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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街――悪意
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草間興信所のソファに身を沈めて、太巻はしきりにタバコをふかしている。味わっているとは思えない。フィルターのところまで煙草が灰になると、それを吸殻で山積みになった灰皿に押し付けて次の一本を探る。決して広くない室内は、たちまち煙草の煙で白く霞んだ。
太巻の隣には草間が難しい顔をして座っている。彼らに向かい合っているのは、太巻に岡部ヒロトの尾行を依頼された5人。それに彼らの足元に静かに座っている猫が1匹。何本目かのタバコに新しく火をつけて、ようやく太巻は座りなおして彼らを見回した。
シュライン・エマ、南條慧、海原みなも、五降臨時雨。最後に足元で行儀よく座っている藤田エリゴネに視線が渡る。彼らの表情はどれも浮かない。戻ってくるべくして戻らなかった人物がいるせいだ。
「さて、気を取り直して仕事の話だ」
太巻だけが相変わらずの表情で身を乗り出す。この状況下において、この男の事務的な口調はむしろありがたかった。太巻の余裕を見て気持ちを落ち着け、しなくてはならないことだけに集中できる。
「こっからそう遠くないところに、バブルの煽りを受けて倒産した会社の持ちビルがある。建設途中で、取り壊すことも建設を続けることも出来ずに放置されてるシロモノだ。岡部ヒロトが、陰陽師を連れ込んで入っていったのが確認されている」
言って太巻は視線をエリゴネに落とし、それから一同を見渡した。集まった者たちには知らされていないが、この報告をもたらしたのは他ならぬエリゴネである。
「ビルの地図なんかは手に入らないの?」
シュラインの問いに答えるかわりに、太巻は束になって折りたたまれた紙をテーブルに投げ出した。こうして会議を開くまで忙しくしていたのは、どうやらこれを手に入れるためだったようだ。乱雑に折りたたまれた紙には、コンピューターで作られたらしい四角や丸が、整然と幾何学模様を織り成している。
「外からは見えず、悲鳴が漏れる心配のなさそうな場所は…」
「部屋の多くは防音設備が入ってる」
口の端に煙草を揺らして笑みを見せ、だがな、と太巻は続けた。
「何しろ建設途中でほっぽり出されたビルだ。ドアが付いてない部屋も多い。建設済みのところだけをピックアップすると…ここと、ここ。それとこのあたりだな」
がさつな指が地図の上をすべり、幾つかのポイントを示す。
「一階に閉じ込めてるってことはねぇだろう。人質を取った場合、犯人は無意識に逃亡を恐れるからな」
その仮定で部屋はいくつかに絞られるとはいえ、もうちょっと確実な情報が欲しい。懸念の色を示した女性たちの間で、ボソリと時雨が口を開いた。
「ヒロトが…どこにいる…か。ボク……が、動物たちに…調べてくれるように………頼める」
「今行って調べてこれるか?」
太巻がすぐに頷いた。返事のかわりに立ち上がり、時雨は動物たちに話をしにいく。
「まあ、場所はいずれわかると仮定して」
時雨が戻るのを待って、太巻は続けた。
「どうやらヒロトの能力ってのは、妙な力を発動させた場合、それを感知するんだな」
「それにテレポートと、衝撃波。…ちょっと厄介ですね」
とみなも。
「目をつけられているし、かなり分は悪い。…退くつもりもないけど」
少し休んで顔色が良くなった慧が腕を組み、重い表情で地図に視線を落とす。
「しかしどうやって決着つければいいの?例え拘束できても、彼の能力では……」
「瞬間移動か」
それぞれに沈思している面々を見渡しながら、太巻はソファに背中を預けた。ゆっくりと煙草を一服させてから、再び口を開く。
「ヒロトを捉える捉えないは、この際置いておく。異論はあるかも知れんが、まずは人質の安全確保が優先だ」
笑みを消し、確かめるような視線が集まった人々の顔を撫でた。
「二つのグループに分かれて、片方がヒロトの目をひきつけている間に、もう片方が人質を救出する。問題ないな?」
問うよりは確認する口調で言い、全員が頷いたのを確かめて太巻は青写真を取り上げる。
「っつーわけで、救出組と、扇動組とに分けたいんだが」
「私は陽動の方で。霊のまま乗り込んで、ヒロトの注意を引こうと思うんだけど」
組んでいた腕を解いて、慧が顔の高さに手を挙げる。
「じゃあ、あたしは救出組で」
みなもが言い、ついで時雨も彼女に同意した。
「閉じ込められている部屋…分かったら、………早く動いて、助け出すことが……できる、と思う」
スローテンポに見える男だが、時雨は時速にして800キロ近い行動速度を持っているのだ。頷きながらも考えを巡らせる顔で、太巻は片眉だけを上げる。
「まあ、お前のスピードに常人は耐えられないからな…。だが、敵の隙を突くことは出来るだろ。じゃ、お前も救出組な。あくまで目的は人質救出。深追いするなよ?」
真面目ぶっていても、決め方は豪快である。それでも細かい指示も出すあたり、几帳面なんだか、大雑把なのだか判断に迷うところである。お前はどうする?というように太巻はシュラインに顎をしゃくった。腕を組んで何やら考え込んでいた彼女は、おもむろに顔を上げると、太巻の瞳を見返してしっかりと頷く。
「人数的に、私は救出組ね。引き受けましょ」
「よし。……さて、それじゃ作戦会議だ」
滅多にない人数の客を迎えた興信所は、いつにもまして狭苦しい。そんな中、彼らは小さなテーブルを囲んで頭を寄せ合った。


