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噂を追って【4】
●オープニング【0】
「んっ……んん〜。ふう……平穏だよねぇ」
6月も終わりに近付いたある日の放課後。『情報研究会』部室に居た会長の鏡綾女は、思いっきり背伸びをした後でそう言った。
綾女が言うように、この2、3カ月の冬美原は特に大きな事件も起こらず平穏そのものだった。少なくとも、表面的には。
「平穏でいいと思うけどなあ」
綾女の言葉を聞いた副会長の和泉純が苦笑いを浮かべた。
「……危ないことに綾女さんが関わらないで済むし」
「ん、何か言ったぁ?」
どうやら純の後のつぶやきは、綾女の耳には届いていなかったようである。
「でもね」
綾女は表情を引き締めて、皆の方に向き直った。
「事件が起こってないからって、調べることがなくなった訳じゃないんだよね。でしょ?」
確かにそれはそうだ。冬美原に謎はまだまだ山積みになっているのだから。
「ということでぇ……」
綾女がにんまりと微笑んだ。あ、何か嫌な予感。
「調べてきてね☆」
ああ、やっぱり。はいはい、調べてきましょうとも――。
●ただいま名所巡り中【3A】
日曜日、正午前か――冬美原城址公園の北東に位置する麗安寺境内に続く石段を昇る、細身で黒髪の可愛らしい少女の姿があった。
巫女姿の少女は石段の途中で一旦歩みを止めると、麗安寺の外観を興味深気にしげしげと眺めた。そしてまた石段を昇り始める。
少女が石段を昇り切ると、目の前には袈裟をつけた青年の姿があった。
「参拝の方ですか。巫女姿で来られる方は珍しい……ふむ、冬美原の神社の方ではないようですね」
麗安寺住職の麗安寺宗全である。宗全は穏やかな笑顔を浮かべ、少女――榊船亜真知に語りかけた。
「はい。冬美原を訪れたのは初めてのことなので、名所巡りをしている最中なんですぅ」
素直にはっきりと答える亜真知。その外見に見合った口調の可愛らしさを微笑ましく思ったのか、宗全は2度3度と小さく頷いていた。
「他にはもうどこか巡られたんですか?」
「いいえ。こちらが最初ですわぁ」
「そうですか。特に珍しい物がある訳ではありませんが、どうぞごゆっくり。時間があれば、麗安寺の歴史などをゆるりとお話する所なんですが……」
宗全はそう言うと、亜真知の方を見た。いや違った。宗全の視線は亜真知の後ろ、石段の方にあった。
気配を感じ振り返る亜真知。見れば背広を小脇に抱えた中年男が、ふうふう言いながら石段を昇ってくる所であった。
「教授! お待ちしておりました」
宗全が声をかけると、中年男は足を止めて大きく2人の方に手を振った。その時、中年男はおやっという表情を見せた。亜真知が居たことに今気付いたのだろう。
それから少しして、中年男は石段を昇り切って2人の所にやってきた。
「やあやあ、運動不足の身体にはこの石段は堪えるなあ」
ハンカチを取り出し、汗を拭う中年男。ほのかに酒の匂いがしていた。
「教授は運動の前に、お酒を控えられた方がよろしいのでは?」
「君も言うようになったもんだ。酒なくて、何が楽しき我が人生、と。うわっはっはっは!」
宗全の冗談とも本気とも区別つかぬ言葉を、中年男は豪快に笑い飛ばした。
きょときょとと2人の顔を交互に見比べる亜真知。それに気付いた宗全が、亜真知に中年男を紹介した。
「誰なんだろうと思っていますね? こちらは、私の恩師の坂上史朗教授です。新市街にある冬美原情報大学にて研究をされています」
「うん? この可愛らしいお嬢さんは、君の知り合いかね?」
坂上が亜真知を指差して宗全に尋ねた。
「いえいえ。名所巡りをされている方です」
「ほう、そうかね! 若いのにたいしたもんだ。冬美原には名所も多い、しっかり見て回るとよろしかろう。うむ!」
亜真知が名所巡りをしている途中だと知って、感心した様子の坂上。亜真知は坂上の言葉を、こくこくと頷いて聞いていた。
「教授。よろしければ中へ」
「ああ、うむ。そうだったな」
宗全に促され、坂上は本堂の方へ歩き出した。宗全もその後をついてゆこうとしたが、亜真知の方に振り返ってこう告げた。
「どうぞ、気にせずゆっくりと見ていってください」
「はい」
亜真知は本堂へ向かう宗全に、ぺこりと頭を下げた。
●ただいま面接中【4D】
