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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真夏の滞納追復曲(カノン)

 最近何とも、不幸な日々が続いているような気がする。
 すぐ傍には、真新しい窓ガラス。それを見つめていると、余計に苛立ちが積もるのは一体、なぜなのだろうか――
 ……なぜ、だと?
 ふと、言うまでも無い事を自問している事に気が付いた草間は、デスクの書類の間に申し訳程度に存在する空間に頬杖を付ながら、不意に浮かんだ考えに顔を顰めてしまっていた。
 そのままさらに、暫く思考を巡らせて、
「ああもう畜生っ!! 全部あいつの所為だっ!!」
 よみがえり来る嫌な思い出に、思わず頬杖を解いた手に、強く、強く力を込めた。
 そうだ、確かこのガラスを入れ替えなくちゃならなくなった原因も、その上最近、バイトの面々から給料をくれ! と泣きつかれている原因も、考えてみれば全部、
「俺はもう限界だっ!! ふざけろあの枢機卿めっ!!」
 ばんっ!! と突然、興信所に机の叩かれる音が響き渡った。
 積み上げられた書類が、その衝撃に勢い良く山を崩す。
 それでも、
「もう許さんっ!! 俺は許さないっ!! 全部ユリウス、お前が悪いんだってゆーかそういう事にしておいてやるっ!!」
 更に叫んで草間は、唐突に、使用差し止めの危ぶまれている傷だらけの携帯電話を取り出した。
 メール画面を開くなり、凄まじいスピードで文章を打ち込んでゆく――
 電話より、メールの方が安上がり。ゆえに、殆ど興信所の電話を使わなくなったその代わりに、やたらとメールを打つのだけは早くなっていた。
 悲しい現実に泣きたくなるのをぐっと堪えながら、
「依頼料の滞納は俺の所為じゃないぞっ!! アイツさえ金を支払ってくれれば、バイト料だって払ってやれるんだっ!! 俺の所為じゃないっ!! 断じて俺の所為じゃないんだっ!!」
 そうだよ草間、自分を信じるんだ! バイトの面々に泣きつかれる理由だって、被依頼人から泣きつかれている理由だって、考えてみれば全部俺の所為ではないじゃないかっ!!
 何で今まで、考えなかったんだ。
「……払わせれば良かったんだ」
 草間には1人、腐れ縁の友人がいた。
 ユリウス・アレッサンドロ枢機卿猊下。
 教皇庁の高位聖職者にして、イタリアから来日中の枢機卿。興信所の方も幾ばかりか彼から依頼を貰い、人員の方も何人か派遣してきていた。
 しかし。
 その依頼料が支払われた事は、かつて1度でも、あったのだろうか――
 今に見てろよ、ユリウス。
 ぴっ、と音をたてて、メールが送信される。
 草間はさらにその作業を何度か繰り返しながら、ゆっくりと、画面に向かってほくそえんでいた。



† プレリュード †

 視線の先。物悲し気に流麗な文字で、こう書かれていた。
『拾ってください』
「――って、お狼ぃぃぃぃぃっ?!」
 帰り道。愛媛みかんのダンボールを開けて、麗花はひたすらに絶叫していた。
 丁度中型犬がすっぽり入りそうなほどのダンボールの中で、一匹の狼が蹲っている。毛並みは銀にも見紛う白。しかしそれも、心なしかへなへなと萎えてしまっているようにも見えた。
「しかも拾って下さいって……! お、オーロラちゃん……って言うの……?」
 いかにもひもじそうな――種族としての威厳の欠片も無さそうな狼の横に添えられた、飼い主からの手紙らしきもの。そこには箱の文字と同じ筆跡で、淡々とした事情と謝罪、そうして、狼の名前が添えられていた。
『名はオーロラといいます。良い子ですので、可愛がってあげてください』

