＜東京怪談ウェブゲーム　界鏡線・冬美原＞ 噂を追って【４】 ●オープニング【０】 「んっ……んん〜。ふう……平穏だよねぇ」 　６月も終わりに近付いたある日の放課後。『情報研究会』部室に居た会長の鏡綾女は、思いっきり背伸びをした後でそう言った。 　綾女が言うように、この２、３カ月の冬美原は特に大きな事件も起こらず平穏そのものだった。少なくとも、表面的には。 「平穏でいいと思うけどなあ」 　綾女の言葉を聞いた副会長の和泉純が苦笑いを浮かべた。 「……危ないことに綾女さんが関わらないで済むし」 「ん、何か言ったぁ？」 　どうやら純の後のつぶやきは、綾女の耳には届いていなかったようである。 「でもね」 　綾女は表情を引き締めて、皆の方に向き直った。 「事件が起こってないからって、調べることがなくなった訳じゃないんだよね。でしょ？」 　確かにそれはそうだ。冬美原に謎はまだまだ山積みになっているのだから。 「ということでぇ……」 　綾女がにんまりと微笑んだ。あ、何か嫌な予感。 「調べてきてね☆」 　ああ、やっぱり。はいはい、調べてきましょうとも――。 ●裏付け【３Ｂ】 「なぁ。分かった？」 　南宮寺天音はカウンターに身を乗り出して、目の前で思案している男性に尋ねていた。ここは鈴丘新聞社の資料室、日曜日の午後のことである。 「そう急かさないでくれ！　今、思い出してるんだっ」 　男性はそう言い返すと、再び思案に戻った。その数分後、また天音が男性に声をかけた。 「なぁ。思い出せた？」 「だから待てや！　もう少しなんやから」 　元々は関西の出身なのか、それとも天音の言葉に影響されたのか、男性が関西弁で言い返した。 　はてさて、どうして天音と男性との間でこのような会話が交わされているのか。それは、鏡巴が鈴丘新聞社を訪れたという話が発端となる。 　少し前の財宝探しの一件以来、天音の巴に対する見方が変わっていた。 （何か隠してるように見えんねんなぁ） 　それはある種の直感、あるいは数々の状況証拠から導かれた物だったのかもしれない。 　ともあれ天音は、巴に関する噂から調査を開始していた。その一環でここにも訪れた、という訳だ。 　そして顔なじみになっていた男性が居たことをいいことに、巴が何の本を読んでいたか聞いていたのである。 「なぁ。思い出せたかゆーてんねん？」 　これで３度目、天音の語気もさすがに強くなってきた。これでまだ思い出せていなかったら、『ええかげんにせいっ！』と怒っていたことであろう。しかし、それは回避された。 「思い出したよっ！　読んでたのは、冬美原の歴史とかその手の類の本だよ。それ以外は別に読んでない」 「それ、確かなんやろな？」 　念を押す天音。すると男性は大きく頷いた。 「ああ、確かだ。間違ってたら、この首やるよ」 　男性は首筋をとんとんと叩いてみせた。そこに天音がしれっと一言浴びせた。 「そんな誰も買わんような首、いらん」 　ま、当然の反応である。 （けどあれやな……図書館と内容はほぼ同一か。やっぱ、冬美原の歴史に関わる何かなんやろな……目的は） ●尾行【４Ｅ】 　鈴丘新聞社を後にした天音は、ＹＳＢラジオへと向かっていた。ＹＳＢラジオでは、午後２時まで巴が生放送を務めている。そこで天音は、退社後の巴を尾行しようと考えていたのである。 　現在時刻は午後２時１５分を過ぎた所だ。 （歴史で関係あんのは、あれやろなぁ） 　天音の脳裏に、いつぞやの麗安寺宗全の言葉が蘇ってきていた。 （けど、巴さんがそないなこと急に調べ始めるのもおかしな話や。そんな素振り、まるで見せてへんかったし。とくれば……あの噂が関係してくるんやろな、アサギテレビの） 　４月、アサギテレビの報道記者が事故で亡くなっていた。噂では何か事件を追っていたとのことだが、何を追っていたのかは今もって分からず仕舞いであった。そこに天音は興味を抱いていた。 （確か、巴さんは仕事柄アサギテレビにも出入りしてたはずや。そこで亡くなった報道記者と接点があったら……事件を引き継いでいるのかもしれへん。ひょっとすると、あの時の暗号文、あれもほんまは追っとった事件絡みの証拠の１つちゃうやろか……？） 　と、天音は推理していた。裏付けは必要だが、筋はまあ通っている。時期的にも一致するし、あの時の巴は必要以上に出典を隠していた。まるで知られることが不味いかのように。