亜真知が冬美原を訪れたのは、居候先――天薙撫子の家だ――で暇を持て余してのことだった。もっとも、冬美原を訪れようと思って訪れた訳でもないようだが。思い立って来てみた場所が、何故かたまたま冬美原だったという訳で。恐らくは、撫子などからたまに聞く冬美原の話を覚えていたのだろう。
冬美原を訪れての亜真知の第一印象は、街全体に妙な気配があるなということであった。しかし亜真知はそれを不快に思った風ではなく、興味を覚えたようであった。
最初に麗安寺を訪れ見学を終えた亜真知は、次いでその足で冬美原城址公園へやってきた。
「ここが城址公園ですのね」
城址公園へと足を踏み入れる亜真知。街全体に妙な気配のある冬美原ではあるが、城址公園にはまた違った気配があるのを亜真知は感じ取っていた。
(何か……『棲んで』いますわ)
それは漠然とした雰囲気ではなく、輪郭がくっきりとした気配であった。
天守跡をぐるりと巡ってみる亜真知。一部立入禁止となっている部分はあったものの、変哲のない公園だった。そして気配はある、けれども何故かその気配を捕まえることは出来なかった。
亜真知を避けているのか、それとも単に人前に現れたくないのか、あるいは……何か企んでいるのか。理由が分からないまま、亜真知は城址公園を後にした。
「城址公園から見た、街の景色はよかったですわねぇ」
気配を捕まえることは出来なかったが、いい景色を見ることが出来ただけでもよかったのかもしれない。
さて、城址公園を後にした亜真知は北に向かった。城址公園の北にあるのは、名所の1つ神薙北神社であった。
(そうそう、ここは巫女を募集しているんでしたわ)
耳にした冬美原の噂話をふと思い出す亜真知。境内に足を踏み入れると、すたすたと社務所の方へと歩いていった。
「あのぉ……よろしいでしょうかぁ?」
「はい、どうされましたか?」
亜真知がひょこっと社務所を覗き込むと、中でいそいそと働いていた巫女の1人がそれに気付いて反応した。
亜真知が巫女募集の応募に来たと告げると、その巫女は神職らしき男性を連れてきてくれた。
「応募の方ですか、どうぞこちらへ」
男性に呼ばれ、社務所の中へ入る亜真知。さっそく面接が行われるようだ。
面接では、住所や家族構成など事細かに尋ねられた。最初、亜真知が冬美原在住ではないことを知ると、男性は渋い表情を見せていた。が、住んでいる所の詳しい説明と、亜真知が本当に巫女であることを知ると、態度が変わった。
「はあ、なるほど、あそこの神社の……ふーむ、だからそういう格好を。だったら問題はないかもしれないな」
男性はそれからしばし思案して、結論を下した。
「人手が足らない時に来てもらうということで、どうだろう?」
住所などを考慮すれば、妥当な結論ではある。亜真知はそれを承諾した。
「はい、よろしくお願いいたしますぅ」
ぺこりと頭を下げる亜真知。かくして、亜真知は神薙北神社/神薙南神社の巫女として登録されたのだった。
●ただいまこっそり使用中【5D】
冬美原情報大学のとある研究棟にある特別研究室。坂上がネットワークRPGの研究を行っている部屋である。
特別研究室には主人である坂上の姿は見当たらなかった。それはそうだろう、未だに麗安寺に居ると思われるのだから。
だがしかし、特別研究室内のコンピュータは全てフル稼働していた。オペレーティングを行う者の姿もないというのに、だ。
と、SF映画に出てくる冷凍睡眠装置のごとき大きさのカプセルの1つに、少女の姿があった。旧タイプのヘッドマウントディスプレイのようなヘルメットを被った亜真知である。
特別研究室に居るのは亜真知1人。とすると、亜真知が勝手にシステムを稼働させているとしか思えない。恐らくは、何らかの『能力』を用いて。
ともあれ、亜真知は今電脳世界の冬美原の中に居た。
「ここがゲーム世界ですかぁ……現実とそれほど変わりがありませんわぁ」
現実世界同様、巫女姿でてくてくと街中を歩き回る亜真知。家屋や建物の外観が10数種類しかないようだが、高さや大きさなどはそれなりに反映されているようだった。
亜真知は城址公園に向かってみた。入口を抜け、城址公園に足を踏み入れる亜真知。さあ例の景色でも見てみようと思った亜真知だったが、城址公園から見えたのは全くの青い空間のみであった。
「……残念ですわねぇ」
がっかりとする亜真知。たぶん家屋のデータを景色として見せるためのシステム部分が、まだ搭載されていないのだろう。