 どうしてかユリウスにとっては、突き刺さるような会話ばかりが展開されていた。
「ええ、宜しくお願い致します。古本屋も、この不況で……。興信所から以前の依頼料を頂かなくてはとてもとても……」
 徹底した、無表情。言葉の内容にしてはあまりにも落ち着いた声音で話すのは、ステラ・ミラ――漆黒の長い髪に、同じ色の神秘的な光を湛えた瞳の持ち主であった。抜ける様に白い肌に、しかし闇色の良く似合うその風貌が、どことなく近寄り難い雰囲気さえ醸し出している。
「すみませんね、ステラさん。必ず今月中には、お支払い致しますので――」
 そんな女性を目の前に、動じる事もなく切れ長の青い瞳で目礼したのは、シュライン・エマであった。赤いスーツをぴしりと着こなしたいつもの姿は、草間興信所ではおなじみのものであった。
 ただし、今は確かに草間興信所のバイトとしての勤務中ではあるが、
「お茶の準備ができました」
 テーブルの上にお茶を並べる中学生のバイトの少女――海色の髪と瞳を持ち合わせた長身の少女、海原(うなばら) みなもと同様、外地勤務≠フ最中であった。
「伯爵様も皆さんも、そろそろ座ってくださいね」
 夏色のセーラー服を翻し、みなもが歌うようにして、早くしないと時間がなくなってしまいますよ、と笑顔を振りまく。
「そうですね。折角皆様から頂いたお菓子もありますし、早くお茶にしましょうか」
 食器類を人数分並べ終えて顔を上げたのは、斎 悠也(いつき ゆうや)であった。黒髪に良く映える金の瞳。そこはかとなく行動の端々に見え隠れする流麗さが、ステラとは又違う神秘的な雰囲気を抱いていた。
「わたくしも楽しみです。海原様のお菓子も、とても美味しそうですもの」
 早速椅子に腰掛け、ティーカップを前にする少女が一人。さながら日本人形のように鮮やかな振袖と立ち振る舞いの少女は、榊船 亜真知(さかきぶね あまち)であった。金の瞳で周囲を一望し、黒髪をするり、と整えると、
「ところで、星月様はいつお帰りになるのでしょう」
 麗花が帰って来れば、きっと話が本題≠ヨと向ってしまう。ユリウスがそれを恐れているのを半ばほど知りながら呟いた亜真知に、当人は聖堂の影でひっそりと溜息をついた。
 ――本題。
 他でもない。今日突然入ったアポイントメントの内容は、曰く、『滞納金の徴収に参ります』だったのだ。
 どうやらついに、ユリウスの滞納に草間の堪忍袋の御緒が音をたてて切れてしまったらしい。そこで送られて来たのが、今この聖堂に立つ五人のメンバーであった。
「あぁ……」
 草間からの怒りの連絡に、ついに草間さんも切れたんですね、と苦笑しつつ、きりきりとした徴収を目指す悠也。
 興信所に出入りしはじめて日が浅い分、シビアに対応できると草間からかわれた亜真知。
 様々な事情が相俟って参加する事となったステラ。
 この前の窓割れ事件の所為で、締切前に風邪を引き、酷い目にあう事となった作家でもあるシュライン。バイトとしての徴収よりも、先の事情に対しての正当な報復≠フ意味も、もしかしたら大きいのかもしれない。
 そうして、己の今後のバイト料の為にも、金額の詳細をシュラインと共に綺麗に纏め上げてきたみなも――実はユリウスがそんなに貧乏なのかどうか非常で不思議でならなかったのだが、事実滞納されているのだから仕方がないと割り切ってここまで来ていた。
 見た所、この五人はユリウスにとってもかなりの強敵であった。確かに滞納分を払えば良いだけの話なのだが、世の中そうも上手くは行かない。様々な事情も相俟って、結局今の今まで滞納しっぱなしだったものを、今日突然ぽん、と払えるはずもなく――
 あぁ、どうしましょう。
 と、ユリウスが更に頭痛を覚えた、丁度その時の話であった。
「猊下、ただいま戻りました。あの、うちの教会って、生き物禁止でしたっけ?」
「はぁ?」
 戻ってきたばかりのシスター・麗花に不意に問われ、訝りながらもユリウスは背後を振り返った。
 そこには、疲れ果てたような白い狼を引き連れた麗花の姿が――
「オーロラ」
「え?」
「オーロラではありませんか」
 しかしユリウスから答えを貰う暇もなく、麗花は唐突に聞えたその名前に、くるり、と振り向かざるを得なかった。
 狼の名を呼んだのは、ステラであった。
 手紙に書かれていた、この狼の名前。それを知っているという事はつまり、
「もしかして、」
「私はステラと申します。……オーロラの、飼い主です」
 麗花の質問を見越して、いつの間にか彼女の目の前へとやってきていたステラが、優雅に頭を下げた。細い指先で上目遣いの狼をゆるりと撫でながら、
「こ、困ります! いくら何でも、捨てちゃうだなんてそんな――!」
「生活に困りつい……許してください」
 突然の展開に動揺すら覚えていた麗花とオーロラとに、冷静な声で謝罪した。
「今色々な所から同時に滞納されてしまっていて……オーロラの餌を買うお金すらなかったんです」
 ステラの無表情が、しかしなぜか麗花の無言を誘う。
 早速の痛い言葉に串刺しにされたユリウスの傍。一瞬にして、聖堂に同情の空気が満ち溢れた。
「……えと、」
 長い沈黙の後に、一番初めに口を開いたのはシュラインであった。とさり、と椅子に腰掛けると、
「とりあえず、お茶会≠始めましょうか。ユリウスさんもほら、こっちに来てお座りになってください。麗花ちゃんも、ほら、」
 この雰囲気は、なかなか辛いものがある。
 もはやお茶は入っているのだから、というシュラインの言葉に、とりあえず誰もが一度納得し、思い思いの席へと着く事にした。
 