それゆえ、天音の中で巴に対する疑念が膨らむのであった。 （財宝言うたのも偽装、けどそれが瓢箪から駒。ほんまに財宝が見付かったんやろな。……意図的に用意しとったんかもしれんけど） 　何にせよ、巴がまだ何かを隠しているのは間違いない。そう天音は結論付けた。 　そうこうしているうちに、ＹＳＢラジオの近くまでやってきた天音。もうすぐ入口が見えてくるという所で、ある光景を目撃した。巴が真名神慶悟とともに歩いてくる光景だった。 （！？） 　本能的に物陰に隠れる天音。そして一旦２人をやり過ごした。 「……何であのツーショットなんやろ」 　天音は素朴な疑問を口にした。２人はどうやらどこかへ向かっているようであった。 「尾行せなしゃーないか」 　意外な展開ではあったものの、天音は計画通り巴の尾行をすることにした。 ●本当に隠されていた物【５Ｅ】 　慶悟が巴に連れられてやってきたのは、冬美原城址公園だった。そう、少し前に財宝――だった物――が見付かった場所である。 　巴はまっすぐに、地下牢のある場所へ向かった。その周辺はご丁寧にも立入禁止に指定されていた。けれども、巴はそれを気にすることなく足を踏み入れていった、 「人払いの結界……か」 　ぼそっとつぶやく慶悟。巴に続いた瞬間、ここに結界があることを感じ取ったのである。 「私が頼んで張ってもらったんです」 　巴がさらっと答えた。地下牢に入るための鉄の扉は、すぐに見付かった。 「入りましょう。説明はそれからです」 　そそくさと地下牢に入ろうとする巴。しかし慶悟は、後ろを振り返ると誰かに呼びかけるように言った。 「……そろそろ出てきたらどうだ？」 「え？」 　巴が驚きの表情を見せた。ややあって、物陰から天音がばつの悪そうに姿を見せた。 「何や……ばれとったんかいな」 「あなたは……」 　天音の顔をじっと見つめる巴。天音は小さく手を上げてみせた。 「ちょっと巴さんに聞きたいことあったんや。……まさかここに来るとは思わんかったけどな」 「……ともかく中に入りましょう。お話しするのは、それからです」 　真面目な表情で巴がつぶやいた。天音にしてみれば、きちんと話が出来るのであれば外でも中でも別に構いはしない。 　地下牢の中へと入る３人。巴がペンライトを灯した。おぼろげながら、石造りの通路が見える。 「財宝見付けた所にわざわざ来たっちゅうことは、ここには財宝以外の何かがあるんやろ」 　問うように天音が言うと、巴はこくんと頷いた。 「お察しの通りです。私の想像通りなら……」 　通路を歩き出す巴。慶悟と天音も後に続いた。 「やっぱなあ。出典隠すから、何かあるとは思ったんや」 　溜息混じりにつぶやく天音。どこかに空気穴でもあるのか、空気が流れているように感じられた。 「……４月にアサギテレビの報道記者が亡くなったらしいけど、それと関係あるんやろ？」 「え、そうなんですか？」 　意外そうな巴の反応を聞いて、天音は首を傾げた。 （あら？　違うんやろか……） 　どうもとぼけているような反応には見えなかったのだ。 「俺の質問にも答えてもらおうか」 　天音と入れ替わるように、慶悟が口を開いた。 「……鏡の姓にまつわる話が何かないか」 「本当に、どこまで知られているんでしょうね」 　苦笑いを浮かべる巴。そして一拍置いて、こう答えた。 「『カガミの歌』……恐らくは、あれを作ったのは私の、いえ私たちの祖先だと思います」 　衝撃の告白だった。２人の驚きを他所に、巴はなおも話し続けた。 「そう考えるようになったのは、本当につい最近のことでしたけれど。あの童謡、実は単なる童謡じゃなかったんです」 　巴は突き当たりにある座敷牢の手前で足を止めた。そしておもむろに、左側の壁をぺたぺたと触り始めた。 「……ここですね」 　巴は壁の狙いを定めた部分をぐいと押してみせた。するとどうだろう、物音とともに左側の壁が一部スライドし、新たな通路が表れたではないか。 「こないな仕掛けがあったんかいな」 　真剣な表情で天音がつぶやいた。わざわざ隠してあったということは、この先に何かがあるのは間違いない。 　３人は新たな通路に入っていった。 「元々は、財宝探しからでした。冬美原には旧城主の財宝が隠されている……そんな話を聞いて、調べてみようと思ったんです。もし見付かったなら、ラジオでもいい話題になるかと思って」 　慶悟と天音は、説明する巴の言葉を無言で聞いていた。 