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<東京怪談・PCゲームノベル>


雨降らし <前編> 
□オープニング□

 梅雨入りが発表されてから、すでに10日が経過していた。
「くそっ! なんで、この屋敷だけ雨が降らないんだ……」
 磨き上げられた事務所の床を、草間が咥え煙草で歩き廻っていた。綺麗に清掃された事務所で唯一雑然とした机上。古ぼけた洋館の写真が散乱している。
 点けたばかりの煙草を乱暴に灰皿に捻じ込んだ。
「行ってみないんですか?」
 気が抜けるほどのんびりと零が声をかけた。洗剤いらずのスポンジを手にしている。最近お気に入りで持ち歩いているのだ。
「嫌んなるほど行ったさ! ――しかし、なぁ…」
 反動で落ちてしまった吸殻を拾い上げて、零が不思議顔の首を傾げた。その肩越しに、草間は湿気で曇った硝子の向こう側を睨んだ。
 横なぐりの雨が廃ガスで汚れた硬質の板を洗っている。
 梅雨入りからずっと降り続けている雨。身も心もふやけてしまいそうな気分だった。 
 激しく屋根を叩く雨音。
 草間は深いため息をついた。 

「井戸が枯れてしまったのです」
 丁寧なノックの音。
 開いたドアの向こう、夕闇が迫まる廊下に立っていたのは初老の紳士だった。
「はぁ〜? 相談する場所が違うんじゃないか? 役所なら――」
「いいえ。ここは奇妙な出来事を解決して下さるところ、とお聞きました」
 ドアを閉じようとした手を止めた。
「なんで、そんな噂が流れるんだ……」
 草間は肩を落とした。意に反する依頼――それでもお客には違いない。仕方なく、紳士を事務所に通した。
 紳士の話はこうだ。
 彼――市橋はある古いお屋敷の執事らしい。
 雨が少ないと感じてはいたが、さして気にも留めてしていなかった。が、気象庁が梅雨入りを宣言しても一向に降る気配がない。
 あまり外出しない主人に同行して街に出掛けて驚いた。雨が降っていないのは、屋敷の周辺だけだったのだ。
 受け止め難い真実が判明してからも、雨は一度も芝生を濡らすことはなかった。
 気味が悪く、ついに園芸用に使用していた井戸が枯れてしまったという。

 紳士の話にうなづいてみたものの、解決の宛てがあるわけではない。
「俺にどうしろって言うんだぁ……」
 依頼を受けてからずっと、八方塞がりの状態が続いている。
「うちが調べちゃろか?」
 聞きなれた広島弁に、草間は勢いよく振り向いた。
「お前、いつの間に! だぁ〜菓子を広げるな」
「まぁ、いいじゃんか。困っとるんじゃろ?」
 長椅子に袋から出された駄菓子が散らばっている。その一つを摘んで口の端を上げたのは樹多木要。
 24の女性と言うには女らしさに欠けている独身だ。
「別に。小説のネタにされるのはご免だね」
「ふーん、そうは見えないけどねぇ……」
 疑わしそうな目に、草間は軽い眩暈を覚えた。彼女が関わるとろくなことがない。怪談を専門に書いている小説家に美味しい餌を与えるようなものだ。だが、息の詰まる状況は猫の手も借りたい心情にさせる。
「うちに、任せときんさいや。ねっ!」
 肩を叩かれ、更に眩暈のひどくなる草間だった。