 そうして始まる、楽しいティータイム。
 七人の会話が、穏かに、和やかに続いて行き――



† 前半楽章 †

 さながら神の御許であるかのように、笑顔や喜びが溢れかえっていると言うに。
「あー……」
 あぁ、主よ、どうしましょう。私、人生今までで一番最大なピンチかもしれませんとも……!
 ゆるりとお茶を嗜む麗花の隣に腰掛けたユリウスは、皆の笑顔の裏に潜む雰囲気に、嫌でも気がつかなくてはならなかった。みなもの持ってきたキロ千円のお茶は確かに庶民的な味で美味しかったが、しかしそれを素直に美味しいと感じる事はほぼ不可能に近いものがある。
 何で突然こんな事に……!
 まさかある日突然、こうして大人数で滞納について責められる%が来るとは思ってもいなかったのだ。
 嫌な、予感がする。
 襲い来る頭痛が、この後の展開を示唆しているかのようだった。
「……美味しいですねぇ、猊下。お茶って、こんなに美味しかったかしら。ね、海原さん?」
 ごく朗らかに微笑んだ麗花の声音に、
「高いものとは違う味わいで結構好みなんです」
「そうね。高いから美味しいとは限らないもの」
「こういうのも良いですね。悪くはありません」
「今日のお菓子にも、ぴったりな味ですし」
「わたくしも皆様と同じように感じましたわ」
 みなも、シュライン、ステラ、悠也、そうして亜真知が思い思いに言葉を続けた。麗花と同じく、微笑ましい事この上ない表情で。
 刹那、ユリウスの背筋につつつっ、と悪寒が駆け抜けた。
 この不思議な雰囲気についに息を詰まらせたのか、さり気なく同席していた教会の神父が一人、すっくと立ち上がり、麗花に何かを手渡してからよろよろと聖堂を後にした。が、しかし、ユリウスには、それをどうこう言う気力すら残っていなかったらしい。
 黙りこみ、寒気に耐える上司に向かい、
「どうしたんです、猊下? あぁ、お砂糖が足りませんでしたか? それとも、これだけお菓子が並んでいてもまだ足りないと? それとも……珍しく、食欲が無いですとか?」
 ありえない話ですけどね、と、麗花が自分で自分の言葉を一蹴した。そのまま、いかにも楽し気な笑い声をあげながら、ぐるりとテーブルの上を一望する。
 そこに所狭しと並べられていたのは、教会に元々あった市販の、そうして手作りのものに加え、みなもの手作りクッキーにケーキに亜真知のフルーツタルト、さらにはシュラインやステラから寄せられたお土産代わりのお菓子達であった。普段のユリウスなれば、スプーンを片手に幸せに無言で祈り始めているような光景が広がっている。
「ケーキを作ったのは初めてなんです。美味しければ良いのですけれど」
 小さめのクリームとチョコのケーキを視線で指しながらはにかむみなもに、
「わたくしのは、ネット上のレシピからのお手製ですの。――気に入っていただけますかしら、ユリウス様?」
 上目遣いに小首を傾げながら亜真知が続けた。
 しかしユリウスは、あー、うー、と、意味の無いうめき声をあげるのみであった。
 どうしてか――ひどく――ユリウスに向けられた皆の視線が、
 私を、責めているような気がするのですけれど……。
「ささ、ステラ様も、他の皆様も是非。これでも少しばかり、わたくし自身、美味しく出来たと思いますの」
「それはそれは……では、オーロラも頂きなさい。すみませんね、榊船様。私も頂きます」
 愛らしく小首を傾げた亜真知に、話を振られたステラが相変わらずの無表情で、しかし、言葉柔らかく目礼した。
 横に従えたオーロラに、亜真知から手渡されたケーキを差し出しながら、
「……ケーキだなんて、久しぶりです。最近はオーロラに餌もろくに買ってあげられませんでしたからね」
「ステラ様、そんなに生活に困っていらっしゃるんですか?」
「ええ、私情になってしまいますが、今は丁度、一番の取引先に色々と滞納されてしまっていまして……古本屋はただでさえ経営難だと言いますのに、これでは生活にも困ってしまいます」
「あら、それは大変ですのね、ステラ様。……良い迷惑を被っていらっしゃるんですね」
 ステラと亜真知の何気無い会話に、ユリウスの笑顔が知らず引きつっていた。
「あの、ステラさん、亜真知さん、」
 何か仰りたい事でもおありだったりしませんか――?
 しかし。
 ユリウスがそう問いかけようと、口を開いたのと全く時を同じくして、
「本当に大変な事よ……ですよね、ステラさん? 決して笑って流せる事じゃあないのよ、これは」
 すっと言葉をあげたのは、お茶を啜っていたシュラインであった。
 ステラの方へと、そうして同時に自分の方へと、心底の同情を向けながら、
