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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


噂を追って【4】
●オープニング【0】
「んっ……んん〜。ふう……平穏だよねぇ」
 6月も終わりに近付いたある日の放課後。『情報研究会』部室に居た会長の鏡綾女は、思いっきり背伸びをした後でそう言った。
 綾女が言うように、この2、3カ月の冬美原は特に大きな事件も起こらず平穏そのものだった。少なくとも、表面的には。
「平穏でいいと思うけどなあ」
 綾女の言葉を聞いた副会長の和泉純が苦笑いを浮かべた。
「……危ないことに綾女さんが関わらないで済むし」
「ん、何か言ったぁ?」
 どうやら純の後のつぶやきは、綾女の耳には届いていなかったようである。
「でもね」
 綾女は表情を引き締めて、皆の方に向き直った。
「事件が起こってないからって、調べることがなくなった訳じゃないんだよね。でしょ?」
 確かにそれはそうだ。冬美原に謎はまだまだ山積みになっているのだから。
「ということでぇ……」
 綾女がにんまりと微笑んだ。あ、何か嫌な予感。
「調べてきてね☆」
 ああ、やっぱり。はいはい、調べてきましょうとも――。

●フライング・ソフトクリーム【4C】
 日曜日の昼下がり――冬美原駅に1人の女性が現れた。エスニックな顔立ちをした細身の女性だ。
「最近は仕事から帰ってきたら必ずこっち来ちゃうかな……冬美原」
 その女性、美貴神マリヱは改札を抜けると左右をきょろきょろと見回した。
(どっちに行こうかな)
 東口から出れば旧市街、西口から出れば新市街へと繋がる冬美原駅。どちらから行くべきか、思案しているように見えた。
 そんな時、マリヱの前方からソフトクリームを手にした小さな男の子がパタパタと走ってきた。
「おとーさーん! はやくはやくーっ! でんしゃでちゃうよーっ!」
 後方を歩く父親の方を振り返り、男の子は元気よく言った。けれども前はよく見て歩かなければならない。特に、男の子くらいの年代であれば。
「あっ」
 マリヱが驚きの言葉を発した。何となく危ないな、とは思っていたのだ。案の定、男の子は躓いて転んでしまい、手にしていたソフトクリームが大きく宙を舞った。
 位置関係からして、ソフトクリームはマリヱに直撃するかと傍から見ていた者たちは思っていた。が、どうしたことか、ソフトクリームはマリヱの頭上を大きく越え、マリヱの後方で西口から東口へと向かおうとしていた男性の頭に――べちょっと直撃したのである。
「うわぁっ!?」
 驚く男性の声を聞き、呆気に取られるマリヱ。そしておもむろに携帯電話を取り出したかと思うと、つけていたストラップに目をやった。
(今のもこれのせい?)
 そのストラップは『∬』という数学記号の形をしていた。以前冬美原に来た時、露店で購入した物だった。
 購入した時『意外な時に面白いことが起こるかも』と店主が言っていたが、確かにこれも意外な時の面白いことではあるだろう。
(このストラップを手に入れてから結構変なことが起きるし……面白くもあるんだけどね)
 事実、ストラップを手に入れてから、マリヱの周囲では頻繁にではないがこういった妙な出来事が起こるようになっていた。ストラップとの関連性は、証明出来ていないけれども。
 それでも、自らに危険らしい危険が及んでいないから別にいいのだろう。今だって虫の知らせはなかったし、虫の知らせがあった時でも精々自動販売機から大量の缶が転がり出てきたことか、出前が延々と届かなくて空腹が限界に近付いたことくらいだろうか。
 そうこうしているうちに、男の子の父親は男性にぺこぺこと謝りつつ、泣いている男の子をあやしていた。
(大変そうねぇ)
 などと思いつつ、マリヱは東口の方へと方向転換していた。とりあえず、旧市街の方から攻めてみようという訳だ。ストラップを探し歩いた時と同様に。
 もっとも前回の場合、最終的には新市街へ行くことになったのだが……。

●デパートにて【5B】
 さて、東口から出たマリヱは目の前にあったデパート、『ROSY−8』にまずは飛び込んでみた。
(魔術めいた模様がファッションで流行ってるらしいし、冬美原では)
 そんな噂を耳にしていたマリヱの今回の一番の目的は、魔術風デザイン服の店を探すことであった。
 流行りであるなら、デパートも取り扱っているかもしれない。そう思っていたのだが……。
「え。ないんですか?」
「はい。誠に申し訳ありませんが、当店ではお客様が仰られたような衣服は取り扱ってございません」
「あのぉ……1度も?」
「はい、全く」
 婦人服売場を訪れたマリヱは、30代後半と思われる売場主任の女性にきっぱりと言われていた。口調こそ丁寧ではあるが、端々に『そんな怪し気なデザインの衣服、うちのデパートが扱う訳ないでしょう』という少しマリヱを馬鹿にした態度が見え隠れしていた。
 モデルの世界に生きているマリヱが、主任のそんな態度に気付かないはずがなかった。
「そうですか。どうもお騒がせしましたっ」
 と言い、ぷいっと売場を後にしたのである。これ以上話をするのは、時間の無駄だと考えて。
(何なのかしら、あの人!)
 戻りつつも、主任を腹立たしく思うマリヱ。すると、別の女性店員が足早にマリヱのそばにやってきた。
「あの、お客様」
「はい?」
 若干不機嫌気味に答えるマリヱ。やってきたのは、先程の婦人服売場に居た女性店員の1人だった。
「お客様のお探しの衣服なんですが」
「ああ、扱っていないんでしょう? 自分で探すから」
「いえ。この辺りの商店街を回ってみられてはいかがでしょう? そちらで見当たらなければ、後は新市街のお店を回ってゆくしか……」
 その女性店員の言葉に、マリヱはおやという表情を見せた。
「わざわざそれを伝えに?」
「はい。主任さんの前では言い出しにくかったんですが」
 首を竦める女性店員。それを見たマリヱがくすっと笑った。
「何となく分かるかも、その気持ち。ありがとう」
 マリヱは女性店員に礼を言うと、ちょうどやってきたエレベータに乗り込んだ。
(……あ。そういえば、『ビルの上に並ぶ女子高生』の噂って)
 何気なく噂の1つを思い出すマリヱ。その噂、どこかのデパートの屋上でという話だが――。
(このデパート?)
 真実は不明なり。

