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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


最期の華

□■オープニング■□

 ある日雫のサイトにこんな募集が書きこまれた。


すみません  投稿者:翠(スイ)  投稿日:200X.07.01 13:05

  サイトの主旨とはまったく関係がないのですが、
  書かせて下さい。
  私、小さい頃から心臓の病気でずっと入院していたんです。
  それでやっと明日退院できることになったので、
  外で思い切り遊んでみたいと思ったのですが、
  なにぶん病院暮らしが長かったものですから、
  どうやって遊んだらいいのかわかりません。
  教えてくれる友達もいませんし……。
  どなたか私に遊び方を教えてくれませんか?

  >サイトの管理人さんへ
  こんな書き込みをしてごめんなさい。
  でも私、このサイト大好きなんです。
  病院からいつも見てました。
  だから、同じようにこのサイトを見てる人なら
  気が合うんじゃないかと思って……。
  こういうのがダメでしたら削除して下さいね。

  それでは。



□■視点⇒杉森・みさき(すぎもり・みさき)■□

 7月のとある週末。新宿駅前にて。
 あの書きこみを見て、翠(スイ)ちゃんと遊ぼうと集まったのはみさを含めて5人。自己紹介は翠ちゃんが来てから……ということになったので、皆まだ名乗ってはいない。とは言っても、みあおちゃんとヨハネ君は最初から知り合いだ。
「――で、俺たちはこうして会えたが、肝心の主役とはうまく合流できるのか?」
 心配そうに口を開いたのは、細いヨハネ君とは対照的にがっしりとした体格の男性だった。それに、鮮やかな緑の瞳をした銀髪の女の子が答える。
「それは大丈夫だよ。目印に私の服装を指定しておいたからね」
 どうやらこの子が翠ちゃんと連絡を取り合っていたようだ。かぶっているウェスタンハットは確かになかなか目立ちそうだし、手に持っているピクニックバッグもこんな喧騒の中では不似合いだった。
「それに、みさのコレも結構目立つでしょ?」
 みさは言いながら持っていた横長のケースを示す。その中身は……
「携帯式のキーボードですか。確かに目立ちますねぇ。――もっとも、僕がいるだけでも十分に目立つと思いますけどね(笑)」
 ヨハネ君はいつもどおりの神父服だった。
(確かに目立つわ)
 笑うみさたちに、みあおちゃんも告げた。
「心配無用だね〜」
 目立つことにかけては困らない5人のようだ。
「――あ、あの娘じゃないでしょうか?」
 ヨハネ君の視線の方向に、皆の顔が動いた。みさも当然見るけれど、背があまり高くないので見えにくい。人ごみの方が高いのだ。
 それでもやがて、その中から1人の女の子がまっすぐこっちに向かって歩いてきているのがわかった。
(あの子が翠ちゃん?)
 中高生くらいの女の子。怖いくらい肌が白い。
「あの……羽澄さんですか?」
 さらに近づいてきたその子は、ウェスタンハットの女の子――羽澄ちゃんに向かって問いかけた。
(当たったみたいだわ)
「ええ、そうよ。あなたが翠ちゃんね?」
「はいっ。今日はよろしくお願いします、皆さん!」
 言葉と一緒に、彼女の麦藁帽子が勢いよく揺れた。