□屋敷へ向かう車内□ ――海原みなも+橘穂乃香+シュライン・エマ+朧月桜夜+瀬水月隼+岐阜橋矢文

「ねぇ、市橋さん。屋敷はずいぶんと都内から離れているんですね」
 シュラインの言葉に反応して、執事の市橋は頷いた。
「わたくしの主は自然が好きなものですから」
「そう……」
 屋敷から迎えに来たリムジンに乗って、一行は東へと進んでいた。草間の要請で集まったのは6名。屋敷ひとつ調べるのに人数が多い気もするがそれも仕方がない。
「執事さん、あれはなんですの?」
 長い座席の一番前にそっと座っていた少女、穂乃香が訊ねた。ずっと続いていた白樺の並木が途切れ、細く赤い屋根が見えた。窓に当って流れている雨の向こうに滲む景色。穂乃香の長い銀髪ごしに、横に座ったみなもも近づいてくる様子を見つめていた。
「ああ、あの屋根でございますか? 白神邸の門になります」
「はぁ〜!? 屋敷なんて見えないじゃねぇか……」
 最後尾にどっかり座った隼が首を捻った。窓ガラスの貼り付くようにして見ている少女を引き剥がす。
「きゃっ! あたしも見たいのにぃ〜」
 強引に座席に戻された桜夜は、拗ねた顔で口を尖らせた。斜め向かいに座っている大きな男に「ねぇ?」と同意を求めたが、腕組をした矢文はじっと目を閉じたまま薄く笑っただけだった。
「ふぁ……やっと着いたん?」
 樹多木要が漕いでいた舟を降りて、騒がしくなった車内を見渡した。生欠伸をひとつして、中央に設置されているテーブルに地図を広げた。
「ごめん、市さん。運転手に雨が止んでる場所に入ったら、車を止めてくれるようにお願いして」
「はい。かしこまりました」
 市橋は慣れた手つきで壁の電話を取ると、硝子板の向こうの運転手に指示している。その様子を見守りながら、一同感嘆のため息をついた。一体どんな家なのだろうか――白神家というのは。
 ゆったり10人は座れるであろうリムジン。途方もなく広い敷地。そのどれを取っても、滅多にお目にかかれる家柄ではないことは分かってくる。
 ただ1人無感動だったのは、もちろん一番幼い穂乃香。なにせ、彼女もここと同じくらい広い敷地と建物を誇る「常花の館」の主なのだ。
 
 興信所で顔を合わせ、一応の自己紹介をし終わっているメンバー。中には仕事を何度か一緒にした者もいて、予想より長いドライブですでに慣れた雰囲気になっていた。 
「これ、食べる?」
「私は結構……それより樹多木さん、6人もの人間をどう振り分けるのかしら?」
 樹多木の差し出した飴を断わり、シュラインが地図を見つめた。屋敷周辺のものらしいそれは、かなりの大きさがある。樹多木は並んで座っている人形みたいに可愛らしい少女2人に飴をあげて、
「ここってさ、すごく広いんじゃ。じゃから、2人づつに分かれてもらおうかなぁ――」
「ねぇ! アミダは!? あたし作るの得意なの!」
 樹多木の言葉が終わらない内に、桜夜が挙手してテーブルの上に乗り出す。彼女が口を挟んだのには訳があった。樹多木に組合せを決められてしまっては、大好きな隼と一緒に行動できない。それでなくとも嫌がる彼を無理に付き添わせて来ているのだから。
「桜夜、お前は黙っとけ!」
「きゃん!」
 また座らされてしまった。が、樹多木がにんまりと笑って「いいよ」と言ったので、隼は摘んだ襟首を舌打ちして放した。桜夜は嬉々としてみなもの差し出したノートを使ってアミダくじを作り始めた。その作業を見つめつつ、樹多木の解説が進む。
「各グループの担当なんじゃけど、まず屋敷内の聞きこみと情報収集組。それから、枯れたって言う井戸周辺の調査――あと、忘れちゃいけんのが、雨が降ってない場所と降っている場所の正確な位置把握……うーん、とりあえずこれくらいかな?」
「要さん、屋敷には何人くらいが住んでいるんですか?」
「おっ! みなもちゃんいいとこに気が付いたね〜。主人の白神真。他に家族はいないから、あとは召使ね。メイドが8名、庭師が2名。車係が3名で、あとはここにいる市さん。合計15人じゃ」
 みなもがきちんとメモを取っている。それを横から穂乃香が覗き込み、目が合うと互いに微笑んだ。ほんわかした雰囲気が流れる。と、低く渋みの効いた声が響いた。
「井戸っていうのは、深いのか?」
 今まで黙っていた矢文が口を開いたのだ。シュラインが答えを促すように手のひらを樹多木に翻す。
「そうじゃね…行ってみないとわからんけど、そんなに深くないって話――って入る気!?」
 大きく頷く矢文。一緒になる人はたいへんじゃわ……樹多木は出来あがりつつあるアミダを変な顔で見つめた。

