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散り乱れ……血桜
0.オープニング
「たっ助けて!!私が悪かったから!!止めて!!」
「……」
女性の目の前の人物……その眼はただ真っ直ぐに……その耳は
声を聞かずに……
「許してー!!お願い!!ごめんなさい〜……」
最後の言葉に最早力は無く、泣き崩れるかの様にへたり込もう
とするが其れすらも許される事は無い。まるで糸に吊るされて居
るかの如く、その身は宙にある。もがく力も、抗う力も最早無い
その女性の様を見て、口の端が笑みに歪む。ゆっくりとゆっくり
と女性の頭に手を伸ばし、髪を掴んで引き上げ顔を覗く。恐怖に
彩られ涙を流し続ける女性の顔を見て更に口の端を笑みに歪め手
を離し、垂れた頭の一角をスッと撫ぜた。
不意に、ダラリと頭を下に向け泣きじゃくり震える女性の体が
ビクリと大きく波打つと涙で赤くはれ上がった眼で目の前の人物
を擬視した。不気味に笑みを見せる人物を見詰めるその視界が、
不意に赤く染まる。何かが体内を蠢いている……恐怖が口を突い
て出る。
「いや……嫌……!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!!」
絶叫が木霊する中、皮膚が割け血が噴出す……何箇所も何箇所
も……辺りに舞う血は、まるで散り行く桜の花弁の様に……儚く
舞う……
「後……二人……」
笑みの残る口元から発せられた声は、男性とも女性とも付かな
い響きを残し闇に消えた……
「お願いがあるの。」
「断る。」
碇 麗香の言葉をにべも無く返す男、言わずと知れた草間 武
彦その人である。
「まだ何も言って無いじゃないの!」
「お前のお願いでまともだった事は一回も無い。だから断る。ま
ともな依頼だったら受けてやっても良いけどな。」
深く煙草を吸い込み噴出す草間の態度に、些かムッとしたのか
麗香はツカツカと歩み寄り煙草を取り上げ言い放った。
「うちで調査出来るならやってるのよ!!何であんたみたいなヘ
ボ探偵にわざわざ頼みに来るもんですか!!出来ないから頼んで
るんでしょ!?」
些かその剣幕に押され気味な草間だが、麗香の言葉に耳を疑う。
「出来ない?何でだ?」
「刑事事件として扱われてるからよ。」
溜息混じりに答える麗香の言葉に、草間が眉をひそめて問う。
「あれか?あの変死事件?」
「そう。その有力な手掛かりが手元にあるの。」
一枚の封筒を取り出しピラピラとさせる麗香の眼には真摯な眼
を向ける草間の姿がある。
『狙い通りね♪』と、麗香は内心ほくそ笑んだ。
「この中には、とある調査の依頼が入っているけど、その内容は
驚くべきものよ。次に狙われるかも知れない人からですからね。」
「どう言う意味だ?」
「今までの変死事件での被害者、どうやら依頼主の友人らしいわ。
高校時代からの仲の良い4人組だったそうよ。内二人は既に死亡。
残るのは二人だけ……」
「なるほどな。その二人をマークしておけば自ずと謎は解けると
そう言う事か。」
「そっ。有力でしょ?」
得意満面の麗香だが、草間は一言告げる。
「そんな物、警察だって当に気付いてマークしてるに決まってる
だろ。」
「ええ。当然そうでしょうけど、警察には防げ無いわよ?変死事
件での死亡の様を聞いて貴方あれが人間の仕業と思える?」
草間は沈黙で返す。それは肯定の意……当然人の仕業で無いだ
ろう事は分っていたからだ。全身の皮膚が破れ、その遺体には血
の一滴も無く干からびた死体であると言うのに立っていた……等
と言う話を聞いて、誰が人の仕業と思えよう。
「怨恨で動いているとは思うけど、詳しい話が分らないの。依頼
主の名前は、羽間 美和。友人の名前は、白沼 和江。どちらも
東京に住んで居るわ。やってくれるわよね?」
暫くの沈黙の後、草間は一つだけ頷くのだった……
1.思索
車内に満ちた沈黙は、重苦しく二人に圧し掛かっている。事実は
事実として受け止めねば、そう考えはする物の何とも苦しい。考え
ていた事と、然程変わりはしなかったのかも知れないが、やはり突
きつけられれば受け止め難い物だ。
「どうしたら……良いのでしょうか?」
「まだ分らないわ……兎に角、もう少し情報を集めましょう。」
シュライン・エマは、それだけ言うと宮小路 皇騎に少しだけの
笑みを見せ視線を正面に戻すと眼を閉じた。
『可能性は考えていたわ。けれど……実際となるとどうして良いか
分らない物ね……』
様々な事を考えて、色んな側面から情報を集め様と思った矢先の
事実がシュラインの思考を停滞させる。見るべき事は、はっきりし
た……だが、それで本当に良いのだろうか?
