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噂を追って【4】
●オープニング【0】
「んっ……んん〜。ふう……平穏だよねぇ」
6月も終わりに近付いたある日の放課後。『情報研究会』部室に居た会長の鏡綾女は、思いっきり背伸びをした後でそう言った。
綾女が言うように、この2、3カ月の冬美原は特に大きな事件も起こらず平穏そのものだった。少なくとも、表面的には。
「平穏でいいと思うけどなあ」
綾女の言葉を聞いた副会長の和泉純が苦笑いを浮かべた。
「……危ないことに綾女さんが関わらないで済むし」
「ん、何か言ったぁ?」
どうやら純の後のつぶやきは、綾女の耳には届いていなかったようである。
「でもね」
綾女は表情を引き締めて、皆の方に向き直った。
「事件が起こってないからって、調べることがなくなった訳じゃないんだよね。でしょ?」
確かにそれはそうだ。冬美原に謎はまだまだ山積みになっているのだから。
「ということでぇ……」
綾女がにんまりと微笑んだ。あ、何か嫌な予感。
「調べてきてね☆」
ああ、やっぱり。はいはい、調べてきましょうとも――。
●記録、それははかない【5C】
エミリア学院――日曜日ではあるものの、それは単に授業がないだけの話だ。無論、大半の女生徒たちについては休みの日である。けれども、クラブに所属している女生徒たちにとっては別だった。
体育系文化系問わず、夏の大会があるクラブは少なくない。何しろ大会とは縁のなさそうな簿記にだって、夏の大会があるくらいなのだから。
さて、そんな夏の大会にもっとも縁のありそうな水泳部は、屋内プールで練習を行っていた。この時期天候がどう変わってもおかしくない屋外より、気温の安定した屋内での練習をコーチだかが優先させたのだと思われる。
宮小路皇騎はいつぞやのように、この屋内プールのスタンドに足を運んでいた。眼下に見えるプールでは水泳部員たちが一生懸命に泳いでいた。
「第5コースまではクロールあと3本! 残りはバタフライ5本だ!!」
コーチの声が屋内プールに響き渡る。そんな中、皇騎はじっと1人の女生徒だけを見つめていた。
「……速くなっている」
ぼそっとつぶやく皇騎。第1コースでは、凄い速さでクロールを泳ぐ女生徒――葵和恵の姿があった。
だが、以前見た時とフォームに違いがあるように感じられた。いや、形は別に崩れてはいないのだ。雰囲気と言えば分かってもらえるだろうか。
(余裕がない)
そう、その通りだ。以前見た和恵のフォームは、伸び伸びとしていて多少の余裕も感じられた。けれども今の和恵からは、それを感じられない。必死さしか伝わってこないのだ。
速くなっているのだから、競技としては問題ないのかもしれない。けれども、皇騎には引っかかる物が感じられた。
(やはり彼女は例の……)
疑惑――そう言い換えてもいいかもしれない。ある種の麻薬を和恵が使用しているという疑惑だ。皇騎が独自に調査し、情報をまとめてみた結果、そういう判断に達していた。
端まで泳ぎ切った和恵は、プールから上がってきていた。その姿は、少しやつれてしまったようにも見える。痩せて、ではない。明らかにやつれて、だ。
(このままだと危険だ)
皇騎はすくっと立ち上がると、屋内プールを後にした。
●闇を打ち払い【6C】
日曜日、冬美原総合病院には入院している家族や友人に会おうと面会者が多く訪れる。それゆえ外来こそひっそりしているものの、病棟の方は逆に賑わっているのである。