その時だ。亜真知は気配を感じ取った。それは現実世界の城址公園で感じ取った気配に、よく似ていた。
「!」
反射的に振り返る亜真知。そして目撃した――鮮やかな色の着物に身を包んだ、黒髪の姫君の姿を。
年頃は亜真知と同じくらいで、色白の肌が唇の紅さを際立たせていた。
無言で見つめ合う2人。先に口を開いたのは姫君の方であった。
「……キ・ケ・ン……。ア・ブ・ナ・イ……フ・ユ・ミ・ハ・ラ……」
姫君は亜真知にそれだけ告げると、すっと姿を消した。亜真知が追いかけても、もう姫君の気配を感じることは出来なかった。
「今のお言葉は……」
普通に考えれば、冬美原の危険を知らせるメッセージであろう。しかし謎の姫君が、何についての危険を知らせようとしていたのか、この時点ではよく分からなかった。
●アサギテレビニュース【11A】
その夜のアサギテレビニュースにて。
「本日午後3時21分頃に発生した地震についてのニュースです。冬美原では震度4を記録しましたが、周辺都市では揺れの観測はありませんでした。これは昨年の7月に発生した地震と同様の現象で、現在専門家による分析が行われております」
それから地震のニュースは被害報告に移り、数名の怪我人は出たものの、火災などは発生しなかったということであった。
「では次のニュースです。本日午後9時頃、冬美原駅前で麻薬を販売していた男が逮捕されました。男は新種の麻薬を売り捌こうと……」
【噂を追って【4】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
/ 女 / 23 / モデル 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
/ 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 1270 / 御崎・光夜(みさき・こうや)
/ 男 / 12 / 小学生(陰陽師) 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
/ 女 / 中学生? / 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!? 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全33場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、今回皆様のお手元に届くのが大変遅れてしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。
・さて、ちょっと特殊な依頼である『噂を追って』シリーズも第4回です。今回のお話で、冬美原で隠れていたいくつかの謎が解決に向かっていたり、表に出てきていたりします。一応、高原が念頭に置いていた展開もいくつかあったんですが、どうやらそれらを外れてまた違った展開に向かった模様です。これがやはりプレイングの妙と言うのでしょうか。
・今回のお話で、冬美原はまたターニングポイントを迎えました。この先冬美原は、どのように転がってゆくのでしょう。その流れを決めるのは、もちろんプレイングです。
・ちなみに今回、流れが変わってきたために情報封鎖はかけません。
・榊船亜真知さん、初めましてですね。普通に名所巡りで終わるかな……と思った所に、最後にああいう情報が来ました。何だか色々とある模様ですね。それから、OMCイラストをイメージの参考にさせていただきました。
・次のアイテムをお送りします。次回以降冬美原でプレイングをかけられる際、臨機応変にアイテムをご使用ください。
【20:神薙北神社/神薙南神社巫女装束】
・効果時間:着用時/主張時永続
・外見説明:一般的な巫女装束だが、各々の神社の紋が入っている
・詳細説明:神薙北神社/神薙南神社の巫女である証。便宜上『巫女装束』としているが、神薙北神社/神薙南神社の巫女であることを示すための物である。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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