 ゆっくりとリムジンが音も無く停止した。
 窓の外には、燦燦と降り注ぐ太陽の光が満ちている。車を降りると、夏の陽射しというよりも穏やかな春の光であることが、誰の肌でも感じることが出来た。白い壁と赤い屋根の屋敷が遠くに見える。横長の宮殿風の建物だった。庭には色鮮やかな花々。整えられた草木が揺れている。緑の葉をそよがせてる風にはまったく湿気がない。
 屋敷を背に振り向いた一行の目に、曇天の雨に煙る白樺の林が映った。暗い細線をいくつも描いては消えて行くその様は、光りに溢れた屋敷の庭とは別世界のようであった――。


□調査□ ――橘穂乃香+岐阜橋矢文

 開かれたアミダを前に矢文は小刻みに震えていた。決定した組合せに一番戸惑いを見せたのは、一番落ち着いていたはずの彼だった。相手が10歳の少女だと知ると明らかにうろたえていた。
「矢文さん、よろしくお願い致します」
 穂乃香が丁寧にお辞儀をすると、耳まで赤く染めて下を向いてしまったのだった。

 「降雨状況把握組」の桜夜と隼2人が車を降り、残りのメンバーは玄関前まで来ていた。太く美しい柱を配した玄関は、神話に出てくる神殿のようにも見えた。リムジンを降りると、メイドがひとり立っていた。市橋が中へどうぞと薦めている。
「ここは俺、1人でいい」
 矢文は「井戸調査」をするよう樹多木から言われていたが、同行するのが幼い少女なのが気になって仕方ない。提案して受け入れられるとも思わなかったが、どうしても口にしてしまった。
「わたくしでは役不足ですの?」
「あ……いや、言うわけじゃない」
 強気で言ってみたもの、気品溢れる少女の言葉に思わず閉口してしまう。「じゃあ、いいですわよね」とにっこり笑われて、矢文はうなづくことしか出来なかった。
「お2人さん。話、まとまった? うちら、もう中に入るけぇ」
「岐阜橋さん、穂乃香さんをよろしくお願いしますね」
 車内ですっかり仲良くなっていたみなもが、心配そうに口添えた。穂乃香が柔らかな笑顔で手を振り、3人は屋敷の中へと消えた。ドアは静かに閉じられた。

 2人きりになると矢文は息を大きく吸い込み、教えられた通り屋敷の裏庭へと向かった。その後を、ふんわりとした白いワンピースを翻して穂乃香がついてくる。距離を保って歩きながらも、矢文は少女が遅れぬよう気を使いながら歩いていた。
 そんな大男の気遣いに気が付いているのか、穂乃香の頬は微笑に緩んでいた。
 表とは違い、裏庭は大きな木と硝子製の建物が目立つ。窓が光を反射して眩しい輝きを放ち、緑の美しさを強調している。温室か何かなのであろう。2人は建物を眺めては井戸を探した。
「あれでは、ありませんの?」
 穂乃香の指が示した先に、横に大きなポンプが取り付けられた円柱形のレンガが見えた。近づくと暗い闇を持つ井戸だった。周囲にはヤタカズラが長い蔓をうねらせている。
「結構大きいんだな……」
 体の大きな矢文でも、軽々と入ってしまいそうな穴。
「ここに入るんですのね?」
「おまえは入らんでいい! 俺だけで行く」
「でも、一番乾燥しているところはここなんですもの。わたくしだって仕事をしなければなりませんわ」
 矢文は閉口した。危険な場所に幼い少女を連れていくのは不本意だった。
「――じゃ、まずは植物の様子を調べるか」
 色々と調べるうちに心変わりするかもしれないと考え、温室へと足を向けた。