●見れば納得【6B】
 『ROSY−8』を出たマリヱは、そのまま商店街の方へと歩き出していた。別に急ぐ訳でもなく、のんびりとしたペースで。
 だが落ち着いた歩き方とは違い、顔の方はきょろきょろとひっきりなしに辺りを見回していた。
(あった)
 そのうちにマリヱは、シャッターに落書きがされていることに気付いた。『注意しろ!』という落書きを。
(ほんっと、噂通りね)
 空を見上げ、マリヱが溜息を吐いた。
(噂といえば……冬美原の最近の流行の噂、っていうのも独特よね)
 マリヱの知っている限り、近頃の冬美原での流行の噂は変わっているようにも思えた。
 例えば魔術的な符号のような物は、一見したら不安感を増長させるようなデザインだったりもする。それ以外の物でも、マリヱが先日購入したストラップだって妙な物には違いない。
(それに高校生の間で『ビウェア』が流行ってるって聞いたけど、『beware』で『注意する』『用心する』って意味? でもそれが流行るって……何でぇ?)
 全く、冬美原の流行という物はよく分からない。
 と、マリヱにはもう1つ気になることがあった。流行していると聞いた割りには、魔術めいた模様をファッションに取り入れている者の姿が見当たらないのである。本当に流行っているのだろうか?
 やがて商店街に着いたマリヱは、1軒の小さな衣料品店でそれらしき衣服を見付けた。
「……これ……?」
 目的の物を見付け出したというのに、何故か唖然とするマリヱ。それもそのはず、目の前にあったのは黒地に白で幾何学模様やら古代メソポタミア文字やらが記された数種類の――長袖かつ厚手のトレーナーだったのだから。
「おや、お客さん。それ買うのかね? 今は時期外れだから、まとめて安くしとくよー」
 人のよさそうな店の主人が、にこにことマリヱに話しかけてきた。
(あれっていったいいつの噂……?)
 マリヱが街中で見かけないのも当然のことだった。何故ならば、該当の物は現時点ではこのトレーナー数種しか存在していないのだから。これから真夏だというのに、長袖厚手のトレーナーを好んで着ようという者などまず居ない。
 一旦は愕然としたマリヱだったが、それでも何とか気を取り直し、結局トレーナーを全種類買っていったのであった。
 その後時間の余ったマリヱは、しばしの街中観察を続けることにした。サイコロを振る面々は見当たらなかったけれども、『注意しろ!』という落書きは場所の共通性はないもののあちらこちらで見ることが出来た。
 色々と巡り歩いていたマリヱだったが、しばらくしてある店に入っていた時に虫の知らせを感じ取り、反射的にテーブルの下に潜り込んでいた。
 次の瞬間、震度4程度の地震が冬美原に発生したのであった。

●アサギテレビニュース【11A】
 その夜のアサギテレビニュースにて。
「本日午後3時21分頃に発生した地震についてのニュースです。冬美原では震度4を記録しましたが、周辺都市では揺れの観測はありませんでした。これは昨年の7月に発生した地震と同様の現象で、現在専門家による分析が行われております」
 それから地震のニュースは被害報告に移り、数名の怪我人は出たものの、火災などは発生しなかったということであった。
「では次のニュースです。本日午後9時頃、冬美原駅前で麻薬を販売していた男が逮捕されました。男は新種の麻薬を売り捌こうと……」

【噂を追って【4】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
                   / 女 / 23 / モデル 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                   / 男 / 17 / 高校生 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 1270 / 御崎・光夜(みさき・こうや)
              / 男 / 12 / 小学生(陰陽師) 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
/ 女 / 中学生? / 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!? 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全33場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、今回皆様のお手元に届くのが大変遅れてしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。
・さて、ちょっと特殊な依頼である『噂を追って』シリーズも第4回です。今回のお話で、冬美原で隠れていたいくつかの謎が解決に向かっていたり、表に出てきていたりします。一応、高原が念頭に置いていた展開もいくつかあったんですが、どうやらそれらを外れてまた違った展開に向かった模様です。これがやはりプレイングの妙と言うのでしょうか。
・今回のお話で、冬美原はまたターニングポイントを迎えました。この先冬美原は、どのように転がってゆくのでしょう。その流れを決めるのは、もちろんプレイングです。
・ちなみに今回、流れが変わってきたために情報封鎖はかけません。
・美貴神マリヱさん、5度目のご参加ありがとうございます。これから夏に向かう日本では、ちょっと着る機会がないかもしれませんね。もっとも、外国なんかでは国によっては着られる機会もあるのでしょうが。デザイン的には悪くないんですよ、あれ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。