「資金のやりくりは大変だわ。入る予定のお金が入らなければなおさら、ね。先の予算も狂うし、もしかしたら今月の採算だってあわなくなるかも知れない――恐ろしい事だわ」
 とんっ、とティーカップを置く。一つ溜息の後に、そのままにっこりと人の良い笑みをユリウスへと浮かべて見せると、
「ユリウスさんになら、お分かり頂けますよね?」
「あー、何のお話です? シュラインさん?」
「まさか、私が武彦さんから事情≠聞いていないと思っていらっしゃる……わけではありませんよね?」
 笑みを深くする。
 しかし、にこにこと冷汗を誤魔化すユリウスを見つめる瞳が、そこはかとなく暖かみを欠いている――ように見えたのは、果してユリウスの気のせいだったのだろうか。
「――とりあえず、麗花ちゃんと一緒に教会の運営やら生活費やら見直して、予算捻出を検討してみましょ」
「ちょっと待って下さい! 何で突然そんな話になるんですかシュラインさんっ?!」
「武彦さんからも聞いていますよ。どうやらバチカンも――いえ、教皇庁≠焉Aこの不景気に喘いでいるようですから、」
 教皇庁。
 たった一つの単語に、枢機卿がぎくりと身を震わせた。
 これは……本気でまずいかも知れませんよ……
 まだ何を話したわけではないと言うのにこの単語が出てくるという事は、
 シュラインさん、色々と調べてきてますね、これは……!
 どうやら相手も、ただの素人ではないらしい。侮ってかかると、
 痛い目を見るかも知れませんね――。
「近所の良質で手頃な店舗情報ならちゃんと収集して来たから、安心してくれて構わないわよ、麗花ちゃん。一緒に考えましょうね。そうしたらきっと、教会運営も楽になるはずだから」
 もっとも、上司がこれじゃあそれにも限界はあるとは思うけど。
 苦笑しながらも言葉を内心に飲み込み、シュラインは鞄の中から書類サイズの封筒を取り出した。
 手渡された麗花が、言われるままにそれを開封する。
「それから、ユリウスさんのお好きな甘味、知人の社長さんや出版社関係から安い購入ルートを紹介出来るかも知れませんから、」
「それはそれは、是非ご紹介いただければなぁ、と思うのですが♪」
 突然訪れた大好きな甘味の話題に、ユリウスは訝る事無く心を躍らせてしまう。
 しかし無論、
「ただし、滞納金さえ支払って頂ければ、ですけれども」
 薄い割には情報量の多い紙に驚いている麗花の前で、シュラインがぴしゃりと付け加える。
 ユリウスの肩が、かくん、と落とされた。
「あぁぅぅ……」
「さすがエマさんですね……興信所の経営もこれを頼れば少しは楽に――」
「しようと思ったけれど無理だったわ。色々とあってね……それ、その時の副産物でもあるのよ。一時期随分とそういう情報の収集をしたものだから」
 いつの間にか麗花の隣でシュラインの資料を覗き込んでいたみなもの言葉に、シュラインも同じくして溜息をつかざるを得なかったらしい。その意味に、何となくみなももその心内を悟ったような気を覚えていた。
「あぁでも、私あんましこーいうの得意じゃないんですけど……」
「大丈夫ですよ、麗花さん。少なくとも、ユリウスさんよりはお上手なはずです」
 戸惑いがちな麗花にボールペンをそっと差し出したのは、今まで話を聞くだけにとどめていた悠也であった。麗花の持っていた教会の簡単な資金やりくり表をすっと指差しながら、
「この辺はまだ何とかなりそうですし……ほら、結構削ろうと思えば、経費の方削れそうですね。それから、見た所どうにも食費が問題ではないかと」
 麗花の冷たい視線が、ユリウスへと向けられる。
 無論、食費がなぜか≠竄スらと高くつく事は知っていた。今まで面と向って苦情を申し立てた事こそ無かったものの、
 猊下、死にたくなるほど甘いものがお好きですもんね。
 内心呟いた麗花の言葉を代弁するかのように、
「伯爵様に経理を任せると、全てが食料費になっちゃいそうですよね」
「失礼ですね、私そんなに食い意地張ってませんよ?」
「そうではありませんわ。甘い物のお話です――そうですわよね、海原様? ユリウス様に教会の運営を任せれば、間違いなく聖堂はお菓子に埋もれてしまうと思いますもの」
 みなもの言葉に対したユリウスの反論に、亜真知の言葉が容赦なく飛ぶ。あまりにもぴしゃりと指摘され、思わずいつもながらの微笑を引きつらせたユリウスに、
「そういえばユリウスさん、支払いがなければ訪れてもケーキ材料や洋菓子を購入する予算もありませんから。事務所にいらした時、日本茶のみのおもてなしになる事は確かでしょうね」
