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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


レインマンがやってくる

前略
『月刊アトラス』、いつも楽しく読ませていただいています。
わたしは高瀬めぐみっていいます。中学二年生です。
わたしの友だちのことで手紙を書きました。
その子、行方不明になってしまって、捜索願いも出ているんですけど、
もう二週間以上、見つかりません。
と、いうか、実はいなくなって三日目に、警察のひとが
服とか靴とか、あとカバンが捨ててあるのだけを見つけてくれたんですけど。
わたしは、これは絶対にただの失踪や、家出や、事故なんかじゃないって、
そう思っています。だって……
いなくなる前に、その子、携帯のメールを送ってくれたの。
「どうしよう、わたしレインマンを見ちゃった」って……



「レインマン――って」
 麗香に渡された手紙から目を上げて、三下は訝いた。
「ここ一年くらい流行っている、一種の……都市伝説みたいなのよね」
「『トイレの花子さん』みたいなもんですか」
「雨の日にだけ、あらわれる怪人なのですって」
「ははあ、それでレインマン」
「雨の中に、ぼろぼろの黒いコウモリ傘をさして、やっぱり古ぼけたレインコートを着て、立っているんだそうよ」
「ホームレスかなにかを見間違えたんじゃあ……」
「三下君にしては鋭い推理ね」
「…………」
「でも、レインマンの噂にもうひとつ共通しているのが、その姿を目撃した人間は必ず姿を消してしまうということなの」
「なるほど。この女の子の友だちも、レインマンを見てしまって、それでいなくなった。……でも、服だけが見つかった……って」
「それだけじゃないの」
 麗華は、声を落して言った。
「『レインマンを見た』と言い残して行方不明になった人は他に何人もいるらしいのよ……」

■風説

 ひそひそひそ
 ひそひそひそひそひそ――

 ねえ レインマンって知ってる?
 雨の日にはレインマンがやってくるんだって
 ボロボロのコウモリ傘をさして、
 ボロボロのレインコートを着てるんだって

 レインマンを見た人は、
 レインマンに連れて行かれちゃうらしいよ

 雨が降っている。
 まるで世界が、水底に沈んでしまったようだ。
 雨音が――アスファルトが叩かれる音、排水溝へと水が流れ込む音、雫が軒先から垂れる音……あらゆる水の音が、人間の世界の喧噪をおおいかくしている。
 灰色に煙る街を見ていると、まるで、雨が永遠にやむことがないかのような、そんな気さえしているのだ。
(厭な雨だ――煙草がマズくなる)
 スキンヘッドを、がっしりした肩を、タトゥーにおおわれた剥き出しの腕を、雨が流れ落ちていく。橋掛惇は傘もささずに雨の街を歩いていた。そういえば、先日、ピアス屋で傘を盗られてから新しい傘を買っていなかった……と気づいたのは降り出してからだ。
(ま。レインマンの気持ちがわかるかもしれねぇな)
 ひとり、頬をゆるめた。
 惇は都内で彫師を営んでいる。刺青イコール特殊な職業、などという認識も昔ほどではないにせよ、やはり都市の影の側面にある業界には違いない。“ピアスの白い穴”よろしく、奇妙な噂も流通するのが速い。得られた情報を頼りに、レインマンがあらわれたとされる地点を巡って歩いてみたわけだが。
(しょせん、噂は噂、か――)
 いいかげん、身体も冷えた。そろそろ潮時か、と思い始めたとき、彼の目の端を黒いものがかすめた。傘をさした、黒衣の人影。流れるような不思議な足取りで、まるで水煙の中を泳ぐように歩いている……。
「……! おい」
 反射的に声をかけた。
「はい?」
 レザーの光沢をそなえたマーメイドドレスに、肘上までの黒い手袋……陸に上がった黒い人魚のような――実のところ、それは比喩でも何でもなかったのだが――いでたちに気をとられてしまったが、彼女と惇は初対面ではない。ふりかえった少女、海原みそのは、にこりと微笑んだ。