□―――シュライン・エマ&南條慧
「地図だけはしっかり覚えろよ。常におれたちが待機している位置を把握しておくんだ。壁を抜ける時も、一つ壁を挟んだからって油断すんなよ。衝撃波から逃れる時は、常に二つ壁を抜けろ」
「わかってる、大丈夫」
念を押す太巻に頷いて、慧は夢天憑魂を行うべく目を閉じた。霊体になって、ヒロトの気を引くのだ。ヒロトの衝撃波は霊体にも影響を及ぼすことが分かっていたが、本体が直接衝撃波を喰らうのに比べれば、威力は弱まる。霊体を直接攻撃される危険は冒さねばならないが、実体で衝撃をまともに喰らうより、いくらか安全であることに変わりはない。気持ちを固めるように息を吐いて、慧は片手を顔の前に上げて太巻に笑った。
「じゃあ、太巻さん。悪いけど私の本体お願いね」
もしもの時に、戻るべき器が側にいないと手遅れになりかねない。危険も伴うが、慧は自分の本体を太巻に任せ、魂の抜けた身体ごと、太巻やシュラインと共に侵入することを選んだのだった。
シュラインと太巻がビルの内部に罠を仕掛けるまで待ち、その後人質救出班のための時間を稼ぐ。慧に任された任務はそれである。
「女に怪我をさせるようなヘマはしねェよ」と太巻は言い、慧はそれを信じたのだった。
太巻とシュラインが見守る中、慧の体と心は分離する。慧はそのまま浮かび上がって、街の上に浮かんだ。目指すビルはまだ遠い。これだけ離れていたら、ヒロトも彼女の力の発動を感知できてはいないだろう。あとは、時間差でビルに乗り込むだけだ。


慧の魂が身体から遊離し、眠ったようにぐったりした彼女を助手席に乗せて、太巻とシュラインは目的のビルの側に停車した。
「さて、行くか」
こんな時でも、太巻の口元には煙が絶えない。車のボンネット越しに、シュラインは慧を背負った男に頷いてみせた。
「手足一、二本覚悟して行くとしますか」
「そんなことになったらおれが草間に殺されちまう」
しっかり無事に帰してやるよとシュラインの僅かな不安を笑い飛ばし、太巻はビルに向かって歩き出した。

