とつ
ながっているか判らない。
「まあ、後で話を聞きに行くといたしまして、そちらの作戦をまず始
められたら? そうそう、私はまずキミの知人にいろいろ話を聞いて
みたいから、連絡つけといてくださる?」
 遥人は頷くと、携帯を取り出してメールを送る。
 すると、間髪入れずに返信があり‥‥‥
「大丈夫だそうですが、どうせ会うなら今すぐが都合が良いそうです」
 遥人の言葉を受けて、スーツの女は小首を傾げて何か考えるような
しぐさを見せた。
「‥‥‥それじゃ、キミ達はまずその彼女に会って来たらどうかしら?
こう言う事は本人を目の前にしてじゃ言いづらい事もあるでしょうし、
話を聞くだけでしたら私だけでも構わないのでは?」
「私は‥‥‥それでも構いません。お任せします」
 話がまとまったなら反対する理由も無い。
 咲も一つ頷いて、改めて遥人の瞳を見据える。
「そうだね。じゃあまずは私からいきますか。後顧の憂いは断たない
とね。(本当にそれでいいのならだけど、さ)」
 誰の耳に届く事も無いような囁きを洩らす咲。
 はっとして、視線を返す遥人。
 動揺する心を映すように震える視線。
「それじゃ、オペレーション開始ってコトで。私が彼と行くから、汐
耶ちゃんは‥‥‥どうするの?」
「適当に後から付いて行きます。あ、自己紹介がまだでしたね。私の
名前は綾和泉汐耶と申します。それでは、始めましょうか」


【T.それぞれの演目 】
T−1『破局への第一歩?』
 草間興信所を出て、二人並んで歩く遥人と咲。
「あの‥‥‥えっと!」
 俯き加減のまま歩く遥人の顔を覗き込んで声を掛ける。
「それじゃ全然、彼女と歩いてるって感じしないんですけど! 大体
失礼ってもんじゃないですか? こんな可愛い娘と歩いてて、そんな
くらぁ〜い顔してるなんて。ちょっとぐらい嬉しそうにしてくれない
と、私ショックで泣いちゃうな」
 そう言って顔を伏せて見せる。すると、てきめんに慌てる遥人。
「‥‥‥えっ、あ‥‥‥ごめん」
 てっきり無理にでも嬉しそうにしてくれると思ったのだが、ストレ
ートに謝ってきたではないか。
「う・そ・ですっ!」
「えっ!?」
「え、じゃなくって!! もう、調子狂うなあ‥‥‥」
「ごめん」
 いや、ごめんじゃなくってさ。
「謝らないで。ったくもう、なんだかなぁ」
 もひとつついでに溜息吐いて、冴えない表情の遥人の手を無理やり
取って手を繋いだ。
「私はあなたの彼女、なんだからね? そんな顔しないで笑ってほし
いな。下手な演技じゃ見抜かれちゃうぞ?」
「う、うん‥‥‥」
 微妙に引きつった笑顔を浮かべる遥人。
 それを見て思わず笑い出してしまう。
「口許ぴくぴく言ってんじゃんよぉっ。もう、なんか‥‥‥あははっ」
「ご‥‥‥」
 左手の人差し指を遥人の唇の前にかざしてにっこりと笑って見せる。
「それは無し」
「う、うん‥‥‥」
 ん、まあ。
 何とかなるかな? 多分、きっと。
 まあ、ならなかったらならなかったで、それはそん時でいっか。
 私としては、恋は実って欲しいしね。
「さ、行こ! あなたのけじめつけさせたげるからっ」

T−2『色彩の女』
 遥人がセッティングしてくれたカフェ『Papa's Kitchen』は充実し
た軽食で何度か雑誌に紹介された事もある店だ。
 だが、ありがちな取材された事を宣伝に使ったりと言う事も無く、
多くの有名人が足を運んでいると言う記事の割には店内に有名人のサ
イン等は見当たらない。
 ‥‥‥なかなか良い趣味ですね、あの人。
 今度本買って来て、ゆっくりするのも良いかもですね。
 そんな事を考えながら、コーヒーとベーグルなんか食べていると、
いつの間にやら女性が汐耶の隣に佇んでいた。
「ここ、よろしいかしら? 綾和泉さん」
「‥‥‥キミが、天河さんの知り合いの‥‥‥」
 が、わざわざ聞かなくても大体の身体的特徴で判る。新緑を思わせ
る髪、そして翡翠のような瞳。
「はい、私が‥‥‥翠、です。苗字は別に構わないでしょう? 貴女
の用件には関りが無いだろうし」
「ええ、そうですね」
 この人についての調査をしている訳ではない。本人であればそれで
いいのだから、そこはさらりと流しておく。
「では、単刀直入に伺います。天河さんの能力の事について、何か御
存知ですか?」
 その質問に翠は困ったような笑顔を見せた。
「何か‥‥‥と言う意味であれば、知っているわ。それで、何が知り
たいの?」
 封印の為に必要な情報って言うのはとりあえずなんだろうか。考え
つつ、言葉を切り出す。
「彼の力がなんであるのか、と言う事です。何らかの神の力であると
か、そう言う事はお分かりになりませんか?」
 運ばれてきた炭酸水を一口飲んでから、翠は窓の外を見つめる。
「彼の力の先駆症状から見て、「あお」の力である事は間違いないの
だけれどね。現時点では力源まで判別する事は出来ないわ。で、何ら
かの神の力、って事だけど‥‥‥今回の場合それは是であり非である
のよね‥‥‥」
「是であり、非である?」
 相反する事象がそこにあるのか、もっと突っ込んで聞こうとその部
分を問うてみる。
 ‥‥‥カラン。
 翠が弄んだグラスの氷が静かに音を立てた。
「実際、その力源が神の物であれば、その性格が先駆状態から徐々に
表に出てきたりする物だけどそれも見られないし、かと言って彼自身
が神或いは悪魔であったと言う訳でもなく。まあ、これらは月刊アト
ラスとかゴーストネットに事件の事載ってるし、高峰心霊研究所とか
でも調べる事は出来るわ‥‥‥でも、私が思うに恐らくはもっと原初
の力だと思うわ」
 原初の力と宗教を結びつける物と言えば‥‥‥。
「と言うと、自然崇拝の時代の力?」
 そう考察した汐耶に驚いた様子で翠はぱちぱちと拍手を送る。
「だと思うわ。貴女‥‥‥なかなか察しが良いわね。でも、あおは相
当な力となると思うわ色彩の能力は今までの例から言うと、白、黒と
言った無彩色が一番強くて、ついで三原色。それからその他の色って
言う形になるから」
 だからと言って何を禁忌に‥‥‥そう、封印すれば良いのか。
 一口に殺すといってもどれだけの能力となるのか。
 結局何も‥‥‥判らない。
「すみません後一つ質問を。"色彩の力"と言うのは結局‥‥‥何なの
ですか?」
 予想していない質問だったのか、翠は一瞬きょとんとした表情をす
るが、すぐにもとの微笑にもどる。
「自我を確立する上で、その色が無ければ存在として成立しない者達
のことかしらね。ま、絵の具とか色鉛筆と一緒よ」
 そう言って翠はけたけたと笑う。
 ‥‥‥‥‥‥さて。
 どうしたものなのかな‥‥‥‥‥‥。

T−3 『駆け巡る純情(1)』
 啖呵切って興信所を飛び出してきたはいいが、大体相手の事さえ知
らないのである。これではどうしようも無い。
 電柱の影に隠れて興信所の様子を伺っていると、汐耶と咲、そして
遥人が出て来る。
「‥‥‥天河さんについていけばきっと相手の女の人に会えますよね。
だって、今からお別れに行くに違いないですもん」
 どうやら遥人は咲と行く事になったらしい。
 汐耶に見つからないようにそおっと二人の後を付いて行ってみる。
 うーん、やっぱ久喜坂さんって素敵です。
 結構天河さんもカッコいいし、あの二人が恋人同士でもおかしくな
いですよね。
 ん?
 もしかするとそう言う作戦でしょうか。
 恋人がいるって言って騙して諦めさせようって訳!?
 そんなのダメ! 許せないですっ!!
 じゃあどうすればいい?
 飛び出して行って嘘だって言えばそれでその作戦はぶち壊しなんで
しょうけど、天河さんのあの様子から言って、本当のコト言って断っ
ちゃうんじゃないですかね。
 せめて相手の女の人の事が判れば、こっちも作戦練りやすいんですけど。
 自分の、水を操る能力で何かを起こす‥‥‥でしょうか。
 今日は二人を会わせない。これで行きましょ。
 そして、人物を特定して私が説得する‥‥‥!!
「よしっ!!」
 気合入れて行くぞ。何しろこれで別れられたらあたしの未来も暗雲
立ち込めてくるってものですし。
「あ、うそおっ!?」
 そんなことを考えながら後をつけて行くと、なんと二人はバスに乗
り込もうとしているではないか。
 いっくらなんでも同じバスに乗り込んだら、尾行がバレる可能性が
高すぎる。さりとて中学生のみなもがタクシーに乗って後をつけるの
はちと厳しい。
「自転車‥‥‥ですか」
 そう決めて、鞄の中から都バス路線図を取り出してみる。
 相手は大学生って話でしたよね。
 この路線に乗ったって言う事は‥‥‥京王大学??
「ちょっと賭けだけど‥‥‥ショートカットすれば間に合うかもです!」
 途中で降りて待ち合わせという可能性もある。
 だが、賭けなんだから、賭けた方を信じるしか!!
 頼みました、私の足!
 最大全速出発進行っっ!!