 ねえ レインマンって知ってる?
 レインマンに出会った人は、さらわれちゃうんだって
 レインマンはひとりぼっちだから、
 寂しくて友だちを欲しがってるらしいよ

「この手のものとしては新しい部類の話のようですね」
 アトラス編集部のデスクを借りて、パソコンを操りながら天薙撫子が言った。
「尾ひれがついて拡大していったにせよ、なにか元になった話なり事件なりがあるはずなのですけれど……」
「あるいは、実体そのものが」
 ともにモニタをのぞきこみながら、ステラ・ミラが呟く。足下に寝そべっていた白い狼――オーロラがぴくりと耳を動かし、片目だけを開けて、主人の声に反応した。
 殺伐としたアトラス編集部のこと、眼鏡の似合う清楚な雰囲気の撫子と、神秘的な空気をまとった超然たる美女ステラの組み合わせは、いやがうえにも目立ち、周囲がはなやいだように見える。
「『レインマンに会った人間は連れ去られる』『レインマンは雨の日にだけあらわれる』……噂はどれも今回の事件通りですね。わたくし、警察関係の知人がいるので、実際の失踪事件について、訊ねてみようと思います」
 撫子の言葉にうなずきつつ、ステラはモニタを指さす。
「……これはどう思いますか?」
「……『レインマンは、連れ去った人間の、知り合いのところにもあらわれる』」
「もし本当なら、実体を補足する手がかりになると思います。わたしは、“レインマンを見た”というメールの送信記録と、送信者を調べてみましょう。天薙様は、携帯電話はお持ちですか」
「え、ええ」
 撫子が取り出した携帯にそっと指を添える。
 するとステラの姿がフェードアウトするように薄くなり、消えてゆく。かわって、撫子の携帯画面が、メール送信時と同じ状態になった。ステラ・ミラが電波に憑依したのだ。ここからネットワークをたどって、目的の情報を探るのだろう。
 それを確認すると、撫子は自身の捜査のために、再びパソコンのモニタに目を戻した。

■雨の中の怪人

「今度は私の番かもしれない」
 高瀬めぐみは奇妙に確信に充ちた口調でそう答えた。
 下校途中の彼女をともない、みそのたちは近くの児童公園の東屋で雨宿りをしている。
「――とおっしゃいますと」
 ベンチに並んで腰掛けたみそのが問いかけた。
「実はまたいなくなった子がいるの」
 淡々とした表情は、あるいは押し殺した恐怖の裏返しであったのだろうか。
「そうですか……」
 ふたりからすこし離れて、惇は煙草をくわえている。中学生の女の子の手前、なるべく視界に入らないところで、上半身の服を脱ぎ、絞った。広い背中には地獄の門とケルベロスが彫りこまれている。
「いったい、どこに行っちまったんだろうな」
 誰にともなく、惇がぽつりと言った。
「レインマンの世界、なんてもんがあるのかね。……雨ばっかなんだろうな」
「だとすれば、人が、生きていける世界ではありませんわ」
 高瀬めぐみが、はっと表情を変えた。
「もしかすると、ご友人は――」
「おいおい、まだなにもわかってねぇだろ」
 くすり、と、みそのは微笑った。
「そうですね。……ですが“れいんまん”とは、そのような方なのでしょう。お会いしてみなくては、なにもわかりませんね」
 雨は、まだ止む気配はない。

 レインマンって知ってる?
 友だちが、レインマンに連れて行かれちゃったの
 だから今度は、わたしのところにも
 レインマンが来るかもしれないんだって

 そして雨は降り続け、次の日も、また東京は雨模様だった。
「昨年の夏頃から、雨の日の失踪事件が起き出して」
 撫子は、調べたことをまとめたメモをもとに、報告した。
「断続的に続いていますね。事件が起きたのは必ず雨の日で、これはひとつも例外がありません。被害者の特徴はバラバラですが……ひとりが消えると、その知人や家族に次の失踪者が出るケースが6割でした。これはステラさんの調査結果とも一致します」
「ふん」
 惇が鼻を鳴らした。彼が運転する車の中だ。助手席に撫子。後部座席にみそのと、その膝の上にオーロラだけがいる。
「必ず、ではないんだな」
「ええ……単純にまったくつながりのない人たちが続いて被害にあうケースもあって、これはどう考えればいいのか」
「気まぐれなんだろうよ。で、みんな服を脱がしてさらっちまうのかい?」
 あまり品のよくない声音と笑みだった。撫子はかすかに憮然とした様子を見せたが、すぐに気をとりなおしたように、
「それも、ほとんどのケースで共通していますね。あてはまらない場合も、遺留品が発見されないということもありますし」
 と続けた。
「ステラさんによると、最後に『レインマンを見た』という内容の発信をしたのは、件の、高瀬さんのお友だちで間違いないようです。そのとき、彼女は2人にメールを送っていて、そのひとりが高瀬さん。もうひとりが、この山本由美子さん――」
 撫子の手元には画像をプリントアウトした紙があった。ステラがネットワークを通じて入手したデータを送ってきたのだ。
「なるほど……な。それで次は、あのお嬢ちゃんである可能性が高い、と」
 車はのろのろと走っている。ワイパー越しに、惇が見つめる先には高瀬めぐみの傘をさした後ろ姿があった。
「ったく、よく降りやがる。はやく夏にならんもんかね。……ん、おい」
 思わず、ブレーキを踏んでしまった。
 ぐるる……と、オーロラの唸り声が車内にひびく。
「――“出たぁ”ってか」
 橋掛惇の低い声。
 めぐみが、すくんだ足で、よろよろと後ずさった。
 灰色の雨のカーテンを背景に立つ、意外と小柄な黒い影――

