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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


太陽と冷風
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例えば俺が負けるはずがないと思うのは間違っているだろうか。
何しろ俺は自分の仕事に誇りを持っていて、ていうかそれだけしかなくて、岩をも通す一念ってやつは、俺の場合パッチだのバグだのクラックだの、妙にカタカナばかりのこの世界にのみ向けられている。
俺の人生といえば愛用コンピューターのアップグレード、クラックハックパッチの連続再生。恋人はマイ・コンピューターですと言ってみたりして、それがあながち嘘じゃない。峰崎蘇芳という存在がデジタルに生きられるとしたら、俺は喜んでマトリックスなキアヌになってやる。
俺がしていることは、高い塀の向こうを覗くのに似ている。誰それのEメールを覗いてやろうとか、FBIのサイトをのっとってやろうとか、そんなダーク&オタッキーなことを考えているわけじゃない。
壁さえ越えられればそれでいいわけで、その先に何があるか、俺は高い場所から眺め渡したいんだ。例えば万里の長城から、その向こうに続くモンゴルの草原を見てその風を感じたいと思うようなものだ。……わかるかなあ。
かくして俺は大陸の風を感じるかわりにクーラーの冷風を受け、真っ白な日差しでじりじり熱いガラス越しの街を「ざまあ」と思いながら見下ろして、コンピューターの前に座っている。
モニターに映し出された画面はこれはもう明らかに「アングラです」って感じのサイト。コンピューターの世界を髣髴とさせてそこに並ぶのはアルファベットの羅列だ。GIFアニメがチカチカしている。カウンタは見ている間にもぐるぐる回り、これがただの機械だったら針が振り切れるんじゃないかと思った。
これから行われるのはハッキングバトル。アメリカのネジが飛んだハッカーが始めたこのバトルは、今じゃハッカーなら誰もが知ってる、アングラネットの天下一武闘会だ。一晩で稼ぐにはハンパじゃない額の賞金も出る。
何をするかっていうと、つまりはお互いに対戦相手のデータをハックし合うわけだ。時間制限あり、判定あり。相手のシステムを乗っ取ってしまえば勿論KO。
ここまで、俺は世界各国のハッカーを相手に、時にはハラハラと、大抵は危なげなく勝ち進んできた。モニターの前で腕を組んで、俺は試合が始まるのを待っている。対戦相手を示す欄に表示されたF/Hの文字が俺の神経を掻きたてた。
正体不明(ネットじゃ誰だってみんな正体不明だ)のF/Hを、俺は良く知っている。どうやら日本人らしいということも分かっている。引き受ける仕事の趣味が似ているのか、なんなのか。F/Hには仕事を邪魔されたりブッキングしたりと、とかく俺と関わりが深い。
F/Hがネット上に現れた。時間まであと僅か。俺はキーボードに手を載せて、試合開始の合図を待つ。
画面のタイマーがカウントダウンを始めた。
5・・・4・・・3・・・・2・・・・1
ゼロのタイミングを測って俺は(多分ネットの向こうでF/Hも)モニターに齧りつく。
何しろF/Hは因縁の相手だ。俺は賞金よりもこの野郎に勝ちたいわけで。
いずれはF/Hにあたると分かっていたから、俺としたことが相手のクセまで研究して、F/Hの攻撃を予想しながら撃退プログラムを組み立てて、そんな感じで臨んだ一戦だ。
F/Hはとにかく好戦的なハッキングを仕掛けてくる。ガードは二の次、攻撃は最大の防御なり。
下手をすれば足元を掬われかねないこの作戦も、F/Hにかかるとワケが違う。防御なんか必要ない勢いで、プログラムの隙を突き、ガンガン攻めてこられては反撃をする暇なんてあるわけがない。
F/Hの強みは、相手に100%の力を使わせないところにある。猪突猛進に攻め立てて、相手を防戦に回してしまう。
ヤツのペースに乗ったら負けだ。俺はこの日の為に、考えうるかぎりのセキュリティを施した。日常では使ったことも使う必要もなかったような二重三重の迎撃システム。
後方の備えは万端、これで俺は攻勢だけに集中していられる。
出だしはどちらも様子見のような小競り合いだった。ジャブを仕掛けてはブロックし、仕掛けられては打ち返す。それが段々苛烈になっていき、モニターに映し出された文字は飛ぶように流れ、目まぐるしく変化する。
空調の音すらかき消すように、ひたすらキーボードが鳴る。
強固な防御・迎撃システムのお陰で、俺は今までになくF/Hに対して攻撃的になることが出来た。元々俺も防御に回ってスキを突くような作戦は得意じゃないから、こうなりだすと余計に勢いがついた。