T−4『移動中』
 藍が通っている京王大学はここからバスで30分も乗れば着くとい
う位置関係である。
 隣り合わせた席に座った二人は、とりあえず暫く無言のままで、向
かい合う窓の外に流れる風景を遥人はずっと眺めている。
 何を考えてるか知らないけれど、きっと彼女の事なんだろうな。
「ねえ、遥人」
「何です‥‥‥えっ!?」
 考え事でもしていたのか気の無い返事をした遥人だったが、自分の
名前が呼び捨てられた事に気付いててきめんに慌てている。
「んもう、恋人同士って話でしょ? 名前ぐらいで慌てないでよ」
「そ、そうなんですが‥‥‥」
 なんか、自分の方が年上のような錯覚を覚える。
 この人ってホントはもう40近いオッサンなんだよね。なのに全く
もう‥‥‥この先思いやられるなあ。
「ええと。で、なんですか?」
「遥人って探検家だったんだよね? 今まで死にそうになった事って
たくさんあるの?」
「それは‥‥‥まあ、変な話ですけれどたくさんあります。天候の激
変や病気、事故、変わったところでは原住民とのトラブルとか。そう
言う遺跡は聖なる場所とされている場合が多いので、結構そう言う事
はありますね」
「へぇ‥‥‥」
 今までとはうって変わってすらすらと話す表情はおどおどした青年
ではなく、きちんとした探検家のそれだ。
 ふうん、この人‥‥‥こんな表情もできるんだ。
「じゃあ今まで、一番危なかったなあって事は?」
「そうです、ね‥‥‥モンゴルで凍死しそうになった時は殆ど死ぬ所
でした。モンゴルって言うと一面の草原ってイメージがあると思うん
ですけれど、だだっ広い湿地帯とか結構あったりしてその中の一つで
馬がダメになってしまったんですよ。この時は特に遺跡探索とかでは
、馬でモンゴル横断をしていたので、単独行でしたから。結局、ラマ
僧の一行に助けられたんですけどね」
 正直、想像のつかない世界ではある。
 ぼんやりと、何も無い草原のイメージはあるが、実際その大地に立
った事が無い人間にとっては想像の範囲は自ずと限られるのは致し方
ないところではあろう。
「もう、結構街の方まで頑張ったんだけどね。何せモンゴルって国は
広いし‥‥‥馬乳酒飲ませて貰って生き返ったよ」
「そうなんだ。探検家って言うのも‥‥‥その時は冒険家かな? 馬
乳酒ってどんな味するの?」
「カルピスの甘さをなくして、やや酸っぱさを足した感じかな」
「うげ‥‥‥なんか不味そう」
「結構美味しいんだけどな」
 相手のこと好きって演技するにしても、好意を持てる相手にするの
とそうでないのではやはりやりやすさと言う物が違う。
 まあ、こう言う状況があると知っているにしても、だ。
 そう言う意味ではこのバスの中での会話は有益だったかなあ、なん
て思う咲だった。

T−5『駆け巡る純情(2)』
 ショートカット、と考えたのだがそんなに楽な道程ではない事は判
っている。
 関東平野の終わりにある東京はそう多くの高低差がある訳では無い
し、一部を除けば自転車でダッシュ出来ないほどの混雑と言う訳でも
無い。
 しかし、この日のみなもにはちょっとキッツイ試練となった訳で。
 出発進行の声と共に走り出したみなもの前を‥‥‥。

 にゃ〜〜〜っ

 黒猫が飛び出してきて急ブレーキ!
「うわぁあああああっ‥‥‥」
急ブレーキにハンドル捌きを誤って‥‥‥鈍い衝撃音と同時に電柱に
自転車が激突! バランスを崩したみなもは地面に叩きつけられた。
「痛ったたた‥‥‥もう、なんなん‥‥‥です‥‥‥か」
 アスファルトの硬い地面に横たわりながら、目を開いた瞬間!
「え゛っ」
 面の前に鎮座ましましてるのは犬のう○こで。それが鼻先3mm先
位にあるではないか!!
 びっくんと反応して、それを避けると、目の前を白い物が通過して
膝の上に落下した。
「? ‥‥‥最悪です‥‥‥もうっ!!」
 
 AHOOoo〜〜

 頭上をカラスが飛び去っていき、みなもの膝の上にカラスのふんが
残された。
「こ、こんなことに負けませんっ! 頑張れあたし!!」
 鞄からティッシュを出して吹き去ると、再び自転車に乗り込んだ‥
‥‥瞬間。
「お姉ちゃん危ない!」

 ごす

 近くでキャッチボールしていた少年が後ろにそらした野球の軟式球
がみなもの後頭部にHIT!
「う、うう‥‥‥酷いですぅっーーーー!!」
 涙目になりながら猛然と走り始める。
 そうです、恋愛には障害ってヤツがつきものなんですっ。
 痛いけど、前に進むしかないんですからっ!
「あたしはこんな事には負けな‥‥‥」
 猛スピードで走るみなもの顔面に風で飛んできた何かが引っかかっ
た。嫌な予感を引き釣りつつそれを見ると。
「もうっ、ああもうっ!!」
 おっきなデカトランクスでした。
 洗濯している物なのだから、そりゃ綺麗なのかもしれないが、物が
物だけにをとめの心は傷ついて‥‥‥。
 無言でそれを地面に叩き付けると、ハンカチをポケットから取り出
して、顔を拭いてそれも捨てた。
「‥‥‥なんか、負けちゃいそう」
 ぼそりと吐いた弱音。
 だが、次の瞬間ぶるんぶるんと頭を振って、一声吠えた。
「負けませんっっ、急いであたしっっ!!」
 再び自転車に飛び乗ると、みなもは一路京王大学へ。
 はてさて、無事にたどり着けますやら‥‥‥。

T−6『図書館』
 さて、翠と別れた汐耶は図書館に来ていた。
 過去の色彩の出現例が月刊アトラスに載っていると言う事で、その
記事を確かめようと言う目的である。
 インターネットも出来るので別な色彩についても調べが付けば、と
いう狙いもあった。
 アトラス自体結構な冊数が出ているが、彼女の口調から言ってそう
遠い昔に起こった事とも思えない。
 ‥‥‥さて。
 無造作に5冊取り出して目次を手繰っていく。
 そして、2003年3月号にその記事を見つける。
 その事件は汐耶の記憶にも新しい、東京同時多発テロ事件の真相と
銘打たれた記事であった。
 東京都知事によって非常事態宣言が出されるほどの事件となったそ
れは左翼テロリストによる爆弾事件、と公式には発表されていたのだ
が。
 確かニュースや新聞のそう言う記事を見かけた気がする。
 巻頭カラーでは東京タワーが飴のように熔け始めている写真が掲載
されている。
「まさか、あの事件が色彩による物だったなんて‥‥‥」
 赤熔とされているそれは、恐らく赤、なのであろう。もし、彼のあ
おが青、であるならば、それと同等の力を警戒せねばなるまい。
 それほどの力、自分の能力だけで封印する事は出来るのか‥‥‥。
 一抹の不安を覚えながら、さらにページを手繰っていく。
 すると、記事の最後の方に、赤熔を封印して戦いは終わった、とあ
るでは無いか。
 やはり、色彩といえども封印は可能なのか。
「晴明桔梗印‥‥‥ですか」
 媒体による儀式呪法の方陣が破壊されていたので人間を媒体の代用
として発動させた、とある。
 咲がこの場にいれば専門家だけに意見もあったことであろうが、と
りあえず記憶にそれを留める事にする。
 それは一先ず置いて、今度はゴーストネットOFFの方を調べてみ
る事にする。
 ネットで検索をかけて‥‥‥あった。
 翠、のHNで書き込みされている。見つけられたのは紫、そして白
の事件の顛末であった。
 紫は阿呆な男を一人魅了して、自分の魔力の潜む本を販売させて心
に傷の或る人間から生気を吸う‥‥‥所謂夢魔のような行動をしてい
たらしい。
 結局、ゴーストネットOFFで集められた人間達により、紫は退散
させられている。赤に比べると数段落ちる印象だ。
 そして白は契約により、依頼主に邪魔な教師を学校から追放。これ
を見た依頼主は依頼の無効化を願い、ゴーストネットOFFで人を募
り、依頼の完遂を阻む事に成功。
 しかし、代償として友人が次の白に、そしてその母親が重症を負っ
たようだ。
 直接に起きた被害を見れば赤の方が強そうに思うけれど、良く判ら
ない存在ではある。
 ‥‥‥‥‥‥ふぅ。
 そして会ったあの女性は翠‥‥‥みどり、だ。
 事件の真相を知っていたり、能力について知っていたり、彼女が正
負どちらか判別は付かないが、それなりの能力を持っていると見て間
違い無いだろう。
 赤、紫、白、そして翠と四色を比べて見る。
 封印する事も退散する事も不可能ではないようだ。特に紫との戦い
では正面から戦って退散させている。
 もっとも、悪魔としての属性をもつ紫と対峙するに、エクソシスト
としてヴァチカンの神父が偶然加わった事が大きかったようだ。
 であれば、予測される能力に対抗する資料を何としても見つけ出さ
なければね。
 司書としての能力に長けた汐耶にしか出来ない仕事ではある。
 記憶の中から、ある図書館の蔵書を探し出していた。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 そう。
 国会図書館だ。