 とりあえず近くの喫茶店に入って、お互いの自己紹介を始める。最初はやっぱり今日の主役・翠ちゃんからだ。
「改めて、初めまして! 私がBBSに書きこんだ翠です。今日はわざわざ集まって下さって、本当にありがとうございます。すごく楽しみにしてたんで……皆さんにお会いできて嬉しいです。よろしくお願いしますね」
 そして視線は隣のみあおちゃんに移った。どうやら時計回りでいくようだ。
「海原・みあお(うなばら・みあお)だよ♪ みあおもすごく楽しみにしてたんだ〜。よろしくね」
 続いて、みあおちゃんの向かいに座っている男性・女性と口を開く。
「鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)だ。よろしく」
「光月・羽澄(こうづき・はずみ)よ。今日は思いっきり遊びましょ! よろしくね」
 その隣はヨハネ君。
「ヨハネ・ミケーレと言います。ええと、僕もあまり外で遊んだことがないので大してお役に立てないかもしれませんが……一緒に遊ぶことくらいはできますので。めいっぱい楽しみましょう」
 にっこりと笑って告げた。
 それを見届けてから、ヨハネ君の向かいに座っているみさが口を開く。
「ピアニストの卵、杉森・みさきでーす。なんか妹ができたみたいで嬉しいな♪ 今日はよろしくね」
 みさには双子の姉がいるけれど、妹はいない。妹の立場としてはやはり自分よりも下がほしいと思ってしまうのは当然で、素直に嬉しかったのだ。
 自己紹介は一周して、その妹へと戻った。
「みあおさんに時雨さん、羽澄さんにヨハネさん、みさきさんですね! ばっちり覚えましたよ。――それで、今日はどんなふうにして遊ぶんでしょうか?」
 瞳を輝かせて訊ねる翠ちゃんに、待ってましたとばかりにみあおちゃんが手を上げる。
「はいはーい、遊ぶことに関しては任せてっ! じゃ〜ん」
 言いながらみあおちゃんは、何かの雑誌を取り出した。
「『東京デートスポット』……? あら、そんな便利な本もあるんですね!」
 翠ちゃんの瞳がさらに輝く。
「どこ行こうか? 遊園地? 水族館? 公園? アミューズメントパーク? ウィンドウショッピング? 色んな情報が載ってるよっ」
 みあおちゃんもやけに楽しそうだった。
(みさも負けじと楽しみたい!)
 と身を乗り出す。
「みさにも見せて〜」
「僕も見たいです」
 一緒になって、テーブルの上に広げられた本を覗きこんだ。
「翠ちゃん、あまり心臓に負担がかからないようなとこの方がいいわよね?」
 羽澄ちゃんが問うと、翠ちゃんの顔が少し曇る。
「そうですね。軽い運動は大丈夫だって言われてますが……。本当は絶叫マシンとか挑戦してみたかったけど、無理みたい」
「では遊園地は向かないな。目に入ると余計乗りたくなってしまうだろう」
 時雨さんの言葉はもっともだった。行ったら乗るつもりがなくても、乗りたくなってしまうだろう。
(それに……)
 みさは今日お気に入りのミニフレアースカートで来てしまった。タイトなミニスカならともかく、これで遊園地はちょっときつい。
「んじゃ、これはどう?」
 と次にみあおちゃんが開いたのは、水族館のページだった。
(水族館! いいなぁ)
 みさはあの青い空間が好きだ。
 まるで自分が人魚姫になったかのように、魚の群れの中を歩き回ることができる。
 気分が落ち着かない時は、その中にいる自分を思い浮かべながらピアノに向かうこともある。
(翠ちゃんも行きたいって)
 言ってくれればいいな。
 そう思いながらちらりと隣を見ると。
「わー、水族館! 一度行ってみたいと思ってました」
 翠ちゃんは嬉しそうな声をあげてくれた。
 みさも嬉しくなって、本に目を走らせる。
「マグロの回遊も観れるんだって。面白そう〜v」
「結構大きい所みたいですね」
「とりあえず決まり?」
「のようだな」
 お互いの顔を見やって、頷いた。
 残っている飲み物をしっかり飲みほしてから、早速電車で目的の場所へと向かった。

     ★

 水族館の中では、翠ちゃんと一緒になってはしゃいだ。
「こっちこっち! 見て、私あんな魚見たの初めてですっ」
 呼ばれればすぐに駆けつけ、面白いものを見つけたら呼ぶ。
「翠ちゃん、こっちもこっちも。凄いよ〜」
「どれどれ? わー、可愛いvv」
「これもなかなか」
「おっきいですねぇ」
 おしとやかな人魚姫もいいけれど、元気な人魚姫だって楽しい。
 ヨハネ君も一緒になって、水族館の中を動き回った。
 その後イルカショーの開始を知らせる館内放送が流れて、みさたちは急いで外のプールへと向かった。
 大きな丸いプールの中を、イルカたちは自在に泳ぎ飛び芸をする。みさは歓声をあげながら。
(いつかみさのピアノで)
 イルカたちに踊ってほしいな。
 そんなことを考えていた。