只管にループする思考に、一つだけ明確な物がある。
『そうね……例えそうであったとしても、それは駄目な事だから……』
一人心の奥底で呟くと、シュラインは眼を開けた丁度その時、車
はその動きを止めた。
「皇騎様、到着しました。」
「ありがとう、少しここで待っていてもらえるかな?」
「はい。」
「シュラインさん、行きましょう。」
「ええ。」
車から降りた二人は、目の前のアパートに視線を向けた。そこに、
答えの鍵を見出せる事を期待し、互いに頷き合うと歩を進めた……
2.真実
「逆恨みよ逆恨み!」
話を持ち出され、羽間 美和は言った。場所は、宮小路家の所有
する建物の一室。そこに草間を始め、今回の件に関わる全ての者達
が集まっていた。
「ねぇ、美和〜やっぱりやばかったんじゃないの?」
白沼 和江は怯えた表情で、羽間を見やる。お互いに大学に通う
ごく普通の女性ではある。羽間が勝気なのに対して、白沼は気が弱
いのだろう、しきりにオドオドして所在無さ気にして居るのが見て
取れた。
「何言ってんのよ!関係ないわよ!」
フンとそっぽを向いた羽間に、海は尋ねた。
「何か思い当たる節でも有るんですか?有るなら、教えて下さい。
調査の役に立つ筈ですから。」
シュライン・みなも・皇騎も同時に頷く。その視線は、真っ直ぐ
に羽間に向いて居た。
「分ったわよ!言うわよ、言えば良いんでしょ!?」
何故かイライラしながら、言い放つと足を組み替え徐に煙草を吸
いながら話し始める。
「私達は高校の時出会ったの、本当は五人だったわ。」
「五人?四人じゃないんです?」
みなもの言葉に、羽間は一瞥しただけで無視して話し続ける。
「仲は良かったわ。でも、ある日あの子……高品 文はやっちゃ行
けない事をやったわ。」
フーと煙草の紫煙を吐き、苛立たしげに吸殻を灰皿に押し付ける。
「美和の彼氏に言い寄られてたの……」
白沼が羽間の後を継いで喋るが、その言葉に羽間は怒鳴る。
「冗談言わないで!あの子が誘惑したに決まってるじゃない!!」
「でも!文、そう言ってたもん!!今だから話すけど……」
「はっ、馬鹿馬鹿しい!ありえないわ!」
そっぽを向いて押し黙る羽間、視線を落とし俯く白沼。二人を見
やりながら、一同は溜息を吐いた。シュラインが問う。
「続きをお願いできるかしら?これで終わりでは無いでしょう?」
シュラインの優しい笑みを見て、ばつが悪そうに羽間は再び口を
開いた。
「……兎に角そんな訳で、私はあの子が許せなかった。結局彼とは
別れちゃうし……でも、あの子は私の彼と宜しくやってて……許せ
なかった。だから、ある方法を取ったのよ。時間は掛かったけどね。」
皇騎の顔が一瞬強張り、オズオズと問い掛けた。
「まさかとは思いますが、呪詛を?」
「そうよ。蟲毒って言ったけ?やり方は本とか読んでたから知って
たし、一番強いって書いてあったからね。」
皇騎が思わず声を上げた。
「何て事を!!貴女自分がやった事がどんな事か分ってらっしゃる
んですか!?」
温和な青年の極度の怒りに、羽間は勿論一同が驚く。陰陽師であ