【U.透き通る、想い】
U−1 『激突! みなもVS咲  ROUND1』

 ぜーはー、ぜーはー、ぜぇぇぇはぁぁぁっ‥‥‥‥‥‥。
 右腕の腕時計を見る。
 バスが来る1分前!
 後は二人がここに向かってきてくれていることを祈るのみだ。
 そして、そのバスが見えてくる。

 とくん、とくん‥‥‥。

 ダッシュして来たのだから当然鼓動も呼吸も荒いのではあるが、自
らが賭けた一歩目の結果がここに提示されるのである。
 これで賭けに負けていたら、その次のものは限りなく厳しくなると
思われる。
 だから、胸の鼓動は運動による高鳴りだけではないようだ。
「お願いだから‥‥‥乗ってて下さい!」
 みなもの祈りが通じたのか、バスのステップを降りてくる遥人と咲
の姿があった。
 第一段階は成功って言う感じかな。
 みなもの苦労を物語ってか、足には擦り傷、腕には切り傷、頭には
こぶ、服はところどころほつれている。
「ここで二人を阻止できなかったら今までの苦労は水の泡ですね!」
 自分で言って、人魚姫の悲しい話の結末を思い出してしまった。
「あー、もうっっ! 今の無しですっっ!! 絶対成功させてみせる
んですから‥‥‥失敗なんかしないっ」
 自分に言い聞かせるように呟くみなも。
 その時だった!
「潮騒が聞こえる‥‥‥!?」
 同時に、先ほどの猛ダッシュによってくたくたに疲れ果てていた体
が、まるで十分な睡眠を取った朝のように充実しているではないか。
「海‥‥‥夏の海! 白い砂浜、広がる珊瑚礁!!」
 幻覚?
 そうではない。
 この事が後に重大な意味を持っている事にみなもは気付くのである
が、とりあえず今はこの爽快感に浸っていた。
「よっし、咲さん。あたし負けませんっ!!」

 ‥‥‥そして、対する遥人と咲は既にキャンバスへと続く小道を歩
いていた。
「さて、いよいよだけど。覚悟は出来てる?」
「‥‥‥もちろん」
 俯いてそう呟く遥人の顔を一瞥して、苦笑を洩らす咲。
「もちろん、ね。まあ、いいでしょ。今更逃げ出す訳でもないでしょ
うからね」
「‥‥‥ああ」
 妙な間開けて返事しないでよね。
 最初は、ね。
 そりゃやっぱ客観的な立場でしかないから、数年越しの恋愛なんて
すごく素敵な話だって、浮かれたけどさ。
 ちょっとの時間だけど、何か判った。
 この人もきっと彼女のこと好きなんだ。
 最初から‥‥‥考えていた事はあったけど。
 本人が目の前でこう揺れていると、なんか私も感傷的になっちゃっ
てダメだな。
 あはは、人のこと言えないや。
 でも、その気持ち大切にして欲しいな。
 ま‥‥‥私は私でプランとおりにやりますか。
 それが一番いいんだと思うし。
 気を取り直して、歩みだそうとした瞬間、急激な霊力の上昇を感じ
てその方向に注意を振り向ける。
 おかしい。
 何なの、一体。
 この学校は‥‥‥!?
 突然力が高まったそれといい‥‥‥いや、伏しているようだが強力
な霊力の持ち主も何人かいるようだ。
 ゆっくりと注意を全周に広げていく。
 あまり、歓迎はされていないみたいね。
 無意識のうちに、身体が迎撃態勢に入る。訓練によって培われた物
ではない。彼女の生まれ持った血がそうさせるのだ。
「‥‥‥どうかしましたか?」
 遥人が振り返ってそう呼びかけてきた。
「別に、なんでも」
 何にもあるっては、言えないし。
 まあ、きっと何とかなんでしょ。なんなくても何とかするだけだし、
ね。

U−2『国会図書館』
 ある本を目の前にして、汐耶はもう10分以上も同じページを見続
けていた。
 そのページには「あお」の力を封じる事が出来る可能性をもったあ
る決定的な方法が書かれているのではあるが。
 さて。
「こんなの無理‥‥‥ですね」
 結論が出たようだ。
 もう2時間以上、汐耶の司書としての能力を最大限に発揮して、資
料集めをし、そしてその本の中を調べた。
 だが、結局決定的と思われる方法は唯一つで。
 それは、人柱。
 古の昔、東西を問わずして行われた自然災害を収める目的で‥‥‥
いや、神格化した自然に対してそれを鎮撫する目的で生贄を捧げてき
た。
 西洋では早い時代にそれは羊に、そして他の供物となっていったが
日本ではつい明治までそれが行われていたという記録がある。
 だが、あながち迷信だと言うだけでなく、贄となる人柱の者の霊力
の高さにより気候に対して猛威を振るう事を止めさせる効果があった
と多くの伝書が伝えている。
 汐耶が手にとっていたのはその中の一冊で。
 そう言えば‥‥‥興信所にいた高校生の子って確か陰陽師だとかな
んとか言ってなかったかしら。
 と、するなら陰陽師は確か形代の術式を持っていた筈。
 でも、霊力の点で不安が残りますね。
 どの程度の術者であるか判らないけれど、実際あおに支配された(
?)人物に誤認させる事が出来るだけの物を作る事が出来るのかしら。
 大体、彼の理性と言う物が少しでも残っているなら、この人柱を受
け入れる筈も無く、逆効果になる可能性もありますね。
 この策はこの策として持つとして、他に何か見つけないと。
 受けた仕事は最後まで責任を持たないと、ね。
 とりあえずこの場所に求める情報はもう無いと、汐耶は席を立つ。
 次は‥‥‥やっぱ、あそこかしら??
 まずは面会の予約をしようと、携帯を取り出して電話番号を調べる
と、確定した番号に発信する。
「‥‥‥はい、こちら高峰心霊研究所」