「けれど、調査は予想外の方向に転がってゆきました。例の暗号文の出典を手に入れてからです。最初は気付きませんでした。でも何度も見ているうちに、あることに気付いたんです。その文字が、物置にあった祖先の書に似ているということに」 「……あんさんの祖先って、何やっとったんや？」 　天音が疑問を口に挟んだ。 「城勤めの武士だったようですね。ここで私に疑問が生まれました。どうして祖先が、財宝の在り処を示した物を残したんだろうって。そして私思ったんです。財宝はついでで、本当は別の何かを示していたんじゃないかと」 　通路をしばらく歩いていると、突き当たりに何かが見えてきた。どうも座敷牢のようである。 「その……きっかけとなる財宝探しは、いつからだったんだ」 「去年の秋口から、ですね」 　慶悟の質問に即答する巴。ちょうど、学園祭の時期になるのだろうか。 「ちょい待ち！　……あそこに何や居るで」 　座敷牢に目を凝らしていた天音が、中にある何かに気付いた。巴がペンライトを向けた。 「…………っ！」 　息を飲む巴。ペンライトに照らされたのは、かつては色が鮮やかだったと思われる着物に身を包んだ少女……の白骨死体であった。そばには、和紙で包まれた何かがいくつも転がっていた。 ●前兆【６Ｄ】 「やっぱり……」 　白骨死体から顔をそむけた巴が、絞り出すように声を出した。 「……これはいったい」 「姫君やろ。存在を抹消された」 　怪訝な表情を浮かべる慶悟に対し、天音が忌々し気に答えた。 「ほんまに抹消しよったんか……こないして」 　巴の方に向き直る天音。そして巴に質問を投げかけようとした時、それは起こった。白骨死体から、巴に向かって黒い影が襲いかかってきたのである。 「危ないっ！！」 　咄嗟に巴に結界を張ってみせる慶悟。寸での所で結界が間に合い、黒い影は行方を阻まれた。 　ならばとばかりに、黒い影は今度は天音の方に襲いかかってきた。身構える天音。しかし見えない何かに阻まれ、黒い影は方向転換していった。つまり――外へ。 「そうはさせん！」 　慶悟が式神を放ち、黒い影を追撃させようとした。させようしたのだが……予想外のことが起こった。通路が、大きく揺れたのだ。 「きゃあぁぁっ！！」 　巴の悲鳴が上がり、バランスを崩した３人とも壁にぶつかってしまっていた。震度５、いや震度６くらいは感覚としてあったのではないだろうか。 　揺れは１分近く続いただろうか。その間に黒い影は３人の前から消え失せていた。幸いだったのは、激しく揺れたにしては通路の崩壊が全くなかったことであろう。少なくとも、生埋めという目には遭わなくて済んだのだから……。 ●アサギテレビニュース【１１Ａ】 　その夜のアサギテレビニュースにて。 「本日午後３時２１分頃に発生した地震についてのニュースです。冬美原では震度４を記録しましたが、周辺都市では揺れの観測はありませんでした。これは昨年の７月に発生した地震と同様の現象で、現在専門家による分析が行われております」 　それから地震のニュースは被害報告に移り、数名の怪我人は出たものの、火災などは発生しなかったということであった。 「では次のニュースです。本日午後９時頃、冬美原駅前で麻薬を販売していた男が逮捕されました。男は新種の麻薬を売り捌こうと……」 【噂を追って【４】　了】 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【　整理番号　／　ＰＣ名（読み）　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　性別　／　年齢　／　職業　】 【　００８６　／　シュライン・エマ（しゅらいん・えま） 　　／　女　／　２６　／　翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト　】 【　０２４９　／　志神・みかね（しがみ・みかね） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　女　／　１５　／　学生　】 【　０３２８　／　天薙・撫子（あまなぎ・なでしこ） 　　　　　　　　　　　　　　　／　女　／　１８　／　大学生（巫女）　】 【　０３７６　／　巳主神・冴那（みすがみ・さえな） 　　　　　　　　　　／　女　／　妙齢？　