る皇騎はその呪詛を知っている、その方法もその危険性でさえも……
「五月蝿いわね!あんたに何がわかんのよ!そうでもしなきゃ悔し
くて仕方ないのよ!あんたにこの気持ちが分るって言うの!?」
「宮小路さんも羽間さんも、落ち着いて下さい!」
この場で最年少であろうみなもの言葉に、静まり返る室内。羽間
は苛立たしげに煙草に火を点け、皇騎は「すいません……」とだけ
言うと黙す。
「続けてもらえますか?その後の事を?」
海が頃合を見計らって羽間に先を促す。羽間は深く紫煙を吐くと
口を開いた。
「やったのよ、その方法を。そしたら、日に日にあの子弱って行っ
たわ。その内学校にも来なくなった。不安そうな彼も良い気味だっ
たわ。そして、あの子は自殺した。何で学校の桜の木下だったのか
は知らないけど、自殺した。それだけよ。」
悪びれた風も無く、紫煙を吐きながらサラリと言い放った羽間の
言葉に一同沈黙するしかなかった。
「遼子も、智子も、私も止めるようには言ったんです。でも、聞か
なくて……あんな事に。」
先に亡くなった者の名も含め、白沼は泣いていた。そんな白沼を
見やり、羽間は舌打ちをして一瞥しただけだった。
みなも・シュライン・海・皇騎は、困惑していた。本来ならば護
るべき依頼人で有るのだが相手の気持ちも良く分った。それと断定
出来た訳では無いが、十中八九間違いなさそうである。殺して恨み
が晴れるのかと問われれば、否かも知れないが心が揺れる。
「……羽間さん、一つだけ聞かせて下さい。呪詛の元である物の供
養はしましたか?」
皇騎が静寂を破り問い掛けた内容に、羽間は煙草を咥えたまま答
える。
「する訳無いでしょ?」
さも当たり前に答えた答えを聞いて、皇騎は溜息を吐いて「そう
ですか」とだけ答えた。
沈黙が重く室内を包み込んでいた……
3.希望
「でも、何で直接羽間さんでなくて他の方からだったのでしょう?
それに今までの時間は何故開いたのでしょうか?」
沈黙を破ったのは、みなもの素朴な疑問。当然の疑問であるが、
皇騎は答えた。
「他の方からなのは、恐怖に染める為でしょう。時間が空いたのは、
呪詛を取り込む為の時間だったと思います。これを見て下さい。」
そう言って皇騎が差し出したのは数枚の写真。そこに写っている
のは、女性と思える無残にも全身を食い破られ干からびても立って
いる遺体の姿……
「先日亡くなった、長澤 遼子さんの遺体だそうです。」
「ひでぇ……」
海の呟きは全ての者の意見なのだろう。その写真を見た時、初め
て羽間の顔に恐怖が浮かんだ。煙草を取り落とし、震えている。
「呪詛を物にしたのはこの遺体の状態で分ります。恐らく……蛇……」
ピクリと羽間の体が震える。
「蛇か……執念深いわね。」
シュラインの言葉に、皇騎は頷くとそのまま口を開く。
「妄執と成り果てていると思います。一概には言えませんが、少し
でもその恨みを忘れさせてあげる事が出来れば、文さんも助けてあ
げる事が出来るかも知れません。」
「それはどんな方法が有るんですか?」
みなもの問いに、皇騎が答える。
「良い思い出を沢山集める事です。こんな楽しい事があったよね?