いくら特殊な能力を使っていないとはいえ、生身のヒロトが物音や気配に不審を感じては元も子もない。慎重に、シュラインと太巻はむき出しのコンクリートのビルの中を進んだ。打ち出したコンクリートに、頭上を見上げればパイプや導管が入り組んでむき出しになっている。長い間打ち捨てられていたビルは、老朽が激しい。こんな無機質なビルでも、人が居なければやはり死んでしまうのだと、暗く静まり返った廊下を歩きながら思った。
罠を仕掛けるのは、主に一、二階である。ヒロトが皇騎を閉じ込めているのが三階だから、用心のためには三階を通って上へ行くことは避けねばならない。時間も限られているので、シュラインが用意した罠はごく簡単なものだった。
床に糸を巡らせ、足止めに使う。物によっては、糸を引いた瞬間に積み上げられた荷物が落ちてくるように仕込む。シュラインが提示したこの罠を、太巻は呆れるほどの器用さで取り付けた。
「手馴れてるわねぇ」
「お前、学校で習わなかった?」
習うわけがない。呆れて相手を見返すと、太巻は最後の罠を仕掛け終えて立ち上がったところだった。
「そろそろ時間だ。準備はいいか?」
「いつでも覚悟は出来ているわよ」
おう、とタバコを揺らして太巻は笑った。
不敵で憎たらしいと思う太巻の笑みは、こういう時だけは頼りがいがあった。

□……罠
太巻が煙草を吸っている。眠り続けている慧の隣で深々と肺に煙を溜め込み、旨そうにふかりと紫煙を吐き出す。緊張を和らげるために煙草が必要というわけではないことだけは明らかだ。
太巻が吐き出した煙は、ダークグレーのコンクリートの景色にゆらりと漂っていく。
空気が揺れた気がしたのはその時だった。
シュラインはそちらに顔を向ける。
まっすぐに伸びた廊下の向こう。長年積もった埃のせいで、薄い光に照らされた細かな粒子が視界を濁らせている。その先に、岡部ヒロトが居た。怒りの為に表情を引きつらせ、妙な具合に顔を歪めている。血走った目がぐったりしている慧の姿を捉え、彼はにぃっと薄ら寒い笑みを浮かべた。
「……見つけた」
ヒロトはゆっくりと顔を巡らせてシュラインの姿を確認し、慧のすぐ傍で煙草を吹かせている太巻を見る。
「護衛つきかよ。けど、無駄だっつうの。ザコは、いくら集まったところで雑魚だろ」
太巻と並んで、シュラインは慧を庇うように立った。距離を置いていても守りの体勢を見せた相手に、ヒロトは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「逃がしてやるとは言わないけどさ。その女を殺す間くらいは、生き延びさせてやってもいいんだよ」
猫撫で声で、ヒロトが言う。その表情の禍々しさにぞっとして、シュラインは身体を硬くした。
「……彼女を殺すつもり?」
「あたりまえだろ。俺をコケにしてくれたからさ。胸だけ切り取って焼肉にしてみるってのはどうかな。ジュウジュウ焼くんだ、その女が泣き喚くのを聞きながら。興奮するぜ」
「最悪な趣味ね」
恐怖とない交ぜになった嫌悪に身体を震わせて、シュラインは吐き捨てる。
「なんならあんたにも食べさせてやるよ。もっとも、その女を殺したら次はアンタの番だけどさ」
発作のようにヒロトは笑い、シュラインの顔に上った嫌悪の表情に恍惚とした顔をする。殺人の様子を思い描いているのかもしれないと思うと、ぞっとした。
「さぞ楽しい思いをしたでしょうね」
「最高さ」
電流が走ったように、ヒロトはうっとりと身体を震わせる。
その時、シュラインと太巻の背後で、慧が小さく呻いて身じろいだ。
「気が付いたか?」
太巻が視線を慧に落とし、何とか…と低く慧が答える。霊体が慧の身体に戻ったのだ。
「南條さん、大丈夫?怪我は?」
「ないわ。煽りをくらってちょっとだるいけど」
太巻の手を借りて立ち上がり、慧の瞳がヒロトに向けられる。
「南條君は無事よ」
「ほんのちょっと寿命が延びただけさ!」
そうかしら?と口調に笑みを含めたのはシュライン。彼女はポケットから小さなビニール袋に入れられたガラスの破片を取り出して、ヒロトに向けて振ってみせる。
「これには、あんたの指紋が付いてるわ」
ヒロトの顔色が一瞬青ざめ、憎しみを込めた視線がシュラインを射抜く。心の底で沸いた恐怖と嫌悪を表情には出さず、シュラインは嫣然と微笑んだ。
「警察にこれを提出したら、あんたも終わりね」
「……お前らを殺して奪えば済むことさ!!」
忌々しげにヒロトが吐き捨て、彼女らのほうへ向かって足を踏み出した。シュラインを睨みつけているヒロトは、足元に張られた糸が立ち込める埃の中で光ったのには気づかない。シュラインに向かって踏み出された足が、その糸を引っ掛けた。
「…なんだ?」
違和感に足元へ視線を下げたヒロトの脇で、使ったまま打ち捨てられていた梯子がグラリと揺れた。シュラインと太巻が仕掛けておいた罠である。糸を引く力をきっかけに、無造作に積み上げてあった荷物が瓦解したのだ。
うわっと声を上げて、ヒロトが腕で顔を庇う。その上にダンボール箱や機材が倒れ掛かり、もうもうと煙が湧き上がった。
「バァ――――カ」
カラカラと雪崩の名残を見せて小石が落ちる廊下を見やって、太巻が笑う。
その声が聞こえたのだろう。ヒロトを押しつぶしたはずのガラクタの小山が勢い良く吹き飛んだ。再び煙が湧き上がり、その向こうでヒロトの影がゆらりと身を起こす。材木で傷つけたのか、埃に黒ずんだヒロトの頬に、一筋の血が伝った。
「貴様ぁ……」
「まあまあ、そう怒るなよ」
憎悪に満ちたヒロトの声を聞いても、女性二人を背中に回して立った太巻はけろりとしている。それどころか、緊張感のない軽快な音を立て始めた携帯電話を取り出して、悠々とそれを耳に宛てた。
「もしもし?……ああ、おれだ。今カレシとご対面中なんだけどよ。……おう、そうか。ご苦労だったな。お疲れさん」
通話を切って、太巻はシュラインと慧に顔を向けた。ヒロトにも聞こえるようにその声は大きかったが、ギラギラと殺意を向ける青年の視線など、歯牙にもかけない。
「陰陽師を無事に助け出したってさ」
慧がヒロトを引き付けている間に、救出組は守備よく皇騎と合流することに成功したらしい。シュラインと慧の表情にも、明らかにほっとした表情が浮かんだ。
「とんだ不手際だったな」
どちらが悪人か分からないような声で太巻がヒロトに視線を投げた。
「ちなみに、指紋は警察に提出済みよ。私たちを片付けたところで、意味もなくなっちゃったわね」
「簡単に片付けられる気もないけれど」
三人は悔しげなヒロトの表情を見つめる。今にも爆発しそうに昂ぶったヒロトの感情を前にして、笑ったのは太巻一人だった。
「ザコは、いくら咆えてみせてもザコだよな。なあ?岡部」
答えるように、空気が唸った。一瞬にしてその密度が変わる。嵐の前兆のように、ビルに充満した埃臭い空間は緊張した。何かを予感したように地鳴りが響き、小さなコンクリートのかけらは重力を失ったように震えながら宙に浮いた。
衝撃波が来る。それも、今までのものより格段に威力が強い。
「あんたヒロトを煽って、衝撃波でビルが崩壊したらどうするの!」
「ああ。そこまでは考えてなかった」
シュラインの声にさして心配した様子もなく答える声がする。何を…と責める慧とシュラインの言葉は続かなかった。空気を伝い激しい衝撃が押し寄せてきて、彼女らの身体は乱暴な腕に抱かれてその場を離れる。
直後、地鳴りのような音を上げて、衝撃がコンクリートを吹き飛ばした。