U−3 『激突! みなもVS咲  ROUND2』

 我が友にして 数多の生を産みし母よ
              召喚に応じ 蜃なる気を吐き賜え

 ‥‥‥ちゃぽん。
 キャンパスを流れる小川に右手を差し込んで、そう唱える。
 一見して、何も起こったように見えないが。
「これで何とか。後は、相手が誰か‥‥‥ちゃんと把握しないといけ
ませんね」
 大学って言う場所は何しろ人が多い所で、その学校一つが一つのコ
ミュニティを形成していると言っても過言ではない。
 中学生のみなもがそんな場所を堂々とうろうろする訳にも行かない
筈なのではあるが、誰も彼女に奇異の目を向けたりはしていない。
 実は既に幻惑の術を使っている。
 彼女自身にその知識は無いが、深い信頼関係で結ばれている水の精
にしてみれば、その程度の事はお手の物だ。
 言わば簡単なお化粧みたいな物といってもいいかもしれない。
 それはそうと、先程掛けた術の効果がそろそろ現れ始めたようだ。
 昔船乗りが恐れた3つの海の事象のうち1つ。
 1つに大自然の前に人間の卑小さを思い知らされる嵐。1つに足を
止められ、行くも戻るもままならぬ凪。
 そして、もう一つは目を奪われて、航路を外れているのではないか
との猜疑心を抱かせる濃霧‥‥‥霧である。
 その一番最後のそれが、大学を覆いはじめた。
 もともとこの京王大学のキャンパスは譜代大名の庭園跡に立てられ
たものであり、池や小川が綺麗に配置されている。
 そのため、都会の中とは思えぬ緑の多さと水の豊かさで、学生には
随分と良い環境と言えるだろう。
 と、言うわけでみなもには力の行使がしやすい場所と言える。
 それに先程からの訳のわからぬ力の充実。
 あっという間に5m先も見えぬ程の霧が立ち込めていた。
 そして、突然の霧に戸惑う遥人。
「参りましたね、いつもはこんな霧なんか出ること無いのに」
 その呟きが聞こえているのかいないのか、咲は難しい顔をしてこの
霧を見つめている。
 ‥‥‥普通の霧じゃない。
 水臭い、と言えばいいのだろうか。独特の霧のにおい。
 それに混じってある意図が感じられるのだ。
「なんか、嫌な感じね」
「‥‥‥どうかしましたか?」
「別に何でも」
 不機嫌になったように見える咲を、何か心配そうに見つめる遥人。
 実際、不機嫌というよりは警戒しているだけなのであるが、現時点
でそれを遥人に伝えるべきではないと思ったのだろう。
 リボンが結界を張る事も無い程度の霧である。ここでいらぬ心配を
させることもないと。
 だが、その遥人の表情から言って、別の心配をしているようだ。
 そんな二人の前に。
 現れた影が一つ。
「あ‥‥‥藍さんっ!!」

U−4『高峰心霊研究所』
 深淵なる東京の闇の狭間に立つ、高峰心霊研究所。
 ここにはある時期からの東京のもう一つの歴史が綴られていると言
う。知に携わる者なら興味をそそられて当たり前の場所だ。
 とは言った物の、今回の目的はそれでは無く、色彩の能力を封じる
事、またもしあるならば過去のあおの出現例なども調べたいところで
ある。
 
「にゃお〜ん」

 そんな思いで、研究所の前に立った時であった。
 一匹の黒猫が(まさかみなもの前を通り去った猫ではあるまいが)
歩み寄ってきて、汐耶の顔をじいっと見つめている。
「キミ、ここの猫なのかな」
「にゃん」
 そう返事するように一言鳴いたかと思うと、くるりと踵を返して建
物の方へ向かう。
「にゃおん」
 立ち止まってそれを見ている汐耶のほうを振り返ると、黒猫は一声
鳴く。まるで何かを催促するように。
「もしかして、着いて来なさいって事?」
 そう言って汐耶が黒猫の後を追うように建物の方に歩いて行くと、
それに合わせるかのように猫も前を進んでいく。
 そして黒猫が扉の前に立つと、ゆっくりとドアが開いた。
 中には誰もいない。
 かと言って、自動ドアのような設備があるようにも見えない。
「入れって事なのかしら、ね」
 玄関と思われる場所に立つ。
 中を覗き込むと、まだ日没まで大分時間があると言うのに薄暗く、
年代を感じさせる西洋の骨董品等が置いてあるのが見える。
「ようこそ。綾和泉汐耶様ですね。私、当研究所所長の高峰沙耶と申
します。御用件の向きは伺っておりますので、どうぞ中へ」
 深いスリットの入った黒いドレスを身に纏っている女性は、昼間の
この時間にその服装であっても不自然さを全く感じさせぬ妖艶な微笑
を漂わせている。
 まるで、時間だけが中世ヨーロッパにスリップしたような感覚すら
覚えさせる。
 言葉のままに中に入っていくと、大きくふかふかのソファに座るよ
うに促され、その柔らかな感触の上に腰を置いた。
「ハーブティでよろしいかしら?」
「出来れば、コーヒーで」
 奥から運ばれてきたそれには一寸アルコールが垂らしてあるのか、
ふうわりとした香りが鼻腔をくすぐる。
「で、色彩の者の話でしたわね。出来うるならば関らないのが一番だ
と思うのですが、そう言う訳には‥‥‥」
「行きません。仕事ですから」
 淡々とした汐耶のその口調に何かを読み取ったのか、苦笑を洩らし
て首を振った。
「ならば。相応の覚悟はある物としてお話させていただきます。御依
頼の色彩の封印に関しての事ですが。不可能ではありませんが、限り
無く難しいと言わざるを得ません。赤の暴走の事件は御存知かと思い
ますが‥‥‥」
 そう言って沙耶は一度席を立つと、革表紙のファイルを本棚の中か
ら取り出して持ってくる。
 そして、中から一枚の真新しい紙を取り出して、汐耶の前に置いた。
「これが赤を封印した"五行芒星の式法"です。本来の安倍晴明の紋は
六芒星ですが、彼はこちらの五芒星の使用もしたようで、その術式も
残されています。ですが、これは膨大な力と時間をそこに配した儀式
法であり、破壊されていたとは言え、残っていたその力を利用した物
です」
 正直な所、五行芒星の式法と言われてもそう詳しく理解する事は難
しい所ではある。
「その、五行芒星の式法と言うのはどのような術なのですか?」
「本来五芒星と言うのは放出の力を持つ印です。術式は流派ごとの秘
法ですから詳しい事は判らないのですが、拠り所になっているのは中
国の易経にある"陽極まれば陰となり、陰極まれば陽となる"という理
論だと思われます」
「‥‥‥‥‥‥赤の反対の色はあおではないのですか? もしそうだ
とするのなら、この理論の逆を行けば‥‥‥即ち陰極まればあおの力
は弱くなるのでは無いでしょうか?」
 その汐耶の言葉に少々困惑した表情で沙耶は答える。
「儀式法が行われる場所に置いては、その術法に耐えうる空間が元よ
り準備されています。判りやすく言えば結界の中で、なのですが。陰
の力を極めて陽と成すのは陽の力を極めるより簡単です‥‥‥が、危
険は逆に大きくなります。京の都とまでは行かないものの、東京にも
強力な魔や霊が封じられているところがあります。その封印にかなり
の影響を及ぼし、場所によっては封印の決壊も考えられます」
 考えていたより難しい物である事は理解できた。
 他に‥‥‥方法は‥‥‥方法、と言うだけなら‥‥‥‥‥‥。
「人柱、というのはどうでしょう。勿論実際の人間を使う訳には行か
ないので、形代を用いてと言うのは。幸いな事にこちらの同行者には
陰陽師がいますし」
 汐耶の言葉にかすかに身を乗り出してくる沙耶。
「いけるかもしれませんね。あおの性質如何とは思いますが、あおに
縁のある人物を模した形代を用いるならば。で、その陰陽師の名前は
何と仰います?」
「久喜坂咲さん、と言ったかと思います」
 その名前を聞いて、今度は別のファイルを持って来てぺらぺらと頁
を捲った。
「血統としては‥‥‥文句ありません。彼女、もう少し修行に打ち込
めば良い術者になれるのでしょうが。まあ、不可能ではない、と申し
上げておきます。彼女と力とあなたの封印能力があれば」