 時刻は既にお昼を回っていた。
「そろそろおなかが減りましたねぇ」
 もらしたヨハネ君の声に、みさも同意する。
「ご飯どうしよっか? どこかお店に入る?」
「折角だから、外で食べない? お菓子とお茶なら持ってきたんだ」
 羽澄ちゃんが自分のピクニックバッグを示しながら言った。どうやら中身はそれのようだ。
「確か外におっきな公園があったよね」
 みあおちゃんがそう告げた時には既に、皆の足は出口へと向いていた。
「私外で食べるのも初めてです」
 翠ちゃんの"初めて"発言はすっかり決まり文句だ。
 水族館の外へ出ると、高くのぼった太陽がさんさんと照りつけていた。ピクニック日和ではあるけれど結構暑そうだ。
(涼しいカッコしてきて正解だったな)
「俺は飯になるようなものを何か買いに行ってくる。先に公園へ行っていてくれ」
 すぐ手前に見える公園へ向かおうとしたみさたちに、立ちどまった時雨さんが声をかける。
「え? お1人でですか?」
 きょとんとした翠ちゃんに、時雨さんは。
「貴様も来るといい。絶叫マシンとまではいかないが、それなりに面白いと思うぞ」
「? ?」
 首を傾げる翠ちゃんに、羽澄ちゃんは笑って。
「行ってらっしゃい、翠ちゃん。なかなか体験できないことだと思うわよ?」
「? そうなんですか?」
「ええ」
 ちなみに首を傾げているのは、みさやヨハネ君、みあおちゃんも一緒だ。
「わかりました。じゃあ時雨さんと一緒に買出し行ってきます!」
「日陰に用意して待ってるわね」
「はいっ」
 元気よく返事をしてから、翠ちゃんは先に歩き出した時雨さんを追いかけるように歩いていった。そのまま目で追っていると、2人は水族館の裏手へと消えていく。
「何の話なの?」
 不思議に思ったみさが問うと、羽澄ちゃんはまた笑って。
「今通るわよ。――ほら」
 羽澄ちゃんの視線を追うと、裏からバイクに乗った2人組みがゆっくりと出てきた。運転しているのは時雨さんで、後ろに乗って手を振っているのは翠ちゃんだ。
「なるほど。あれは僕も乗ってみたいなぁ……」
 羨ましそうに告げたヨハネ君に、皆で笑った。
 それからみさたちは公園に移動して、木陰にレジャーシートを広げた。羽澄ちゃんは最初から予定していたらしく、色々と持参してきていたのだ。
 紙コップやお皿、割り箸などを並べて、2人の帰りを待つ。ケーキなどのお菓子類は、一応ご飯のあと、ということになった。
(楽しみだな〜♪)
 やがて戻ってきた2人が買ってきたのは、オードブルとおにぎりだ。
 羽澄ちゃんは魔法瓶に入れて持ってきたアイスティーを皆に振る舞う。そして翠ちゃんの退院を祝して乾杯! 楽しい昼食兼お茶会が始まった。
 翠ちゃんは好き嫌いがないようで、何でもよく食べた。
「大勢でわいわい食べると美味しいって聞いてたけど、ホントですね!」
 嬉しそうに笑う。
(そうだよね)
 食事をいちばん美味しくするのは、誰かの笑顔。翠ちゃんはこれまでそれすら、体験したことがなかったんだろう。
(今日は思い切り)
 楽しんでほしいな。
 改めてそう思った。
 食事が終わったあとは、少し休んでから皆で走り回った。手始めに鬼ごっこから。翠ちゃんはその手の遊びも何も知らないというので、変形版も次々と教えこんでゆく。色鬼や缶蹴り、滑り台鬼。ついでにトイレの花子さんや丸学校などもやってみた。
 皆もお互い知らない遊びなどがあって、かなり面白かった。
 疲れたら木陰に戻って、羽澄ちゃんが作ってきたお菓子をいただく。クッキー、マドレーヌ、シフォンケーキなど、焼き菓子がたくさん並んでいた。
「外で遊ぶのって、こんなに楽しかったんですね! よく今時の子供はテレビゲームばかりやってて外で遊ばないって聞くけど、それって凄く勿体無いんだな〜って、思いました」
 クッキーを美味しそうに頬張りながら、翠ちゃんが感想を述べた。ホントにそのとおりだと思う。
(みさだって)
 ずっと家の中でピアノを弾いてるのも好きだけれど、やっぱりこうして外で遊ぶのも好きだ。
(何より気持ちいい)
 こういう清々しさは、テレビゲームでは決して味わえないだろう。
「ね! 次はサッカーしようよ。さっき草むらで見つけてきちゃった」
 そう言ってみさは、汚れたサッカーボールを取り出した。どうせ手で触るわけでないのだから、汚れていても問題ない。