□―――瓦解
ひっきりなしに、壊れた瓦礫やコンクリートの破片が落ちていく音がする。ヒロトの衝撃波はコンクリートを瓦解させ、周囲の壁すらも吹き飛ばしていた。大して広くなかった廊下は、左右の壁が崩れたせいで面積が広がり、妙に広々としている。
太巻たち三人がいたところも、壁が崩れ、鉄筋が剥き出しになって無残な姿を晒していた。
ヒロトの姿はない。そのかわり、ヒロトが居た場所には赤黒い血溜まりが残っている。
その惨状に、駆けつけたみなもと皇騎は息を呑んだ。足もとにはエリゴネもいる。彼女らは衝撃からはだいぶ離れたところに居たため、被害を免れたのだ。
「五降臨さん!?」
渦巻く埃で視界の悪いビル内を見回すと、それに答える声がある。文字通り、弾丸のごとく飛び出していった時雨だ。姿を見せた彼は、僅かに頬を切って血を流していたが無事なようだ。その手には、切っ先に血のついた刀が握られている。
「ひどいな、これは。太巻さんたちは無事なのか?」
さすがに表情に危惧を滲ませて皇騎が呟いた。
「ヒロトの…傍に……居た。……そこ」
のろのろと腕を上げて、時雨が瓦礫の山を指す。
「埋もれてしまったの!?」
みなもが思わず口に手を宛てる。瓦礫の下に人の気配を感じるように皇騎はじっと目を凝らしていたが、やがて息をついて首を振った。
「……いや。そこに彼らはいないようだ。気配がしない」
「じゃあ、一体どこに」
言いかけたみなもの言葉を遮るように、ガラリと瓦礫が音を立てた。コンクリートの小山ではない。衝撃によって壁がなくなった、隣の部屋である。ニャア、とエリゴネが鳴いた。動物の嗅覚が、いち早く生存者を確認したのである。
壁が衝撃で横倒しになり、その上をいくつものコンクリートの欠片が覆っていた。壁が持ち上がるのに合わせて、それらがパラパラと落ちている。みなもたちが聞いた音は、それだった。
キングサイズのベッドほどもあるコンクリートの壁が、内側からの力で持ち上がった。バラバラと音を立てて小石が滝を作る。人の身長ほどもそれが持ち上がると、崩れたコンクリートを支えている腕が見えた。
崩れた壁に遮られて、中は人が入れるほどの空間が出来ている。人が通れるほどにできた隙間から、二人の人物が這い出してきた。
シュラインと慧である。コンクリートの下から這い出して、大きな一枚のコンクリートを支えている男に文句を言っている。
「いたた…。太巻さん、もうちょっとやりようはなかったの!?」
「ホント、これじゃ全然護衛になってないわよ」
二人とも洋服は埃まみれだが、どうやら怪我一つなく無事らしい。
「ご無事ですか?」
みなもが声をかけると、二人は揃って振り向いた。
「なんとかね…服は汚れちゃったけど」
「そっちこそ、無事みたいね。……宮小路君も」
「どうも、お世話をおかけしました」
皇騎が苦笑し、彼らは束の間、無事を喜び合った。ズシン、とその背後で、地響きを鳴らして太巻がコンクリートの板から手を放す。こちらも心配する余地がないほど無事である。
にゃーんと鳴いて歩み寄ったエリゴネを小脇に抱き上げ、太巻は彼らと合流した。
「ヒロトは?し損じたのか」
服の袖で顔を拭いながら、時雨に声を掛ける。少し前に見せた素早い動きが嘘のように、時雨は頷いて血溜まりを振り返った。
「また……飛ばれたから………」
衝撃の余韻を残して方々でコンクリートや小石の落ちる不吉な音がしているが、その存在すら幻ででもあったかのように、ヒロトの姿は見当たらない。
「岡部ヒロトの怪我は、ひどいんですの?」
みなもが懸念に顔を曇らせる。犯罪者とはいえ、人は、人だ。人である以上、彼女たちの裁量でヒロトを殺すことは、してはならないはずである。みなもの問いにゆっくりと首を横に振って、時雨は刀を鞘に戻した。
式神を放ち、ビルの内部を探らせていた皇騎が、ふと息をついて天井を仰いだ。黒いパイプが、衝撃で捻じ曲がり、所々落ちかけている。
「式神が彼を見つけました。……ヒロトは屋上に居るようですね」


