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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


計画遂行のために・勧誘編
●探し物は何ですか?
 風吹かぬ夜の公園に、てくてくと歩いている子供の姿があった。いや――子供のように見える小柄な人物の姿と言った方が正確かもしれない。
 頭の上には長い緑の髪で作ったお団子2つ。それでもなお髪は有り余っている。そしてその身には夏に入ったというのに、何故かマントを巻いている。……見るからに暑そうだ。
 しかしその人物――ベバ・ビューンは口元に妖し気な微笑みを浮かべたまま、平然と公園の中を歩いている。汗一つかかずに、だ。
(さて、手頃なのが居るかどうか)
 ベバは公園の中程でぴたっと足を止めると、ゆっくりと周囲を見回した。辺りに人影は見当たらなかった。
(……もう少し行くべきか)
 再び歩き出したベバは、次第に公園の奥の方へ進んでいった。
(ふふふ……彼奴め、首を長くして待っているがいい。この夏の私はひと味違うぞ)
 そんなことを考えながらベバが歩いてゆくと、不意に木の陰から姿を現した動物があった――薄汚れた犬だ。それも首輪がついていない大型の犬、すなわち野良犬である。
「えへ☆」
 野良犬を見付けた瞬間、ベバが満足そうに言葉を発した。これで目的が達せられたとばかりに。
(居た居た、獰猛な野良犬が。素晴らしい、予想以上だ)
 野良犬はベバをじっと睨み付け、グルルルル……と低く唸っていた。ひょっとすると腹を空かせているのかもしれない。
(いい反応だ……即戦力になる)
 懐を探るベバ。何かを取り出そうとしているようだ。
 ところで何故ベバは野良犬を見付けて満足そうなのか? それにはこんな理由があった。
 自らの仕事の邪魔となると思い、ベバはある男の排除を何度となく目論んでいた。そのために立てた計画は数知れず、秘密裏に進めていた。けれども何の因果か、いつもいい所で何らかの邪魔が入り計画は失敗に終わってしまう。結局、未だにその男の排除には成功していなかった。
 そこでベバは考えた。どうして毎度毎度失敗してしまうのかと。そして気付いたのだ――自分1人で計画を実行するから失敗しているのだと。他にもう1人でも誰か居れば、失敗を回避出来たというケースも数あったのである。
 ならばどうすればよいかは自明である。部下を集めればよい、ベバはそう思い立ったのだ。
 そこで最初に白羽の矢を立てたのが、野良犬であった。攻撃力はあるし、背に乗れば足にもなる。言うことはない。捕縛あるのみ。
(よしよし、今すぐ私の部下に加えてやろう)
 ベバが懐から――つまりマントの中から――太い骨を1本取り出して野良犬に見せた。どうやら骨で野良犬を手なずけようという腹積もりのようだ。
 野良犬は低く唸り続けたまま、ゆっくりとベバに近付いてきた。骨につられベバの前までやってきた野良犬は、そのまま手なずけられるかと思われた。けれども、そうはならなかった。
「ワウゥッ!!」
 べち。
 野良犬の前脚が、ベバの頭に勢いよく降ろされたのである。
「あり?」
 当然のことながら、ベバの身体は大きく沈んだ。しかしベバは強かった。普通ならその衝撃で手にしていた骨を地面に落としてしまう所を、しっかと握り続けていたのだ。
 だがそれが、さらなる悲劇を呼ぶことになってしまった。
「バウバウバウッ!!!」
 野良犬にはもうベバの持つ骨しか目に入っていなかった。野良犬は骨を奪おうと、ベバに襲いかかってきたのである。
(何をする!)
 反射的に逃げ出すベバ。骨はしっかと握ったままで。もちろん野良犬はそれを追いかけ……かくしてベバと野良犬の追いかけっこは始まったのだった。