そこには皇騎の姿もあった。が、どうも様子がおかしい。何故ならば病棟の廊下を歩いてはいるが、偉そうな雰囲気漂う初老の男性医師に案内されているのだから。
「こちらです」
医師に案内され、皇騎はある病室へとやってきていた。扉には『面会謝絶』という札がかけられていた。
「未だ……ですか、副院長」
「その通りです。未だに意識が戻っていない、そう聞いておりますが」
先に病室に入る副院長。皇騎がそれに続くと、病室には人工呼吸器や脳波測定器などの機器が繋がれた青年がベッドに横たわっているのが見えた。
「ふむ。脳波や心拍数は安定しているようですな」
脳波測定器などを見て、副院長がそう判断して言った。
「しかし、いくらうちの病院がそちらの家と付き合いがあるからといって、彼らに会いたいとはまた妙なお話ですな」
副院長が素朴な疑問を口にした。しかし、皇騎はにこりと笑っただけであった。
「まあ……詳しく聞いてもしょうがないでしょうな。私はこれで戻りますが、帰られる際は必ずナースステーションに一声かけてくださいよ。いいですね」
「心得ています」
「あと、機器には絶対触らないでください。では」
副院長はそう言い残し、病室から出ていった。残された皇騎は苦笑いを浮かべた。
(触れなくては目的を達せられないしな)
つかつかと脳波測定器に歩み寄る皇騎。そしておもむろに脳波測定器に手を触れると、青年へのネットダイブを試みた。正確には、ネットダイブの応用で青年の意識下に入り込もうというのであるが。ともあれ、脳波測定器が繋がっているからこそ可能な手段であった。
青年の意識下に無事入り込んだ皇騎は、記憶を探りドリーム・クリスタル――通称Dに関わる部分を見付け出そうとした。
意識の表層部から深く深く中へと入ってゆく皇騎。Dに関わる記憶はなかなか見付からなかった。
やがて意識下に異変が起こった。黒い霧のような物に、意識が覆われ始めたのである。(何だ、これは?)
奇妙には思ったが、皇騎に危険が及ぶということはなさそうであった。しかし、警戒を怠らない皇騎。さらに意識の深層へと入ってゆく。
そして意識の最深層に辿り着いた時、皇騎は見てしまった。黒い霧、いや黒き闇に捕らわれている青年たちの姿を。
(あれは!)
皇騎ははっとした。捕らわれているのは4人の青年。皇騎が今意識下に潜り込んでいる青年はもちろん、古畑正平の顔も見える。
「……たす……けて……」
皇騎の存在を感じ取ったのだろう。青年の1人が、必死に助けを求めようとした。表情は苦痛に歪んでいた。
(そうか。意識が未だに戻らなかったのは……)
この光景を見て、皇騎は全てを察した。4人全員が、意識の最深層で闇に捕らわれているから意識が回復しないのだと。
しかし逆に言えば、この闇を払ってしまえば意識が回復する可能性があるということでもある。しかも4人が同じ場所に居るということは、意識の最深層が繋がっていることを表しているのだろうと思われる。上手くゆけば……。
皇騎は闇を和らげ癒す浄化術を施してみた。だが1度では何の変化もない。2度、3度と繰り返し浄化術を施す皇騎。
そして何度目かの浄化術を施した時、黒い霧が立ち込めていた空間に閃光が走った。次の瞬間、4人を捕らえていた黒き闇が霧散した。闇から解き放たれる4人。
(やったか?)
安堵する皇騎。けれども、安堵出来たのはほんの一瞬だった。何故ならば、意識下から皇騎は一気に引き戻されようとしていたからである。
(うわっ!!)