「え〜カルチョですか?」
 やや不満げな声を出したのはヨハネ君。
「なぁに? 苦手なの?」
「見るのは割と好きですが、やるのはちょっと……」
 自信ないです、呟いた。
「大丈夫よ〜。別に公式ルールでやるわけじゃないんだし。テキトウにボール蹴り返せばいいのよ。ね? やろ、翠ちゃん」
「はい! やってみたいですっ」
(さすが翠ちゃん、いい子だわ♪)
 そんなわけで、有無を言わさずサッカー大会に突入した。
「ほらヨハネ君! こんなふうに――えいっ!」
 見本を見せようと、みさが最初にボールを蹴る。思い切り蹴ってから自分がミニスカートをはいていたことを思い出したが、この際それを忘れることにした。
「わわわ。あのーみさきさーん……」
 真っ赤になったヨハネ君の反応が面白かったからだ。
「こっちこっち!」
「いったよ〜」
「皆なかなかうまいわね」
「えーん、変な所にいっちゃうよ〜」
「つま先でなく、足の内側で蹴ったらどうだ」
「あ、なるほどー」
 何度かボールを回しているうちに、皆うまく蹴れるようになった。
「うんっ、いい調子」
 それにただ蹴っているだけなのに、何故か楽しい。
(人間って凄いなぁ)
 手でも楽しめる。足でも楽しめる。こんなに身体全体を使って楽しめるのは、もしかしたら人間だけなんじゃないかな?
 そんなことを考えながら蹴っていると。
「――皆して僕をいじめてませんか?」
 訴えるヨハネ君に、羽澄ちゃんは笑って答える。
「何のことかな?」
「みさきさんにボールが渡る回数が多いような気がするんですけどー……」
「それは多分みさがうまいからよ!」
「うー」
 ヨハネ君はそれ以上何も言わなかったけれど、相変わらず顔を赤らめたまま。顔色1つ変えない時雨さんを羨ましそうに見ていた。
 そうしてしばらく遊んでから、また座って休む。陽はもうある程度傾いてきていて、だんだんと涼しくなってきた。
「翠ちゃん。こんなに身体動かしたの初めてでしょ? 結構疲れたんじゃない?」
 新しく注いだアイスティーを手渡しながら、羽澄ちゃんが問いかけた。翠ちゃんは苦笑して。
「ええ。でも、凄く気持ちいいんです。運動がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。一度でも、体験できてよかったです」
「何言ってるの! これから何度でもできるじゃんっ」
 退院できたのだから、普通はそうだろう。
 けれどそのみあおちゃんの言葉に、翠ちゃんは何も応えなかった。
「――まさか……」
 誰かが呟く。
(きっと最初から)
 みさたちは覚悟していた。
「気づいてる方もいますよね。どうして私が退院できたのか」
「治ったからじゃないの?」
「治る見込みがないからよ」
「?!」
 それでも、きっぱりと告げた翠ちゃんの言葉に、動揺を隠せない。
「――でも、そんなに悪いなら、こんな運動もできないのでは?」
(認めたくない)
 というようなヨハネ君の問いに、翠ちゃんは軽く頷いた。
「ええ。今日は特別強い薬を飲んできたから。……どうしても遊びたかったの。皆と同じように」
「………………」
 言葉が出なかった。
(みさたちが当たり前にできることを)
 翠ちゃんは、命を賭けなければできなかったのだ。今まさに、命がけで楽しんでいるんだ。
(みさがもし)
 翠ちゃんの立場だったら。
 みさにはそんな勇気、ないかもしれない。
 そのまま少しの時が過ぎて、やがて。
「――人工心臓で、なんとかなるかもしれんぞ」
「! ホント?!」
 その時雨さんの言葉に、反応したのは翠ちゃん――以外だった。当の翠ちゃんはゆっくりと、首を横に振る。
「いいんです。私はもう決めてるから。私、さくらになりたいんです」
「さくら?」
「さくらって、人の思惑なんて無関係に、勝手に咲いて勝手に散っていくでしょう? そういう潔さが好きなの」
(潔く、散りたいの?)
 それはあまりにも美しい夢。
 けれど同時に。
(きっと怖い)
 翠ちゃんは何故、そんなにも澄んだ瞳で言えるのだろうか。
 ふと、ヨハネ君が何かを唱える。
「"No temptation except what all people experience has laid hold of you.