／　ペットショップオーナー　】 【　０３８９　／　真名神・慶悟（まながみ・けいご） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　２０　／　陰陽師　】 【　０４４２　／　美貴神・マリヱ（みきがみ・まりゑ） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　女　／　２３　／　モデル　】 【　０４６１　／　宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき） 　　　　　　　　／　男　／　２０　／　大学生（財閥御曹司・陰陽師）　】 【　０５６８　／　守崎・北斗（もりさき・ほくと） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　１７　／　高校生　】 【　０５７６　／　南宮寺・天音（なんぐうじ・あまね） 　　　　　　　　　　　／　女　／　１６　／　ギャンブラー（高校生）　】 【　１２７０　／　御崎・光夜（みさき・こうや） 　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　１２　／　小学生（陰陽師）　】 【　１５９３　／　榊船・亜真知（さかきぶね・あまち） ／　女　／　中学生？　／　超高位次元生命体：アマチ・・・神さま！？　】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ・冬美原へようこそ。 ・『東京怪談ウェブゲーム　界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。 ・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。 ・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。 ・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全３３場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。 ・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。 ・まず最初に、今回皆様のお手元に届くのが大変遅れてしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。 ・さて、ちょっと特殊な依頼である『噂を追って』シリーズも第４回です。今回のお話で、冬美原で隠れていたいくつかの謎が解決に向かっていたり、表に出てきていたりします。一応、高原が念頭に置いていた展開もいくつかあったんですが、どうやらそれらを外れてまた違った展開に向かった模様です。これがやはりプレイングの妙と言うのでしょうか。 ・今回のお話で、冬美原はまたターニングポイントを迎えました。この先冬美原は、どのように転がってゆくのでしょう。その流れを決めるのは、もちろんプレイングです。 ・ちなみに今回、流れが変わってきたために情報封鎖はかけません。 ・南宮寺天音さん、１５度目のご参加ありがとうございます。今までの話は、こういう風に繋がっていた訳なんですね。巴が別の意図を持っていたという推測は正解です。今回では説明不足の部分も多々ありますが、それらについてはまたおいおいと。ちなみに、本当はあの揺れで生埋めになってもおかしくはなかったんですけどね。 ・次のアイテムをお送りします。次回以降冬美原でプレイングをかけられる際、臨機応変にアイテムをご使用ください。 【06：謎の飴】 ・効果時間：口に入れた時から不定時間 ・外見説明：和紙に包まれている、大粒で多面体な飴。非常に透き通っている。 ・詳細説明：甘い香りがする。効果は食べてみないと分からない。食べるとなくなる。何らかの方法で入手可能らしい。 ・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。 ・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。