それは皇騎の予期せぬ出来事だった。最深層から表層へと、まるで弾き飛ばされるかのように引き戻される皇騎。それでも途中で、いくつかの情報を捕まえている所はさすがだと言えよう。
そして完全に引き戻された時、病室には異変が起こっていた。機器が全く作動しておらず、位置が元の場所から大きくずれていたのだ。病室の明かりも消えてしまっている。
「停電……いやっ、地震かっ」
状況から瞬時にそう判断する皇騎。やがて非常用の自家発電が作動したのか、病室の明かりも元に戻り、機器も再び作動し始めた。
「……ナースステーションに連絡を」
そう思い、皇騎がナースコールのボタンに手を伸ばそうとした時だ。
「あ……あんた誰……だ……?」
声の聞こえた方へ、反射的に顔を向ける皇騎。ベッドの上で、目を開けた青年が皇騎を見つめていた――。
●その手を差し伸べて【7A】
夕方――エミリア学院・屋内プールの裏手。
「……頑張らなきゃ……」
和恵は壁にもたれ掛かり、空を見上げていた。壁に支えてもらっている、という表現の方が適しているのかもしれない。
和恵はポケットから和紙で包まれた何かを取り出した。そして包紙を開こうとした時、声が聞こえてきた。
「『飴』ですか」
はっとして声のした方に振り返る和恵。そこには病院から戻ってきていた皇騎の姿があった。
「あ……あのっ……」
和恵は逃げ出すことも出来ず、足ががくがくと震えていた。今にも泣き出しそうな表情であった。
1歩1歩、静かに和恵に近付いてくる皇騎。険しくもなく、かといって笑っている訳でもない、しかし穏やかな表情をしていた。
「もう、止めた方がいいでしょう」
皇騎が和恵の目の前にやってきた。
「でもっ! でもっ、私っ……大会が……記録が……頑張らなきゃ……!!」
ふるふると頭を振る和恵の目には、涙が浮かんでいた。皇騎はそんな和恵の両肩に、ぽんっと手を置いた。
「もう……頑張らなくていいんですよ」
その言葉を聞いた和恵は、皇騎の胸に顔を埋めて声を上げて泣き始めた。
「うっ……ううっ……うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
泣きじゃくる和恵に対し、皇騎は優しく背中をぽんぽんと叩いてあげた――。
●ニュースに至る理由【11B】
その夜のアサギテレビニュースにて。
「本日午後3時21分頃に発生した地震についてのニュースです。冬美原では震度4を記録しましたが、周辺都市では揺れの観測はありませんでした。これは昨年の7月に発生した地震と同様の現象で、現在専門家による分析が行われております」
それから地震のニュースは被害報告に移り、数名の怪我人は出たものの、火災などは発生しなかったということであった。
「では次のニュースです。本日午後9時頃、冬美原駅前で麻薬を販売していた男が逮捕されました。男は新種の麻薬を売り捌こうと……」
皇騎はエミリア学院のコンピュータルーム準備室でこのニュースを耳にしていた。
(どうやら情報が役立った……かな)
皇騎は手に入れた情報を、個人情報を除いて冬美原警察の田辺良明に情報提供していた。その中で一番大きかった情報は、和恵などにDを売り付けていた売人の男の容姿という物だった。
恐らく田辺たちは、その情報を元にして、売人の逮捕に結び付けたのだろう。ここからどうやって大本に辿り着くか、これは警察の腕の見せ所であろう。
ちなみに和恵は、自分から警察に出頭した。これからDを断つために苦しい日々が始まるだろうが、和恵なら何とか克服することが出来るだろう。そう信じたかった。
テレビのニュースを耳だけ傾けて聞きながら、皇騎はメール整理を行っていた。
「……おや?」
その中に、不思議なメールが1通紛れ込んでいた。ハンドルネーム『アマチ』というメールが。
【噂を追って【4】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
/ 女 / 23 / モデル 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
/ 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 1270 / 御崎・光夜(みさき・こうや)
/ 男 / 12 / 小学生(陰陽師) 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
/ 女 / 中学生? / 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!? 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全33場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、今回皆様のお手元に届くのが大変遅れてしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。
・さて、ちょっと特殊な依頼である『噂を追って』シリーズも第4回です。今回のお話で、冬美原で隠れていたいくつかの謎が解決に向かっていたり、表に出てきていたりします。一応、高原が念頭に置いていた展開もいくつかあったんですが、どうやらそれらを外れてまた違った展開に向かった模様です。これがやはりプレイングの妙と言うのでしょうか。
・今回のお話で、冬美原はまたターニングポイントを迎えました。この先冬美原は、どのように転がってゆくのでしょう。その流れを決めるのは、もちろんプレイングです。
・ちなみに今回、流れが変わってきたために情報封鎖はかけません。
・宮小路皇騎さん、23度目のご参加ありがとうございます。大活躍、ですね。まさにビンゴな方法でした。D関係は解決に向かって……いると思います、恐らくは。利用解禁の兼は了承です。それから、バストアップ拝見しました。ああいう感じだったんですね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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