U−5『激突! みなもVS咲  ROUND3』
 突然として現れたのは藍、そう紺野藍(こんの・あい)であった。
 あのアルバムの写真の通り、可愛らしい女性である。
 ‥‥‥事前の筋書きは、この女性の前で恋人同士を演じる、と言う
物だったが、何故か咲は厳しい視線を崩さない。
「藍さん‥‥‥実は‥‥‥‥‥‥」
「我求其訴 蓮光天符 滅幻惑消 急急如律令!!」
 咲は胸ポケットから呪符を取り出すと、なんとそれを藍に向かって
投げつけたではないか!
 そして、その呪符は咲が唱えた呪文を受けて急激にスピードを上げ、
衝突の瞬間強烈な光を放つ!!
「えっ‥‥‥なっ、何するんですか!?」
 遥人のその言葉が終わらないうちに光は失せて、藍の姿は忽然と消
えていた。
「こ、これは??」
「‥‥‥‥‥‥幻惑の術。ったく、こんなんで私を騙せるとでも思っ
たのかな?」
 誰かは知らないけど、ちょこざいなっ!!
 咲のイラつくのも無理は無い。術の程度としてはそこまですごい物
ではないのだ。ただし、広範囲にこれを張っているとするなら些か厄
介な代物ではある。
 だが、この術そのものは二人を直接騙す意図で使われたのでなかっ
た。
「ふぅ〜ん、やっぱし綺麗な人ですねっ」
 木陰の中から、その様子を見ていたみなもは一人呟く。
 実は蜃気楼の術の他に、今みなもが行使したのは水鏡の術とでも言
えばいいのだろうか。対象の意識を空間に投影する、ドッペルゲンガ
−現象の応用みたいな物である。
 とは言え、出した人物が死ぬなんて効用はつかないが。
 今、藍に会いに来た遥人の心には彼女の姿が鮮明に想われていた、
と言う事なのであろう。
「あんなに綺麗に出るんだから嫌いなわけなんかないですよね、天河
さん。なら、あたしのしてる事も間違ってない。頑張らなきゃ!!」
 既にいくつか手は打ってあるけれど、絶対とは言い切れない。
 今のだってあっさり見破られたし‥‥‥うーん咲さん侮り難し!?
 まあ、それはそれとして。
 この至近距離で集中をすれば、咲に居場所を見破られないとも限ら
ない。
 魔力を含んだ霧の中をもう少し離れれば、いかに咲とて捕捉する事
は不可能だろう。
 安全な場所へ移ったらさっき見た藍を探そう。
 そんな事を考えつつ走り去っていくみなも。
 対して、咲はぴりぴりしながら呪符を取り出す。
「式神の行動も阻害してくれるみたいね、この霧。厄介だな」
 霧自体を払う事も考えるがまさかこの場所で刀や薙刀振り回す訳に
もいくまい。目立ちすぎる。
「相手が悪い、なんて泣き言言えないわね。なら、こっちだってそれ
なりの手段に訴えてやるっ!!」
「咲さん!?」
「伏せてて!!」
 水に対するは炎、なんて物を大学内で使えるわけも無く。
 咲は地面に呪符を貼り付けると、外縛印を結んで地面の符に向かっ
て振り下ろす。
「我求其訴 天威蒼空 風巻廻起 急急如律令!!」
 そう咲が唱え終わると同時に呪符は回転しながら空へと飛び上がり、
ほっかりとそこに霧の晴れた穴があく。
「これで、暫くしたらこの厄介な霧も大分晴れるでしょ」
 一息付いた咲は何か背中にチリチリと痛い感覚を受けて後ろを振り
向く‥‥‥が、そこにいるのは遥人だけである。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無いよ。それより、早く本物の藍ちゃん探しにいこ!」
 本当に何でもなかったのかな。でも、隣を歩く今は何も感じないし
‥‥‥どうなんだろ。

 そこにある陥穽を、みなもも咲も気付かずに踏んでいた。
 そう、既に始まっていたのだ。
 この時点で。

U−6 『車内』
 もし、完全な力の覚醒が済んでしまえば、いかに人柱とは言え鎮め
きれないでしょう。
 見出した可能性を冷静に分析する汐耶。
 その結論は高峰心霊研究所を訪れた後でも変わらなかった。
 なんの役に立ったかと言えば、この策一本に絞っていくしかないと
結論付けられた事だろう。
 可能性はある、と断言していた沙耶のことを思い出す。
 私の封印能力の及ぶ範囲でなら確率は跳ね上がると思うのですが、
あおの姿が見えていなければ、全くと言って封印は効果を現さないで
しょうし。
 チャンスは一瞬。
 逃せば、後は殺すしかない。
 けれど、簡単に殺すって話を受けてしまったけれど話が判っていく
につれて、それが難しい事だと言うのも判ってきていた。
「一人頭割って150万‥‥‥草間さんに一割渡すとして、135万
ですか‥‥‥ちょっと安かったです」
 金額が問題では無いのだが、仕事に対する評価がそれかと思うと、
思わず苦笑してしまう。
 もしかするとその金額の為に死んでしまうかもしれないから。
 恐怖を感じない人間はどこか壊れているのだろう。
 無論、それに気付いてしまった汐耶も、心のどこかを恐怖に支配さ
れている。
 だが、この仕事をする者として、それをコントロールする術も身に
つけていた。
 妙に空いている道を、いつものスピードで走る汐耶の車。
 ともすると焦りからアクセルを踏み込もうとする自分もいる。
 けれど、自分に勝てぬのにどうしてこれからある困難に立ち向かっ
ていけるというのか。
 平常心でいる事は無理。
 けれど、物事を客観的に見る事は無理では無いでしょう。
 もし、事故を起こしたりしたら、それこそ笑い話にもなりません。
 唯一気がかりは、自分が到着する前に覚醒が始まってしまうのでは
ないかと言う事。
 翠の話では一週間以内と言う事で、そこまで切迫している訳では無
いようではあったが‥‥‥。
 ボタンの掛け違いがこの時点で成されているとは汐耶には分かり得
る筈もなかった。
 車は一路、京王大学へ。
 その刻は、確実に速度を速めて近付いてきていた。
 斜面を転がり始めた雪玉が、やがて雪崩となるように。

U−7『激突! みなもVS咲  ROUND4』
 さて。
 本物の藍は今何をしているかと言うと‥‥‥。
「霧か‥‥‥やだな」
 この日受ける予定の講義は総て終わったので、今日はサークル活動
に参加せずに素直に帰る所だったのである。
 だが、何か彼女の周りの霧は一方向だけ晴れていて、何かそちらに
誘導するような‥‥‥しかもそれが帰り道方向だったりするから迷う
事なしにそちらに進んでいく事になっていた。
「視界が真っ白いとガッコでもなんか冒険って感じだな。んー、こん
なのでビビってたら遥人さんについてくなんて無理だし」
 自分なりにそう気合を入れて歩いて行く。
 いつもなら人が溢れているこの時間帯の大学。
 中には路上に座り込んでUNOをやったり、ゴミを投げ散らかして
いる連中もいた。特に男子学生に多いそれを見て藍ははっきりと同年
代の男連中に失望感を覚えていた。
 それは大学に入る前からであったが‥‥‥と、言う事で遥人に対し
て抱く想いは日を重ねるにつれて大きくなっていた。
 同時にたまに旅先から届く手紙には彼の弱さが垣間見えたりして、
何故かそちらには胸が締め付けられるようにいとおしく感じてしまう
やら心配になってハラハラするやらで大変な藍なのであった。
 明日はそんな人とデート。
 未来のための貯金をするためにやってるサークルのガキな男連中に
構ってる暇なんか、正直無い。
 その時、目の前に一人の女性が走りこんで来た!

 くうっっ!!

 電流が身体に走ったかと思わせる程の充実感。
 多分あたし、今なら誰にも負けない気がする。
 そんな昂揚感を覚えながら、目的の女性に先にたどり着いたのはみ
なものほうだった。
「‥‥‥藍さん、紺野藍さんですね?」
 水鏡に投影された知識はその名前すらも、術者に伝えていた。
 だが。
「‥‥‥どこの中学生? 誰かお兄さんかお姉さんでも探しに来たの
かな?」
「えっ、ど‥‥‥どうしてです!?」
 何と、藍には全く幻惑の術は通じていないのだった。
 慌てるみなも‥‥‥そしてもう一方の訪問者、咲と遥人は‥‥‥い
や、遥人はただ戸惑うだけなのであるが咲はいい加減怒り心頭怒髪天
を突く勢いで怒って(いかって)いた。
「もおおぉぉっっ、ほんっとくっだらないトラップ仕掛けて! 絶
対に許さないんだから。術者簀巻きにして多摩川に捨ててやるっ!」
「咲さん、落ち着いて‥‥‥」
「るさいっ、私はほんっとおに怒って(しつこいようだけど、いかっ
て)るんだからあっ!!」
 さて。
 そう怒りんぼうなほうって訳でも無い先がここまで怒り狂ってるの
にはやはりそれなりの訳がある。
 遡る事10分前に、まず最初のそれは起こった。
 霧に竜巻が大分霧を飛ばしているとは言え、その周辺は少しそれが
残っており、魔力が飛散して実に感知などし辛い状況であった。
「何か、ヤな予感がするのよね。早く藍ちゃんに会っ‥‥‥ひゃっ!!」
「さ、咲さん!?」
 咲の後頭部を突然消防車の放水のような水流が襲い、その反動で地
面に顔面から突っ込んでしまったのだ!
「いっ‥‥‥たあっっ!! 一体何なのよぉっ!?」
 体勢を立て直して、その水流の方を見ると‥‥‥なんと!!
「ムッカつくっっ!!」
 なんと、その水流の主は股間の部分が崩れ落ち、そこから異常な水
流を発している小便小僧で。
 笑ったら恐らく殺されるこの状況で、賢明にも遥人は笑わずに立ち
上がろうとする咲に手を貸した。
「大丈夫ですか?」
「うん‥‥‥だいじょぶ、だけどね」
 何かをこらえているのか、ぴくぴくと口許が震えている。
「だけど‥‥‥ふひゃっ!!」
どっしーん!
「な、なんなのっ!? う、うわっっ!!」
どっしーん!
「さ‥‥‥咲さん??」
 なんと、咲の靴の裏にさっきの小便小僧の出した水が纏わりつき、
つるんと足元をすくって転ばせるではないか。
 水の精霊の悪さ!?
 そう感づいて、反撃しようと印を組もうとすると、なんと水は総て
地面の中に吸い込まれていって、そこには何も無くなっているではな
いか。
 これでは怒りのぶつけどころが無い。
 必然的に咲の怒りはこの精霊を使役していると思われる術者に向け
られる事になり‥‥‥先ほどのシーンに戻るのである。
「絶対に許さないっ!」
 さて、こんな激怒している女性の隣を歩いている男はどうすればい
いでしょうか?
1.怒ってるキミもキュートだね、なぞと言う
2.怒りに触れないように黙っている
3.怒りを紛らわす為に全く関係無い話をする
4.逃げる
5.何か判らないけど謝ってみる
 で。
 1と4を選んだ人はとりあえず死んできてください。
 5番を選んだ人はちょっと気が弱すぎです。
 ちなみに遥人の選択は3番だったようで。
「‥‥‥ところで、もし私が青の力に目覚めたら。咲さんは殺してく
れますか?」
「今それどころじゃ‥‥‥」
 無い、と言いかけて。
 遥人の言葉の重さに考え直してその先を言うのを止める。
「ごめん、今の事よりそっちのが大事よね。でも私は汐耶ちゃんが封
印の方法見つけてきてくれるって信じてるから。だから、そっちの未
来は信じない。だから、有り得ないから」
「‥‥‥そっか」
 寂しそうな笑いを浮かべる遥人。
 有り得ない。
 本当にそうなのだろうか。
 家名の為に、誇りを掛けて。なんて思った事は一度も無い、けれど。
 もし、負の力に目覚めた遥人がその力を破壊と殺戮のために行使し
始めたら‥‥‥それでも有り得ないのだろうか。
 いや、止めよう。
 私の信じる未来には、それは無いから。
 絶対に‥‥‥‥‥‥。