God will not permit you to be tempted beyond your ability but will, at the time of temptation, provide a way out, so that you will be able to stand it."」
「!」
 その言葉に、反応できたのは羽澄ちゃんだけだった。
「それなぁに?」
 問いかけたみあおちゃんではなく、翠ちゃんの方を向いたままヨハネ君は答える。
「聖書の一文です。神はあなたを、耐えられないような試練にあわせることはない。むしろ耐えられるように、逃れる道をも用意して下さっているのです。――逃げても、いいんですよ?」
 助かる道があるのだから、と付け足した。
 けれど翠ちゃんは、もう一度首を振る。
「私はこれまで、十分に逃げてきたの。もうこれ以上、逃げたくはない」
「――あなたは……死にたいんですか?」
 次にヨハネ君が口にした言葉は、彼でなければ言えない言葉だった。そしてそれもまた、翠ちゃんは否定する。
「違います! 死にたいんじゃない。諦めたわけでもない。私はそれを、受け入れる決心をしたの。――きっと、自由になりたいんだわ。そして皆を、自由にしたい」
(ああ――)
 みさはやっと、翠ちゃんの気持ちを理解した。
(最期だからこそ)
 翠ちゃんは自分だけの力で、決着をつけたかったんだ。
 だからこそこの道を選んだ。責任は自分にしかない。誰も責めない。責めさせないために。
(翠ちゃんは、選ばなければならなかったの)
 自分の手で自由になるために。
 これまで支えてくれた人を、自由にするために。
(それは潔い決意)
 だからこそ翠ちゃんの瞳に、哀しみの色はない。
 静寂な空間の中、陽はさらに傾いてゆく。
「――それ、キーボード、ですよね? よかったら聴かせてくれませんか?」
 みさの脇に置いてある物を指差して、翠ちゃんが告げた。そこから急に時間が動き出す。
「もちろんよ。何が聴きたい?」
 ケースから取り出しながら訊ねると。
「"さくら"が聴きたいの。今流行ってますよね、ちょっと時期外れだけど」
「あら、それなら私、歌おうか?」
「いいですね〜」
 さっきまでの暗さが嘘のように、明るい空間へと戻ってゆく。皆必死なのかもしれない。
(翠ちゃんのために)
 翠ちゃんが、楽しめるように。
 歌と伴奏が、同時に始まった。羽澄ちゃんのよく通る柔らかな声と、みさの奏でるピアノの音を模した電子音。1つになって、この空間を埋めてゆく。サビに差しかかる頃には、誰もが皆口ずさんでいた。
(さくらがキレイなのは何故?)
 見たいと思うのは何故?
 それはすぐ散ってしまうからだと、誰かが言った。
(それはさくらだけじゃない)
 人の命だって、限りがあるからこそ美しい。
 それを無理に延ばすことは、必ずしもよいとは言えないんだ。
(――でも)
 やっぱり。
 哀しいものは哀しいね。
 その時が永遠に、こなければいいと思ってしまうのは。きっとみさの心がまだ、"子供"だから。
  ――ドサッ
 まだ歌い終わらないうちに、翠ちゃんの身体が崩れた。
「翠?!」
 とっさに支えたのは時雨さん。
 音はやみ、皆の視線が翠ちゃんに集まる。
(もしかして……っ)
 悪い方向に、想像は傾いてゆく。
 翠ちゃんは、目を閉じていた。
「寝てる……の?」
「脈はある」
 翠ちゃんの身体を支えたまま、手首を捉えた時雨さんが告げた。その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
「初めてでこれだけ動き回ったんです。きっとかなり疲れているんでしょう。しばらくこのまま、寝かせてあげましょう?」
 ヨハネ君の提案に、皆が頷いた。
「じゃあみさたちは、もうひと遊びする?」
「賛成!」
「元気だな。俺はここにいよう。起きた時傍に誰もいなかったら、驚くだろうからな」
「そうね。よろしく、時雨さん」
「次は何をしますか?」
 誰も、疑っていなかった。
(翠ちゃんが)
 もう一度目を覚ますことを。
 楽しそうに嬉しそうに、笑いかけてくれることを。
(けれど誰も)
 疑えなかった。
 冷たいそれに触れた時。
 命をまっとうした翠ちゃんのことを。

