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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街(鳴動)
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「つーか、あいつどこ行っちまったんだ?」
人気の少ない道を歩きながら、黒崎狼(くろさき・らん)は天を仰いでぼやいた。
まあ通いなれた近所である。道に迷ったというよりはぐれてしまったわけだが、とにかく6つ年下の友人はふらりとどこかへ消えてしまった。
大方今が盛りの草花に気を取られて、どこかでひっかかっているのだろう。
きょろきょろと彼女の姿を探して歩きながら道を歩いていると、十字路のところで煙を立ち上らせる二人の男とかち合った。寝癖みたいな頭をした男と、ヤクザのような雰囲気を漂わせた男の二人づれである。
二人は低い声で言葉を交わしており、足元にはぽつぽつと煙草の吸殻が落ちている。ぱっと見た印象は標的待ちの誘拐犯という風情。
(つったって、あからさまに怪しいもんな)
今時の誘拐犯が、ここまで怪しいはずがない。一瞬浮かんだ不穏な予想を放棄して、狼はその二人に歩み寄った。
「おっさん何してんの?」
狼が声をかけると二人は揃いもそろって苦い顔で(おっさんという言葉に反応したのだろう)狼に視線を向けた。
なんというべきかと、迷った顔をしたのは寝癖頭…草間武彦である。ヤクザの方は答える義理もないだろうという顔でふかりと煙草を吹かし、品定めするような目つきで狼を眺めた。
「いや…ちょっと人を待っててな」
返答に窮する様子を見せて、しどろもどろに草間が言う。あからさまに嘘じゃないかと、狼は眉を上げて見せた。
「人?こんなとこで?もっと目印になるようなところで待ち合わせたほうが良かったんじゃないの?」
隠されるとつついてみたくなるのが人情というものだ。それに、この二人組が誘拐犯という可能性は限りなくゼロに近いけれども皆無ではなく、狼としては放っておくのも躊躇われる。
「で?ホントは何してんの?」
明らかに不審を滲ませた狼に、今度はヤクザな男がサングラスの下で目を細めて笑みを見せた。意識してゆっくりと、太巻は言葉を紡ぐ。
「おれたちはな、尾行してんの」
「尾行?」
「探偵なんだ」
と、草間。なるほど、人を待っているといわれるよりは説得力のある回答だ。そして実際、そうなのかもしれない。
「だから、ちょっと静かにしてろよな」
と太巻は言い、肩を竦めて、狼は返事をしなかった。その態度に草間が心もとない顔をしているが、仕事の邪魔をするつもりがないことは雰囲気で伝わったのだろう。二人ともそれ以上の注意はしなかった。
目的を知ったことで二人に対する興味は逸れて、
「それよりさ、女の子知らねぇ?銀髪で緑の目をしてるちっこい子なんだけどさ」
こう、いかにも世間知らずーみたいなと身振り手振りで説明するが、二人は首を横に振っただけだった。
「迷子なら、早く探してやっておウチに帰ったほうがいいぜ。物騒なのがうろついているからな」
そう言って太巻は煙草を足元に落とし、おうむ返しに狼は「物騒?」と聞き返した。草間が咎めるような表情を男に向け、それを無視する形で太巻は肩を竦める。
「殺人犯」
「ふぅん……。興味ないなぁ」
「そんなわけだから、お前、あっち行ってろ。おトモダチはこっちには来てねェよ」
犬か猫でも追い払うように手を振られたのには不満があったが、狼は大人しくその場を後にした。探し人が見つからないなら、長居は無用だ。
角を曲がり、二人の姿が塀の向こうに消えてから、ふと狼は立ち止まった。
「…殺人犯かぁ」
狼は迷子を捜しているだけであって、殺人犯にはあまり興味がないが、それにしても殺人とは穏やかではない。
迷子になっている友人が、どこかで殺人犯と鉢合わせしているとも限らない。
(あいつどこ行ったんだ?心配させやがって…)
面倒ではあるが、何かが起こったときのためにも、殺人犯も一緒に探したほうが早そうだった。
人を殺しているのなら、狼の能力で「死」の気配を探せば良い。
(ま、適当にあるいてりゃなんかひっかかるかもしれねえし)
気軽な気持ちで、ひょいと狼は歩き出した。