と色々訴えかければ或いは……」
自信無さ気に言う、皇騎の肩に海の手が置かれる。
「良し、とりあえず動こう。こうしていても始まらないから。」
「そうね、そうしましょう。私は、その彼に会ってみたいわ。」
「彼の住所は変わって無いから、場所をお教えできます……」
「有難う、場所だけお願いね。貴女は此処に居た方が良いから。」
少しでも力をと思った白沼に、柔らかな笑顔でシュラインは応え
た。
「じゃあ、あたしは学校に行って見ようと思います。」
「俺も、みなもちゃんに連いて行くよ。」
ポンと、みなもの頭の上に手を載せて、海は優しく微笑んだ。
「では、私はシュラインさんと行く事にします。くれぐれも気をつ
けて。」
皇騎の言葉に、みなもと海が頷きそして部屋を後にした。
「二人の事、武彦さんに頼んで良いかしら?」
シュラインの言葉に、草間は片手を上げて了解と合図する。シュ
ラインは少しだけ微笑んだ。
「結界を張っていますから、滅多な事では大丈夫だと思います。宜
しくお願いします。」
皇騎は深々と草間に対して頭を下げた。そのやり取りの間に、場
所を記した地図を白沼から受け取り不安気な白沼をシュラインは元
気付けた。
そして、皇騎とシュラインも部屋を後にする。残ったのは三人、
草間・羽間・白沼である。
「すいません……こんな事に巻き込んでしまって……」
「これも仕事です。気に為さらないで下さい。あいつ等ならきっと
やってくれるし、大丈夫ですから。」
消え入りそうな声で謝る白沼に対して草間は笑顔を返した。白沼
は「はい……」とだけ言うと消え入りそうな程の淡い笑顔を見せた。
そして羽間は、恐怖に震えているだけだった……
4.回想
何処か寂しげな笑顔がその問いを聞いた時、教員である桂木 七
恵の顔を彩った。
「高品 文さんですか……ええ、覚えてますよ?」
みなもと海は、当時羽間達の担任だった桂木を尋ねて、高品 文
の事を聞いていた。公立高校である為、在勤して居るか分らなかっ
たが、まだ在勤して居り今の時間なら然程忙しく無いだろうと言う
言葉を受け、直接話を聞く事となった。
「どんな感じの方だったのですか?」
「大人しくて引っ込み思案で、とても目立つと言う子では有りませ
んでしたよ。とても華奢な子で、でも凄く愛らしい子でした。」
懐かしむ様に、みなもの問いに答える桂木の脳裏には、恐らく文
の姿が有るに違いなかった。その様を見ながら、海は桂木に問い掛
ける。
「文さん、何か楽しみにしてらっしゃった事とかなかったですか?」
「そうですね〜……彼女は手芸部で何時もクラブの活動を楽しみに
していました。それに、学校に来るのは好きだと言ってましたね。」
机の引き出しから、一冊の卒業アルバムを取り出し、ページを捲
り開いたページをみなもと海に見せる。そこには、数年前の羽間や
白沼が映されていた。そして、ページの右上には高品 文の姿も有
った。桂木が言う事が、写真を見たら納得が出来た。一目見ただけ
で桂木の言う印象を受ける。
「優しい子でしたのに……」
桂木の目尻に涙が光り、一筋流れていた……
数十分程だろうか、桂木と話をしていたのは。それにしては、随
分と時間が経った様な感覚に襲われながら、みなもと海は元来た道
を歩いている。聞ける事は、概聞いたと二人は確信しているが、果
たしてこれで大丈夫なのだろうかと不安がよぎる。
「……何とか成りますよね?」
トボトボと歩く二人の内、みなもが沈黙を破り聞いていた。
「分らない。けど……何とかしなくちゃな。」
海の眼には光がある。それは、希望を捨てて居ない光。ほんの僅
かな可能性でさえも、無いよりはまし、そんな意思が見受けられる。
その横顔を見て、みなもは少しだけ笑みを零した。
ピンポーン……
軽快なインターフォンの音が、目の前の部屋から聞こえて来る。
皇騎とシュラインはその部屋の前に立ち、住人である者が出てくる