 あくまでも穏かに、シュラインが更に追い討ちをかける。
 途端、事を傍観する麗花の横で、青色の髪がふわり、と揺れた。
「今後ともお互い、楽しくやっていきたいですよね」
 言ってみなもは、鞄の中から屈託の無い微笑みと数枚の紙とを取り出した。
 薄い紙切れに、嫌な予感がする。ユリウスは恐る恐るに視線をめぐらせ言葉を失い、テーブルの上に乗せられた紙を取り上げた。
 事細かな、請求書。麗花にも見えるようにおかれたのは、果してみなもの意図だったのか。
 と、刹那、
「……猊下……」
 その紙を、するりと取り上げる手があった。いつもの尼僧服の袖が目に付いたと思った瞬間、ユリウスからは紙片が取り上げられている。
 ――麗花だ。
「やっぱりこんなに……滞納していらっしゃったんですか……」
「いえそんな……怒っちゃ、嫌ですって」
「ところで猊下、私ね、彼≠ゥらこんな物を預かっているんです。あまりの金額でしたから、珍しく計算でも間違ったのかしら、って、そう思ってたんですよねぇ」
 瞳を細めながら、麗花はユリウスに別の紙を手渡した。彼≠ニは、先ほどひっそりと聖堂を後にしたあの神父――つまりは、事務業管理の中心的な人物の事であった。
 彼が纏めたものらしき、興信所への依頼費用。
 出来れば手に取りたくもない紙を無理やり取らされ、視線をやってユリウスは素直に後悔してしまう。
 草間興信所からの、つまりは、みなもによって手渡された紙とほぼ同額の金額がそこには示されていた。莫大な数字の終わりに記されたサインは見慣れた筆記体。
 あの子はいつの間にこんな事を調べていたんですかっ?!
「私も確かに興信所に借金があるって聞いていましたけれど、まさかここまで酷いとは正直考えてもいませんでした……神父様も吃驚していましたよ。まるで不幸のどん底にいるような表情で、必死になって神様に謝罪の祈りを捧げた挙句、司教座教会(カテドラル)まで告解に行ってましたもの」
「いや何も、そこまで思い詰めなくても……」
「とにかく! きちんと払って下さい!! これ以上興信所に迷惑をおかけするわけにはいきませんっ!」
「まぁまぁ、麗花さん、落ち着いて下さい。伯爵様は、話せばわかって下さる方ですから」
 ――みなもの邪気の欠片もない言葉に、なぜか空間に南極の風が吹き抜けた。
 皆のお茶を啜る音と、ソーサーにカップを置く音とだけが響き渡る。
「……とにかく、そういう事ですから。支払いの方、宜しくお願い致しますね」
「えぇ……今経営難なんですよぅ。知ってます? 年々献金も減る一方。宗教離れが世界的に進んでいて――」
「あぁ、そうでした、」
 シュラインの言葉へと言い訳を続けるユリウスに、ふ、と、悠也が大きめの箱を取り出した。
 テーブルの上にたん、と置き、
「グレープフルーツのムースケーキに、キャラメルのミルフィーユ、それから、紅茶のシフォンケーキ……付け合せに生クリームもありますよ。それから、アイスクリームも作ってきたんです。皆さん色々と作ってきていたようですから、どうにもタイミングを見失ってしまって、」
 箱を開けながら言う。
「これ、全部斎さんが作ったんですよね……?」
 毎回の事ながら、何と言う出来栄え。開かれた箱から漂う甘い香りに、麗花はそっと箱を覗き込んだ。
「わぁ、美味しそうですね♪」
 当然、麗花の他にも、即反応を示した人物がいた。
 甘い物好きの、ユリウス。
「あぁ、私は紅茶のシフォンケーキが良いですねぇ。是非頂きたく」
「いけませんね……」
「はい?」
 不意に悠也が微笑を浮かべ、金の瞳でユリウスに悪戯な色を向ける。ユリウスからは視線を逸らさぬままで、すっとその箱を麗花の方へと移動させると、
「麗花さん、皆さんにお配り頂けますか? 勿論――」
 そこではじめて、悠也の視線が麗花の方へと向けられた。
 一瞬の、出来事。
 悠也の視線にどういう意思を感じたのか、
「……わかりました、勿論……ですね、」
 麗花もくすりと微笑んで、箱を抱えて台所の方へと向って行った。その後を、すっくと立ち上がったみなもが追いかける。
「な、何が、どういう事です?」
「そういう事です」
「そういう事ですわね」
「そういう事よ」
 ステラ、亜真知、シュラインがユリウスの言葉に示し合わせたかのように頷いて見せた。
 異様といえば異様な皆の様子に、ユリウスがふと小首を傾げる。
 ――この時。
 まだユリウスは気がついていなかった。
 ついに山場を迎えようとしているこの攻防。
 甘い物好きな枢機卿が知らぬ間に、じわじわと崖の方へと追い詰められ始めている事に。