死の匂いが濃くなった。
死を纏わせている者自身よりもくっきりと感知される「死」の気配。その濃さは並のものではありえない。
(うわっ、一体何人殺してんだよ)
少し遠くからでも、どす黒い臭気が押し寄せてくるような錯覚に襲われた。
いくら「死」に馴染んでいる狼でも、ここまでの「死」の気配はなかなか体験するものではない。思わず一度立ち止まり、狼は慎重に角を曲がった。
道を折れたところに、人影がいる。狼にだけ見える死の瘴気で、その青年の周りだけは暗雲を纏ったように暗かった。
(あいつは……いねぇな)
目当ての年下の友人は見当たらない。とすれば、今もどこかの庭先で熱心に花を眺めているのだろうか。
それならそれで安心だと、狼はきびすを返そうとした。
呼び止められたのは、その時である。
「ああ、ちょっと」
「あ?何?」
纏っている死の影にも、殺人犯にも興味を失っていたところだったから、狼の態度は自然にぞんざいになった。あからさまなそんな表情も気にすることなく、青年…岡部ヒロトはにこやかな笑みを浮かべている。
なるほど死の気配さえなかったら、清潔な印象の好青年と思われてもおかしくない。最近の犯罪者は、見た目は普通なんだなと、場違いな感想を抱いた。
「何?何の用?」
「変なヤツラに追いかけられてるんだけどさ」
「どんなヤツ?」
すぐに先ほど会った二人組のことだとピンと来たが、そらとぼけて狼は聞き返した。
「ちょうど君が来た方向に居るんだ。ここへ来る途中会わなかった?」
とたった今狼が曲がってきた道を指し示す。
「ああ」
話を合わせるつもりで、狼はヒロトが指差す方向に顔を向けた。
ヒロトから視線が逸れた、その一瞬のことである。
ぞわりと肌が粟立つような寒気を感じた。
次いで、トラックにでも跳ねられたような衝撃が狼の全身を襲った。空気が突然、固形となって押し寄せてきたような圧迫感である。
「なッ……!!」
地面に触れていた足が浮き、狼の身体は容赦なく吹き飛ばされる。
数瞬後、宙を浮いた狼の身体は、コンクリートの塀に叩きつけられていた。
ドスンと重い音が狼の耳にも聞こえ、全身を打ち付けられて息が詰まる。
激突の余韻で受身を取ることもままならず、狼の身体は無防備にアスファルトの地面に落下した。
打ち付けられた身体は重く、満足に手足を動かすことも出来ない。
油断していたわけでもなかったが、隙を突かれたことは確かである。
後悔とうっかり隙を見せてしまった腹立たしさで狼は呻いたが、狼の意思に反して意識は急速に遠くなりかけていた。
重力に従って落ちていく瞼を必死にこじ開けようとする狼の視界に、青いバスケットシューズのつま先が目に付いた。そこにも、死の気配は濃厚だ。よく見れば、靴に飛び散っている斑点は、血の跡である。
「俺に会ったのがお前の不幸だったよ」
楽しげな声が頭上から降ってきた。青いバスケットシューズが持ち上がって、つま先が狼の身体を突付いて揺する。
「お前、妙な力を持ってるんだな。黒い羽が見えるぜ、このバケモノめ」
いやらしい笑いを喉の奥で震わせて、ヒロトが言った。
「なあ、お前も自分とは係わり合いもないのに、他人のおせっかいをするクチ?お気楽だよなァ。俺に言わせりゃ、偽善もいいとこだよ。いくら心配してみせたって、所詮はただの自己満足だってことだよな」
無造作な手が、狼の襟首を掴み上げる。
狼の身体は常になく重い。
動かそうとした手足は、痺れたように力が入らなかった。体中を鈍い痛みが支配する。
「どいつもこいつも、自分には関係ないのにバカばっかだよ。お前もかわいそうになァ」
どこか遠くに声を聞きながら、狼の意識はふつりと途絶えた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1614 / 黒崎・狼 / 男 / 16 / 逸品堂の居候

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NPC
 ・草間武彦/怪奇探偵/今回は太巻と尾行
 ・太巻大介/紹介屋/草間と尾行。しかし隠れる気があるんだかないんだか。草間とはモク友。

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■         ライター通信          ■
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大変長らく御待たせしました!そして一部への参加ありがとうございます!
元々出だしに入るはずだったシーン(太巻からの依頼)がないので、珍しく文字数制限ばっちしです。
いいんだか悪いんだか…。
ところでとうとう七夕も過ぎて、夏!って感じですね。
強い日差しとか高い空とか、夜明け直後の涼しい朝とか、大好きなんですが暑くて大変ですねえ。
こんな場所ですが、こっそり暑中見舞い申し上げます。
夏ばてとクーラー病にはお気をつけください!!
では、遊んでいただいてありがとうございましたー。また二部でもよろしくおねがいします。
遅刻ギリギリセーフ気味ですが。す、す、す、すみません!

在原飛鳥