 ねえ レインマンって知ってる?
 雨の日に どこからともなくやってくるんだって
 雨の中に立って こっちをじいっと見てるんだって

 運転席と助手席のドアが、ほとんど同時に開く。腕一面にタトゥーを施したスキンヘッドの男と、ほっそりとした眼鏡の美少女。ふたりは雨に濡れるのもかまわず、めぐみのもとへ走った。
 それよりもワンテンポ早く、その無気味な存在は、めぐみににじりよっていた。傘はほとんど破れていて、意味をなしていない。ボロきれのようなレインコートもぐっしょりと濡れぼそり、雫をたらしているのだ。青白く、細長い指をそなえた腕がのびて、動けなくなっているめぐみの腕を掴んだ。
 とうてい生きた人間とは思われぬ湿った冷たさ。濡れたぞうきんをべちゃりと巻き付けられたような感触だった。まるで喉のつかえがとれたように、めぐみは大声で悲鳴をあげた。
 刹那、白い閃光がほとばしった。
 ばしゃり、と、めぐみは水たまりの中にしりもちをついてしまう。彼女と、怪人のあいだには――ステラ・ミラが立っていた。彼女の中に憑依していたのだ。怪人が掴んでいるのは、ステラの腕だ。
「さあ、人々をどこへやったのか、教えていただきましょうか」
 電撃的なすばやさで、ステラは敵の手をふりほどくと、反対にねじりあげる。はずみで、朽ちかけたコウモリ傘が落ちた。
「あ……ああっ!」
 声をあげたのはめぐみだ。
 かけつけた惇、撫子も、はっと息を呑む。
「由美子――?」

■雨へと還れ

 撫子は目を疑ったが、たしかに、見覚えある画像の顔は、雨に打たれて青ざめているとはいえ、間違いではなかった。山本由美子……先に、レインマンの手により姿を消した少女のはずだ。
「あなたは……」
「いいえ」
 みそのの声が飛んだ。オーロラをともなって、遅れてかけつける。
「その方はもう……人ではありません」
 その言葉に応えるかのように、少女の顔がにやり、と歪んだ。そして見る見るうちに色を失い、同時に形がぐずりとくずれはじめ……透明の、ゼリー状の物質と化したかと思うと、まさに流れるように消えてゆく。
 ステラの手の中には、ボロボロのレインコートだけが残った。
「逃がしませんよ」
 ステラの闇色の瞳が、さらに深まったような気がした。
「周囲の空間を霊的に遮断します。遠くへは逃げられません」
「……いったい、ありゃあ何なんだ?」
 惇は、油断なく、周辺を見回す。
 だが、目に入るものは雨ばかりだ。
「水ですわ」
 みそのがこたえた。
「あぁ、何だって?」
「水そのものです。あの《流れ》は」
「水が人をさらうかよ」
「この世の水ではないのです」
 うっすらと、みそのは微笑みさえしたように見えたのは気のせいか。みそのもまた、水の属性を持つ異界との狭間にいる身だからだろうか――。
「それに、さらって行ったのではなかったのですね。拝見してみてわかりました。おそらく、あれが活動するためには、水と、人の生命が必要だったのですわ」
「なんだと、そいつぁまさか――」
 まるで、堤防が決壊したような、大量のしぶきが、惇の足下から巻き起こった。
「おぉ!?」
「橋掛さん!」
 撫子の手の中で、鋼の糸が光った。だが、水は惇をのみこむように取り巻いているのだ、うかつに攻撃できない。ステラが動きかけた。だが、それより早く――
「もう濡れるのはたくさんだぜ!」
 聖者にこたえて道を開ける海のように、惇を包み込んでいた水がまっぷたつに割れた。彼の腕を流れ落ちる雨には、赤黒い血が混じっている。怪我をしたのか、と、撫子は思ったが、そうではないようだった。
「あいにくだが」
 空中に、ひゅんひゅんと風を切って浮かぶ、黒い刃が旋回していた。
「俺はただじゃ喰われやしねェぞ?」
 風雨の荒れ狂う音に混じって、気味の悪い、叫びと呻きともつかぬ声が聞こえた。
 水は……さまざまな人間の顔や手足を形づくったかと思うと、また崩れ、流れ、そしてまた盛り上がっては、人の形を真似ようとし……不気味に、蠕動を繰り返す。
「きさま、一体、何人の人間を!」
 怒号に反論するように、再び、波と化した水の流れが惇を襲う。だが、それを反射するかのごとく放たれた黒い刃の一閃!
 幾重にも、男の、女の、子どもの、老人の声をかさねた悲鳴がひびき、切り裂かれたしぶきは二手に分かれた。
「『虚無に触れて虚空へと還れ』……」
 あくまでも静かに、優雅に、ステラの指が音楽でも指揮するかのように動いた。たったそれだけのことで、水の塊はまるではじめから存在しなかったように消滅した。
 もう一方の流れは、撫子が引き受ける。
 鋼の糸が空中を舞った。水にかかわる怪異であろうという予想のもと、彼女があやつる霊具・妖斬鋼糸には浄められた油がぬられている。
「妖斬鋼糸――火界陣」
 一瞬で、糸の上を真紅の火炎が奔り、その中央にとらえたものを蒸発させた。