     ★

 翠ちゃんは1枚の紙切れを握っていた。
 それは翠ちゃんの母親のケイタイ番号だった。
 もう陽が沈みかけた頃、やってきた母親は駆け寄ってきたりはしない。生か死かを確かめるように、触れもしない。
(哀しくないの……?)
 むしろみさたちの方が、翠ちゃんの死に打ちのめされていた。涙がとまらなかった。
(遅咲きのさくらは)
 とてもキレイだったねって、笑いたいのに。
 みさの心はそんなに強くなかった。
 そんなみさたちに向かって、母親は口を開く。
「――今日は、娘と遊んで下さって、本当にありがとうございました。自由に遊ぶことができて、この子も満足だったと思います」
 深く頭を下げた。けれどその言葉は、あまりにも棒読みだった。
「子供が死んじゃったのに、哀しくないの?!」
「みあおちゃん……」
 叫び母親を睨みつけるみあおちゃん。けれど母親の表情は変わらない。
 変わらないまま。
「この子の遺言なの」
「え?」
(遺言?)
 予想外の言葉だった。
「家に手紙があったんですか?」
 問った羽澄ちゃんに、母親は首を振る。――横に。
「違うわ。家を出る時に、言い残したのよ」
「?!」
「それって……!」
「あの子が今日飲んだ薬、とても強い薬だったの。心臓はしばらく安定する。軽い運動も平気。その代わり……副作用がね」
「そんなっ」
「最初から、そのつもりだったわけか」
「とめなかったんですか?!」
「――とめられるわけないじゃない!」
「!」
 強く問いかけたみさの言葉に、それまで冷静を保っていた母親が叫んだ。
「私はこれまでずっと、この子が病気と闘っているところを見てきたの。どれくらい苦しんできたかも! それに――どうせそのまま生活していても、数週間しかもたないだろうと言われていたわ。それなら私は、ただその日を待つよりも、この子の夢を叶えてあげたかった」
「………………」
 つい叫んでしまったことを、後悔した。
(どちらが正しかったのか)
 きっとそれは、誰にもわからないから。
(でも――)
 翠ちゃんを喜ばせたという意味では、母親の選択は確かに正しかったんだろう。
「――翠さんの遺言は、なんだったのですか?」
 切り出したヨハネ君に母親は頷く。そして一字一句丁寧になぞるように、言葉を紡いだ。



 どうか誰も哀しまないでね。
 私は自分の人生を後悔なんかしていない。
 だって精一杯生きた自信があるんだもの。
 多くの人が私のために尽くしてくれた。
 それだけで私は、十分幸せだったわ。
 それにこれから、最期の願いを叶えるもの。
 とても幸せよ。
 怖くなんかない。
 覚悟なら、毎日してきたから。
 むしろ嬉しいくらい。
 皆に平穏を返せる。自由な時間を返せる。
 私のために使ってくれたすべてを、やっと返すことができるの。
 だから哀しまないでね。
 旅立つ私を祝福してね。
 笑顔で手を振ってくれたら、私はもっと幸せだから――



 告げ終えた瞳から、一筋の涙が落ちた。












                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名      / 性別 / 年齢 / 職業                 】
【 1415 / 海原・みあお   / 女 / 13 / 小学生                】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間) 】
【 1282 / 光月・羽澄    / 女 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1286 / ヨハネ・ミケーレ / 男 / 19 / 教皇庁公認エクソシスト(神父)    】
【 0534 / 杉森・みさき   / 女 / 21 / ピアニストの卵            】



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■         ライター通信          ■
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 散りゆくさだめの華だから、せめて楽しく美しく――。

 初めまして^^ 伊塚和水です。
 『最期の華』にご参加ありがとうございました。いかがだったでしょうか?
 今回は多くの方が予想なさっていたように、最初から『死』をテーマにしたものを書こうと思っていました。死ぬとわかっていても感動できるようなお話が書きたかったんですね。実際はそれに失敗したような気がするのですが(笑)。少しでも翠に同調して下さったら嬉しく思います(同情ではありませんよ!)。
 そしてみさきさんの一人称指定、ありがとうございました。とても可愛いキャラだったのでかなり楽しませて書かせていただきましたよ。その可愛さがうまく表現できているといいのですが(>_<)
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