 若い娘の考えることは分からん……。

 矢文は見た目は若く見えるが実年齢はかなりの年だ。なぜなら彼の正体は山を守っていた地蔵なのだ。自然を守りたいという気持ちが強く、石だった体が命を得てここにいる。だからこそ、少女の扱いなど知るはずもない。
 穂乃香はと言えば、矢文の心配をよそに植物にそっと触れては、うなづいている。
 温室の中は程よい湿度と暖かさを持っていたが、水蒔き用のスプリンクラーのノズルは乾いていた。繋がれた管を辿ると、やはりあの井戸の横に付けられたポンプに接続されている。
「不思議ですわ」
 穂乃香が右手を肘に、左手を顎に当てて首を傾げた。
「お水は足りているから、いらないって言ってますの」
「は? なんだって!?」
「だから、ほら。こんなに瑞々しくて、触っても悲しい感じがしませんわ」
「確かに、なぜあんたにそんなことが分かるんだ!?」
「だって、花も緑もお友達ですもの」
 矢文は自然と生きて来たが、植物のことをこんなにもよく知っている人間にあったことがない。少女が自信を持って話すのを、ただ驚いた表情で聞いていた。穂乃香は自分の倍もある矢文を見上げて微笑している。
 少しの沈黙の後、
「井戸……入る…か?」
「ええ! 連れて行って下さるんですのね!」
 両手をポンと叩いて、少女が跳ねた。長い銀髪が光を反射して輝く。周囲の植物達が心配そうにざわめくのを、矢文は確かに感じた。
「あんた、変わってるな」
「まぁ! 普通ですわ」
 井戸までやってきた。矢文は持ってきた鞄の中から縄梯子を取り出した。話を聞いた時から、井戸に入ろうと思っていたのだ。井戸の横にあった石柱に梯子の端をしっかりと固定する。その様子を穂乃香は井戸の縁に腰かけて見ていた。
「俺が先に降りる。下にいてやるから、ゆっくり降りてくるんだ」
 矢文は縄梯子を中に垂らし、少女がうなづくのを確認した。
 巨体が煉瓦の向こうに消えた。カツカツと靴先が壁に当る音がする。懐中電燈の光が揺らめいていた。
「もう降りてもいいですか?」
「やっぱり入るのか……ゆっくり降りて来い。気をつけてな」
 穂乃香は梯子に足をかけた。長いワンピースの裾を少しくくってはみたが、どうしても降りにくい。
 スカートで梯子は無謀だったかしら?
 元々物怖じしないタイプなので、不安に感じることはなかった。それに――。
「きゃっ!」
 裾が絡んだ右足が梯子を踏み外した。少女の小さな体から暗闇に落下する。
「どうした! うわっ!」
 矢文が驚いて上を見上げた。白い影が急速に近づいてくる。咄嗟に両手を広げた。

 ポスン!

