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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


太陽と月。


 碧色の煌々とした文字列が散在する電子世界。
 一見、英数字の羅列にも見えるそのプログラム達は、遊び心で設けられた不完全なものから、世界を揺るがす絡み合った糸のような配列まで……秩序と法則いう言葉がこの世界にも通用するならば、まさしく理に叶った無限の巨大空間。
 その場所をひらりひらりとブラウンの髪を翻し、透き通るかのようにそれらを楽しく飛び跳ねる少女。赤く大きな瞳がまだ幼さを残し、黒のヘッドドレスのレースが揺れる。

――ミラー、どコにいるノかナ?

 少女――ミリア・S――未知数の可能性と運命を手にした電子生命体。彼女自身も一種のプログラムであるが、意思を持ち具現化した躯を手にしたミリアは、プログラム通りの行動からはかけ離れた子供心と純真無垢の存在。文字通り『childlike』がピッタリな少女。
 そのミリアが人差し指を顎にちょん、とにあて、キョロキョロ辺りを見渡す。

――ア☆

 少女の赤い瞳が宝石のように輝く。幾つもの文字列が並ぶネット上に目的の人物(?)を発見したのだ。

『ミラー!』

 彼の名を呼ぶが早いかミリアは駆け出した。トントン、と軽やかに近づいたかと思えば少年にしがみ付くように腕を絡める。
『探シたゾ☆』
『…そうですか?』
『デも、スグに見つけられタからアタシの勝ち』
 子猫が鳴くように少女は、はにかみ、笑った。


『人間を真似しテ現実世界でデートをするのダ☆』

 暫くミリアと大人びた空気を纏った少年――ミラー・Fがそこに(…と云っても絶え間なく蠢き続ける電子世界の中で、なのだが)腰を降ろした後。少女は弾かれるように立ち上がって、座るミラーを見下ろした。
『デート?』
『ソ☆』
 金色の瞳を少女に向け、ミラーは疑問系で彼女に問い返す。勿論、帰ってきたのは愛くるしい少女の笑顔と悪戯な甘い言葉。

『待チ合わせ時間は9:00am。遅刻はゲンキン!』


***


『じゃ、パパ行ってきまース』
 まだベッドで心地よさそうに眠る主人に小声で囁くと少女はフワリと浮きながら、羽型のリュックサックを「よいしょ」、と背負った。
 前述のようにミリアは元々電子世界で生まれたプログラムの一種である。こうして具現化し、現実の世界――つまりは、3次元の世界にその身を現すと云う事は……――人間は通常、気体・固体・液体の互換性により成り立っているものであり、ミリアのような電子生命体では『完全』な実体は不可能である。故に様々な構成物質が希薄で乏しい……質量から云えば、ヘリウム、とまではいかないにしても、かなりの軽さを有する。まぁ簡単に、且つ、極端な例えを使えば、人が月面上をを歩いているような感覚であろうか(ちなみに、月面上の重力は地球の6分の1)。
 …と、色々と記述してみたものの、少女については生み出した父に訊くのが1番早い話……そしてその父親でさえも想像し難い未知な存在――それがミリア・Sと云うわけだった。

 ミリアはマンションの自動ドアを潜ると、燦々と照る太陽を仰いで手をかざした。雲1つない青く深い空。まるで何処かに帰りたいとも見える、手の届きそうなそれにミリアは赤い瞳を細めた。もう1人の『彼』もこの空を見て今ごろ歩いているのだろうか、と――。


 2人の『デート』は至ってシンプルである。否、王道…とでも云えばいいのだろうか。
 お互い体内時計で秒までピッタリに待ち合わせ場所である、動物園前に集合。『オハヨ☆』とミリアが云えばミラーは浅く頷いた。鋭い金色の目つきをしたこの少年は、排他的な雰囲気を持ち合わせながらも、ミリアのような存在の前ではその無表情な顔も少し温かみが増すような気がする。
『ミラー肩車ッ!』
 じゃれ付くように腕を絡ませると羽のついた軽い少女は、ミラーにオネダリをする。あどけない赤い瞳が上目遣いに少年に向けられると、短い沈黙の後、少年は軽々と少女を抱いて肩に乗せた。
『ワッ!』
 突然広がった視界に少女は目を輝かせる。空が益々自分に近づいたように思え、両手で抱くようにはしゃいだ。後ろからそよぐ小さな風に黒いレースがフワフワと揺れ、覗き込むように下のミラーを見ると少年はゆっくりと歩き出した。