 雨は上がった。
 何日ぶりかに見る、青空だった。
「知り合いから知り合いへ犠牲者を定めていったのは……要するに、喰っちまった人間の記憶をたどっていったってことか」
「お救いすることが、できませんでしたね……」
 撫子はうつむき加減に言った。
「彼女は守ったろ」
「でももうすこし早く、わたしたちが動いていれば、犠牲者の数は減らせましたのに……」
 無言で、ステラは撫子の肩に手を置いた。
「しかし、あの傘とレインコートは何だったんだよ?」
「最初に融合した方の持ち物だったのかもしれませんね」
 と、みその。
「とても気に入っておられたのですわ。ですから、次の方を取り込んだときも、服はお着替えにならなかった。趣味のよい方のようですね」
「…………」
「どこから……あれは来たんでしょうか」
「さあ。おおかた雨とともに、降ってきたのでしょう」
「もしかすると」
 晴れ渡ってきた空を見上げていてさえ、隠し切れぬ不安の声音で、撫子はつぶやいた。
「そんな存在は、もっと多く、わたしたちの世界にまぎれこんでいるんでしょうか。ただ気づかれないだけで。ただ、不思議な噂や、都市伝説の中の存在として、囁き続けられるだけで」

 ひそひそひそ
 ひそひそひそひそひそ――

 ねえ レインマンって知ってる?
 雨の日にはレインマンがやってくるんだって
 ボロボロのコウモリ傘をさして、
 ボロボロのレインコートを着てるんだって

 レインマンを見た人は、
 レインマンに連れて行かれちゃうらしいよ

 ひそひそひそ ひそひそひそ

 ねえ レインマンって知ってる?
 わたし、レインマンを見ちゃった

 ひそひそひそひそひそ
 ひそひそひそひそひそ――

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子/女/18歳/大学生(巫女)】
【1057/ステラ・ミラ/女/999歳/古本屋の店主】
【1388/海原・みその/女/13歳/深淵の巫女】
【1503/橋掛・惇/男/37歳/彫師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。リッキー2号です。ご参加ありがとうございました。
『レインマンがやってくる』をお届けいたします。

雨男、という言葉がありますね。
もちろん、出かけると雨に行き当たってしまう人を指すのですが、
なんとなくこの単語を目にするたびに、雨の中にじっと
立ち尽くしているあやしい存在というイメージが頭から離れませんでした。
このお話は、そんな積年の思い(?)を形にしたものです。
今イチB級ホラーなオチに過ぎるような気もしているのですが……

>橋掛惇さま
はじめまして。
偶々なのですが実は初男性PCさまだったり……。
漢っぷりを堪能させていただきつつ、思いきり濡れていただき、
その上、思わず脱がしてしまったり。失礼しました。

それでは、機会があれば、またお会いできれば嬉しいです。
ありがとうございました。