F/Hのハッキングは俺のガードを一つ破り、やがて二つ破り、しかし三つ目で詰まってしまう。その間も、攻勢に出ている俺の攻撃に晒されているから、ハッキングだって思うようにいかない。
しばらくすると、俺の優勢は目に見えてきた。
相手のプログラムのセキュリティ・ホールを見つける。そこに喰らい込む。相手のガードも厳重で、中々思うようには進まない。
それでも、このセキュリティ・ホールの発見は俺を得意にさせるに十分だった。俺の知るかぎり、こいつのパッチはまだ存在しない。つまり、ぽっかりあいたセキュリティの穴を塞ぐ手立てがないのだ。
時間さえかければ落とせる。向こうも危険を感じたのだろう。俺にしかけてくる攻撃がぐんと減った。
F/Hはたまに俺の気を逸らすような攻撃を仕掛けてくるが、こっちだって誘いに乗ったりはしない。俺はヤツの攻撃を殆ど無視して、さらに追求の手をきつくした。
タイムリミットが迫っている。15分、14分。
システムに潜り込んでKO出来るか、ギリギリの線だ。
それでも、タイムアップになったら判定で勝てる自信がある。最初から最後まで俺のペース。してやったぜ!という気分で俺の口元は自然に緩んだ。キーボードから手が離せたら、両手掲げてガッツポーズくらいしてたかもしれない。
13分・・・12分。
異変が起こったのはその時だった。
「何だと!?」
画面に向かって、俺は思わず叫ぶ。答えなんてあるはずもなく、俺の声は空しく静かな室内に響いた。
厳重なセキュリティを丁寧に丁寧に剥がして、あとちょっとでヤツのシステムに入り込めたというのに。
(パッチが……)
まさか、と思って指が止まった。
「信じらんねえ」
俺が今までいい気になって攻めていたセキュリティホールは、きれいさっぱり埋まってしまった。パッチがあてられたのだ。パッチを宛てられてしまえば、侵入は出来なくなる。またゼロから出直し、他のセキュリティホールを探す旅の始まりだ。
でも、どうしてだ?俺の知識の届く限り、こいつにパッチが開発されたなんて話は聞いたことがない。勿論、ヤツが俺の知らないパッチを知っていた可能性だってあるが。あるけれど。それよりも不吉な確信めいて、俺はF/Hの仕業だってことを疑わなかった。
この短時間で、パッチを作っちまったっていうのか?
6分……、5分。時間がない。
我に返って俺がモニターに焦点をあわせた時には、F/Hは物凄い速さで反撃に転じていた。
「やべっ…!」
慌ててキーボードを走らせる。F/Hは今の今まで防御にかかりきりで、俺のセキュリティは殆ど手付かずだ。
この猛攻をどうにか凌いで判定に持ち込めば、どちらにしても俺の勝利に変わりはない。
ない……はずだった。
俺の目に飛び込んできたのは、システムがハックされたという衝撃的なメッセージ。
強制的に、ウィンドウが閉じた。
後には、チカチカとアングラサイトのGIFアニメ。俺の戦場はF/Hによって乗っ取られ、強制終了させられてしまった。
「…そりゃないよ〜〜〜〜!」
勝利を確信していた分、落胆は大きく、俺は両手で頭を掻き毟った。
ハッカーの技術でかなりいいトコロまで順位を伸ばしていた俺を打ち負かしたことで、F/Hの賞金桁数が一気に一桁跳ね上がる。
一桁だよ、一桁。
俺が苦労して積み上げてきたものを、ヤツはごっそり持って行ってしまった。
WEB上で数字がくるりと回転して、F/Hの勝利数が更新される。
まさかの逆転KO。俺は敗退。観客から野次が飛ばないのが、こうなるといいのか悪いのか。相変わらず俺の部屋は空調が快適に回っている。送られてきた風に吹かれて、かき乱された俺の髪もへろへろ揺れる。
ああ、くそっ。
しばらく夢にうなされそうだ。

・・・・・・・・

節約倹約をモットーとする小さな部屋には冷房が入っていない。
窓を開け放っているものの、いっそ爽快なほどの凪である。その上うんうんとコンピューターがフル稼働している部屋は、サウナも顔負けに暑かった。
タンクトップに半ズボン。ひっきりなしに流れる汗が額を濡らして頬を伝う。
片足を椅子の上に上げて自分の勝利数が跳ね上がるのを満足げに見ながら、隼は笑みを浮かべた。
モニターの向こうの相手の顔が見えるわけではないが、悔しがる様を見透かしたような意地の悪い笑みである。
「まだまだ修行が足りてねぇんだよ」
釣りあがり気味の瞳が見つめる、モニターに映し出されたF/Hの文字。見覚えのある対戦相手の名前。そしてチカチカしている「YOU WON」のメッセージ。その賞金桁数が跳ね上がるのを見ながら、隼は鼻で笑って汗を拭った。


「太陽と冷風」