●七転び八起き
 ベバと野良犬の追いかけっこが始まって、とっくに1時間は過ぎただろうか。ベバと野良犬は、公園内を縦横無尽にぐるぐると走り続けていた。
(むぅ……馬鹿過ぎる! こんな奴、私の部下には必要ない!!)
 逃げ続けながら、野良犬の馬鹿さ加減に呆れ返るベバ。だが、こんな状況では説得力はない。
 ベバも骨を捨ててしまえばいいのだが、それをしようとしない。ひょっとすると逃げるのに精一杯で、そこまで考えが及ばないのかもしれないけれども。
 追いかけっこは2時間を過ぎてもなお、そのまま続くかと思われた。ひょっとしたら永劫に……? と、その時だ。
「ちょいと、幼気な子供に何やってんだい!!」
 公園に、一喝する女性の声が響き渡った。よほど声が通ったのだろう、驚いた野良犬がびくっと反応した。そして声のした方に一瞬振り向き、慌ててその場から走り去っていった。この瞬間、不毛な追いかけっこが終了したのである。
(く……余計なことを。そろそろ私が、あの馬鹿犬に鉄槌を喰らわせてやろうかと思っていたというのに)
 野良犬が走り去ったことを気配で感じ取ったベバは、骨を懐に仕舞うと声のした方に向き直った。そこに居たのは、背丈高く豊満な肉体を持つ艶っぽい女性。何故かやや着崩した花魁のような格好をしていた、この平成の世に。
(む?)
 ベバはしげしげとその女性の姿を見つめた。あまりにも見つめていたせいだろうか、女性が少し照れたような素振りを見せた。
「あら何だい、そんなにしげしげ見たりして。恥ずかしいじゃないかい」
 と言って、女性はくすりと微笑んだ。
(むむ?)
 次の瞬間、何かに気付いたベバはとてとてと女性の方に近付いていった。そして女性の目の前まで来ると、おもむろに女性の手に触れようとした。しかし――ベバの手は女性の手に触れることなく、空を切った。擦り抜けたのである。ということはつまり……。
「あたしの姿が珍しいのかい? でも無事でよかったねぇ、ちょうど夜の巡回中だったんだよ?」
 女性――棗桔梗は優し気にベバに問いかけた。するとベバは、桔梗を見上げ一言こう答えた。
「えへ」
(思った通り幽霊か。ふふ……こいつは使えそうだ)
 外見の様子とは裏腹に、ベバは即時に新たな作戦を思い付いていた。
(幽霊ならば偵察部隊にモッテコイだろう。いつでもどこでも……ふふふ)
 そう、ベバは桔梗を部下として勧誘しようと考えたのである。

●勧誘しましょう、そうしましょう
 ここからベバの涙ぐましいとも言える、桔梗勧誘作戦が始まった。
 最初に取った作戦は、可愛さで釣るというものだった。具体的にはベバが口元にこぶしを2つ当てて、軽く首を傾げながら次のように言うだけである。
「え……えへ☆」
「まぁ、可愛いねぇ。よぉく出来たねぇ」
 受けた。パチパチと拍手する桔梗。だがそれだけである。勧誘とまではいかなかった。
 次に取った作戦は、食べ物で釣ろうというものであった。野良犬に対する行動と似通った部分が感じられるが、それはさておき。
 ベバは懐を探ると、またマントから骨を取り出した。追いかけっこの最中も握り続けていたあの骨だ。さて、桔梗の反応はというと――。
「? 何の真似だい?」
 きょとんとして、理解不能の様子。勧誘以前の問題である。
 この後いくつかの作戦を試みて失敗したベバは、やがて強行手段を取ることにした。
(仕方ない。奥の手を使う時がきた)
 また懐を探るベバ。少しして取り出したのは、紐を括り付けた5円玉であった。いったいこれで、何をするつもりなのだろうか。
(見るがいい! 我が秘技の1つを!!)
 ベバは5円玉を桔梗に見せつけるように紐を持つと、ゆっくりと左右に5円玉を振り始めた。……って、催眠術かいっ!!
 桔梗の視線が、揺れる5円玉に合わせて左右に動いていた。右・左・右・左・右・左……規則正しく、刻むように動く桔梗の視線。今度こそ作戦は成功するかと思われた、が。
「……ぐう……」
 先にベバの方が潰れた。……術者が先に潰れてどうする……。
 もっとも潰れたのは一瞬のことで、数秒後にははっとして目を覚ましていたけれど。
「変わった子だねぇ」
 そんなベバの様子を目の当たりにして、コロコロと笑う桔梗。まさに花魁、といった笑い方であった。
(くっ、出来る……ますます部下に迎えたくなった)
 催眠術を諦め、ベバは紐付きの5円玉を懐に戻した。さて、次の作戦は――という所で、桔梗が何かを思い出したような表情を見せた。
「……ああ、そうだ。まだ巡回の途中だったねぇ」
 ほうっと息を吐き出しながら、桔梗がつぶやいた。まだ夜の巡回が終わってないことを思い出したのである。
 桔梗はベバに向き直ると、静かにかつ優し気な声でこう告げた。
「もう遅いから早くお帰り」
 微笑む桔梗。次の瞬間、すぅ……っと桔梗の姿が薄れてゆき、あっという間に消えてしまった。
 後に残されたのはベバ1人。ポツンと公園の中程に立っていた。
「あり?」
 首を傾げるベバ。それまで無風だった夜の公園に、生暖かい一陣の風が吹き抜けた――。

【了】