のを待った。しかし、反応は無い……
「おかしいですね?確かに此処の筈なんですが。」
皇騎はもう一度インターフォンを押す。シュラインの眼は電気の
メーターを見据えている。その回転は、誰も居ない様でもあるし誰
かが居る様でもある。
「学校かしら?でも、講義の時間はもう終わってると思うのだけど。」
時刻は夕刻を少しばかり過ぎた時間、日が落ち始めている。サー
クル活動等やっているのであれば、まだ帰ってくる時間では無いか
も知れないが、何か違和感を感じる。
「シュラインさん、変だと思いませんか?」
「ええ、妙ね。とても住んでるとは思えないわ。」
それは、玄関ポストの新聞の山やチラシを見て出た言葉。まとも
に暮らしているなら、こう言った物はまず一番に片付ける物だし、
真面目で几帳面と聞いていた人物像からもかなりかけ離れるものが
ある。
「そこの人、もうずっと帰って来て無いよ。」
不意に横合いから声が掛かる。このアパートの住人だろう。
「どれ位前からか分りますか?」
「さあね〜一ヶ月位かそれ以上か……兎に角居ないんだから待った
って無駄だよ。」
皇騎の問いにそう言うと、自室に入ろうとする青年にシュライン
は問い掛ける。
「一つだけ聞きたいんだけど、何か変わった事とか無かった?居な
くなる前に。」
「あんまり顔合わした訳じゃないけど、帰って来なくなる前は変に
顔が青ざめてて眼が血走ってたよ。何が有ったか知らないけど、す
げー怖かった。それは覚えてる。」
「有難う。ごめんなさいね、引き止めたりして。」
青年は片手を上げて、自室へと入って行った。
「……拙い事に成りましたね。」
皇騎が苦々しげに呟く。
「そうと決まった訳じゃないけど、その線も濃そうね。兎に角、戻
りましょう。」
シュラインの言葉に、皇騎は頷くとアパートを後にした……
5.怨呪
それは果たして人なのか?まごう事なき妖では無いのか?
それが姿を現したのは、深夜0時に差し掛かろうとした折だった。
言わずと知れた宮小
路家の所有する建物の庭に現れた者は、黒い外套を羽織りその顔さ
えも見せては居ない。だが、気配がまるで人では無かった。その場
に居る全ての者達にも分る程の憎悪と嫌悪がねっとりと纏わり付く
様に辺りを染め上げている。
「「やっと会えた……やっと此処まで来れた……やっと殺せる!!」」
開かれた口から発せられた言葉は、二つの重なりを持って憎しみ
を吐く。結界の内に居る羽間と白沼は怯え震え、その姿を見詰めて
いる。
「絶対にそこから出ては駄目です。出たら、保証は出来ません。」
低く小さくはっきりと皇騎は言う。その額には、滲む汗。
「どうやら、予測通りだったようね。」
気丈な言葉とは裏腹に、シュラインもその戦慄に背筋に寒気を覚
える。
「何とか……何とかしないと……」
青ざめた表情のまま、呟くみなも。
「まだ、間に合う筈だ!絶対に!」
自分を鼓舞するかの様な海の叫びも恐怖の裏返し。
そんな四人の側には、羽間と白沼の姿がある。結界の中に居る者
とは別に、怯えて立つ二人にそいつがいやらしくニタリと笑いかけ
る。
「覚えてるか!?お前等がした事を!?」
「覚えてるの!?あんた達がやった事を!!」
二つに分かれた声。羽間と白沼がビクリと大きく身を震わせる。
それは聞き間違う事の無い二人の声。
「「今度はお前等の番だ!!!!!!!」」
重なった叫びと共に、そいつは地を蹴り疾駆する。皇騎は、二人
の間に割って入り『髭切』を呼び出し構え言う。
「高品 文さん!新木 優さん!もう止めて下さい!!彼女達を殺
しても、文さんは生き返らないんですよ!?」
「五月蝿い!!お前に何が分る!!」
男の声、新木が答えながらも立ち塞がる皇騎に向かい右手を振る
う。刹那、空気の塊と思えるものが皇騎を襲う!その攻撃を、髭切
にていなし皇騎は訴え続けた。
「無念は分ります!ですが、それで恨んで何になると言うんです!?