U−8 『そして、終幕?』
 パタン、と音を立てて車のドアを閉める汐耶。
「ここが京王大学か‥‥‥」
 自分の出身校でなければ、よっぽどの用事が無い限り他の大学など
見て歩く機会なぞ無いだろう。
 まあ、大学によって似たり寄ったりの場所もあれば、全く違う所も
あったりする。
 普段なら興味深い光景であったかもしれない。
 だが、今はそれどころではない。
 携帯を取り出すと、事前に決めていた通り咲に電話を掛けた。
「もしもし、綾和泉です」
 かかった所を見ると、あおの力に遥人はまだ目覚めていないのであ
ろう。もし目覚めていたらそれどころではないだろうから。
「あ、汐耶ちゃん。実は‥‥‥まだ藍ちゃんに会えて無いの」
「そう、ですか。もう帰られたのでは?」
「遥人さんの話に寄ると、サークルがあるからまだいると思うって事
だけど、ね」
 ちょっと微妙かな、と汐耶は思う。
 デート前日に疲れ切るのが判っているサークル活動をしていくかな、
と言う部分で。
「判りました、じゃあもう少し探してみてください。何かあったら連
絡して下さい。東門の駐車場にいますから。それはそうと、キミ形代
は作れますか?」
「えっ‥‥‥いや、そりゃ作れるけど。けどどうして?」
「出来れば直ぐにでも準備して欲しいんです。天河さんには内緒で」
「‥‥‥無理とは言わないけど、難しいかな‥‥‥」
「絶対に必要なんです。あおを封印する上で」
「‥‥‥‥‥‥なら、無理しないとね」
「では、よろしく」
 そう言って通話を切る。
 まあ、恋の結末は事前の打ち合わせどおり咲に任せよう。
 今日のところは覚醒は無いだろうし‥‥‥あるかもしれないけれど、
直ぐに連絡をくれれば間に合うはず
 そこまで大きな霊力が発生するなら自分であっても場所の特定は出
来るだろう。
 ここまで来たら僅かな時間のロスを焦って心を揺らすより、冷静で
いる事が必要だ、と汐耶は思いながら深呼吸を一つする。
「あおか‥‥‥このあおぞらのあおなのかな」
 咲が起こした風は既に東門の方の霧を吹き飛ばしたようだ。無論、
そんな事を汐耶が知り得る訳も無く、ただ、空を見上げる。
 と、同時に上空の要らないものも総て飛ばしてしまっていたのだろ
う。その空は限り無くあおく、そして澄み渡っていた。
 その汐耶の通話相手の咲は頼まれ事にちょっと悩んでいる。
 ‥‥‥うーん。
 そりゃあ、形代は作り慣れているけど。
 この人にばれない様にって言われてもなあ。昨今の陰陽師ブームで
テレビ等にも形代が映っていたことがあったし、知らないって決め付
ける訳にも行かないし。
 だからと言って、トイレに行くとか行ってどっか場所見つけて作る
にしたって、こんな知らない大学の中で、そういい場所が見つかるな
んて希望的観測持つのもな。
 いや‥‥‥何も建物の中で無くてもいいか。
 幸い妙な霧もあるし、後は祓いで場所を浄化しさえすればいけるか
も知れないし。
「遥人さん、私ちょっとトイレ行ってくるね。だから、あそこの階段
のとこで少し待っててくれるかな?」
「あ、うん。判りました」
 そして、少し遠回りをしてちょっとした茂みの中に入って辺りに祓
いを行ってその周辺を浄化する。
 そして、念のため四方に式神を配して警戒させつつ、精神集中を行
い一気に形代を作ってしまう。
 大抵の術者ならこの作業は小一時間程度は余裕でかかる物である。
 正式な精神統一、呪などを唱えつつ、祈り、それから作成に入るの
だから。
 だが、咲の場合は流派に武術的要素が入っているからなのか、その
精神統一が瞬間で行える。これは随分と強力な強みだ。
 本人がそれを自覚‥‥‥はしていないだろうけれど。
 だが、大分霧も晴れてきたようだ。
 辺りを警戒しつつ、そこから離れる咲。
 ん?
「霧が晴れてきたってことは、使える‥‥‥かな?」
 四方を警戒させていた式神に、藍の写真を思い浮かべてそのイメー
ジを伝える。
「この人を探してきて。急いでGO!」
 そしてそれを飛ばした後、何事も無かったかのように遥人の所へと
歩いていった。
「ごめん、少し迷っちゃった」
「うん、初めてのところだから無理ないよ」
 何の疑問も挟む事無く遥人はそう答える。
「さ、早く藍ちゃん見つけて踏ん切りつけないとね」
 その咲の言葉には答える事無く、遥人は前を見据えて隣を歩きだし
た。その表情には何かを堪えるような陰りが差していた。
 その二人の捜し求める女性。
 ついに見つけた藍の前でみなもは‥‥‥おろおろしていた。
 まさか他の人殆どに効いている幻惑の術を何の対抗措置も取らずに
見破られてしまうなんて!
「えっと‥‥‥天河遥人って人は」
 知っていますよね? なんて言葉が続く筈だったのだが、その名詞
が出てきただけで藍の表情はぱあっと明るくなる。
「あ、もしかして遥人さんの妹さんですか?」
 違います、と否定するのは簡単だけどな。
 もしかすると妹ってコトにした方がお話は楽かもですよね。
「‥‥‥あの。兄の事で少し相談があるのですが」
「相談? 良いけど‥‥‥じゃあそこに座って話しよっか」
 藍の指差した先にはベンチがあり、二人はそこにとりあえず腰を掛
ける。
「それで、相談って?」
「‥‥‥単刀直入に聞きます。藍さんは兄の事好きですか?」
「うん、好きだよ」
 そのみなもの言葉に藍は一片の迷い無く、即座にそう答えた。
 普通なら少し照れてみたり躊躇したりしてもいい、とは思うのだが。
「本当にですか?」
「ん。本当に」
 この人なら‥‥‥。
 みなもは自分の中の信念をもう一度口の中で反芻する。
 愛は無敵‥‥‥奇跡だって起こせる!!
「もし‥‥‥もしですよ、兄が普通の人間じゃなくなるとしても‥‥
‥ですか?」
「‥‥‥‥‥‥ごめんね」
 一瞬の間何かを考えたその口から謝罪の言葉が出た事で、みなもの
目が潤んでくる。今にも‥‥‥泣きそうな気分。
 続くのは否定の言葉?
「仮定の話なら、仮定でしか答えられないかな。でもさ、きっと。私
ずっと遥人さんのことは好きだよ。例え、何がどうあろうと」
 ‥‥‥‥‥‥。
 潤んだ瞳からこぼれる、一滴の涙。
 それは失望の物ではなくて、嬉しさから。
 そしてそれが決定的な言葉を言う決断をさせる。
「兄は‥‥‥今日きっと藍さんに別れを告げに来ます。兄は何か強力
な力に覚醒して、自分が自分で無くなるかもしれない。だから、自分
が自分であるうちに別れたいって」
「‥‥‥私、遥人さんに会わなくちゃ。あなたには悪いけど‥‥‥本
人の口から聞かないと信じられないよっ!!」
 ついさっきまでは年下に対する優しいお姉さんの顔で話をしていた
藍もその言葉にそんな余裕は吹き飛んだようだ。
「藍さんっ!」
 突然走り出した藍の髪の毛がふうわりと風に舞う。
 光を浴びたその髪は"あお"く煌めいて、みなもの目に飛び込んでき
た。その時一つ、大きく心臓が飛び跳ねる。
「も、もしかして‥‥‥藍さんもっ!?」
 そして!
 式神が藍とみなもの姿を捉えてから、遥人と咲がそこに到着するま
で5分とかからずにその求める人物の前に立っていた。
「遥人さんっ!!」
 だが、鍛えた藍の脚は相当な俊足で。
 みなもはやや後方に置いていかれている。
「藍‥‥‥さん」
 式神に与えた咲の命令は見つけ出す事。つまり、先程の藍とみなも
の会話は捉えてはいない。
「‥‥‥あ、藍さん。実は‥‥‥‥‥‥他に付き合っている人がいる
んだ。この人で‥‥‥」
「初めまして、遥人の恋人の久喜坂咲って言います」
 走ってきた為内心それどころではないのだが、恋敵に対する挑戦的
な視線ってヤツを藍に向ける咲。
「だから‥‥‥今日限りでもう、会えない」
「そう言う訳だから。遥人さんの周り、ちょろちょろしないでね。あ、
電話とか手紙とかも迷惑だから」
 おし黙って、遥人と咲の言葉に耳を傾ける藍。その肩はふるふると
小刻みに震え、両の手はぎゅっときつく握られている。
 そして、二人の言葉が終わったところでゆっくりとした歩調で遥人
の正面すぐまで歩み寄ってきた。
「遥人さん!」
 その握り締めた拳は正確に正中線上にある神闕(しんけつ)や天南
(てんなん)と呼ばれる急所、まあ要するにへそを射抜く。
 何しろ、その辺の男子よりよっぽど強くなった藍の一撃である。
 そんな事を全く予測していなかった遥人は、がっくりと地面に膝を
落としてしまった。
「他の人が好きなら‥‥‥それはそれで仕方ないけどっ! さっき妹
さんに聞いたんだけど。何か判らないけど力に目覚めて、自分じゃな
くなるから私と別れたいって‥‥‥もし、そっちの理由があるんだっ
たら‥‥‥‥‥‥遥人さん、私はあなたを許さないからっ!!」
「妹!?」
 その場にいた、藍以外の二人。遥人と咲の頭の中に一人の少女の存
在が思い浮かんだ。そう、海原みなも、だ。
 先手を取られた‥‥‥けれど。
 総てを判ってその言葉を言うなら、咲はその続きが聞きたい気持ち
になっていた。
「‥‥‥そうですか‥‥‥知ってしまったんですね。それなら、尚更
です。藍さん、ごめんなさい。私は自分が自分じゃなくなって、あな
たを傷つけたり、最悪殺してしまうかと思うと‥‥‥そんな自分に耐
えられないんです。正の力、負の力、覚醒には二通りあるらしいです
が、そんな2分の1の賭けにあなたを巻き込めない!」
「‥‥‥その人なら良いって言うの?」
 涙の溢れ出した瞳でジロッと藍は咲の事を睨みつけてから、ひざま
づいたままの遥人の手を取って‥‥‥自分の左胸にその手を押し付け
る。
「‥‥‥‥‥‥傷つけてよ! 殺してよ!!」
 嗚咽とともに搾り出すように藍はそう言い放った。
「私は‥‥‥私は! 遥人さん‥‥‥あなたのものだから。壊されて
もいい、殺されてもいい。私はあなたの隣から逃げ出したりしないっ
!!」
 言葉の最後は絶叫と化して。
 咲も後から駆けて来たみなもも目の前の光景に心を奪われていた、
その刹那の瞬間!!
 透明な何かが、藍の背後に降り立った。
 殺気!?
 咲がそれを感じ取った瞬間、髪を纏めていたリボンが結界を張る!
「は‥‥‥ると‥‥‥‥‥‥さん」
 結界が破れる衝撃が辺りを震わして、藍の背中に真紅の血が滲んで
いく。そして透明なそれに藍の血が纏わり、人間の手がそこにあるの
が見て取れた。
「ちっ‥‥‥」
 その手の少し上から低い唸り声のような舌打ちが洩れる。
 気配がそこを離れようとする中、ゆっくりと遥人の胸に崩れ落ちて
いく藍。
 声にならない叫びがキャンパスを震わして、藍を抱きしめたまま泣
き崩れる遥人。

