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<東京怪談・PCゲームノベル>


殺虫衝動『影の擬態』


■序■

 御国将がメールを受け取ったのは、某月某日。
 そう言えば、昨日もワイドショーは殺人事件の報道に時間を割いていた。ここのところ立て続けに起きている殺人事件は、いよいよ世間の人々にとっても深刻な問題となりつつあるようだ。
 全く、世間は始動に時間がかかる。
 だが一度問題になってしまえば後はずるずると解決まで一直線だ。時事を動かすには、まず世論。
 将とコンタクトを取ろうとしているのは、件のメールの差出人だけではなかった。埼玉県警の嘉島刑事もだ。最近、よく電話をかけてくる。彼は知りたがっているだけの様子だった。

 ムシは、一体、何なのだ。

 将はあの日から影を恐れている。時折ちょろりと視界をかすめる蟲にも、いちいち飛び上がりそうだ。
 とりあえず、三下が一番危ないか。ムシを見せてはならない。いや、編集長もか。彼女もなかなかストレスを抱えていそうだ。
 びくびくしながら1日また1日と食い潰していく――それもまた、大きなストレスに繋がる。
 解決しなければ。自分のためにも、世間のためにも。
 ことの真相を知る者とともに。いや、その力にすがりたい。

 ムシを、殺せ。

 メールに記されていた待ち合わせ場所は、つい最近傷害事件があった現場のすぐ近くだった。


■天敵再び■

 締切が迫っているわけでもないし、三下がまた何かへまをしたわけでもないのだが、碇麗香は不機嫌な様子だった。ひょっとすると、宮小路皇騎が現れたからかもしれない。彼は御国将からの連絡を受けて、アトラス編集部に来ていた。彼は彼なりに、未だ治まる気配を見せない『蟲』の動きを危惧していたのである。別に麗香にちょっかいを出しにやって来たわけではなかった。彼はそれほど暇ではなかったし、天邪鬼でもなかった。
 あの日以来、皇騎は将と連絡を取り合っていた。
 ネットの波間に漂う情報の欠片を拾い集める腕も、深淵へ潜り込んで情報の髄をつつくのも、皇騎の方が一枚上手ではあった。だがしかし、皇騎にもどうしても手に入らないものがあった。今起きている問題の『髄』、即ち『蟲』である。蟲を持たない皇騎の手では届かない情報があった。それが今回、皇騎をアトラスまで赴かせたほどの兆しである。
「来たか」
「お久しぶりです」
 将はぶっきらぼうに、自分のデスクに着いたまま皇騎を歓迎した。皇騎の言葉通り、ふたりは久し振りに顔を合わせた。将のつまらなさそうな目も、乱れているのか整っているのかわからない胡麻塩頭も、何も変わってはいなかった。だが皇騎は、将に微笑みかけてからすぐ、彼の影に目を落とした。
「大人しくしてる」
 皇騎が何も言わないうちに、苦笑を浮かべて将は答えた。大丈夫だと言わんばかりであった。
「それは何よりです」
 皇騎が笑っているのは、安心したからだ。将が安堵していたのと同じように、皇騎も胸を撫で下ろしている。
 というのも、将の影は影であったからだった。あの歪な事件からちょうどひと月経った。麗香も将の家族も、彼の数日間の失踪はそろそろ許し始めていたし、月刊アトラスの新刊も出版されている。同時に、以前と変わらぬ日常に戻ったことだ――ストレスも悪い具合に溜まっているかもしれない。
 が、彼の影を見る限り、将はまだストレスを手懐けている様子だった。
「ご家族には?」
「言ってない。言えると思うか?」
「僕は正直に話されたほうがいいと思いますけど」
「……あああ、あんまりイライラさせないでくれ」
「すみません。……それで、何か面白いことが起きたそうですが?」
 しかめっ面でこめかみを押さえた将ではあったが、その問いのおかげで気を取り直せたようだ。「ああ」と呻くと、パソコンに向かった。
 皇騎は、将から『妙なことになった』というメールを受けたのだった。
 将は昨日奇妙なメールを受け取ったのだという。将はメーラーを起動すると、問題のメールを開封した。どういった細工がなされているのか不明だが、皇騎のもとには転送が出来なかったのだ。