彼女達も十分反省している筈です!」
「嘘よ!そんな事有る訳が無いわ!」
女の声、高品が叫び答える。間合いが詰まり、交錯する皇騎と二
つの命を宿した者。
「くっ!?」
辛うじて一撃を交わし、逆に一撃を入れる事は出来たが相手には
まるで効いた様子は無く、その顔に憎悪を湛え再び向かい来る。
「桂木先生が仰ってました!文さんは、優しい子だったって!」
みなもの叫びに、そいつの足が止まる。
「言ってました、優しい良い子だって……手芸が大好きで、何時も
クラブ活動を楽しみにしてたって……駄目ですよ……恨んだって憎
んだって、何も手にする事は出来ないんですよ!?」
みなもの眼には涙が溢れていた。それは哀れみや同情では無い、
その心に対して流された涙だ。
「なぁ、この人達殺してどうするんだ?それから先に何かあるのか?
結局、また誰かが悲しむ、また誰かが恨んじまう……それだけしか
残らないんだぜ!?もう止め様……な?」
海の優しく諭す様な言葉を、ただじっと聞いている。
「新木さん、貴方の気持ちも分らなくは無いわ。けれど、それで罪
を背負うのは誰?貴方?いえ、結局罪を背負うのは文さんよ?恨ん
だ先に、綺麗な終わりなんて無いのよ。分って頂戴……もう、罪を
重ねるのは止めて。」
シュラインの言葉に身を震わせる二つの命を宿した者は、静かに
視線を羽間と白沼にやる。怯え立つ二人を擬視した視線が再び漆黒
の闇に染まる。
「「五月蝿い!五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!!!こいつ
等はなんだ!?生きてる!!自分の罪さえも贖おうとはせずに、た
だのうのうと生きてる!!」」
そいつの周りに闇が満ちる。
「くっ!駄目だ!!恨みに取り込まれちゃ!!」
「文さん!!元に戻って!!」
「恨みに負けるんじゃない!!」
「二人とも、元に戻って!!」
それぞれの叫び。だが、その言葉は届かない。
「あたしだって生きて居たかった!!なのに!!!」
「文と一緒に居られると思ってた!!それなのに!!」
「「許さない!!」」
吼えて二人に向かう二つの命を宿した者。その姿を見て悲しげに、
皇騎は海に目配せをし、海は苦々しげに頷いた。
「式よ、動きを封じろ!!」
力在る言葉に応じて、怯え立つ二人が急に動く。
「「なに!?」」
そいつが気付くより早く、二つの影がそいつの動きを封じ縛り上
げて行く。
「「放せ!!!!!放せーーーーーーーーー!!!!!!!!」」
もがき喚くその声は、地の底から響くかの様な響きを含み大気を
震わせる。
「安らかに……片瀬さんお願いします……」
「ああ……」
海はキャンパスに描いた。蒼く透明な清らかな水に、二人の心が
洗い流される様に……恨みと言う妄執が全て綺麗に成る様祈りを込
めて……そして、シュライン・みなも・皇騎も眼を閉じて海と共に
祈った。
咆哮が木霊していた庭に静寂が訪れたのは、それからどれ位だっ
ただろう?数分とも数十分とも思える時間が過ぎた後、残ったのは
新木 優の体が倒れ伏して居るのみだった。
「これで良かったのかな……」
涙を拭きながら、みなもが呟く。答える声は無い……
「……新木さんには悪いけど……記憶も封じておくよ……」
海はもう一枚絵を描いた。それは新木にのみ贈られた、鎮魂歌の
様に……
「終わったわよ……」
シュラインは結界にいる二人に声を掛けた。その声は、何処と無
く沈んでいる。
「……文……ごめん……ごめんねぇ……」
白沼は泣いていた。己が無力で止められなかった事を悔いて、泣
いていた。
そして羽間は……
「ふん、私は悪くなんか無いからね!」
パン!