 穂乃香が腕の中へ落ちて来た。矢文はホッと胸を撫で下ろし、「だから言ったじゃないか!」そう叫ぼうとして驚愕した。何かが腕に絡んで、動けなかったのだ。グルグルと腕に巻きついていたモノ――それは井戸横に茂っていたヤタカズラの蔓だった。
「こ、これは……」
 矢文が唸ると、役目を終えた蔓は元の位置へと戻っていった。ゆっくりと穂乃香を下ろす。蔓が巻きついていた腕を擦った。
 確かに俺がこの子を受け止めた時、反動が少なかった。蔓が支えになって衝撃を吸収したのか……。
「さぁ、行きましょう」
 横に伸びた井戸底を指して、穂乃香が明るい声を出した。落ちたことなど気に止めていない様子だ。助けられること知っていたからかもしれない。
 奥へ奥へと進む。懐中電燈の明りが指し示すのは暗闇。まだ見えてこない壁。
「あら? イモリさんですわ」
 壁を黒い小さな影が走った。
「ここはまだ生きている。だから枯れたのは一時的なものだろう」
「そうですね。イモリさんもいるし、水草さんも元気だし、良かったですわね」
 互いに笑い合った。矢文も穂乃香にずいぶん慣れたし、何より懐中電燈届かない場所は暗闇なのだから。顔がはっきり見えないというのは、気楽に話せるものだ。
 その時、光が消えた。
「しまった! 電池を確認してなかった……」
「まぁ……。でもきっと大丈夫ですわ」
「あんた、恐くないのか?」
「暗闇は恐いですわ。でも、矢文さんもいますし、それに――」
 真っ暗だった周囲がほんのりと明るくなった。矢文が驚いて見渡すと、いくつもの黄緑色の光が点滅していた。
「ホタル!! …な、なんでこんなところに」
「ありがとう、助かりましたわ」
「あんたか! あんたなのか、このホタルは?」
 照らし出された笑顔が肯定の意味を矢文に知らせていた。
「そうか…。さっきから変だと思ってたが、あんた自然と通じ合っているんだな」
「うふふ。帰りましょう。樹多木お姉さんに報告しなければいけませんわ」
 やんわりと笑った少女の傍を、ホタルが逃げもせずに飛び交っている。矢文は自分と同じく自然を慈しむ者がいたことを嬉しく思った。穂乃香の言葉に「ああ」と低くうなづいて、出口へと向かった。
「あら、樹多木お姉さんの声がしますわ」
 井戸の外へと戻ってきた穂乃香が、ポケットにいれていた紙を取り出した。
『お疲れ様、穂乃香ちゃんすごいんじゃね! お菓子あるよ。ここにおいで』
 頭の中に浮かんでくる文字と声。不思議そうに近づいて来た矢文にも紙を見せる。『透+守』と樹多木の癖字で書かれた紙。具現字を操る樹多木の得意技だった。

 井戸は枯れたわけではなかった。生きている。
 ただ、水がなくなってしまっているだけ。
 植物も喉を枯らしているわけではないらしい。これが何を意味するのか、2人には分からなかった。
 おそらく、分かれて調べているメンバーの情報を組み合わせて初めて、原因が分かってくるのだろう。

 矢文と穂乃香は、すっかり仲良くなって楽しそうに会話しながら、玄関を入った。
 

□白神邸応接室□ ――海原みなも+橘穂乃香+シュライン・エマ+朧月桜夜+瀬水月隼+岐阜橋矢文

 別行動していたすべてのメンバーが集合した。
「桜夜さん……髪が濡れてますわ」
 穂乃香が声を掛けた。桜夜は着た時の騒がしい感じと違い、柔らかい微笑を浮かべ静かに座っている。その頬はわずかに朱染まっているように見えた。
「ん、大丈夫よ。ありがとう」
 目を細めて笑うと、肩に掛けられた男物の上着に手をそっと乗せた。ソファーに寄り掛かっていた隼が、小さく舌打ちして視線を天井に泳がせている。穂乃香は隣のみなもと顔を合わせ、意味も分からぬまま恥ずかしさに頬を赤らめた。
 矢文は豪華な室内に落ちつかない様子。シュラインは目を閉じ腕を組んで樹多木の言葉を待っていた。
「まず、雨が降ってる場所の位置を調べてもらった結果、ある場所を中心にほぼ正確に円形をしていることが分かったんじゃ」
 樹多木はシュラインに視線を送る。小さくうなづいて、シュラインはみなもと2人で作成した見取り図を広げた。
 一同が身を乗り出した。
 赤い印と、建物を囲うように描かれた円。シュラインは長い定規を取り出して、円の中に十字を書いていく。
 その2本の線が指し示す中心点――それは、南側に面した1つの広い部屋だった。
「……主人である真様のお部屋でございます」
 市橋が手を体の前で組み、ゆっくりと静かに言った。
 状況を把握していなかった矢文と穂乃香が息を飲む。それ以外のメンバーは、もう一度繰り返された事実に互いの顔を見合わせた。
「ある現象が起きた時ってのは、その現象が現われた場所の中心点に原因があることが多いんだよな」
 重苦しい雰囲気を破って隼が口を開いた。
「それから井戸は枯れてるけど、植物は穂乃香ちゃんによると水を欲しがっていないんじゃと。それにこの井戸、さっき言った部屋にも繋がってるらしいし……」
「市橋さん、ご主人の部屋……見せて頂けるのかしら?」
 シュラインが執事を見据えた。主人は体調を崩している、素直に応じるとは思えなかった。それでも聞いておかねばならない。
「――私では判断できません。主人と相談しなければ……」
「では、今日は駄目ということですか?」
「はい。後日、草間様の方へ、ご連絡差し上げます」
 終始俯き加減で、みなもの質問に市橋は答えた。だが、原因が主人にあると聞かされても彼は驚いてはいなかった。