  差出人:平
  件名:待っている

  ウラガ君へ。
  興味を持ってくれて嬉しい。本日21時、鳩見公園で会おう。


「ほう」
「『平』は知っているだろう」
「ええ」

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132:匿名:03/05/11 01:12
  平からメール来たんだが。

133:匿名:03/05/11 01:26
  どんな


134:132:03/05/11 01:30


  >差出人:平
  >件名:待っている

  >○○(俺のHN)君へ。
  >ムシに興味があるようだな。
  >いい仲間になれそうだ。本日21時、鳩見公園で会おう。

  こういうのだ。

132:匿名:03/05/11 01:38
  おれのとこにも来た〜

132:匿名:03/05/11 01:45
  で、行くの?

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 『平』が何者なのかは不明だ。しかし、ムシ関連のスレッドに最近現れ始めた名前である。平自身は書き込みをしていない(と思われる)が、スレッド住人たちはその名を囁き続けていた。蟲と接触した人間に、平はメールを送りつけてくるらしい。たびたびそのメールアドレスは掲示板上に晒された。ころころアドレスを変えているようだったし、疑わしい都市伝説の域を出ないものであったが、将はそんなメールアドレスのひとつにメールを送りつけてみたのである。皇騎からの薦めもあった。情報とは、掴むものだ。待っていても、流れついてくるのは使い回された古いものばかりである。
 皇騎も勿論そのアドレスにメールを送ってみたが、返信はなかった。平は相手を選んで返信をしているということが明らかになったのである。
「行くのですか?」
 掲示板の発言と変わらないことを、皇騎は将に尋ねた。
 将は難しい顔をして黙りこんでいる。
 そこへ――電話が、来た。


■焦りと決断■

 将に、電話が入った。
 相手は埼玉県警の嘉島。殺人課の刑事だという。どうにも話は長くなりそうな様子だった。将は席を立つと、普段は誰も居ない応接間に入っていった。彼は周囲が五月蝿いと電話に集中できないらしい。彼自身の声も非常にぶっきらぼうなので、相手から聞き返されるのも煩わしいのだそうだ。自分がハキハキ話す努力をしたら済むことなのではと、皇騎は笑って突っ込んだことがあるのだが――将は迷惑そうに睨んできただけだった。
 皇騎は将の背中を見送って、ブラウザとメーラーが立ち上がったままのパソコンの前に座り直した。
 電子と電脳、情報と虚偽の流れは、ごうごうと渦巻いていた。
 平からのメールや、平の噂が飛び交うスレッドが開かれている。
 皇騎は目を細め、その意識を深いネットの海に沈めた。


 網と棘を掻い潜り、皇騎は0と1の信号を渡り、流れに身を任せて、『平』を追った。メールが辿ってきた道を遡っていく。危険は承知の上だった。

『貴様は何者だ』
 ――真実を求めている者ですよ。
『目的は真実か』
 ――その通り。
『貴様の知ったことではない。失せろ!』

 平という人間は存在する。
 それを掴めただけでも充分か。
 だが皇騎は、まだ引き下がらなかった。

 ――教えて下さい。誰が宿主で、誰が病を広めているのかを!

 皇騎の問いは、しかし、一笑に付された。
『そんな単純なものなのか? 人間の感情とは、その程度のものか? 蟲は、現れるべくして現れた。喰らい、潰し、殺すために!』

「宮小路!」

 はっ、と皇騎の意識は三次元の世界に引き戻された。
 将が皇騎の肩に手をかけて、耳元で名前を呼んでいた。
「すみません。……お電話は済みましたか?」
「ああ。会いたいって言ってきた――今夜、な。電話ではもう何度か話してるんだが、会ったことはないんだ」
 将の表情には翳りがあった。
 皇騎は静かに微笑み、言った。
「会うか会わないか、今まで迷っていたんですね」
「……」
「これは病ではないようですよ。『平』はそう言っている。そんな、単純なものではないと――あなたの心の持ちようですよ。『あなたの影は、ただの影なのです』」
 ただの影です。
 黒い、闇です。
 あなたが動いた通りに従う――
 単なる、影なのです。