小気味の良い音が、静寂を破り羽間の頬を鳴らす。シュラインは、
涙を湛え言う。
「貴女の下らない妄執の所為で、どれだけ犠牲が有ったと思うの!?
少しは恥かしいとは想わないの!?情け無いわ!!」
頬を押さえて俯く羽間に背を向けて、シュラインは歩き出す……
その手はそっと涙を拭って居た。
「もう一つ、終わって居ない事があります。」
皇騎は不意に口を開くと切り出した。皇騎に視線が集まる中、皇
騎は語りだす。
「蟲毒は、その生き物の命と引き換えに相手を呪います。しかし、
終わったならばその命の供養をするのが通例です。そして、羽間さ
ん貴女はして居ない……」
視線が羽間に集まる。その羽間は頬を引く付かせている。
「そっそれがどうしたのよ!?」
「人を呪わば、穴二つ……もう一つは自分が落ちる穴です。私には
それを止める術も権利も無い……残念ですが。」
言い終わらない内に、羽間の様子が変わる。仕切りに腕や足を抑
える素振りを始めたのだ。
「美和?どうしたの?」
涙を湛えたままの眼を羽間に向ける白沼。必死に何かを抑えよう
とする羽間。
そして……
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
羽間の叫びは、夜の闇に溶けて行った……
6.日常
半月と言う時が流れ、一冊の雑誌が送られて来た。表紙を飾る文
字は月刊アトラス、あの事件が書かれた記事が載っていた。
冒頭はこんな文句で始まっている。
『人を恨んで人を憎んで、そして落ちる穴は二つ……その事を知っ
ていますか?』
碇 麗香自らが筆を取り、編集したと言うその内容はありのまま
を書き、ありのままを伝えている。流石に人名等は仮名と成ってい
るが、全てを知る者にとってはどうでも良い事だ。
「悲しいわね、恨む事しか道が無かったなんて……」
誌面から眼を離し、掛けていた眼鏡を外すとシュラインは溜息を
吐いた。草間興信所の一室で、机に向かって居る最中、届いた雑誌
を読んでいた。整然とした机の上にある、マグカップを手に取ると
口元に運び静かに眼を閉じる。想いはあの時の事を思っているのだ
ろう。
結局全てが終わった時、羽間は人としての思考を失った。一人残
った白沼には、消し去る事の出来ない記憶が残り、幕を閉じた。
「これは自業自得なの?それとも、別の何かだったのかしら……」
己の体を掻き毟り、叫び狂う姿を目の当たりにし、ある言葉が脳
裏をよぎったのを忘れられない。
『あたしだって、生きて居たかった!!』
文の言葉だ。執着、妄執、無念……人の暗い部分だがそれもまた
人なのだと、思わざるを得ないその言葉が心に残っている。
「もう誰も恨まないと良いわね。文さん……」
静かに呟くシュラインは、眼を閉じたまま背凭れにその身を預け
鎮魂を祈る。
麗香が書いた文末にはこうある。
『舞い散る桜の木下で、命を断つ道を選んだ少女は、何を想って居
たのでしょう?』
答えは、誰も知る事は出来ない夜に消えた……
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1251 / 海原 みなも / 女 / 13 / 中学生
0461 / 宮小路 皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥
御曹司・陰陽師)
1523 / 片瀬 海 / 男 / 21 / 大学生
0086 / シュライン・エマ / 26 / 翻訳家&幽霊作家
+時々草間興信所でバイト
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
どうも、凪蒼真です。
シュライン様、今回も御参加有難う御座います。(礼)
今回の依頼は、人の心の闇とも言うべき部分を出して見たくて出し
た依頼だったのですが、如何でしょうか?
心を出すと言う事で、心象描写などが多くなって居ます。キャラク
ター性が出ていれば良いのですが(汗)
それではまたお会い出来る事を願って……この度は、誠に有難う
御座いました。(礼)
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