 そして。

【V.限り無く広がる光景に】
V−1『血脈狩り』
「始まったっ!?」
 東門前駐車場で待機していた汐耶は急激な力の高まりを感じてそち
らの方向へと急ぐ。
 近い。
 それを感じながら走る汐耶の目に映る大学は、些か異様な雰囲気を
漂わせていた。
 人が殆どいないのだ。
 平日のこの時間帯、学生で溢れ返っている筈なのに。
 小中高の学校とは違い、全員が同じ時間帯に授業を受けて、と言う
訳では無い。取る学生もいればそうでない学生もいる。
 だが、今日は‥‥‥建物の中に人の気配はするのであるが‥‥‥。
 好都合と言えば好都合である事は間違いない。
 部外者である自分がどう走り回ろうと誰にも何も言われないのだか
ら。
 そんな事はまあ、どうでも良い。急がなければ!
 汐耶が向かう先、あおの覚醒が始まっていたその地では"透明"な者
の前後にみなもと咲が立っている。
「一体、何者なのっ!?」
『フンっ。愚民に名乗る名は無いわ。しかし青の眷属が2色もあると
はこれは僥倖。回収させていただこう』
 ヴォン‥‥‥。
「させる訳無いじゃないですか‥‥‥あなたの目的がなんであれ、そ
んな事は私には関係ありません。だけど、藍さんを傷つけた代償は払
っていただきますからっ!!」
『小娘、貴様も青の力を持っているようだな。ふ‥‥‥ふはははっ。
あーっはっはっはっは!! 色彩の眷属の魂を抜こうとする者に、そ
の力を持って対抗か。蛙の小便程も効かぬわっ。うつけ者が』
「煩いっ!」
 みなもが手を振るうと、その男の足元から爆発的に水が噴出した!
『愚かな‥‥‥』
 いきなり戦闘に突入したみなもと男。
 対して、咲はあおい光に包み込まれている遥人と藍を気遣って、男
を牽制するために二人と男の間に身体をおいて、両方の様子を伺って
いた。
 早く‥‥‥早く来て、汐耶ちゃん!!
 恐らく男の言葉通り、みなもの攻撃は全く通用しまい。
 透明と言ってもその余裕ぶりはお喋りな口調から良く見て取れる。
 少し頭が働けば、無言で立ち回ればいい話だというのに気付くだろ
うに。
 汐耶が封印の手段を手に入れてくれれば、後ろに注意を払う事無く
戦える。そうこうしているうちにも、背中に感じるプレッシャーはど
んどん大きくなっていた。
『ふははは、効かぬ、効かぬわあっ!!』
「‥‥‥うつけはあなただったと言う訳でしょうね」
 水流を全く苦とせずに立っているその男にそう言葉を投げ掛けるみ
なも。
『ふざけるな小娘っ!』
 自分では気付けないのか、そう吠える男。だが結果は明らかで、そ
の効果は咲の目にも明らかであった。
 水煙にけぶる周辺は白一色に埋め尽くされていて、透明‥‥‥つま
り無色のその男の部分だけうっすらと人影が描き出されているのだ。
 好機は確実に活かさなければ!
 ならば!!
 鞘走る音は衣擦れの如く細やかで、滴を切り裂く濡れる刀身は一陣
の風の如くあった。
 抜刀術に要らぬ呪言は不用。臍下丹田から直に吐かれた息は、刃を
伝わりて敵を討つ。
 古伝その物の咲の振るった刃は男の透明な身体を切り裂いていた。
 場所柄、薙刀の携帯はいくらなんでも、と思い所持はしてきていな
いが、この大学にも剣道部は存在する。
 つまり竹刀袋に真剣を入れて持ち歩いても然程目立ちはしない訳で。
『おのれ‥‥‥」
 切られた所から鮮血が噴出して、透明な中に濃桃色の筋が見え隠れ
する。恐らく、呪力を持った衣か何かを纏っているのであろう。
「貴様、許さんっっ!!」
 先ほどまでの空にから響くような声ではなく、段々はっきりとその
醜い顔の線が見えてきて、きちんとその口の中から声が響いてきてい
る。
 だが!
 徐々に進行していた覚醒はここに来て一気に力が解放されてきてい
た。完全に目覚めるまで、もう僅かな時しかないような、そんなプレッ
シャー。
『許さない。許さない‥‥‥許さない!!』
 そして、そのあおの力が二人の目の前で炸裂する!
「な‥‥‥なんだこれは‥‥‥息‥‥‥い‥‥‥き出来な‥‥‥」
 男の身体が、風船のように膨れ始めた。鼓膜が破れたのか耳の辺り
が血に染まり、目玉が飛び出さんばかりに前にせり出してきている。
 だが、その効果は皮膜のように空気が回流している男の周りだけで
あり、直ぐそばにいるみなもや咲、そして藍にも全く何の変化も無い。
「も、もう止めてください。やめて‥‥‥天河さんっっ!!」
 みなもの言葉がまるで届かぬが如く力を振るう遥人。
『殺してやる‥‥‥いや、苦しみ抜けっ』
「ぐっ‥‥‥頭が、頭が割れるうっ」
 一転、中で男は深呼吸したかと思うと、次の瞬間頭痛にのた打ち回
って嘔吐を繰り返していた。
 人を憎みつつ、力の解放を行えば‥‥‥十中八・九、負の色彩とな
る。その外れた一・二割も中立の性格で正の色彩とは成り得ない。
 だか、その時。現れた新たな人影。
 そう、汐耶だ!!
 そのまま、咲の方走り寄る。
「形代、準備、で、きています、か?」
「もちろん、ばっちしできてるっ」
 飛び跳ねる息を整えようともせず、汐耶は言葉を続ける。
「この形代を天河さんに藍さんとして捧げたいのです。できますか?」
「もち!! じゃあ行きます!!」
 咲が集中した次の瞬間、弾かれるように飛んだ形代符はゆっくりと
遥人に向かって飛んでいく。