□―――屋上
建設中だったビルの屋上には、柵も何もなく、平坦なコンクリートの大地には風が吹き抜けている。
ビル風は強く、傾きかけた落陽に灰色の床が赤い色を帯びていた。バタバタと屋上へと辿り着いた者たちの服を、風が鳴らしていく。
屋上のはずれに、ヒロトは立っていた。埃に服は薄く汚れ、こめかみから伝った血が乾いて、頬に黒くこびりついている。白かったシャツの脇は、時雨から受けた刀傷のせいで赤黒く汚れていた。
見晴らす東京の街並みは排気ガスにぼやけ、夕日が黒と赤のコントラストを織り成している。
変な形に口を曲げて、ヒロトが耳障りな笑い声を立てた。
憎悪と狂気に歪んだその顔は、妄執を張り付かせているさまが地獄の餓鬼を連想させる。
「実際あんたらはよくやったよ」
男にしては高い声で、ヒロトはへらへらと笑みを浮かべた。
「正義感ぶって、おれを追い詰めてさ。ああ、本当に大したもんだ」
傷が痛むのか、その顔が歪む。それでもヒロトは狂ったように笑うのをやめなかった。
「何おまえら、関係ないことに首を突っ込んでんだよ。あれか?お得意の正義感ってヤツ?言っとくけどな……」
芝居ぶって言葉をとぎらせたその瞳には、憎悪よりも狂気が強く宿っている。
「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それはそいつの運命だよ。俺に殺される運命だったんだよ」
「バカな。そんな運命があるわけがない」
喚くヒロトに、不快そうに皇騎が眉を寄せた。ヒロトは喋り続けている。
「早死にするヤツは、この世に必要ないから死んでいくんだ。俺はその運命に少し手を貸してやっただけだよ。なのに俺を憎むのは逆恨みってやつだろう?」
「運命をあなたが弄っていいとも思いません!」
みなもが眉を寄せる。
けたたましくヒロトは笑った。不快感を露わにした者たちを眺め、それが楽しくてたまらないと言うように笑い続ける。
笑い声は、突然ぴたりと収まった。狂気に占領されていたヒロトの瞳に、憎悪の暗い炎が再びちらつく。
「俺の邪魔をするな。俺がバカな人間どもを何人か殺したからなんだっていうんだよ。お前らだって俺に腹を立てたんだろう?だからここに居るんだよな?俺だって同じだよ。いざとなっちゃヒィヒィ泣き喚くしか能のないヤツらに嫌気が差したから殺したんだ。お前らに、偉そうに俺を糾弾する権利があるっていうのか!?」
屋上へと追い詰められたヒロトは、唾を飛ばして吐き捨てる。その顔に罪悪感は見られなかった。
息を吸い込んで、ヒロトは再びだらしなく口を開き、顎を上げて集まった者たちを見下した。
「俺とあんたらと、一体どれだけ違うっていうんだよ」