 将の影は確かに、一度も揺らめかなかった。
 当たり前のことだが、そこに在った。光を切り取り、床にぼんやりと広がっていた。


■虫潰し■

 人気の無い鳩見公園、午後9時。
 住宅地とはまだ離れているここは、喫茶店やブティックが集まった閑静な商店街だった。午後8時にもなると店は閉まり始め、静けさを帯びてくる。9時にはすっかり静まりかえるのが常だった。
 将は、深夜0時まで開いている近くの喫茶店で、埼玉県警の嘉島刑事と会うことになった。平との邂逅は、皇騎が代わりを務めることになった。皇騎自身が強く興味を持ったためであり――将の身の安全を考慮した結果でもあった。折角落ち着いている蟲を起こすことはない。皇騎は蟲を使わず戦う術を知っている。
 将は話が終わり次第鳩見公園に向かうと言い残し、皇騎と別れた。

 かさこそ――

 聞き覚えのある渇いた音に、皇騎は足を止めた。
 それは、茂みから聞こえてきていた。
 かさこそかさこそ、かさかさかさかさ、
「来るな」
 かさかさかさ、
「くそっ……くそっ、来てほしくなかった」
「……平……さんですか?」
「なんで来たんだ」
 皇騎の問いにも、男の声は答えない。
 茂みの中から、ただひたすらに呪詛を絞り出すだけだ。かさこそという薄気味の悪い音とともに。
 来やがった何で来たんだ来なければいいと思ってたのに何で来たんだ何であいつの言う通りになったんだ来ちまいやがってああ、ああ、ああ、来やがったな!
「!」
 皇騎はビッと式符を取り出した。
 それと同時に、茂みを切り裂いて、1匹の蟲が飛び出してきた。66対の脚を持つ蜂だ。尻から飛び出した針は、ささくれ立っている。蜘蛛のような顎と、9つの複眼。血管が飛び出した翅は、かさこそと音を立てていた。

 またしても、皇騎の脳裏に『蟲毒』ということばが浮かび上がる。
 今回は、蟲毒どころの騒ぎではない。蟲毒すら可愛いと思えてしまう。
 これは――『蟲毒の壷』ではないのか。
 この場に将が居たら、どうなっていただろうか?
 壷だ、
 最後の1匹になるまで、喰らいあう。

 蜂の持ち主に『呪』をかける暇も与えられず、皇騎は鋭く武器を喚びつけた。
 黒い刃が、ざリんと走る。
 蜂の脚が、ぼたぼたと地に落ちた。落ちると同時に、脚は影になり、地面に沁みこむようにして張りついたまま動かなくなった。影の持ち主のもとへ戻ろうともしない。この世に意思を持ったまま在り続けようと粘っている。
 皇騎はそれを認めながら飛び退った。
 蜂は、さすがに蜂だった。俊敏な動きで、皇騎が召喚した刃を避けたのである。
 耳障りな音で羽ばたきながら、蜂はその場で静止した。ぎょとぎょとと慌しく首を傾げ、皇騎をねめつけていた。その間も、66対の脚はかさこそと蠢き続けている。
 この蟲の持ち主は、平ではない。
 皇騎は構えを崩さず、異形を睨みつけていた。
 あの、ネットを遡って辿りついた意識と目的とは、何もかもが違う。
 だが相手も、同じことを考えていたようだった。
「お、おまえはちがう……ちがうじゃないか……何で来たんだ、ちがうのに……!!」
 蜂が針を向けて突進してきた。

「宮小路!」

 走り寄って来る影と、声には気づいた。
 だがそれが何だ。今は避けねばならない。皇騎は草むらを転がるようにして、蜂の突進を避けた。蜂は見事なターンを見せた。まるで裏返しになったかのような素早さだ。