『遥人さん‥‥‥もういいから。私、元気だよ。だから、力を押さえ
て私のほうに来て‥‥‥』
 誰にも見えない、遥人の瞳だけに映る藍の姿。
『あ、あ‥‥‥藍さん‥‥‥私は‥‥‥』
『いいから。もう全部いいから。隣にいてさえくれれば、私は良いか
ら。ここに来て。少し、眠ろ?』
『藍さん‥‥‥』

 夢遊病のように形代に対して、ふらふらと歩み寄ってくる遥人。
そして、その形代の後ろでは既に呼吸を整えた汐耶が待っていた。
「おやすみ‥‥‥あお」
 汐耶が前に突き出した両の手で、その自らの能力"封印"を発動させ
た瞬間、立ったまま遥人は寝息を立て始めた。
「‥‥‥殺したの?」
「いや、寝ているだけで‥‥‥」
 その声の主は何と、先ほど背中を刺されて倒れていた藍ではないか!
 三人が三人とも遥人のほうに意識を集中させたため、いつの間にか
回復した藍に全く気付かなかったのだ。
「‥‥‥なんかずるいな」
 苦笑して遥人を見つめる藍。
 日本人らしく黒かったその髪も瞳も深いあおに。藍は"藍"(あお)
の色彩を身に纏ってそう呟いた。
 だが、劇的な圧力を感じた遥人の覚醒と、全くといって良い程静か
にそれを終えた藍の覚醒では一体何が違うと言うのだろうか。
「ちなみに、藍さんは"正の色彩"なんですか?」
 みなもの問いに微笑みつつ答える藍。
「たぶん、ね。とりあえず正気みたいだよ?」
 そして、そのまま藍は咲の方に向き直った。
「で、なんですけどっ。遥人さんと付き合ってるってホントですか?」
 こちらは苦笑しながら、頭を掻く咲。
「残念ながら、嘘なのよね。いい男だから、本当にしてもいいけど♪」
「絶対だーめっ!!」
 最初から、そうではないと言う事は判っていたのだろうか。
 藍は面白くて堪らないといった具合に高らかに笑い声を上げ、釣ら
れた咲も一緒に笑ってしまう。
「‥‥‥若いって、良いわね」
 自分だってそう歳は離れていないけれど。
 あんなに無邪気な笑いを浮かべたのは何時が最後だったろうか。
 良い様に汐耶は取ってくれているが‥‥‥傍から見たら馬鹿笑いと
言ってもいい勢いだ。
「‥‥‥‥‥‥それはそうと。小便小僧って心当たり無い?」
 突然じろぉりと咲がみなもの方を向く。
「あ、あははは。なんのことやらさっぱりです!」
「るさいっ、あんな事出来る人がそうそういてたまるかーっ!」
「え〜〜っっ!」
 その光景を見てふうっと一つ、溜息を漏らす汐耶。
「若いって‥‥‥疲れるわね」
 そんな様子を楽しげに見ていた藍だったが、肩を竦めて体中の泥を
払い落すと、何か決意したように遥人の元へ向かう。
 そして、その正面に立つと‥‥‥。
「こら、起きろっ。役割逆じゃんかっ!!」
 そう言って遥人の身体をぎゅっと抱きしめ、背伸びをして眠る遥人
の唇に自分の唇を重ねた。
「‥‥‥‥‥‥ん? んんーーっ!!??」
 なんと、瞬間目を覚ました遥人が目の前の事態を把握しきれずに混
乱したのか、バランスを崩し、体重を預けていた藍も一緒に転んでし
まった。
「え、どうしてっっ‥‥‥なんでですか?」
 自分は何時の間にやら元に戻り、目の前には藍の色彩を纏った藍
(紛らわしいな)の顔がそこにある。
「‥‥‥私、なんか‥‥‥‥‥‥覚醒しちゃったみたい。遥人さん、
こんな私じゃダメ? 咲さんの方がいいですかっ??」
 と、自分の名前が出た事で、参ったなあと苦笑する咲。ここでダメ
なんて抜かしたら蹴りくれんばかりの勢いで睨むみなも。
 汐耶は、とりあえずどう答えるのか興味深げに二人を見ている。
 遥人は何か熱い物がこみ上げてくる目を掌で隠して、大きく息を吸
った。そして‥‥‥
「あは‥‥‥あはははっ、藍‥‥‥大好きだよっ!!」

                            〔FIN〕
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       登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252/ 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
  (うなばら・みなも)
0904/ 久喜坂・咲 / 女 / 18 / 女子高生陰陽師
  (くきざか・さき)
1449/ 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 司書
  (あやいずみ・せきや)


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              ライター通信       
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 あー、もー、お手数をお掛けしました(笑)。
 そんな感じを受ける事件でしたがいかがてしょうか。
 で。
 実際本文中で触れられたのは藍の藍(あお)の色彩(紛らわしいっ
ちゅーねん)の方だけでしたが、こちらは予定通りと言った感じです。
 遥人があおの力に目覚めて、本格的に戦うといった事態になった場
合相当な苦戦を強いられることになる筈だったのですが、何とか本人
との戦闘は避けられました。彼のあおは‥‥‥まあ、次に出演の機会
があったらその漢字と能力はあかしましょうか。
 まあ、大体お分かりと思いますが。
 さて、ボロクソにやられた"透明"くんですが、これもまあ先々の話
につながるので、次に出演の機会があれば、ですが。
 ちなみにこいつは生きてますが、通り魔として警察に行きました。
 怪我は‥‥‥なんか誰かに治してもらったみたいです。誰でしょ?(笑)。
 いろいろ判らない事だらけで終わってしまいましたが、依頼は達成
したって事でハッピーエンドですね。
 こんぐらっちゅれーしょん♪

 あ、そうそう。らぶこめ路線突っ走ろうかと思ったのですが、なん
かこんな内容になっちゃいました。
 事前の告知と差異があったことをここにお詫びします。
 JAROに電話しちゃ嫌ですぅっ!(爆)

 それでは、今回はあゆきいぬこと戌野足往を御指名くださいまして
誠に有難うございます。またの御買い求めを心よりお願いいたしまし
て、筆‥‥‥じゃないな。パソコンの電源を切らせていただきます。
 重ねて、有難うございました。