東京の街には、夕暮れ前の涼気を含んだ風が吹いている。
遠くに望む東京湾にともり始めた明かりは、場違いなほどに綺麗だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 ・1549 / 南條・慧 / 女 / 26 / 保健医
 ・1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職
 ・0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 ・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
 ・1564 / 五降臨・時雨 / 男 / 25 / 殺し屋

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  年齢不詳。平然と「花の盛りの18歳」を主張して憚らないが、誰も信じない。バカ力。
  人にはとても言えない年齢だが、勿論そんなことを認めるはずもない。
  囮役が女性なので心配してついてきたが、役に立ったかどうかは不明。

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■         ライター通信          ■
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お、ま、た、せしました!!あわー。
一体ここまで遅くなるとは誰が想像したでしょうか!というか皆様は想像していたかもしれません。高を括っていたのは私だけですか。
すいません〜〜!でも楽しかったです(滅殺)
再び参加していただいてありがとうございます!嬉しかったですよ!イェース!
しかし女性の扱いが乱暴極まりない男で…。大丈夫だろというその自信はどこから沸いてくるの!それは私が聞きたいです。
今回は、初期の頃に依頼を受けていただいた二組をまとめる形で書かせていただきました。
もともとこういう形態にしようとは目論んでいたんですが、こんなに遊んで頂けるとは嬉しい誤算すぎます。

あっ、そういえば、一部すぽんと文章中に描写されていないプレイングがあってすいません!!
というか次も岡部と遊んでくれる広い心をお持ちでしたら、次号に反映させていただきます…!
著者の能力不足でプレイング全部生かしきれなくてごめんなさい!修行してまいります(またオヤジ狩りですか)

メッチャ分かりにくい話の時間軸ですが。
シュライン&慧>宮小路皇騎>救出班>合流>瓦解>屋上
            >囮:南條慧
とこんな順番でございます。(それでもわかりにくいのはどうか)
慧さんの幽体離脱、太巻とシュラインさんのビル潜入、慧さんの囮作戦、救出班、とこんな順番でビルに入った模様です。
次号のアップは…来週以降になるかと思います。時間指定できなくてすいません!
遊んでいただいてありがとうございました。また遊んでもらえるのを楽しみにしています〜。

在原飛鳥