『ミラーあっチ! コブ! コブヘイがいる☆』
 左手は少年の頭に乗せ、右手はソフトクリームを。ミリアは茶色く鼻が素敵な物体――ラクダ――に興味を持ったのか、下のミラーにはしゃいで指差す。この暑さで崩れ落ちそうなソフトクリームを『ミンナ食べてる!』という理由で買ったは買ったが、ミリア自身、それを食すことが可能なのか?
 まるで空気のように軽いミリアを乗せたミラーが近づくと、ラクダはフゴフゴと鼻を動かせて見せた。長い睫毛に円らで黒い大きな瞳は、目の前の少女のソフトクリームがどうも気になるらしい。
『コレ、欲しイのカ?』
 尋ねるようにミラーに云うと、少年は顎でしゃくって『差し出してみては?』と。ミリアは悪戯心と遊び心を混ぜたように、そっとラクダにソフトクリームを差し出してみせる。
『ワッ!』
 ミリアが手を伸ばした瞬間、ラクダの顔はミリアに近づき、パクリ、とそれにかぶりついた。勿論、ミリアの手はラクダの涎とソフトクリームでベッタリである。
 モゴモゴと美味しそうに(?)頬張るラクダに少女は目をパチクリさせたが、すぐにそれは無邪気な笑みに変わった。ミラーもフンフン、と鼻を動かす生物に無関心ではあったが、近くで見るとやはりとブサイクだ、と冷静に分析してみせる。


 体内時計が12:00pmを回る頃。
 ミリアが園内で買ったウサギ耳のカチューシャで遊んでいる間、ミラーはハート型抜きの固形燃料弁当を食し、白い椅子に腰掛ける。初夏を覚えさせるその陽気にサイバードールの彼にしてみれば、冬の寒さよりも辛いものがあるだろう。……しかし、時折、溜息を落とすとミリアが慌てた顔をして、何処かに行ったかと思えば両手ですくった水をミラーに差し出す。当然のことながら、水道の蛇口から子供であるミリアが持ってくるそれは、少年の下に届くまでに殆ど無くなっている。
『ア゛ー…またダメ…』
 何度も何度もミラーに冷たい水を届けようと必死になる少女。少し頭を使えば、近くの売店で冷たいジュースやカキ氷を買ってくればいいだけのものを……ミリアはこういう一般的な常識や考え方は全く持って持ち合わせていないように思える。
『ミラー、今度コソネ!』
 そう云ってヒラリ、と軽く駆けて行く少女に少年はそっとミリアの腕を引っ張った。
『もういいですから…』
 小さく云って強引にミリアを隣に座らす。
『これぐらい平気です』
 平日の為か閑静な中央公園にそよ風が吹く。透けるようにミリアは左手で瞳を閉じた少年の頬に触れると、うっすらとミラーは金色の瞳を開く。
『ミラー、ゲンキ?』
 心配そうに瞳を向ける少女はグイ、と少年の腕を引っ張って額と額を合わせた。
『…ミラー、熱ナシ!』
 安心したかのように無邪気に笑うとミラーはまた1つ笑みを落としてしまう。ミリアといるとどうしても調子が狂う、そんな表情だったのかも知れない。


***


 日も長くなったとは云え、空が茜色に染まる頃。
 ミリアとミラーは帰途に着く――ミリアのパパのマンションまで。
 相変わらず手を繋いだ2人がオートロックの玄関口まで来ると、ミリアが何処か物足りなさそうにミラーの手を離した。少し俯くと「別れ」という難しい人間の経験を理解しようとしたのか、何だか胸のあたりが苦しくなった。
『…ミリア?』
 無言になった少女に気を使ったのか、少年が屈んで少女の顔を覗き込もうとすると、ミリアは先日、パパと見た映画の一場面を思い出す――そう、互いに別れのときに交わした挨拶。

『……お別れの時はコするンだゾ☆』

 ミリアは再びミラーの腕をグィっと引っ張って少年の頬にキスをした。夕焼けに染まった金色の瞳をパチクリさせるミラーにも、自分から頬を出し、『ミラーも』と人差し指でオネダリをする。
 2人で頬にお別れのキスをすると、ミリアはバイバイ、と手を振ってドアに吸い込まれていった。


『今日のデートは90点ダ☆』
『そうですか』
『次は遊園地がイイ!』
『そうですか』

 いつもの通り、元の通り。
 電子世界に戻ると、2人手を繋いで絶え間なく動き続けるプログラムの中、腰を下ろしたミリアとミラー。

『ネ、今日はパパ忙しいノ。眠るマデ…手、握ってて…ネ……』
 そう紡ぎながら少女は眠りに落ちていく。
 我侭姫はすぅすぅと寝息を立てながらも、手はしっかりとミラーの手を。
 ミリア――明日になれば、また愛くるしい笑顔で太陽のように。
 ミラー――明日になれば、また静かな表情で月のように。
 

 太陽と月は離れず離されず――……。


Fin