† 後半楽章 †

 取り出した人型の和紙に、鎮めた心で息を吹きかける。
 悠也の手を離れた二枚の和紙は重力に従い、落ちて、落ちて、落ちて――
「さ、お遊びの時間ですよ」
 ぱんっ、と悠也が手を叩いたその瞬間、二人の子どもが床に小さな足をつけた。
 からんっ、と軽い木の音をたてて悠也を見上げたのは、
「さ、まずはご挨拶から、ですよね?」
「「はーい」」
 和紙から生まれた、童達。
「悠(ゆう)でーす☆」
「也(なり)でーす♪」
 二人は――水干服と巫女装束の幼い少年と少女はぴっと手を上げると、自分達を見下ろす大人達≠ヨと邪気を知らない笑顔を向けた。
 愛らしい表情に、今にも溢れんばかりの元気が詰まっている。
「わぁ、犬がいるー!」
「いるいるー☆」
 見た目通りの好奇心で、二人が早速興味を示したのは、ステラの使い魔・オーロラであった。銀の狼を恐れることも無くわしわしとなでなでしながら、
「かわいいねー♪」
「ねっ♪」
 顔を見合わせ、微笑みあう。
 その後もいじいじと弄繰り回され、戸惑うオーロラを相変わらずの無表情で見下ろすステラに、悠也がすみません、と小さく謝罪した。
 いいえ、と首を横に振ったステラは、
「でも、どうするんですか? この子達に、何をしてもらうつもりなんです?」
 オーロラを見つめながら、言葉だけで問うた。
「……勿論、こうするんです」
 悠也は屈み、悠と也との肩を軽く叩くと、ひそひそと小さな耳に内緒話をする。
 やがて悠也が満足気に頷き立ち上がった頃には、悠と也とは手を繋ぎ、どこかへと駆け出していってしまった。
「かいしゅ〜で〜す☆」
「です♪」
 遠くなるトーンの高い声。勝手に教会内をうろつかれては困る、という考えよりも先に、その言葉の内容に、ユリウスはあからさまに眉をひそめてしまっていた。
「か、回収……?」
「あ、そういう事ね」
 その横で、状況をふぅん、と見つめていたシュラインが組んでいた腕を解いた。
 一方で、どうやら亜真知にも、悠也の考えている事がわかったらしい。
 つまりは――そういう事≠ネのだ。
 答えは、その十分後の光景を見れば、明らかな事であった。
 麗花とみなもとがケーキと新しいお茶を運び終え、席についた皆が、あくまでも借金のし≠フ字にも触れないような会話をしている最中、大きな影が聖堂へと姿を表した。
 突然の事に、一番最初にそれを目撃したみなもが溜息をつくかのように言う。
「……す、凄まじい量、ですね……」
「おもたい〜!」
「おもいっ!」
 木霊するのは、悠と也との苦し気な声音。小さな子ども達は、その体にしては大きな山車のような物に精一杯のお菓子を乗せ、よっこらせ、と掛け声をかけながら、それを悠也の隣へと置いた。
 途端、
「あああああああああああああああああああああああああああああっ?! ち、ちょっとっ!!」
 その時枢機卿は、初めて悠也の意図を解したらしい。
 目の前にあるのは、自分の溜め込んでいたお菓子達――クッキーにパイに、ケーキにチョコレート、飴玉に――
「そ、それは私の――!」
「駄目ですよ、ユリウスさん。お返しは、できません」
 慌てて椅子から立ち上がったユリウスを、そっと瞳だけで制すると、
「こちらは差し押さえさせていただきます――ああ、お帰りなさい、悠さん、也さん。お疲れ様です。そういえば、そこにいる金髪眼鏡のユリウスさんが、悠さんと也さんとにあのケーキを分けてくださるそうですよ」
「えええええええええっ?!」
 幸いにして、まだ手付かずだったユリウスのケーキを指差しながら、悠と也とに優雅に微笑みかける。二人は早速テーブルの上へと精一杯背伸びすると、装束の袖をケーキへとつけないように細心の注意を払いながら、ユリウスのケーキを自分達の方へと引き寄せた。
 紅茶のシフォンケーキ。
 先ほどユリウスが食べたい、と言っていた、悠也の手作りケーキであった。
「あ、あぁ……」
「ありがとー!」
「ありがと♪」
 屈託の無い微笑みが、更にユリウスを追い詰める。悠也の子どもの頃の姿を思わせるような姿が、更にユリウスから反論を奪ってしまう。
 そもそもこれほど可愛い子ども達に何かを言えば、麗花が何をしてくるかわかったものではない。
 何も言えなくなったユリウスに、
「斎様、これ、とても美味しいですわ」
「さすがね。毎回毎回、本当に美味しいわよ」
 悪気の欠片も無さそうにして、亜真知とシュラインとが微笑みあった。
「あ、星月さん、こっちも美味しそうですよ」
「本当ですね……さすが斎さんっ! 今日のケーキも本当に美味しいです!」
「あの、私の分は……」
 みなもと麗花との言葉に、駄目もとでユリウスが悠也へと問いかける。しかし勿論、悠也からユリウスの期待していた返事が返るはずも無く、
「あぁ……」
 結果、思わず項垂れる。
「何を仰ります、ユリウスさん。そのくらいで人生ヘコたれていてはやっていけませんよ」
 不意に応えたのは、まだ若く、線も細めな――今まで聖堂にいなかったはずの、男性であった。
「って、あなた誰ですかっ?!」
「あ、申し遅れました。私、オーロラと申します」
 ステラの横から手を出してきた男が現れた代わりに、と言わんばかりに、彼女の横からは銀の使い魔が消え去っていた。悠と也とが気がつけば大騒ぎに発展するであろうその事態に、しかしユリウスは、あえてこまごまと口を挟まない事にした。
 実際の所、これは白の狼が姿を転じた存在なのだが。
「お菓子の無い人生とやじろべえのある人生とでしたら、間違いなく私は前者を選びます」
「オーロラ」
 ステラに名前を呼ばれ、ごくり、と息を飲み込みつつも、
「……と、とにかく。やはりこれからもお菓子を恋人に人生を歩み続けたいのであれば、興信所の滞納を全て、闇金融に借金してでもお支払いになる事です」
「さり気なく酷い事仰ってません……?」
 ぽつり、と、思わずシュラインがつっこみを入れた。
 と、