「ウラガ! 宮小路を助けろ!」

 皇騎の前に、影が現れた。影は鎌首をもたげ、蜂と皇騎の間に割って入った。蜂のささくれ立った針は、ずぶりと影を貫いた。う、という低い声と共に、少し離れたところで誰かが倒れた。
「『髪切』! 今一度!」
 皇騎は符をピと動かし、呪をかけ、蜂をするどく指した。
 ざリん、
 虚空から黒い刃が飛び出した。それは残らず、蜂をとらえた。蜂は針を影に刺したまま、その場を動いていなかったのだ。
 蜂の脚と翅が飛び散る。
 そして皇騎は、そのとき初めて気がついた。自分を庇った影は、百足の姿を取っていた。百足はぐわッとあぎとを開き、瀕死の蜂に咬みついた。そのままばりばりとすべてを咬み砕いた。破片がばらばらと地面に落ち――蜂は影になり――音もなく、茂みの中へと帰っていった。


■始まりのメール■

 茂みの中では、ぶつぶつと囁きながら震えているTシャツの男がうずくまっていた。
「来やがった何で来たんだ来なければいいと思ってたのに何で来たんだ何であいつの言う通りになったんだ来ちまいやがって」
 どうも、話は聞けそうにない。
 皇騎は振り向いた。御国将が、呻きながら立ち上がっているところだった。彼の足元に影はなく、代わりに、傍らに巨大な百足が寄り添っていた。
「ウラガ?」
 皇騎は、苦笑を浮かべながら首を傾げた。
 将は口元をぐいと拭った。その手の甲に、血がついていた。
「こいつの名前だ」
 将はべしりと百足の頭を叩いた。
「またでかくなりやがったな。さっさと戻れ、ホラ」
 ぐいぐいと頭を押し、地面になすりつけると――百足はざぶりと地面に潜りこみ、将の影になった。
「……名前を与えるというのは、呪をかけるということ。いい方法を見つけましたね」
「おまえのおかげで気がついたんだよ」
 言葉のわりには、あまり感謝はしていない様子ではあった。
 だが、皇騎は微笑んだ。思っていたよりも将は呑み込みが早いようであったから。

 21時半まで待ったが、平と思しき人物は現れなかった。



 鳩見公園では通り魔事件が相次いでいたが、あの日以来、ぱったりと物騒な事件は止んだ。ただし、鳩見公園に限っての話だ。血生臭い事件は後を立たず、平の噂も消えることはない。
 将から皇騎のもとにメールが届いたのは、夜間に鳩見公園を通る人が現れ始めた頃のことだった。


  差出人:ウラガ
  件名:世話になった

  宮小路へ。
  御国将だ。この間は世話になった。有難う。
  昨日なんだが、平からこんなメールが届いた。

  >差出人:平
  >件名:ようこそ

  >ウラガ君へ。
  >きみのムシを見た。それと、お仲間も。
  >頼りになる友人をお持ちのようだな。
  >彼とも会いたいものだ。今度は、直接。
  >だがとにかく、我々はきみを受け入れる準備を終え、
  >きみは我々と目的をともにする権利を勝ち取った。
  >おめでとう。『殺虫倶楽部』にようこそ。

  向こうは高みの見物を決め込んでいたようだな。
  俺は変わらず取材を続けるつもりだ。
  そうだ、俺に接触してきた埼玉県警の刑事も消えちまった。
  俺は疫病神かもな。


「やはり、蟲毒でしょうか」
 まず、毒蜂と百足が壷に入れられた。蓋を開けて見てみれば、生き残っていたのは百足。
 本来ならば、一度に大量の蟲を入れるはずだが――平はどうも漢らしいルールで蟲毒を作り出そうとしているようだ。最後の1匹になるまで、差しで勝負をさせる気なのかもしれない。
 面白い。
 皇騎は微笑み、『返信』をクリックした。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)】

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               ライター通信
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 モロクっちです。大変お待たせ致しました。
 宮小路さま、続編へのご参加有難うございます! 『殺虫衝動』第2話をお届けします。今回は、『平』との接触、そして将との再会でした。平と間接的とはいえ対峙を果たせたの歯宮小路様が初めてとなります。平と接触できる機会があれば、この結果を考慮してプレイングをかけてくださって構いません。
 次回シナリオの募集は少し先になりそうですが、その節もよろしければご参加くださいませ。

 それでは、また。
 お楽しみ頂けたのならば幸いです。