 まるでよく知った事実――だったかのように。

 細い目に浮かんでいるのは暗い哀惜の色。
 質問を続けようとしていたシュラインは、出かかっていた言葉を飲み込んだ。桜夜が立ちあがって隼の横にそっと並ぶ。
「じゃ、今日はもうお開きだな」
「仕事は終わりでいいのか?」
 矢文と隼が答えを求めて、樹多木に視線を投げた。
「ン……、仕方ないか。しょうがない、一旦草間さんとこに報告に戻ろう」
 パソコンのフタを締め頭を掻く。それを合図に、全員が席を立ち玄関へと向かった。

 すでに夕方色をした空。
 これは本物の空のだろうか――。ここにいる全員が幻を見ているかもしれない。誰ともなく、空を見上げ遠くに黒く垂れ込めた雨雲を見つめている。
 朝乗ってきたリムジンが滑るように、玄関先に立つ一同の前に止まった。
「それじゃ、市さん。連絡待ってるから」
「はい。分かり次第お知らせ致します……」
 全員が乗り込んだのを確認して、車は走り出した。市橋は同行していない。
 座席に座ったどの顔にも、すっきりしない気持ちが現われている。晴れ上がった空が終わり、雨音が金属のボディーを打つ。
 舞い戻った現実世界。
 リムジンが草間興信所に到着するまで、誰も口を開かなかった。
 市橋の目が、何を示しているのか。それを知ることが、原因究明の早道なのかもしれない。

 雨はまだ降り続いている――。


□END□ <後編>に続く


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも) / 女 /  13 / 中学生                       
+ 0405 / 橘・穂乃香(たちばな・ほのか) / 女 /  10 / 「常花の館」の主                  
+ 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
+ 0444 / 朧月・桜夜(おぼろづ・きさくや)  / 女 /  16 / 陰陽師                        
+ 0072 / 瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)  / 男 /  15 / 高校生(陰でデジタルジャンク屋)       
+ 1571 / 岐阜橋・矢文(ぎふばやし・やぶみ) / 男 / 103 / 日雇労働者                     

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。「東京怪談」初参加の杜野天音です。
 実は、シナリオをアップする際に失敗してしまい、参加人数4人のところを6人受注してしまいました。そのため、納品が遅れまして大変申し訳ありませんでした。
 その代わりに、4人から6人になったことでシナリオ内容が充実しました。初参加、初多人数描写、初連作と初めて尽くしのシナリオでした。
 
 矢文さんは素敵な男の人で、無骨な感じが出せていたらいいなぁと思います。
 自然をテーマに穂乃香ちゃんと組んで頂きました。小さい女の子とはどうでしたでしょうか?
 素敵なふたりに書いていて、とても楽しかったです。

 後編のアップは、少し後になります。参加人数は減りますが、またご参加下さると嬉しいです。
 それでは今回は素敵な仕事をさせて頂き、ありがとうございましたvv
 ぜひ、他のキャラ作品も読んで下さいませ。