「はい、皆さん、アイスクリームを持ってきました。一度溶けかかってたんで心配だったんですけれど、冷やし直したら大丈夫だったみたいで」
 いつの間にか台所に行き、トレーに人数分のアイスクリームを乗せて戻ってきたみなもが、次々と皆に悠也お手製のアイスクリームを配ってゆく。
 が、しかし、ユリウスの前にお皿が置かれる前に、トレーの上からアイスは全て消え去ってしまっていた。
「いえあの、」
「あぁ、伯爵様、伯爵様の事ですから、きっと今回の事の罪悪感で甘いものも喉を通らないのではないかと思いまして。伯爵様の分は、用意しませんでした」
「えええっ?!」
 みなもの場合、これを嫌味で言っているとは到底思われない。
 『そういう事だ』、と。皆が先ほど交わした視線の意味はここにあったのだが、ユリウスはいまだにそれに気がつけずにいた。
 みなもは、パターン通りに悠と也とを傍に座らせ可愛がっている麗花の横へと腰掛けると、
「けれど、お支払いいただけましたら、きっとそういう罪悪感だってなくなると思いますから」
 麗花の傍にあった請求書を、再びさり気なくユリウスの方へと差し出してやる。
 ――決して笑顔は崩さない。声も、荒げない。
 ユリウスに対する請求が依頼である今回の、皆の間に存在する、ある意味の暗黙の了解でもあった。
「あぁでも、若干の値引き等は考慮できます、と、草間様が仰っていましたわ」
 あくまでも若干の、と付け加えると、亜真知はどこからともなく取り出した朱色の筆ペンで、値引きの額を総額に付け加えた。
「大体このくらいでいかがでしょう。それから、分割、という手段も有りといえば有りですわ」
 ただし回数は少なくしていただかないと。
「大体三回ほどが限度でしょうけれども、少なくとも一括よりは楽になりますわね。しかしこの場合、手数料はきちんと頂きます」
 あくまでもシビアに――草間に期待された通りに対応しながら、一方でアイスクリームを口へと含む。
 夏の思い出のような味に、内心ユリウスが号泣しているであろう事が、良くわかるような気がした。
「私としても、彼女の妥協案が限界ね。ユリウスさんもわかりますよね? 経理に苦労する麗花ちゃん達のお気持ち」
 私の気持ちもそれと同じなんですよ。
 言葉には出さずとも、シュラインが視線だけで小さく付け加える。
「あぁうぅ……」
 そこを突かれると、どうにも弱いのだ。
 頭を抱えるユリウスに、
「もしお支払い頂けるのでしたら、地下の書庫へとご案内致します」
 淡々として、ステラが更に条件を付け加えた。
 彼女の本当の目的が、若き枢機卿という、もの珍しい人間に何か知識を探す事にある事には、オーロラ以外気がつかない。
「ユリウス様は、本がお好きだと聞きました――我が『極光』には、きっとユリウス様の好奇心をくすぐる何かもあるのではないかと」
 アイスクリームを口に含む時ですら、欠片もその表情が崩れることは無い。
 追い詰められたこの状況。その上、ステラのあまりにも取り留めのない印象に、ユリウスは知らず知らずに呻きつつも、
「……でも、」
「あまりこういう事は申し上げたくないのだけれど、聖職者省辺りにお願いして、お仕事での支払は枢機卿を通さず直接興信所に――という方法もありますよね、ユリウスさん。あくまでも脅しではありませんけれど、提出すべき書類は全て揃っていますから」
「――それはどうかご勘弁下さいよ! 聖下にはもうばれてるらしいですけれど、流石に公にそんな事になっちゃいましたら、異端審問局辺りに私、殺されてしまいますよ!」
「でしたらお支払いいただけます? 今回の所はバチカン側にも秘密にしておきますから――ユリウスさんの為にも」
 では、早速契約書にサインを、と、鞄から取り出した紙とボールペンとを笑顔で差し出すシュラインに、しかしユリウスはまだ決断しきれずにいるようだった。
 あぁでも、このままですとお菓子も人質なままですし。
 どうしましょう……分割、ですか? いや、分割にしたってそんな、これ以上資金が無くなるとお菓子が買えなくなっちゃうじゃないですかっ?!
 時間が、止まる。
 悩むユリウスの姿に、アイスクリームをちまちまと食べていた亜真知が、するりと視線を投げかけた。
 ふ、と。
 視線と視線が絡み合う。
 ……その果てに。
 すっくと立ち上がるのは、亜真知。
 見目鮮やかな振袖が、ふんわりと風を受けて揺れた。
 やおら。
「――ッ?!」
「正式な請求書をヴァチカンに送りつけますよ」
 だんっ、とテーブルの叩きつけられる音が響き渡った瞬間には、もう既にユリウスの身は仰け反っていた。背もたれに押し付けられるかのようにして、ユリウスの瞳は一点をじっと見つめている。
 ――突付けられた、亜真知の伝家の宝刀の方を。
「さぁ、どうなさいます? こちらに提示させていた妥協案は、決して大きな妥協というものでもありませんけれど、この期に支払っていただきますと、海原様のおっしゃった通り、今後ともお互いに楽しくお付き合いできそうなのですが」
 あくまでも、微笑みは崩さずに。
「……わ、わかりました……支払います……支払いますともっ!」
 綺麗な薔薇には棘がある。
 美しい笑顔に、しかし流石に恐怖を覚えながら。
 あぁ、完敗です……!
 ユリウスはいよいよ、皆に対して敗北を宣言せざるを得なかった。
 ティータイム開始から約二時間。
 ユリウスは頭の片隅で、ふとこんな事を考える。
 経験こそした事は無いが、きっと教皇選挙枢機卿会議(コンクラーベ)はこんな感じでシスティーナ礼拝堂に閉じ込められてしまうのだろう。
 あぁ、そんなの……
 絶対一生、経験したくはないんですけれど――。
 しかしその願いが叶わないであろう事と同じくして、今回の滞納の件も、逃れられない現実なのだ。
 深く、深く溜息をつくと。
 心なしか、ふと軽くなった皆の雰囲気と歓声の中、さて、どうしたものかとユリウスは必死に頭をめぐらせるのだった。



† ポストリュード †

 後日の草間興信所。
「とりあえず、三回中の一回分が無事に入金された事をお知らせするわ」
 シュラインの言葉に、みなもと草間は、素直に安堵のため息を零した。
 しかし、シュラインは首を横に振る。
 厳しい表情で腕を組み、
「けれどこれから先、あと二回が本当に支払われるかどうかは非常に疑問だわ。……あの枢機卿の事ですもの。絶対この先、もう一トラブルか二トラブルくらいありそうね」
「そうだな……俺もそう思う」
 納得して、草間は煙草に火をつけた。灰皿の上の吸殻はエコーやわかばばかりであったが、今日くらいはマルボロでも、誰も文句は言わないだろう。
 祝いだよ、祝い。
 ようやくあの枢機卿が、滞納金の一部であっても、この興信所に代金を振り込んでくれた事へと対する。
「でも、契約書もきちんとありますし」
 サインも印鑑も押してもらった――否、押させた正式な契約書が。
 部屋の中でも唯一整理のついている、来客用のテーブルの上で書類を纏めていたみなもが付け加えた。
「しかしな、前例があるだけに侮れん。第一、いつも依頼を受ける時には契約書を書かせてるんだ」
「そうね……今後とも定期的に教会でお茶会≠開くしかないかもしれないわね、これは」
 冗談めいたシュラインの言葉に、しかしそこはかとない怒りが混じっているのは、はたしてみなもの気のせいだったのか。
 ――でもまぁ、とりあえずこれで、暫くバイト料もきちんともらえそう、かな?
 ふと考えて、みなもは微笑む。
 どうやら今回の依頼≠焉A無事に成功したようだし。
 それに、
 これから先、お茶会でバイト料がもらえるんだったら、結構楽しいかもしれないなぁ……。
「いっその事、ユリウスさんからの依頼は受けない事にするとか」
「できる事ならそうしたいかも知れないな、本当……」
 シュラインの提案に、草間が溜息混じりに頷いた。
 と――
 突然鳴り響く、草間の携帯電話の着信メロディー。
 大音量に一瞬びくり、としつつも、慌てて草間が携帯を手に取れば、
「非通知だ……」
 一瞬無視してやろうかとも思ったが、新たな依頼人の可能性もある以上、これほど長く鳴っているものを放ってはおけない。渋々とボタンを押すと、
〈あー、もしもしっ! 武彦さんっ! 私ね、今ステラさんの本屋にいるんですけれども、それが又大変な事に――!〉
「……どうする、これ」
 電話の口元を手で塞ぎ、小声で草間は二人に問うた。
「悠也や榊船さんでも呼んでみる? そうしたらきっと、忘れられない思い出にユリウスさん、二度目の入金もきちんとしてくれそうだわ」
「榊船さんの押しがあればなおさらですよね。斎さんの『お菓子をあげない作戦』も大分堪えてたようですけれど」
〈もしもしっ?! 聞いてるんですか――?!〉
 慌てふためいた電話の向こうの声音に、やがて三人は、全く同時に溜息をハモらせた。
「伯爵様……」
 例えこの人が、三度目の入金まできちんとこなしてくれたとしても。
「どうしょうも、ないわね」
 ユリウスが日本にいる限り、草間興信所はいつまでも不幸を被らなくてはならないのではないか――
 と。


Fine...?



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      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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<PC>

★ 海原 みなも 〈Minamo Unabara〉
整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳 クラス:中学生

★ ステラ・ミラ
整理番号:1057 性別:女 年齢:999歳 クラス:古本屋の店主

★ シュライン・エマ
整理番号:0086 性別:女 年齢:26歳
クラス:翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

★ 榊船 亜真知 〈Amachi Sakakibune〉
整理番号:1593 性別:女 年齢:999歳
クラス:超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?

★ 斎 悠也 〈Yuuya Itsuki〉
整理番号:0164 性別:男 年齢:21歳
クラス:大学生・バイトでホスト

(お申し込み順にて失礼致します)


<NPC>

☆ ユリウス・アレッサンドロ
性別:男 年齢:27歳 クラス:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト

☆ 星月 麗花 〈Reika Hoshizuku〉
性別:女 年齢:19歳 クラス:見習いシスター



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               ライター通信
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はお話の方にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
 今回は結果的に微遅刻となってしまいまして申し訳ございませんでした(汗)

 この度は皆様、素敵な取立て模様をありがとうございました。皆様とても素敵な笑顔と物腰で、ある意味素晴らしく恐ろしかったです(笑)やはり、猊下相手に取り立てをするには、ある意味普通の方法であっては駄目なのかも知れません。

 さすがシュラインさん! と言った第一感想でございました(笑)ぷ、プレイングに抜かりが無い……!(驚愕)との事で、無事に借金を取り立てる事ができましたが――興信所には、うちの猊下が日々ご迷惑をおかけ致しております(ぺこぺこ)
 洋菓子は猊下、自分で持ち込む事もできたようですけれども、さすがに教皇庁を盾に脅されるとどうしようもなくなってしまうようです。やはり直にチクられるのが一番痛いですよね。これがノックアウトの一番の原因でした。

 では、乱文となってしまいましたがこの辺で失礼致します。又機会がありましたら、宜しくしてやって下さいましね。
 なお、PCさんの描写に対する相違点等ありましたら、ご遠慮なくテラコンなどからご連絡下さいまし。是非とも参考にさせていただきたく思います。

21 luglio 2003
Lina Umizuki